こころ

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六

第 16 章
八はち月つきの半ばなかばごろになって、私わたくしはある朋友ほうゆうから手紙てがみを受け取っうけとった。
その中なかに地方ちほうの中学ちゅうがく教員きょういんの口くちがあるが行かいかないかと書いかいてあった。
この朋友ほうゆうは経済けいざいの必要ひつよう上うえ、自分じぶんでそんな位地いちを探し廻るさがしまわる男おとこであった。
この口くちも始めはじめは自分じぶんの所ところへかかって来きたのだが、もっと好いよい地方ちほうへ相談そうだんができたので、余っよった方ほうを私わたくしに譲るゆずる気きで、わざわざ知らしらせて来きてくれたのであった。
私わたくしはすぐ返事へんじを出しだして断っことわった。
知り合いしりあいの中なかには、ずいぶん骨ほねを折っおって、教師きょうしの職しょくにありつきたがっているものがあるから、その方ほうへ廻しまわしてやったら好かろうよかろうと書いかいた。
私わたくしは返事へんじを出しだした後あとで、父ちちと母ははにその話はなしをした。
二人ふたりとも私わたくしの断っことわった事ことに異存いぞんはないようであった。
「そんな所ところへ行かいかないでも、まだ好いよい口くちがあるだろう」 こういってくれる裏うらに、私わたくしは二人ふたりが私わたくしに対したいしてもっている過分かぶんな希望きぼうを読んよんだ。
迂闊うかつな父ちちや母ははは、不ふ相当そうとうな地位ちいと収入しゅうにゅうとを卒業そつぎょうしたての私わたくしから期待きたいしているらしかったのである。
「相当そうとうの口くちって、近頃ちかごろじゃそんな旨いうまい口くちはなかなかあるものじゃありません。ことに兄さんあにさんと私わたくしとは専門せんもんも違うちがうし、時代じだいも違うちがうんだから、二人ふたりを同じおなじように考えかんがえられちゃ少しすこし困りこまります」「しかし卒業そつぎょうした以上いじょうは、少なくすくなくとも独立どくりつしてやって行っいってくれなくっちゃこっちも困るこまる。人ひとからあなたの所ところのご二男じなんは、大学だいがくを卒業そつぎょうなすって何なんをしてお出でですかと聞かきかれた時じに返事へんじができないようじゃ、おれも肩身かたみが狭いせまいから」 父ちちは渋面じゅうめんをつくった。
父ちちの考えかんがえは、古くふるく住みすみ慣れなれた郷里きょうりから外そとへ出るでる事ことを知らしらなかった。
その郷里きょうりの誰彼だれかれから、大学だいがくを卒業そつぎょうすればいくらぐらい月給げっきゅうが取れるとれるものだろうと聞かきかれたり、まあ百ひゃく円えんぐらいなものだろうかといわれたりした父ちちは、こういう人々ひとびとに対したいして、外聞がいぶんの悪くわるくないように、卒業そつぎょうしたての私わたくしを片付けかたづけたかったのである。
広いひろい都とを根拠地こんきょちとして考えかんがえている私わたくしは、父ちちや母ははから見るみると、まるで足あしを空そらに向けむけて歩くあるく奇体きたいな人間にんげんに異ならことならなかった。
私わたくしの方ほうでも、実際じっさいそういう人間にんげんのような気持きもちを折々おりおり起しおこした。
私わたくしはあからさまに自分じぶんの考えかんがえを打ち明けるうちあけるには、あまりに距離きょりの懸隔けんかくの甚しいはなはだしい父ちちと母ははの前まえに黙然もくぜんとしていた。
「お前おまえのよく先生せんせい先生せんせいという方ほうにでもお願いねがいしたら好いよいじゃないか。こんな時じこそ」 母はははこうより外そとに先生せんせいを解釈かいしゃくする事ことができなかった。
その先生せんせいは私わたくしに国くにへ帰っかえったら父ちちの生きいきているうちに早くはやく財産ざいさんを分けわけて貰えもらえと勧めるすすめる人ひとであった。
卒業そつぎょうしたから、地位ちいの周旋しゅうせんをしてやろうという人ひとではなかった。
「その先生せんせいは何なんをしているのかい」と父ちちが聞いきいた。
「何になんにもしていないんです」と私わたくしが答えこたえた。
私わたくしはとくの昔むかしから先生せんせいの何なんもしていないという事ことを父ちちにも母ははにも告げつげたつもりでいた。
そうして父ちちはたしかにそれを記憶きおくしているはずであった。
「何なんもしていないというのは、またどういう訳わけかね。お前おまえがそれほど尊敬そんけいするくらいな人ひとなら何なんかやっていそうなものだがね」 父ちちはこういって、私わたくしを諷しふうした。
父ちちの考えかんがえでは、役やくに立つたつものは世の中よのなかへ出でてみんな相当そうとうの地位ちいを得とくて働いはたらいている。
必竟ひっきょうやくざだから遊んあそんでいるのだと結論けつろんしているらしかった。
「おれのような人間にんげんだって、月給げっきゅうこそ貰っもらっちゃいないが、これでも遊んあそんでばかりいるんじゃない」 父ちちはこうもいった。
私わたくしはそれでもまだ黙っだまっていた。
「お前おまえのいうような偉いえらい方ほうなら、きっと何なんか口くちを探しさがして下さるくださるよ。頼んたのんでご覧ごらんなのかい」と母ははが聞いきいた。
「いいえ」と私わたくしは答えこたえた。
「じゃ仕方しかたがないじゃないか。なぜ頼またのまないんだい。手紙てがみでも好いよいからお出しだしな」「ええ」 私わたくしは生返事なまへんじをして席せきを立ったった。
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