こころ

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八

第 18 章
九きゅう月つき始めはじめになって、私わたくしはいよいよまた東京とうきょうへ出ようでようとした。
私わたくしは父ちちに向かっむかって当分とうぶん今までいままで通りとおり学資がくしを送っおくってくれるようにと頼んたのんだ。
「ここにこうしていたって、あなたのおっしゃる通りとおりの地位ちいが得とくられるものじゃないですから」 私わたくしは父ちちの希望きぼうする地位ちいを得るうるために東京とうきょうへ行くいくような事ことをいった。
「無論むろん口くちの見付かるみつかるまでで好いよいですから」ともいった。
私わたくしは心こころのうちで、その口くちは到底とうてい私わたくしの頭あたまの上うえに落ちおちて来きないと思っおもっていた。
けれども事情じじょうにうとい父ちちはまたあくまでもその反対はんたいを信じしんじていた。
「そりゃ僅わずかの間まの事ことだろうから、どうにか都合つごうしてやろう。その代りかわり永くながくはいけないよ。相当そうとうの地位ちいを得とく次第しだい独立どくりつしなくっちゃ。元来がんらい学校がっこうを出でた以上いじょう、出でたあくる日あくるひから他ほかの世話せわになんぞなるものじゃないんだから。今いまの若いわかいものは、金きんを使うつかう道みちだけ心得こころえていて、金きんを取るとる方ほうは全くまったく考えかんがえていないようだね」 父ちちはこの外そとにもまだ色々いろいろの小言こごとをいった。
その中なかには、「昔むかしの親おやは子こに食わくわせてもらったのに、今いまの親おやは子こに食わくわれるだけだ」などという言葉ことばがあった。
それらを私わたくしはただ黙っだまって聞いきいていた。
小言こごとが一通りひととおり済んすんだと思っおもった時じ、私わたくしは静かしずかに席せきを立とうたとうとした。
父ちちはいつ行くいくかと私わたくしに尋ねたずねた。
私わたくしには早いはやいだけが好かっよかった。
「お母さんおははさんに日ひを見みてもらいなさい」「そうしましょう」 その時じの私わたくしは父ちちの前まえに存外ぞんがいおとなしかった。
私わたくしはなるべく父ちちの機嫌きげんに逆らわさからわずに、田舎いなかを出ようでようとした。
父ちちはまた私わたくしを引き留めひきとめた。
「お前おまえが東京とうきょうへ行くいくと宅たくはまた淋しくさびしくなる。何しろなにしろ己おのれとお母さんおははさんだけなんだからね。そのおれも身体しんたいさえ達者たっしゃなら好いよいが、この様子ようすじゃいつ急きゅうにどんな事ことがないともいえないよ」 私わたくしはできるだけ父ちちを慰めなぐさめて、自分じぶんの机つくえを置いおいてある所ところへ帰っかえった。
私わたくしは取り散らしとりちらした書物しょもつの間まに坐っすわって、心細こころぼそそうな父ちちの態度たいどと言葉ことばとを、幾度いくどか繰り返しくりかえし眺めながめた。
私わたくしはその時じまた蝉せみの声こえを聞いきいた。
その声こえはこの間ま中なか聞いきいたのと違っちがって、つくつく法師つくつくほうしの声こえであった。
私わたくしは夏なつ郷里きょうりに帰っかえって、煮え付くにえつくような蝉せみの声こえの中なかに凝とじっと坐っすわっていると、変へんに悲しいかなしい心持こころもちになる事ことがしばしばあった。
私わたくしの哀愁あいしゅうはいつもこの虫むしの烈しいはげしい音おとと共ともに、心こころの底そこに沁みしみ込むごむように感ぜかんぜられた。
私わたくしはそんな時じにはいつも動かうごかずに、一人ひとりで一人ひとりを見詰めみつめていた。
私わたくしの哀愁あいしゅうはこの夏なつ帰省きせいした以後いご次第しだいに情調じょうちょうを変えかえて来きた。
油蝉あぶらぜみの声こえがつくつく法師つくつくほうしの声こえに変るかわるごとくに、私わたくしを取り巻くとりまく人ひとの運命うんめいが、大きなおおきな輪廻りんねのうちに、そろそろ動いうごいているように思わおもわれた。
私わたくしは淋しさびしそうな父ちちの態度たいどと言葉ことばを繰り返しくりかえしながら、手紙てがみを出しだしても返事へんじを寄こさよこさない先生せんせいの事ことをまた憶い浮べおもいうかべた。
先生せんせいと父ちちとは、まるで反対はんたいの印象いんしょうを私わたくしに与えるあたえる点てんにおいて、比較ひかくの上うえにも、連想れんそうの上うえにも、いっしょに私わたくしの頭あたまに上りのぼりやすかった。
私わたくしはほとんど父ちちのすべても知りしり尽しつくしていた。
もし父ちちを離れるはなれるとすれば、情合じょうあいの上うえに親子おやこの心残りこころのこりがあるだけであった。
先生せんせいの多くおおくはまだ私わたくしに解っわかっていなかった。
話すはなすと約束やくそくされたその人ひとの過去かこもまだ聞くきく機会きかいを得とくずにいた。
要するようするに先生せんせいは私わたくしにとって薄暗かっうすぐらかった。
私わたくしはぜひともそこを通り越しとおりこして、明るいあかるい所ところまで行かいかなければ気きが済ますまなかった。
先生せんせいと関係かんけいの絶えるたえるのは私わたくしにとって大おおいな苦痛くつうであった。
私わたくしは母ははに日ひを見みてもらって、東京とうきょうへ立つたつ日取りひどりを極めきわめた。
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