こころ

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六

第 26 章
「私わたくしは縁談えんだんの事ことをそれなり忘れわすれてしまいました。私わたくしの周囲しゅういを取り捲いとりまいている青年せいねんの顔かおを見るみると、世帯せたい染みしみたものは一人ひとりもいません。みんな自由じゆうです、そうして悉くことごとく単独たんどくらしく思わおもわれたのです。こういう気楽きらくな人ひとの中なかにも、裏面りめんにはいり込んはいりこんだら、あるいは家庭かていの事情じじょうに余儀よぎなくされて、すでに妻つまを迎えむかえていたものがあったかも知れしれませんが、子供こどもらしい私わたくしはそこに気きが付きつきませんでした。それからそういう特別とくべつの境遇きょうぐうに置かおかれた人ひとの方ほうでも、四辺しへんに気兼きがねをして、なるべくは書生しょせいに縁えんの遠いとおいそんな内輪うちわの話はなしはしないように慎んつつしんでいたのでしょう。後あとから考えるかんがえると、私自身わたくしじしんがすでにその組くみだったのですが、私わたくしはそれさえ分らわからずに、ただ子供こどもらしく愉快ゆかいに修学しゅうがくの道みちを歩いあるいて行きいきました。 学年がくねんの終りおわりに、私わたくしはまた行李こうりを絡げからげて、親おやの墓はかのある田舎いなかへ帰っかえって来きました。そうして去年きょねんと同じおなじように、父母ふぼのいたわが家わがやの中なかで、また叔父おじ夫婦ふうふとその子供こどもの変らかわらない顔かおを見みました。私わたくしは再びふたたびそこで故郷こきょうの匂いにおいを嗅ぎかぎました。その匂いにおいは私わたくしに取っとって依然いぜんとして懐かしいなつかしいものでありました。一いち学年がくねんの単調たんちょうを破るやぶる変化へんかとしても有難いありがたいものに違いちがいなかったのです。 しかしこの自分じぶんを育て上げそだてあげたと同じおなじような匂いにおいの中なかで、私わたくしはまた突然とつぜん結婚けっこん問題もんだいを叔父おじから鼻はなの先さきへ突き付けつきつけられました。叔父おじのいう所ところは、去年きょねんの勧誘かんゆうを再びふたたび繰り返しくりかえしたのみです。理由りゆうも去年きょねんと同じおなじでした。ただこの前まえ勧めすすめられた時じには、何なんらの目的物もくてきぶつがなかったのに、今度こんどはちゃんと肝心かんじんの当人とうにんを捕まえつかまえていたので、私わたくしはなお困らこまらせられたのです。その当人とうにんというのは叔父おじの娘むすめすなわち私わたくしの従妹じゅうまいに当るあたる女おんなでした。その女おんなを貰っもらってくれれば、お互いたがいのために便宜べんぎである、父ちちも存生ぞんじょう中なかそんな事ことを話しはなしていた、と叔父おじがいうのです。私わたくしもそうすれば便宜べんぎだとは思いおもいました。父ちちが叔父おじにそういう風かぜな話はなしをしたというのもあり得とくべき事ことと考えかんがえました。しかしそれは私わたくしが叔父おじにいわれて、始めはじめて気きが付いついたので、いわれない前まえから、覚っさとっていた事柄ことがらではないのです。だから私わたくしは驚きおどろきました。驚いおどろいたけれども、叔父おじの希望きぼうに無理むりのないところも、それがためによく解りわかりました。私わたくしは迂闊うかつなのでしょうか。あるいはそうなのかも知れしれませんが、おそらくその従妹じゅうまいに無頓着むとんちゃくであったのが、おもな源みなもと因いんになっているのでしょう。私わたくしは小供こどものうちから市しにいる叔父おじの家いえへ始終しじゅう遊びあそびに行きいきました。ただ行くいくばかりでなく、よくそこに泊りとまりました。そうしてこの従妹じゅうまいとはその時分じぶんから親しかっしたしかったのです。あなたもご承知ごしょうちでしょう、兄妹きょうだいの間まに恋こいの成立せいりつした例れいのないのを。私わたくしはこの公認こうにんされた事実じじつを勝手にかってに布衍ふえんしているかも知れしれないが、始終しじゅう接触せっしょくして親しくしたしくなり過ぎすぎた男女だんじょの間まには、恋こいに必要ひつような刺戟しげきの起るおこる清新せいしんな感じかんじが失わうしなわれてしまうように考えかんがえています。香こうをかぎ得るうるのは、香こうを焚き出したきだした瞬間しゅんかんに限るかぎるごとく、酒さけを味わうあじわうのは、酒さけを飲みのみ始めはじめた刹那せつなにあるごとく、恋こいの衝動しょうどうにもこういう際どいきわどい一いち点てんが、時間じかんの上うえに存在そんざいしているとしか思わおもわれないのです。一度いちど平気へいきでそこを通り抜けとおりぬけたら、馴れれなれれば馴れるなれるほど、親しみしたしみが増すますだけで、恋こいの神経しんけいはだんだん麻痺まひして来るくるだけです。私わたくしはどう考え直しかんがえなおしても、この従妹じゅうまいを妻つまにする気きにはなれませんでした。 叔父おじはもし私わたくしが主張しゅちょうするなら、私わたくしの卒業そつぎょうまで結婚けっこんを延ばしのばしてもいいといいました。けれども善ぜんは急げいそげという諺ことわざもあるから、できるなら今いまのうちに祝言しゅうげんの盃さかずきだけは済ますませておきたいともいいました。当人とうにんに望みのぞみのない私わたくしにはどっちにしたって同じおなじ事ことです。私わたくしはまた断りことわりました。叔父おじは厭いやな顔かおをしました。従妹じゅうまいは泣きなきました。私わたくしに添わそわれないから悲しいかなしいのではありません。結婚けっこんの申し込みもうしこみを拒絶きょぜつされたのが、女おんなとして辛かっつらかったからです。私わたくしが従妹じゅうまいを愛しあいしていないごとく、従妹じゅうまいも私わたくしを愛しあいしていない事ことは、私わたくしによく知れしれていました。私わたくしはまた東京とうきょうへ出でました。
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