こころ

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二

第 12 章
私わたくしは母ははを蔭かげへ呼んよんで父ちちの病状びょうじょうを尋ねたずねた。
「お父さんおちちさんはあんなに元気げんきそうに庭にわへ出でたり何なんかしているが、あれでいいんですか」「もう何なんともないようだよ。大方おおかた好くよくおなりなんだろう」 母ははは案外あんがい平気へいきであった。
都会とかいから懸け隔たっかけへだたった森もりや田たの中なかに住んすんでいる女おんなの常つねとして、母はははこういう事ことに掛けかけてはまるで無む知識ちしきであった。
それにしてもこの前まえ父ちちが卒倒そっとうした時じには、あれほど驚いおどろいて、あんなに心配しんぱいしたものを、と私わたくしは心こころのうちで独りひとり異ないな感じかんじを抱いいだいた。
「でも医者いしゃはあの時じ到底とうていむずかしいって宣告せんこくしたじゃありませんか」「だから人間にんげんの身体しんたいほど不思議ふしぎなものはないと思うおもうんだよ。あれほどお医者いしゃが手重くておもくいったものが、今までいままでしゃんしゃんしているんだからね。お母さんおははさんも始めはじめのうちは心配しんぱいして、なるべく動かさうごかさないようにと思っおもってたんだがね。それ、あの気性きしょうだろう。養生ようじょうはしなさるけれども、強情ごうじょでねえ。自分じぶんが好いよいと思い込んおもいこんだら、なかなか私わたくしのいう事ことなんか、聞きききそうにもなさらないんだからね」 私わたくしはこの前まえ帰っかえった時じ、無理むりに床ゆかを上げあげさして、髭ひげを剃っそった父ちちの様子ようすと態度たいどとを思い出しおもいだした。
「もう大丈夫だいじょうぶ、お母さんおははさんがあんまり仰山ぎょうさん過ぎるすぎるからいけないんだ」といったその時じの言葉ことばを考えかんがえてみると、満更まんざら母ははばかり責めるせめる気きにもなれなかった。
「しかし傍そばでも少しすこしは注意ちゅういしなくっちゃ」といおうとした私わたくしは、とうとう遠慮えんりょして何になんにも口くちへ出さださなかった。
ただ父ちちの病やまいの性質せいしつについて、私わたくしの知るしる限りかぎりを教えるおしえるように話しはなして聞かきかせた。
しかしその大部分だいぶぶんは先生せんせいと先生せんせいの奥さんおくさんから得とくた材料ざいりょうに過ぎすぎなかった。
母ははは別べつに感動かんどうした様子ようすも見せみせなかった。
ただ「へえ、やっぱり同じおなじ病気びょうきでね。お気の毒きのどくだね。いくつでお亡くなりなくなりかえ、その方ほうは」などと聞いきいた。
私わたくしは仕方しかたがないから、母ははをそのままにしておいて直接ちょくせつ父ちちに向かっむかった。
父ちちは私わたくしの注意ちゅういを母ははよりは真面目まじめに聞いきいてくれた。
「もっともだ。お前おまえのいう通りとおりだ。けれども、己おのれの身体しんたいは必竟ひっきょう己おのれの身体しんたいで、その己おのれの身体しんたいについての養生ようじょう法ほうは、多年たねんの経験けいけん上うえ、己おのれが一番いちばん能くよく心得こころえているはずだからね」といった。
それを聞いきいた母ははは苦笑くしょうした。
「それご覧ごらんな」といった。
「でも、あれでお父さんおちちさんは自分じぶんでちゃんと覚悟かくごだけはしているんですよ。今度こんど私わたくしが卒業そつぎょうして帰っかえったのを大変たいへん喜んよろこんでいるのも、全くまったくそのためなんです。生きいきてるうちに卒業そつぎょうはできまいと思っおもったのが、達者たっしゃなうちに免状めんじょうを持っもって来きたから、それが嬉しいうれしいんだって、お父さんおちちさんは自分じぶんでそういっていましたぜ」「そりゃ、お前おまえ、口くちでこそそうおいいだけれどもね。お腹おなかのなかではまだ大丈夫だいじょうぶだと思っおもってお出でのだよ」「そうでしょうか」「まだまだ十じゅう年ねんも二十にじゅう年ねんも生きるいきる気きでお出でのだよ。もっとも時々ときどきはわたしにも心細いこころぼそいような事ことをおいいだがね。おれもこの分ぶんじゃもう長いながい事こともあるまいよ、おれが死んしんだら、お前おまえはどうする、一人ひとりでこの家いえにいる気きかなんて」 私わたくしは急きゅうに父ちちがいなくなって母はは一人ひとりが取り残さとりのこされた時じの、古いふるい広いひろい田舎家いなかやを想像そうぞうして見みた。
この家いえから父ちち一人ひとりを引き去っひきさった後あとは、そのままで立ち行くたちゆくだろうか。
兄あにはどうするだろうか。
母ははは何なんというだろうか。
そう考えるかんがえる私わたくしはまたここの土つちを離れはなれて、東京とうきょうで気楽きらくに暮らしくらして行けるいけるだろうか。
私わたくしは母ははを眼めの前まえに置いおいて、先生せんせいの注意ちゅうい――父ちちの丈夫じょうぶでいるうちに、分けわけて貰うもらうものは、分けわけて貰っもらって置けおけという注意ちゅういを、偶然ぐうぜん思い出しおもいだした。
「なにね、自分じぶんで死ぬしぬ死ぬしぬっていう人ひとに死んしんだ試しためしはないんだから安心あんしんだよ。お父さんおちちさんなんぞも、死ぬしぬ死ぬしぬっていいながら、これから先さきまだ何なん年ねん生きいきなさるか分るわかるまいよ。それよりか黙っだまってる丈夫じょうぶの人ひとの方ほうが剣呑けんのんさ」 私わたくしは理屈りくつから出でたとも統計とうけいから来きたとも知れしれない、この陳腐ちんぷなような母ははの言葉ことばを黙然もくぜんと聞いきいていた。
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