こころ

23/30

三

第 23 章
「私わたくしが両親りょうしんを亡くしなくしたのは、まだ私わたくしの廿にじゅう歳としにならない時分じぶんでした。いつか妻つまがあなたに話しはなしていたようにも記憶きおくしていますが、二人ふたりは同じおなじ病気びょうきで死んしんだのです。しかも妻つまがあなたに不審ふしんを起さおこさせた通りとおり、ほとんど同時どうじといっていいくらいに、前後ぜんごして死んしんだのです。実じつをいうと、父ちちの病気びょうきは恐るおそるべき腸ちょう窒扶斯ちふすでした。それが傍そばにいて看護かんごをした母ははに伝染でんせんしたのです。 私わたくしは二人ふたりの間まにできたたった一人ひとりの男の子おとこのこでした。宅たくには相当そうとうの財産ざいさんがあったので、むしろ鷹揚おうように育てそだてられました。私わたくしは自分じぶんの過去かこを顧みかえりみて、あの時じ両親りょうしんが死なしなずにいてくれたなら、少なくすくなくとも父ちちか母ははかどっちか、片方かたほうで好いよいから生きいきていてくれたなら、私わたくしはあの鷹揚おうような気分きぶんを今までいままで持ちもち続けるつづける事ことができたろうにと思いおもいます。 私わたくしは二人ふたりの後あとに茫然ぼうぜんとして取り残さとりのこされました。私わたくしには知識ちしきもなく、経験けいけんもなく、また分別ぶんべつもありませんでした。父ちちの死ぬしぬ時じ、母ははは傍そばにいる事ことができませんでした。母ははの死ぬしぬ時じ、母ははには父ちちの死んしんだ事ことさえまだ知らしらせてなかったのです。母はははそれを覚っさとっていたか、または傍そばのもののいうごとく、実際じっさい父ちちは回復期かいふくきに向いむかいつつあるものと信じしんじていたか、それは分りわかりません。母はははただ叔父おじに万事ばんじを頼んたのんでいました。そこに居合せいあわせた私わたくしを指さすゆびさすようにして、「この子こをどうぞ何なん分ぶん」といいました。
私わたくしはその前まえから両親りょうしんの許可きょかを得とくて、東京とうきょうへ出るでるはずになっていましたので、母はははそれもついでにいうつもりらしかったのです。
それで「東京とうきょうへ」とだけ付け加えつけくわえましたら、叔父おじがすぐ後あとを引き取っひきとって、「よろしい決してけっして心配しんぱいしないがいい」と答えこたえました。
母ははは強いつよい熱ねつに堪えこらえ得るうる体質たいしつの女おんななんでしたろうか、叔父おじは「確かたしかりしたものだ」といって、私わたくしに向っむかって母ははの事ことを褒めほめていました。
しかしこれがはたして母ははの遺言ゆいごんであったのかどうだか、今いま考えるかんがえると分らわからないのです。
母ははは無論むろん父ちちの罹っかかった病気びょうきの恐るおそるべき名前なまえを知っしっていたのです。
そうして、自分じぶんがそれに伝染でんせんしていた事ことも承知しょうちしていたのです。
けれども自分じぶんはきっとこの病気びょうきで命いのちを取らとられるとまで信じしんじていたかどうか、そこになると疑ううたがう余地よちはまだいくらでもあるだろうと思わおもわれるのです。
その上うえ熱ねつの高いたかい時じに出るでる母ははの言葉ことばは、いかにそれが筋道すじみちの通っとおった明らかあきらかなものにせよ、一向いっこう記憶きおくとなって母ははの頭あたまに影かげさえ残しのこしていない事ことがしばしばあったのです。
だから……しかしそんな事ことは問題もんだいではありません。
ただこういう風かぜに物ものを解きほどいときほどいてみたり、またぐるぐる廻しまわして眺めながめたりする癖くせは、もうその時分じぶんから、私わたくしにはちゃんと備わっそなわっていたのです。
それはあなたにも始めはじめからお断わりことわりしておかなければならないと思いおもいますが、その実例じつれいとしては当面とうめんの問題もんだいに大したたいした関係かんけいのないこんな記述きじゅつが、かえって役やくに立ちたちはしないかと考えかんがえます。
あなたの方ほうでもまあそのつもりで読んよんでください。
この性分しょうぶんが倫理的りんりてきに個人こじんの行為こういやら動作どうさの上うえに及んおよんで、私わたくしは後来こうらいますます他ほかの徳義とくぎ心こころを疑ううたがうようになったのだろうと思うおもうのです。
それが私わたくしの煩悶はんもんや苦悩くのうに向っむかって、積極的せっきょくてきに大きなおおきな力ちからを添えそえているのは慥かたしかですから覚えおぼえていて下さいください。
話はなしが本筋ほんすじをはずれると、分りわかり悪くわるくなりますからまたあとへ引き返しひきかえしましょう。
これでも私わたくしはこの長いながい手紙てがみを書くかくのに、私わたくしと同じおなじ地位ちいに置かおかれた他ほかの人ひとと比べくらべたら、あるいは多少たしょう落ち付いおちついていやしないかと思っおもっているのです。
世の中よのなかが眠るねむると聞こえきこえだすあの電車でんしゃの響ひびきももう途絶えとだえました。
雨戸あまどの外そとにはいつの間まにか憐れあわれな虫むしの声こえが、露ろの秋あきをまた忍びやかしのびやかに思い出さおもいださせるような調子ちょうしで微かかすかに鳴いないています。
何なんも知らしらない妻つまは次つぎの室むろで無邪気むじゃきにすやすや寝入っねいっています。
私わたくしが筆ふでを執るとると、一いち字じ一劃いっかくができあがりつつペンぺんの先さきで鳴っなっています。
私わたくしはむしろ落ち付いおちついた気分きぶんで紙かみに向っむかっているのです。
不馴れふなれのためにペンぺんが横よこへ外れるはずれるかも知れしれませんが、頭あたまが悩乱のうらんして筆ふでがしどろに走るはしるのではないように思いおもいます。
23/30