二十一 狂人の娘
第 21 章
二台の人力車は人気のない曇天の田舎道を走つて行つた。
その道の海に向つてゐることは潮風の来るのでも明らかだつた。
後の人力車に乗つてゐた彼は少しもこのランデ・ブウに興味のないことを怪みながら、彼自身をここへ導いたものの何であるかを考へてゐた。
それは決して恋愛ではなかつた。
若し恋愛でないとすれば、――彼はこの答を避ける為に「兎に角我等は対等だ」と考へない訣には行かなかつた。
前の人力車に乗つてゐるのは或狂人の娘だつた。
のみならず彼女の妹は嫉妬の為に自殺してゐた。
「もうどうにも仕かたはない。」 彼はもうこの狂人の娘に、――動物的本能ばかり強い彼女に或憎悪を感じてゐた。
二台の人力車はその間に磯臭い墓地の外へ通りかかつた。
蠣殻のついた粗朶垣の中には石塔が幾つも黒んでゐた。
彼はそれ等の石塔の向うにかすかにかがやいた海を眺め、何か急に彼女の夫を――彼女の心を捉へてゐない彼女の夫を軽蔑し出した。
……