或阿呆の一生

23/51

二十三 彼女

第 23 章
或ある広場ひろばの前まえは暮れくれかかつてゐた。
彼かれはやや熱ねつのある体からだにこの広場ひろばを歩いあるいて行つおこなつた。
大きいおおきいビルデイングびるでいんぐは幾いく棟むねもかすかに銀色ぎんいろに澄んすんだ空そらに窓々まどの電燈でんとうをきらめかせてゐた。
彼かれは道ばたみちばたに足あしを止めとめ、彼女かのじょの来るくるのを待つまつことにした。
五ご分ぶんばかりたつた後あと、彼女かのじょは何なんかやつれたやうに彼かれの方ほうへ歩みあゆみ寄つよつた。
が、彼かれの顔かおを見るみると、「疲れつかれたわ」と言ついつて頬笑んほおえんだりした。
彼かれ等とうは肩かたを並べならべながら、薄明はくめいい広場ひろばを歩いあるいて行つおこなつた。
それは彼かれ等とうには始めはじめてだつた。
彼かれは彼女かのじょと一しよいっしよにゐる為ためには何なんを捨てすてても善いよい気もちきもちだつた。
彼かれ等とうの自動車じどうしゃに乗のりつた後あと、彼女かのじょはぢつと彼かれの顔かおを見つめみつめ、「あなたは後悔こうかいなさらない?」と言ついつた。
彼かれはきつぱり「後悔こうかいしない」と答へこたえへた。
彼女かのじょは彼かれの手てを抑そもそもへ、「あたしは後悔こうかいしないけれども」と言ついつた。
彼女かのじょの顔かおはかう云ふいふ時じにも月つきの光ひかりの中なかにゐるやうだつた。
23/51