或阿呆の一生

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九 死体

第 9 章
死体したいは皆みな親指おやゆびに針金はりがねのついた札さつをぶら下げぶらさげてゐた。
その又また札さつは名前なまえだの年齢ねんれいだのを記ししるしてゐた。
彼かれの友だちともだちは腰こしをかがめ、器用きようにメスめすを動かしうごかしながら、或ある死体したいの顔かおの皮かわを剥ぎはぎはじめた。
皮かわの下したに広ひろしがつてゐるのは美しいうつくしい黄いろきいろの脂肪しぼうだつた。
彼かれはその死体したいを眺めながめてゐた。
それは彼かれには或ある短篇たんぺんを、――王朝おうちょう時代じだいに背景はいけいを求めもとめた或ある短篇たんぺんを仕上げるしあげる為ために必要ひつようだつたのに違ひちがひなかつた。
が、腐敗ふはいした杏あんずの匂においに近いちかい死体したいの臭気しゅうきは不快ふかいだつた。
彼かれの友だちともだちは眉間みけんをひそめ、静かしずかにメスめすを動かしうごかして行つおこなつた。
「この頃このごろは死体したいも不足ふそくしてね。」 彼かれの友だちともだちはかう言ついつてゐた。
すると彼かれはいつの間まにか彼かれの答こたえを用意よういしてゐた。
――「己おのれは死体したいに不足ふそくすれば、何なんの悪意あくいもなしに人殺しひとごろしをするがね。」しかし勿論もちろん彼かれの答こたえは心こころの中なかにあつただけだつた。
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