或阿呆の一生

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四十九 剥製の白鳥

第 49 章
彼かれは最後さいごの力ちからを尽しつくし、彼かれの自叙伝じじょでんを書いかいて見ようみようとした。
が、それは彼かれ自身じしんには存外ぞんがい容易よういに出来できなかつた。
それは彼かれの自尊心じそんしんや懐疑かいぎ主義しゅぎや利害りがいの打算ださんの未だいまだに残ざんつてゐる為ためだつた。
彼かれはかう云ふいふ彼かれ自身じしんを軽蔑けいべつせずにはゐられなかつた。
しかし又また一面いちめんには「誰だれでも一皮ひとかわ剥いむいて見れみれば同じおなじことだ」とも思はおもうはずにはゐられなかつた。
「詩しと真実しんじつと」と云ふいふ本ほんの名前なまえは彼かれにはあらゆる自叙伝じじょでんの名前なまえのやうにも考へかんがへられ勝ちかちだつた。
のみならず文芸ぶんげい上うえの作品さくひんに必しひっしも誰だれも動かさうごかされないのは彼かれにははつきりわかつてゐた。
彼かれの作品さくひんの訴うったえへるものは彼かれに近いちかい生涯しょうがいを送つた彼かれに近いちかい人々ひとびとの外そとにある筈はずはない。
――かう云ふいふ気きも彼かれには働いはたらいてゐた。
彼かれはその為ために手短かてみじかに彼かれの「詩しと真実しんじつと」を書いかいて見るみることにした。
彼かれは「或ある阿呆あほうの一生いっしょう」を書き上げかきあげた後あと、偶然ぐうぜん或ある古道具こどうぐ屋やの店みせに剥製はくせいの白鳥はくちょうのあるのを見つけみつけた。
それは頸くびを挙げあげて立つたつてゐたものの、黄きばんだ羽根はねさへ虫むしに食はしょくはれてゐた。
彼かれは彼かれの一生いっしょうを思ひおもひ、涙なみだや冷笑れいしょうのこみ上げるこみあげるのを感じかんじた。
彼かれの前まえにあるものは唯ただ発狂はっきょうか自殺じさつかだけだつた。
彼かれは日ひの暮くれの往来おうらいをたつた一人ひとり歩きあるきながら、徐ろにおもむろに彼かれを滅しめっしに来るくる運命うんめいを待つまつことに決心けっしんした。
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