或阿呆の一生

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四十一 病

第 41 章
彼かれは不眠症ふみんしょうに襲かさねはれ出しだした。
のみならず体力たいりょくも衰へおとろえはじめた。
何人なんにんかの医者いしゃは彼かれの病やまいにそれぞれ二三にさんの診断しんだんを下しおろした。
――胃酸いさん過多かた、胃いアトニイあとにい、乾性かんせい肋膜炎ろくまくえん、神経しんけい衰弱すいじゃく、慢性まんせい結膜炎けつまくえん、脳のう疲労ひろう、…… しかし彼かれは彼かれ自身じしん彼かれの病やまい源みなもとを承知しょうちしてゐた。
それは彼かれ自身じしんを恥ぢはぢると共ともに彼かれ等とうを恐れるおそれる心もちこころもちだつた。
彼かれ等とうを、――彼かれの軽蔑けいべつしてゐた社会しゃかいを!
或ある雪曇りゆきぐもりに曇くもりつた午後ごご、彼かれは或あるカツフエかつふえの隅すみに火ひのついた葉巻はまきを啣へくはへたまま、向うむこうの蓄音機ちくおんきから流れながれて来るくる音楽おんがくに耳みみを傾けかたむけてゐた。
それは彼かれの心もちこころもちに妙みょうにしみ渡るわたる音楽おんがくだつた。
彼かれはその音楽おんがくの了るおわるのを待ちまち、蓄音機ちくおんきの前まえへ歩みあゆみ寄つよつてレコオドれこおどの貼り札はりふだを検べるしらべることにした。
MagicFlute――Mozart 彼かれは咄嗟とっさに了解りょうかいした。
十じゅう戒かいを破はつたモツツアルトはやはり苦しんくるしんだのに違ひちがひなかつた。
しかしよもや彼かれのやうに、……彼かれは頭あたまを垂れたれたまま、静かしずかに彼かれの卓子たくしへ帰つかえつて行つおこなつた。
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