或阿呆の一生

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六 病

第 6 章
彼かれは絶え間たえまない潮風しおかぜの中なかに大きいおおきい英吉利いぎりす語ごの辞書じしょをひろげ、指先ゆびさきに言葉ことばを探しさがしてゐた。
Talaria 翼つばさの生えはえた靴くつ、或はあるいはサンダアルさんだある。
Tale 話はなし。
Talipot 東ひがし印度いんどに産するさんする椰子やし。
幹みきは五十ごじゅう呎より百ひゃく呎の高さたかさに至りいたり、葉はは傘かさ、扇おうぎ、帽ぼう等とうに用ようひらる。
七十ななじゅう年ねんに一度いちど花はなを開くひらく。
…… 彼かれの想像そうぞうははつきりとこの椰子やしの花はなを描き出しえがきだした。
すると彼かれは喉もとのどもとに今までいままでに知らしらない痒かゆさを感じかんじ、思はおもうはず辞書じしょの上うえへ啖を落しおとした。
啖を?
――しかしそれは啖ではなかつた。
彼かれは短いみじかい命いのちを思ひおもひ、もう一度いちどこの椰子やしの花はなを想像そうぞうした。
この遠いとおい海うみの向うむこうに高だかたかだかと聳えそびえてゐる椰子やしの花はなを。
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