十
第 10 章
自分は三沢の消息を待って、なお二三日岡田の厄介になった。
実をいうと彼らは自分のよそに行って宿を取る事を許さなかったのである。
自分はその間できるだけ一人で大阪を見て歩いた。
すると町幅の狭いせいか、人間の運動が東京よりも溌溂と自分の眼を射るように思われたり、家並が締りのない東京より整って好ましいように見えたり、河が幾筋もあってその河には静かな水が豊かに流れていたり、眼先の変った興味が日に一つ二つは必ずあった。
佐野には浜寺でいっしょに飯を食った次の晩また会った。
今度は彼の方から浴衣がけで岡田を尋ねて来た。
自分はその時もかれこれ二時間余り彼と話した。
けれどもそれはただ前日の催しを岡田の家で小規模に繰返したに過ぎなかったので、新しい印象と云っては格別頭に残りようがなかった。
だから本当をいうとただ世間並の人というほかに、自分は彼について何も解らなかった。
けれどもまた母や岡田に対する義務としては、何も解らないで澄ましている訳にも行かなかった。
自分はこの二三日の間に、とうとう東京の母へ向けて佐野と会見を結了した旨の報告を書いた。
仕方がないから「佐野さんはあの写真によく似ている」と書いた。
「酒は呑むが、呑んでも赤くならない」と書いた。
「御父さんのように謡をうたう代りに義太夫を勉強しているそうだ」と書いた。
最後に岡田夫婦と仲の好さそうな様子を述べて、「あれほど仲の好い岡田さん夫婦の周旋だから間違はないでしょう」と書いた。
一番しまいに、「要するに、佐野さんは多数の妻帯者と変ったところも何もないようです。お貞さんも普通の細君になる資格はあるんだから、承諾したら好いじゃありませんか」と書いた。
自分はこの手紙を封じる時、ようやく義務が済んだような気がした。
しかしこの手紙一つでお貞さんの運命が永久に決せられるのかと思うと、多少自分のおっちょこちょいに恥入るところもあった。
そこで自分はこの手紙を封筒へ入たまま、岡田の所へ持って行った。
岡田はすうと眼を通しただけで、「結構」と答えた。
お兼さんは、てんで巻紙に手を触れなかった。
自分は二人の前に坐って、双方を見較べた。
「これで好いでしょうかね。これさえ出してしまえば、宅の方はきまるんです。したがって佐野さんもちょっと動けなくなるんですが」「結構です。それが僕らの最も希望するところです」と岡田は開き直っていった。
お兼さんは同じ意味を女の言葉で繰り返した。
二人からこう事もなげに云われた自分は、それで安心するよりもかえって心元なくなった。
「何がそんなに気になるんです」と岡田が微笑しながら煙草の煙を吹いた。
「この事件について一番冷淡だったのは君じゃありませんか」「冷淡にゃ違ないが、あんまりお手軽過ぎて、少し双方に対して申訳がないようだから」「お手軽どころじゃございません、それだけ長い手紙を書いていただけば。それでお母さまが御満足なさる、こちらは初からきまっている。これほどおめでたい事はないじゃございませんか、ねえあなた」 お兼さんはこういって、岡田の方を見た。
岡田はそうともと云わぬばかりの顔をした。
自分は理窟をいうのが厭になって、二人の目の前で、三銭切手を手紙に貼った。
十一
自分はこの手紙を出しっきりにして大阪を立退きたかった。
岡田も母の返事の来るまで自分にいて貰う必要もなかろうと云った。
「けれどもまあ緩くりなさい」 これが彼のしばしば繰り返す言葉であった。
夫婦の好意は自分によく解っていた。
同時に彼らの迷惑もまたよく想像された。
夫婦ものに自分のような横着な泊り客は、こっちにも多少の窮屈は免かれなかった。
自分は電報のように簡単な端書を書いたぎり何の音沙汰もない三沢が悪らしくなった。
もし明日中に何とか音信がなければ、一人で高野登りをやろうと決心した。
「じゃ明日は佐野を誘って宝塚へでも行きましょう」と岡田が云い出した。
自分は岡田が自分のために時間の差繰をしてくれるのが苦になった。
もっと皮肉を云えば、そんな温泉場へ行って、飲んだり食ったりするのが、お兼さんにすまないような気がした。
お兼さんはちょっと見ると、派出好の女らしいが、それはむしろ色白な顔立や様子がそう思わせるので、性質からいうと普通の東京ものよりずっと地味であった。
外へ出る夫の懐中にすら、ある程度の束縛を加えるくらい締っているんじゃないかと思われた。
「御酒を召上らない方は一生のお得ですね」 自分の杯に親しまないのを知ったお兼さんは、ある時こういう述懐を、さも羨ましそうに洩らした事さえある。
それでも岡田が顔を赤くして、「二郎さん久しぶりに相撲でも取りましょうか」と野蛮な声を出すと、お兼さんは眉をひそめながら、嬉しそうな眼つきをするのが常であったから、お兼さんは旦那の酔うのが嫌いなのではなくって、酒に費用のかかるのが嫌いなのだろうと、自分は推察していた。
自分はせっかくの好意だけれども宝塚行を断った。
そうして腹の中で、あしたの朝岡田の留守に、ちょっと電車に乗って一人で行って様子を見て来ようと取りきめた。
岡田は「そうですか。文楽だと好いんだけれどもあいにく暑いんで休んでいるもんだから」と気の毒そうに云った。
翌朝自分は岡田といっしょに家を出た。
彼は電車の上で突然自分の忘れかけていたお貞さんの結婚問題を持ち出した。
「僕はあなたの親類だと思ってやしません。あなたのお父さんやお母さんに書生として育てられた食客と心得ているんです。僕の今の地位だって、あのお兼だって、みんなあなたの御両親のお蔭でできたんです。だから何か御恩返しをしなくっちゃすまないと平生から思ってるんです。お貞さんの問題もつまりそれが動機でしたんですよ。けっして他意はないんですからね」 お貞さんは宅の厄介ものだから、一日も早くどこかへ嫁に世話をするというのが彼の主意であった。
自分は家族の一人として岡田の好意を謝すべき地位にあった。
「お宅じゃ早くお貞さんを片づけたいんでしょう」 自分の父も母も実際そうなのである。
けれどもこの時自分の眼にはお貞さんと佐野という縁故も何もない二人がいっしょにかつ離れ離れに映じた。
「旨く行くでしょうか」「そりゃ行くだろうじゃありませんか。僕とお兼を見たって解るでしょう。結婚してからまだ一度も大喧嘩をした事なんかありゃしませんぜ」「あなた方は特別だけれども……」「なにどこの夫婦だって、大概似たものでさあ」 岡田と自分はそれでこの話を切り上げた。
十二
三沢の便りははたして次の日の午後になっても来なかった。
気の短い自分にはこんなズボラを待ってやるのが腹立しく感ぜられた、強いてもこれから一人で立とうと決心した。
「まあもう一日二日はよろしいじゃございませんか」とお兼さんは愛嬌に云ってくれた。
自分が鞄の中へ浴衣や三尺帯を詰めに二階へ上りかける下から、「是非そうなさいましよ」とおっかけるように留めた。
それでも気がすまなかったと見えて、自分が鞄の始末をした頃、上り口へ顔を出して、「おやもう御荷物の仕度をなすったんですか。じゃ御茶でも入れますから、御緩くりどうぞ」と降りて行った。
自分は胡坐のまま旅行案内をひろげた。
そうして胸の中でかれこれと時間の都合を考えた。
その都合がなかなか旨く行かないので、仰向になってしばらく寝て見た。
すると三沢といっしょに歩く時の愉快がいろいろに想像された。
富士を須走口へ降りる時、滑って転んで、腰にぶら下げた大きな金明水入の硝子壜を、壊したなり帯へ括りつけて歩いた彼の姿扮などが眼に浮んだ。
ところへまた梯子段を踏むお兼さんの足音がしたので、自分は急に起き直った。
お兼さんは立ちながら、「まあ好かった」と一息吐いたように云って、すぐ自分の前に坐った。
そうして三沢から今届いた手紙を自分に渡した。
自分はすぐ封を開いて見た。
「とうとう御着になりましたか」 自分はちょっとお兼さんに答える勇気を失った。
三沢は三日前大阪に着いて二日ばかり寝たあげくとうとう病院に入ったのである。
自分は病院の名を指してお兼さんに地理を聞いた。
お兼さんは地理だけはよく呑み込んでいたが、病院の名は知らなかった。
自分はとにかく鞄を提げて岡田の家を出る事にした。
「どうもとんだ事でございますね」とお兼さんは繰り返し繰り返し気の毒がった。
断るのを無理に、下女が鞄を持って停車場まで随いて来た。
自分は途中でなおもこの下女を返そうとしたが、何とか云ってなかなか帰らなかった。
その言葉は解るには解るが、自分のようにこの土地に親しみのないものにはとても覚えられなかった。
別れるとき今まで世話になった礼に一円やったら「さいなら、お機嫌よう」と云った。
電車を下りて俥に乗ると、その俥は軌道を横切って細い通りを真直に馳けた。
馳け方があまり烈しいので、向うから来る自転車だの俥だのと幾度か衝突しそうにした。
自分ははらはらしながら病院の前に降ろされた。
鞄を持ったまま三階に上った自分は、三沢を探すため方々の室を覗いて歩いた。
三沢は廊下の突き当りの八畳に、氷嚢を胸の上に載せて寝ていた。
「どうした」と自分は室に入るや否や聞いた。
彼は何も答えずに苦笑している。
「また食い過ぎたんだろう」と自分は叱るように云ったなり、枕元に胡坐をかいて上着を脱いだ。
「そこに蒲団がある」と三沢は上眼を使って、室の隅を指した。
自分はその眼の様子と頬の具合を見て、これはどのくらい重い程度の病気なんだろうと疑った。
「看護婦はついてるのかい」「うん。今どこかへ出て行った」
十三
三沢は平生から胃腸のよくない男であった。
ややともすると吐いたり下したりした。
友達はそれを彼の不養生からだと評し合った。
当人はまた母の遺伝で体質から来るんだから仕方がないと弁解していた。
そうして消化器病の書物などをひっくり返して、アトニーとか下垂性とかトーヌスとかいう言葉を使った。
自分などが時々彼に忠告めいた事をいうと、彼は素人が何を知るものかと云わぬばかりの顔をした。
「君アルコールは胃で吸収されるものか、腸で吸収されるものか知ってるか」などと澄ましていた。
そのくせ病気になると彼はきっと自分を呼んだ。
自分もそれ見ろと思いながら必ず見舞に出かけた。
彼の病気は短くて二三日長くて一二週間で大抵は癒った。
それで彼は彼の病気を馬鹿にしていた。
他人の自分はなおさらであった。
けれどもこの場合自分はまず彼の入院に驚かされていた。
その上に胃の上の氷嚢でまた驚かされた。
自分はそれまで氷嚢は頭か心臓の上でなければ載せるものでないとばかり信じていたのである。
自分はぴくんぴくんと脈を打つ氷嚢を見つめて厭な心持になった。
枕元に坐っていればいるほど、付景気の言葉がだんだん出なくなって来た。
三沢は看護婦に命じて氷菓子を取らせた。
自分がその一杯に手を着けているうちに、彼は残る一杯を食うといい出した。
自分は薬と定食以外にそんなものを口にするのは好くなかろうと思ってとめにかかった。
すると三沢は怒った。
「君は一杯の氷菓子を消化するのに、どのくらい強壮な胃が必要だと思うのか」と真面目な顔をして議論を仕かけた。
自分は実のところ何にも知らないのである。
看護婦は、よかろうけれども念のためだからと云って、わざわざ医局へ聞きに行った。
そうして少量なら差支ないという許可を得て来た。
自分は便所に行くとき三沢に知れないように看護婦を呼んで、あの人の病気は全体何というんだと聞いて見た。
看護婦はおおかた胃が悪いんだろうと答えた。
それより以上の事を尋ねると、今朝看護婦会から派出されたばかりで、何もまだ分らないんだと云って平気でいた。
仕方なしに下へ降りて医員に尋ねたら、その男もまだ三沢の名を知らなかった。
けれども患者の病名だの処方だのを書いた紙箋を繰って、胃が少し糜爛れたんだという事だけ教えてくれた。
自分はまた三沢の傍へ行った。
彼は氷嚢を胃の上に載せたまま、「君その窓から外を見てみろ」、と云った。
窓は正面に二つ側面に一つあったけれども、いずれも西洋式で普通より高い上に、病人は日本の蒲団を敷いて寝ているんだから、彼の眼には強い色の空と、電信線の一部分が筋違に見えるだけであった。
自分は窓側に手を突いて、外を見下した。
すると何よりもまず高い煙突から出る遠い煙が眼に入った。
その煙は市全体を掩うように大きな建物の上を這い廻っていた。
「河が見えるだろう」と三沢が云った。
大きな河が左手の方に少し見えた。
「山も見えるだろう」と三沢がまた云った。
山は正面にさっきから見えていた。
それが暗がり峠で、昔は多分大きな木ばかり生えていたのだろうが、今はあの通り明るい峠に変化したんだとか、もう少しするとあの山の下を突き貫いて、奈良へ電車が通うようになるんだとか、三沢は今誰かから聞いたばかりの事を元気よく語った。
自分はこれなら大した心配もないだろうと思って病院を出た。
十四
自分は別に行く所もなかったので、三沢の泊った宿の名を聞いて、そこへ俥で乗りつけた。
看護婦はつい近くのように云ったが、始めての自分にはかなりの道程と思われた。
その宿には玄関も何にもなかった。
這入ってもいらっしゃいと挨拶に出る下女もなかった。
自分は三沢の泊ったという二階の一間に通された。
手摺の前はすぐ大きな川で、座敷から眺めていると、大変涼しそうに水は流れるが、向のせいか風は少しも入らなかった。
夜に入って向側に点ぜられる灯火のきらめきも、ただ眼に少しばかりの趣を添えるだけで、涼味という感じにはまるでならなかった。
自分は給仕の女に三沢の事を聞いて始めて知った。
彼は二日ここに寝たあげく、三日目に入院したように記憶していたが実はもう一日前の午後に着いて、鞄を投げ込んだまま外出して、その晩の十時過に始めて帰って来たのだそうである。
着いた時には五六人の伴侶がいたが、帰りにはたった一人になっていたと下女は告げた。
自分はその五六人の伴侶の何人であるかについて思い悩んだ。
しかし想像さえ浮ばなかった。
「酔ってたかい」と自分は下女に聞いて見た。
そこは下女も知らなかった。
けれども少し経って吐いたから酔っていたんだろうと答えた。
自分はその夜蚊帳を釣って貰って早く床に這入った。
するとその蚊帳に穴があって、蚊が二三疋這入って来た。
団扇を動かして、それを払い退けながら寝ようとすると、隣の室の話し声が耳についた。
客は下女を相手に酒でも呑んでいるらしかった。
そうして警部だとかいう事であった。
自分は警部の二字に多少の興味があった。
それでその人の話を聞いて見る気になったのである。
すると自分の室を受持っている下女が上って来て、病院から電話だと知らせた。
自分は驚いて起き上った。
電話の相手は三沢の看護婦であった。
病人の模様でも急に変ったのかと思って心配しながら用事を聞いて見ると病人から、明日はなるべく早く来てくれ、退屈で困るからという伝言に過ぎなかった。
自分は彼の病気がはたしてそう重くないんだと断定した。
「何だそんな事か、そういうわがままはなるべく取次がないが好い」と叱りつけるように云ってやったが、後で看護婦に対して気の毒になったので、「しかし行く事は行くよ。君が来てくれというなら」とつけ足して室へ帰った。
下女はいつ気がついたか、蚊帳の穴を針と糸で塞いでいた。
けれどもすでに這入っている蚊はそのままなので、横になるや否や、時々額や鼻の頭の辺でぶうんと云う小い音がした。
それでもうとうとと寝た。
すると今度は右の方の部屋でする話声で眼が覚めた。
聞いているとやはり男と女の声であった。
自分はこっち側に客は一人もいないつもりでいたので、ちょっと驚かされた。
しかし女が繰返して、「そんならもう帰して貰いますぜ」というような言葉を二三度用いたので、隣の客が女に送られて茶屋からでも帰って来たのだろうと推察してまた眠りに落ちた。
それからもう一度下女が雨戸を引く音に夢を破られて、最後に起き上ったのが、まだ川の面に白い靄が薄く見える頃だったから、正味寝たのは何時間にもならなかった。
十五
三沢の氷嚢は依然としてその日も胃の上に在った。
「まだ氷で冷やしているのか」 自分はいささか案外な顔をしてこう聞いた。
三沢にはそれが友達甲斐もなく響いたのだろう。
「鼻風邪じゃあるまいし」と云った。
自分は看護婦の方を向いて、「昨夕は御苦労さま」と一口礼を述べた。
看護婦は色の蒼い膨れた女であった。
顔つきが絵にかいた座頭に好く似ているせいか、普通彼らの着る白い着物がちっとも似合わなかった。
岡山のもので、小さい時膿毒性とかで右の眼を悪くしたんだと、こっちで尋ねもしない事を話した。
なるほどこの女の一方の眼には白い雲がいっぱいにかかっていた。
「看護婦さん、こんな病人に優しくしてやると何を云い出すか分らないから、好加減にしておくがいいよ」 自分は面白半分わざと軽薄な露骨を云って、看護婦を苦笑させた。
すると三沢が突然「おい氷だ」と氷嚢を持ち上げた。
廊下の先で氷を割る音がした時、三沢はまた「おい」と云って自分を呼んだ。
「君には解るまいが、この病気を押していると、きっと潰瘍になるんだ。それが危険だから僕はこうじっとして氷嚢を載せているんだ。ここへ入院したのも、医者が勧めたのでも、宿で周旋して貰ったのでもない。ただ僕自身が必要と認めて自分で入ったのだ。酔興じゃないんだ」 自分は三沢の医学上の智識について、それほど信を置き得なかった。
けれどもこう真面目に出られて見ると、もう交ぜ返す勇気もなかった。
その上彼のいわゆる潰瘍とはどんなものか全く知らなかった。
自分は起って窓側へ行った。
そうして強い光に反射して、乾いた土の色を見せている暗がり峠を望んだ。
ふと奈良へでも遊びに行って来ようかという気になった。
「君その様子じゃ当分約束を履行する訳にも行かないだろう」「履行しようと思って、これほどの養生をしているのさ」 三沢はなかなか強情の男であった。
彼の強情につき合えば、彼の健康が旅行に堪え得るまで自分はこの暑い都の中で蒸されていなければならなかった。
「だって君の氷嚢はなかなか取れそうにないじゃないか」「だから早く癒るさ」 自分は彼とこういう談話を取り換わせているうちに、彼の強情のみならず、彼のわがままな点をよく見て取った。
同時に一日も早く病人を見捨てて行こうとする自分のわがままもまたよく自分の眼に映った。
「君大阪へ着いたときはたくさん伴侶があったそうじゃないか」「うん、あの連中と飲んだのが悪かった」 彼の挙げた姓名のうちには、自分の知っているものも二三あった。
三沢は彼らと名古屋からいっしょの汽車に乗ったのだが、いずれも馬関とか門司とか福岡とかまで行く人であるにかかわらず久しぶりだからというので、皆な大阪で降りて三沢と共に飯を食ったのだそうである。
自分はともかくももう二三日いて病人の経過を見た上、どうとかしようと分別した。
十六
その間自分は三沢の付添のように、昼も晩も大抵は病院で暮した。
孤独な彼は実際毎日自分を待受けているらしかった。
それでいて顔を合わすと、けっして礼などは云わなかった。
わざわざ草花を買って持って行ってやっても、憤と膨れている事さえあった。
自分は枕元で書物を読んだり、看護婦を相手にしたり、時間が来ると病人に薬を呑ませたりした。
朝日が強く差し込む室なので、看護婦を相手に、寝床を影の方へ移す手伝もさせられた。
自分はこうしているうちに、毎日午前中に回診する院長を知るようになった。
院長は大概黒のモーニングを着て医員と看護婦を一人ずつ随えていた。
色の浅黒い鼻筋の通った立派な男で、言葉遣いや態度にも容貌の示すごとく品格があった。
三沢は院長に会うと、医学上の知識をまるでもっていない自分たちと同じような質問をしていた。
「まだ容易に旅行などはできないでしょうか」「潰瘍になると危険でしょうか」「こうやって思い切って入院した方が、今考えて見るとやっぱり得策だったんでしょうか」などと聞くたびに院長は「ええまあそうです」ぐらいな単簡な返答をした。
自分は平生解らない術語を使って、他を馬鹿にする彼が、院長の前でこう小さくなるのを滑稽に思った。
彼の病気は軽いような重いような変なものであった。
宅へ知らせる事は当人が絶対に不承知であった。
院長に聞いて見ると、嘔気が来なければ心配するほどの事もあるまいが、それにしてももう少しは食慾が出るはずだと云って、不思議そうに考え込んでいた。
自分は去就に迷った。
自分が始めて彼の膳を見たときその上には、生豆腐と海苔と鰹節の肉汁が載っていた。
彼はこれより以上箸を着ける事を許されなかったのである。
自分はこれでは前途遼遠だと思った。
同時にその膳に向って薄い粥を啜る彼の姿が変に痛ましく見えた。
自分が席を外して、つい近所の洋食屋へ行って支度をして帰って来ると、彼はきっと「旨かったか」と聞いた。
自分はその顔を見てますます気の毒になった。
「あの家はこの間君と喧嘩した氷菓子を持って来る家だ」 三沢はこういって笑っていた。
自分は彼がもう少し健康を回復するまで彼の傍にいてやりたい気がした。
しかし宿へ帰ると、暑苦しい蚊帳の中で、早く涼しい田舎へ行きたいと思うことが多かった。
この間の晩女と話をして人の眠を妨げた隣の客はまだ泊っていた。
そうして自分の寝ようとする頃に必ず酒気を帯びて帰って来た。
ある時は宿で酒を飲んで、芸者を呼べと怒鳴っていた。
それを下女がさまざまにごまかそうとしてしまいには、あの女はあなたの前へ出ればこそ、あんな愛嬌をいうものの、蔭ではあなたの悪口ばかり並べるんだから止めろと忠告していた。
すると客は、なにおれの前へ出た時だけ御世辞を云ってくれりゃそれで嬉しいんだ、蔭で何と云ったって聞えないから構わないと答えていた。
ある時はこれも芸者が何か真面目な話を持ち込んで来たのを、今度は客の方でごまかそうとして、その芸者から他の話を「じゃん、じゃか、じゃん」にしてしまうと云って怒られていた。
自分はこんな事で安眠を妨害されて、実際迷惑を感じた。
十七
そんなこんなで好く眠られなかった朝、もう看病は御免蒙るという気で、病院の方へ橋を渡った。
すると病人はまだすやすや眠っていた。
三階の窓から見下すと、狭い通なので、門前の路が細く綺麗に見えた。
向側は立派な高塀つづきで、その一つの潜りの外へ主人らしい人が出て、如露で丹念に往来を濡らしていた。
塀の内には夏蜜柑のような深緑の葉が瓦を隠すほど茂っていた。
院内では小使が丁字形の棒の先へ雑巾を括り付けて廊下をぐんぐん押して歩いた。
雑巾をゆすがないので、せっかく拭いた所がかえって白く汚れた。
軽い患者はみな洗面所へ出て顔を洗った。
看護婦の払塵の声がここかしこで聞こえた。
自分は枕を借りて、三沢の隣の空室へ、昨夕の睡眠不足を補いに入った。
その室も朝日の強く当る向にあるので、一寝入するとすぐ眼が覚めた。
額や鼻の頭に汗と油が一面に浮き出しているのも不愉快だった。
自分はその時岡田から電話口へ呼ばれた。
岡田が病院へ電話をかけたのはこれで三度目である。
彼はきまりきって、「御病人の御様子はどうです」と聞く。
「二三日中是非伺います」という。
「何でも御用があるなら御遠慮なく」という。
最後にきっとお兼さんの事を一口二口つけ加えて、「お兼からもよろしく」とか、「是非お遊びにいらっしゃるように妻も申しております」とか、「うちの方が忙がしいんで、つい御無沙汰をしています」とか云う。
その日も岡田の話はいつもの通りであった。
けれども一番しまいに、「今から一週間内……と断定する訳には行かないが、とにかくもう少しすると、あなたをちょいと驚かせる事が出て来るかも知れませんよ」と妙な事を仄めかした。
自分は全く想像がつかないので、全体どんな話なんですかと二三度聞き返したが、岡田は笑いながら、「もう少しすれば解ります」というぎりなので、自分もとうとうその意味を聞かないで、三沢の室へ帰って来た。
「また例の男かい」と三沢が云った。
自分は今の岡田の電話が気になって、すぐ大阪を立つ話を持ち出す心持になれなかった。
すると思いがけない三沢の方から「君もう大阪は厭になったろう。僕のためにいて貰う必要はないから、どこかへ行くなら遠慮なく行ってくれ」と云い出した。
彼はたとい病院を出る場合が来ても、むやみな山登りなどは当分慎まなければならないと覚ったと説明して聞かせた。
「それじゃ僕の都合の好いようにしよう」 自分はこう答えてしばらく黙っていた。
看護婦は無言のまま室の外に出て行った。
自分はその草履の音の消えるのを聞いていた。
それから小さい声をして三沢に、「金はあるか」と尋ねた。
彼は己れの病気をまだ己れの家に知らせないでいる。
それにたった一人の知人たる自分が、彼の傍を立ち退いたら、精神上よりも物質的に心細かろうと自分は懸念した。
「君に才覚ができるのかい」と三沢は聞いた。
「別に目的もないが」と自分は答えた。
「例の男はどうだい」と三沢が云った。
「岡田か」と自分は少し考え込んだ。
三沢は急に笑い出した。
「何いざとなればどうかなるよ。君に算段して貰わなくっても。金はあるにはあるんだから」と云った。
十八
金の事はついそれなりになった。
自分は岡田へ金を借りに行く時の思いを想像すると実際厭だった。
病気に罹った友達のためだと考えても、少しも進む気はしなかった。
その代りこの地を立つとも立たないとも決心し得ないでぐずぐずした。
岡田からの電話はかかって来た時大に自分の好奇心を動揺させたので、わざわざ彼に会って真相を聞き糺そうかと思ったけれども、一晩経つとそれも面倒になって、ついそのままにしておいた。
自分は依然として病院の門を潜ったり出たりした。
朝九時頃玄関にかかると、廊下も控所も外来の患者でいっぱいに埋っている事があった。
そんな時には世間にもこれほど病人があり得るものかとわざと驚いたような顔をして、彼らの様子を一順見渡してから、梯子段に足をかけた。
自分が偶然あの女を見出だしたのは全くこの一瞬間にあった。
あの女というのは三沢があの女あの女と呼ぶから自分もそう呼ぶのである。
あの女はその時廊下の薄暗い腰掛の隅に丸くなって横顔だけを見せていた。
その傍には洗髪を櫛巻にした背の高い中年の女が立っていた。
自分の一瞥はまずその女の後姿の上に落ちた。
そうして何だかそこにぐずぐずしていた。
するとその年増が向うへ動き出した。
あの女はその年増の影から現われたのである。
その時あの女は忍耐の像のように丸くなってじっとしていた。
けれども血色にも表情にも苦悶の迹はほとんど見えなかった。
自分は最初その横顔を見た時、これが病人の顔だろうかと疑った。
ただ胸が腹に着くほど背中を曲げているところに、恐ろしい何物かが潜んでいるように思われて、それがはなはだ不快であった。
自分は階段を上りつつ、「あの女」の忍耐と、美しい容貌の下に包んでいる病苦とを想像した。
三沢は看護婦から病院のAという助手の話を聞かされていた。
このAさんは夜になって閑になると、好く尺八を吹く若い男であった。
独身もので病院に寝泊りをして、室は三沢と同じ三階の折れ曲った隅にあった。
この間まで始終上履の音をぴしゃぴしゃ云わして歩いていたが、この二三日まるで顔を見せないので、三沢も自分も、どうかしたのかねぐらいは噂し合っていたのである。
看護婦はAさんが時々跛を引いて便所へ行く様子がおかしいと云って笑った。
それから病院の看護婦が時々ガーゼと金盥を持ってAさんの部屋へ入って行くところを見たとも云った。
三沢はそういう話に興味があるでもなく、また無いでもないような無愛嬌な顔をして、ただ「ふん」とか「うん」とか答えていた。
彼はまた自分にいつまで大阪にいるつもりかと聞いた。
彼は旅行を断念してから、自分の顔を見るとよくこう云った。
それが自分には遠慮がましくかつ催促がましく聞こえてかえって厭であった。
「僕の都合で帰ろうと思えばいつでも帰るさ」「どうかそうしてくれ」 自分は立って窓から真下を見下した。
「あの女」はいくら見ていても門の外へ出て来なかった。
「日の当る所へわざわざ出て何をしているんだ」と三沢が聞いた。
「見ているんだ」と自分は答えた。
「何を見ているんだ」と三沢が聞き返した。
十九
自分はそれでも我慢して容易に窓側を離れなかった。
つい向うに見える物干に、松だの石榴だのの盆栽が五六鉢並んでいる傍で、島田に結った若い女が、しきりに洗濯ものを竿の先に通していた。
自分はちょっとその方を見てはまた下を向いた。
けれども待ち設けている当人はいつまで経っても出て来る気色はなかった。
自分はとうとう暑さに堪え切れないでまた三沢の寝床の傍へ来て坐った。
彼は自分の顔を見て、「どうも強情な男だな、他が親切に云ってやればやるほど、わざわざ日の当る所に顔を曝しているんだから。君の顔は真赤だよ」と注意した。
自分は平生から三沢こそ強情な男だと思っていた。
それで「僕の窓から首を出していたのは、君のような無意味な強情とは違う。ちゃんと目的があってわざと首を出したんだ」と少しもったいをつけて説明した。
その代り肝心の「あの女」の事をかえって云い悪くしてしまった。
ほど経て三沢はまた「先刻は本当に何か見ていたのか」と笑いながら聞いた。
自分はこの時もう気が変っていた。
「あの女」を口にするのが愉快だった。
どうせ強情な三沢の事だから、聞けばきっと馬鹿だとか下らないとか云って自分を冷罵するに違ないとは思ったが、それも気にはならなかった。
そうしたら実は「あの女」について自分はある原因から特別の興味をもつようになったのだぐらい答えて、三沢を少し焦らしてやろうという下心さえ手伝った。
ところが三沢は自分の予期とはまるで反対の態度で、自分のいう一句一句をさも感心したらしく聞いていた。
自分も乗気になって一二分で済むところを三倍ほどに語り続けた。
一番しまいに自分の言葉が途切れた時、三沢は「それは無論素人なんじゃなかろうな」と聞いた。
自分は「あの女」を詳しく説明したけれども、つい芸者という言葉を使わなかったのである。
「芸者ならことによると僕の知っている女かも知れない」 自分は驚かされた。
しかしてっきり冗談だろうと思った。
けれども彼の眼はその反対を語っていた。
そのくせ口元は笑っていた。
彼は繰り返して「あの女」の眼つきだの鼻つきだのを自分に問うた。
自分は梯子段を上る時、その横顔を見たぎりなので、そう詳しい事は答えられないほどであった。
自分にはただ背中を折って重なり合っているような憐れな姿勢だけがありありと眼に映った。
「きっとあれだ。今に看護婦に名前を聞かしてやろう」 三沢はこう云って薄笑いをした。
けれども自分を担いでる様子はさらに見えなかった。
自分は少し釣り込まれた気味で、彼と「あの女」との関係を聞こうとした。
「今に話すよ。あれだと云う事が確に分ったら」 そこへ病院の看護婦が「回診です」と注意しに来たので、「あの女」の話はそれなり途切れてしまった。
自分は回診の混雑を避けるため、時間が来ると席を外して廊下へ出たり、貯水桶のある高いところへ出たりしていたが、その日は手近にある帽を取って、梯子段を下まで降りた。
「あの女」がまだどこかにいそうな気がするので、自分は玄関の入口に佇立んで四方を見廻した。
けれども廊下にも控室にも患者の影はなかった。
二十
その夕方の空が風を殺して静まり返った灯ともし頃、自分はまた曲りくねった段々を急ぎ足に三沢の室まで上った。
彼は食後と見えて蒲団の上に胡坐をかいて大きくなっていた。
「もう便所へも一人で行くんだ。肴も食っている」 これが彼のその時の自慢であった。
窓は三つ共明け放ってあった。
室が三階で前に目を遮ぎるものがないから、空は近くに見えた。
その中に燦めく星も遠慮なく光を増して来た。
三沢は団扇を使いながら、「蝙蝠が飛んでやしないか」と云った。
看護婦の白い服が窓の傍まで動いて行って、その胴から上がちょっと窓枠の外へ出た。
自分は蝙蝠よりも「あの女」の事が気にかかった。
「おい、あの事は解ったか」と聞いて見た。
「やっぱりあの女だ」 三沢はこう云いながら、ちょっと意味のある眼遣いをして自分を見た。
自分は「そうか」と答えた。
その調子が余り高いという訳なんだろう、三沢は団扇でぱっと自分の顔を煽いだ。
そうして急に持ち交えた柄の方を前へ出して、自分達のいる室の筋向うを指した。
「あの室へ這入ったんだ。君の帰った後で」 三沢の室は廊下の突き当りで往来の方を向いていた。
女の室は同じ廊下の角で、中庭の方から明りを取るようにできていた。
暑いので両方共入り口は明けたまま、障子は取り払ってあったから、自分のいる所から、団扇の柄で指し示された部屋の入口は、四半分ほど斜めに見えた。
しかしそこには女の寝ている床の裾が、画の模様のように三角に少し出ているだけであった。
自分はその蒲団の端を見つめてしばらく何も云わなかった。
「潰瘍の劇しいんだ。血を吐くんだ」と三沢がまた小さな声で告げた。
自分はこの時彼が無理をやると潰瘍になる危険があるから入院したと説明して聞かせた事を思い出した。
潰瘍という言葉はその折自分の頭に何らの印象も与えなかったが、今度は妙に恐ろしい響を伝えた。
潰瘍の陰に、死という怖いものが潜んでいるかのように。
しばらくすると、女の部屋で微かにげえげえという声がした。
「そら吐いている」と三沢が眉をひそめた。
やがて看護婦が戸口へ現れた。
手に小さな金盥を持ちながら、草履を突っかけて、ちょっと我々の方を見たまま出て行った。
「癒りそうなのかな」 自分の眼には、今朝腮を胸に押しつけるようにして、じっと腰をかけていた美くしい若い女の顔がありありと見えた。
「どうだかね。ああ嘔くようじゃ」と三沢は答えた。
その表情を見ると気の毒というよりむしろ心配そうなある物に囚えられていた。
「君は本当にあの女を知っているのか」と自分は三沢に聞いた。
「本当に知っている」と三沢は真面目に答えた。
「しかし君は大阪へ来たのが今度始めてじゃないか」と自分は三沢を責めた。
「今度来て今度知ったのだ」と三沢は弁解した。
「この病院の名も実はあの女に聞いたのだ。僕はここへ這入る時から、あの女がことによるとやって来やしないかと心配していた。けれども今朝君の話を聞くまではよもやと思っていた。僕はあの女の病気に対しては責任があるんだから……」
二十一
大阪へ着くとそのまま、友達といっしょに飲みに行ったどこかの茶屋で、三沢は「あの女」に会ったのである。
三沢はその時すでに暑さのために胃に変調を感じていた。
彼を強いた五六人の友達は、久しぶりだからという口実のもとに、彼を酔わせる事を御馳走のように振舞った。
三沢も宿命に従う柔順な人として、いくらでも盃を重ねた。
それでも胸の下の所には絶えず不安な自覚があった。
ある時は変な顔をして苦しそうに生唾を呑み込んだ。
ちょうど彼の前に坐っていた「あの女」は、大阪言葉で彼に薬をやろうかと聞いた。
彼はジェムか何かを五六粒手の平へ載せて口のなかへ投げ込んだ。
すると入物を受取った女も同じように白い掌の上に小さな粒を並べて口へ入れた。
三沢は先刻から女の倦怠そうな立居に気をつけていたので、御前もどこか悪いのかと聞いた。
女は淋しそうな笑いを見せて、暑いせいか食慾がちっとも進まないので困っていると答えた。
ことにこの一週間は御飯が厭で、ただ氷ばかり呑んでいる、それも今呑んだかと思うと、すぐまた食べたくなるんで、どうもしようがないと云った。
三沢は女に、それはおおかた胃が悪いのだろうから、どこかへ行って専門の大家にでも見せたら好かろうと真面目な忠告をした。
女も他に聞くと胃病に違ないというから、好い医者に見せたいのだけれども家業が家業だからと後は云い渋っていた。
彼はその時女から始めてここの病院と院長の名前を聞いた。
「僕もそう云う所へちょっと入ってみようかな。どうも少し変だ」 三沢は冗談とも本気ともつかない調子でこんな事を云って、女から縁喜でもないように眉を寄せられた。
「それじゃまあたんと飲んでから後の事にしよう」と三沢は彼の前にある盃をぐっと干して、それを女の前に突き出した。
女はおとなしく酌をした。
「君も飲むさ。飯は食えなくっても、酒なら飲めるだろう」 彼は女を前に引きつけてむやみに盃をやった。
女も素直にそれを受けた。
しかししまいには堪忍してくれと云い出した。
それでもじっと坐ったまま席を立たなかった。
「酒を呑んで胃病の虫を殺せば、飯なんかすぐ喰える。呑まなくっちゃ駄目だ」 三沢は自暴に酔ったあげく、乱暴な言葉まで使って女に酒を強いた。
それでいて、己れの胃の中には、今にも爆発しそうな苦しい塊が、うねりを打っていた。
* * * *
自分は三沢の話をここまで聞いて慄とした。
何の必要があって、彼は己の肉体をそう残酷に取扱ったのだろう。
己れは自業自得としても、「あの女」の弱い身体をなんでそう無益に苦めたものだろう。
「知らないんだ。向は僕の身体を知らないし、僕はまたあの女の身体を知らないんだ。周囲にいるものはまた我々二人の身体を知らないんだ。そればかりじゃない、僕もあの女も自分で自分の身体が分らなかったんだ。その上僕は自分の胃の腑が忌々しくってたまらなかった。それで酒の力で一つ圧倒してやろうと試みたのだ。あの女もことによると、そうかも知れない」 三沢はこう云って暗然としていた。
二十二
「あの女」は室の前を通っても廊下からは顔の見えない位置に寝ていた。
看護婦は入口の柱の傍へ寄って覗き込むようにすれば見えると云って自分に教えてくれたけれども自分にはそれをあえてするほどの勇気がなかった。
附添の看護婦は暑いせいか大概はその柱にもたれて外の方ばかり見ていた。
それがまた看護婦としては特別器量が好いので、三沢は時々不平な顔をして人を馬鹿にしているなどと云った。
彼の看護婦はまた別の意味からして、この美しい看護婦を好く云わなかった。
病人の世話をそっちのけにするとか、不親切だとか、京都に男があって、その男から手紙が来たんで夢中なんだとか、いろいろの事を探って来ては三沢や自分に報告した。
ある時は病人の便器を差し込んだなり、引き出すのを忘れてそのまま寝込んでしまった怠慢さえあったと告げた。
実際この美しい看護婦が器量の優れている割合に義務を重んじなかった事は自分達の眼にもよく映った。
「ありゃ取り換えてやらなくっちゃ、あの女が可哀そうだね」と三沢は時々苦い顔をした。
それでもその看護婦が入口の柱にもたれて、うとうとしていると、彼はわが室の中からその横顔をじっと見つめている事があった。
「あの女」の病勢もこっちの看護婦の口からよく洩れた。
――牛乳でも肉汁でも、どんな軽い液体でも狂った胃がけっして受けつけない。
肝心の薬さえ厭がって飲まない。
強いて飲ませると、すぐ戻してしまう。
「血は吐くかい」 三沢はいつでもこう云って看護婦に反問した。
自分はその言葉を聞くたびに不愉快な刺戟を受けた。
「あの女」の見舞客は絶えずあった。
けれども外の室のように賑かな話し声はまるで聞こえなかった。
自分は三沢の室に寝ころんで、「あの女」の室を出たり入ったりする島田や銀杏返しの影をいくつとなく見た。
中には眼の覚めるように派出な模様の着物を着ているものもあったが、大抵は素人に近い地味な服装で、こっそり来てこっそり出て行くのが多かった。
入口であら姐はんという感投詞を用いたものもあったが、それはただの一遍に過ぎなかった。
それも廊下の端に洋傘を置いて室の中へ入るや否や急に消えたように静かになった。
「君はあの女を見舞ってやったのか」と自分は三沢に聞いた。
「いいや」と彼は答えた。
「しかし見舞ってやる以上の心配をしてやっている」「じゃ向うでもまだ知らないんだね。君のここにいる事は」「知らないはずだ、看護婦でも云わない以上は。あの女の入院するとき僕はあの女の顔を見てはっと思ったが、向うでは僕の方を見なかったから、多分知るまい」 三沢は病院の二階に「あの女」の馴染客があって、それが「お前胃のため、わしゃ腸のため、共に苦しむ酒のため」という都々逸を紙片へ書いて、あの女の所へ届けた上、出院のとき袴羽織でわざわざ見舞に来た話をして、何という馬鹿だという顔つきをした。
「静かにして、刺戟のないようにしてやらなくっちゃいけない。室でもそっと入って、そっと出てやるのが当り前だ」と彼は云った。
「ずいぶん静じゃないか」と自分は云った。
「病人が口を利くのを厭がるからさ。悪い証拠だ」と彼がまた云った。
二十三
三沢は「あの女」の事を自分の予想以上に詳しく知っていた。
そうして自分が病院に行くたびに、その話を第一の問題として持ち出した。
彼は自分のいない間に得た「あの女」の内状を、あたかも彼と関係ある婦人の内所話でも打ち明けるごとくに語った。
そうしてそれらの知識を自分に与えるのを誇りとするように見えた。
彼の語るところによると「あの女」はある芸者屋の娘分として大事に取扱かわれる売子であった。
虚弱な当人はまたそれを唯一の満足と心得て商売に勉強していた。
ちっとやそっと身体が悪くてもけっして休むような横着はしなかった。
時たま堪えられないで床に就く場合でも、早く御座敷に出たい出たいというのを口癖にしていた。
……「今あの女の室に来ているのは、その芸者屋に古くからいる下女さ。名前は下女だけれど、古くからいるんで、自然権力があるから、下女らしくしちゃいない。まるで叔母さんか何ぞのようだ。あの女も下女のいう事だけは素直によく聞くので、厭がる薬を呑ませたり、わがままを云い募らせないためには必要な人間なんだ」 三沢はすべてこういう内幕の出所をみんな彼の看護婦に帰して、ことごとく彼女から聞いたように説明した。
けれども自分は少しそこに疑わしい点を認めないでもなかった。
自分は三沢が便所へ行った留守に、看護婦を捕まえて、「三沢はああ云ってるが、僕のいないとき、あの女の室へ行って話でもするんじゃないか」と聞いて見た。
看護婦は真面目な顔をして「そんな事ありゃしまへん」というような言葉で、一口に自分の疑いを否定した。
彼女はそれからそういうお客が見舞に行ったところで、身上話などができるはずがないと弁解した。
そうして「あの女」の病気がだんだん険悪の一方へ落ち込んで行く心細い例を話して聞かせた。
「あの女」は嘔気が止まないので、上から営養の取りようがなくなって、昨日とうとう滋養浣腸を試みた。
しかしその結果は思わしくなかった。
少量の牛乳と鶏卵を混和した単純な液体ですら、衰弱を極めたあの女の腸には荷が重過ぎると見えて予期通り吸収されなかった。
看護婦はこれだけ語って、このくらい重い病人の室へ入って、誰が悠々と身上話などを聞いていられるものかという顔をした。
自分も彼女の云うところが本当だと思った。
それで三沢の事は忘れて、ただ綺羅を着飾った流行の芸者と、恐ろしい病気に罹った憐な若い女とを、黙って心のうちに対照した。
「あの女」は器量と芸を売る御蔭で、何とかいう芸者屋の娘分になって家のものから大事がられていた。
それを売る事ができなくなった今でも、やはり今まで通り宅のものから大事がられるだろうか。
もし彼らの待遇が、あの女の病気と共にだんだん軽薄に変って行くなら、毒悪な病と苦戦するあの女の心はどのくらい心細いだろう。
どうせ芸妓屋の娘分になるくらいだから、生みの親は身分のあるものでないにきまっている。
経済上の余裕がなければ、どう心配したって役には立つまい。
自分はこんな事も考えた。
便所から帰った三沢に「あの女の本当の親はあるのか知ってるか」と尋ねて見た。
二十四
「あの女」の本当の母というのを、三沢はたった一遍見た事があると語った。
「それもほんの後姿だけさ」と彼はわざわざ断った。
その母というのは自分の想像通、あまり楽な身分の人ではなかったらしい。
やっとの思いでさっぱりした身装をして出て来るように見えた。
たまに来てもさも気兼らしくこそこそと来ていつの間にか、また梯子段を下りて人に気のつかないように帰って行くのだそうである。
「いくら親でも、ああなると遠慮ができるんだね」と三沢は云っていた。
「あの女」の見舞客はみんな女であった。
しかも若い女が多数を占めていた。
それがまた普通の令嬢や細君と違って、色香を命とする綺麗な人ばかりなので、その中に交るこの母は、ただでさえ燻ぶり過ぎて地味なのである。
自分は年を取った貧しそうなこの母の後姿を想像に描いて暗に憐を催した。
「親子の情合からいうと、娘があんな大病に罹ったら、母たるものは朝晩ともさぞ傍についていてやりたい気がするだろうね。他人の下女が幅を利かしていて、実際の親が他人扱いにされるのは、見ていてもあまり好い心持じゃない」「いくら親でも仕方がないんだよ。だいち傍にいてやるほどの時間もなし、時間があっても入費がないんだから」 自分は情ない気がした。
ああ云う浮いた家業をする女の平生は羨ましいほど派出でも、いざ病気となると、普通の人よりも悲酸の程度が一層甚だしいのではないかと考えた。
「旦那が付いていそうなものだがな」 三沢の頭もこの点だけは注意が足りなかったと見えて、自分がこう不審を打ったとき、彼は何の答もなく黙っていた。
あの女に関していっさいの新智識を供給する看護婦もそこへ行くと何の役にも立たなかった。
「あの女」のか弱い身体は、その頃の暑さでもどうかこうか持ち応えていた。
三沢と自分はそれをほとんど奇蹟のごとくに語り合った。
そのくせ両人とも露骨を憚って、ついぞ柱の影から室の中を覗いて見た事がないので、現在の「あの女」がどのくらい窶れているかは空しい想像画に過ぎなかった。
滋養浣腸さえ思わしく行かなかったという報知が、自分ら二人の耳に届いた時ですら、三沢の眼には美しく着飾った芸者の姿よりほかに映るものはなかった。
自分の頭にも、ただ血色の悪くない入院前の「あの女」の顔が描かれるだけであった。
それで二人共あの女はもうむずかしいだろうと話し合っていた。
そうして実際は双方共死ぬとは思わなかったのである。
同時にいろいろな患者が病院を出たり入ったりした。
ある晩「あの女」と同じくらいな年輩の二階にいる婦人が担架で下へ運ばれて行った。
聞いて見ると、今日明日にも変がありそうな危険なところを、付添の母が田舎へ連れて帰るのであった。
その母は三沢の看護婦に、氷ばかりも二十何円とかつかったと云って、どうしても退院するよりほかに途がないとわが窮状を仄かしたそうである。
自分は三階の窓から、田舎へ帰る釣台を見下した。
釣台は暗くて見えなかったが、用意の提灯の灯はやがて動き出した。
窓が高いのと往来が狭いので、灯は谷の底をひそかに動いて行くように見えた。
それが向うの暗い四つ角を曲ってふっと消えた時、三沢は自分を顧みて「帰り着くまで持てば好いがな」と云った。
二十五
こんな悲酸な退院を余儀なくされる患者があるかと思うと、毎日子供を負ぶって、廊下だの物見台だの他人の室だのを、ぶらぶら廻って歩く呑気な男もあった。
「まるで病院を娯楽場のように思ってるんだね」「第一どっちが病人なんだろう」 自分達はおかしくもありまた不思議でもあった。
看護婦に聞くと、負ぶっているのは叔父で、負ぶさっているのは甥であった。
この甥が入院当時骨と皮ばかりに瘠せていたのを叔父の丹精一つでこのくらい肥ったのだそうである。
叔父の商売はめりやす屋だとか云った。
いずれにしても金に困らない人なのだろう。
三沢の一軒おいて隣にはまた変な患者がいた。
手提鞄などを提げて、普通の人間の如く平気で出歩いた。
時には病院を空ける事さえあった。
帰って来ると素っ裸体になって、病院の飯を旨そうに食った。
そうして昨日はちょっと神戸まで行って来ましたなどと澄ましていた。
岐阜からわざわざ本願寺参りに京都まで出て来たついでに、夫婦共この病院に這入ったなり動かないのもいた。
その夫婦ものの室の床には後光の射した阿弥陀様の軸がかけてあった。
二人差向いで気楽そうに碁を打っている事もあった。
それでも細君に聞くと、この春餅を食った時、血を猪口に一杯半ほど吐いたから伴れて来たのだともったいらしく云って聞かせた。
「あの女」の看護婦は依然として入口の柱に靠れて、わが膝を両手で抱いている事が多かった。
こっちの看護婦はそれをまた器量を鼻へかけて、わざわざあんな人の眼に着く所へ出るのだと評していた。
自分は「まさか」と云って弁護する事もあった。
けれども「あの女」とその美しい看護婦との関係は、冷淡さ加減の程度において、当初もその時もあまり変りがないように見えた。
自分は器量好しが二人寄って、我知らず互に嫉み合うのだろうと説明した。
三沢は、そうじゃない、大阪の看護婦は気位が高いから、芸者などを眼下に見て、始めから相手にならないんだ、それが冷淡の原因に違ないと主張した。
こう主張しながらも彼は別にこの看護婦を悪む様子はなかった。
自分もこの女に対してさほど厭な感じはもっていなかった。
醜い三沢の付添いは「本間に器量の好いものは徳やな」と云った風の、自分達には変に響く言葉を使って、二人を笑わせた。
こんな周囲に取り囲まれた三沢は、身体の回復するに従って、「あの女」に対する興味を日に増し加えて行くように見えた。
自分がやむをえず興味という妙な熟字をここに用いるのは、彼の態度が恋愛でもなければ、また全くの親切でもなく、興味の二字で現すよりほかに、適切な文字がちょっと見当らないからである。
始めて「あの女」を控室で見たときは、自分の興味も三沢に譲らないくらい鋭かった。
けれども彼から「あの女」の話を聞かされるや否や、主客の別はすでについてしまった。
それからと云うもの、「あの女」の噂が出るたびに、彼はいつでも先輩の態度を取って自分に向った。
自分も一時は彼に釣り込まれて、当初の興味がだんだん研ぎ澄まされて行くような気分になった。
けれども客の位置に据えられた自分はそれほど長く興味の高潮を保ち得なかった。
二十六
自分の興味が強くなった頃、彼の興味は自分より一層強くなった。
自分の興味がやや衰えかけると、彼の興味はますます強くなって来た。
彼は元来がぶっきらぼうの男だけれども、胸の奥には人一倍優しい感情をもっていた。
そうして何か事があると急に熱する癖があった。
自分はすでに院内をぶらぶらするほどに回復した彼が、なぜ「あの女」の室へ入り込まないかを不審に思った。
彼はけっして自分のような羞恥家ではなかった。
同情の言葉をかけに、一遍会った「あの女」の病室へ見舞に行くぐらいの事は、彼の性質から見て何でもなかった。
自分は「そんなにあの女が気になるなら、直に行って、会って慰めてやれば好いじゃないか」とまで云った。
彼は「うん、実は行きたいのだが……」と渋っていた。
実際これは彼の平生にも似合わない挨拶であった。
そうしてその意味は解らなかった。
解らなかったけれども、本当は彼の行かない方が、自分の希望であった。
ある時自分は「あの女」の看護婦から――自分とこの美しい看護婦とはいつの間にか口を利くようになっていた。
もっともそれは彼女が例の柱に倚りかかって、その前を通る自分の顔を見上げるときに、時候の挨拶を取換わすぐらいな程度に過ぎなかったけれども、――とにかくこの美しい看護婦から自分は運勢早見なんとかいう、玩具の占いの本みたようなものを借りて、三沢の室でそれをやって遊んだ。
これは赤と黒と両面に塗り分けた碁石のような丸く平たいものをいくつか持って、それを眼を眠ったまま畳の上へ並べて置いて、赤がいくつ黒がいくつと後から勘定するのである。
それからその数字を一つは横へ、一つは竪に繰って、両方が一点に会したところを本で引いて見ると、辻占のような文句が出る事になっていた。
自分が眼を閉じて、石を一つ一つ畳の上に置いたとき、看護婦は赤がいくつ黒がいくつと云いながら占いの文句を繰ってくれた。
すると、「この恋もし成就する時は、大いに恥を掻く事あるべし」とあったので、彼女は読みながら吹き出した。
三沢も笑った。
「おい気をつけなくっちゃいけないぜ」と云った。
三沢はその前から「あの女」の看護婦に自分が御辞儀をするところが変だと云って、始終自分に調戯っていたのである。
「君こそ少し気をつけるが好い」と自分は三沢に竹箆返しを喰わしてやった。
すると三沢は真面目な顔をして「なぜ」と反問して来た。
この場合この強情な男にこれ以上いうと、事が面倒になるから自分は黙っていた。
実際自分は三沢が「あの女」の室へ出入する気色のないのを不審に思っていたが一方ではまた彼の熱しやすい性質を考えて、今まではとにかく、これから先彼がいつどう変返るかも知れないと心配した。
彼はすでに下の洗面所まで行って、朝ごとに顔を洗うぐらいの気力を回復していた。
「どうだもう好い加減に退院したら」 自分はこう勧めて見た。
そうして万一金銭上の関係で退院を躊躇するようすが見えたら、彼が自宅から取り寄せる手間と時間を省くため、自分が思い切って一つ岡田に相談して見ようとまで思った。
三沢は自分の云う事には何の返事も与えなかった。
かえって反対に「いったい君はいつ大阪を立つつもりだ」と聞いた。
二十七
自分は二日前に天下茶屋のお兼さんから不意の訪問を受けた。
その結果としてこの間岡田が電話口で自分に話しかけた言葉の意味をようやく知った。
だから自分はこの時すでに一週間内に自分を驚かして見せるといった彼の予言のために縛られていた。
三沢の病気、美しい看護婦の顔、声も姿も見えない若い芸者と、その人の一時折合っている蒲団の上の狭い生活、――自分は単にそれらばかりで大阪にぐずついているのではなかった。
詩人の好きな言語を借りて云えば、ある予言の実現を期待しつつ暑い宿屋に泊っていたのである。
「僕にはそういう事情があるんだから、もう少しここに待っていなければならないのだ」と自分はおとなしく三沢に答えた。
すると三沢は多少残念そうな顔をした。
「じゃいっしょに海辺へ行って静養する訳にも行かないな」 三沢は変な男であった。
こっちが大事がってやる間は、向うでいつでも跳ね返すし、こっちが退こうとすると、急にまた他の袂を捕まえて放さないし、と云った風に気分の出入が著るしく眼に立った。
彼と自分との交際は従来いつでもこういう消長を繰返しつつ今日に至ったのである。
「海岸へいっしょに行くつもりででもあったのか」と自分は念を押して見た。
「無いでもなかった」と彼は遠くの海岸を眼の中に思い浮かべるような風をして答えた。
この時の彼の眼には、実際「あの女」も「あの女」の看護婦もなく、ただ自分という友達があるだけのように見えた。
自分はその日快よく三沢に別れて宿へ帰った。
しかし帰り路に、その快よく別れる前の不愉快さも考えた。
自分は彼に病院を出ろと勧めた、彼は自分にいつまで大阪にいるのだと尋ねた。
上部にあらわれた言葉のやりとりはただこれだけに過ぎなかった。
しかし三沢も自分もそこに変な苦い意味を味わった。
自分の「あの女」に対する興味は衰えたけれども自分はどうしても三沢と「あの女」とをそう懇意にしたくなかった。
三沢もまた、あの美しい看護婦をどうする了簡もない癖に、自分だけがだんだん彼女に近づいて行くのを見て、平気でいる訳には行かなかった。
そこに自分達の心づかない暗闘があった。
そこに持って生れた人間のわがままと嫉妬があった。
そこに調和にも衝突にも発展し得ない、中心を欠いた興味があった。
要するにそこには性の争いがあったのである。
そうして両方共それを露骨に云う事ができなかったのである。
自分は歩きながら自分の卑怯を恥じた。
同時に三沢の卑怯を悪んだ。
けれどもあさましい人間である以上、これから先何年交際を重ねても、この卑怯を抜く事はとうていできないんだという自覚があった。
自分はその時非常に心細くなった。
かつ悲しくなった。
自分はその明日病院へ行って三沢の顔を見るや否や、「もう退院は勧めない」と断った。
自分は手を突いて彼の前に自分の罪を詫びる心持でこう云ったのである。
すると三沢は「いや僕もそうぐずぐずしてはいられない。君の忠告に従っていよいよ出る事にした」と答えた。
彼は今朝院長から退院の許可を得た旨を話して、「あまり動くと悪いそうだから寝台で東京まで直行する事にした」と告げた。
自分はその突然なのに驚いた。
二十八
「どうしてまたそう急に退院する気になったのか」 自分はこう聞いて見ないではいられなかった。
三沢は自分の問に答える前にじっと自分の顔を見た。
自分はわが顔を通して、わが心を読まれるような気がした。
「別段これという訳もないが、もう出る方が好かろうと思って……」 三沢はこれぎり何にも云わなかった。
自分も黙っているよりほかに仕方がなかった。
二人はいつもより沈んで相対していた。
看護婦はすでに帰った後なので、室の中はことに淋しかった。
今まで蒲団の上に胡坐をかいていた彼は急に倒れるように仰向に寝た。
そうして上眼を使って窓の外を見た。
外にはいつものように色の強い青空が、ぎらぎらする太陽の熱を一面に漲らしていた。
「おい君」と彼はやがて云った。
「よく君の話す例の男ね。あの男は金を持っていないかね」 自分は固より岡田の経済事情を知ろうはずがなかった。
あの始末屋の御兼さんの事を考えると、金という言葉を口から出すのも厭だった。
けれどもいざ三沢の出院となれば、そのくらいな手数は厭うまいと、昨日すでに覚悟をきめたところであった。
「節倹家だから少しは持ってるだろう」「少しで好いから借りて来てくれ」 自分は彼が退院するについて会計へ払う入院料に困るのだと思った。
それでどのくらい不足なのかを確めた。
ところが事実は案外であった。
「ここの払と東京へ帰る旅費ぐらいはどうかこうか持っているんだ。それだけなら何も君を煩わす必要はない」 彼は大した物持の家に生れた果報者でもなかったけれども、自分が一人息子だけに、こういう点にかけると、自分達よりよほど自由が利いた。
その上母や親類のものから京都で買物を頼まれたのを、新しい道伴ができたためつい大阪まで乗り越して、いまだに手を着けない金が余っていたのである。
「じゃただ用心のために持って行こうと云うんだね」「いや」と彼は急に云った。
「じゃどうするんだ」と自分は問いつめた。
「どうしても僕の勝手だ。ただ借りてくれさえすれば好いんだ」 自分はまた腹が立った。
彼は自分をまるで他人扱いにしているのである。
自分は憤として黙っていた。
「怒っちゃいけない」と彼が云った。
「隠すんじゃない、君に関係のない事を、わざと吹聴するように見えるのが厭だから、知らせずにおこうと思っただけだから」 自分はまだ黙っていた。
彼は寝ながら自分の顔を見上げていた。
「そんなら話すがね」と彼が云い出した。
「僕はまだあの女を見舞ってやらない。向でもそんな事は待ち受けてやしないだろうし、僕も必ず見舞に行かなければならないほどの義理はない。が、僕は何だかあの女の病気を危険にした本人だという自覚がどうしても退かない。それでどっちが先へ退院するにしても、その間際に一度会っておきたいと始終思っていた。見舞じゃない、詫まるためにだよ。気の毒な事をしたと一口詫まればそれで好いんだ。けれどもただ詫まる訳にも行かないから、それで君に頼んで見たのだ。しかし君の方の都合が悪ければ強いてそうして貰わないでもどうかなるだろう。宅へ電報でもかけたら」
二十九
自分は行がかり上一応岡田に当って見る必要があった。
宅へ電報を打つという三沢をちょっと待たして、ふらりと病院の門を出た。
岡田の勤めている会社は、三沢の室とは反対の方向にあるので、彼の窓から眺める訳には行かないけれども、道程からいうといくらもなかった。
それでも暑いので歩いて行くうちに汗が背中を濡らすほど出た。
彼は自分の顔を見るや否や、さも久しぶりに会った人らしく「やっしばらく」と叫ぶように云った。
そうしてこれまでたびたび電話で繰り返した挨拶をまた新しくまのあたり述べた。
自分と岡田とは今でこそ少し改まった言葉使もするが、昔を云えば、何の遠慮もない間柄であった。
その頃は金も少しは彼のために融通してやった覚がある。
自分は勇気を鼓舞するために、わざとその当時の記憶を呼起してかかった。
何にも知らない彼は、立ちながら元気な声を出して、「どうです二郎さん、僕の予言は」と云った。
「どうかこうか一週間うちにあなたを驚かす事ができそうじゃありませんか」 自分は思い切って、まず肝心の用事を話した。
彼は案外な顔をして聞いていたが、聞いてしまうとすぐ、「ようがす、そのくらいならどうでもします」と容易に引き受けてくれた。
彼は固よりその隠袋の中に入用の金を持っていなかった。
「明日でも好いんでしょう」と聞いた。
自分はまた思い切って、「できるなら今日中に欲しいんだ」と強いた。
彼はちょっと当惑したように見えた。
「じゃ仕方がない迷惑でしょうけれども、手紙を書きますから、宅へ持って行ってお兼に渡して下さいませんか」 自分はこの事件についてお兼さんと直接の交渉はなるべく避けたかったけれども、この場合やむをえなかったので、岡田の手紙を懐へ入れて、天下茶屋へ行った。
お兼さんは自分の声を聞くや否や上り口まで馳け出して来て、「この御暑いのによくまあ」と驚いてくれた。
そうして、「さあどうぞ」を二三返繰返したが、自分は立ったまま「少し急ぎますから」と断って、岡田の手紙を渡した。
お兼さんは上り口に両膝を突いたなり封を切った。
「どうもわざわざ恐れ入りましたね。それではすぐ御伴をして参りますから」とすぐ奥へ入った。
奥では用箪笥の環の鳴る音がした。
自分はお兼さんと電車の終点までいっしょに乗って来てそこで別れた。
「では後ほど」と云いながらお兼さんは洋傘を開いた。
自分はまた俥を急がして病院へ帰った。
顔を洗ったり、身体を拭いたり、しばらく三沢と話しているうちに、自分は待ち設けた通りお兼さんから病院の玄関まで呼び出された。
お兼さんは帯の間にある銀行の帳面を抜いて、そこに挟んであった札を自分の手の上に乗せた。
「ではどうぞちょっと御改ためなすって」 自分は形式的にそれを勘定した上、「確に。――どうもとんだ御手数をかけました。御暑いところを」と礼を述べた。
実際急いだと見えてお兼さんは富士額の両脇を、細かい汗の玉でじっとりと濡らしていた。
「どうです、ちっと上って涼んでいらしったら」「いいえ今日は急ぎますから、これで御免を蒙ります。御病人へどうぞよろしく。――でも結構でございましたね、早く御退院になれて。一時は宅でも大層心配致しまして、よく電話で御様子を伺ったとか申しておりましたが」 お兼さんはこんな愛想を云いながら、また例のクリーム色の洋傘を開いて帰って行った。
三十
自分は少し急き込んでいた。
紙幣を握ったまま段々を馳け上るように三階まで来た。
三沢は平生よりは落ちついていなかった。
今火を点けたばかりの巻煙草をいきなり灰吹の中に放り込んで、ありがとうともいわずに、自分の手から金を受取った。
自分は渡した金の高を注意して、「好いか」と聞いた。
それでも彼はただうんと云っただけである。
彼はじっと「あの女」の室の方を見つめた。
時間の具合で、見舞に来たものの草履は一足も廊下の端に脱ぎ棄ててなかった。
平生から静過ぎる室の中は、ことに寂寞としていた。
例の美くしい看護婦は相変らず角の柱に倚りかかって、産婆学の本か何か読んでいた。
「あの女は寝ているのかしら」 彼は「あの女」の室へ入るべき好機会を見出しながら、かえってその眠を妨げるのを恐れるように見えた。
「寝ているかも知れない」と自分も思った。
しばらくして三沢は小さな声で「あの看護婦に都合を聞いて貰おうか」と云い出した。
彼はまだこの看護婦に口を利いた事がないというので、自分がその役を引受けなければならなかった。
看護婦は驚いたようなまたおかしいような顔をして自分を見た。
けれどもすぐ自分の真面目な態度を認めて、室の中へ入って行った。
かと思うと、二分と経たないうちに笑いながらまた出て来た。
そうして今ちょうど気分の好いところだからお目にかかれるという患者の承諾をもたらした。
三沢は黙って立ち上った。
彼は自分の顔も見ず、また看護婦の顔も見ず、黙って立ったなり、すっと「あの女」の室の中へ姿を隠した。
自分は元の座に坐って、ぼんやりその後影を見送った。
彼の姿が見えなくなってもやはり空に同じ所を見つめていた。
冷淡なのは看護婦であった。
ちょっと侮蔑の微笑を唇の上に漂わせて自分を見たが、それなり元の通り柱に背を倚せて、黙って読みかけた書物をまた膝の上にひろげ始めた。
室の中は三沢の入った後も彼の入らない前も同じように静であった。
話し声などは無論聞こえなかった。
看護婦は時々不意に眼を上げて室の奥の方を見た。
けれども自分には何の相図もせずに、すぐその眼を頁の上に落した。
自分はこの三階の宵の間に虫の音らしい涼しさを聴いた例はあるが、昼のうちにやかましい蝉の声はついぞ自分の耳に届いた事がない。
自分のたった一人で坐っている病室はその時明かな太陽の光を受けながら、真夜中よりもなお静かであった。
自分はこの死んだような静かさのために、かえって神経を焦らつかせて、「あの女」の室から三沢の出るのを待ちかねた。
やがて三沢はのっそりと出て来た。
室の敷居を跨ぐ時、微笑しながら「御邪魔さま。大勉強だね」と看護婦に挨拶する言葉だけが自分の耳に入った。
彼は上草履の音をわざとらしく高く鳴らして、自分の室に入るや否や、「やっと済んだ」と云った。
自分は「どうだった」と聞いた。
「やっと済んだ。これでもう出ても好い」 三沢は同じ言葉を繰返すだけで、その他には何にも云わなかった。
自分もそれ以上は聞き得なかった。
ともかくも退院の手続を早くする方が便利だと思って、そこらに散らばっているものを片づけ始めた。
三沢も固よりじっとしてはいなかった。
三十一
二人は俥を雇って病院を出た。
先へ梶棒を上げた三沢の車夫が余り威勢よく馳けるので、自分は大きな声でそれを留めようとした。
三沢は後を振り向いて、手を振った。
「大丈夫、大丈夫」と云うらしく聞こえたから、自分もそれなりにして注意はしなかった。
宿へ着いたとき、彼は川縁の欄干に両手を置いて、眼の下の広い流をじっと眺めていた。
「どうした。心持でも悪いか」と自分は後から聞いた。
彼は後を向かなかった。
けれども「いいや」と答えた。
「ここへ来てこの河を見るまでこの室の事をまるで忘れていた」 そういって、彼は依然として流れに向っていた。
自分は彼をそのままにして、麻の座蒲団の上に胡坐をかいた。
それでも待遠しいので、やがて袂から敷島の袋を出して、煙草を吸い始めた。
その煙草が三分の一煙になった頃、三沢はようやく手摺を離れて自分の前へ来て坐った。
「病院で暮らしたのも、つい昨日今日のようだが、考えて見ると、もうだいぶんになるんだね」と云って指を折りながら、日数を勘定し出した。
「三階の光景が当分眼を離れないだろう」と自分は彼の顔を見た。
「思いも寄らない経験をした。これも何かの因縁だろう」と三沢も自分の顔を見た。
彼は手を叩いて、下女を呼んで今夜の急行列車の寝台を注文した。
それから時計を出して、食事を済ました後、時間にどのくらい余裕があるかを見た。
窮屈に馴れない二人はやがて転りと横になった。
「あの女は癒りそうなのか」「そうさな。事によると癒るかも知れないが……」 下女が誂えた水菓子を鉢に盛って、梯子段を上って来たので、「あの女」の話はこれで切れてしまった。
自分は寝転んだまま、水菓子を食った。
その間彼はただ自分の口の辺を見るばかりで、何事も云わなかった。
しまいにさも病人らしい調子で、「おれも食いたいな」と一言云った。
先刻から浮かない様子を見ていた自分は、「構うものか、食うが好い。食え食え」と勧めた。
三沢は幸いにして自分が氷菓子を食わせまいとしたあの日の出来事を忘れていた。
彼はただ苦笑いをして横を向いた。
「いくら好だって、悪いと知りながら、無理に食わせられて、あの女のようになっちゃ大変だからな」 彼は先刻から「あの女」の事を考えているらしかった。
彼は今でも「あの女」の事を考えているとしか思われなかった。
「あの女は君を覚えていたかい」「覚えているさ。この間会って、僕から無理に酒を呑まされたばかりだもの」「恨んでいたろう」 今まで横を向いてそっぽへ口を利いていた三沢は、この時急に顔を向け直してきっと正面から自分を見た。
その変化に気のついた自分はすぐ真面目な顔をした。
けれども彼があの女の室に入った時、二人の間にどんな談話が交換されたかについて、彼はついに何事をも語らなかった。
「あの女はことによると死ぬかも知れない。死ねばもう会う機会はない。万一癒るとしても、やっぱり会う機会はなかろう。妙なものだね。人間の離合というと大袈裟だが。それに僕から見れば実際離合の感があるんだからな。あの女は今夜僕の東京へ帰る事を知って、笑いながら御機嫌ようと云った。僕はその淋しい笑を、今夜何だか汽車の中で夢に見そうだ」
三十二
三沢はただこう云った。
そうして夢に見ない先からすでに「あの女」の淋しい笑い顔を眼の前に浮べているように見えた。
三沢に感傷的のところがあるのは自分もよく承知していたが、単にあれだけの関係で、これほどあの女に動かされるのは不審であった。
自分は三沢と「あの女」が別れる時、どんな話をしたか、詳しく聞いて見ようと思って、少し水を向けかけたが、何の効果もなかった。
しかも彼の態度が惜しいものを半分他に配けてやると、半分無くなるから厭だという風に見えたので、自分はますます変な気持がした。
「そろそろ出かけようか。夜の急行は込むから」ととうとう自分の方で三沢を促がすようになった。
「まだ早い」と三沢は時計を見せた。
なるほど汽車の出るまでにはまだ二時間ばかり余っていた。
もう「あの女」の事は聞くまいと決心した自分は、なるべく病院の名前を口へ出さずに、寝転びながら彼と通り一遍の世間話を始めた。
彼はその時人並の受け答をした。
けれどもどこか調子に乗らないところがあるので、何となく不愉快そうに見えた。
それでも席は動かなかった。
そうしてしまいには黙って河の流ればかり眺めていた。
「まだ考えている」と自分は大きな声を出してわざと叫んだ。
三沢は驚いて自分を見た。
彼はこういう場合にきっと、御前はヴァルガーだと云う眼つきをして、一瞥の侮辱を自分に与えなければ承知しなかったが、この時に限ってそんな様子はちっとも見せなかった。
「うん考えている」と軽く云った。
「君に打ち明けようか、打ち明けまいかと迷っていたところだ」と云った。
自分はその時彼から妙な話を聞いた。
そうしてその話が直接「あの女」と何の関係もなかったのでなおさら意外の感に打たれた。
今から五六年前彼の父がある知人の娘を同じくある知人の家に嫁らした事があった。
不幸にもその娘さんはある纏綿した事情のために、一年経つか経たないうちに、夫の家を出る事になった。
けれどもそこにもまた複雑な事情があって、すぐわが家に引取られて行く訳に行かなかった。
それで三沢の父が仲人という義理合から当分この娘さんを預かる事になった。
――三沢はいったん嫁いで出て来た女を娘さん娘さんと云った。
「その娘さんは余り心配したためだろう、少し精神に異状を呈していた。それは宅へ来る前か、あるいは来てからかよく分らないが、とにかく宅のものが気がついたのは来てから少し経ってからだ。固より精神に異状を呈しているには相違なかろうが、ちょっと見たって少しも分らない。ただ黙って欝ぎ込んでいるだけなんだから。ところがその娘さんが……」 三沢はここまで来て少し躊躇した。
「その娘さんがおかしな話をするようだけれども、僕が外出するときっと玄関まで送って出る。いくら隠れて出ようとしてもきっと送って出る。そうして必ず、早く帰って来てちょうだいねと云う。僕がええ早く帰りますからおとなしくして待っていらっしゃいと返事をすれば合点合点をする。もし黙っていると、早く帰って来てちょうだいね、ね、と何度でも繰返す。僕は宅のものに対してきまりが悪くってしようがなかった。けれどもまたこの娘さんが不憫でたまらなかった。だから外出してもなるべく早く帰るように心がけていた。帰るとその人の傍へ行って、立ったままただいまと一言必ず云う事にしていた」 三沢はそこへ来てまた時計を見た。
「まだ時間はあるね」と云った。
三十三
その時自分はこれぎりでその娘さんの話を止められてはと思った。
幸いに時間がまだだいぶあったので、自分の方から何とも云わない先に彼はまた語り続けた。
「宅のものがその娘さんの精神に異状があるという事を明かに認め出してからはまだよかったが、知らないうちは今云った通り僕もその娘さんの露骨なのにずいぶん弱らせられた。父や母は苦い顔をする。台所のものはないしょでくすくす笑う。僕は仕方がないから、その娘さんが僕を送って玄関まで来た時、烈しく怒りつけてやろうかと思って、二三度後を振り返って見たが、顔を合せるや否や、怒るどころか、邪慳な言葉などは可哀そうでとても口から出せなくなってしまった。その娘さんは蒼い色の美人だった。そうして黒い眉毛と黒い大きな眸をもっていた。その黒い眸は始終遠くの方の夢を眺ているように恍惚と潤って、そこに何だか便のなさそうな憐を漂よわせていた。僕が怒ろうと思ってふり向くと、その娘さんは玄関に膝を突いたなりあたかも自分の孤独を訴えるように、その黒い眸を僕に向けた。僕はそのたびに娘さんから、こうして活きていてもたった一人で淋しくってたまらないから、どうぞ助けて下さいと袖に縋られるように感じた。――その眼がだよ。その黒い大きな眸が僕にそう訴えるのだよ」「君に惚れたのかな」と自分は三沢に聞きたくなった。
「それがさ。病人の事だから恋愛なんだか病気なんだか、誰にも解るはずがないさ」と三沢は答えた。
「色情狂っていうのは、そんなもんじゃないのかな」と自分はまた三沢に聞いた。
三沢は厭な顔をした。
「色情狂と云うのは、誰にでもしなだれかかるんじゃないか。その娘さんはただ僕を玄関まで送って出て来て、早く帰って来てちょうだいねと云うだけなんだから違うよ」「そうか」 自分のこの時の返事は全く光沢がなさ過ぎた。
「僕は病気でも何でも構わないから、その娘さんに思われたいのだ。少くとも僕の方ではそう解釈していたいのだ」と三沢は自分を見つめて云った。
彼の顔面の筋肉はむしろ緊張していた。
「ところが事実はどうもそうでないらしい。その娘さんの片づいた先の旦那というのが放蕩家なのか交際家なのか知らないが、何でも新婚早々たびたび家を空けたり、夜遅く帰ったりして、その娘さんの心をさんざん苛めぬいたらしい。けれどもその娘さんは一口も夫に対して自分の苦みを言わずに我慢していたのだね。その時の事が頭に祟っているから、離婚になった後でも旦那に云いたかった事を病気のせいで僕に云ったのだそうだ。――けれども僕はそう信じたくない。強いてもそうでないと信じていたい」「それほど君はその娘さんが気に入ってたのか」と自分はまた三沢に聞いた。
「気に入るようになったのさ。病気が悪くなればなるほど」「それから。――その娘さんは」「死んだ。病院へ入って」 自分は黙然とした。
「君から退院を勧められた晩、僕はその娘さんの三回忌を勘定して見て、単にそのためだけでも帰りたくなった」と三沢は退院の動機を説明して聞かせた。
自分はまだ黙っていた。
「ああ肝心の事を忘れた」とその時三沢が叫んだ。
自分は思わず「何だ」と聞き返した。
「あの女の顔がね、実はその娘さんに好く似ているんだよ」 三沢の口元には解ったろうと云う一種の微笑が見えた。
二人はそれからじきに梅田の停車場へ俥を急がした。
場内は急行を待つ乗客ですでにいっぱいになっていた。
二人は橋を向へ渡って上り列車を待ち合わせた。
列車は十分と立たないうちに地を動かして来た。
「また会おう」 自分は「あの女」のために、また「その娘さん」のために三沢の手を固く握った。
彼の姿は列車の音と共にたちまち暗中に消えた。
兄