行人

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十

第 10 章
自分じぶんは三沢みさわの消息しょうそくを待っまって、なお二三にさん日ひ岡田おかだの厄介やっかいになった。
実じつをいうと彼かれらは自分じぶんのよそに行っいって宿やどを取るとる事ことを許さゆるさなかったのである。
自分じぶんはその間まできるだけ一人ひとりで大阪おおさかを見みて歩いあるいた。
すると町幅まちはばの狭いせまいせいか、人間にんげんの運動うんどうが東京とうきょうよりも溌溂はつらつと自分じぶんの眼めを射るいるように思わおもわれたり、家並いえなみが締りしまりのない東京とうきょうより整っととのって好ましいこのましいように見えみえたり、河かわが幾筋いくすじもあってその河かわには静かしずかな水みずが豊かゆたかに流れながれていたり、眼め先さきの変っかわった興味きょうみが日ひに一いちつ二につは必ずかならずあった。
佐野さのには浜寺はまでらでいっしょに飯めしを食っしょくった次つぎの晩ばんまた会っかいった。
今度こんどは彼かれの方ほうから浴衣がけゆかたがけで岡田おかだを尋ねたずねて来きた。
自分じぶんはその時じもかれこれ二に時間じかん余りあまり彼かれと話しはなした。
けれどもそれはただ前日ぜんじつの催しもよおしを岡田おかだの家いえで小規模しょうきぼに繰返しくりかえしたに過ぎすぎなかったので、新しいあたらしい印象いんしょうと云っいっては格別かくべつ頭あたまに残りのこりようがなかった。
だから本当ほんとうをいうとただ世間せけん並なみの人ひとというほかに、自分じぶんは彼かれについて何なんも解らわからなかった。
けれどもまた母ははや岡田おかだに対するたいする義務ぎむとしては、何なんも解らわからないで澄ましすましている訳わけにも行かいかなかった。
自分じぶんはこの二三にさん日ひの間まに、とうとう東京とうきょうの母ははへ向けむけて佐野さのと会見かいけんを結了けつりょうした旨むねの報告ほうこくを書いかいた。
仕方しかたがないから「佐野さのさんはあの写真しゃしんによく似にている」と書いかいた。
「酒さけは呑むのむが、呑んのんでも赤くあかくならない」と書いかいた。
「御ご父さんちちさんのように謡うたいをうたう代りかわりに義太夫ぎだゆうを勉強べんきょうしているそうだ」と書いかいた。
最後さいごに岡田おかだ夫婦ふうふと仲なかの好さよさそうな様子ようすを述べのべて、「あれほど仲なかの好いよい岡田おかださん夫婦ふうふの周旋しゅうせんだから間ま違いはないでしょう」と書いかいた。
一番いちばんしまいに、「要するようするに、佐野さのさんは多数たすうの妻帯さいたい者ものと変っかわったところも何なんもないようです。お貞おさださんも普通ふつうの細君さいくんになる資格しかくはあるんだから、承諾しょうだくしたら好いよいじゃありませんか」と書いかいた。
自分じぶんはこの手紙てがみを封じるふうじる時じ、ようやく義務ぎむが済んすんだような気きがした。
しかしこの手紙てがみ一いちつでお貞おさださんの運命うんめいが永久えいきゅうに決せけっせられるのかと思うおもうと、多少たしょう自分じぶんのおっちょこちょいに恥入るはじいるところもあった。
そこで自分じぶんはこの手紙てがみを封筒ふうとうへ入いりたまま、岡田おかだの所ところへ持っもって行っいった。
岡田おかだはすうと眼めを通しとおしただけで、「結構けっこう」と答えこたえた。
お兼けんさんは、てんで巻紙まきがみに手てを触れふれなかった。
自分じぶんは二人ふたりの前まえに坐っすわって、双方そうほうを見較べみくらべた。
「これで好いよいでしょうかね。これさえ出しだしてしまえば、宅たくの方ほうはきまるんです。したがって佐野さのさんもちょっと動けうごけなくなるんですが」「結構けっこうです。それが僕ぼくらの最ももっとも希望きぼうするところです」と岡田おかだは開き直っひらきなおっていった。
お兼けんさんは同じおなじ意味いみを女おんなの言葉ことばで繰り返しくりかえした。
二人ふたりからこう事こともなげに云わいわれた自分じぶんは、それで安心あんしんするよりもかえって心こころ元もとなくなった。
「何なんがそんなに気きになるんです」と岡田おかだが微笑びしょうしながら煙草たばこの煙けむりを吹いふいた。
「この事件じけんについて一番いちばん冷淡れいたんだったのは君きみじゃありませんか」「冷淡れいたんにゃ違いないが、あんまりお手軽てがる過ぎすぎて、少しすこし双方そうほうに対したいして申訳もうしわけがないようだから」「お手軽てがるどころじゃございません、それだけ長いながい手紙てがみを書いかいていただけば。それでお母さまおははさまが御ご満足まんぞくなさる、こちらは初はつからきまっている。これほどおめでたい事ことはないじゃございませんか、ねえあなた」 お兼けんさんはこういって、岡田おかだの方ほうを見みた。
岡田おかだはそうともと云わいわぬばかりの顔かおをした。
自分じぶんは理窟りくつをいうのが厭いやになって、二人ふたりの目めの前まえで、三さん銭せん切手きってを手紙てがみに貼っはった。
十一じゅういち
自分じぶんはこの手紙てがみを出しだしっきりにして大阪おおさかを立退きたちのきたかった。
岡田おかだも母ははの返事へんじの来るくるまで自分じぶんにいて貰うもらう必要ひつようもなかろうと云っいった。
「けれどもまあ緩くゆるくりなさい」 これが彼かれのしばしば繰り返すくりかえす言葉ことばであった。
夫婦ふうふの好意こういは自分じぶんによく解っわかっていた。
同時どうじに彼かれらの迷惑めいわくもまたよく想像そうぞうされた。
夫婦ふうふものに自分じぶんのような横着おうちゃくな泊り客とまりきゃくは、こっちにも多少たしょうの窮屈きゅうくつは免かれまぬかれなかった。
自分じぶんは電報でんぽうのように簡単かんたんな端書はしがきを書いかいたぎり何なんの音おと沙汰さたもない三沢みさわが悪わるらしくなった。
もし明日あす中なかに何なんとか音信おんしんがなければ、一人ひとりで高野たかの登りのぼりをやろうと決心けっしんした。
「じゃ明日あすは佐野さのを誘っさそって宝塚たからづかへでも行きいきましょう」と岡田おかだが云いいい出しだした。
自分じぶんは岡田おかだが自分じぶんのために時間じかんの差さ繰をしてくれるのが苦くになった。
もっと皮肉ひにくを云えいえば、そんな温泉場おんせんじょうへ行っいって、飲んのんだり食っしょくったりするのが、お兼けんさんにすまないような気きがした。
お兼けんさんはちょっと見るみると、派出はしゅつ好よしみの女おんならしいが、それはむしろ色白いろじろな顔立かおだちや様子ようすがそう思わおもわせるので、性質せいしつからいうと普通ふつうの東京とうきょうものよりずっと地味じみであった。
外そとへ出るでる夫おっとの懐中かいちゅうにすら、ある程度ていどの束縛そくばくを加えるくわえるくらい締っしまっているんじゃないかと思わおもわれた。
「御酒おさけを召上らめしあがらない方ほうは一生いっしょうのお得とくですね」 自分じぶんの杯さかずきに親しましたしまないのを知っしったお兼けんさんは、ある時じこういう述懐じゅっかいを、さも羨ましうらやましそうに洩らしもらした事ことさえある。
それでも岡田おかだが顔かおを赤くあかくして、「二郎じろうさん久しぶりひさしぶりに相撲すもうでも取りとりましょうか」と野蛮やばんな声こえを出すだすと、お兼けんさんは眉まゆをひそめながら、嬉しうれしそうな眼つきめつきをするのが常つねであったから、お兼けんさんは旦那だんなの酔うようのが嫌いきらいなのではなくって、酒さけに費用ひようのかかるのが嫌いきらいなのだろうと、自分じぶんは推察すいさつしていた。
自分じぶんはせっかくの好意こういだけれども宝塚たからづか行こうを断っことわった。
そうして腹はらの中なかで、あしたの朝あさ岡田おかだの留守るすに、ちょっと電車でんしゃに乗っのって一人ひとりで行っいって様子ようすを見みて来ようこようと取りきめとりきめた。
岡田おかだは「そうですか。文楽ぶんらくだと好いよいんだけれどもあいにく暑いあついんで休んやすんでいるもんだから」と気の毒きのどくそうに云っいった。
翌朝よくあさ自分じぶんは岡田おかだといっしょに家いえを出でた。
彼かれは電車でんしゃの上うえで突然とつぜん自分じぶんの忘れかけわすれかけていたお貞おさださんの結婚けっこん問題もんだいを持ち出しもちだした。
「僕ぼくはあなたの親類しんるいだと思っおもってやしません。あなたのお父さんおちちさんやお母さんおははさんに書生しょせいとして育てそだてられた食客しょっかくと心得こころえているんです。僕ぼくの今いまの地位ちいだって、あのお兼けんだって、みんなあなたの御ご両親りょうしんのお蔭おかげでできたんです。だから何なんか御ご恩返しおんがえしをしなくっちゃすまないと平生へいぜいから思っおもってるんです。お貞おさださんの問題もんだいもつまりそれが動機どうきでしたんですよ。けっして他意たいはないんですからね」 お貞おさださんは宅たくの厄介やっかいものだから、一いち日ひも早くはやくどこかへ嫁よめに世話せわをするというのが彼かれの主意しゅいであった。
自分じぶんは家族かぞくの一人ひとりとして岡田おかだの好意こういを謝しゃすべき地位ちいにあった。
「お宅おたくじゃ早くはやくお貞おさださんを片づけかたづけたいんでしょう」 自分じぶんの父ちちも母ははも実際じっさいそうなのである。
けれどもこの時じ自分じぶんの眼めにはお貞おさださんと佐野さのという縁故えんこも何なんもない二人ふたりがいっしょにかつ離れ離れはなればなれに映じえいじた。
「旨くうまく行くいくでしょうか」「そりゃ行くいくだろうじゃありませんか。僕ぼくとお兼けんを見みたって解るわかるでしょう。結婚けっこんしてからまだ一度いちども大喧嘩だいけんかをした事ことなんかありゃしませんぜ」「あなた方ほうは特別とくべつだけれども……」「なにどこの夫婦ふうふだって、大概たいがい似にたものでさあ」 岡田おかだと自分じぶんはそれでこの話はなしを切り上げきりあげた。
十二じゅうに
三沢みさわの便りたよりははたして次の日つぎのひの午後ごごになっても来きなかった。
気きの短いみじかい自分じぶんにはこんなズボラずぼらを待っまってやるのが腹はら立たてしく感ぜかんぜられた、強いてしいてもこれから一人ひとりで立とうたとうと決心けっしんした。
「まあもう一いち日ひ二に日ひはよろしいじゃございませんか」とお兼けんさんは愛嬌あいきょうに云っいってくれた。
自分じぶんが鞄かばんの中なかへ浴衣ゆかたや三さん尺さし帯おびを詰めつめに二に階かいへ上りのぼりかける下したから、「是非ぜひそうなさいましよ」とおっかけるように留めとめた。
それでも気きがすまなかったと見えみえて、自分じぶんが鞄かばんの始末しまつをした頃ころ、上り口あがりぐちへ顔かおを出しだして、「おやもう御ご荷物にもつの仕度したくをなすったんですか。じゃ御ご茶ちゃでも入れいれますから、御ご緩かんくりどうぞ」と降りふりて行っいった。
自分じぶんは胡坐こざのまま旅行りょこう案内あんないをひろげた。
そうして胸むねの中なかでかれこれと時間じかんの都合つごうを考えかんがえた。
その都合つごうがなかなか旨くうまく行かいかないので、仰あおぐ向むかいになってしばらく寝ねて見みた。
すると三沢みさわといっしょに歩くあるく時じの愉快ゆかいがいろいろに想像そうぞうされた。
富士ふじを須走すばしり口くちへ降りるおりる時じ、滑っすべって転んころんで、腰こしにぶら下げぶらさげた大きなおおきな金明きんめい水入みずいりの硝子がらす壜びんを、壊しこわしたなり帯おびへ括りくくりつけて歩いあるいた彼かれの姿すがた扮などが眼めに浮んうかんだ。
ところへまた梯子段はしごだんを踏むふむお兼けんさんの足音あしおとがしたので、自分じぶんは急きゅうに起き直っおきなおった。
お兼けんさんは立ちたちながら、「まあ好かっよかった」と一息ひといき吐いはいたように云っいって、すぐ自分じぶんの前まえに坐っすわった。
そうして三沢みさわから今いま届いとどいた手紙てがみを自分じぶんに渡しわたした。
自分じぶんはすぐ封ふうを開いひらいて見みた。
「とうとう御着おきになりましたか」 自分じぶんはちょっとお兼けんさんに答えるこたえる勇気ゆうきを失っうしなった。
三沢みさわは三さん日ひ前まえ大阪おおさかに着いついて二に日ひばかり寝ねたあげくとうとう病院びょういんに入っはいったのである。
自分じぶんは病院びょういんの名なを指しさしてお兼けんさんに地理ちりを聞いきいた。
お兼けんさんは地理ちりだけはよく呑み込んのみこんでいたが、病院びょういんの名なは知らしらなかった。
自分じぶんはとにかく鞄かばんを提げさげて岡田おかだの家いえを出るでる事ことにした。
「どうもとんだ事ことでございますね」とお兼けんさんは繰り返しくりかえし繰り返しくりかえし気の毒きのどくがった。
断ることわるのを無理むりに、下女げじょが鞄かばんを持っもって停車場ていしゃじょうまで随いしたがいて来きた。
自分じぶんは途中とちゅうでなおもこの下女げじょを返そうかえそうとしたが、何なんとか云っいってなかなか帰らかえらなかった。
その言葉ことばは解るわかるには解るわかるが、自分じぶんのようにこの土地とちに親しみしたしみのないものにはとても覚えおぼえられなかった。
別れるわかれるとき今までいままで世話せわになった礼れいに一いち円えんやったら「さいなら、お機嫌きげんよう」と云っいった。
電車でんしゃを下りくだりて俥くるまに乗るのると、その俥くるまは軌道きどうを横切っよこぎって細いほそい通りとおりを真直まっすぐに馳はせけた。
馳はせけ方ほうがあまり烈しいはげしいので、向うむこうから来るくる自転車じてんしゃだの俥くるまだのと幾度いくどか衝突しょうとつしそうにした。
自分じぶんははらはらしながら病院びょういんの前まえに降ろさおろされた。
鞄かばんを持っもったまま三さん階かいに上っのぼった自分じぶんは、三沢みさわを探すさがすため方々かたがたの室むろを覗いのぞいて歩いあるいた。
三沢みさわは廊下ろうかの突き当りつきあたりの八はち畳たたみに、氷嚢ひょうのうを胸むねの上うえに載せのせて寝ねていた。
「どうした」と自分じぶんは室むろに入るはいるや否いなや聞いきいた。
彼かれは何なんも答えこたえずに苦笑くしょうしている。
「また食いくい過ぎすぎたんだろう」と自分じぶんは叱るしかるように云っいったなり、枕元まくらもとに胡坐こざをかいて上着うわぎを脱いぬいだ。
「そこに蒲団ふとんがある」と三沢みさわは上眼うわめを使っつかって、室むろの隅すみを指しさした。
自分じぶんはその眼めの様子ようすと頬ほおの具合ぐあいを見みて、これはどのくらい重いおもい程度ていどの病気びょうきなんだろうと疑っうたがった。
「看護婦かんごふはついてるのかい」「うん。今いまどこかへ出でて行っいった」
十三じゅうさん
三沢みさわは平生へいぜいから胃腸いちょうのよくない男おとこであった。
ややともすると吐いはいたり下しおろしたりした。
友達ともだちはそれを彼かれの不養生ふようじょうからだと評しひょうし合っあった。
当人とうにんはまた母ははの遺伝いでんで体質たいしつから来るくるんだから仕方しかたがないと弁解べんかいしていた。
そうして消化器しょうかき病やまいの書物しょもつなどをひっくり返しひっくりかえして、アトニーあとにーとか下垂かすい性せいとかトーヌスとーぬすとかいう言葉ことばを使っつかった。
自分じぶんなどが時々ときどき彼かれに忠告ちゅうこくめいた事ことをいうと、彼かれは素人しろうとが何なんを知るしるものかと云わいわぬばかりの顔かおをした。
「君きみアルコールあるこーるは胃いで吸収きゅうしゅうされるものか、腸ちょうで吸収きゅうしゅうされるものか知っしってるか」などと澄ましすましていた。
そのくせ病気びょうきになると彼かれはきっと自分じぶんを呼んよんだ。
自分じぶんもそれ見ろみろと思いおもいながら必ずかならず見舞みまいに出かけでかけた。
彼かれの病気びょうきは短くみじかくて二三にさん日ひ長くながくて一二いちに週間しゅうかんで大抵たいていは癒っなおった。
それで彼かれは彼かれの病気びょうきを馬鹿ばかにしていた。
他人たにんの自分じぶんはなおさらであった。
けれどもこの場合ばあい自分じぶんはまず彼かれの入院にゅういんに驚かさおどろかされていた。
その上うえに胃いの上うえの氷嚢ひょうのうでまた驚かさおどろかされた。
自分じぶんはそれまで氷嚢ひょうのうは頭あたまか心臓しんぞうの上うえでなければ載せるのせるものでないとばかり信じしんじていたのである。
自分じぶんはぴくんぴくんと脈みゃくを打つうつ氷嚢ひょうのうを見つめみつめて厭いやな心持こころもちになった。
枕元まくらもとに坐っすわっていればいるほど、付ふ景気けいきの言葉ことばがだんだん出でなくなって来きた。
三沢みさわは看護婦かんごふに命じめいじて氷菓子ひょうかしを取らとらせた。
自分じぶんがその一杯いちばいに手てを着けつけているうちに、彼かれは残るのこる一杯いちばいを食うくうといい出しだした。
自分じぶんは薬くすりと定食ていしょく以外いがいにそんなものを口くちにするのは好くよくなかろうと思っおもってとめにかかった。
すると三沢みさわは怒っどった。
「君きみは一杯いちばいの氷菓子ひょうかしを消化しょうかするのに、どのくらい強壮きょうそうな胃いが必要ひつようだと思うおもうのか」と真面目まじめな顔かおをして議論ぎろんを仕かけしかけた。
自分じぶんは実じつのところ何になんにも知らしらないのである。
看護婦かんごふは、よかろうけれども念ねんのためだからと云っいって、わざわざ医局いきょくへ聞きききに行っいった。
そうして少量しょうりょうなら差支さしつかえないという許可きょかを得とくて来きた。
自分じぶんは便所べんじょに行くいくとき三沢みさわに知れしれないように看護婦かんごふを呼んよんで、あの人ひとの病気びょうきは全体ぜんたい何なんというんだと聞いきいて見みた。
看護婦かんごふはおおかた胃いが悪いわるいんだろうと答えこたえた。
それより以上いじょうの事ことを尋ねるたずねると、今朝けさ看護婦かんごふ会かいから派出はしゅつされたばかりで、何なんもまだ分らわからないんだと云っいって平気へいきでいた。
仕方なししかたなしに下したへ降りふりて医員いいんに尋ねたずねたら、その男おとこもまだ三沢みさわの名なを知らしらなかった。
けれども患者かんじゃの病名びょうめいだの処方しょほうだのを書いかいた紙かみ箋せんを繰っくって、胃いが少しすこし糜爛びらんれたんだという事ことだけ教えおしえてくれた。
自分じぶんはまた三沢みさわの傍そばへ行っいった。
彼かれは氷嚢ひょうのうを胃いの上うえに載せのせたまま、「君きみその窓まどから外そとを見みてみろ」、と云っいった。
窓まどは正面しょうめんに二につ側面そくめんに一いちつあったけれども、いずれも西洋せいよう式しきで普通ふつうより高いたかい上うえに、病人びょうにんは日本にっぽんの蒲団ふとんを敷いしいて寝ねているんだから、彼かれの眼めには強いつよい色いろの空そらと、電信でんしん線せんの一部分いちぶぶんが筋違すじかいに見えるみえるだけであった。
自分じぶんは窓側まどがわに手てを突いついて、外そとを見下しみくだした。
すると何なんよりもまず高いたかい煙突えんとつから出るでる遠いとおい煙けむりが眼めに入っはいった。
その煙けむりは市し全体ぜんたいを掩うおおうように大きなおおきな建物たてものの上うえを這いはい廻っまわっていた。
「河かわが見えるみえるだろう」と三沢みさわが云っいった。
大きなおおきな河かわが左手ひだりての方ほうに少しすこし見えみえた。
「山やまも見えるみえるだろう」と三沢みさわがまた云っいった。
山やまは正面しょうめんにさっきから見えみえていた。
それが暗がりくらがり峠とうげで、昔むかしは多分たぶん大きなおおきな木きばかり生えはえていたのだろうが、今いまはあの通りとおり明るいあかるい峠とうげに変化へんかしたんだとか、もう少しすこしするとあの山やまの下したを突き貫いつきつらぬいて、奈良ならへ電車でんしゃが通うかようようになるんだとか、三沢みさわは今いま誰だれかから聞いきいたばかりの事ことを元気げんきよく語っごった。
自分じぶんはこれなら大したたいした心配しんぱいもないだろうと思っおもって病院びょういんを出でた。
十四じゅうよん
自分じぶんは別べつに行くいく所ところもなかったので、三沢みさわの泊っとまった宿やどの名なを聞いきいて、そこへ俥くるまで乗りつけのりつけた。
看護婦かんごふはつい近くちかくのように云っいったが、始めはじめての自分じぶんにはかなりの道程どうていと思わおもわれた。
その宿やどには玄関げんかんも何になんにもなかった。
這入っはいってもいらっしゃいと挨拶あいさつに出るでる下女げじょもなかった。
自分じぶんは三沢みさわの泊っとまったという二に階かいの一いち間まに通さとおされた。
手摺てすりの前まえはすぐ大きなおおきな川かわで、座敷ざしきから眺めながめていると、大変たいへん涼しすずしそうに水みずは流れるながれるが、向むかいのせいか風かぜは少しすこしも入らはいらなかった。
夜よるに入っはいって向側むかいがわに点ぜてんぜられる灯火とうかのきらめきも、ただ眼めに少しすこしばかりの趣おもむきを添えるそえるだけで、涼味りょうみという感じかんじにはまるでならなかった。
自分じぶんは給仕きゅうじの女おんなに三沢みさわの事ことを聞いきいて始めてはじめて知っしった。
彼かれは二に日ひここに寝ねたあげく、三さん日ひ目めに入院にゅういんしたように記憶きおくしていたが実じつはもう一いち日ひ前まえの午後ごごに着いついて、鞄かばんを投げ込んなげこんだまま外出がいしゅつして、その晩ばんの十じゅう時じ過すぎに始めはじめて帰っかえって来きたのだそうである。
着いついた時じには五六ごろく人ひとの伴侶はんりょがいたが、帰りかえりにはたった一人ひとりになっていたと下女げじょは告げつげた。
自分じぶんはその五六ごろく人ひとの伴侶はんりょの何人なんにんであるかについて思い悩んおもいなやんだ。
しかし想像そうぞうさえ浮ばうかばなかった。
「酔っよいってたかい」と自分じぶんは下女げじょに聞いきいて見みた。
そこは下女げじょも知らしらなかった。
けれども少しすこし経っきょうって吐いはいたから酔っよいっていたんだろうと答えこたえた。
自分じぶんはその夜よる蚊帳かやを釣っつって貰っもらって早くはやく床ゆかに這入っはいった。
するとその蚊帳かやに穴あながあって、蚊かが二三にさん疋ひき這入っはいって来きた。
団扇うちわを動かしうごかして、それを払い退けはらいのけながら寝ようねようとすると、隣となりの室むろの話し声はなしごえが耳みみについた。
客きゃくは下女げじょを相手あいてに酒さけでも呑んのんでいるらしかった。
そうして警部けいぶだとかいう事ことであった。
自分じぶんは警部けいぶの二に字じに多少たしょうの興味きょうみがあった。
それでその人ひとの話はなしを聞いきいて見るみる気きになったのである。
すると自分じぶんの室むろを受持っうけもっている下女げじょが上っのぼって来きて、病院びょういんから電話でんわだと知らしらせた。
自分じぶんは驚いおどろいて起き上っおきあがった。
電話でんわの相手あいては三沢みさわの看護婦かんごふであった。
病人びょうにんの模様もようでも急きゅうに変っかわったのかと思っおもって心配しんぱいしながら用事ようじを聞いきいて見るみると病人びょうにんから、明日あすはなるべく早くはやく来きてくれ、退屈たいくつで困るこまるからという伝言でんごんに過ぎすぎなかった。
自分じぶんは彼かれの病気びょうきがはたしてそう重くおもくないんだと断定だんていした。
「何なんだそんな事ことか、そういうわがままはなるべく取次がとりつぎがないが好いよい」と叱りつけるしかりつけるように云っいってやったが、後あとで看護婦かんごふに対したいして気の毒きのどくになったので、「しかし行くいく事ことは行くいくよ。君きみが来きてくれというなら」とつけ足しつけたして室むろへ帰っかえった。
下女げじょはいつ気きがついたか、蚊帳かやの穴あなを針はりと糸いとで塞いせいでいた。
けれどもすでに這入っはいっている蚊かはそのままなので、横よこになるや否いなや、時々ときどき額がくや鼻はなの頭あたまの辺へんでぶうんと云ういう小いちいさい音おとがした。
それでもうとうとと寝ねた。
すると今度こんどは右みぎの方ほうの部屋へやでする話声わせいで眼めが覚めさめた。
聞いきいているとやはり男おとこと女おんなの声こえであった。
自分じぶんはこっち側こっちがわに客きゃくは一人ひとりもいないつもりでいたので、ちょっと驚かさおどろかされた。
しかし女おんなが繰返しくりかえして、「そんならもう帰しかえして貰いもらいますぜ」というような言葉ことばを二三にさん度ど用いもちいたので、隣となりの客きゃくが女おんなに送らおくられて茶屋ちゃやからでも帰っかえって来きたのだろうと推察すいさつしてまた眠りねむりに落ちおちた。
それからもう一いち度ど下女げじょが雨戸あまどを引くひく音おとに夢ゆめを破らやぶられて、最後さいごに起き上っおきあがったのが、まだ川かわの面めんに白いしろい靄もやが薄くうすく見えるみえる頃ころだったから、正味しょうみ寝ねたのは何時間なんじかんにもならなかった。
十五じゅうご
三沢みさわの氷嚢ひょうのうは依然いぜんとしてその日ひも胃いの上うえに在っあった。
「まだ氷こおりで冷やしひやしているのか」 自分じぶんはいささか案外あんがいな顔かおをしてこう聞いきいた。
三沢みさわにはそれが友達ともだち甲斐かいもなく響いひびいたのだろう。
「鼻風邪はなかぜじゃあるまいし」と云っいった。
自分じぶんは看護婦かんごふの方ほうを向いむかいて、「昨夕さくゆうは御苦労ごくろうさま」と一口ひとくち礼れいを述べのべた。
看護婦かんごふは色いろの蒼いあおい膨れふくれた女おんなであった。
顔つきかおつきが絵えにかいた座頭ざがしらに好くよく似にているせいか、普通ふつう彼かれらの着るきる白いしろい着物きものがちっとも似合わにあわなかった。
岡山おかやまのもので、小さいちいさい時じ膿毒のうどく性せいとかで右みぎの眼めを悪くわるくしたんだと、こっちで尋ねたずねもしない事ことを話しはなした。
なるほどこの女おんなの一方いっぽうの眼めには白いしろい雲くもがいっぱいにかかっていた。
「看護婦かんごふさん、こんな病人びょうにんに優しくやさしくしてやると何なんを云いいい出すだすか分らわからないから、好よしみ加減かげんにしておくがいいよ」 自分じぶんは面白おもしろ半分はんぶんわざと軽薄けいはくな露骨ろこつを云っいって、看護婦かんごふを苦笑くしょうさせた。
すると三沢みさわが突然とつぜん「おい氷こおりだ」と氷嚢ひょうのうを持ち上げもちあげた。
廊下ろうかの先さきで氷こおりを割るわれる音おとがした時じ、三沢みさわはまた「おい」と云っいって自分じぶんを呼んよんだ。
「君きみには解るわかるまいが、この病気びょうきを押しおしていると、きっと潰瘍かいようになるんだ。それが危険きけんだから僕ぼくはこうじっとして氷嚢ひょうのうを載せのせているんだ。ここへ入院にゅういんしたのも、医者いしゃが勧めすすめたのでも、宿やどで周旋しゅうせんして貰っもらったのでもない。ただ僕ぼく自身じしんが必要ひつようと認めみとめて自分じぶんで入っはいったのだ。酔興すいきょうじゃないんだ」 自分じぶんは三沢みさわの医学いがく上うえの智識ちしきについて、それほど信しんを置きおき得とくなかった。
けれどもこう真面目まじめに出でられて見るみると、もう交ぜ返すまぜかえす勇気ゆうきもなかった。
その上うえ彼かれのいわゆる潰瘍かいようとはどんなものか全くまったく知らしらなかった。
自分じぶんは起っおこって窓側まどがわへ行っいった。
そうして強いつよい光ひかりに反射はんしゃして、乾いかわいた土つちの色いろを見せみせている暗がりくらがり峠とうげを望んのぞんだ。
ふと奈良ならへでも遊びあそびに行っいって来ようこようかという気きになった。
「君きみその様子ようすじゃ当分とうぶん約束やくそくを履行りこうする訳わけにも行かいかないだろう」「履行りこうしようと思っおもって、これほどの養生ようじょうをしているのさ」 三沢みさわはなかなか強情ごうじょの男おとこであった。
彼かれの強情ごうじょにつき合えつきあえば、彼かれの健康けんこうが旅行りょこうに堪えこらえ得るうるまで自分じぶんはこの暑いあつい都との中なかで蒸さむされていなければならなかった。
「だって君きみの氷嚢ひょうのうはなかなか取れとれそうにないじゃないか」「だから早くはやく癒るなおるさ」 自分じぶんは彼かれとこういう談話だんわを取りとり換かえわせているうちに、彼かれの強情ごうじょのみならず、彼かれのわがままな点てんをよく見みて取っとった。
同時どうじに一いち日ひも早くはやく病人びょうにんを見捨てみすてて行こういこうとする自分じぶんのわがままもまたよく自分じぶんの眼めに映っうつった。
「君きみ大阪おおさかへ着いついたときはたくさん伴侶はんりょがあったそうじゃないか」「うん、あの連中れんちゅうと飲んのんだのが悪かっわるかった」 彼かれの挙げあげた姓名せいめいのうちには、自分じぶんの知っしっているものも二三にさんあった。
三沢みさわは彼かれらと名古屋なごやからいっしょの汽車きしゃに乗っのったのだが、いずれも馬関ばかんとか門司もじとか福岡ふくおかとかまで行くいく人ひとであるにかかわらず久しぶりひさしぶりだからというので、皆みなな大阪おおさかで降りふりて三沢みさわと共ともに飯めしを食っしょくったのだそうである。
自分じぶんはともかくももう二三にさん日ひいて病人びょうにんの経過けいかを見みた上うえ、どうとかしようと分別ぶんべつした。
十六じゅうろく
その間ま自分じぶんは三沢みさわの付添つきそいのように、昼ひるも晩ばんも大抵たいていは病院びょういんで暮しくらした。
孤独こどくな彼かれは実際じっさい毎日まいにち自分じぶんを待受けまちうけているらしかった。
それでいて顔かおを合わすあわすと、けっして礼れいなどは云わいわなかった。
わざわざ草花くさばなを買っかって持っもって行っいってやっても、憤と膨れふくれている事ことさえあった。
自分じぶんは枕元まくらもとで書物しょもつを読んよんだり、看護婦かんごふを相手あいてにしたり、時間じかんが来るくると病人びょうにんに薬くすりを呑まのませたりした。
朝日あさひが強くつよく差し込むさしこむ室むろなので、看護婦かんごふを相手あいてに、寝床ねどこを影かげの方ほうへ移すうつす手伝てつだいもさせられた。
自分じぶんはこうしているうちに、毎日まいにち午前中ごぜんちゅうに回診かいしんする院長いんちょうを知るしるようになった。
院長いんちょうは大概たいがい黒くろのモーニングもーにんぐを着きて医員いいんと看護婦かんごふを一人ひとりずつ随えしたがえていた。
色いろの浅黒いあさぐろい鼻筋はなすじの通っとおった立派りっぱな男おとこで、言葉遣いことばづかいや態度たいどにも容貌ようぼうの示すしめすごとく品格ひんかくがあった。
三沢みさわは院長いんちょうに会うあうと、医学いがく上うえの知識ちしきをまるでもっていない自分じぶんたちと同じおなじような質問しつもんをしていた。
「まだ容易よういに旅行りょこうなどはできないでしょうか」「潰瘍かいようになると危険きけんでしょうか」「こうやって思い切っおもいきって入院にゅういんした方ほうが、今いま考えかんがえて見るみるとやっぱり得策とくさくだったんでしょうか」などと聞くきくたびに院長いんちょうは「ええまあそうです」ぐらいな単簡たんかんな返答へんとうをした。
自分じぶんは平生へいぜい解らわからない術語じゅつごを使っつかって、他ほかを馬鹿ばかにする彼かれが、院長いんちょうの前まえでこう小さくちいさくなるのを滑稽こっけいに思っおもった。
彼かれの病気びょうきは軽いかるいような重いおもいような変へんなものであった。
宅たくへ知らしらせる事ことは当人とうにんが絶対ぜったいに不承知ふしょうちであった。
院長いんちょうに聞いきいて見るみると、嘔気おうきが来きなければ心配しんぱいするほどの事こともあるまいが、それにしてももう少しすこしは食慾しょくよくが出るでるはずだと云っいって、不思議ふしぎそうに考え込んかんがえこんでいた。
自分じぶんは去就きょしゅうに迷っまよった。
自分じぶんが始めはじめて彼かれの膳ぜんを見みたときその上うえには、生なま豆腐とうふと海苔のりと鰹節かつおぶしの肉汁にくじゅうが載っのっていた。
彼かれはこれより以上いじょう箸はしを着けるつける事ことを許さゆるされなかったのである。
自分じぶんはこれでは前途ぜんと遼遠りょうえんだと思っおもった。
同時どうじにその膳ぜんに向っむかって薄いうすい粥かゆを啜るすする彼かれの姿すがたが変へんに痛ましくいたましく見えみえた。
自分じぶんが席せきを外しはずして、つい近所きんじょの洋食屋ようしょくやへ行っいって支度したくをして帰っかえって来るくると、彼かれはきっと「旨かっうまかったか」と聞いきいた。
自分じぶんはその顔かおを見みてますます気の毒きのどくになった。
「あの家いえはこの間ま君きみと喧嘩けんかした氷菓子ひょうかしを持っもって来るくる家いえだ」 三沢みさわはこういって笑っわらっていた。
自分じぶんは彼かれがもう少しすこし健康けんこうを回復かいふくするまで彼かれの傍そばにいてやりたい気きがした。
しかし宿やどへ帰るかえると、暑苦しいあつくるしい蚊帳かやの中なかで、早くはやく涼しいすずしい田舎いなかへ行きいきたいと思うおもうことが多かっおおかった。
この間まの晩ばん女おんなと話はなしをして人ひとの眠ねむりを妨げさまたげた隣となりの客きゃくはまだ泊っとまっていた。
そうして自分じぶんの寝ようねようとする頃ころに必ずかならず酒気しゅきを帯びおびて帰っかえって来きた。
ある時じは宿やどで酒さけを飲んのんで、芸者げいしゃを呼べよべと怒鳴っどなっていた。
それを下女げじょがさまざまにごまかそうとしてしまいには、あの女おんなはあなたの前まえへ出れでればこそ、あんな愛嬌あいきょうをいうものの、蔭かげではあなたの悪口わるぐちばかり並べるならべるんだから止めろとめろと忠告ちゅうこくしていた。
すると客きゃくは、なにおれの前まえへ出でた時じだけ御世辞ごせじを云っいってくれりゃそれで嬉しいうれしいんだ、蔭かげで何なんと云っいったって聞えきこえないから構わかまわないと答えこたえていた。
ある時じはこれも芸者げいしゃが何なんか真面目まじめな話はなしを持ち込んもちこんで来きたのを、今度こんどは客きゃくの方ほうでごまかそうとして、その芸者げいしゃから他ほかの話はなしを「じゃん、じゃか、じゃん」にしてしまうと云っいって怒らおこられていた。
自分じぶんはこんな事ことで安眠あんみんを妨害ぼうがいされて、実際じっさい迷惑めいわくを感じかんじた。
十七じゅうなな
そんなこんなで好くよく眠らねむられなかった朝あさ、もう看病かんびょうは御免ごめん蒙るこうむるという気きで、病院びょういんの方ほうへ橋はしを渡っわたった。
すると病人びょうにんはまだすやすや眠っねむっていた。
三さん階かいの窓まどから見下すみくだすと、狭いせまい通つうなので、門前もんぜんの路みちが細くほそく綺麗きれいに見えみえた。
向側むかいがわは立派りっぱな高塀こうへいつづきで、その一いちつの潜りもぐりの外そとへ主人しゅじんらしい人ひとが出でて、如露じょろで丹念たんねんに往来おうらいを濡らしぬらしていた。
塀へいの内うちには夏なつ蜜柑みかんのような深緑しんりょくの葉はが瓦かわらを隠すかくすほど茂っしげるっていた。
院内いんないでは小使こづかいが丁字ていじ形かたちの棒ぼうの先さきへ雑巾ぞうきんを括り付けくくりつけて廊下ろうかをぐんぐん押しおして歩いあるいた。
雑巾ぞうきんをゆすがないので、せっかく拭いぬぐいた所ところがかえって白くしろく汚れよごれた。
軽いかるい患者かんじゃはみな洗面所せんめんしょへ出でて顔かおを洗っあらった。
看護婦かんごふの払はらい塵ごみの声こえがここかしこで聞こえきこえた。
自分じぶんは枕まくらを借りかりて、三沢みさわの隣となりの空室くうしつへ、昨夕さくゆうの睡眠不足すいみんふそくを補いおぎないに入っはいった。
その室むろも朝日あさひの強くつよく当るあたる向むかいにあるので、一いち寝ね入いりするとすぐ眼めが覚めさめた。
額がくや鼻はなの頭あたまに汗あせと油あぶらが一面いちめんに浮き出しうきだしているのも不愉快ふゆかいだった。
自分じぶんはその時じ岡田おかだから電話でんわ口くちへ呼ばよばれた。
岡田おかだが病院びょういんへ電話でんわをかけたのはこれで三さん度目どめである。
彼かれはきまりきって、「御ご病人びょうにんの御ご様子ようすはどうです」と聞くきく。
「二三にさん日ひ中なか是非ぜひ伺いうかがいます」という。
「何なんでも御用ごようがあるなら御ご遠慮えんりょなく」という。
最後さいごにきっとお兼けんさんの事ことを一口ひとくち二に口くちつけ加えつけくわえて、「お兼けんからもよろしく」とか、「是非ぜひお遊びあそびにいらっしゃるように妻つまも申しもうしております」とか、「うちの方ほうが忙がしいいそがしいんで、つい御無沙汰ごむさたをしています」とか云ういう。
その日ひも岡田おかだの話はなしはいつもの通りとおりであった。
けれども一番いちばんしまいに、「今いまから一いち週間しゅうかん内うち……と断定だんていする訳わけには行かいかないが、とにかくもう少しすこしすると、あなたをちょいと驚かおどろきかせる事ことが出でて来るくるかも知れしれませんよ」と妙みょうな事ことを仄めかしほのめかした。
自分じぶんは全くまったく想像そうぞうがつかないので、全体ぜんたいどんな話はなしなんですかと二三にさん度ど聞き返しききかえしたが、岡田おかだは笑いわらいながら、「もう少しすこしすれば解りわかります」というぎりなので、自分じぶんもとうとうその意味いみを聞かきかないで、三沢みさわの室むろへ帰っかえって来きた。
「また例れいの男おとこかい」と三沢みさわが云っいった。
自分じぶんは今いまの岡田おかだの電話でんわが気きになって、すぐ大阪おおさかを立つたつ話はなしを持ち出すもちだす心持こころもちになれなかった。
すると思いがけおもいがけない三沢みさわの方ほうから「君きみもう大阪おおさかは厭いやになったろう。僕ぼくのためにいて貰うもらう必要ひつようはないから、どこかへ行くいくなら遠慮えんりょなく行っいってくれ」と云いいい出しだした。
彼かれはたとい病院びょういんを出るでる場合ばあいが来きても、むやみな山登りやまのぼりなどは当分とうぶん慎まつつしまなければならないと覚っさとったと説明せつめいして聞かきかせた。
「それじゃ僕ぼくの都合つごうの好いよいようにしよう」 自分じぶんはこう答えこたえてしばらく黙っだまっていた。
看護婦かんごふは無言むごんのまま室むろの外そとに出でて行っいった。
自分じぶんはその草履ぞうりの音おとの消えるきえるのを聞いきいていた。
それから小さいちいさい声こえをして三沢みさわに、「金きんはあるか」と尋ねたずねた。
彼かれは己れおのれの病気びょうきをまだ己れおのれの家いえに知らしらせないでいる。
それにたった一人ひとりの知人ちじんたる自分じぶんが、彼かれの傍そばを立ち退いたちのいたら、精神上せいしんじょうよりも物質的ぶっしつてきに心細かろうこころぼそかろうと自分じぶんは懸念けねんした。
「君きみに才覚さいかくができるのかい」と三沢みさわは聞いきいた。
「別べつに目的もくてきもないが」と自分じぶんは答えこたえた。
「例れいの男おとこはどうだい」と三沢みさわが云っいった。
「岡田おかだか」と自分じぶんは少しすこし考え込んかんがえこんだ。
三沢みさわは急きゅうに笑いわらい出しだした。
「何なんいざとなればどうかなるよ。君きみに算段さんだんして貰わもらわなくっても。金きんはあるにはあるんだから」と云っいった。
十八じゅうはち
金きんの事ことはついそれなりになった。
自分じぶんは岡田おかだへ金きんを借りかりに行くいく時じの思いおもいを想像そうぞうすると実際じっさい厭いやだった。
病気びょうきに罹っかかった友達ともだちのためだと考えかんがえても、少しすこしも進むすすむ気きはしなかった。
その代りかわりこの地ちを立つたつとも立たたたないとも決心けっしんし得とくないでぐずぐずした。
岡田おかだからの電話でんわはかかって来きた時大じだいに自分じぶんの好奇心こうきしんを動揺どうようさせたので、わざわざ彼かれに会っかいって真相しんそうを聞き糺そうききただそうかと思っおもったけれども、一いち晩ばん経つたつとそれも面倒めんどうになって、ついそのままにしておいた。
自分じぶんは依然いぜんとして病院びょういんの門もんを潜っもぐったり出でたりした。
朝あさ九きゅう時じ頃ころ玄関げんかんにかかると、廊下ろうかも控ひかえ所ところも外来がいらいの患者かんじゃでいっぱいに埋っうまっている事ことがあった。
そんな時じには世間せけんにもこれほど病人びょうにんがあり得るうるものかとわざと驚いおどろいたような顔かおをして、彼かれらの様子ようすを一いち順じゅん見渡しみわたしてから、梯子段はしごだんに足あしをかけた。
自分じぶんが偶然ぐうぜんあの女おんなを見出だしみいだしたのは全くまったくこの一瞬いっしゅん間まにあった。
あの女おんなというのは三沢みさわがあの女おんなあの女おんなと呼ぶよぶから自分じぶんもそう呼ぶよぶのである。
あの女おんなはその時じ廊下ろうかの薄暗いうすぐらい腰掛こしかけの隅すみに丸くまるくなって横顔よこがおだけを見せみせていた。
その傍そばには洗髪せんぱつを櫛巻くしまきにした背せの高いたかい中年ちゅうねんの女おんなが立ったっていた。
自分じぶんの一瞥いちべつはまずその女おんなの後姿うしろすがたの上うえに落ちおちた。
そうして何なんだかそこにぐずぐずしていた。
するとその年増としまが向うむこうへ動きうごき出しだした。
あの女おんなはその年増としまの影かげから現われあらわれたのである。
その時じあの女おんなは忍耐にんたいの像ぞうのように丸くまるくなってじっとしていた。
けれども血色けっしょくにも表情ひょうじょうにも苦悶くもんの迹はほとんど見えみえなかった。
自分じぶんは最初さいしょその横顔よこがおを見みた時じ、これが病人びょうにんの顔かおだろうかと疑っうたがった。
ただ胸むねが腹はらに着くつくほど背中せなかを曲げまげているところに、恐ろしいおそろしい何物なにものかが潜んひそんでいるように思わおもわれて、それがはなはだ不快ふかいであった。
自分じぶんは階段かいだんを上りのぼりつつ、「あの女おんな」の忍耐にんたいと、美しいうつくしい容貌ようぼうの下したに包んつつんでいる病苦びょうくとを想像そうぞうした。
三沢みさわは看護婦かんごふから病院びょういんのAという助手じょしゅの話はなしを聞かさきかされていた。
このAさんは夜よるになって閑かんになると、好くよく尺八しゃくはちを吹くふく若いわかい男おとこであった。
独身どくしんもので病院びょういんに寝泊りねとまりをして、室むろは三沢みさわと同じおなじ三さん階かいの折れ曲っおれまがった隅すみにあった。
この間ままで始終しじゅう上履うわばきの音おとをぴしゃぴしゃ云わしいわして歩いあるいていたが、この二三にさん日ひまるで顔かおを見せみせないので、三沢みさわも自分じぶんも、どうかしたのかねぐらいは噂うわさし合っあっていたのである。
看護婦かんごふはAさんが時々ときどき跛びっこを引いひいて便所べんじょへ行くいく様子ようすがおかしいと云っいって笑っわらった。
それから病院びょういんの看護婦かんごふが時々ときどきガーゼがーぜと金盥かなだらいを持っもってAさんの部屋へやへ入っはいって行くいくところを見みたとも云っいった。
三沢みさわはそういう話はなしに興味きょうみがあるでもなく、また無いないでもないような無愛嬌むあいきょうな顔かおをして、ただ「ふん」とか「うん」とか答えこたえていた。
彼かれはまた自分じぶんにいつまで大阪おおさかにいるつもりかと聞いきいた。
彼かれは旅行りょこうを断念だんねんしてから、自分じぶんの顔かおを見るみるとよくこう云っいった。
それが自分じぶんには遠慮えんりょがましくかつ催促さいそくがましく聞こえきこえてかえって厭いやであった。
「僕ぼくの都合つごうで帰ろうかえろうと思えおもえばいつでも帰るかえるさ」「どうかそうしてくれ」 自分じぶんは立ったって窓まどから真下ましたを見下しみくだした。
「あの女おんな」はいくら見みていても門もんの外そとへ出でて来きなかった。
「日ひの当るあたる所ところへわざわざ出でて何なんをしているんだ」と三沢みさわが聞いきいた。
「見みているんだ」と自分じぶんは答えこたえた。
「何なんを見みているんだ」と三沢みさわが聞き返しききかえした。
十九じゅうきゅう
自分じぶんはそれでも我慢がまんして容易よういに窓側まどがわを離れはなれなかった。
つい向うむこうに見えるみえる物干ものほしに、松まつだの石榴ざくろだのの盆栽ぼんさいが五六ごろく鉢ばち並んならんでいる傍そばで、島田しまだに結っけつった若いわかい女おんなが、しきりに洗濯せんたくものを竿さおの先さきに通しとおしていた。
自分じぶんはちょっとその方ほうを見みてはまた下またしたを向いむかいた。
けれども待ち設けまちもうけている当人とうにんはいつまで経っきょうっても出でて来るくる気色けしきはなかった。
自分じぶんはとうとう暑さあつさに堪えこらえ切れきれないでまた三沢みさわの寝床ねどこの傍そばへ来きて坐っすわった。
彼かれは自分じぶんの顔かおを見みて、「どうも強情ごうじょな男おとこだな、他ほかが親切しんせつに云っいってやればやるほど、わざわざ日ひの当るあたる所ところに顔かおを曝しさらしているんだから。君きみの顔かおは真赤まっかだよ」と注意ちゅういした。
自分じぶんは平生へいぜいから三沢みさわこそ強情ごうじょな男おとこだと思っおもっていた。
それで「僕ぼくの窓まどから首くびを出しだしていたのは、君きみのような無意味むいみな強情ごうじょとは違うちがう。ちゃんと目的もくてきがあってわざと首くびを出しだしたんだ」と少しすこしもったいをつけて説明せつめいした。
その代りかわり肝心かんじんの「あの女おんな」の事ことをかえって云いいい悪くわるくしてしまった。
ほど経きょうて三沢みさわはまた「先刻せんこくは本当ほんとうに何なんか見みていたのか」と笑いわらいながら聞いきいた。
自分じぶんはこの時じもう気きが変っかわっていた。
「あの女おんな」を口くちにするのが愉快ゆかいだった。
どうせ強情ごうじょな三沢みさわの事ことだから、聞けきけばきっと馬鹿ばかだとか下らしたらないとか云っいって自分じぶんを冷罵れいばするに違いないとは思っおもったが、それも気きにはならなかった。
そうしたら実じつは「あの女おんな」について自分じぶんはある原因げんいんから特別とくべつの興味きょうみをもつようになったのだぐらい答えこたえて、三沢みさわを少しすこし焦らしじらしてやろうという下心したごころさえ手伝ってつだった。
ところが三沢みさわは自分じぶんの予期よきとはまるで反対はんたいの態度たいどで、自分じぶんのいう一句いっく一句いっくをさも感心かんしんしたらしく聞いきいていた。
自分じぶんも乗気のりきになって一二いちに分ぶんで済むすむところを三さん倍ばいほどに語りかたり続けつづけた。
一番いちばんしまいに自分じぶんの言葉ことばが途切れとぎれた時じ、三沢みさわは「それは無論むろん素人しろうとなんじゃなかろうな」と聞いきいた。
自分じぶんは「あの女おんな」を詳しくくわしく説明せつめいしたけれども、つい芸者げいしゃという言葉ことばを使わつかわなかったのである。
「芸者げいしゃならことによると僕ぼくの知っしっている女おんなかも知れしれない」 自分じぶんは驚かさおどろかされた。
しかしてっきり冗談じょうだんだろうと思っおもった。
けれども彼かれの眼めはその反対はんたいを語っごっていた。
そのくせ口元くちもとは笑っわらっていた。
彼かれは繰り返しくりかえして「あの女おんな」の眼つきめつきだの鼻はなつきだのを自分じぶんに問うとうた。
自分じぶんは梯子段はしごだんを上るのぼる時じ、その横顔よこがおを見みたぎりなので、そう詳しいくわしい事ことは答えこたえられないほどであった。
自分じぶんにはただ背中せなかを折っおって重なり合っかさなりあっているような憐れあわれな姿勢しせいだけがありありと眼めに映っうつった。
「きっとあれだ。今いまに看護婦かんごふに名前なまえを聞かしきかしてやろう」 三沢みさわはこう云っいって薄笑いうすわらいをした。
けれども自分じぶんを担いにないでる様子ようすはさらに見えみえなかった。
自分じぶんは少しすこし釣り込まつりこまれた気味きみで、彼かれと「あの女おんな」との関係かんけいを聞こうきこうとした。
「今いまに話すはなすよ。あれだと云ういう事ことが確かくに分っわかったら」 そこへ病院びょういんの看護婦かんごふが「回診かいしんです」と注意ちゅういしに来きたので、「あの女おんな」の話はなしはそれなり途切れとぎれてしまった。
自分じぶんは回診かいしんの混雑こんざつを避けるさけるため、時間じかんが来るくると席せきを外しはずして廊下ろうかへ出でたり、貯水ちょすい桶おけのある高いたかいところへ出でたりしていたが、その日ひは手近てぢかにある帽ぼうを取っとって、梯子段はしごだんを下したまで降りふりた。
「あの女おんな」がまだどこかにいそうな気きがするので、自分じぶんは玄関げんかんの入口いりぐちに佇立ちょりつんで四方しほうを見廻しみまわした。
けれども廊下ろうかにも控室ひかえしつにも患者かんじゃの影かげはなかった。
二十にじゅう
その夕方ゆうがたの空そらが風かぜを殺しころして静まり返っしずまりかえった灯あかりともし頃ころ、自分じぶんはまた曲りくねっまがりくねった段々だんだんを急ぎ足いそぎあしに三沢みさわの室むろまで上っのぼった。
彼かれは食後しょくごと見えみえて蒲団ふとんの上うえに胡坐こざをかいて大きくおおきくなっていた。
「もう便所べんじょへも一人ひとりで行くいくんだ。肴さかなも食っしょくっている」 これが彼かれのその時じの自慢じまんであった。
窓まどは三さんつ共とも明け放っあけはなってあった。
室むろが三さん階かいで前まえに目めを遮ぎるさえぎるものがないから、空そらは近くちかくに見えみえた。
その中なかに燦めくきらめく星ほしも遠慮えんりょなく光ひかりを増しまして来きた。
三沢みさわは団扇うちわを使いつかいながら、「蝙蝠かわほりが飛んとんでやしないか」と云っいった。
看護婦かんごふの白いしろい服ふくが窓まどの傍そばまで動いうごいて行っいって、その胴どうから上うえがちょっと窓枠まどわくの外そとへ出でた。
自分じぶんは蝙蝠かわほりよりも「あの女おんな」の事ことが気きにかかった。
「おい、あの事ことは解っわかったか」と聞いきいて見みた。
「やっぱりあの女おんなだ」 三沢みさわはこう云いいいながら、ちょっと意味いみのある眼め遣いつかいをして自分じぶんを見みた。
自分じぶんは「そうか」と答えこたえた。
その調子ちょうしが余りあまり高いたかいという訳わけなんだろう、三沢みさわは団扇うちわでぱっと自分じぶんの顔かおを煽いあおいだ。
そうして急きゅうに持ちもち交えまじえた柄がらの方ほうを前まえへ出しだして、自分じぶん達とおるのいる室むろの筋向うすじむこうを指しさした。
「あの室むろへ這入っはいったんだ。君きみの帰っかえった後あとで」 三沢みさわの室むろは廊下ろうかの突き当りつきあたりで往来おうらいの方ほうを向いむかいていた。
女おんなの室むろは同じおなじ廊下ろうかの角かくで、中庭なかにわの方ほうから明りあかりを取るとるようにできていた。
暑いあついので両方りょうほう共とも入り口いりぐちは明けあけたまま、障子しょうじは取り払っとりはらってあったから、自分じぶんのいる所ところから、団扇うちわの柄がらで指し示ささししめされた部屋へやの入口いりぐちは、四半しはん分ぶんほど斜めななめに見えみえた。
しかしそこには女おんなの寝ねている床ゆかの裾すそが、画がの模様もようのように三角さんかくに少しすこし出でているだけであった。
自分じぶんはその蒲団ふとんの端はしを見つめみつめてしばらく何なんも云わいわなかった。
「潰瘍かいようの劇しいはげしいんだ。血ちを吐くはくんだ」と三沢みさわがまた小さなちいさな声こえで告げつげた。
自分じぶんはこの時じ彼かれが無理むりをやると潰瘍かいようになる危険きけんがあるから入院にゅういんしたと説明せつめいして聞かきかせた事ことを思い出しおもいだした。
潰瘍かいようという言葉ことばはその折おり自分じぶんの頭あたまに何なんらの印象いんしょうも与えあたえなかったが、今度こんどは妙みょうに恐ろしいおそろしい響ひびきを伝えつたえた。
潰瘍かいようの陰かげに、死しという怖いこわいものが潜んひそんでいるかのように。
しばらくすると、女おんなの部屋へやで微かかすかにげえげえという声こえがした。
「そら吐いはいている」と三沢みさわが眉まゆをひそめた。
やがて看護婦かんごふが戸口とぐちへ現れあらわれた。
手てに小さなちいさな金盥かなだらいを持ちもちながら、草履ぞうりを突っかけつっかけて、ちょっと我々われわれの方ほうを見みたまま出でて行っいった。
「癒りなおりそうなのかな」 自分じぶんの眼めには、今朝けさ腮を胸むねに押しつけるおしつけるようにして、じっと腰こしをかけていた美びくしい若いわかい女おんなの顔かおがありありと見えみえた。
「どうだかね。ああ嘔くえずくようじゃ」と三沢みさわは答えこたえた。
その表情ひょうじょうを見るみると気の毒きのどくというよりむしろ心配しんぱいそうなある物ものに囚えとらえられていた。
「君きみは本当ほんとうにあの女おんなを知っしっているのか」と自分じぶんは三沢みさわに聞いきいた。
「本当ほんとうに知っしっている」と三沢みさわは真面目まじめに答えこたえた。
「しかし君きみは大阪おおさかへ来きたのが今度こんど始めはじめてじゃないか」と自分じぶんは三沢みさわを責めせめた。
「今度こんど来きて今度こんど知っしったのだ」と三沢みさわは弁解べんかいした。
「この病院びょういんの名なも実じつはあの女おんなに聞いきいたのだ。僕ぼくはここへ這入るはいる時じから、あの女おんながことによるとやって来きやしないかと心配しんぱいしていた。けれども今朝けさ君きみの話はなしを聞くきくまではよもやと思っおもっていた。僕ぼくはあの女おんなの病気びょうきに対したいしては責任せきにんがあるんだから……」
二十一にじゅういち
大阪おおさかへ着くつくとそのまま、友達ともだちといっしょに飲みのみに行っいったどこかの茶屋ちゃやで、三沢みさわは「あの女おんな」に会っかいったのである。
三沢みさわはその時じすでに暑さあつさのために胃いに変調へんちょうを感じかんじていた。
彼かれを強いつよいた五六ごろく人ひとの友達ともだちは、久しぶりひさしぶりだからという口実こうじつのもとに、彼かれを酔わよわせる事ことを御馳走ごちそうのように振舞っふるまった。
三沢みさわも宿命しゅくめいに従うしたがう柔順じゅうじゅんな人ひととして、いくらでも盃さかずきを重ねかさねた。
それでも胸むねの下したの所ところには絶えたえず不安ふあんな自覚じかくがあった。
ある時じは変へんな顔かおをして苦しくるしそうに生唾なまつばを呑み込んのみこんだ。
ちょうど彼かれの前まえに坐っすわっていた「あの女おんな」は、大阪おおさか言葉ことばで彼かれに薬くすりをやろうかと聞いきいた。
彼かれはジェムじぇむか何なんかを五六ごろく粒つぶ手の平てのひらへ載せのせて口くちのなかへ投げ込んなげこんだ。
すると入物いれものを受取っうけとった女おんなも同じおなじように白いしろい掌てのひらの上うえに小さなちいさな粒つぶを並べならべて口くちへ入れいれた。
三沢みさわは先刻せんこくから女おんなの倦怠けんたいそうな立居たちいに気きをつけていたので、御前ごぜんもどこか悪いわるいのかと聞いきいた。
女おんなは淋しさびしそうな笑いわらいを見せみせて、暑いあついせいか食慾しょくよくがちっとも進ますすまないので困っこまっていると答えこたえた。
ことにこの一いち週間しゅうかんは御飯ごはんが厭いやで、ただ氷こおりばかり呑んのんでいる、それも今いま呑んのんだかと思うおもうと、すぐまた食べたべたくなるんで、どうもしようがないと云っいった。
三沢みさわは女おんなに、それはおおかた胃いが悪いわるいのだろうから、どこかへ行っいって専門せんもんの大家おおやにでも見せみせたら好かろうよかろうと真面目まじめな忠告ちゅうこくをした。
女おんなも他ほかに聞くきくと胃病いびょうに違いないというから、好いよい医者いしゃに見せみせたいのだけれども家業かぎょうが家業かぎょうだからと後あとは云いいい渋っしぶっていた。
彼かれはその時じ女おんなから始めはじめてここの病院びょういんと院長いんちょうの名前なまえを聞いきいた。
「僕ぼくもそう云ういう所ところへちょっと入っはいってみようかな。どうも少しすこし変へんだ」 三沢みさわは冗談じょうだんとも本気ほんきともつかない調子ちょうしでこんな事ことを云っいって、女おんなから縁えん喜きでもないように眉まゆを寄せよせられた。
「それじゃまあたんと飲んのんでから後あとの事ことにしよう」と三沢みさわは彼かれの前まえにある盃さかずきをぐっと干しほして、それを女おんなの前まえに突き出しつきだした。
女おんなはおとなしく酌しゃくをした。
「君きみも飲むのむさ。飯めしは食えくえなくっても、酒さけなら飲めるのめるだろう」 彼かれは女おんなを前まえに引きつけひきつけてむやみに盃さかずきをやった。
女おんなも素直すなおにそれを受けうけた。
しかししまいには堪忍かんにんしてくれと云いいい出しだした。
それでもじっと坐っすわったまま席せきを立たたたなかった。
「酒さけを呑んのんで胃病いびょうの虫むしを殺せころせば、飯めしなんかすぐ喰えるくえる。呑まのまなくっちゃ駄目だめだ」 三沢みさわは自暴じぼうに酔っよいったあげく、乱暴らんぼうな言葉ことばまで使っつかって女おんなに酒さけを強いつよいた。
それでいて、己れおのれの胃いの中なかには、今いまにも爆発ばくはつしそうな苦しいくるしい塊かたまりが、うねりを打っうっていた。
*       *       *       *
自分じぶんは三沢みさわの話はなしをここまで聞いきいて慄りつとした。
何なんの必要ひつようがあって、彼かれは己おのれの肉体にくたいをそう残酷ざんこくに取扱っとりあつかったのだろう。
己れおのれは自業自得じごうじとくとしても、「あの女おんな」の弱いよわい身体しんたいをなんでそう無益むえきに苦めくるしめたものだろう。
「知らしらないんだ。向むかいは僕ぼくの身体しんたいを知らしらないし、僕ぼくはまたあの女おんなの身体しんたいを知らしらないんだ。周囲しゅういにいるものはまた我々われわれ二人ふたりの身体しんたいを知らしらないんだ。そればかりじゃない、僕ぼくもあの女おんなも自分じぶんで自分じぶんの身体しんたいが分らわからなかったんだ。その上うえ僕ぼくは自分じぶんの胃の腑いのふが忌々しくいまいましくってたまらなかった。それで酒さけの力ちからで一いちつ圧倒あっとうしてやろうと試みこころみたのだ。あの女おんなもことによると、そうかも知れしれない」 三沢みさわはこう云っいって暗然あんぜんとしていた。
二十二にじゅうに
「あの女おんな」は室むろの前まえを通っとおっても廊下ろうかからは顔かおの見えみえない位置いちに寝ねていた。
看護婦かんごふは入口いりぐちの柱はしらの傍そばへ寄っよって覗き込むのぞきこむようにすれば見えるみえると云っいって自分じぶんに教えおしえてくれたけれども自分じぶんにはそれをあえてするほどの勇気ゆうきがなかった。
附ふ添てんの看護婦かんごふは暑いあついせいか大概たいがいはその柱はしらにもたれて外そとの方ほうばかり見みていた。
それがまた看護婦かんごふとしては特別とくべつ器量きりょうが好いよいので、三沢みさわは時々ときどき不ふ平たいらな顔かおをして人ひとを馬鹿ばかにしているなどと云っいった。
彼かれの看護婦かんごふはまた別べつの意味いみからして、この美しいうつくしい看護婦かんごふを好くよく云わいわなかった。
病人びょうにんの世話せわをそっちのけにするとか、不親切ふしんせつだとか、京都きょうとに男おとこがあって、その男おとこから手紙てがみが来きたんで夢中むちゅうなんだとか、いろいろの事ことを探っさぐって来きては三沢みさわや自分じぶんに報告ほうこくした。
ある時じは病人びょうにんの便器べんきを差し込んさしこんだなり、引き出すひきだすのを忘れわすれてそのまま寝込んねこんでしまった怠慢たいまんさえあったと告げつげた。
実際じっさいこの美しいうつくしい看護婦かんごふが器量きりょうの優れすぐれている割合わりあいに義務ぎむを重んじおもんじなかった事ことは自分じぶん達とおるの眼めにもよく映っうつった。
「ありゃ取り換えとりかえてやらなくっちゃ、あの女おんなが可哀そうかわいそうだね」と三沢みさわは時々ときどき苦いにがい顔かおをした。
それでもその看護婦かんごふが入口いりぐちの柱はしらにもたれて、うとうとしていると、彼かれはわが室むろの中なかからその横顔よこがおをじっと見つめみつめている事ことがあった。
「あの女おんな」の病勢びょうせいもこっちの看護婦かんごふの口くちからよく洩れもれた。
――牛乳ぎゅうにゅうでも肉汁にくじゅうでも、どんな軽いかるい液体えきたいでも狂っくるった胃いがけっして受けつけうけつけない。
肝心かんじんの薬くすりさえ厭いやがって飲まのまない。
強いてしいて飲まのませると、すぐ戻しもどしてしまう。
「血ちは吐くはくかい」 三沢みさわはいつでもこう云っいって看護婦かんごふに反問はんもんした。
自分じぶんはその言葉ことばを聞くきくたびに不愉快ふゆかいな刺戟しげきを受けうけた。
「あの女おんな」の見舞みまい客きゃくは絶えたえずあった。
けれども外そとの室むろのように賑かにぎやかな話し声はなしごえはまるで聞こえきこえなかった。
自分じぶんは三沢みさわの室むろに寝ころんねころんで、「あの女おんな」の室むろを出でたり入っはいったりする島田しまだや銀杏返しぎんなんかえしの影かげをいくつとなく見みた。
中なかには眼めの覚めるさめるように派出はしゅつな模様もようの着物きものを着きているものもあったが、大抵たいていは素人しろうとに近いちかい地味じみな服装ふくそうで、こっそり来きてこっそり出でて行くいくのが多かっおおかった。
入口いりぐちであら姐ねえはんという感かん投なげ詞しを用いもちいたものもあったが、それはただの一遍いちぺんに過ぎすぎなかった。
それも廊下ろうかの端はしに洋傘ようがさを置いおいて室むろの中なかへ入るはいるや否いなや急きゅうに消えきえたように静かしずかになった。
「君きみはあの女おんなを見舞っみまってやったのか」と自分じぶんは三沢みさわに聞いきいた。
「いいや」と彼かれは答えこたえた。
「しかし見舞っみまってやる以上いじょうの心配しんぱいをしてやっている」「じゃ向うむこうでもまだ知らしらないんだね。君きみのここにいる事ことは」「知らしらないはずだ、看護婦かんごふでも云わいわない以上いじょうは。あの女おんなの入院にゅういんするとき僕ぼくはあの女おんなの顔かおを見みてはっと思っおもったが、向うむこうでは僕ぼくの方ほうを見みなかったから、多分たぶん知るしるまい」 三沢みさわは病院びょういんの二に階かいに「あの女おんな」の馴染客なじみきゃくがあって、それが「お前おまえ胃いのため、わしゃ腸ちょうのため、共ともに苦しむくるしむ酒さけのため」という都々逸どどいつを紙片しへんへ書いかいて、あの女おんなの所ところへ届けとどけた上うえ、出院しゅついんのとき袴はかま羽織はおりでわざわざ見舞みまいに来きた話はなしをして、何なんという馬鹿ばかだという顔つきかおつきをした。
「静かしずかにして、刺戟しげきのないようにしてやらなくっちゃいけない。室むろでもそっと入っはいって、そっと出でてやるのが当り前あたりまえだ」と彼かれは云っいった。
「ずいぶん静せいじゃないか」と自分じぶんは云っいった。
「病人びょうにんが口くちを利くきくのを厭いやがるからさ。悪いわるい証拠しょうこだ」と彼かれがまた云っいった。
二十三にじゅうさん
三沢みさわは「あの女おんな」の事ことを自分じぶんの予想よそう以上いじょうに詳しくくわしく知っしっていた。
そうして自分じぶんが病院びょういんに行くいくたびに、その話はなしを第だい一いちの問題もんだいとして持ち出しもちだした。
彼かれは自分じぶんのいない間まに得とくた「あの女おんな」の内状ないじょうを、あたかも彼かれと関係かんけいある婦人ふじんの内所ないしょ話はなしでも打ち明けるうちあけるごとくに語っごった。
そうしてそれらの知識ちしきを自分じぶんに与えるあたえるのを誇りほこりとするように見えみえた。
彼かれの語るかたるところによると「あの女おんな」はある芸者げいしゃ屋やの娘むすめ分ぶんとして大事だいじに取扱とりあつかいかわれる売子うりこであった。
虚弱きょじゃくな当人とうにんはまたそれを唯一ゆいいつの満足まんぞくと心得こころえて商売しょうばいに勉強べんきょうしていた。
ちっとやそっと身体しんたいが悪くわるくてもけっして休むやすむような横着おうちゃくはしなかった。
時たまときたま堪えこらえられないで床ゆかに就くづく場合ばあいでも、早くはやく御座敷ござしきに出でたい出でたいというのを口癖くちぐせにしていた。
……「今いまあの女おんなの室むろに来きているのは、その芸者げいしゃ屋やに古くふるくからいる下女げじょさ。名前なまえは下女げじょだけれど、古くふるくからいるんで、自然しぜん権力けんりょくがあるから、下女げじょらしくしちゃいない。まるで叔母おばさんか何なんぞのようだ。あの女おんなも下女げじょのいう事ことだけは素直すなおによく聞くきくので、厭いやがる薬くすりを呑まのませたり、わがままを云い募らいいつのらせないためには必要ひつような人間にんげんなんだ」 三沢みさわはすべてこういう内幕うちまくの出所しゅっしょをみんな彼かれの看護婦かんごふに帰しかえして、ことごとく彼女かのじょから聞いきいたように説明せつめいした。
けれども自分じぶんは少しすこしそこに疑わしいうたがわしい点てんを認めみとめないでもなかった。
自分じぶんは三沢みさわが便所べんじょへ行っいった留守るすに、看護婦かんごふを捕まえつかまえて、「三沢みさわはああ云っいってるが、僕ぼくのいないとき、あの女おんなの室むろへ行っいって話はなしでもするんじゃないか」と聞いきいて見みた。
看護婦かんごふは真面目まじめな顔かおをして「そんな事ことありゃしまへん」というような言葉ことばで、一口ひとくちに自分じぶんの疑いうたがいを否定ひていした。
彼女かのじょはそれからそういうお客おきゃくが見舞みまいに行っいったところで、身上しんじょう話はなしなどができるはずがないと弁解べんかいした。
そうして「あの女おんな」の病気びょうきがだんだん険悪けんあくの一方いっぽうへ落ち込んおちこんで行くいく心細いこころぼそい例れいを話しはなして聞かきかせた。
「あの女おんな」は嘔気おうきが止まやまないので、上うえから営養えいようの取りとりようがなくなって、昨日きのうとうとう滋養じよう浣腸かんちょうを試みこころみた。
しかしその結果けっかは思わしくおもわしくなかった。
少量しょうりょうの牛乳ぎゅうにゅうと鶏卵けいらんを混和こんわした単純たんじゅんな液体えきたいですら、衰弱すいじゃくを極めきわめたあの女おんなの腸ちょうには荷にが重じゅう過ぎるすぎると見えみえて予期よき通りとおり吸収きゅうしゅうされなかった。
看護婦かんごふはこれだけ語っごって、このくらい重いおもい病人びょうにんの室むろへ入っはいって、誰だれが悠々ゆうゆうと身上しんじょう話はなしなどを聞いきいていられるものかという顔かおをした。
自分じぶんも彼女かのじょの云ういうところが本当ほんとうだと思っおもった。
それで三沢みさわの事ことは忘れわすれて、ただ綺羅きらを着飾っきかざった流行りゅうこうの芸者げいしゃと、恐ろしいおそろしい病気びょうきに罹っかかった憐れんな若いわかい女おんなとを、黙っだまって心こころのうちに対照たいしょうした。
「あの女おんな」は器量きりょうと芸げいを売るうる御蔭みかげで、何なんとかいう芸者げいしゃ屋やの娘むすめ分ぶんになって家いえのものから大事だいじがられていた。
それを売るうる事ことができなくなった今いまでも、やはり今までいままで通りとおり宅たくのものから大事だいじがられるだろうか。
もし彼かれらの待遇たいぐうが、あの女おんなの病気びょうきと共ともにだんだん軽薄けいはくに変っかわって行くいくなら、毒どく悪わるな病やまいと苦戦くせんするあの女おんなの心こころはどのくらい心細いこころぼそいだろう。
どうせ芸妓げいぎ屋やの娘むすめ分ぶんになるくらいだから、生みの親うみのおやは身分みぶんのあるものでないにきまっている。
経済上けいざいじょうの余裕よゆうがなければ、どう心配しんぱいしたって役やくには立つたつまい。
自分じぶんはこんな事ことも考えかんがえた。
便所べんじょから帰っかえった三沢みさわに「あの女おんなの本当ほんとうの親おやはあるのか知っしってるか」と尋ねたずねて見みた。
二十四にじゅうよん
「あの女おんな」の本当ほんとうの母ははというのを、三沢みさわはたった一いち遍へん見みた事ことがあると語っごった。
「それもほんの後姿うしろすがただけさ」と彼かれはわざわざ断っことわった。
その母ははというのは自分じぶんの想像そうぞう通つう、あまり楽らくな身分みぶんの人ひとではなかったらしい。
やっとの思いおもいでさっぱりした身装しんそうをして出でて来るくるように見えみえた。
たまに来きてもさも気兼きがねらしくこそこそと来きていつの間まにか、また梯子段はしごだんを下りくだりて人ひとに気きのつかないように帰っかえって行くいくのだそうである。
「いくら親おやでも、ああなると遠慮えんりょができるんだね」と三沢みさわは云っいっていた。
「あの女おんな」の見舞みまい客きゃくはみんな女おんなであった。
しかも若いわかい女おんなが多数たすうを占めしめていた。
それがまた普通ふつうの令嬢れいじょうや細君さいくんと違っちがって、色香いろかを命いのちとする綺麗きれいな人ひとばかりなので、その中なかに交こうるこの母ははは、ただでさえ燻ぶりふすぶり過ぎすぎて地味じみなのである。
自分じぶんは年ねんを取っとった貧しひんしそうなこの母ははの後姿うしろすがたを想像そうぞうに描いえがいて暗にあんに憐れんを催しもよおした。
「親子おやこの情合じょうあいからいうと、娘むすめがあんな大病たいびょうに罹っかかったら、母ははたるものは朝晩あさばんともさぞ傍そばについていてやりたい気きがするだろうね。他人たにんの下女げじょが幅はばを利かしきかしていて、実際じっさいの親おやが他人たにん扱いあつかいにされるのは、見みていてもあまり好いよい心持こころもちじゃない」「いくら親おやでも仕方しかたがないんだよ。だいち傍そばにいてやるほどの時間じかんもなし、時間じかんがあっても入費にゅうひがないんだから」 自分じぶんは情ないなさけない気きがした。
ああ云ういう浮いういた家業かぎょうをする女おんなの平生へいぜいは羨ましいうらやましいほど派出はしゅつでも、いざ病気びょうきとなると、普通ふつうの人ひとよりも悲酸ひさんの程度ていどが一層いっそう甚だしいはなはだしいのではないかと考えかんがえた。
「旦那だんなが付いついていそうなものだがな」 三沢みさわの頭あたまもこの点てんだけは注意ちゅういが足りたりなかったと見えみえて、自分じぶんがこう不審ふしんを打っうったとき、彼かれは何なんの答こたえもなく黙っだまっていた。
あの女おんなに関しかんしていっさいの新しん智識ちしきを供給きょうきゅうする看護婦かんごふもそこへ行くいくと何なんの役やくにも立たたたなかった。
「あの女おんな」のか弱いかよわい身体しんたいは、その頃ころの暑さあつさでもどうかこうか持ちもち応えこたえていた。
三沢みさわと自分じぶんはそれをほとんど奇蹟きせきのごとくに語り合っかたりあった。
そのくせ両人りょうにんとも露骨ろこつを憚っはばかって、ついぞ柱はしらの影かげから室むろの中なかを覗いのぞいて見みた事ことがないので、現在げんざいの「あの女おんな」がどのくらい窶れやつれているかは空しいむなしい想像そうぞう画がに過ぎすぎなかった。
滋養じよう浣腸かんちょうさえ思わしくおもわしく行かいかなかったという報知ほうちが、自分じぶんら二人ふたりの耳みみに届いとどいた時じですら、三沢みさわの眼めには美しくうつくしく着飾っきかざった芸者げいしゃの姿すがたよりほかに映るうつるものはなかった。
自分じぶんの頭あたまにも、ただ血色けっしょくの悪くわるくない入院にゅういん前まえの「あの女おんな」の顔かおが描かえがかれるだけであった。
それで二人ふたり共ともあの女おんなはもうむずかしいだろうと話し合っはなしあっていた。
そうして実際じっさいは双方そうほう共とも死ぬしぬとは思わおもわなかったのである。
同時どうじにいろいろな患者かんじゃが病院びょういんを出でたり入っはいったりした。
ある晩ばん「あの女おんな」と同じおなじくらいな年輩ねんぱいの二に階かいにいる婦人ふじんが担架たんかで下したへ運ばはこばれて行っいった。
聞いきいて見るみると、今日きょう明日あすにも変へんがありそうな危険きけんなところを、付添つきそいの母ははが田舎いなかへ連れつれて帰るかえるのであった。
その母ははは三沢みさわの看護婦かんごふに、氷こおりばかりも二十にじゅう何円なんえんとかつかったと云っいって、どうしても退院たいいんするよりほかに途とがないとわが窮状きゅうじょうを仄かしほのめかしたそうである。
自分じぶんは三さん階かいの窓まどから、田舎いなかへ帰るかえる釣台つりだいを見下しみくだした。
釣台つりだいは暗くくらくて見えみえなかったが、用意よういの提灯ちょうちんの灯あかりはやがて動きうごき出しだした。
窓まどが高いたかいのと往来おうらいが狭いせまいので、灯あかりは谷たにの底そこをひそかに動いうごいて行くいくように見えみえた。
それが向うむこうの暗いくらい四つ角よつかどを曲っきょくってふっと消えきえた時じ、三沢みさわは自分じぶんを顧みかえりみて「帰り着くかえりつくまで持てもてば好いよいがな」と云っいった。
二十五にじゅうご
こんな悲酸ひさんな退院たいいんを余儀よぎなくされる患者かんじゃがあるかと思うおもうと、毎日まいにち子供こどもを負ぶっおぶって、廊下ろうかだの物もの見台けんだいだの他人たにんの室むろだのを、ぶらぶら廻っまわって歩くあるく呑気のんきな男おとこもあった。
「まるで病院びょういんを娯楽ごらく場ばのように思っおもってるんだね」「第一だいいちどっちが病人びょうにんなんだろう」 自分じぶん達とおるはおかしくもありまた不思議ふしぎでもあった。
看護婦かんごふに聞くきくと、負ぶっおぶっているのは叔父おじで、負ぶさっおぶさっているのは甥おいであった。
この甥おいが入院にゅういん当時とうじ骨ほねと皮かわばかりに瘠せやせていたのを叔父おじの丹精たんせい一いちつでこのくらい肥っふとったのだそうである。
叔父おじの商売しょうばいはめりやす屋やだとか云っいった。
いずれにしても金きんに困らこまらない人ひとなのだろう。
三沢みさわの一いち軒のきおいて隣となりにはまた変へんな患者かんじゃがいた。
手提てさげ鞄かばんなどを提げさげて、普通ふつうの人間にんげんの如くごとく平気へいきで出歩いであるいた。
時じには病院びょういんを空けるあける事ことさえあった。
帰っかえって来るくると素っ裸すっぱだか体からだになって、病院びょういんの飯めしを旨むねそうに食っしょくった。
そうして昨日きのうはちょっと神戸こうべまで行っいって来きましたなどと澄ましすましていた。
岐阜ぎふからわざわざ本願ほんがん寺参りてらまいりに京都きょうとまで出でて来きたついでに、夫婦ふうふ共ともこの病院びょういんに這入っはいったなり動かうごかないのもいた。
その夫婦ふうふものの室むろの床ゆかには後光ごこうの射ししゃした阿弥陀あみだ様ようの軸じくがかけてあった。
二人ふたり差向いさしむかいで気楽きらくそうに碁ごを打っうっている事こともあった。
それでも細君さいくんに聞くきくと、この春はる餅もちを食っしょくった時じ、血ちを猪口ちょこに一いち杯さかずき半はんほど吐いはいたから伴れつれて来きたのだともったいらしく云っいって聞かきかせた。
「あの女おんな」の看護婦かんごふは依然いぜんとして入口いりぐちの柱はしらに靠れもたれて、わが膝ひざを両手りょうてで抱いいだいている事ことが多かっおおかった。
こっちの看護婦かんごふはそれをまた器量きりょうを鼻はなへかけて、わざわざあんな人ひとの眼めに着くつく所ところへ出るでるのだと評しひょうしていた。
自分じぶんは「まさか」と云っいって弁護べんごする事こともあった。
けれども「あの女おんな」とその美しいうつくしい看護婦かんごふとの関係かんけいは、冷淡れいたんさ加減かげんの程度ていどにおいて、当初とうしょもその時じもあまり変りかわりがないように見えみえた。
自分じぶんは器量きりょう好しよしが二人ふたり寄っよって、我われ知らしらず互たがいに嫉みそねみ合うあうのだろうと説明せつめいした。
三沢みさわは、そうじゃない、大阪おおさかの看護婦かんごふは気位きぐらいが高いたかいから、芸者げいしゃなどを眼下がんかに見みて、始めはじめから相手あいてにならないんだ、それが冷淡れいたんの原因げんいんに違いないと主張しゅちょうした。
こう主張しゅちょうしながらも彼かれは別べつにこの看護婦かんごふを悪むにくむ様子ようすはなかった。
自分じぶんもこの女おんなに対したいしてさほど厭いやな感じかんじはもっていなかった。
醜いみにきい三沢みさわの付添いつきそいは「本間ほんまに器量きりょうの好いよいものは徳とくやな」と云っいった風かぜの、自分じぶん達とおるには変へんに響くひびく言葉ことばを使っつかって、二人ふたりを笑わわらわせた。
こんな周囲しゅういに取り囲まとりかこまれた三沢みさわは、身体しんたいの回復かいふくするに従っしたがって、「あの女おんな」に対するたいする興味きょうみを日ひに増し加えましくわえて行くいくように見えみえた。
自分じぶんがやむをえず興味きょうみという妙みょうな熟字じゅくじをここに用いるもちいるのは、彼かれの態度たいどが恋愛れんあいでもなければ、また全くまったくの親切しんせつでもなく、興味きょうみの二に字じで現すあらわすよりほかに、適切てきせつな文字もじがちょっと見当らみあたらないからである。
始めはじめて「あの女おんな」を控室ひかえしつで見みたときは、自分じぶんの興味きょうみも三沢みさわに譲らゆずらないくらい鋭かっするどかった。
けれども彼かれから「あの女おんな」の話はなしを聞かさきかされるや否いなや、主客しゅきゃくの別べつはすでについてしまった。
それからと云ういうもの、「あの女おんな」の噂うわさが出るでるたびに、彼かれはいつでも先輩せんぱいの態度たいどを取っとって自分じぶんに向っむかった。
自分じぶんも一時いちじは彼かれに釣り込まつりこまれて、当初とうしょの興味きょうみがだんだん研ぎ澄まさとぎすまされて行くいくような気分きぶんになった。
けれども客きゃくの位置いちに据えすえられた自分じぶんはそれほど長くながく興味きょうみの高潮たかしおを保ちたもち得とくなかった。
二十六にじゅうろく
自分じぶんの興味きょうみが強くつよくなった頃ころ、彼かれの興味きょうみは自分じぶんより一層いっそう強くつよくなった。
自分じぶんの興味きょうみがやや衰えおとろえかけると、彼かれの興味きょうみはますます強くつよくなって来きた。
彼かれは元来がんらいがぶっきらぼうの男おとこだけれども、胸むねの奥おくには人一倍ひといちばい優しいやさしい感情かんじょうをもっていた。
そうして何なんか事ことがあると急きゅうに熱するねっする癖くせがあった。
自分じぶんはすでに院内いんないをぶらぶらするほどに回復かいふくした彼かれが、なぜ「あの女おんな」の室むろへ入り込まはいりこまないかを不審ふしんに思っおもった。
彼かれはけっして自分じぶんのような羞恥しゅうち家いえではなかった。
同情どうじょうの言葉ことばをかけに、一遍いちぺん会っかいった「あの女おんな」の病室びょうしつへ見舞みまいに行くいくぐらいの事ことは、彼かれの性質せいしつから見みて何なんでもなかった。
自分じぶんは「そんなにあの女おんなが気きになるなら、直じかに行っいって、会っかいって慰めなぐさめてやれば好いよいじゃないか」とまで云っいった。
彼かれは「うん、実じつは行きいきたいのだが……」と渋っしぶっていた。
実際じっさいこれは彼かれの平生へいぜいにも似合わにあわない挨拶あいさつであった。
そうしてその意味いみは解らわからなかった。
解らわからなかったけれども、本当ほんとうは彼かれの行かいかない方ほうが、自分じぶんの希望きぼうであった。
ある時じ自分じぶんは「あの女おんな」の看護婦かんごふから――自分じぶんとこの美しいうつくしい看護婦かんごふとはいつの間まにか口くちを利くきくようになっていた。
もっともそれは彼女かのじょが例れいの柱はしらに倚りよりかかって、その前まえを通るとおる自分じぶんの顔かおを見上げるみあげるときに、時候じこうの挨拶あいさつを取換とりかえわすぐらいな程度ていどに過ぎすぎなかったけれども、――とにかくこの美しいうつくしい看護婦かんごふから自分じぶんは運勢うんせい早見はやみなんとかいう、玩具がんぐの占いうらないの本ほんみたようなものを借りかりて、三沢みさわの室むろでそれをやって遊んあそんだ。
これは赤あかと黒くろと両面りょうめんに塗り分けぬりわけた碁石ごいしのような丸くまるく平たいひらたいものをいくつか持っもって、それを眼めを眠っねむったまま畳たたみの上うえへ並べならべて置いおいて、赤あかがいくつ黒くろがいくつと後あとから勘定かんじょうするのである。
それからその数字すうじを一いちつは横よこへ、一いちつは竪たてに繰っくって、両方りょうほうが一いち点てんに会しかいしたところを本ほんで引いひいて見るみると、辻占つじうらのような文句もんくが出るでる事ことになっていた。
自分じぶんが眼めを閉じとじて、石いしを一いちつ一いちつ畳たたみの上うえに置いおいたとき、看護婦かんごふは赤あかがいくつ黒くろがいくつと云いいいながら占いうらないの文句もんくを繰っくってくれた。
すると、「この恋こいもし成就じょうじゅする時じは、大いにおおいに恥はじを掻くかく事ことあるべし」とあったので、彼女かのじょは読みよみながら吹き出しふきだした。
三沢みさわも笑っわらった。
「おい気きをつけなくっちゃいけないぜ」と云っいった。
三沢みさわはその前まえから「あの女おんな」の看護婦かんごふに自分じぶんが御辞儀ごじぎをするところが変へんだと云っいって、始終しじゅう自分じぶんに調ちょう戯たわむれっていたのである。
「君きみこそ少しすこし気きをつけるが好いよい」と自分じぶんは三沢みさわに竹箆たけべら返しかえしを喰わしくわしてやった。
すると三沢みさわは真面目まじめな顔かおをして「なぜ」と反問はんもんして来きた。
この場合ばあいこの強情ごうじょな男おとこにこれ以上いじょういうと、事ことが面倒めんどうになるから自分じぶんは黙っだまっていた。
実際じっさい自分じぶんは三沢みさわが「あの女おんな」の室むろへ出入でいりする気色けしきのないのを不審ふしんに思っおもっていたが一方いっぽうではまた彼かれの熱しねっしやすい性質せいしつを考えかんがえて、今までいままではとにかく、これから先さき彼かれがいつどう変へん返るかえるかも知れしれないと心配しんぱいした。
彼かれはすでに下したの洗面所せんめんしょまで行っいって、朝あさごとに顔かおを洗うあらうぐらいの気力きりょくを回復かいふくしていた。
「どうだもう好いよい加減かげんに退院たいいんしたら」 自分じぶんはこう勧めすすめて見みた。
そうして万一まんいち金銭きんせん上うえの関係かんけいで退院たいいんを躊躇ちゅうちょするようすが見えみえたら、彼かれが自宅じたくから取り寄せるとりよせる手間てまと時間じかんを省くはぶくため、自分じぶんが思い切っおもいきって一いちつ岡田おかだに相談そうだんして見ようみようとまで思っおもった。
三沢みさわは自分じぶんの云ういう事ことには何なんの返事へんじも与えあたえなかった。
かえって反対はんたいに「いったい君きみはいつ大阪おおさかを立つたつつもりだ」と聞いきいた。
二十七にじゅうなな
自分じぶんは二に日ひ前まえに天下てんか茶屋ちゃやのお兼けんさんから不意ふいの訪問ほうもんを受けうけた。
その結果けっかとしてこの間ま岡田おかだが電話でんわ口くちで自分じぶんに話しかけはなしかけた言葉ことばの意味いみをようやく知っしった。
だから自分じぶんはこの時じすでに一いち週間しゅうかん内うちに自分じぶんを驚かしおどろかして見せるみせるといった彼かれの予言よげんのために縛らしばられていた。
三沢みさわの病気びょうき、美しいうつくしい看護婦かんごふの顔かお、声こえも姿すがたも見えみえない若いわかい芸者げいしゃと、その人ひとの一時いちじ折合っおりあっている蒲団ふとんの上うえの狭いせまい生活せいかつ、――自分じぶんは単にたんにそれらばかりで大阪おおさかにぐずついているのではなかった。
詩人しじんの好きすきな言語げんごを借りかりて云えいえば、ある予言よげんの実現じつげんを期待きたいしつつ暑いあつい宿屋やどやに泊っとまっていたのである。
「僕ぼくにはそういう事情じじょうがあるんだから、もう少しすこしここに待っまっていなければならないのだ」と自分じぶんはおとなしく三沢みさわに答えこたえた。
すると三沢みさわは多少たしょう残念ざんねんそうな顔かおをした。
「じゃいっしょに海辺うみべへ行っいって静養せいようする訳わけにも行かいかないな」 三沢みさわは変へんな男おとこであった。
こっちが大事だいじがってやる間まは、向うむこうでいつでも跳ね返すはねかえすし、こっちが退こうしりぞこうとすると、急きゅうにまた他ほかの袂たもとを捕まえつかまえて放さはなさないし、と云っいった風かぜに気分きぶんの出入でいりが著るきるしく眼めに立ったった。
彼かれと自分じぶんとの交際こうさいは従来じゅうらいいつでもこういう消長しょうちょうを繰返しくりかえしつつ今日きょうに至っいたったのである。
「海岸かいがんへいっしょに行くいくつもりででもあったのか」と自分じぶんは念ねんを押しおして見みた。
「無いないでもなかった」と彼かれは遠くとおくの海岸かいがんを眼めの中なかに思い浮かべるおもいうかべるような風かぜをして答えこたえた。
この時じの彼かれの眼めには、実際じっさい「あの女おんな」も「あの女おんな」の看護婦かんごふもなく、ただ自分じぶんという友達ともだちがあるだけのように見えみえた。
自分じぶんはその日ひ快よくこころよく三沢みさわに別れわかれて宿やどへ帰っかえった。
しかし帰り路かえりみちに、その快よくこころよく別れるわかれる前まえの不愉快ふゆかいさも考えかんがえた。
自分じぶんは彼かれに病院びょういんを出ろでろと勧めすすめた、彼かれは自分じぶんにいつまで大阪おおさかにいるのだと尋ねたずねた。
上部じょうぶにあらわれた言葉ことばのやりとりはただこれだけに過ぎすぎなかった。
しかし三沢みさわも自分じぶんもそこに変へんな苦いにがい意味いみを味わっあじわった。
自分じぶんの「あの女おんな」に対するたいする興味きょうみは衰えおとろえたけれども自分じぶんはどうしても三沢みさわと「あの女おんな」とをそう懇意こんいにしたくなかった。
三沢みさわもまた、あの美しいうつくしい看護婦かんごふをどうする了簡りょうけんもない癖くせに、自分じぶんだけがだんだん彼女かのじょに近づいちかづいて行くいくのを見みて、平気へいきでいる訳わけには行かいかなかった。
そこに自分じぶん達とおるの心づかこころづかない暗闘あんとうがあった。
そこに持っもって生れうまれた人間にんげんのわがままと嫉妬しっとがあった。
そこに調和ちょうわにも衝突しょうとつにも発展はってんし得とくない、中心ちゅうしんを欠いかいた興味きょうみがあった。
要するようするにそこには性せいの争いあらそいがあったのである。
そうして両方りょうほう共ともそれを露骨ろこつに云ういう事ことができなかったのである。
自分じぶんは歩きあるきながら自分じぶんの卑怯ひきょうを恥じはじた。
同時どうじに三沢みさわの卑怯ひきょうを悪んにくんだ。
けれどもあさましい人間にんげんである以上いじょう、これから先さき何なん年ねん交際こうさいを重ねかさねても、この卑怯ひきょうを抜くぬく事ことはとうていできないんだという自覚じかくがあった。
自分じぶんはその時じ非常ひじょうに心細くこころぼそくなった。
かつ悲しくかなしくなった。
自分じぶんはその明日あす病院びょういんへ行っいって三沢みさわの顔かおを見るみるや否いなや、「もう退院たいいんは勧めすすめない」と断っことわった。
自分じぶんは手てを突いついて彼かれの前まえに自分じぶんの罪つみを詫びるわびる心持こころもちでこう云っいったのである。
すると三沢みさわは「いや僕ぼくもそうぐずぐずしてはいられない。君きみの忠告ちゅうこくに従っしたがっていよいよ出るでる事ことにした」と答えこたえた。
彼かれは今朝けさ院長いんちょうから退院たいいんの許可きょかを得とくた旨むねを話しはなして、「あまり動くうごくと悪いわるいそうだから寝台しんだいで東京とうきょうまで直行ちょっこうする事ことにした」と告げつげた。
自分じぶんはその突然とつぜんなのに驚いおどろいた。
二十八にじゅうはち
「どうしてまたそう急きゅうに退院たいいんする気きになったのか」 自分じぶんはこう聞いきいて見みないではいられなかった。
三沢みさわは自分じぶんの問もんに答えるこたえる前まえにじっと自分じぶんの顔かおを見みた。
自分じぶんはわが顔かおを通しとおして、わが心こころを読まよまれるような気きがした。
「別段べつだんこれという訳わけもないが、もう出るでる方ほうが好かろうよかろうと思っおもって……」 三沢みさわはこれぎり何になんにも云わいわなかった。
自分じぶんも黙っだまっているよりほかに仕方しかたがなかった。
二人ふたりはいつもより沈んしずんで相対そうたいしていた。
看護婦かんごふはすでに帰っかえった後あとなので、室むろの中なかはことに淋しかっさびしかった。
今までいままで蒲団ふとんの上うえに胡坐こざをかいていた彼かれは急きゅうに倒れるたおれるように仰あおぐ向むかいに寝ねた。
そうして上眼うわめを使っつかって窓まどの外そとを見みた。
外そとにはいつものように色いろの強いつよい青空あおぞらが、ぎらぎらする太陽たいようの熱ねつを一いち面めんに漲らしみなぎらしていた。
「おい君きみ」と彼かれはやがて云っいった。
「よく君きみの話すはなす例れいの男おとこね。あの男おとこは金きんを持っもっていないかね」 自分じぶんは固よりもとより岡田おかだの経済けいざい事情じじょうを知ろうしろうはずがなかった。
あの始末しまつ屋やの御ご兼けんさんの事ことを考えるかんがえると、金きんという言葉ことばを口くちから出すだすのも厭いやだった。
けれどもいざ三沢みさわの出院しゅついんとなれば、そのくらいな手数てすうは厭いやうまいと、昨日きのうすでに覚悟かくごをきめたところであった。
「節倹せっけん家いえだから少しすこしは持っもってるだろう」「少しすこしで好いよいから借りかりて来きてくれ」 自分じぶんは彼かれが退院たいいんするについて会計かいけいへ払うはらう入院にゅういん料りょうに困るこまるのだと思っおもった。
それでどのくらい不足ふそくなのかを確めたしかめた。
ところが事実じじつは案外あんがいであった。
「ここの払はらいと東京とうきょうへ帰るかえる旅費りょひぐらいはどうかこうか持っもっているんだ。それだけなら何なんも君きみを煩わすわずらわす必要ひつようはない」 彼かれは大したたいした物持ものもちの家いえに生れうまれた果報者かほうしゃでもなかったけれども、自分じぶんが一人息子ひとりむすこだけに、こういう点てんにかけると、自分じぶん達とおるよりよほど自由じゆうが利いきいた。
その上うえ母ははや親類しんるいのものから京都きょうとで買物かいものを頼またのまれたのを、新しいあたらしい道伴どうともができたためつい大阪おおさかまで乗り越しのりこして、いまだに手てを着けつけない金きんが余っよっていたのである。
「じゃただ用心ようじんのために持っもって行こういこうと云ういうんだね」「いや」と彼かれは急きゅうに云っいった。
「じゃどうするんだ」と自分じぶんは問いつめといつめた。
「どうしても僕ぼくの勝手かってだ。ただ借りかりてくれさえすれば好いよいんだ」 自分じぶんはまた腹はらが立ったった。
彼かれは自分じぶんをまるで他人たにん扱いあつかいにしているのである。
自分じぶんは憤として黙っだまっていた。
「怒っどっちゃいけない」と彼かれが云っいった。
「隠すかくすんじゃない、君きみに関係かんけいのない事ことを、わざと吹聴ふいちょうするように見えるみえるのが厭いやだから、知らしらせずにおこうと思っおもっただけだから」 自分じぶんはまだ黙っだまっていた。
彼かれは寝ねながら自分じぶんの顔かおを見上げみあげていた。
「そんなら話すはなすがね」と彼かれが云いいい出しだした。
「僕ぼくはまだあの女おんなを見舞っみまってやらない。向むかいでもそんな事ことは待ち受けまちうけてやしないだろうし、僕ぼくも必ずかならず見舞みまいに行かいかなければならないほどの義理ぎりはない。が、僕ぼくは何なんだかあの女おんなの病気びょうきを危険きけんにした本人ほんにんだという自覚じかくがどうしても退かしりぞかない。それでどっちが先さきへ退院たいいんするにしても、その間際まぎわに一度いちど会っかいっておきたいと始終しじゅう思っおもっていた。見舞みまいじゃない、詫わびまるためにだよ。気の毒きのどくな事ことをしたと一口ひとくち詫わびまればそれで好いよいんだ。けれどもただ詫わびまる訳わけにも行かいかないから、それで君きみに頼んたのんで見みたのだ。しかし君きみの方ほうの都合つごうが悪けれわるければ強いてしいてそうして貰わもらわないでもどうかなるだろう。宅たくへ電報でんぽうでもかけたら」
二十九にじゅうきゅう
自分じぶんは行こうがかり上うえ一応いちおう岡田おかだに当っあたって見るみる必要ひつようがあった。
宅たくへ電報でんぽうを打つうつという三沢みさわをちょっと待たしまたして、ふらりと病院びょういんの門もんを出でた。
岡田おかだの勤めつとめている会社かいしゃは、三沢みさわの室むろとは反対はんたいの方向ほうこうにあるので、彼かれの窓まどから眺めるながめる訳わけには行かいかないけれども、道程どうていからいうといくらもなかった。
それでも暑いあついので歩いあるいて行くいくうちに汗あせが背中せなかを濡らすぬらすほど出でた。
彼かれは自分じぶんの顔かおを見るみるや否いなや、さも久しぶりひさしぶりに会っかいった人ひとらしく「やっしばらく」と叫ぶさけぶように云っいった。
そうしてこれまでたびたび電話でんわで繰り返しくりかえした挨拶あいさつをまた新しくあたらしくまのあたり述べのべた。
自分じぶんと岡田おかだとは今いまでこそ少しすこし改まっあらたまった言葉ことば使しもするが、昔むかしを云えいえば、何なんの遠慮えんりょもない間柄あいだがらであった。
その頃ころは金きんも少しすこしは彼かれのために融通ゆうずうしてやった覚さとしがある。
自分じぶんは勇気ゆうきを鼓舞こぶするために、わざとその当時とうじの記憶きおくを呼起しよびおこしてかかった。
何になんにも知らしらない彼かれは、立ちたちながら元気げんきな声こえを出しだして、「どうです二郎じろうさん、僕ぼくの予言よげんは」と云っいった。
「どうかこうか一いち週間しゅうかんうちにあなたを驚かすおどろかす事ことができそうじゃありませんか」 自分じぶんは思い切っおもいきって、まず肝心かんじんの用事ようじを話しはなした。
彼かれは案外あんがいな顔かおをして聞いきいていたが、聞いきいてしまうとすぐ、「ようがす、そのくらいならどうでもします」と容易よういに引き受けひきうけてくれた。
彼かれは固よりもとよりその隠いん袋ふくろの中なかに入用にゅうようの金きんを持っもっていなかった。
「明日あすでも好いよいんでしょう」と聞いきいた。
自分じぶんはまた思い切っおもいきって、「できるなら今日きょう中なかに欲しいほしいんだ」と強いつよいた。
彼かれはちょっと当惑とうわくしたように見えみえた。
「じゃ仕方しかたがない迷惑めいわくでしょうけれども、手紙てがみを書きかきますから、宅たくへ持っもって行っいってお兼けんに渡しわたして下さいくださいませんか」 自分じぶんはこの事件じけんについてお兼けんさんと直接ちょくせつの交渉こうしょうはなるべく避けさけたかったけれども、この場合ばあいやむをえなかったので、岡田おかだの手紙てがみを懐ふところへ入れいれて、天下てんか茶屋ちゃやへ行っいった。
お兼けんさんは自分じぶんの声こえを聞くきくや否いなや上り口あがりぐちまで馳はせけ出しけだして来きて、「この御ご暑いあついのによくまあ」と驚いおどろいてくれた。
そうして、「さあどうぞ」を二三にさん返かえし繰返しくりかえしたが、自分じぶんは立ったったまま「少しすこし急ぎいそぎますから」と断っことわって、岡田おかだの手紙てがみを渡しわたした。
お兼けんさんは上り口あがりぐちに両膝りょうひざを突いついたなり封ふうを切っきった。
「どうもわざわざ恐れ入りおそれいりましたね。それではすぐ御ご伴ともをして参りまいりますから」とすぐ奥おくへ入っはいった。
奥おくでは用よう箪笥たんすの環かんの鳴るなる音おとがした。
自分じぶんはお兼けんさんと電車でんしゃの終点しゅうてんまでいっしょに乗っのって来きてそこで別れわかれた。
「では後ほどのちほど」と云いいいながらお兼けんさんは洋傘ようがさを開いひらいた。
自分じぶんはまた俥くるまを急がいそがして病院びょういんへ帰っかえった。
顔かおを洗っあらったり、身体しんたいを拭いぬぐいたり、しばらく三沢みさわと話しはなしているうちに、自分じぶんは待ち設けまちもうけた通りとおりお兼けんさんから病院びょういんの玄関げんかんまで呼び出さよびだされた。
お兼けんさんは帯おびの間まにある銀行ぎんこうの帳面ちょうづらを抜いぬいて、そこに挟んはさんであった札さつを自分じぶんの手ての上うえに乗せのせた。
「ではどうぞちょっと御ご改あらためためなすって」 自分じぶんは形式的けいしきてきにそれを勘定かんじょうした上うえ、「確かくに。――どうもとんだ御ご手数てすうをかけました。御ご暑いあついところを」と礼れいを述べのべた。
実際じっさい急いいそいだと見えみえてお兼けんさんは富士額ふじびたいの両脇りょうわきを、細かいこまかい汗あせの玉たまでじっとりと濡らしぬらしていた。
「どうです、ちっと上っのぼって涼んすずんでいらしったら」「いいえ今日きょうは急ぎいそぎますから、これで御免ごめんを蒙りこうむります。御ご病人びょうにんへどうぞよろしく。――でも結構けっこうでございましたね、早くはやく御ご退院たいいんになれて。一時いちじは宅たくでも大層たいそう心配しんぱい致しいたしまして、よく電話でんわで御ご様子ようすを伺っうかがったとか申しもうしておりましたが」 お兼けんさんはこんな愛想あいそを云いいいながら、また例れいのクリームくりーむ色いろの洋傘ようがさを開いひらいて帰っかえって行っいった。
三十さんじゅう
自分じぶんは少しすこし急き込んせきこんでいた。
紙幣しへいを握っにぎったまま段々だんだんを馳はせけ上るのぼるように三さん階かいまで来きた。
三沢みさわは平生へいぜいよりは落ちついおちついていなかった。
今いま火ひを点けつけたばかりの巻煙草まきたばこをいきなり灰吹はいふきの中なかに放り込んほうりこんで、ありがとうともいわずに、自分じぶんの手てから金きんを受取っうけとった。
自分じぶんは渡しわたした金きんの高こうを注意ちゅういして、「好いよいか」と聞いきいた。
それでも彼かれはただうんと云っいっただけである。
彼かれはじっと「あの女おんな」の室むろの方ほうを見つめみつめた。
時間じかんの具合ぐあいで、見舞みまいに来きたものの草履ぞうりは一足いっそくも廊下ろうかの端はしに脱ぎ棄てぬぎすててなかった。
平生へいぜいから静せい過ぎるすぎる室むろの中なかは、ことに寂寞じゃくまくとしていた。
例れいの美びくしい看護婦かんごふは相そう変らかわらず角かくの柱はしらに倚りよりかかって、産婆さんば学がくの本ほんか何なんか読んよんでいた。
「あの女おんなは寝ねているのかしら」 彼かれは「あの女おんな」の室むろへ入るはいるべき好機会こうきかいを見出しみだしながら、かえってその眠ねむりを妨げるさまたげるのを恐れるおそれるように見えみえた。
「寝ねているかも知れしれない」と自分じぶんも思っおもった。
しばらくして三沢みさわは小さなちいさな声こえで「あの看護婦かんごふに都合つごうを聞いきいて貰おうもらおうか」と云いいい出しだした。
彼かれはまだこの看護婦かんごふに口くちを利いきいた事ことがないというので、自分じぶんがその役やくを引受けひきうけなければならなかった。
看護婦かんごふは驚いおどろいたようなまたおかしいような顔かおをして自分じぶんを見みた。
けれどもすぐ自分じぶんの真面目まじめな態度たいどを認めみとめて、室むろの中なかへ入っはいって行っいった。
かと思うおもうと、二に分ぶんと経たへたないうちに笑いわらいながらまた出でて来きた。
そうして今いまちょうど気分きぶんの好いよいところだからお目めにかかれるという患者かんじゃの承諾しょうだくをもたらした。
三沢みさわは黙っだまって立ち上ったちのぼった。
彼かれは自分じぶんの顔かおも見みず、また看護婦かんごふの顔かおも見みず、黙っだまって立ったったなり、すっと「あの女おんな」の室むろの中なかへ姿すがたを隠しかくした。
自分じぶんは元もとの座ざに坐っすわって、ぼんやりその後影うしろかげを見送っみおくった。
彼かれの姿すがたが見えみえなくなってもやはり空そらに同じおなじ所ところを見つめみつめていた。
冷淡れいたんなのは看護婦かんごふであった。
ちょっと侮蔑ぶべつの微笑びしょうを唇くちびるの上うえに漂わただよわせて自分じぶんを見みたが、それなり元もとの通りとおり柱はしらに背せを倚せて、黙っだまって読みかけよみかけた書物しょもつをまた膝ひざの上うえにひろげ始めはじめた。
室むろの中なかは三沢みさわの入っはいった後あとも彼かれの入らはいらない前まえも同じおなじように静せいであった。
話し声はなしごえなどは無論むろん聞こえきこえなかった。
看護婦かんごふは時々ときどき不意ふいに眼めを上げあげて室むろの奥おくの方ほうを見みた。
けれども自分じぶんには何なんの相図あいずもせずに、すぐその眼めを頁ぺーじの上うえに落しおとした。
自分じぶんはこの三さん階かいの宵よいの間まに虫むしの音おとらしい涼しすずしさを聴いきいた例れいはあるが、昼ひるのうちにやかましい蝉せみの声こえはついぞ自分じぶんの耳みみに届いとどいた事ことがない。
自分じぶんのたった一人ひとりで坐っすわっている病室びょうしつはその時じ明かあきらかな太陽たいようの光ひかりを受けうけながら、真夜中まよなかよりもなお静かしずかであった。
自分じぶんはこの死んしんだような静かしずかさのために、かえって神経しんけいを焦らあせらつかせて、「あの女おんな」の室むろから三沢みさわの出るでるのを待ちまちかねた。
やがて三沢みさわはのっそりと出でて来きた。
室むろの敷居しきいを跨ぐまたぐ時じ、微笑びしょうしながら「御邪魔ごじゃまさま。大おお勉強べんきょうだね」と看護婦かんごふに挨拶あいさつする言葉ことばだけが自分じぶんの耳みみに入っはいった。
彼かれは上うえ草履ぞうりの音おとをわざとらしく高くたかく鳴らしならして、自分じぶんの室むろに入るはいるや否いなや、「やっと済んすんだ」と云っいった。
自分じぶんは「どうだった」と聞いきいた。
「やっと済んすんだ。これでもう出でても好いよい」 三沢みさわは同じおなじ言葉ことばを繰返すくりかえすだけで、その他ほかには何になんにも云わいわなかった。
自分じぶんもそれ以上いじょうは聞ききき得とくなかった。
ともかくも退院たいいんの手続てつづきを早くはやくする方ほうが便利べんりだと思っおもって、そこらに散らばっちらばっているものを片づけかたづけ始めはじめた。
三沢みさわも固よりもとよりじっとしてはいなかった。
三十一さんじゅういち
二人ふたりは俥くるまを雇っやとって病院びょういんを出でた。
先さきへ梶棒かじぼうを上げあげた三沢みさわの車夫しゃふが余りあまり威勢いせいよく馳はせけるので、自分じぶんは大きなおおきな声こえでそれを留めようとめようとした。
三沢みさわは後あとを振り向いふりむいて、手てを振っふった。
「大丈夫だいじょうぶ、大丈夫だいじょうぶ」と云ういうらしく聞こえきこえたから、自分じぶんもそれなりにして注意ちゅういはしなかった。
宿やどへ着いついたとき、彼かれは川縁かわぶちの欄干らんかんに両手りょうてを置いおいて、眼めの下したの広いひろい流りゅうをじっと眺めながめていた。
「どうした。心持こころもちでも悪いわるいか」と自分じぶんは後あとから聞いきいた。
彼かれは後あとを向かむかなかった。
けれども「いいや」と答えこたえた。
「ここへ来きてこの河かわを見るみるまでこの室むろの事ことをまるで忘れわすれていた」 そういって、彼かれは依然いぜんとして流れながれに向っむかっていた。
自分じぶんは彼かれをそのままにして、麻あさの座蒲団ざふとんの上うえに胡坐こざをかいた。
それでも待遠しいまちどおしいので、やがて袂たもとから敷島しきしまの袋ふくろを出しだして、煙草たばこを吸いすい始めはじめた。
その煙草たばこが三さん分ぶんの一いち煙けむりになった頃ころ、三沢みさわはようやく手摺てすりを離れはなれて自分じぶんの前まえへ来きて坐っすわった。
「病院びょういんで暮らしくらしたのも、つい昨日今日きのうきょうのようだが、考えかんがえて見るみると、もうだいぶんになるんだね」と云っいって指ゆびを折りおりながら、日数にっすうを勘定かんじょうし出しだした。
「三さん階かいの光景こうけいが当分とうぶん眼めを離れはなれないだろう」と自分じぶんは彼かれの顔かおを見みた。
「思いおもいも寄らよらない経験けいけんをした。これも何なんかの因縁いんねんだろう」と三沢みさわも自分じぶんの顔かおを見みた。
彼かれは手てを叩いたたいて、下女げじょを呼んよんで今夜こんやの急行列車きゅうこうれっしゃの寝台しんだいを注文ちゅうもんした。
それから時計とけいを出しだして、食事しょくじを済ましすました後あと、時間じかんにどのくらい余裕よゆうがあるかを見みた。
窮屈きゅうくつに馴れなれない二人ふたりはやがて転てんりと横よこになった。
「あの女おんなは癒りなおりそうなのか」「そうさな。事ことによると癒るなおるかも知れしれないが……」 下女げじょが誂えあつらえた水菓子みずかしを鉢ばちに盛っもって、梯子段はしごだんを上っのぼって来きたので、「あの女おんな」の話はなしはこれで切れきれてしまった。
自分じぶんは寝転んねころんだまま、水菓子みずかしを食っしょくった。
その間ま彼かれはただ自分じぶんの口くちの辺へんを見るみるばかりで、何事なにごとも云わいわなかった。
しまいにさも病人びょうにんらしい調子ちょうしで、「おれも食いくいたいな」と一言ひとこと云っいった。
先刻せんこくから浮かうきかない様子ようすを見みていた自分じぶんは、「構うかまうものか、食うくうが好いよい。食しょくえ食えくえ」と勧めすすめた。
三沢みさわは幸いさいわいにして自分じぶんが氷菓子ひょうかしを食わくわせまいとしたあの日ひの出来事できごとを忘れわすれていた。
彼かれはただ苦笑いにがわらいをして横よこを向いむかいた。
「いくら好よしみだって、悪いわるいと知りしりながら、無理むりに食わくわせられて、あの女おんなのようになっちゃ大変たいへんだからな」 彼かれは先刻せんこくから「あの女おんな」の事ことを考えかんがえているらしかった。
彼かれは今いまでも「あの女おんな」の事ことを考えかんがえているとしか思わおもわれなかった。
「あの女おんなは君きみを覚えおぼえていたかい」「覚えおぼえているさ。この間ま会っかいって、僕ぼくから無理むりに酒さけを呑まさのまされたばかりだもの」「恨んうらんでいたろう」 今までいままで横よこを向いむかいてそっぽへ口くちを利いきいていた三沢みさわは、この時じ急きゅうに顔かおを向け直しむけなおしてきっと正面しょうめんから自分じぶんを見みた。
その変化へんかに気きのついた自分じぶんはすぐ真面目まじめな顔かおをした。
けれども彼かれがあの女おんなの室むろに入っはいった時じ、二人ふたりの間まにどんな談話だんわが交換こうかんされたかについて、彼かれはついに何事なにごとをも語らかたらなかった。
「あの女おんなはことによると死ぬしぬかも知れしれない。死ねしねばもう会うあう機会きかいはない。万一まんいち癒るなおるとしても、やっぱり会うあう機会きかいはなかろう。妙みょうなものだね。人間にんげんの離合りごうというと大袈裟おおげさだが。それに僕ぼくから見れみれば実際じっさい離合りごうの感かんがあるんだからな。あの女おんなは今夜こんや僕ぼくの東京とうきょうへ帰るかえる事ことを知っしって、笑いわらいながら御機嫌ごきげんようと云っいった。僕ぼくはその淋しいさびしい笑わらいを、今夜こんや何なんだか汽車きしゃの中なかで夢ゆめに見みそうだ」
三十二さんじゅうに
三沢みさわはただこう云っいった。
そうして夢ゆめに見みない先さきからすでに「あの女おんな」の淋しいさびしい笑い顔わらいがおを眼めの前まえに浮べうかべているように見えみえた。
三沢みさわに感傷的かんしょうてきのところがあるのは自分じぶんもよく承知しょうちしていたが、単にたんにあれだけの関係かんけいで、これほどあの女おんなに動かさうごかされるのは不審ふしんであった。
自分じぶんは三沢みさわと「あの女おんな」が別れるわかれる時じ、どんな話はなしをしたか、詳しくくわしく聞いきいて見ようみようと思っおもって、少しすこし水みずを向けむけかけたが、何なんの効果こうかもなかった。
しかも彼かれの態度たいどが惜しいおしいものを半分はんぶん他ほかに配はいけてやると、半分はんぶん無くなるなくなるから厭いやだという風かぜに見えみえたので、自分じぶんはますます変へんな気持きもちがした。
「そろそろ出かけようでかけようか。夜よるの急行きゅうこうは込むごむから」ととうとう自分じぶんの方ほうで三沢みさわを促がすうながすようになった。
「まだ早いはやい」と三沢みさわは時計とけいを見せみせた。
なるほど汽車きしゃの出るでるまでにはまだ二に時間じかんばかり余っよっていた。
もう「あの女おんな」の事ことは聞くきくまいと決心けっしんした自分じぶんは、なるべく病院びょういんの名前なまえを口くちへ出さださずに、寝転びねころびながら彼かれと通りとおり一遍いちぺんの世間せけん話はなしを始めはじめた。
彼かれはその時じ人並ひとなみの受けうけ答こたえをした。
けれどもどこか調子ちょうしに乗らのらないところがあるので、何なんとなく不愉快ふゆかいそうに見えみえた。
それでも席せきは動かうごかなかった。
そうしてしまいには黙っだまって河かわの流れながればかり眺めながめていた。
「まだ考えかんがえている」と自分じぶんは大きなおおきな声こえを出しだしてわざと叫んさけんだ。
三沢みさわは驚いおどろいて自分じぶんを見みた。
彼かれはこういう場合ばあいにきっと、御前ごぜんはヴァルガーゔぁるがーだと云ういう眼つきめつきをして、一瞥いちべつの侮辱ぶじょくを自分じぶんに与えあたえなければ承知しょうちしなかったが、この時じに限っかぎってそんな様子ようすはちっとも見せみせなかった。
「うん考えかんがえている」と軽くかるく云っいった。
「君きみに打ち明けよううちあけようか、打ち明けうちあけまいかと迷っまよっていたところだ」と云っいった。
自分じぶんはその時じ彼かれから妙みょうな話はなしを聞いきいた。
そうしてその話はなしが直接ちょくせつ「あの女おんな」と何なんの関係かんけいもなかったのでなおさら意外いがいの感かんに打たうたれた。
今いまから五六ごろく年ねん前彼まえかれの父ちちがある知人ちじんの娘むすめを同じくおなじくある知人ちじんの家いえに嫁よめらした事ことがあった。
不幸ふこうにもその娘むすめさんはある纏綿てんめんした事情じじょうのために、一いち年ねん経つたつか経たへたないうちに、夫おっとの家いえを出るでる事ことになった。
けれどもそこにもまた複雑ふくざつな事情じじょうがあって、すぐわが家わがやに引取らひきとられて行くいく訳わけに行かいかなかった。
それで三沢みさわの父ちちが仲人なこうどという義理ぎり合あわせから当分とうぶんこの娘むすめさんを預かるあずかる事ことになった。
――三沢みさわはいったん嫁いよめいで出でて来きた女おんなを娘むすめさん娘むすめさんと云っいった。
「その娘むすめさんは余りあまり心配しんぱいしたためだろう、少しすこし精神せいしんに異状いじょうを呈していしていた。それは宅たくへ来るくる前まえか、あるいは来きてからかよく分らわからないが、とにかく宅たくのものが気きがついたのは来きてから少しすこし経っきょうってからだ。固よりもとより精神せいしんに異状いじょうを呈していしているには相違そういなかろうが、ちょっと見みたって少しすこしも分らわからない。ただ黙っだまって欝うつぎ込んこんでいるだけなんだから。ところがその娘むすめさんが……」 三沢みさわはここまで来きて少しすこし躊躇ちゅうちょした。
「その娘むすめさんがおかしな話はなしをするようだけれども、僕ぼくが外出がいしゅつするときっと玄関げんかんまで送っおくって出るでる。いくら隠れかくれて出ようでようとしてもきっと送っおくって出るでる。そうして必ずかならず、早くはやく帰っかえって来きてちょうだいねと云ういう。僕ぼくがええ早くはやく帰りかえりますからおとなしくして待っまっていらっしゃいと返事へんじをすれば合点がてん合点がてんをする。もし黙っだまっていると、早くはやく帰っかえって来きてちょうだいね、ね、と何度なんどでも繰返すくりかえす。僕ぼくは宅たくのものに対したいしてきまりが悪くわるくってしようがなかった。けれどもまたこの娘むすめさんが不憫ふびんでたまらなかった。だから外出がいしゅつしてもなるべく早くはやく帰るかえるように心がけこころがけていた。帰るかえるとその人ひとの傍そばへ行っいって、立ったったままただいまと一言ひとこと必ずかならず云ういう事ことにしていた」 三沢みさわはそこへ来きてまた時計とけいを見みた。
「まだ時間じかんはあるね」と云っいった。
三十三さんじゅうさん
その時じ自分じぶんはこれぎりでその娘むすめさんの話はなしを止めとめられてはと思っおもった。
幸いさいわいに時間じかんがまだだいぶあったので、自分じぶんの方ほうから何なんとも云わいわない先さきに彼かれはまた語りかたり続けつづけた。
「宅たくのものがその娘むすめさんの精神せいしんに異状いじょうがあるという事ことを明かあきらかに認めみとめ出しだしてからはまだよかったが、知らしらないうちは今いま云っいった通りとおり僕ぼくもその娘むすめさんの露骨ろこつなのにずいぶん弱らよわらせられた。父ちちや母ははは苦いにがい顔かおをする。台所だいどころのものはないしょでくすくす笑うわらう。僕ぼくは仕方しかたがないから、その娘むすめさんが僕ぼくを送っおくって玄関げんかんまで来きた時じ、烈しくはげしく怒りいかりつけてやろうかと思っおもって、二三にさん度ど後あとを振り返っふりかえって見みたが、顔かおを合せるあわせるや否いなや、怒るおこるどころか、邪慳じゃけんな言葉ことばなどは可哀そうかわいそうでとても口くちから出せだせなくなってしまった。その娘むすめさんは蒼いあおい色いろの美人びじんだった。そうして黒いくろい眉毛まゆげと黒いくろい大きなおおきな眸ひとみをもっていた。その黒いくろい眸ひとみは始終しじゅう遠くとおくの方ほうの夢ゆめを眺ているように恍惚こうこつと潤っうるおって、そこに何なんだか便びんのなさそうな憐れんを漂よわただよわせていた。僕ぼくが怒ろうおころうと思っおもってふり向くふりむくと、その娘むすめさんは玄関げんかんに膝ひざを突いついたなりあたかも自分じぶんの孤独こどくを訴えるうったえるように、その黒いくろい眸ひとみを僕ぼくに向けむけた。僕ぼくはそのたびに娘むすめさんから、こうして活きつきていてもたった一人ひとりで淋しくさびしくってたまらないから、どうぞ助けたすけて下さいくださいと袖そでに縋らすがられるように感じかんじた。――その眼めがだよ。その黒いくろい大きなおおきな眸ひとみが僕ぼくにそう訴えるうったえるのだよ」「君きみに惚れほれたのかな」と自分じぶんは三沢みさわに聞きききたくなった。
「それがさ。病人びょうにんの事ことだから恋愛れんあいなんだか病気びょうきなんだか、誰だれにも解るわかるはずがないさ」と三沢みさわは答えこたえた。
「色情狂しきじょうきょうっていうのは、そんなもんじゃないのかな」と自分じぶんはまた三沢みさわに聞いきいた。
三沢みさわは厭いやな顔かおをした。
「色情狂しきじょうきょうと云ういうのは、誰だれにでもしなだれかかるんじゃないか。その娘むすめさんはただ僕ぼくを玄関げんかんまで送っおくって出でて来きて、早くはやく帰っかえって来きてちょうだいねと云ういうだけなんだから違うちがうよ」「そうか」 自分じぶんのこの時じの返事へんじは全くまったく光沢こうたくがなさ過ぎすぎた。
「僕ぼくは病気びょうきでも何なんでも構わかまわないから、その娘むすめさんに思わおもわれたいのだ。少くすくなくとも僕ぼくの方ほうではそう解釈かいしゃくしていたいのだ」と三沢みさわは自分じぶんを見つめみつめて云っいった。
彼かれの顔面がんめんの筋肉きんにくはむしろ緊張きんちょうしていた。
「ところが事実じじつはどうもそうでないらしい。その娘むすめさんの片づいかたづいた先さきの旦那だんなというのが放蕩ほうとう家いえなのか交際家こうさいかなのか知らしらないが、何なんでも新婚しんこん早々はやばやたびたび家いえを空けあけたり、夜よる遅くおそく帰っかえったりして、その娘むすめさんの心こころをさんざん苛めいじめぬいたらしい。けれどもその娘むすめさんは一口ひとくちも夫おっとに対したいして自分じぶんの苦みにがみを言わいわずに我慢がまんしていたのだね。その時じの事ことが頭あたまに祟ったたっているから、離婚りこんになった後あとでも旦那だんなに云いいいたかった事ことを病気びょうきのせいで僕ぼくに云っいったのだそうだ。――けれども僕ぼくはそう信じしんじたくない。強いてしいてもそうでないと信じしんじていたい」「それほど君きみはその娘むすめさんが気きに入っはいってたのか」と自分じぶんはまた三沢みさわに聞いきいた。
「気きに入るはいるようになったのさ。病気びょうきが悪くわるくなればなるほど」「それから。――その娘むすめさんは」「死んしんだ。病院びょういんへ入っはいって」 自分じぶんは黙然もくぜんとした。
「君きみから退院たいいんを勧めすすめられた晩ばん、僕ぼくはその娘むすめさんの三さん回忌かいきを勘定かんじょうして見みて、単にたんにそのためだけでも帰りかえりたくなった」と三沢みさわは退院たいいんの動機どうきを説明せつめいして聞かきかせた。
自分じぶんはまだ黙っだまっていた。
「ああ肝心かんじんの事ことを忘れわすれた」とその時じ三沢みさわが叫んさけんだ。
自分じぶんは思わおもわず「何なんだ」と聞き返しききかえした。
「あの女おんなの顔かおがね、実じつはその娘むすめさんに好くよく似にているんだよ」 三沢みさわの口元くちもとには解っわかったろうと云ういう一種いっしゅの微笑びしょうが見えみえた。
二人ふたりはそれからじきに梅田うめだの停車場ていしゃじょうへ俥くるまを急がいそがした。
場内じょうないは急行きゅうこうを待つまつ乗客じょうきゃくですでにいっぱいになっていた。
二人ふたりは橋はしを向むかいへ渡っわたって上りのぼり列車れっしゃを待ち合わせまちあわせた。
列車れっしゃは十分じゅうふんと立たたたないうちに地ちを動かしうごかして来きた。
「また会おうあおう」 自分じぶんは「あの女おんな」のために、また「その娘むすめさん」のために三沢みさわの手てを固くかたく握っにぎった。
彼かれの姿すがたは列車れっしゃの音おとと共ともにたちまち暗中あんちゅうに消えきえた。
兄あに
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