行人

23/40

三

第 23 章
繰返しくりかえしていうが、我々われわれはこうして東京とうきょうへ帰っかえったのである。
東京とうきょうの宅たくは平生へいぜいの通りとおり別べつにこれと云っいって変っかわった様子ようすもなかった。
お貞おさださんは襷たすきを掛けかけて別条べつじょうなく働いはたらいていた。
彼女かのじょが手拭てぬぐいを被っかぶって洗濯せんたくをしている後姿うしろすがたを見みて、一段落いちだんらく置いおいた昔むかしのお貞おさださんを思いだしおもいだしたのは、帰っかえって二に日ひ目めの朝あさであった。
芳江よしえというのは兄あに夫婦ふうふの間まにできた一人っ子ひとりっこであった。
留守るすのうちはお重おしげが引受けひきうけて万事ばんじ世話せわをしていた。
芳江よしえは元来がんらい母ははや嫂ねーに馴ついなついていたが、いざとなると、お重おしげだけでも不自由ふじゆうを感じかんじないほど世話せわの焼けやけない子こであった。
自分じぶんはそれを嫂ねーの気性きしょうを受けうけて生れうまれたためか、そうでなければお重おしげの愛嬌あいきょうのあるためだと解釈かいしゃくしていた。
「お重おしげお前おまえのようなものがよくあの芳江よしえを預かるあずかる事ことができるね。さすがにやっぱり女おんなだなあ」と父ちちが云っいったら、お重おしげは膨れふくれた顔かおをして、「御ご父さんちちさんもずいぶんな方ほうね」と母ははにわざわざ訴えうったえに来きた話はなしを、汽車きしゃの中なかで聞いきいた。
自分じぶんは帰っかえってから一両日いちりょうじつして、彼女かのじょに、「お重おしげお前おまえを御ご父さんちちさんがやっぱり女おんなだなとおっしゃったって怒っどってるそうだね」と聞いきいた。
彼女かのじょは「怒っどったわ」と答えこたえたなり、父ちちの書斎しょさいの花瓶かびんの水みずを易えかえながら、乾いかわいた布巾ふきんで水みずを切っきっていた。
「まだ怒っどってるのかい」「まだってもう忘れわすれちまったわ。――綺麗きれいねこの花はなは何なんというんでしょう」「お重おしげしかし、女おんなだなあというのは、そりゃ賞めほめた言葉ことばだよ。女おんならしい親切しんせつな子こだというんだ。怒るおこる奴やつがあるもんか」「どうでもよくってよ」 お重おしげは帯おびで隠しかくした尻しりの辺へんを左右さゆうに振っふって、両手りょうてで花瓶かびんを持ちもちながら父ちちの居間いまの方ほうへ行っいった。
それが自分じぶんにはあたかも彼女かのじょが尻しりで怒どを見せみせているようでおかしかった。
芳江よしえは我々われわれが帰るかえるや否いなや、すぐお重おしげの手てから母ははと嫂ねーに引渡さひきわたされた。
二人ふたりは彼女かのじょを奪い合ううばいあうように抱いいだいたり下しおろしたりした。
自分じぶんの平生へいぜいから不思議ふしぎに思っおもっていたのは、この外見がいけん上うえ冷静れいせいな嫂ねーに、頑是がんぜない芳江よしえがよくあれほどに馴つきなつきえたものだという眼前がんぜんの事実じじつであった。
この眸ひとみの黒いくろい髪かみのたくさんある、そうして母ははの血ちを受けうけて人並ひとなみよりも蒼白いあおじろい頬ほおをした少女しょうじょは、馴れなれやすからざる彼女かのじょの母ははの後あとを、奇蹟きせきのごとく追っおって歩いあるいた。
それを嫂ねーは日本一にっぽんいちの誇ほこりとして、宅たく中なかの誰彼だれかれに見せびらかしみせびらかした。
ことに己おのれの夫おっとに対したいしては見せびらかすみせびらかすという意味いみを通り越しとおりこして、むしろ残酷ざんこくな敵てき打だをする風かぜにも取れとれた。
兄あには思索しさくに遠ざかるとおざかる事ことのできない読書家どくしょかとして、たいていは書斎しょさい裡りの人ひとであったので、いくら腹はらのうちでこの少女しょうじょを鍾愛しょうあいしても、鍾愛しょうあいの報酬ほうしゅうたる親しみしたしみの程度ていどははなはだ稀薄きはくなものであった。
感情的かんじょうてきな兄あにがそれを物もの足らあしらず思うおもうのも無理むりはなかった。
食卓しょくたくの上うえなどでそれが色いろに出るでる時じさえ兄あにの性質せいしつとしてはたまにはあった。
そうなるとほかのものよりお重おしげが承知しょうちしなかった。
「芳江よしえさんは御ご母さんははさん子こね。なぜ御ご父さんちちさんの側がわに行かいかないの」などと故意こいとらしく聞いきいた。
「だって……」と芳江よしえは云っいった。
「だってどうしたの」とお重おしげがまた聞いきいた。
「だって怖いこわいから」と芳江よしえはわざと小さなちいさな声こえで答えこたえた。
それがお重おしげにはなおさら忌々しくいまいましく聞こえるきこえるのであった。
「なに? 怖いこわいって? 誰だれが怖いこわいの?」 こんな問答もんどうがよく繰り返えさくりかえされて、時じには五ご分ぶんも十分じゅうふんも続いつづいた。
嫂ねーはこう云ういう場合ばあいに、けっして眉目びもくを動どうさなかった。
いつでも蒼いあおい頬ほおに微笑びしょうを見せみせながらどこまでも尋常じんじょうな応対おうたいをした。
しまいには父ちちや母ははが双方そうほうを宥めるなだめるために、兄あにから果物くだものを貰わもらわしたり、菓子かしを受け取らしうけとらしたりさせて、「さあそれで好いよい。御ご父さんちちさんから旨いうまいものをちょうだいして」とやっと御ご茶ちゃを濁すにごす事こともあった。
お重おしげはそれでも腹はらが癒えいえなそうに膨れふくれた頬ほおをみんなに見せみせた。
兄あには黙っだまって独りひとり書斎しょさいへ退くしりぞくのが常つねであった。
23/40