七
第 37 章
日曜には思い切って寝坊をする癖のついていた自分も、次の朝だけは割合に早く起きた。
飯を済まして新聞を読むと、その新聞が汽車を待ち合せる間に買って、せわしなく眼を通す時のように、何の見るところもないほど、つまらなく感ぜられた。
自分はすぐ新聞を棄てた。
しかし五六分経たないうちにまたそれを取り上げた。
自分は煙草を吸ったり、眼鏡の曇を丁寧に拭ったり、いろいろな所作をして、父の来るのを待ち受けた。
父は容易に来なかった。
自分は父の早起をよく承知していた。
彼の性急にも子供のうちから善く馴らされていた。
落ちつかない自分は、電話でもかけて、どうしたのかこっちから父の都合を聞いて見ようかと思った。
母に狎れ抜いた自分は、常から父を憚っていた。
けれども、本当の底を割って見ると、柔和しい母の方が、苛酷しい父よりはかえって怖かった。
自分は父に怒られたり小言を云われたりする時に、恐縮はしながらも、やっぱり男は男だと腹の中で思う事がたびたびあった。
けれどもこの場合はいつもと違っていた。
いくら父でもそう容易く高を括る訳に行かなかった。
電話をかけようとした自分はまたかけ得ずにしまった。
父はとうとう十時頃になってやって来た。
羽織袴で少しきまり過ぎた服装はしていたが、顔つきは存外穏かであった。
小さい時から彼の手元で育った自分は、事のあるかないかを彼の顔色からすぐ判断する功を積んでいた。
「もっと早くおいでだろうと思って先刻から待っていました」「おおかた床の中で待ってたんだろう。早いのはいくら早くっても驚かないが、御前に気の毒だからわざと遅く出かけたのさ」 父は自分の汲んで出した茶を、飲むように甞めるように、口の所へ持って行って、室の中をじろじろ見廻した。
室には机と本箱と火鉢があるだけであった。
「好い室だね」 父は自分達に対してもよくこんな愛嬌を云う男であった。
彼が長年社交のために用い慣れた言葉は、遠慮のない家庭にまで、いつか這入り込んで来た。
それほど枯れた御世辞だから、それが自分には他の「御早う」ぐらいにしか響かなかった。
彼は三尺の床を覗いてそこに掛けた幅物を眺め出した。
「ちょうど好いね」 その軸は特にここの床の間を飾るために自分が父から借りて来た小形の半切であった。
彼が「これなら持って行っても好い」と投げ出してくれただけあって、自分にはちょうど好くも何ともない変なものであった。
自分は苦笑してそれを眺めていた。
そこには薄墨で棒が一本筋違に書いてあった。
その上に「この棒ひとり動かず、さわれば動く」と賛がしてあった。
要するに絵とも字とも片のつかないつまらないものであった。
「御前は笑うがね。これでも渋いものだよ。立派な茶懸になるんだから」「誰でしたっけね書き手は」「それは分らないが、いずれ大徳寺か何か……」「そうそう」 父はそれで懸物の講釈を切り上げようとはしなかった。
大徳寺がどうの、黄檗がどうのと、自分にはまるで興味のない事を説明して聞かせた。
しまいに「この棒の意味が解るか」などと云って自分を悩ませた。