行人

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五

第 15 章
母ははと兄あに夫婦ふうふの滞在日数たいざいにっすうは存外ぞんがい少いすくないものであった。
まず市し内うちで二三にさん日ひ市し外そとで二三にさん日ひしめて一いち週間しゅうかん足らあしらずで東京とうきょうへ帰るかえる予定よていで出でて来きたらしかった。
「せめてもう少しすこしはいいでしょう。せっかくここまで出でていらしったんだから。また来るくるたって、そりゃ容易よういな事ことじゃありませんよ、億劫おっくうで」 こうは云ういうものの岡田おかだも、母ははの滞在たいざい中なか会社かいしゃの方ほうをまるで休んやすんで、毎日まいにち案内あんないばかりして歩けるあるけるほどの余裕よゆうは無論むろんなかった。
母ははも東京とうきょうの宅たくの事ことが気きにかかるように見えみえた。
自分じぶんに云わいわせると、母ははと兄あに夫婦ふうふというからしてがすでに妙みょうな組合せくみあわせであった。
本来ほんらいなら父ちちと母ははといっしょに来るくるとか、兄あにと嫂ねーだけが連立れんりつって避暑ひしょに出かけるでかけるとか、もしまたお貞おさださんの結婚けっこん問題もんだいが目的もくてきなら、当人とうにんの病気びょうきが癒るなおるのを待っまって、母ははなり父ちちなりが連れつれて来きて、早くはやく事ことを片づけかたづけてしまうとか、自然しぜんの予定よていは二に通りとおりも三さん通りとおりもあった。
それがこう変へんな形かたちになって現れあらわれたのはどういう訳わけだか、自分じぶんには始めはじめから呑み込めのみこめなかった。
母はははまたそれを胸むねの中なかに畳たたみ込んこんでいるという風かぜに見えみえた。
母ははばかりではない、兄あに夫婦ふうふもそこに気きがついているらしいところもあった。
佐野さのとの会見かいけんは型かたのごとく済んすんだ。
母ははも兄あにも岡田おかだに礼れいを述べのべていた。
岡田おかだの帰っかえった後あとでも両方りょうほう共とも佐野さのの批評ひひょうはしなかった。
もう事ことが極っきょくって批評ひひょうをする余地よちがないというようにも取れとれた。
結婚けっこんは年の暮としのくれに佐野さのが東京とうきょうへ出でて来るくる機会きかいを待っまって、式しきを挙げるあげるように相談そうだんが調っととのった。
自分じぶんは兄あにに、「おめでた過ぎるすぎるくらい事件じけんがどんどん進行しんこうして行くいく癖くせに、本人ほんにんがいっこう知らしらないんだから面白いおもしろい」と云っいった。
「当人とうにんは無論むろん知っしってるんだ」と兄あにが答えこたえた。
「大喜びおおよろこびだよ」と母ははが保証ほしょうした。
自分じぶんは一言ひとこともなかった。
しばらくしてから、「もっともこんな問題もんだいになると自分じぶんでどんどん進行しんこうさせる勇気ゆうきは日本にっぽんの婦人ふじんにあるまいからな」と云っいった。
兄あには黙っだまっていた。
嫂ねーは変へんな顔かおをして自分じぶんを見みた。
「女おんなだけじゃないよ。男おとこだって自分じぶん勝手にかってにむやみと進行しんこうされちゃ困りこまりますよ」と母ははは自分じぶんに注意ちゅういした。
すると兄あにが「いっそその方ほうが好いよいかも知れしれないね」と云っいった。
その云いいい方ほうが少しすこし冷れいか過ぎすぎたせいか、母ははは何なんだか厭いやな顔かおをした。
嫂ねーもまた変へんな顔かおをした。
けれども二人ふたりとも何なんとも云わいわなかった。
少しすこし経っきょうってから母はははようやく口くちを開いひらいた。
「でも貞ていだけでもきまってくれるとお母さんおははさんは大変たいへん楽らくな心持こころもちがするよ。後あとは重じゅうばかりだからね」「これもお父さんおちちさんの御蔭みかげさ」と兄あにが答えこたえた。
その時じ兄あにの唇くちびるに薄いうすい皮肉ひにくの影かげが動いうごいたのを、母ははは気きがつかなかった。
「全くまったくお父さんおちちさんの御蔭みかげに違いないよ。岡田おかだが今いまああやってるのと同じおなじ事ことさ」と母はははだいぶ満足まんぞくな体からだに見えみえた。
憐れあわれな母ははは父ちちが今いまでも社会的しゃかいてきに昔むかし通りとおりの勢力せいりょくをもっているとばかり信じしんじていた。
兄あには兄あにだけに、社会しゃかいから退隠たいいんしたと同様どうようの今いまの父ちちに、その半分はんぶんの影響えいきょうさえむずかしいと云ういう事ことを見破っみやぶっていた。
兄あにと同どう意見いけんの自分じぶんは、家族かぞく中なかぐるになって、佐野さのを瞞しだましているような気きがしてならなかった。
けれどもまた一方いっぽうから云えいえば、佐野さのは瞞さだまされてもしかるべきだという考えかんがえが始めはじめから頭あたまのどこかに引っかかっひっかかっていた。
とにかく会見かいけんは満足まんぞくのうちに済んすんだ。
兄あには暑いあついので脳のうに応えるこたえるとか云っいって、早くはやく大阪おおさかを立ち退くたちのく事ことを主張しゅちょうした。
自分じぶんは固よりもとより賛成さんせいであった。
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