行人

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十

第 40 章
座敷ざしきに這入っはいった時じ、母ははは自分じぶんの顔かおを見みて、「おや珍らしいめずらしいね」と云っいっただけであった。
自分じぶんはほとんど権柄けんぺいずくでここへ引っ張らひっぱられて来きながらも、途々と父ちちの情じょうをありがたく感じかんじていた。
そうして暗にあんに家いえに帰っかえってから母ははに会うあう瞬間しゅんかんの光景こうけいを予想よそうしていた。
その予想よそうがこの一言ひとことで打ち崩さうちくずされたのは案外あんがいであった。
父ちちは家内かないの誰だれにも打ち合せうちあわせをせずに、全くまったく自分じぶん一人ひとりの考えかんがえで、この不心得ふこころえな息子むすこに親切しんせつを尽しつくしてくれたのである。
お重おしげは逃げにげた飼犬かいいぬを見るみるような眼つきめつきで自分じぶんを見みた。
「そら迷子まいごが帰っかえって来きた」と云っいった。
嫂ねーはただ「いらっしゃい」と平生へいぜいの通り言葉とおりことば寡やもめな挨拶あいさつをした。
この間まの晩ばん一人ひとりで尋ねたずねて来きた事ことは、まるで忘れわすれてしまったという風かぜに見えみえた。
自分じぶんも人前ひとまえを憚っはばかって一口ひとくちもそれに触れふれなかった。
比較的ひかくてき陽気ようきなのは父ちちであった。
彼かれは多少たしょうの諧謔かいぎゃくと誇張こちょうとを交ぜまぜて、今日きょうどうして自分じぶんをおびき出しおびきだしたかを得意とくいらしく母ははやお重おしげに話しはなした。
おびき出すおびきだすという彼かれの言葉ことばが自分じぶんには仰山ぎょうさんでかつ滑稽こっけいに聞えきこえた。
「春はるになったから、皆みななもちっと陽気ようきにしなくっちゃいけない。この頃このごろのように黙っだまってばかりいちゃ、まるで幽霊屋敷ゆうれいやしきのようで、くさくさするだけだあね。桐畠きりばたけでさえ立派りっぱな家いえが建つたつ時節じせつじゃないか」 桐畠きりばたけというのは家いえのつい近所きんじょにある角かく地面じめんの名なであった。
そこへ住まうすまうと何なんか祟たたりがあるという昔むかしからの言い伝えいいつたえで、この間ままで空地あきちになっていたのを、この頃このごろになってようやく或るある人ひとが買い取っかいとって、大きなおおきな普請ふしんを始めはじめたのである。
父ちちは自分じぶんの家いえが第だい二にの桐畠きりばたけになるのを恐れおそれでもするように、活々かつと傍そばのものに話し掛けはなしかけた。
平生へいぜい彼かれの居馴染んいなじんだ室むろは、奥おくの二に間続きまつづきで、何なんか用ようがあると、母ははでも兄あにでも、そこへ呼び出さよびだされるのが例れいになっていたが、その日ひはいつもと違っちがって、彼かれは初めはじめから居間いまへは這入らはいらなかった。
ただ袴はかまと羽織はおりを脱ぎ棄てぬぎすてたなり、そこへ坐っすわったまま、長くながく自分じぶん達とおるを相手あいてに喋舌っしゃべっていた。
久しくひさしく住みすみ馴れなれた自分じぶんの家いえも、こうしてたまに来きて見るみると、多少たしょう忘れ物わすれものでも思い出すおもいだすような趣おもむきがあった。
出るでる時じはまだ寒かっさむかった。
座敷ざしきの硝子戸がらすとはたいてい二に重じゅうに鎖ささされて、庭にわの苔こけを残酷ざんこくに地面じめんから引きひき剥すはがす霜しもが一面いちめんに降っふっていた。
今いまはその外側そとがわの仕切しきりがことごとく戸袋とぶくろの中なかに収めおさめられてしまった。
内側うちがわも左右さゆうに開かひらかれていた。
許すゆるす限りかぎり家いえの中なかと大空おおぞらと続くつづくようにしてあった。
樹きも苔こけも石いしも自然しぜんから直接ちょくせつに眼めの中なかへ飛び込んとびこんで来きた。
すべてが出るでる時じと趣おもむきを異ことにしていた。
すべてが下宿げしゅくとも趣おもむきを異ことにしていた。
自分じぶんはこういう過去かこの記念きねんのなかに坐っすわって、久しぶりひさしぶりに父母ふぼや妹いもうとや嫂ねーといっしょに話はなしをした。
家族かぞくのうちでそこにいないものはただ兄あにだけであった。
その兄あにの名なは先刻せんこくからまだ一度いちども誰だれの会話かいわにも上らのぼらなかった。
自分じぶんはその日ひ彼かれがKさんの披露ひろう会かいに呼ばよばれたという事ことを聞いきいた。
自分じぶんは彼かれがその招待しょうたいに応じおうじたか、上野うえのへ出かけでかけたか、はたして留守るすであるかさえ知らしらなかった。
自分じぶんは自分じぶんの前まえにいる嫂ねーを見みて、彼女かのじょが披露ひろうの席せきに臨まのぞまないという事ことだけを確めたしかめた。
自分じぶんは兄あにの名なが話頭わとうに上らのぼらないのを苦くにした。
同時どうじに彼かれの名なが出でて来るくるのを憚っはばかった。
そうした心持こころもちでみんなの顔かおを見るみると、無邪気むじゃきな顔かおは一いちつもないように思えおもえた。
自分じぶんはしばらくしてお重おしげに「お重おしげお前おまえの室むろをちょっと御ご見せみせ。綺麗きれいになったって威張っいばってたから見みてやろう」と云っいった。
彼女かのじょは「当り前あたりまえよ、威張るいばるだけの事ことはあるんだから行っいって御覧ごらんなさい」と答えこたえた。
自分じぶんは下宿げしゅくをするまで朝夕あさゆう寝起きねおきをした、家中かちゅうで一番いちばん馴染なじめの深いぶかい、故このわが室むろを覗きのぞきに立ったった。
お重おしげは果してはたして後あとから随いしたがいて来きた。
十一じゅういち
彼女かのじょの室むろは自慢じまんするほど綺麗きれいにはなっていなかったけれども、自分じぶんの住みすみ荒しあらした昔むかしに比べるくらべると、どこかになまめいた匂いにおいが漂よっただよっていた。
自分じぶんは机つくえの前まえに敷いしいてある派出はしゅつな模様もようの座蒲団ざふとんの上うえに胡坐こざをかいて、「なるほど」と云いいいながらそこいらを見廻しみまわした。
机つくえの上うえには和製わせいのマジョリカまじょりか皿さらがあった。
薔薇ばらの造り花つくりばながセゼッション式しきの一いち輪わ瓶びんに挿しさしてあった。
白いしろい大きなおおきな百合ゆりを刺繍ししゅうにした壁飾りかべかざりが横手よこてにかけてあった。
「ハイカラはいからじゃないか」「ハイカラはいからよ」 お重おしげの澄ましすました顔かおには得意とくいの色いろが見えみえた。
自分じぶんはしばらくそこでお重おしげに調ちょう戯たわむれっていた。
五六ごろく分ぶんしてから彼女かのじょに「近頃ちかごろ兄さんあにさんはどうだい」とさも偶然ぐうぜんらしく問いかけといかけて見みた。
すると彼女かのじょは急きゅうに声こえを潜めひそめて、「そりゃ変へんなのよ」と答えこたえた。
彼女かのじょの性質せいしつは嫂ねーとは全くまったく反対はんたいなので、こう云ういう場合ばあいには大変たいへん都合つごうが好かっよかった。
いったん緒口いとぐちさえ見出せみだせば、あとはこっちで水みずを向けるむける必要ひつようも何なんもなかった。
隠すかくす事ことを知らしらない彼女かのじょは腹はらにある事ことをことごとく話しはなした。
黙っだまって聞いきいていた自分じぶんにもしまいには蒼蠅さばえいほどであった。
「つまり兄さんあにさんが家いえのものとあんまり口くちを利かりかないと云ういうんだろう」「ええそうよ」「じゃ僕ぼくの家いえを出でた時じと同じおなじ事ことじゃないか」「まあそうよ」 自分じぶんは失望しつぼうした。
考えかんがえながら、煙草たばこの灰はいをマジョリカまじょりか皿さらの中なかへ遠慮えんりょなくはたき落しはたきおとした。
お重おしげは厭いやな顔かおをした。
「それペンぺん皿さらよ。灰皿はいざらじゃないわよ」 自分じぶんは嫂ねーほどに頭あたまのできていないお重おしげから、何なんも得るうるところのないのを覚っさとって、また父ちちや母ははのいる座敷ざしきへ帰ろうかえろうとした時じ、突然とつぜん妙みょうな話はなしを彼女かのじょから聞いきいた。
その話はなしによると、兄あにはこの頃このごろテレパシーてれぱしーか何なんかを真面目まじめに研究けんきゅうしているらしかった。
彼かれはお重おしげを書斎しょさいの外そとに立たしたたしておいて、自分じぶんで自分じぶんの腕うでを抓っつねった後あと「お重おしげ、今いま兄さんあにさんはここを抓っつねったが、お前おまえの腕うでもそこが痛かっいたかったろう」と尋ねたずねたり、または室むろの中なかで茶碗ちゃわんの茶ちゃを自分じぶん一人ひとりで飲んのんでおきながら、「お重おしげお前おまえの咽喉のどは今いま何なんか飲むのむ時じのようにぐびぐび鳴りなりやしないか」と聞いきいたりしたそうである。
「妾めかけ説明せつめいを聞くきくまでは、きっと気きが変へんになったんだと思っおもって吃驚びっくりりしたわ。兄さんあにさんは後あとで仏蘭西ふらんすの何なんとかいう人ひとのやった実験じっけんだって教えおしえてくれたのよ。そうしてお前おまえは感受性かんじゅせいが鈍いにぶいから罹らかからないんだって云ういうのよ。妾めかけ嬉しかっうれしかったわ」「なぜ」「だってそんなものに罹るかかるのはコレラこれらに罹るかかるより厭いやだわ妾めかけ」「そんなに厭かいやかい」「きまってるじゃありませんか。だけど、気味きみが悪いわるいわね、いくら学問がくもんだってそんな事ことをしちゃ」 自分じぶんもおかしいうちに何なんだか気味きみの悪いわるい心持こころもちがした。
座敷ざしきへ帰っかえって来るくると、嫂ねーの姿すがたはもうそこに見えみえなかった。
父ちちと母ははは差し向いさしむかいになって小さなちいさな声こえで何なんか話し合っはなしあっていた。
その様子ようすが今しがたいましがた自分じぶん一人ひとりで家中かちゅうを陽気ようきにした賑やかにぎやかな人ひとの様子ようすとも見えみえなかった。
「ああ育てるそだてるつもりじゃなかったんだがね」という声こえが聞えきこえた。
「あれじゃ困りこまりますよ」という声こえも聞えきこえた。
十二じゅうに
自分じぶんはその席せきで父ちちと母ははから兄あにに関するかんする近況きんきょうの一般いっぱんを聞いきいた。
彼かれらの挙げあげた事実じじつは、お重おしげを通しとおして得とくた自分じぶんの知識ちしきに裏書うらがきをする以外いがい、別べつに新しいあたらしい何物なにものをも付け加えつけくわえなかったけれども、その様子ようすといい言葉ことばといい、いかにも兄あにの存在そんざいを苦くにしているらしく見えみえて、はなはだ痛々しかっいたいたしかった。
彼かれら(ことに母はは)は兄あに一人ひとりのために宅たく中なかの空気くうきが湿っぽくしめっぽくなるのを辛いつらいと云っいった。
尋常じんじょうの父母ふぼ以上いじょうにわが子こを愛しあいして来きたという自信じしんが、彼かれらの不平ふへいを一層いっそう濃くこく染めそめつけた。
彼かれらはわが子こからこれほど不愉快ふゆかいにされる因縁いんねんがないと暗にあんに主張しゅちょうしているらしく思わおもわれた。
したがって自分じぶんが彼かれらの前まえに坐っすわっている間ま、彼かれらは兄あにを云々うんぬんするほか、何人なんにんの上うえにも非難ひなんを加えくわえなかった。
平生へいぜいから兄あにに対するたいする嫂ねーの仕打しうちに飽き足らあきたらない顔かおを見せみせていた母ははでさえ、この時じは彼女かのじょについてついに一口ひとくちも訴えうったえがましい言葉ことばを洩らさもらさなかった。
彼かれらの不平ふへいのうちには、同情どうじょうから出るでる心配しんぱいも多量たりょうに籠っこもっていた。
彼かれらは兄あにの健康けんこうについて少すくなからぬ掛かかり念ねんをもっていた。
その健康けんこうに多少たしょう支配しはいされなければならない彼かれの精神せいしん状態じょうたいにも冷淡れいたんではあり得とくなかった。
要するようするに兄あにの未来みらいは彼かれらにとって、恐ろしいおそろしいXであった。
「どうしたものだろう」 これが相談そうだんの時じ必ずかならず繰り返さくりかえされべき言葉ことばであった。
実じつを云えいえば、一人一人ひとりひとり離れはなれている折おりですら、胸むねの中なかでぼんやり繰り返しくりかえして見るみるべき二人ふたりの言葉ことばであった。
「変人へんじんなんだから、今までいままでもよくこんな事ことがあったには有っあったんだが、変人へんじんだけにすぐ癒っなおったもんだがね。不思議ふしぎだよ今度こんどは」 兄あにの機嫌きげん買かいを子供こどものうちから知りしり抜いぬいている彼かれらにも、近頃ちかごろの兄あには不思議ふしぎだったのである。
陰欝いんうつな彼かれの調子ちょうしは、自分じぶんが下宿げしゅくする前後ぜんごから今日きょうまで少しすこしの晴間はれまなく続いつづいたのである。
そうしてそれがだんだん険悪けんあくの一方いっぽうに向っむかって真直まっすぐに進んすすんで行くいくのである。
「本当ほんとうに困っこまっちまうよ妾めかけだって。腹はらも立つたつが気の毒きのどくでもあるしね」 母ははは訴えるうったえるように自分じぶんを見みた。
自分じぶんは父ちちや母ははと相談そうだんのあげく、兄あにに旅行りょこうでも勧めすすめて見るみる事ことにした。
彼かれらが自分じぶん達とおるの手際てぎわではとても駄目だめだからというので、自分じぶんは兄あにと一番いちばん親密しんみつなHさんにそれを頼むたのむが好かろうよかろうと発議はつぎして二人ふたりの賛成さんせいを得とくた。
しかしその頼みたのみ役やくには是非ぜひ共とも自分じぶんが立たたたなければ済ますまなかった。
春休みはるやすみにはまだ一いち週間しゅうかんあった。
けれども学校がっこうの講義こうぎはもうそろそろしまいになる日ひ取とりであった。
頼んたのんで見るみるとすれば、早くはやくしなければ都合つごうが悪かっわるかった。
「じゃ二三にさん日ひうちに三沢みさわの所ところへ行っいって三沢みさわからでも話しはなして貰うもらうかまた様子ようすによったら僕ぼくがじかに行っいって話すはなすか、どっちかにしましょう」 Hさんとそれほど懇意こんいでない自分じぶんは、どうしても途中とちゅうに三沢みさわを置くおく必要ひつようがあった。
三沢みさわは在学中ざいがくちゅうHさんを保証人ほしょうにんにしていた。
学校がっこうを出でてからもほとんど家族かぞくの一人ひとりのごとく始終しじゅうそこへ出入でいりしていた。
帰りがけかえりがけに挨拶あいさつをしようと思っおもって、ちょっと嫂ねーの室むろを覗いのぞいたら、嫂ねーは芳江よしえを前まえに置いおいて裸はだか人形にんぎょうに美しいうつくしい着物きものを着せきせてやっていた。
「芳江よしえ大変たいへん大きくおおきくなったね」 自分じぶんは芳江よしえの頭あたまへ立ちたちながら手てをかけた。
芳江よしえはしばらく顔かおを見みなかった叔父おじに突然とつぜん綾りょうされたので、少しすこしはにかんだように唇くちびるを曲げまげて笑っわらっていた。
門もんを出るでる時じはかれこれ五ご時じに近かっちかかったが、兄あにはまだ上野うえのから帰らかえらなかった。
父ちちは久しぶりひさしぶりだから飯めしでも食っしょくって彼かれに会っかいって行けいけと云っいったが、自分じぶんはとうとうそれまで腰こしを据えすえていられなかった。
十三じゅうさん
翌日よくじつ自分じぶんは事務所じむしょの帰りがけかえりがけに三沢みさわを尋ねたずねた。
ちょうど髪かみを刈りがりに今しがたいましがた出かけでかけたところだというので、自分じぶんは遠慮えんりょなく上り込んあがりこんで彼かれを待つまつ事ことにした。
「この両りょう三さん日ひはめっきりお暖かあたたかになりました。もうそろそろ花はなも咲くさくでございましょう」 主人しゅじんの帰るかえる間座まざ敷しきへ出でた彼かれの母ははは、いつもの通りとおり丁寧ていねいな言葉ことばで自分じぶんに話し掛けはなしかけた。
彼かれの室むろは例れいのごとく絵えだのスケッチすけっちだので鼻はなを突きつきそうであった。
中なかには額縁がくぶちも何になんにもない裸はだかのままを、ピンぴんで壁かべの上うえへじかに貼り付けはりつけたのもあった。
「何なんだか存じぞんじませんが、好よしみだものでございますから、むやみと貼散らかしちらかしまして」と彼かれの母ははは弁解べんかいがましく云っいった。
自分じぶんは横手よこての本棚ほんだなの上うえに、丸いまりい壺つぼと並べならべて置いおいてあった一いち枚ばいの油絵あぶらえに眼めを着けつけた。
それには女おんなの首くびが描いえがいてあった。
その女おんなは黒いくろい大きなおおきな眼めをもっていた。
そうしてその黒いくろい眼めの柔かにこやかに湿っしめったぼんやりしさ加減かげんが、夢ゆめのような匂においを画幅がふく全体ぜんたいに漂わしただよわしていた。
自分じぶんはじっとそれを眺めながめていた。
彼かれの母ははは苦笑くしょうして自分じぶんを顧みかえりみた。
「あれもこの間まいたずらに描きえがきましたので」 三沢みさわは画がの上手じょうずな男おとこであった。
職業柄しょくぎょうがら自分じぶんも画がの具ぐを使うつかう道みちぐらいは心得こころえていたが、芸術的げいじゅつてきの素質そしつを饒かにもっている点てんにおいて、自分じぶんはとうてい彼かれの敵てきではなかった。
自分じぶんはこの画がを見るみると共ともに可憐かれんなオフィリヤおふぃりやを連想れんそうした。
「面白いおもしろいです」と云っいった。
「写真しゃしんを台だいにして描いえがいたんだから気分きぶんがよく出でない、いっそ生きいきてるうちに描かしえがかして貰えもらえば好かっよかったなんて申しもうしておりました。不幸ふこうな方ほうで、二三にさん年ねん前まえに亡くなりなくなりました。せっかく御世話ごせわをして上げあげた御ご嫁入よめいり先さきも不縁ふえんでね、あなた」 油絵あぶらえのモデルもでるは三沢みさわのいわゆる出戻りでもどりの御嬢ごじょうさんであった。
彼かれの母ははは自分じぶんの聞かきかない先きさきに、彼女かのじょについていろいろと語っごった。
けれども女おんなと三沢みさわとの関係かんけいは一言ひとことも口くちにしなかった。
女おんなの精神病せいしんびょうに罹っかかった事ことにもまるで触れふれなかった。
自分じぶんもそれを聞くきく気きは起らおこらなかった。
かえって話頭わとうをこっちで切り上げるきりあげるようにした。
問題もんだいは彼女かのじょを離れるはなれるとすぐ三沢みさわの結婚けっこん談だんに移っうつって行っいった。
彼かれの母ははは嬉しうれしそうであった。
「あれもいろいろ御ご心配しんぱいをかけましたが、今度こんどようやくきまりまして……」 この間ま三沢みさわから受取っうけとった手紙てがみに、少しすこし一身上いちしんじょうの事ことについて、君きみに話はなしがあるからそのうち是非ぜひ行くいくと書いかいてあったのが、この話はなしでやっと悟れさとれた。
自分じぶんは彼かれの母ははに対したいして、ただ人並ひとなみの祝意しゅくいを表しあらわしておいたが、心こころのうちではその嫁よめになる人ひとは、はたしてこの油絵あぶらえに描いえがいてある女おんなのように、黒いくろい大きなおおきな滴るしたたるほどに潤っうるおった眼めをもっているだろうか、それが何なんより先さきに確めたしかめて見みたかった。
三沢みさわは思っおもったほど早くはやく帰らかえらなかった。
彼かれの母はははおおかた帰りがけかえりがけに湯ゆにでも行っいったのだろうと云っいって、何なんなら見せみせにやろうかと聞いきいたが、自分じぶんはそれを断っことわった。
しかし彼女かのじょに対するたいする自分じぶんの話はなしは、気の毒きのどくなほど実じつが入らはいらなかった。
三沢みさわにどうだろうと云っいった自分じぶんの妹いもうとのお重おしげは、まだどこへ行くいくともきまらずにぐずぐずしている。
そういう自分じぶんもお重おしげと同じおなじ事ことである。
せっかく身みの堅けんまった兄あにと嫂ねーは折り合わおりあわずにいる。
――こんな事ことを対照たいしょうして考えるかんがえると、自分じぶんはどうしても快活かいかつになれなかった。
十四じゅうよん
そのうち三沢みさわが帰っかえって来きた。
近頃ちかごろは身体しんたいの具合ぐあいが好いよいと見えみえて、髪かみを刈っかって湯ゆに入っはいった後あとの彼かれの血色けっしょくは、ことにつやつやしかった。
健康けんこうと幸福こうふく、自分じぶんの前まえに胡坐こざをかいた彼かれの顔かおはたしかにこの二につのものを物語っものがたりっていた。
彼かれの言語げんご態度たいどもまたそれに匹敵ひってきして陽気ようきであった。
自分じぶんの持っもって来きた不愉快ふゆかいな話はなしを、突然とつぜんと切り出すきりだすには余りあまりに快活かいかつすぎた。
「君きみどうかしたか」 彼かれの母ははが席せきを立ったって二人ふたり差向いさしむかいになった時じ、彼かれはこう問いかけといかけた。
自分じぶんは渋りしぶりながら、兄あにの近況きんきょうを彼かれに訴えうったえなければならなかった。
その兄あにを勧めすすめて旅行りょこうさせるように、彼かれからHさんに頼んたのんでくれと云わいわなければならなかった。
「父ちちや母ははが心配しんぱいするのをただ黙っだまって見みているのも気の毒きのどくだから」 この最後さいごの言葉ことばを聞くきくまで、彼かれはもっともらしく腕組うでぐみをして自分じぶんの膝頭ひざがしらを眺めながめていた。
「じゃ君きみといっしょに行こういこうじゃないか。いっしょの方ほうが僕ぼく一人ひとりより好かろうよかろう、精しいくわしい話はなしができて」 三沢みさわにそれだけの好意こういがあれば、自分じぶんに取っとっても、それに越しこした都合つごうはなかった。
彼かれは着物きものを着換きがえると云っいってすぐ座ざを起っおこったが、しばらくするとまた襖ふすまの陰かげから顔かおを出しだして、「君きみ、母ははが久しぶりひさしぶりだから君きみに飯めしを食わくわせたいって今いま支度したくをしているところなんだがね」と云っいった。
自分じぶんは落ちついおちついて馳走ちそうを受けるうける気分きぶんをもっていなかった。
しかしそれを断っことわったにしたところで、飯めしはどこかで食わくわなければならなかった。
自分じぶんは瞹眛な返事へんじをして、早くはやく立ちたちたいような気きのする尻しりを元もとの席せきに据えすえていた。
そうして本棚ほんだなの上うえに載せのせてある女おんなの首くびをちょいちょい眺めながめた。
「どうも何になんにもございませんのに、御ご引留めひきとめ申しもうしましてさぞ御ご迷惑めいわくでございましたろう。ほんの有合せありあわせで」 三沢みさわの母ははは召使めしつかいに膳ぜんを運ばはこばせながらまた座敷ざしきへ顔かおを出しだした。
膳ぜんの端はしには古ふるそうに見えるみえる九谷焼くたにやきの猪口ちょこが載せのせてあった。
それでも三沢みさわといっしょに出でたのは思っおもったより早かっはやかった。
電車でんしゃを降りふりて五六ごろく丁てい歩あゆみるいて、Hさんの応接間おうせつかんに通っとおった時じ、時計とけいを見みたらまだ八はち時じであった。
Hさんは銘仙めいせんの着物きものに白いしろい縮緬ちりめんの兵児帯へこおびをぐるぐる巻きつけまきつけたまま、椅子いすの上うえに胡坐こざをかいて、「珍らしいめずらしいお客さんおきゃくさんを連れつれて来きたね」と三沢みさわに云っいった。
丸いまりい顔かおと丸いまりい五ご分ぶん刈かりの頭あたまをもった彼かれは、支那しな人ひとのようにでくでく肥っふとっていた。
話しはなしぶりも支那しな人ひとが慣れなれない日本語にっぽんごを操みさおつる時じのように、鈍かっにぶかった。
そうして口くちを開くひらくたびに、肉にくの多いおおい頬ほおが動くうごくので、始終しじゅうにこにこしているように見えみえた。
彼かれの性質せいしつは彼かれの態度たいどの示すしめす通りとおり鷹揚おうようなものであった。
彼かれは比較的ひかくてき堅固けんごでない椅子いすの上うえに、わざわざ両足りょうあしを載せのせて胡坐こざをかいたなり、傍そばから見るみるとさも窮屈きゅうくつそうな姿勢しせいの下したに、夷えびす然さとして落ちついおちついていた。
兄あにとはほとんど正反対せいはんたいなこの様子ようすなり気風きふうなりが、かえって兄あにと彼かれとを結びつけるむすびつける一種いっしゅの力ちからになっていた。
何になんにも逆らわさからわない彼かれの前まえには、兄あにも逆らうさからう気きが出でなかったのだろう。
自分じぶんはHさんの悪口わるぐちを云ういう兄あにの言葉ことばを、今までいままでついぞ一度いちども聞いきいた事ことがなかった。
「兄さんあにさんは相そう変らかわらず勉強べんきょうですか。ああ勉強べんきょうしてはいけないね」 悠長ゆうちょうな彼かれはこう云っいって自分じぶんの吐いはいた煙草たばこの煙けむりを眺めながめていた。
十五じゅうご
やがて用事ようじが三沢みさわの口くちから切り出さきりだされた。
自分じぶんはすぐその後そのあとに随いしたがいて主要しゅような点てんを説明せつめいした。
Hさんは首くびを捻っひねった。
「そりゃ少しすこし妙みょうですね、そんなはずはなさそうだがね」 彼かれの不審ふしんはけっして偽にせとは見えみえなかった。
彼かれは昨日きのうKの結婚けっこん披露ひろうに兄あにと精養軒せいようけんで会っかいった。
そこを出るでる時じにもいっしょに出でた。
話はなしが途切れとぎれないので、浮うきか浮うきかと二人ふたり連立れんりつって歩いあるいた。
しまいに兄あにが疲れつかれたといった。
Hさんは自分じぶんの家いえに兄あにを引張っひっぱって行っいった。
「兄さんあにさんはここで晩飯ばんめしを食っしょくったくらいなんだからね。どうも少しすこしも不断ふだんと違っちがったところはないようでしたよ」 わがままに育っそだった兄あには、平生へいぜいから家いえで気むずかしいきむずかしい癖くせに、外そとでは至極しごく穏かおだやかであった。
しかしそれは昔むかしの兄あにであった。
今いまの彼かれを、ただ我儘わがままの二に字じで説明せつめいするのは余りあまりに単純たんじゅん過ぎすぎた。
自分じぶんはやむをえずその時じ兄あにがHさんに向っむかって重じゅうにどんな話はなしをしたか、差支えさしつかえない限りかぎりそれを聞こうきこうと試みこころみた。
「なに別べつに家庭かていの事ことなんか一口ひとくちも云やいやしませんよ」 これも嘘うそではなかった。
記憶きおくの好いよいHさんは、その時じの話題わだいを明瞭めいりょうに覚えおぼえていて、それを最ももっとも淡泊たんぱくな態度たいどで話しはなしてくれた。
兄あにはその時じしきりに死しというものについて云々うんぬんしたそうである。
彼かれは英吉利いぎりすや亜米利加あめりかで流行るはやる死後しごの研究けんきゅうという題目だいもくに興味きょうみをもって、だいぶその方面ほうめんを調べしらべたそうである。
けれども、どれもこれも彼かれには不満足ふまんぞくだと云っいったそうである。
彼かれはメーテルリンクめーてるりんくの論文ろんぶんも読んよんで見みたが、やはり普通ふつうのスピリチュアリズムすぴりちゅありずむと同じおなじようにつまらんものだと嘆息たんそくしたそうである。
兄あにに関するかんするHさんの話はなしは、すべて学問がくもんとか研究けんきゅうとかいう側がわばかりに限らかぎられていた。
Hさんは兄あにの本領ほんりょうとしてそれを当然とうぜんのごとくに思っおもっているらしかった。
けれども聞いきいている自分じぶんは、どうしてもこの兄あにと家庭かていの兄あにとを二につに切り離しきりはなして考えるかんがえる訳わけには行かいかなかった。
むしろ家庭かていの兄あにがこういう研究けんきゅう的まとな兄あにを生み出しうみだしたのだとしか理解りかいできなかった。
「そりゃ動揺どうようはしていますね。御宅ごたくの方ほうの関係かんけいがあるかないか、そこは僕ぼくにも解らわからないが、何しろなにしろ思想しそうの上うえで動揺どうようして落ちつかおちつかないで弱っよわっている事ことはたしかなようです」 Hさんはしまいにこう云っいった。
彼かれはその上うえに兄あにの神経しんけい衰弱すいじゃくも肯がった。
しかしそれは兄あにの隠しかくしている事ことでも何なんでもなかった。
兄あにはHさんに会うあうたんびに、ほとんどきまり文句もんくのように、それを訴えうったえてやまなかったそうである。
「だからこの際さい旅行りょこうは至極しごく好いよいでしょうよ。そう云ういう訳わけなら一いちつ勧めすすめて見みましょう。しかしうんと云っいってすぐ承知しょうちするかね。なかなか動かうごかない人ひとだから、ことによるとむずかしいね」 Hさんの言葉ことばには自信じしんがなかった。
「あなたのおっしゃる事ことなら素直すなおに聞くきくだろうと思うおもうんですが」「そうも行かいかんさ」 Hさんは苦笑くしょうしていた。
表ひょうへ出でた時じはかれこれ十じゅう時じに近かっちかかった。
それでも閑静かんせいな屋敷やしき町まちにちらほら人ひとの影かげが見えみえた。
それが皆みななそぞろ歩きそぞろあるきでもするように、長閑かのどかに履物はきものの音おとを響かしひびかして行っいった。
空そらには星ほしの光ひかりが鈍かっにぶかった。
あたかも眠たいねむたい眼めをしばたたいているような鈍なまくらさであった。
自分じぶんは不透明ふとうめいな何物なにものかに包まつつまれた気分きぶんを抱いいだいた。
そうして薄明るいうすあかるい往来おうらいを三沢みさわと二に人肩じんけんを並べならべて帰っかえった。
十六じゅうろく
自分じぶんは首くびを長くながくしてHさんの消息しょうそくを待っまった。
花はなのたよりが都下とかの新聞しんぶんを賑しにぎわし始めはじめた一いち週間しゅうかんの後あとになっても、Hさんからは何なんの通知つうちもなかった。
自分じぶんは失望しつぼうした。
電話でんわを番町ばんちょうへかけて聞き合せるききあわせるのも厭いやになった。
どうでもするが好いよいという気分きぶんでじっとしていた。
そこへ三沢みさわが来きた。
「どうも旨くうまく行かいかないそうだ」 事実じじつははたして自分じぶんの想像そうぞうした通りとおりであった。
兄あにはHさんの勧誘かんゆうを断然だんぜん断っことわってしまった。
Hさんはやむをえず三沢みさわを呼んよんで、その結果けっかを自分じぶんに伝えるつたえるように頼んたのんだ。
「それでわざわざ来きてくれたのかい」「まあそうだ」「どうも御苦労ごくろうさま、すまない」 自分じぶんはこれ以上いじょう何なんを云ういう気きも起らおこらなかった。
「Hさんはああ云ういう人ひとだから、自分じぶんの責任せきにんのように気の毒きのどくがっている。今度こんどは事ことがあまり突然とつぜんなので旨くうまく行かいかなかったが、この次つぎの夏休みなつやすみには是非ぜひどこかへ連れ出すつれだすつもりだと云っいっていた」 自分じぶんはこういう慰藉いしゃをもたらしてくれた三沢みさわの顔かおを見みて苦笑くしょうした。
Hさんのような大おお悠ゆうな人ひとから見みたら、春休みはるやすみも夏休みなつやすみも同じおなじ事ことなんだろうけれども、内側うちがわで働いはたらいている自分じぶん達とおるの眼めには、夏休みなつやすみといえば遠いとおい未来みらいであった。
その遠いとおい未来みらいと現在げんざいの間まには大きなおおきな不安ふあんが潜んひそんでいた。
「しかしまあ仕方しかたがない。元々もともとこっちで勝手かってなプログラムぷろぐらむを拵えこしらえておいて、それに当てはまるあてはまるように兄あにを自由じゆうに動かそううごかそうというんだから」 自分じぶんはとうとう諦めあきらめた。
三沢みさわは何になんにも批評ひひょうせずに、机つくえの角かくに肱ひじを突き立てつきたててて、その上うえに顋あごを載せのせたなり自分じぶんの顔かおを眺めながめていた。
彼かれはしばらくしてから、「だから僕ぼくのいう通りとおりにすれば好いよいんだ」と云っいった。
この間まHさんに兄あにの事ことを依頼いらいしに行っいった帰り途かえりみちに、無言むごんな彼かれは突然とつぜん往来おうらいの真中まなかで自分じぶんを驚かしおどろかしたのである。
今までいままで兄あにの事ことについて一言ひとことも発しはっしなかった彼かれは、その時じ不意ふいに自分じぶんの肩かたを突いついて、「君きみ兄さんあにさんを旅行りょこうさせるの、快活かいかつにするのって心配しんぱいするより、自分じぶんで早くはやく結婚けっこんした方ほうが好かよしみかないか。その方ほうがつまり君きみの得とくだぜ」と云っいった。
彼かれが自分じぶんに結婚けっこんを勧めすすめたのは、その晩ばんが始めはじめてではなかった。
自分じぶんはいつも相手あいてがないとばかり彼かれに答えこたえていた。
彼かれはしまいに相手あいてを拵えこしらえてやると云いいい出しだした。
そうして一時いちじはそれがほとんど事実じじつになりかけた事こともあった。
自分じぶんはその晩ばんの彼かれに向っむかってもやはり同じおなじような挨拶あいさつをした。
彼かれはそれをいつもより冷淡れいたんなものとして記憶きおくしていたのである。
「じゃ君きみのいう通りとおりにするから、本当ほんとうに相手あいてを出しだしてくれるかい」「本当ほんとうに僕ぼくのいう通りとおりにすれば、本当ほんとうに好いよいのを出すだす」 彼かれは実際じっさい心当りこころあたりがあるような口くちを利いきいた。
近いちかいうち彼かれの娶るめとるべき女おんなからでも聞いきいたのだろう。
彼かれはもう大きなおおきな黒いくろい眼めをもった精神病せいしんびょうの御嬢ごじょうさんについては多くおおくを語らかたらなかった。
「君きみの未来みらいの細君さいくんはやっぱりああいう顔立かおだちなんだろう」「さあどうかな。いずれそのうち引き合わひきあわせるから見みてくれたまえ」「結婚式けっこんしきはいつだい」「ことによると向うむこうの都合つごうで秋あきまで延ばすのばすかも知れしれない」 彼かれは愉快ゆかいらしかった。
彼かれは来るくるべき彼かれの生活せいかつに、彼かれのもっている過去かこの詩しを投げかけなげかけていた。
十七じゅうなな
四よん月つきはいつの間まにか過ぎすぎた。
花はなは上野うえのから向島むこうじま、それから荒川あらかわという順序じゅんじょで、だんだん咲いさいていってだんだん散っちってしまった。
自分じぶんは一いち年ねんのうちで人ひとの最ももっとも嬉しうれしがるこの花はなの時節じせつを無為むいに送っおくった。
しかし月つきが替っかわって世の中よのなかが青葉あおばで包まつつまれ出しだしてから、ふり返っふりかえってやり過ごしやりすごした春はるを眺めるながめるとはなはだ物もの足りたりなかった。
それでも無為むいに送れおくれただけがありがたかった。
家いえへはその後あと一回いちかいも足あしを向けむけなかった。
家いえからも誰だれ一人ひとり尋ねたずねて来きなかった。
電話でんわは母ははとお重おしげから一二いちに度どかかったが、それは自分じぶんの着るきる着物きものについての用事ようじに過ぎすぎなかった。
三沢みさわには全くまったく会わあわなかった。
大阪おおさかの岡田おかだからは花はなの盛りもりに絵え端書はしがきがまた一いち枚ばい来きた。
前まえと同じおなじようにお貞おさださんやお兼けんさんの署名しょめいがあった。
自分じぶんは事務所じむしょへ通うかよう動物どうぶつのごとく暮しくらしていた。
すると五ご月つきの末すえになって突然とつぜん三沢みさわから大きなおおきな招待状しょうたいじょうを送っおくって来きた。
自分じぶんは結婚けっこんの通知つうちと早合点はやがてんして封ふうを裂いさいた。
ところが案外あんがいにもそれは富士見町ふじみちょうの雅楽ががく稽古所けいこしょからの案内状あんないじょうであった。
「六ろく月つき二に日ひ音楽おんがく演習えんしゅう相そう催しもよおし候こう間ま同日どうじつ午後ごご一いち時じより御ご来聴らいちょう被ひ下した度ど候こう此これ段だん御ご案あん内申ないしん進すすむ候こう也な」と書いかいてあった。
今までいままでこういう方面ほうめんに関係かんけいがあるとは思わおもわなかった三沢みさわが、どうしてこんな案内状あんないじょうを自分じぶんに送っおくったのか、まるで解らわからなかった。
半日はんじつの後あと自分じぶんはまた彼かれの手紙てがみを受け取っうけとった。
その手紙てがみには、六ろく月つき二に日ひには、是非ぜひ来いこいという文句もんくが添えそえてあった。
是非ぜひ来いこいというくらいだから彼かれ自身じしんは無論むろん行くいくにきまっている。
自分じぶんはせっかくだからまず行っいって見ようみようと思い定めおもいさだめた。
けれども、雅楽ががくそのものについては大したたいした期待きたいも何なんもなかった。
それよりも自分じぶんの気分きぶんに転化てんかの刺戟しげきを与えあたえたのは、三沢みさわが余事よじのごとく名宛なあてのあとへ付け足しつけたした、短いみじかい報知ほうちであった。
「Hさんは嘘うそを吐かはかない人ひとだ。Hさんはとうとう君きみの兄さんあにさんを説き伏せときふせた。この六ろく月つき学校がっこうの講義こうぎを切り上げきりあげ次第しだい、二人ふたりはどこかへ旅たびをする事ことに約束やくそくができたそうだ」 自分じぶんは父ちちのため母ははのためかつ兄あに自身じしんのため喜んよろこんだ。
あの兄あにがHさんに対したいして旅行りょこうしようと約束やくそくする気分きぶんになったとすれば、単にたんにそれだけでも彼かれには大きいおおきい変化へんかであった。
偽りいつわりの嫌いきらいな彼かれは必ずかならずそれを実行じっこうするつもりでいるに違いちがいなかった。
自分じぶんは父ちちにも母ははにも実否じっぴを問い合わせといあわせなかった。
Hさんに向っむかってもその消息しょうそくを確めるたしかめる手段しゅだんを取らとらなかった。
ただ三沢みさわの口くちからもう少しすこし精しいくわしいところを聞かきかせて貰いもらいたかった。
それも今度こんど会っかいった時じで構わかまわないという気きがあるので、彼かれの是非ぜひ来いこいという六ろく月つき二に日ひが暗にあんに待ち受けまちうけられた。
六ろく月つき二に日ひはあいにく雨あめであった。
十一じゅういち時じ頃ころには少しすこし歇んやすんだが、季節きせつが季節きせつなのでからりとは晴れはれなかった。
往来おうらいを行くいく人ひとは傘かさをさしたり畳んたたんだりした。
見附みつけ外そとの柳やなぎは煙けむりのように長いながい枝えだを垂れたれていた。
その下したを通るとおると、青白いあおじろい粉こなか黴かびが着物きものにくっついていつまでも落ちおちないように感ぜかんぜられた。
雅楽ががく所ところの門内もんないには俥くるまがたくさん並んならんでいた。
馬車ばしゃも一二いちに台だいいた。
しかし自動車じどうしゃは一いちつも見えみえなかった。
自分じぶんは玄関先げんかんさきで帽子ぼうしを人ひとに渡しわたした。
その人ひとは金きんの釦ぼたん鈕ちゅうのついた制服せいふくのようなものを着きていた。
もう一人ひとりの人ひとが自分じぶんを観覧席かんらんせきへ連れつれて行っいってくれた。
「そこいらへおかけなすって」 彼かれはそう云っいってまた玄関げんかんの方ほうへ帰っかえって行っいった。
椅子いすはまだ疎らまばらに占領せんりょうされているだけであった。
自分じぶんはなるべく人ひとの眼めに着かきかないように後列こうれつの一いち脚あしに腰こしを下しおろした。
十八じゅうはち
自分じぶんは心こころのうちで三沢みさわを予期よきしながら四方しほうを見渡しみわたしたが彼かれの姿すがたはどこにも見えみえなかった。
もっとも見所みどころは正面しょうめんのほか左右さゆう両側りょうがわ面めんにもあった。
自分じぶんは玄関げんかんから左ひだりへ突き当っつきあたって右みぎへ折れおれて金屏きんびょう風かぜの立てたててある前まえを通っとおって正面しょうめん席せきに案内あんないされたのである。
自分じぶんの前まえには紋付もんつけの女おんなが二三にさん人ひといた。
後あとにはカーキーかーきー色いろの軍服ぐんぷくを着けつけた士官しかんが二人ふたりいた。
そのほか六七ろくなな人ひとそこここに散点さんてんしていた。
自分じぶんから一席いっせき置いおいて隣となりの二人ふたり連れんは、舞台ぶたいの正面しょうめんにかかっている幕まくの話はなしをしていた。
それには雅楽ががくに何なんの縁故えんこもなさそうに見えるみえる変へんな紋もんが、竪たてに何なん行こうも染め出さそめだされていた。
「あれが織田信長おだのぶながの紋もんですよ。信長のぶながが王室おうしつの式微しきびを慨いなげいて、あの幕まくを献上けんじょうしたというのが始まりはじまりで、それから以後いごは必ずかならずあの木瓜もっこうの紋もんの付いついた幕まくを張るはる事ことになってるんだそうです」 幕まくの上下じょうげは紫地むらさきじに金きんの唐草からくさの模様もようを置いおいた縁えんで包んつつんであった。
幕まくの前まえを見るみると、真中まなかに太鼓たいこが据えすえてあった。
その太鼓たいこには緑みどりや金きんや赤あかの美しいうつくしい彩色さいしきが施さほどこされてあった。
そうして薄くうすくて丸いまりい枠わくの中なかに入れいれてあった。
左ひだりの端はしには火熨斗ひのしぐらいの大きさおおきさの鐘かねがやはり枠わくの中なかに釣るつるしてあった。
そのほかには琴ことが二に面めんあった。
琵琶びわも二に面めんあった。
楽器がっきの前まえは青いあおい毛氈もうせんで敷きつめしきつめられた舞まいをまう所ところになっていた。
構造こうぞうは能のうのそれのように、三方さんほうの見所みどころからは全くまったく切り離さきりはなされていた。
そうしてその途切れとぎれた四五しご尺さしの空間くうかんからは日ひも射ししゃし風かぜも通うかようようにできていた。
自分じぶんが物珍らしものめずらしそうにこの様子ようすを見みているうちに、観客かんきゃくは一人ひとり二人ふたりと絶えたえず集まっあつまって来きた。
その中なかには自分じぶんがある音楽会おんがくかいで顔かおだけ覚えおぼえたNという侯爵こうしゃくもいた。
「今日きょうは教育きょういく会かいがあるので来きられない」と細君さいくんの事ことか何なんかを、傍そばにいた坊主頭ぼうずあたまの丸々まるまると肥えこえた小さいちいさい人ひとに話しはなしていた。
この丸いまりい小さなちいさな人ひとがKという公爵こうしゃくである事ことを、自分じぶんは後あとで三沢みさわから教わっおそわった。
その三沢みさわは舞楽ぶがくの始まるはじまるやっと五六ごろく分ぶん前まえにフロックコートふろっくこーとでやって来きて、入口いりぐちの金屏きんびょう風かぜの所ところでしばらく観覧席かんらんせきを見渡しみわたしながら躊躇ちゅうちょしていたが、自分じぶんの顔かおを見つけるみつけるや否いなや、すぐ傍そばへ来きて腰こしをかけた。
彼かれと前後ぜんごして一人ひとりの背せの高いたかい若いわかい男おとこが、年頃としごろの女おんなを二人ふたり連れつれて、やはり正面しょうめん席せきへ這入っはいって来きた。
男おとこはフロックコートふろっくこーとを着きていた。
女おんなは無論むろん紋付もんつけであった。
その男おとこと伴ともの女おんなの一人ひとりが顔立かおだちから云っいってよく似にているので、自分じぶんはすぐ彼かれらの兄妹きょうだいである事ことを覚っさとった。
彼かれらは人ひとの頭あたまを五六ごろく列れつ越しこして、三沢みさわと挨拶あいさつを交換こうかんした。
男おとこの顔かおにはできるだけの愛嬌あいきょうが湛えたたえられた。
女おんなは心持こころもち顔かおを赤くあかくした。
三沢みさわはわざわざ腰こしを浮かしうかして起立きりつした。
婦人ふじんはたいてい前まえの方ほうに席せきを占めるしめるので、彼かれらはついに自分じぶん達とおるの傍そばへは来きなかった。
「あれが僕ぼくの妻つまになるべき人ひとだ」と三沢みさわは小声こごえで自分じぶんに告げつげた。
自分じぶんは腹はらの中なかで、あの夢ゆめのような大きなおおきな黒いくろい眼めの所有者しょゆうしゃであった精神病せいしんびょうのお嬢さんおじょうさんと、自分じぶんの二三にさん間ま前まえに今いま席せきを取っとった色沢しきたくの好いよいお嬢さんおじょうさんとを比較ひかくした。
彼女かのじょは自分じぶんにただ黒いくろい髪かみと白いしろい襟足えりあしとを見せみせて坐っすわっていた。
それも人ひとの影かげに遮らさえぎられて自由じゆうには見みられなかった。
「もう一人ひとりの女おんなね」と三沢みさわがまた小声こごえで云いいいかけた。
それから彼かれは突然とつぜんポッケットぽっけっとへ手てを入れいれて、白いしろい紙片しへんと万年筆まんねんひつを取り出しとりだした。
彼かれはすぐそれへ何なんか書きかき始めはじめた。
正面しょうめんの舞台ぶたいにはもう楽人がくじんが現われあらわれた。
十九じゅうきゅう
彼かれらは帽子ぼうしとも頭巾ずきんとも名なの付けつけようのない奇抜きばつなものを被っかぶっていた。
謡曲ようきょくの富士ふじ太鼓たいこを知っしっていた自分じぶんは、おおかたこれが鳥兜とりかぶとというものだろうと推察すいさつした。
首くびから下したも被りものかぶりものと同じくおなじく現代げんだいを超越ちょうえつしていた。
彼かれらは錦にしきで作っつくった※※のようなものを着きていた。
その※※には骨ほねがないので肩かたのあたりは柔かにこやかな線せんでぴたりと身体しんたいに付いついていた。
袖そでには白しろの先さきへ幅はば三さん寸すんぐらいの赤いあかい絹きぬが縫ぬい足したしてあった。
彼かれらはみな白しろの括り袴くくりばかまを穿いはいていた。
そうして一様いちように胡坐こざをかいた。
三沢みさわは膝ひざの上うえで何なんか書きかきかけた白いしろい紙かみをくちゃくちゃにした。
自分じぶんはそのくちゃくちゃになった紙かみの塊りかたまりを横よこから眺めながめた。
彼かれは一言ひとことの説明せつめいも与えあたえずに正面しょうめんを見みた。
青いあおい毛氈もうせんの上うえに左ひだりの帳とばりの影かげから現われあらわれたものは鉾ほこをもっていた。
これも管絃かんげんを奏するそうする人ひとと同じくおなじく錦にしきの袖そで無むを着きていた。
三沢みさわはいつまで経っきょうっても「もう一人ひとりの女おんなはね」の続きつづきを云わいわなかった。
観覧席かんらんせきにいるものはことごとく静粛せいしゅくであった。
隣となり同志どうしで話はなしをするのさえ憚からはばかられた。
自分じぶんは仕方なししかたなしに催促さいそくを我慢がまんした。
三沢みさわも空とぼけそらとぼけて澄ましすましていた。
彼かれは自分じぶんと同じおなじようにここへは始めはじめて顔かおを出しだしたので、少しすこし硬くかたくなっているらしかった。
舞まいは謹慎きんしんな見物けんぶつの前まえに、既定きていのプログラムぷろぐらむ通りとおり、単調たんちょうで上品じょうぼんな手足てあしの運動うんどうを飽きあきもせずに進行しんこうさせて行っいった。
けれども彼かれらの服装ふくそうは、題だいの改まるあらたまるごとに、閑雅かんがな上代じょうだいの色彩しきさいを、代る代るかわるがわる自分じぶん達とおるの眼めに映しうつしつつ過ぎすぎた。
あるものは冠かんに桜さくらの花はなを挿しさしていた。
紗しゃの大きなおおきな袖の下そでのしたから燃えるもえるような五ご色いろの紋もんを透かすかせていた。
黄金おうごん作さくの太刀たちも佩いはいていた。
あるものは袖口そでぐちを括っくくった朱色しゅいろの着物きものの上うえに、唐錦からにしきのちゃんちゃんを膝ひざのあたりまで垂らしたらして、まるで錦にしきに包まつつまれた猟人りょうじんのように見えみえた。
あるものは簑に似にた青いあおい衣ころもをばらばらに着きて、同じおなじ青いあおい色いろの笠かさを腰こしに下げさげていた。
――すべてが夢ゆめのようであった。
われわれの祖先そせんが残しのこして行っいった遠いとおい記念きねんの匂いにおいがした。
みんなありがたそうな顔かおをしてそれを観かんていた。
三沢みさわも自分じぶんも狐きつねに撮まつまままれた気味きみで坐っすわっていた。
舞楽ぶがくが一段落いちだんらくついた時じに、御ご茶ちゃを上げあげますと誰だれかが云っいったので周囲しゅういの人ひとは席せきを立ったって別室べっしつに動き始めうごきはじめた。
そこへ先刻せんこく三沢みさわと約束やくそくの整っととのったという女おんなの兄さんあにさんが来きて、物馴れものなれた口調くちょうで彼かれと話しはなした。
彼かれはこういう方面ほうめんに関係かんけいのある男おとこと見えみえて、当日とうじつ案内あんないを受けうけた誰彼だれかれをよく知っしっていた。
三沢みさわと自分じぶんはこの人ひとから今までいままでそこいらにいた華族かぞくや高官こうかんや名士めいしの名なを教えおしえて貰っもらった。
別室べっしつには珈琲こーひーとカステラかすてらとチョコレートちょこれーととサンドイッチさんどいっちがあった。
普通ふつうの会かいの時じのように、無作法むさほうなふるまいは見受けみうけられなかったけれども、それでも多少たしょう込み合うこみあうので、女おんなは坐っすわったなり席せきを立たたたないのがあった。
三沢みさわと彼かれの知人ちじんは、菓子かしと珈琲こーひーを盆ぼんの上うえに載せのせて、わざわざ二人ふたりの御嬢ごじょうさんの所ところへ持っもって行っいった。
自分じぶんはチョコレートちょこれーとの銀紙ぎんがみを剥しはがしながら、敷居しきいの上うえに立ったって、遠くとおくからその様子ようすを偸むぬすむように眺めながめていた。
三沢みさわの細君さいくんになるべき人ひとは御ご辞じ義ぎをして、珈琲こーひー茶碗ちゃわんだけを取っとったが、菓子かしには手てを触れふれなかった。
いわゆる「もう一人ひとりの女おんな」はその珈琲こーひー茶碗ちゃわんにさえ容易くたやすく手てを出さださなかった。
三沢みさわは盆ぼんを持っもったまま、引くひく事こともできず進むすすむ事こともできない態度たいどで立ったっていた。
女おんなの顔かおが先刻せんこく見みた時じよりも子供こども子供こどもした苦痛くつうの表情ひょうじょうに充ちみちていた。
二十にじゅう
自分じぶんは先刻せんこくから「もう一人ひとりの女おんな」に特別とくべつの注意ちゅういを払っはらっていた。
それには三沢みさわの様子ようすや態度たいどが有力ゆうりょくな原因げんいんとなって働いはたらいていたに違いないが、単独たんどくに云っいっても、彼女かのじょは自分じぶんの視線しせんを引いん着けるつけるに足るたるほどな好いよい器量きりょうをもっていたのである。
自分じぶんは彼女かのじょと三沢みさわの細君さいくんになるべき人ひととの後姿うしろすがたを、舞楽ぶがくの相間あいま相間あいまに絶えたえず眺めながめた。
彼かれらは自分じぶんの坐っすわっている所ところから、ことさらな方向ほうこうに眸子ぼうしを転ずるてんずる事ことなしに、自然しぜんと見みられるように都合つごうの好いよい地位ちいに坐っすわっていた。
こうして首筋くびすじばかり眺めながめていた自分じぶんは今いま比較的ひかくてき自由じゆうな場所ばしょに立ったって、彼かれらの顔立かおだちを筋違すじかいに見み始めはじめた。
あるいは正面しょうめんに動くうごく機会きかいが来るくるかも知れしれないと思っおもった時じ、自分じぶんはチョコレートちょこれーとを頬張りほおばりながら、暗にあんにその瞬間しゅんかんを捉えるとらえる注意ちゅういを怠らおこたらなかった。
けれどもその女おんなも三沢みさわの意中いちゅうの人ひとも、ついにこっちを向かむかなかった。
自分じぶんはただ彼かれらの容貌ようぼうを三さん分ぶんの二にだけ側面そくめんから遠くとおくに望んのぞんだ。
そのうち三沢みさわはまた盆ぼんを持っもってこっちへ帰っかえって来きた。
自分じぶんの傍そばを通るとおる時じ、彼かれは微笑びしょうしながら、「どうだい」と云っいった。
自分じぶんはただ「御苦労ごくろうさま」と挨拶あいさつした。
後あとから例れいの背せの高いたかい兄さんあにさんがやって来きた。
「どうです、あちらへいらしって煙草たばこでも御ご呑みのみになっちゃ。喫煙室きつえんしつはあすこの突き当りつきあたりです」 自分じぶんは三沢みさわとの間まに緒口いとぐちのつきかけた談話だんわはこれでまた流れながれてしまった。
二人ふたりは彼かれに導かしるべかれて喫煙室きつえんしつに這入っはいった。
煙けむりと男子だんしに占領せんりょうされた比較的ひかくてき狭いせまいその室むろは思っおもったより賑かにぎやかであった。
自分じぶんはその一隅いちぐうにただ一人ひとりの知っしった顔かおを見出しみだした。
それは伶人れいじんの姓せいをもった眼めの大きいおおきい男おとこであった。
ある協会きょうかいの主要しゅような一員いちいんとして、舞台ぶたいの上うえで巧たくみにその大きなおおきな眼めを利用りようする男おとこであった。
彼かれは台詞せりふを使うつかう時じのような深いぶかい声こえで、誰だれかと話しはなしていたが、ほとんど自分じぶん達とおると入れ代りいれかわりぐらいに、喫煙室きつえんしつを出でて行っいった。
「とうとう役者やくしゃになったんだそうだ」「儲かるもうかるのかね」「ええ儲かるもうかるんだろう」「この間ま何なんとかをやるという事ことが新聞しんぶんに出でていたが、あの人ひとなんですか」「ええそうだそうです」 彼かれの去っさった後あとで、室むろの中央ちゅうおうにいた三さん人ひとの男おとこはこんな話はなしをしていた。
三沢みさわの知人ちじんは自分じぶん達とおるにその三さん人ひとの名なを教えおしえてくれた。
そのうちの二人ふたりは公爵こうしゃくで、一人ひとりは伯爵はくしゃくであった。
そうして三さん人ひとが三さん人ひととも公卿くぎょう出での華族かぞくであった。
彼かれらの会話かいわから察するさっすると、三さん人ひとながらほとんど劇げきという芸術げいじゅつに対したいして何なんの知識ちしきも興味きょうみももっていないようであった。
我々われわれはまた元もとの席せきに帰っかえって二三にさん番ばんの欧洲おうしゅう楽らくを聞いきいた後あと、ようやく五ご時じ頃ころになって雅楽ががく所ところを出でた。
周囲しゅういに人ひとがいなくなった時じ、三沢みさわはようやく「もう一人ひとりの女おんな」の事ことについて語りかたり始めはじめた。
彼かれの考えかんがえは自分じぶんが最初さいしょから推察すいさつした通りとおりであった。
「どうだい、気きに入らはいらないかね」「顔かおは好いよいね」「顔かおだけかい」「あとは分らわからないが、しかし少しすこし旧式きゅうしきじゃないか。何なんでも遠慮えんりょさえすればそれが礼儀れいぎだと思っおもってるようだね」「家庭かていが家庭かていだからな。しかしああいうのが間ま違いがないんだよ」 二人ふたりは土手どてに沿うそうて歩いあるいた。
土手どての上うえの松まつが雨あめを含んふくんで蒼黒くあおぐろく空そらに映っうつった。
二十一にじゅういち
自分じぶんは三沢みさわと飽かあかず女おんなの話はなしをした。
彼かれの娶るめとるべき人ひとは宮内くない省しょうに関係かんけいのある役人やくにんの娘むすめであった。
その伴侶はんりょは彼女かのじょと仲なかの好いよい友達ともだちであった。
三沢みさわは彼女かのじょと打ち合せうちあわせをして、とくに自分じぶんのためにその人ひとを誘い出しさそいだしたのであった。
自分じぶんはその人ひとの家族かぞくやら地位ちいやら教育きょういくやらについて得とくらるる限りかぎりの知識ちしきを彼かれから供給きょうきゅうして貰っもらった。
自分じぶんは本末ほんまつを顛倒てんとうした。
雅楽ががく所ところで三沢みさわに会うあうまでは、Hさんと兄あにとがこの夏なついっしょにするという旅行りょこうの件けんを、その日ひの問題もんだいとして暗にあんに胸むねの中なかに畳み込んたたみこんでいた。
雅楽ががく所ところを出るでる時じは、それがほんのつけたりになってしまった。
自分じぶんはいよいよ彼かれに別れるわかれる間際まぎわになって、始めはじめて四つ角よつかどの隅すみに立ったった。
「兄あにの事ことも今日きょう君きみに会っかいったらよく聞こうきこうと思っおもっていたんだが、いよいよHさんの云ういう通りとおりになったんだね」「Hさんはわざわざ僕ぼくを呼び寄せよびよせてそう云っいったくらいなんだから間ま違いはないさ。大丈夫だいじょうぶだよ」「どこへ行くいくんだろう」「そりゃ知らしらない。――どこだって好いよいじゃないか、行きいきさいすりゃあ」 遠くとおくから見みている三沢みさわの眼めには、兄あにの運命うんめいが最初さいしょからそれほどの問題もんだいになっていなかった。
「それより片っ方かたっぽのほうを積極的せっきょくてきにどしどし進行しんこうさせようじゃないか」 自分じぶんは一人ひとり下宿げしゅくへ帰るかえる途と々、やはり兄あにと嫂ねーの事ことを考えかんがえない訳わけに行かいかなかった。
しかしその日ひ会っかいった女おんなの事こともあるいは彼かれら以上いじょうに考えかんがえたかも知れしれない。
自分じぶんは彼女かのじょと一言ひとことも口くちを交えまじえなかった。
自分じぶんはついに彼女かのじょの声こえを聞ききき得とくなかった。
三沢みさわは自然しぜんが二人ふたりを視線しせんの通うかよう一室いっしつに会合かいごうさせたという事実じじつ以外いがいに、わざとらしい痕迹こんせきを見せるみせるのは厭いやだと云っいって、紹介しょうかいも何なんもしなかった。
彼かれはそう云っいって後あとから自分じぶんに断っことわった。
彼かれの遣けん口くちは、彼女かのじょに取っとっても自分じぶんに取っとっても、面倒めんどうや迷惑めいわくの起りおこり得とくないほど単簡たんかんで淡泊たんぱくなものであった。
しかしそれだから物もの足りたりなかった。
自分じぶんはもう少しすこし何なんとかして貰いもらいたかった。
「しかし君きみの意志いしが解らわからなかったから」と三沢みさわは弁解べんかいした。
そう云わいわれて見るみると、そうでもあった。
自分じぶんはあれ以上いじょう、女おんなをめがけて進んすすんで行くいく考えかんがえはなかったのだから。
それから二三にさん日ひは女おんなの顔かおを時々ときどき頭あたまの中なかで見みた。
しかしそれがために、また会いあいたいの焦慮しょうりょるのという熱ねつは起らおこらなかった。
その当日とうじつのぱっとした色彩しきさいが剥げはげて行くいくに連れつれて、番町ばんちょうの方ほうが依然いぜんとして重要じゅうような問題もんだいになって来きた。
自分じぶんはなまじい遠くとおくから女おんなの匂いにおいを嗅いかいだ反動はんどうとして、かえってじじむさくなった。
事務所じむしょの往復おうふくに、ざらざらした頬ほおを撫でなでて見みて、手てもなく電車でんしゃに乗っのった貉むじなのようなものだと悲観ひかんしたりした。
一いち週間しゅうかんほど経っきょうって母ははから電話でんわがかかった。
彼女かのじょは電話でんわ口くちへ出でて、昨日きのうHさんが遊びあそびに来きた事ことを告げつげた。
嫂ねーが風邪気かぜけなので、彼女かのじょが代理だいりとして饗応きょうおうの席せきに出でたら、Hさんが兄あにといっしょに旅行りょこうする話はなしを始めはじめたと告げつげた。
彼女かのじょは喜ばしよろこばしそうな調子ちょうしで、自分じぶんに礼れいを述べのべた。
父ちちからも宜しくよろしくとの事ことであった。
自分じぶんは「いい案あん排はいでした」と答えこたえた。
自分じぶんはその晩ばんいろいろ考えかんがえた。
自分じぶんは旅行りょこうが兄あにのために有利ゆうりであると認めみとめたから、Hさんを煩わしわずらわして、これだけの手続てつづきを運んはこんだのであるが、真底しんそこを自白じはくすると、自分じぶんの最ももっとも苦くに病んやんでいるのは、兄あにの自分じぶんに対するたいする思わくおもわくであった。
彼かれは自分じぶんをどう見みているだろうか。
どのくらいの程度ていどに自分じぶんを憎んにくんでいるだろう、また疑っうたがっているだろう。
そこが一番いちばん知りしりたかった。
したがって自分じぶんの気きになるのは未来みらいの兄あにであると同時どうじに現在げんざいの兄あにであった。
久しくひさしく彼かれと会見かいけんの路みちを絶たたたれた自分じぶんは、その現在げんざいの兄あにに関するかんする直接ちょくせつの知識ちしきをほとんどもたなかった。
二十二にじゅうに
自分じぶんは旅行りょこうに出るでる前まえのHさんに一応いちおう会っかいっておく必要ひつようを感じかんじた。
こっちで頼んたのんだ事ことを順じゅんに運んはこんでくれた好意こういに対したいして、礼れいを云わいわなければすまない義理ぎりも控えひかえていた。
自分じぶんは事務所じむしょの帰りがけかえりがけにまた彼かれの玄関げんかんに立ったって名刺めいしを出しだした。
取次とりつぎが奥おくへ這入っはいったかと思うおもうと、彼かれは例れいのむくむくした丸いまりい体躯たいくを、自分じぶんの前まえに運んはこんで来きた。
「実じつは今いまあしたの講義こうぎで苦しんくるしんでいるところなんですがね。もし急用きゅうようでなければ、今日きょうは御免ごめんを蒙りこうむりたい」 学者がくしゃの生活せいかつに気きのつかなかった自分じぶんは、Hさんのこの言葉ことばで、急きゅうに兄あにの日常にちじょうを想い起しおもいおこした。
彼かれらの書斎しょさいに立籠るたてこもるのは、必ずかならずしも家庭かていや社会しゃかいに対するたいする謀反むほんとも限らかぎらなかった。
自分じぶんはHさんに都合つごうの好いよい日ひを聞いきいて、また出直すでなおす事ことにした。
「じゃ御ご気の毒きのどくだが、そうして下さいください。なるべく早くはやく講義こうぎを切り上げきりあげて、兄さんあにさんといっしょに旅行りょこうしようと云ういう訳わけなんだからね」 自分じぶんはHさんの前まえに丁寧ていねいな頭あたまを下げさげなければならなかった。
彼かれの家いえを再度さいど訪問ほうもんれたのは、それからまた二三にさん日ひ経っきょうった梅雨晴つゆばれの夕方ゆうがたであった。
肥っふとった彼かれは暑いあついと云っいって浴衣ゆかたの胸むねを胃いの上部じょうぶまで開け放っあけはなって坐っすわっていた。
「さあどこへ行くいくかね。まだ海うみとも山やまともきめていないんだが」 Hさんだけあって行く先ゆくさきなどはとんと苦くにしていないらしかった。
自分じぶんもそれには無頓着むとんちゃくであった。
けれども……。
「少しすこしそれについて御ご願がんがあるんですが」 家庭かていの事情じじょうの一般いっぱんは、この間ま三沢みさわと来きた時じ、すでにHさんの耳みみに入れいれてしまった。
しかし兄あにと自分じぶんとの間まに横たわるよこたわる一種いっしゅ特別とくべつな関係かんけいについては、まだ一言ひとことも彼かれに告げつげていなかった。
しかしそれはいつまで経っきょうってもHさんの前まえで自分じぶんから打ちうち明るあかるべき性質せいしつのものでないと自分じぶんは考えかんがえていた。
親しいしたしい三沢みさわの知識ちしきですら、そこになるとほとんど臆測おくそくに過ぎすぎなかった。
Hさんは三沢みさわからその臆測おくそくの知識ちしきを間接かんせつに受けうけているかも知れしれなかったけれども、こっちから露骨ろこつに切り出さきりださない以上いじょう、その信偽しんぎも程度ていども、まるで確めるたしかめる訳わけに行かいかなかった。
自分じぶんは兄あにから今いまどう見みられているか、どう思わおもわれているか、それが知りしりたくって仕方しかたがなかった。
それを知るしるために、この際さいHさんの助すけを借りようかりようとすれば、勢いいきおい万事ばんじを彼かれの前まえに投げ出しなげだして見せみせなければならなかった。
自分じぶんが三沢みさわに何事なにごとも云わいわずに、あたかも彼かれを出し抜いだしぬいたような態度たいどで、たった一人ひとりこうしてHさんを訪問ほうもんするのも、実じつはその用事ようじの真相しんそうをなるべく他ほかに知らしらせたくないからであった。
しかし三沢みさわに対したいしてさえ、良心りょうしんに気兼きがねをするような用事ようじの真相しんそうなら、それをHさんの前まえで云わいわれるはずがなかった。
自分じぶんはやむをえず特殊とくしゅな問題もんだいを一般的いっぱんてきに崩しくずしてしまった。
「はなはだ御ご迷惑めいわくかも知れしれませんが、兄あにといっしょに旅行りょこうされる間ま、兄あにの挙動きょどうなり言語げんごなり、思想しそうなり感情かんじょうなりについて、あなたの御ご観察かんさつになったところを、できるだけ詳しくくわしく書いかいて報知ほうちしていただく訳わけには行きいきますまいか。その辺へんが明瞭めいりょうになると、宅たくでも兄あにの取扱とりあつかい上うえ大変たいへん便宜べんぎを得るうるだろうと思うおもうんですが」「そうさね。絶対ぜったいにできない事こともないが、ちっとむずかしそうですね。だいち時間じかんがないじゃないか、君きみ、そんな事ことをする。よし時間じかんがあっても、必要ひつようがないだろう。それより僕ぼくらが旅行りょこうから帰っかえったらゆっくり聞きききに来きたら好いよいじゃありませんか」
二十三にじゅうさん
Hさんの云ういうところはもっともであった。
自分じぶんは下したを向いむかいてしばらく黙っだまっていたが、とうとう嘘うそを吐いはいた。
「実じつは父ちちや母ははが心配しんぱいして、できるなら旅行りょこう中なかの模様もようを、経過けいかの一段落いちだんらくごとに承知しょうちしたいと云ういうんですが……」 自分じぶんは困っこまった顔かおをした。
Hさんは笑いわらい出しだした。
「君きみそんなに心配しんぱいする事ことはありませんよ。大丈夫だいじょうぶだよ、僕ぼくが受け合ううけあうよ」「しかし年寄としよりですから……」「困るこまるね、それじゃ。だから年寄としよりは嫌いきらいなんだ。宅たくへ行っいってそう云いいいたまえな、大丈夫だいじょうぶだって」「何なんとか好いよい工夫くふうはないもんでしょうか。あなたの御ご迷惑めいわくにならないで、そうして、父ちちや母ははを満足まんぞくさせるような」 Hさんはまたにやにや笑っわらっていた。
「そんな重宝ちょうほうな工夫くふうがあるものかね、君きみ。――しかしせっかくの御ご依頼いらいだからこうしよう。もし旅先たびさきで報道ほうどうするに足るたるような事ことが起っおこったら、君きみの所ところへ手紙てがみを上げるあげると。もし手紙てがみが行かいかなかったら、平生へいぜいの通りとおりだと思っおもって安心あんしんしていると。それでよかろう」 自分じぶんはこれより以上いじょうHさんに望むのぞむ事ことはできなかった。
「それで結構けっこうです。しかし出来事できごとという意味いみを俗ぞくにいう不慮ふりょの出来事できごとと取らとらずに、あなたが御ご観察かんさつになる兄あにの感情かんじょうなり思想しそうのうちで、これは尋常じんじょうでないと御ご気づききづきになったものに応用おうようしていただけましょうか」「なかなか面倒めんどうだね、事ことが。しかしまあいいや、そうしてもいい」「それからことによると、僕ぼくの事ことだの母ははの事ことだの、家庭かていの事ことなどが兄あにの口くちに上るのぼるかも知れしれませんが、それを御ご遠慮えんりょなく一々いちいち聞かしきかしていただきたいと思いおもいますが」「うん、そりゃ差支えさしつかえない限りかぎり知らしらせて上げあげましょう」「差支えさしつかえがあっても構わかまわないから聞かしきかしていただきたい。それでないと宅たくのものが困りこまりますから」 Hさんは黙っだまって煙草たばこを吹かしふかし出しだした。
自分じぶんは弱輩じゃくはいの癖くせに多少たしょう云いいい過ぎすぎた事ことに気きがついた。
手持無沙汰てもちむさたの感じかんじが強くつよく頭あたまに上っのぼった。
Hさんは庭にわの方ほうを見みていた。
その隅すみに秋田あきたから家主やぬしが持っもって来きて植えうえたという大きなおおきな蕗ふきが五六ごろく本ほんあった。
雨上りあめあがりの初夏しょかの空そらがいつまでも明るいあかるい光ひかりを地ちの上うえに投げなげているので、その太いふとい蕗ふきの茎くきがすいすいと薄暗いうすぐらい中なかに青くあおく描かえがかれていた。
「あすこへ大きなおおきな蟇ひきが出るでるんですよ」とHさんが云っいった。
しばらく世間せけん話はなしをした後あとで、自分じぶんは暗くくらくならないうちに席せきを立とうたとうとした。
「君きみの縁談えんだんはどうなりました。この間ま三沢みさわが来きて、好いよいのを見つけみつけてやったって得意とくいになっていましたよ」「ええ三沢みさわもずいぶん世話せわ好よしみですから」「ところが万まん更世さらよ話はなし好よしみばかりでやってるんでもないようですよ。だから君きみも好いよい加減かげんに貰っもらっちまったら好いよいじゃありませんか。器量きりょうは悪わるかないって話はなしじゃないか。君きみには気きに入らはいらんのかね」「気きに入らはいらんのじゃありません」 Hさんは「はあやっぱり気きに入っはいったのかい」と云っいって笑いわらい出しだした。
自分じぶんはHさんの門もんを出でて、あの事ことも早くはやくどうかしなければ、三沢みさわに対したいして義理ぎりが悪いわるいと考えかんがえた。
しかし兄あにの問題もんだいが一段落いちだんらくでも片づいかたづいてくれない以上いじょう、とうていそっちへ向けるむける心こころの余裕よゆうは出でなかった。
いっそ一いち思いおもいにあの女おんなの方ほうから惚れ込んほれこんでくれたならなどと思っおもっても見みた。
二十四にじゅうよん
自分じぶんはまた三沢みさわを尋ねたずねた。
けれども腹はらをきめてから尋ねたずねた訳わけでないから、実際じっさい上うえどんな歩調ほちょうも前まえに動かすうごかす気きにはなれなかった。
自分じぶんの態度たいどはどこまでもぐずぐずであった。
そうしてただ漫然まんぜんとその女おんなの話はなしをした。
「どうするね」 こう聞かきかれると、結局けっきょく要領ようりょうを得とくた何なんの挨拶あいさつもできなかった。
「僕ぼくは職業しょくぎょうの上うえではふわふわして浪人ろうにんのように暮しくらしているが、家庭かていの人ひととしてなら、これでも一定いっていの方針ほうしんに支配しはいされて、着々ちゃくちゃく固まっかたまって行きいきつつあるつもりだ。ところが君きみはまるで反対はんたいだね。一家いっかの主人しゅじんとなるとか、他ほかの夫おっとになるとかいう方面ほうめんには、故意こいに意志いしの働きはたらきを鈍らにぶらせる癖くせに、職業しょくぎょうの問題もんだいになると、手っ取てっとり早くはやく片づけかたづけて、ちゃんと落ちついおちついているんだから」「あんまり落ちついおちついてもいないさ」 自分じぶんは大阪おおさかの岡田おかだから受取っうけとった手紙てがみの中なかに、相応そうおうな位地いちがあちらにあるから来きないかという勧誘かんゆうがあったので、ことによったら今いまの事務所じむしょを飛び出そうとびだそうかと考えかんがえていた。
「ついこの間ままでは洋行ようこうするってしきりに騒いさわいでいたじゃないか」 三沢みさわは自分じぶんの矛盾むじゅんを追窮ついきゅうした。
自分じぶんには西洋せいようも大阪おおさかも変化へんかとしてこの際さい大したたいした相違そういもなかった。
「そう万事ばんじ的まとにならなくっちゃ駄目だめだ。僕ぼくだけ君きみの結婚けっこん問題もんだいを真面目まじめに考えるかんがえるのは馬鹿馬鹿しいばかばかしい訳わけだ。断っことわっちまおう」 三沢みさわはだいぶ癪しゃくに障っさわったらしく見えみえた。
自分じぶんはまた自分じぶんが癪しゃくに障っさわってならなかった。
「いったい先方せんぽうではどういうんだ。君きみは僕ぼくばかり責めるせめるがね、僕ぼくには向うむこうの意志いしが少しすこしも解らわからないじゃないか」「解るわかるはずがないよ。まだ何になんにも話しはなしてないんだもの」 三沢みさわは少しすこし激しげきしていた。
そうして激するげきするのがもっともであった。
彼かれは女おんなの父兄ふけいにも女おんな自身じしんにも、自分じぶんの事ことをまだ一口ひとくちも告げつげていなかった。
どう間違っまちがっても彼かれらの体面たいめんに障りさわりようのない事情じじょうの下したに、女おんなと自分じぶんを御ご互たがいの視線しせんの通うかよう範囲はんい内うちに置いおいただけであった。
彼かれの処置しょちには少しすこしも人工的じんこうてきな痕迹こんせきを留めとめない、ほとんど自然しぜんそのままの利用りように過ぎすぎないというのが彼かれの大いなるおおいなる誇りほこりであった。
「君きみの考えかんがえが纏まらまとまらない以上いじょうはどうする事こともできないよ」「じゃもう少しすこし考えかんがえて見ようみよう」 三沢みさわは焦慮しょうりょたそうであった。
自分じぶんも自分じぶんが不愉快ふゆかいであった。
Hさんと兄あにがいっしょの汽車きしゃで東京とうきょうを去っさったのは、自分じぶんが三沢みさわの所ところへ出かけでかけてから、一いち週間しゅうかんと経たへたないうちであった。
自分じぶんは彼かれらの立つたつ時刻じこくも日限にちげんも知らしらずにいた。
三沢みさわからもHさんからも何なんの通知つうちを受取らうけとらなかった自分じぶんは、家いえからの電話でんわで始めはじめてそれを聞いきいた。
その時じ電話でんわ口くちへは思いがけおもいがけなく嫂ねーが出でて来きた。
「兄さんあにさんは今朝けさお立ちたちよ。お父さんおちちさんがあなたへ知らしらせておけとおっしゃるから、ちょっと御ご呼びよび申しもうしました」 嫂ねーの言葉ことばは少しすこし改まっあらたまっていた。
「Hさんといっしょなんでしょうね」「ええ」「どこへ行っいったんですか」「何なんでも伊豆いずの海岸かいがんを廻るまわるとかいう御ご話しはなしでした」「じゃ船ふねですか」「いいえやっぱり新橋しんばしから……」
二十五にじゅうご
その日ひ自分じぶんは下宿げしゅくへ帰らかえらずに、事務所じむしょからすぐ番町ばんちょうへ廻っまわった。
昨日きのうまで恐れおそれて近寄らちかよらなかったのに、兄あにの出立しゅったつと聞くきくや否いなや、すぐそちらへ足あしを向けるむけるのだから、自分じぶんの行為こういはあまりに現金げんきん過ぎすぎた。
けれども自分じぶんはそれを隠すかくす気きもなかった。
隠さかくさなければすまない人ひとは、宅たくに一人ひとりもいないように思わおもわれた。
茶の間ちゃのまには嫂ねーが雑誌ざっしの口絵くちえを見みていた。
「今朝けさほどは失礼しつれい」「おや吃驚びっくりしたわ、誰だれかと思っおもったら、二郎じろうさん。今いま京橋きょうばしから御ご帰りかえり?」「ええ、暑くあつくなりましたね」 自分じぶんは手帛はんけちを出しだして顔かおを拭いぬぐいた。
それから上着うわぎを脱いぬいで畳たたみの上うえへ放り出しほうりだした。
嫂ねーは団扇うちわを取っとってくれた。
「御ご父さんちちさんは?」「御ご父さんちちさんは御ご留守るすよ。今日きょうは築地つきじで何なんかあるんですって」「精養軒せいようけん?」「じゃないでしょう。多分たぶんほかの御ご茶屋ちゃやだと思うおもうんだけれども」「お母さんおははさんは?」「お母さんおははさんは今いま御ご風呂ふろ」「お重おしげは?」「お重おしげさんも……」 嫂ねーはとうとう笑いかけわらいかけた。
「風呂ふろですか」「いいえ、いないの」 下女げじょが来きて氷こおりの中なかへ莓いちごを入れるいれるかレモンれもんを入れるいれるかと尋ねたずねた。
「宅たくじゃもう氷こおりを取るとるんですか」「ええ二三にさん日ひ前まえから冷蔵庫れいぞうこを使っつかっているのよ」 気きのせいか嫂ねーはこの前まえ見みた時じよりも少しすこし窶れやつれていた。
頬ほおの肉にくが心持こころもち減っへったらしかった。
それが夕方ゆうがたの光線こうせんの具合ぐあいで、顔かおを動かすうごかす時じに、ちらりちらりと自分じぶんの眼めを掠めかすめた。
彼女かのじょは左ひだりの頬ほおを縁側えんがわに向けむけて坐っすわっていたのである。
「兄さんあにさんはそれでもよく思い切っおもいきって旅たびに出かけでかけましたね。僕ぼくはことによると今度こんどもまた延ばすのばすかも知れしれないと思っおもってたんだが」「延ばしゃのばしゃなさらないわよ」 嫂ねーはこういう時じに下したを向いむかいた。
そうしていつもよりも一層いっそう落ちついおちついた沈んしずんだ低いひくい声こえを出しだした。
「そりゃ兄さんあにさんは義理ぎり堅いかたいから、Hさんと約束やくそくした以上いじょう、それを実行じっこうするつもりだったには違いないけれども……」「そんな意味いみじゃないのよ。そんな意味いみじゃなくって、そうして延ばさのばさないのよ」 自分じぶんはぽかんとして彼女かのじょの顔かおを見みた。
「じゃどんな意味いみで延ばさのばさないんです」「どんな意味いみって、――解っわかってるじゃありませんか」 自分じぶんには解らわからなかった。
「僕ぼくには解らわからない」「兄さんあにさんは妾めかけに愛想あいそを尽かしつかしているのよ」「愛想あいそづかしに旅行りょこうしたというんですか」「いいえ、愛想あいそを尽かしつかしてしまったから、それで旅行りょこうに出かけでかけたというのよ。つまり妾めかけを妻つまと思っおもっていらっしゃらないのよ」「だから……」「だから妾めかけの事ことなんかどうでも構わかまわないのよ。だから旅たびに出かけでかけたのよ」 嫂ねーはこれで黙っだまってしまった。
自分じぶんも何なんとも云わいわなかった。
そこへ母ははが風呂ふろから上っのぼって来きた。
「おやいつ来きたの」 母ははは二人ふたり坐っすわっているところを見みて厭いやな顔かおをした。
二十六にじゅうろく
「もう好いよい加減かげんに芳江よしえを起さおこさないとまた晩ばんに寝ねないで困るこまるよ」 嫂ねーは黙っだまって起っおこった。
「起きおきたらすぐ湯ゆに入れいれておやんなさいよ」「ええ」 彼女かのじょの後姿うしろすがたは廊下ろうかを曲っきょくって消えきえた。
「芳江よしえは昼寝ひるねですか、どうれで静せいだと思っおもった」「先刻せんこく何なんだか拗ねすねて泣いないてたら、それっきり寝ねちまったんだよ。何ぼなんぼなんでも、もう五ご時じだから、好いよい加減かげんに起しおこしてやらなくっちゃ……」 母ははは不平ふへいらしい顔かおをしていた。
自分じぶんはその日ひ珍しくめずらしく宅たくの食卓しょくたくに向っむかって、晩餐ばんさんの箸はしを取っとった。
築地つきじの料理屋りょうりやか待合まちあいへ呼ばよばれたという父ちちは、無論むろん帰らかえらなかったけれども、お重おしげは予定よてい通りとおり戻っもどって来きた。
「おい早くはやく来きて坐らすわらないか。みんな御前ごぜんの湯ゆから上るのぼるのを待っまってたんだ」 お重おしげは縁側えんがわへぺたりと尻しりを着けつけて団扇うちわで浴衣ゆかたの胸むねへ風かぜを入れいれていた。
「そんなに急き立てせきたてなくったってよかないの。たまに来きたお客さまおきゃくさまの癖くせに」 お重おしげはつんとしてわざと鼻はなの先さきの八つ手やつでの方ほうを向いむかいていた。
母はははまた始まっはじまったという笑わらいの裡りに自分じぶんを見みた。
自分じぶんはまた調ちょう戯たわむれたくなった。
「御客ごきゃくさまだと思うおもうなら、そんな大きなおおきなお尻おしりを向けむけないで、早くはやくここへ来きてお坐りすわりよ」「蒼蠅さばえいわよ」「いったいこの暑いあついのに、一人ひとりでどこをほっつき歩いほっつきあるいてたんだい」「どこでも余計よけいな御世話ごせわよ。ほっつき歩くほっつきあるくだなんて、第一だいいち言葉ことば使しからしてあなたは下品げぼんよ。――好いよいわ、今日きょう坂田さかたさんの所ところへ行っいって、兄さんあにさんの秘密ひみつをすっかり聞いきいて来きたから」 お重おしげは兄あにの事ことを大兄たいけいさん、自分じぶんの事ことをただ兄さんあにさんと呼んよんでいた。
始めはじめはちい兄さんあにさんと云っいったのだが、そのちいを聞くきくたびに妙みょうな不快ふかいを感ずるかんずるので、自分じぶんはとうとうちいだけを取らしとらしてしまった。
「好くよくってみんなに話しはなしても」 お重おしげは湯ゆで火照っほでりのった顔かおをぐるりと自分じぶんの方ほうに向けむけた。
自分じぶんは瞬きまばたきを二につ続けざまつづけざまにした。
「だって御前ごぜんは今いま兄さんあにさんの秘密ひみつだと明言めいげんしたじゃないか」「ええ秘密ひみつよ」「秘密ひみつなら話しはなしてよくないにきまってるじゃないか」「それを話すはなすから面白いおもしろいのよ」 自分じぶんはお重おしげの無鉄砲むてっぽうが、何なんを云いいい出すだすか分らわからないと思っおもって腹はらの中なかでは辟易へきえきした。
「お重おしげ御前ごぜんは論理学ろんりがくでいうコントラジクション・インいん・タームスたーむす、という事ことを知らしらないだろう」「よくってよ。そんな高慢ちきこうまんちきな英語えいごなんか使っつかって、他ほかが知らしらないと思っおもって」「もう二人ふたりとも止しよしにおしよ。何なんだね面白くおもしろくもない、十じゅう五ご六ろくの子供こどもじゃあるまいし」 母はははとうとう二人ふたりを窘なめた。
自分じぶんもそれを好いよい機きにすぐ舌戦ぜっせんを切り上げきりあげた。
お重おしげも団扇うちわを縁側えんがわへ投げ出しなげだしておとなしく食卓しょくたくに着いついた。
局面きょくめんが一転いってんした後あとなので、秘密ひみつらしい秘密ひみつは、食事しょくじ中なかついにお重おしげの口くちから洩れるもれる機会きかいがなかった。
母ははも嫂ねーもまるでそれには取り合うとりあう気色けしきも見せみせなかった。
平吉ひらよしという男おとこが裏うらから出でて来きて、庭にわに水みずを打っうった。
「まだそう燥いかわいていないんだから、好いよい加減かげんにしておおき」と母ははが云っいっていた。
二十七にじゅうなな
その晩ばん番町ばんちょうを出でたのは灯火とうかが点いついてまだ間まもない宵の口よいのくちであった。
それでも飯めしを済ましすましてから約やく一いち時間じかん半はんほどは、そこへ坐り込んすわりこんだまま、みんなを相手あいてに喋舌っしゃべっていた。
自分じぶんはその一いち時間じかん半はんの間まに、とうとうお重おしげから例れいの秘密ひみつをあばかれる羽目はめに陥っおちいった。
しかしそれが自分じぶんに取っとっては、秘密ひみつでも何なんでもない例れいの結婚けっこん問題もんだいだったので、自分じぶんはかえって安心あんしんした。
「御ご母さんははさん、兄さんあにさんは妾めかけ達とおるに隠れかくれてこの間ま見合みあいをなすったんですって」「隠れかくれて見合みあいなんかするものか」 自分じぶんは母ははがまだ何なんとも云わいわないうちにお重おしげの言葉ことばを遮っさえぎった。
「いいえたしかな筋すじからちゃんと聞いきいて来きたんだから、いくら白しろばっくれてももう駄目だめよ」 たしかな筋すじというような一種いっしゅの言葉ことばが、お重おしげの口くちから出るでるのを聞いきいたとき、自分じぶんは思わおもわず苦笑くしょうした。
「馬鹿ばかだなお前おまえは」「馬鹿ばかでもいいわよ」 お重おしげは六ろく月つき二に日ひの出来事できごとを母ははや嫂ねーに向っむかってべらべら喋舌りしゃべり出しだした。
それがなかなか精しいくわしいので自分じぶんは少しすこし驚いおどろいた。
どこからその知識ちしきを得とくて来きたのだろうという好奇心こうきしんが強くつよく自分じぶんの反問はんもんを促しうながした。
けれどもお重おしげはただ意地いじの悪いわるい微笑びしょうを洩らすもらすのみで、けっして出所しゅっしょを告げつげなかった。
「兄さんあにさんが妾めかけ達とおるに黙っだまっているのは、きっと打ち明けうちあけて云いいい悪いわるい訳わけがあるからなのよ。ね、そうでしょう、兄さんあにさん」 お重おしげは自分じぶんの好奇心こうきしんを満足まんぞくさせないのみか、かえって向うむこうからこっちを嬲りなぶりにかかった。
自分じぶんは「どうでも好いよいや」と云っいった。
母ははから真面目まじめに事ことの顛末てんまつを聞かきかれた時じ、自分じぶんは簡単かんたんにありのままを答えこたえた。
「ただそれだけの事ことなんです。しかも向むかいじゃ全くまったく知らしらないんだからそのつもりでいて下さいください。お重おしげ見みたいに好いよい加減かげんな事ことを云い触らすいいふらすと、僕ぼくはどうでも構わかまわんにしたところで、先方せんぽうが迷惑めいわくするかも知れしれませんから」 母ははは先方せんぽうが迷惑めいわくがるはずがないという顔つきかおつきで、むやみに細かいこまかい質問しつもんを始めはじめた。
しかし財産ざいさんがどのくらいあるんだろうとか、親類しんるいに貧乏人びんぼうにんがあるだろうかとか、あるいは悪いわるい病気びょうきの系統けいとうを引いひいていやしなかろうかと云ういうような事ことになると、自分じぶんにはまるで答えこたえられなかった。
のみならずしまいには聞くきくのさえ面倒めんどうで厭いやになって来きた。
自分じぶんはとうとう逃げ出すにげだすようにして番町ばんちょうを出でた。
自分じぶんがその夜よる母ははからいろいろな質問しつもんを掛けかけられている間ま、嫂ねーは始終しじゅう同じおなじ席せきにいたが、この問題もんだいに関しかんしてはほとんど一言ひとことも口くちを開かひらかなかった。
母ははも彼女かのじょに向っむかってついぞ相談そうだんがましい言葉ことばをかけなかった。
二人ふたりのこの態度たいどが、二人ふたりの気質きしつをよく代表だいひょうしていた。
しかしそれは単にたんに気質きしつの相違そういからばかり来きた一種いっしゅの対照たいしょうとも思えおもえなかった。
嫂ねーは全くまったくの局外者きょくがいしゃらしい位地いちを守るまもるためか何なんだか、始終しじゅう芳江よしえのおもりに気きを取らとられ勝かちに見えみえた。
日ひが暮れくれさえすればすぐ寝かさねかされる習慣しゅうかんの芳江よしえは、昼寝ひるねを貪りむさぼり過ぎすぎた結果けっかとして、その晩ばんはとうとう自分じぶんが帰るかえるまで蚊帳かやの中なかへ這入らはいらなかった。
自分じぶんは下宿げしゅくへ帰っかえって、自分じぶんの室むろの暑苦しいあつくるしいのを意外いがいに感じかんじた。
わざと電気灯でんきとうを消しけして暗いくらい所ところに黙っだまって坐っすわっていた。
今朝けさ立ったった兄あには今日きょうどこで泊るとまるだろう。
Hさんは今夜こんや彼かれとどんな話はなしをするだろう。
鷹揚おうようなHさんの顔かおが自然しぜんと眼めの前まえに浮かんうかんだ。
それと共ともに瘠せやせた兄あにの頬ほおに刻まきざまれた久しぶりひさしぶりの笑わらいが見えみえた。
二十八にじゅうはち
その翌日よくじつからHさんの手紙てがみが心こころ待まちに待ち受けまちうけられた。
自分じぶんは一日いちにち、二に日ひ、三さん日ひと指ゆびを折っおって日ひ取とりを勘定かんじょうし始めはじめた。
けれどもHさんからは何なんの音信おんしんもなかった。
絵え端書はしがき一いち枚ばいさえ来きなかった。
自分じぶんは失望しつぼうした。
Hさんに責任せきにんを忘れるわすれるような軽薄けいはくはなかった。
しかしこちらの予期よき通りとおり律義りちぎにそれを果しはてしてくれないほどの大おお悠ゆうはあった。
自分じぶんは自烈たいじれったい部ぶに属するぞくする人間にんげんの一人ひとりとして遠くとおくから彼かれを眺めながめた。
すると二人ふたりが立ったってからちょうど十一じゅういち日ひ目めの晩ばんに、重いおもい封書ふうしょが始めはじめて自分じぶんの手てに落ちおちた。
Hさんは罫けいの細かいこまかい西洋せいよう紙かみへ、万年筆まんねんひつで一面いちめんに何なんか書いかいて来きた。
頁ぺーじの数すうから云っいっても、二に時間じかんや三さん時間じかんでできる仕事しごとではなかった。
自分じぶんは机つくえの前まえに縛りつけしばりつけられた人形にんぎょうのような姿勢しせいで、それを読みよみ始めはじめた。
自分じぶんの眼めには、この小さなちいさな黒いくろい字じの一いち点てん一劃いっかくも読み落すよみおとすまいという決心けっしんが、焔ほのおのごとく輝いかがやいた。
自分じぶんの心こころは頁ぺーじの上うえに釘づけくぎづけにされた。
しかも雪ゆきを行くいく橇そりのように、その上うえを滑っすべって行っいった。
要するようするに自分じぶんはHさんの手紙てがみの最初さいしょの頁ぺーじの第だい一いち行こうから読みよみ始めはじめて、最後さいごの頁ぺーじの最終さいしゅうの文句もんくに至るいたるまでに、どのくらいの時間じかんが要っいったかまるで知らしらなかった。
手紙てがみは下したのように書いかいてあった。
「長野ながの君きみを誘っさそって旅たびへ出るでるとき、あなたから頼またのまれた事ことを、いったん引き受けるひきうけるには引き受けひきうけたが、いざとなって見るみると、とても実行じっこうはできまい、またできてもする必要ひつようがあるまい、もしくは必要ひつようと不必要ふひつようにかかわらず、するのは好もしいこのもしい事ことでなかろう、――こういう考えかんがえでいました。旅行りょこうを始めはじめてから一いち日ひ二に日ひは、この三さんつの事情じじょうのすべてかあるいは幾分いくぶんかが常つねに働くはたらくので、これではせっかくの約束やくそくも反古ほごにしなければならないという気きが強くつよく募りつのりました。それが三さん日ひ四よん日ひとなった時じ、少しすこし考えかんがえさせられました。五ご日ひ六ろく日ひと日ひを重ねるかさねるに従っしたがって、考えるかんがえるばかりでなく、約束やくそく通りとおりあなたに手紙てがみを上げるあげるのが、あるいは必要ひつようかも知れしれないと思うおもうようになりました。もっともここにいう必要ひつようという意味いみが、あなたと私わたくしとで、だいぶ違うちがうかも知れしれませんが、それはこの手紙てがみをしまいまで御ご読みよみになれば解るわかる事ことですから、説明せつめいはしません。それから当初とうしょ私わたくしの抱いいだいた好もしくこのもしくないという倫理りんり上うえの感じかんじ、これはいくら日数にっすうを経過けいかしても取去るとりさる訳わけには行きいきませんが、片方かたほうにある必要ひつようの度どが、自然しぜんそれを抑えつけるおさえつけるほど強くつよくなって来きた事こともまた確かくであります。おそらく手紙てがみを書いかいている暇ひまがあるまい。――この故障こしょうだけは始めはじめあなたに申上げもうしあげた通りとおりどこまでもつけ纏っまとって離れはなれませんでした。我々われわれ二人ふたりはいっしょの室むろに寝ねます、いっしょの室むろで飯めしを食いくいます、散歩さんぽに出るでる時じもいっしょです、湯ゆも風呂場ふろばの構造こうぞうが許すゆるす限りかぎりは、いっしょに這入りはいります。こう数え立てかぞえたてて見るみると、別々べつべつに行動こうどうするのは、まあ厠かわやに上るのぼる時じぐらいなものなのですから。 無論むろん我々われわれ二人ふたりは朝あさから晩ばんまでのべつに喋舌りしゃべり続けつづけている訳わけではありません。御ご互たがいが勝手かってな書物しょもつを手てにしている時じもあります、黙っだまって寝転んねころんでいる事こともあります。しかし現にげんにその人ひとのいる前まえで、その人ひとの事ことを知らしらん顔かおで書いかいて、そうしてそれをそっと他ほかに知らしらせるのはちょっと私わたくしにとってはでき悪いわるいのです。書くかくべき必要ひつようを認めみとめ出しだした私わたくしも、これには弱りよわりました。いくら書くかく機会きかいを見つけようみつけよう見つけようみつけようと思っおもっても、そんな機会きかいの出でて来るくるはずがないのですから。しかし偶然ぐうぜんはついに私わたくしの手てを導いみちびいて、私わたくしに私わたくしの必要ひつようと認めるみとめる仕事しごとをさせるようにしてくれました。私わたくしはそれほど兄さんあにさんに気兼きがねをせずに、この手紙てがみを書きかき初めはじめました。そうして同じおなじ状態じょうたいの下したに、それを書きかき終るおわる事ことを希望きぼうします。
二十九にじゅうきゅう
我々われわれは二三にさん日ひ前まえからこの紅くれないが谷たにの奥おくに来きて、疲れつかれた身体しんたいを谷たにと谷たにの間まに放り出しほうりだしました。
いる所ところは私わたくしの親戚しんせきのもっている小さいちいさい別荘べっそうです。
所有主しょゆうしゅは八はち月つきにならないと東京とうきょうを離れるはなれる事ことがむずかしいので、その前まえならいつでも君きみ方ほうに用立てようだてて宜しいよろしいと云っいった言葉ことばを、はからず旅行りょこう中なかに利用りようする訳わけになったのであります。
別荘べっそうというと大変たいへん人ひと聞ききが好いよいようですが、その実じつははなはだ見苦しいみぐるしい手狭てぜまなもので、構えかまえからいうと、ちょうど東京とうきょうの場末ばすえにある四五十しごじゅう円えんの安あん官吏かんりの住居じゅうきょです。
しかし田舎いなかだけに邸内ていないの地面じめんには多少たしょうの余裕よゆうがあります。
庭にわだか菜園さいえんだか分らわからないものが、軒のきから爪つめ下りくだりに向うむこうの垣根かきねまで続いつづいています。
その垣かきには珊瑚樹さんごじゅの実じつが一面いちめんに結っけつっていて、葉は越こしに隣となりの藁屋根わらやねが四半しはん分ぶんほど見えみえます。
同じおなじ軒のきの下したから谷たにを隔てへだてて向うむこうの山やまも手てに取るとるように見えみえます。
この山やま全体ぜんたいがある伯爵はくしゃくの別荘べっそう地ちで、時じには浴衣ゆかたの色いろが樹きの間まから見えみえたり、女おんなの声こえが崖がけの上うえで響いひびいたりします。
その崖がけの頂いただきには高いたかい松まつが空そらを突くつくように聳えそびえています。
我々われわれは低いひくい軒のきの下したから朝夕あさゆうこの松まつを見み上るのぼるのを、高尚こうしょうな課業かぎょうのように心得こころえて暮しくらしています。
今までいままで通っとおって来きたうちで、君きみの兄さんあにさんにはここが一番いちばん気きに入っはいったようです。
それにはいろいろな意味いみがあるかも知れしれませんが、二人ふたりぎりで独立どくりつした一いち軒のきの家いえの主人しゅじんになりすまされたという気分きぶんが、人慣れひとなれない兄さんあにさんの胸むねに一種いっしゅの落ちつきおちつきを与えるあたえるのが、その大おお原因げんいんだろうと思いおもいます。
今までいままでどこへ泊っとまってもよく寝ねられなかった兄さんあにさんは、ここへ来きた晩ばんからよく寝ねます。
現にげんに今いま私わたくしがこうやって万年筆まんねんひつを走らしはしらしている間まも、ぐうぐう寝ねています。
もう一いちつここへ来きてから偶然ぐうぜんの恩恵おんけいに浴しよくしたと思うおもうのは、普通ふつうの宿屋やどやのように二人ふたりが始終しじゅう膝ひざを突き合わしつきあわして、一いちつの部屋へやにごろごろしていないですむ事ことです。
家いえは今いま申しもうした通りとおり手狭てぜま至極しごくなものであります。
門もんを出でて右みぎの坂上さかがみにある或るある長者ちょうじゃの拵えこしらえた西洋館せいようかんなどに比べるくらべると全くまったくの燐寸まっち箱ばこに過ぎすぎません。
それでも垣かきを囲らめぐらして四方しほうから切り離しきりはなした独立どくりつの一軒家いちけんやです。
窮屈きゅうくつではあるが間数まかずは五ごつほどあります。
兄さんあにさんと私わたくしは一いちつ座敷ざしきに吊っつった一いちつ蚊帳かやの中なかに寝ねます。
しかし宿屋やどやと違っちがって同じおなじ時間じかんに起きるおきる必要ひつようはありません。
片方かたほうが起きおきても、片方かたほうは寝ねたいだけ寝ねていられます。
私わたくしは兄さんあにさんをそっとしておいて、次つぎの座敷ざしきに据えすえてある一閑いっかん張ちょうの机つくえに向うむこう事ことができます。
昼ひるもその通りとおりです。
二人ふたり差向いさしむかいでいるのが苦痛くつうになれば、どっちかが勝手にかってに姿すがたを隠しかくして、自分じぶんに都合つごうのいい事ことを、好よしみな時間じかんだけやります。
それから適当てきとうな頃ころにまた出でて来きて顔かおを見せみせます。
私わたくしはこういう偶然ぐうぜんを利用りようしてこの手紙てがみを書くかくのであります。
そうしてこの偶然ぐうぜんを思いがけおもいがけなく利用りようする事ことのできた自分じぶんを、あなたのために仕合せしあわせと考えかんがえます。
同時どうじに、それを利用りようする必要ひつようを認めみとめ出しだした自分じぶんを、自分じぶんのために遺憾いかんだと思いおもいます。
私わたくしのいう事ことは順序じゅんじょからいうと日記にっき体からだに纏まっまとまっておりません。
分類ぶんるいからいうと科学的かがくてきに区別くべつが立たたたないかも知れしれません。
しかしそれは汽車きしゃ、俥くるま、宿やど、すべて規則的きそくてきな仕事しごとを妨げるさまたげる旅行りょこうというものの障害しょうがいと、平気へいきで取りかかりとりかかりにくいというその仕事しごとの性質せいしつとが、破壊的はかいてきに働いはたらいた結果けっかと思っおもっていただくより仕方しかたがありません。
断片的だんぺんてきにせよ下したに述べるのべるだけの事ことをあなたに報道ほうどうし得るうるのがすでに私わたくしには意外いがいなのであります。
全くまったく偶然ぐうぜんの御蔭みかげなのであります。
三十さんじゅう
我々われわれは二人ふたりとも大したたいした旅行りょこう癖くせのない男おとこです。
したがって我々われわれの編み上げあみあげた旅程りょていもまた経験けいけん相応そうおうに平凡へいぼんでした。
近くちかくて便利べんりな所ところを人並ひとなみに廻っまわって歩けあるけば、それで目的もくてきの大半たいはんは達せたっせられるくらいな考えかんがえで、まず相模さがみ伊豆いず辺へんをぼんやり心がけこころがけました。
それでも私わたくしの方ほうが兄さんあにさんよりはまだましでした。
私わたくしは主要しゅような場所ばしょと、そこへ行くいくべき交通機関こうつうきかんとをほぼ承知しょうちしていましたが、兄さんあにさんに至っいたってはほとんど地理ちりや方角ほうがくを超越ちょうえつしていました。
兄さんあにさんは国府津こうづが小田原おだわらの手前てまえか先さきか知りしりませんでした。
知らしらないというよりむしろ構わかまわないのでしょう。
これほど一方いっぽうに無頓着むとんちゃくな兄さんあにさんが、なぜ人事じんじ上うえのあらゆる方面ほうめんに、同じおなじ平然へいぜんたる態度たいどを見せるみせる事ことができないのかと思うおもうと、私わたくしは実際じっさい不思議ふしぎな感かんに打たうたれざるを得とくません。
しかしそれは余事よじです。
話はなしが逸れるそれると戻りもどり悪くわるくなりますから、なるべく本流ほんりゅうを伝っつたって、筋すじを離れはなれないように進むすすむ事ことにしましょう。
我々われわれは始めはじめ逗子ずしを基点きてんとして出発しゅっぱつする事ことに相談そうだんをきめていました。
ところがその朝あさ新橋しんばしへ駆けつけるかけつける俥くるまの上うえで、ふと私わたくしの考えかんがえが変りかわりました。
いかに平凡へいぼんな旅行りょこうにしても、真先まっさきに逗子ずしへ行くいくのは、あまりに平凡へいぼん過ぎすぎて気きが進ますすまなくなったのです。
私わたくしは停車場ていしゃじょうで兄さんあにさんに相談そうだんの仕直ししなおしをやりました。
私わたくしは行程こうていを逆ぎゃくにして、まず沼津ぬまづから修善寺しゅぜんじへ出でて、それから山越やまごえに伊東いとうの方ほうへ下りようおりようと云いいいました。
小田原おだわらと国府津こうづの後先あとさきさえ知らしらない兄さんあにさんに異存いぞんのあるはずがないので、我々われわれはすぐ沼津ぬまづまでの切符きっぷを買っかって、そのまま東海道とうかいどう行こうの汽車きしゃに乗り込みのりこみました。
汽車きしゃ中なかでは報知ほうちに値あたいするような事ことが別べつに起りおこりませんでした。
先方せんぽうへ着いついても、風呂ふろへ入っはいったり、飯めしを食っしょくったり、茶ちゃを飲んのんだりする間まは、これといって目めに着くつく点てんもなかったのです。
私わたくしは兄さんあにさんについて、これはことによると家族かぞくの人ひとの参考さんこうのために、知らしらせておく必要ひつようがあるかも知れしれないと思い出しおもいだしたのは、その日ひの晩ばんになってからであります。
寝るねるには早はや過ぎすぎました。
話はなしにはもう飽きあきました。
私わたくしは旅行りょこう中なかに誰だれでも経験けいけんする一種いっしゅの徒然つれづれに襲わおそわれました。
ふと床の間とこのまの脇わきを見るみると、そこに重じゅうそうな碁盤ごばんが一面いちめんあったので、私わたくしはすぐそれを室むろの真中まなかへ持ち出しもちだしました。
無論むろん兄さんあにさんを相手あいてに黒白くろしろを争うあらそうつもりでした。
あなたは御存じごぞんじだかどうだか知りしりませんが、私わたくしは学校がっこうにいた時分じぶん、これでよく兄さんあにさんと碁ごを打っうったものです。
その後あと二人ふたりとも申し合せもうしあわせたように、ぴたりとやめてしまいましたが、この場合ばあい、二人ふたりが持て余しもてあましている時間じかんを、面白くおもしろく過ごすすごすには碁盤ごばんが屈強くっきょうの道具どうぐに違いなかったのです。
兄さんあにさんはしばらく碁盤ごばんを眺めながめていました。
そうしておいて「まあ止そうよそう」と云いいいました。
私わたくしは思い込んおもいこんだ勢いいきおいで、「そう云わいわずにやろうじゃないか」と押し返しおしかえしました。
それでも兄さんあにさんは「いやいやまあ止そうよそう」と云いいいます。
兄さんあにさんの顔かおを見るみると、眼めと眉まゆの間まに変へんな表情ひょうじょうがありました。
それが何なんの碁ごなんぞと云っいった風かぜの軽蔑けいべつまたは無頓着むとんちゃくを示ししめしていないのですから、私わたくしはちょっと異ないな心持こころもちがしました。
しかし無理むりに強いるしいるのも厭いやですから、私わたくしはとうとう一人ひとりで碁石ごいしを取り上げとりあげて、黒くろと白しろを打手うちて違いに、盤ばんの上うえに並べならべ始めはじめました。
兄さんあにさんは少しすこしの間まそれを見みていました。
私わたくしがなお黙っだまって打ちうち続けつづけて行きいきますと、兄さんあにさんは不意ふいに座ざを立ったって廊下ろうかへ出でました。
おおかた便所べんじょへでも行っいったのだろうと思っおもった私わたくしは、いっこう兄さんあにさんの挙動きょどうには注意ちゅういを払いはらいませんでした。
三十一さんじゅういち
案あんの通りとおり兄さんあにさんは時じを移さうつさず戻っもどって来きました。
そうして突然とつぜん「やろう」というや否いなや、自分じぶんの手てから、碁石ごいしを※ぎ取るとるように引っ手繰りひったくりました。
私わたくしは何なんの気きもつかずに、「よろしい」と答えこたえて、すぐ打ちうち始めはじめました。
我々われわれのは申すもうすまでもなくヘボへぼ碁ごですから、石いしを下すくだすのも早いはやいし、勝負しょうぶの片づくかたづくのも雑作ぞうさはありません。
一いち時間じかんのうちに悠ゆうに二に番ばんぐらいは始末しまつができるくらいだから、見みていても局きょくに対ったいっていても、間怠いまだりい思いおもいはけっしてないのです。
ところを兄さんあにさんは、その手早くてばやく運んはこんで行くいく碁ご面めんを、しまいまで辛抱しんぼうして眺めながめているのは苦痛くつうだと云っいって、とうとう中途ちゅうとでやめてしまいました。
私わたくしは心持こころもちでも悪くわるくなったのかと思っおもって心配しんぱいしましたが、兄さんあにさんはただ微笑びしょうしていました。
床ゆかに入るはいる前まえになって、私わたくしは始めはじめて兄さんあにさんからその時じの心理状態しんりじょうたいの説明せつめいを聞きききました。
兄さんあにさんは碁ごを打つうつのは固よりもとより、何なんをするのも厭いやだったのだそうです。
同時どうじに、何なんかしなくってはいられなかったのだそうです。
この矛盾むじゅんがすでに兄さんあにさんには苦痛くつうなのでした。
兄さんあにさんは碁ごを打ち出せうちだせば、きっと碁ごなんぞ打っうっていられないという気分きぶんに襲わおそわれると予知よちしていたのです。
けれどもまた打たうたずにはいられなくなったのです。
それでやむをえず盤ばんに向っむかったのです。
盤ばんに向うむこうや否いなや自烈たくじれったくなったのです。
しまいには盤面ばんめんに散点さんてんする黒くろと白しろが、自分じぶんの頭あたまを悩ますなやますために、わざと続いつづいたり離れはなれたり、切れきれたり合っあったりして見せるみせる、怪物かいぶつのように思わおもわれたのだそうです。
兄さんあにさんはもうちっとで、盤面ばんめんをめちゃめちゃに掻き乱しかきみだして、この魔物まものを追払うおいはらうところだったと云いいいました。
何事なにごとも知らしらなかった私わたくしは、少しすこし驚きおどろきながらも悪いわるい事ことをしたと思いおもいました。
「いや碁ごに限っかぎった訳わけじゃない」と云っいって兄さんあにさんは、自分じぶんの過失かしつを許しゆるしてくれました。
私わたくしはその時じ兄さんあにさんから、兄さんあにさんの平生へいぜいを聞きききました。
兄さんあにさんの態度たいどは碁ごを中途ちゅうとでやめた時じですら落ちついおちついていました。
上部じょうぶから見るみると何なんの異状いじょうもない兄さんあにさんの心持こころもちは、おそらくあなた方ほうには理解りかいされていないかも知れしれません。
少くすくなくともこういう私わたくしには一いちつの発見はっけんでした。
兄さんあにさんは書物しょもつを読んよんでも、理窟りくつを考えかんがえても、飯めしを食っしょくっても、散歩さんぽをしても、二六にろく時じ中なか何なんをしても、そこに安住あんじゅうする事ことができないのだそうです。
何なんをしても、こんな事ことをしてはいられないという気分きぶんに追いかけおいかけられるのだそうです。
「自分じぶんのしている事ことが、自分じぶんの目的もくてきになっていないほど苦しいくるしい事ことはない」と兄さんあにさんは云いいいます。
「目的もくてきでなくっても方便ほうべんになれば好いよいじゃないか」と私わたくしが云いいいます。
「それは結構けっこうである。ある目的もくてきがあればこそ、方便ほうべんが定めさだめられるのだから」と兄さんあにさんが答えこたえます。
兄さんあにさんの苦しむくるしむのは、兄さんあにさんが何なんをどうしても、それが目的もくてきにならないばかりでなく、方便ほうべんにもならないと思うおもうからです。
ただ不安ふあんなのです。
したがってじっとしていられないのです。
兄さんあにさんは落ちついおちついて寝ねていられないから起きるおきると云いいいます。
起きるおきると、ただ起きおきていられないから歩くあるくと云いいいます。
歩くあるくとただ歩いあるいていられないから走そうけると云いいいます。
すでに走そうけ出しけだした以上いじょう、どこまで行っいっても止まれとまれないと云いいいます。
止まれとまれないばかりなら好いよいが刻こく一刻いっこくと速力そくりょくを増しまして行かいかなければならないと云いいいます。
その極端きょくたんを想像そうぞうすると恐ろしいおそろしいと云いいいます。
冷汗れいかんが出るでるように恐ろしいおそろしいと云いいいます。
怖くこわくて怖くこわくてたまらないと云いいいます。
三十二さんじゅうに
私わたくしは兄さんあにさんの説明せつめいを聞いきいて、驚きおどろきました。
しかしそういう種類しゅるいの不安ふあんを、生れうまれてからまだ一度いちども経験けいけんした事ことのない私わたくしには、理解りかいがあっても同情どうじょうは伴いともないませんでした。
私わたくしは頭痛ずつうを知らしらない人ひとが、割れるわれるような痛みいたみを訴えうったえられた時じの気分きぶんで、兄さんあにさんの話はなしに耳みみを傾けかたむけていました。
私わたくしはしばらく考えかんがえました。
考えかんがえているうちに、人間にんげんの運命うんめいというものが朧気おぼろきながら眼めの前まえに浮かんうかんで来きました。
私わたくしは兄さんあにさんのために好いよい慰藉いしゃを見出しみだしたと思いおもいました。
「君きみのいうような不安ふあんは、人間にんげん全体ぜんたいの不安ふあんで、何なんも君きみ一人ひとりだけが苦しんくるしんでいるのじゃないと覚れさとればそれまでじゃないか。つまりそう流転るてんして行くいくのが我々われわれの運命うんめいなんだから」 私わたくしのこの言葉ことばはぼんやりしているばかりでなく、すこぶる不快ふかいに生温なまぬるるいものでありました。
鋭いするどい兄さんあにさんの眼めから出るでる軽侮けいぶの一瞥いちべつと共ともに葬らほうむられなければなりませんでした。
兄さんあにさんはこう云ういうのです。
「人間にんげんの不安ふあんは科学かがくの発展はってんから来るくる。進んすすんで止まるとまる事ことを知らしらない科学かがくは、かつて我々われわれに止まるとまる事ことを許しゆるしてくれた事ことがない。徒歩とほから俥くるま、俥くるまから馬車ばしゃ、馬車ばしゃから汽車きしゃ、汽車きしゃから自動車じどうしゃ、それから航空こうくう船ふね、それから飛行機ひこうきと、どこまで行っいっても休まやすませてくれない。どこまで伴れつれて行かいかれるか分らわからない。実じつに恐ろしいおそろしい」「そりゃ恐ろしいおそろしい」と私わたくしも云いいいました。
兄さんあにさんは笑いわらいました。
「君きみの恐ろしいおそろしいというのは、恐ろしいおそろしいという言葉ことばを使っつかっても差支えさしつかえないという意味いみだろう。実際じっさい恐ろしいおそろしいんじゃないだろう。つまり頭あたまの恐ろしおそろしさに過ぎすぎないんだろう。僕ぼくのは違うちがう。僕ぼくのは心臓しんぞうの恐ろしおそろしさだ。脈みゃくを打つうつ活きつきた恐ろしおそろしさだ」 私わたくしは兄さんあにさんの言葉ことばに一毫いちごうも虚偽きょぎの分子ぶんしの交っかっていない事ことを保証ほしょうします。
しかし兄さんあにさんの恐ろしおそろしさを自分じぶんの舌したで甞めて見るみる事ことはとてもできません。
「すべての人ひとの運命うんめいなら、君きみ一人ひとりそう恐ろしおそろしがる必要ひつようがない」と私わたくしは云いいいました。
「必要ひつようがなくても事実じじつがある」と兄さんあにさんは答えこたえました。
その上下じょうげのような事ことも云いいいました。
「人間にんげん全体ぜんたいが幾いく世紀せいきかの後あとに到着とうちゃくすべき運命うんめいを、僕ぼくは僕ぼく一人ひとりで僕ぼく一いち代だいのうちに経過けいかしなければならないから恐ろしいおそろしい。一いち代だいのうちならまだしもだが、十じゅう年間ねんかんでも、一いち年間ねんかんでも、縮めちぢめて云えいえば一いちカ月かげつ間ま乃至ないし一いち週間しゅうかんでも、依然いぜんとして同じおなじ運命うんめいを経過けいかしなければならないから恐ろしいおそろしい。君きみは嘘うそかと思うおもうかも知れしれないが、僕ぼくの生活せいかつのどこをどんな断片だんぺんに切っきって見みても、たといその断片だんぺんの長さながさが一いち時間じかんだろうと三さん十分じゅうふんだろうと、それがきっと同じおなじ運命うんめいを経過けいかしつつあるから恐ろしいおそろしい。要するようするに僕ぼくは人間にんげん全体ぜんたいの不安ふあんを、自分じぶん一人ひとりに集めあつめて、そのまた不安ふあんを、一刻いっこく一いち分ぶんの短時間たんじかんに煮つめにつめた恐ろしおそろしさを経験けいけんしている」「それはいけない。もっと気きを楽らくにしなくっちゃ」「いけないぐらいは自分じぶんにも好くよく解っわかっている」 私わたくしは兄さんあにさんの前まえで黙っだまって煙草たばこを吹かしふかしていました。
私わたくしは心こころのうちで、どうかして兄さんあにさんをこの苦痛くつうから救い出しすくいだして上げあげたいと念じねんじました。
私わたくしはすべてその他ほかの事ことを忘れわすれました。
今までいままでじっと私わたくしの顔かおを見守っみまもっていた兄さんあにさんは、その時じ突然とつぜん「君きみの方ほうが僕ぼくより偉いえらい」と云いいいました。
私わたくしは思想しそうの上うえにおいて、兄さんあにさんこそ私わたくしに優れすぐれていると感じかんじている際さいでしたから、この賛辞さんじに対したいして嬉しいうれしいともありがたいとも思うおもう気きは起りおこりませんでした。
私わたくしはやはり黙っだまって煙草たばこを吹かしふかしていました。
兄さんあにさんはだんだん落ちついおちついて来きました。
それから二人ふたりとも一いちつ蚊帳かやに這入っはいって寝ねました。
三十三さんじゅうさん
翌日よくじつも我々われわれは同じおなじ所ところに泊っとまっていました。
朝あさ起き抜けおきぬけに浜辺はまべを歩いあるいた時じ、兄さんあにさんは眠っねむっているような深いぶかい海うみを眺めながめて、「海うみもこう静かしずかだと好いよいね」と喜びよろこびました。
近頃ちかごろの兄さんあにさんは何なんでも動かうごかないものが懐かしいなつかしいのだそうです。
その意味いみで水みずよりも山やまが気きに入るはいるのでした。
気きに入るはいると云っいっても、普通ふつうの人間にんげんが自然しぜんを楽しむたのしむ時じの心持こころもちとは少しすこし違うちがうようです。
それは下したに挙げるあげる兄さんあにさんの言葉ことばで御ご解りわかりになるでしょう。
「こうして髭ひげを生やしはやしたり、洋服ようふくを着きたり、シガーしがーを銜えくわえたりするところは上部じょうぶから見るみると、いかにも一人前いちにんまえの紳士しんしらしいが、実際じっさい僕ぼくの心こころは宿やどなしの乞食こじきみたように朝あさから晩ばんまでうろうろしている。二六にろく時じ中なか不安ふあんに追いかけおいかけられている。情ないなさけないほど落ちつけおちつけない。しまいには世の中よのなかで自分じぶんほど修養しゅうようのできていない気の毒きのどくな人間にんげんはあるまいと思うおもう。そういう時じに、電車でんしゃの中なかやなにかで、ふと眼めを上げあげて向う側むこうがわを見るみると、いかにも苦くのなさそうな顔かおに出でっ食わすくわす事ことがある。自分じぶんの眼めが、ひとたびその邪念じゃねんの萌さきざさないぽかんとした顔かおに注ぐそそぐ瞬間しゅんかんに、僕ぼくはしみじみ嬉しいうれしいという刺戟しげきを総身そうみに受けるうける。僕ぼくの心こころは旱魃かんばつに枯れかれかかった稲いねの穂ほが膏あぶら雨あめを得とくたように蘇そえる。同時どうじにその顔かお――何なんも考えかんがえていない、全くまったく落ちつきおちつき払っはらったその顔かおが、大変たいへん気高くけだかく見えるみえる。眼めが下っしたっていても、鼻はなが低くひくくっても、雑作ぞうさはどうあろうとも、非常ひじょうに気高くけだかく見えるみえる。僕ぼくはほとんど宗教しゅうきょう心こころに近いちかい敬虔けいけんの念ねんをもって、その顔かおの前まえに跪ずいて感謝かんしゃの意いを表しあらわしたくなる。自然しぜんに対するたいする僕ぼくの態度たいども全くまったく同じおなじ事ことだ。昔むかしのようにただうつくしいから玩ぶもてあそぶという心持こころもちは、今いまの僕ぼくには起るおこる余裕よゆうがない」 兄さんあにさんはその時じ電車でんしゃのなかで偶然ぐうぜん見当るみあたる尊いとうとい顔かおの部類ぶるいの中なかへ、私わたくしを加えくわえました。
私わたくしは思いおもいも寄らよらん事ことだと云っいって辞退じたいしました。
すると兄さんあにさんは真面目まじめな態度たいどでこう云いいいました。
「君きみでも一いち日ひのうちに、損そんも得とくも要らいらない、善ぜんも悪わるも考えかんがえない、ただ天然てんねんのままの心こころを天然てんねんのまま顔かおに出しだしている事ことが、一度いちどや二に度どはあるだろう。僕ぼくの尊いとうといというのは、その時じの君きみの事ことを云ういうんだ。その時じに限るかぎるのだ」 兄さんあにさんはこう云わいわれても覚束なくおぼつかなく見えるみえる私わたくしのために、具体的ぐたいてきな証拠しょうこを示ししめしてやるというつもりか、昨夜さくや二人ふたりが床ゆかに入るはいる前まえの私わたくしを取っとって来きてその例れいに引きひきました。
兄さんあにさんはあの折おり談話だんわの機きでつい興奮こうふんし過ぎすぎたと自白じはくしました。
しかし私わたくしの顔かおを見みたときに、その激しげきした心こころの調子ちょうしがしだいに収まっおさまったと云ういうのです。
私わたくしが肯おううけがおうと肯ううけがうまいと、それには頓着とんちゃくする必要ひつようがない、ただその時じの私わたくしから好いよい影響えいきょうを受けうけて、一時的いちじてきにせよ苦しいくるしい不安ふあんを免かれまぬかれたのだと、兄さんあにさんは断言だんげんするのです。
その時じの私わたくしは前まえ云っいった通りとおりです。
ただ煙草たばこを吹かしふかして黙っだまっていただけです。
私わたくしはその時じすべての事ことを忘れわすれました。
独りひとり兄さんあにさんをどうにかしてこの不安ふあんの裡りから救っすくって上げあげたいと念じねんじました。
けれども私わたくしの心こころが兄さんあにさんに通じようつうじようとは思いおもいませんでした。
また通じつうじさせようという気きは無論むろんありませんでした。
だから何になんにも云わいわずに黙っだまって煙草たばこを吹かしふかしていたのです。
しかしそこに純粋じゅんすいな誠まことがあったのかも知れしれません。
兄さんあにさんはその誠まことを私わたくしの顔かおに読んよんだのでしょうか。
私わたくしは兄さんあにさんと砂浜すなはまの上うえをのそりのそりと歩きあるきました。
歩きあるきながら考えかんがえました。
兄さんあにさんは早晩そうばん宗教しゅうきょうの門もんを潜っもぐって始めてはじめて落ちつけるおちつける人間にんげんではなかろうか。
もっと強いつよい言葉ことばで同じおなじ意味いみを繰り返すくりかえすと、兄さんあにさんは宗教家しゅうきょうかになるために、今いまは苦痛くつうを受けうけつつあるのではなかろうか。
三十四さんじゅうよん
「君きみ近頃ちかごろ神かみというものについて考えかんがえた事ことはないか」 私わたくしはしまいにこういう質問しつもんを兄さんあにさんにかけました。
私わたくしがここでとくに「近頃ちかごろ」と断っことわったのは、書生しょせい時代じだいの古いふるい回想かいそうから来きたものであります。
その時分じぶんは二人ふたり共ともまだ考えかんがえの纏まらまとまらない青二才あおにさいでしたが、それでも私わたくしは思索しさくに耽りふけり勝かちな兄さんあにさんと、よく神かみの存在そんざいについて云々うんぬんしたものであります。
ついでだから申しもうしますが、兄さんあにさんの頭あたまはその時分じぶんから少しすこしほかの人ひととは変っかわっていました。
兄さんあにさんは浮々うきと散歩さんぽをしていて、ふと自分じぶんが今いま歩いあるいていたなという事実じじつに気きがつくと、さあそれが解すかいすべからざる問題もんだいになって、考えかんがえずにはいられなくなるのでした。
歩こうあるこうと思えおもえば歩くあるくのが自分じぶんに違いないが、その歩こうあるこうと思うおもう心こころと、歩くあるく力ちからとは、はたしてどこから不意ふいに湧いわいて出るでるか、それが兄さんあにさんには大いなるおおいなる疑問ぎもんになるのでした。
二人ふたりはそんな事ことから神かみとか第だい一いち原因げんいんとかいう言葉ことばをよく使いつかいました。
今いまから考えるかんがえると解らわからずに使っつかったのでした。
しかし口くちの先さきで使いつかい慣れなれた結果けっか、しまいには神かみもいつか陳腐ちんぷになりました。
それから二人ふたりとも申し合せもうしあわせたように黙りだまりました。
黙っだまってから何なん年ねん目めになるでしょう。
私わたくしは静かしずかな夏なつの朝あさの、海うみという深いぶかい色いろを沈めるしずめる大きなおおきな器うつわの前まえに立ったって、兄さんあにさんと相対そうたいしつつ、再びふたたび神かみという言葉ことばを口くちにしたのであります。
しかし兄さんあにさんはその言葉ことばを全くまったく忘れわすれていました。
思い出すおもいだす気色けしきさえありませんでした。
私わたくしの質問しつもんに対するたいする返事へんじとしては、ただ微かかすかな苦笑くしょうがあの皮肉ひにくな唇くちびるの端はしを横切っよこぎっただけでした。
私わたくしは兄さんあにさんのこの態度たいどで辟易へきえきするほどに臆病おくびょうではありませんでした。
また思うおもう事ことを云いいい終おわりせずに引込むひきこむほど疎いうとい間柄あいだがらでもありませんでした。
私わたくしは一歩いちほ前まえへ進みすすみました。
「どこの馬の骨うまのほねだか分らわからない人間にんげんの顔かおを見みてさえ、時々ときどきありがたいという気きが起るおこるなら、円満えんまんな神かみの姿すがたを束の間つかのまも離れはなれずに拝んおがんでいられる場合ばあいには、何百なんびゃく倍ばい幸福こうふくになるか知れしれないじゃないか」「そんな意味いみのない口先くちさきだけの論理ろんりが何なんの役やくに立つたつものかね。そんなら神かみを僕ぼくの前まえに連れつれて来きて見せみせてくれるが好いよい」 兄さんあにさんの調子ちょうしにも兄さんあにさんの眉間みけんにも自烈たじれったそうなものが顫動せんどうしていました。
兄さんあにさんは突然とつぜん足下あしもとにある小石こいしを取っとって二三にさん間ま波打際なみうちさいの方ほうに馳はせけ出しけだしました。
そうしてそれを遥はるかの海うみの中なかへ投げ込みなげこみました。
海うみは静かしずかにその小石こいしを受け取りうけとりました。
兄さんあにさんは手て応おうのない努力どりょくに、憤りいきどおりを起すおこす人ひとのように、二に度ども三さん度ども同じおなじ所作しょさを繰返しくりかえしました。
兄さんあにさんは磯いそへ打ち上げうちあげられた昆布こんぶだか若布わかめだか、名なも知れしれない海藻かいそうの間まを構わかまわず駈けかけ廻りまわりました。
それからまた私わたくしの立ったって見みている所ところへ帰っかえって来きました。
「僕ぼくは死んしんだ神かみより生きいきた人間にんげんの方ほうが好きすきだ」 兄さんあにさんはこう云ういうのです。
そうして苦しくるしそうに呼息こそくをはずませていました。
私わたくしは兄さんあにさんを連れつれて、またそろそろ宿やどの方ほうへ引き返しひきかえしました。
「車夫しゃふでも、立ん坊りっんぼうでも、泥棒どろぼうでも、僕ぼくがありがたいと思うおもう刹那せつなの顔かお、すなわち神かみじゃないか。山やまでも川かわでも海うみでも、僕ぼくが崇高すうこうだと感ずるかんずる瞬間しゅんかんの自然しぜん、取りとりも直さなおさず神かみじゃないか。そのほかにどんな神かみがある」 兄さんあにさんからこう論じろんじかけられた私わたくしは、ただ「なるほど」と答えるこたえるだけでした。
兄さんあにさんはその時じは物もの足りたりない顔かおをします。
しかし後あとになるとやっぱり私わたくしに感心かんしんしたような素もと振ぶりを見せみせます。
実じつを云ういうと、私わたくしの方ほうが兄さんあにさんにやり込めやりこめられて感心かんしんするだけなのですが。
三十五さんじゅうご
我々われわれは沼津ぬまづで二に日ひほど暮しくらしました。
ついでに興津おきつまで行こういこうかと相談そうだんした時じ、兄さんあにさんは厭いやだと云いいいました。
旅程りょていにかけては、万事ばんじ私わたくしの思いおもいのままになっている兄さんあにさんが、なぜその時じに限っかぎって断然だんぜん私わたくしの申し出もうしでを拒絶きょぜつしたものか、私わたくしにはとんと解りわかりませんでした。
後あとでその説明せつめいを聞いきいたら、三保みほの松原まつばらだの天女てんにょの羽衣はごろもだのが出でて来るくる所ところは嫌いきらいだと云ういうのです。
兄さんあにさんは妙みょうな頭あたまをもった人ひとに違いありません。
我々われわれはついに三島みしままで引き返しひきかえしました。
そこで大仁おおひと行こうの汽車きしゃに乗り換えのりかえて、とうとう修善寺しゅぜんじへ行きいきました。
兄さんあにさんには始めはじめからこの温泉おんせんが大変たいへん気きに入っはいっていたようです。
しかし肝心かんじんの目的地もくてきちへ着くつくや否いなや、兄さんあにさんは「おやおや」という失望しつぼうの声こえを放ちはなちました。
実際じっさい兄さんあにさんの好いよいていたのは、修善寺しゅぜんじという名前なまえで、修善寺しゅぜんじという所ところではなかったのです。
瑣事さじですが、これも幾分いくぶんか兄さんあにさんの特色とくしょくになりますからついでにつけ加えつけくわえておきます。
御承知ごしょうちの通りとおりこの温泉場おんせんじょうは、山やまと山やまが抱合ほうごうっている隙間すきまから谷底たにそこへ陥落かんらくしたような低いひくい町まちにあります。
一旦いったんそこへ這入っはいった者ものは、どっちを見みても青いあおい壁かべで鼻はなが支えるささえるので、仕方なししかたなしに上うえを見上げみあげなければなりません。
俯向いうつむいて歩いあるいたら、地面じめんの色いろさえ碌にろくに眼めには留まらとどまらないくらい狭苦しいせまくるしいのです。
今までいままで海うみよりも山やまの方ほうが好いよいと云っいっていた兄さんあにさんは、修善寺しゅぜんじへ来きて山やまに取り囲まとりかこまれるが早いはやいか、急きゅうに窮屈きゅうくつがり出しだしました。
私わたくしはすぐ兄さんあにさんを伴れつれて、表ひょうへ出でて見みました。
すると、普通ふつうの町まちならまず往来おうらいに当るあたる所ところが、一面いちめんの川床かわどこで、青いあおい水みずが岩いわに打つかりぶつかりながらその中なかを流れながれているのです。
だから歩くあるくと云っいっても、歩きあるきたいだけ歩くあるく余地よちは無論むろんありませんでした。
私わたくしは川かわの真中まなかの岩いわの間まから出るでる温泉おんせんに兄さんあにさんを誘い込みさそいこみました。
男おとこも女おんなもごちゃごちゃに一いちつ所ところに浸っひたっているのが面白かっおもしろかったからです。
不潔ふけつな事ことも話はなしの種しゅになるくらいでした。
兄さんあにさんと私わたくしはさすがにそこへ浴衣ゆかたを投げ棄てなげすてて這入るはいる勇気ゆうきはありませんでした。
しかし湯ゆの中なかにいる黒いくろい人間にんげんを、岩いわの上うえに立ったって物もの好よしみらしくいつまでも眺めながめていました。
兄さんあにさんは嬉しうれしそうでした。
岩いわから岸きしに渡しわたした危ないあぶない板いたを踏みふみながら元もとの路みちへ引き返すひきかえす時じに、兄さんあにさんは「善男ぜんなん善女ぜんにょ」という言葉ことばを使いつかいました。
それが雑談ざつだん半分はんぶんの形容詞けいようしでなく、全くまったくそう思わおもわれたらしいのです。
翌朝よくあさ楊枝ようじを銜えくわえながら、いっしょに内風呂うちぶろに浸っひたった時じ、兄さんあにさんは「昨夕さくゆうも寝ねられないで困っこまった」と云いいいました。
私わたくしは今いまの兄さんあにさんに取っとって寝ねられないが一番いちばん毒どくだと考えかんがえていましたので、ついそれを問題もんだいにしました。
「寝ねられないと、どうかして寝ようねよう寝ようねようと焦るあせるだろう」と私わたくしが聞きききました。
「全くまったくそうだ、だからなお寝ねられなくなる」と兄さんあにさんが答えこたえました。
「君きみ、寝ねなければ誰だれかにすまない事ことでもあるのか」と私わたくしがまた聞きききました。
兄さんあにさんは変へんな顔かおをしました。
石いしで畳んたたんだ風呂ふろ槽そうの縁えんに腰こしをかけて、自分じぶんの手てや腹はらを眺めながめていました。
兄さんあにさんは御存じごぞんじの通りとおり余りあまり肥っふとってはいません。
「僕ぼくも時々ときどき寝ねられない事ことがあるが、寝ねられないのもまた愉快ゆかいなものだ」と私わたくしが云いいいました。
「どうして」と今度こんどは兄さんあにさんが聞きききました。
私わたくしはその時じ私わたくしの覚えおぼえていた灯影とうえい無む睡ねむを照てらしし心こころ清きよし妙香みょうこうを聞くきくという古人こじんの句くを兄さんあにさんのために挙げあげました。
すると兄さんあにさんはたちまち私わたくしの顔かおを見みてにやにや笑いわらいました。
「君きみのような男おとこにそういう趣おもむきが解るわかるかね」と云っいって、不審ふしんそうな様子ようすをしました。
三十六さんじゅうろく
その日ひ私わたくしはまた兄さんあにさんを引張りひっぱり出しだして今度こんどは山やまへ行きいきました。
上うえを見みて山やまに行きいき、下したを向いむかいて湯ゆに入るはいる、それよりほかにする事ことはまずない所ところなのですから。
兄さんあにさんは痩せやせた足あしを鞭むちのように使っつかって細いほそい道みちを達者たっしゃに歩きあるきます。
その代りかわり疲れるつかれる事こともまた人一倍ひといちばい早いはやいようです。
肥っふとった私わたくしがのそのそ後あとから上っのぼって行くいくと、木きの根ねに腰こしをかけて、せえせえ云っいっています。
兄さんあにさんのは他ほかを待ち合せるまちあわせるのではありません。
自分じぶんが呼息こそくを切らしきらしてやむをえずに斃れるたおれるのです。
兄さんあにさんは時々ときどき立ち留まったちどまって茂みしげみの中なかに咲いさいている百合ゆりを眺めながめました。
一度いちどなどは白いしろい花片かへんをとくに指しさして、「あれは僕ぼくの所有しょゆうだ」と断りことわりました。
私わたくしにはそれが何なんの意味いみだか解りわかりませんでしたが、別べつに聞き返すききかえす気きも起らおこらずに、とうとう天辺てっぺんまで上りのぼりました。
二人ふたりでそこにある茶屋ちゃやに休んやすんだ時じ、兄さんあにさんはまた足あしの下したに見えるみえる森もりだの谷たにだのを指しさして、「あれらもことごとく僕ぼくの所有しょゆうだ」と云いいいました。
二に度どまで繰り返さくりかえされたこの言葉ことばで、私わたくしは始めはじめて不審ふしんを起しおこしました。
しかしその不審ふしんはその場ばですぐ晴らすはらす訳わけに行きいきませんでした。
私わたくしの質問しつもんに対するたいする兄さんあにさんの答こたえは、ただ淋しいさびしい笑わらいに過ぎすぎなかったのです。
我々われわれはその茶店ちゃみせの床几しょうぎの上うえで、しばらく死んしんだように寝ねていました。
その間ま兄さんあにさんは何なんを考えかんがえていたか知りしりません。
私わたくしはただ明らかあきらかな空そらを流れるながれる白いしろい雲くもの様子ようすばかり見みていました。
私わたくしの眼めはきらきらしました。
しだいに帰り途かえりみちの暑さあつさが想いおもいやられるようになりました。
私わたくしは兄さんあにさんを促しうながしてまた山やまを下りくだりました。
その時じです。
兄さんあにさんが突然とつぜん後あとから私わたくしの肩かたをつかんで、「君きみの心こころと僕ぼくの心こころとはいったいどこまで通じつうじていて、どこから離れはなれているのだろう」と聞いきいたのは。
私わたくしは立ちどまるたちどまると同時どうじに、左ひだりの肩かたを二三にさん度ど強くつよく小しょう突き廻さつきまわされました。
私わたくしは身体しんたいに感ずるかんずる動揺どうようを、同じおなじように心こころでも感じかんじました。
私わたくしは平生へいぜいから兄さんあにさんを思索しさく家いえと考えかんがえていました。
いっしょに旅たびに出でてからは、宗教しゅうきょうに這入ろうはいろうと思っおもって這入口くちが分らわからないで困っこまっている人ひとのようにも解釈かいしゃくして見みました。
私わたくしが心こころに動揺どうようを感じかんじたというのは、はたして兄さんあにさんのこの質問しつもんが、そういう立場たちばから出でたのであろうかと迷っまよったからです。
私わたくしはあまり物ものに頓着とんちゃくしない性質せいしつです。
またあまり物ものに驚かおどろきかない、いたって鈍なまくらな男おとこです。
けれども出立しゅったつ前まえあなたからいろいろ依頼いらいを受けうけたため、兄さんあにさんに対したいしてだけは、妙みょうに鋭敏えいびんになりたがっていました。
私わたくしは少しすこし平気へいきの道みちを踏み外しふみはずしそうになりました。
「(人ひとから人ひとへ掛け渡すかけわたす橋はしはない)」 私わたくしはつい覚えおぼえていた独逸どいつの諺ことわざを返事へんじに使いつかいました。
無論むろん半分はんぶんは問題もんだいを面倒めんどうにしない故意こいの作略さりゃくも交っかっていたでしょうが。
すると兄さんあにさんは、「そうだろう、今いまの君きみはそうよりほかに答えこたえられまい」と云ういうのです。
私わたくしはすぐ「なぜ」と聞き返しききかえしました。
「自分じぶんに誠実せいじつでないものは、けっして他人たにんに誠実せいじつであり得とくない」 私わたくしは兄さんあにさんのこの言葉ことばを、自分じぶんのどこへ応用おうようして好いよいか気きがつきませんでした。
「君きみは僕ぼくのお守おかみになって、わざわざいっしょに旅行りょこうしているんじゃないか。僕ぼくは君きみの好意こういを感謝かんしゃする。けれどもそういう動機どうきから出るでる君きみの言動げんどうは、誠まことを装うよそおう偽りいつわりに過ぎすぎないと思うおもう。朋友ほうゆうとしての僕ぼくは君きみから離れるはなれるだけだ」 兄さんあにさんはこう断言だんげんしました。
そうして私わたくしをそこへ取残しとりのこしたまま、一人ひとりでどんどん山道さんどうを馳はせけ下りくだりて行きいきました。
その時じ私わたくしも兄さんあにさんの口くちを迸しるEinsamkeit,dumeineHeimatEinsamkeit!
(孤独こどくなるものよ、汝なんじはわが住居じゅうきょなり)という独逸どいつ語ごを聞きききました。
三十七さんじゅうなな
私わたくしは心配しんぱいしいしい宿やどへ帰りかえりました。
兄さんあにさんは室むろの真ん中まんなかに蒼いあおい顔かおをして寝ねていました。
私わたくしの姿すがたを見みても口くちを利きききません、動きうごきもしません。
私わたくしは自然しぜんを尊むとうとむ人ひとを、自然しぜんのままにしておく方針ほうしんを取りとりました。
私わたくしは静かしずかに兄さんあにさんの枕元まくらもとで一服いっぷくしました。
それから気持きもちの悪いわるい汗あせを流すながすために手拭てぬぐいを持っもって風呂場ふろばへ行きいきました。
私わたくしが湯槽ゆぶねの縁えんに立ったって身体しんたいを清めきよめていると、兄さんあにさんが後あとからやって来きました。
二人ふたりはその時じ始めはじめて物ものを云い合いいいあいました。
私わたくしは「疲れつかれたろう」と聞きききました。
兄さんあにさんは「疲れつかれた」と答えこたえました。
午うまの膳ぜんに向うむこう頃ころから兄さんあにさんの機嫌きげんはだんだん回復かいふくして来きました。
私わたくしはついに兄さんあにさんに向っむかって、先刻せんこく山やま途とで二人ふたりの間まに起っおこった芝居しばいがかりの動作どうさに云いいい及びおよびました。
兄さんあにさんは始めはじめのうちは苦笑くしょうしていました。
しかししまいには居い住居じゅうきょを直しなおして真面目まじめになりました。
そうして実際じっさい孤独こどくの感かんに堪えこらえないのだと云い張りいいはりました。
私わたくしはその時じ始めはじめて兄さんあにさんの口くちから、彼かれがただに社会しゃかいに立ったってのみならず、家庭かていにあっても一様いちように孤独こどくであるという痛ましいいたましい自白じはくを聞かさきかされました。
兄さんあにさんは親しいしたしい私わたくしに対したいして疑念ぎねんを持っもっている以上いじょうに、その家庭かていの誰彼だれかれを疑っうたがっているようでした。
兄さんあにさんの眼めには御ご父さんちちさんも御ご母さんははさんも偽にせの器うつわなのです。
細君さいくんはことにそう見えるみえるらしいのです。
兄さんあにさんはその細君さいくんの頭あたまにこの間ま手てを加えくわえたと云いいいました。
「一度いちど打っうっても落ちついおちついている。二に度ど打っうっても落ちついおちついている。三さん度目どめには抵抗ていこうするだろうと思っおもったが、やっぱり逆らわさからわない。僕ぼくが打てうてば打つうつほど向むかいはレデーでーらしくなる。そのために僕ぼくはますます無頼漢ぶらいかん扱いあつかいにされなくてはすまなくなる。僕ぼくは自分じぶんの人格じんかくの堕落だらくを証明しょうめいするために、怒どを小羊こひつじの上うえに洩らすもらすと同じおなじ事ことだ。夫おっとの怒どを利用りようして、自分じぶんの優越ゆうえつに誇ろうほころうとする相手あいては残酷ざんこくじゃないか。君きみ、女おんなは腕力わんりょくに訴えるうったえる男おとこより遥はるかに残酷ざんこくなものだよ。僕ぼくはなぜ女おんなが僕ぼくに打たうたれた時じ、起っおこって抵抗ていこうしてくれなかったと思うおもう。抵抗ていこうしないでも好いよいから、なぜ一言ひとことでも云いいい争っあらそってくれなかったと思うおもう」 こういう兄さんあにさんの顔かおは苦痛くつうに充ちみちていました。
不思議ふしぎな事ことに兄さんあにさんはこれほど鮮明せんめいに自分じぶんが細君さいくんに対するたいする不快ふかいな動作どうさを話しはなしておきながら、その動作どうさをあえてするに至っいたった原因げんいんについては、具体的ぐたいてきにほとんど何事なにごとも語らかたらないのです。
兄さんあにさんはただ自分じぶんの周囲しゅういが偽にせで成立せいりつしていると云いいいます。
しかもその偽にせを私わたくしの眼めの前まえで組み立てくみたてて見せようみせようとはしません。
私わたくしは何なんでこの空漠くうばくな響ひびきをもつ偽にせという字じのために、兄さんあにさんがそれほど興奮こうふんするかを不審ふしんがりました。
兄さんあにさんは私わたくしが偽にせという言葉ことばを字引じびきで知っしっているだけだから、そんな迂濶うかつな不審ふしんを起すおこすのだと云っいって、実際じっさいに遠いとおい私わたくしを窘なめました。
兄さんあにさんから見れみれば、私わたくしは実際じっさいに遠いとおい人間にんげんなのです。
私わたくしは強いてしいて兄さんあにさんから偽にせの内容ないようを聞こうきこうともしませんでした。
したがって兄さんあにさんの家庭かていにはどんな面倒めんどうな事情じじょうが縺れ合っもつれあっているか、私わたくしにはとんと解りわかりません。
好んこのんで聞くきくべき筋すじでもなし、また聞いきいておかないでも、家庭かていの一員いちいんたるあなたには報道ほうどうの必要ひつようのない事ことと思いおもいましたから、そのままにしてすましました。
ただ御ご参考さんこうまでに一言ひとこと注意ちゅういしておきますが、兄さんあにさんはその時じ御ご両親りょうしんや奥さんおくさんについて、抽象的ちゅうしょうてきながら云々うんぬんされたにかかわらず、あなたに関しかんしては、二郎じろうという名前なまえさえ口くちにされませんでした。
それからお重おしげさんとかいう妹いもうとさんの事ことについても何になんにも云わいわれませんでした。
三十八さんじゅうはち
私わたくしが兄さんあにさんにマラルメまらるめの話はなしをしたのは修善寺しゅぜんじを立ったって小田原おだわらへ来きた晩ばんの事ことです。
専門せんもんの違うちがうあなただから、あるいは失礼しつれいにもなるまいと思っおもって書き添えかきそえますが、マラルメまらるめと云ういうのは有名ゆうめいな仏蘭西ふらんすの詩人しじんの名前なまえです。
こういう私わたくしも実じつはその名前なまえだけしか知らしらないのです。
だから話はなしと云っいったところで作物さくもつの批評ひひょうなどではありません。
東京とうきょうを立つたつ前まえに、取りつけとりつけの外国がいこく雑誌ざっしの封ふうを切っきって、ちょっと眼めを通しとおしたら、そのうちにこの詩人しじんの逸話いつわがあったのを、面白いおもしろいと思っおもって覚えおぼえていたので、私わたくしはついそれを挙げあげて、兄さんあにさんの反省はんせいを促しうながして見みたくなったのです。
このマラルメまらるめと云ういう人ひとにも多くおおくの若いわかい崇拝すうはい者ものがありました。
その人ひと達とおるはよく彼かれの家いえに集まっあつまって、彼かれの談話だんわに耳みみを傾けるかたむける宵よいを更しふかしたのですが、いかに多くおおくの人ひとが押しかけおしかけても、彼かれの坐るすわるべき場所ばしょは必ずかならず暖炉だんろの傍そばで、彼かれの腰こしをおろすのは必ずかならず一いち箇の揺椅ときまっていました。
これは長いながい習慣しゅうかんで定めさだめられた規則きそくのように、誰だれも犯すおかすものがなかったという事ことです。
ところがある晩ばん新しいあたらしい客きゃくが来きました。
たしか英吉利いぎりすのシモンズしもんずだったという話はなしですが、その客きゃくは今日きょうまでの習慣しゅうかんをまるで知らしらないので、どの席せきもどの椅子いすも同じおなじ価あたいと心得こころえたのでしょう、当然とうぜんマラルメまらるめの坐るすわるべきかの特別とくべつの椅子いすへ腰こしをかけてしまいました。
マラルメまらるめは不安ふあんになりました。
いつものように話はなしに実じつが入りいりませんでした。
一座いちざは白けしらけました。
「何なんという窮屈きゅうくつな事ことだろう」 私わたくしはマラルメまらるめの話はなしをした後あとで、こういう一句いっくの断案だんあんを下しおろしました。
そうして兄さんあにさんに向っむかって、「君きみの窮屈きゅうくつな程度ていどはマラルメまらるめよりも烈しいはげしい」と云いいいました。
兄さんあにさんは鋭敏えいびんな人ひとです。
美的びてきにも倫理的りんりてきにも、智さとし的まとにも鋭敏えいびん過ぎすぎて、つまり自分じぶんを苦しめくるしめに生れうまれて来きたような結果けっかに陥っおちいっています。
兄さんあにさんには甲こうでも乙おつでも構わかまわないという鈍なまくらなところがありません。
必ずかならず甲こうか乙おつかのどっちかでなくては承知しょうちできないのです。
しかもその甲こうなら甲こうの形かたちなり程度ていどなり色合いろあいなりが、ぴたりと兄さんあにさんの思うおもう坪つぼに嵌らはまらなければ肯がわないのです。
兄さんあにさんは自分じぶんが鋭敏えいびんなだけに、自分じぶんのこうと思っおもった針金はりがねのように際どいきわどい線せんの上うえを渡っわたって生活せいかつの歩あゆみを進めすすめて行きいきます。
その代りかわり相手あいても同じおなじ際どいきわどい針金はりがねの上うえを、踏み外さふみはずさずに進んすすんで来きてくれなければ我慢がまんしないのです。
しかしこれが兄さんあにさんのわがままから来るくると思うおもうと間違いまちがいです。
兄さんあにさんの予期よき通りとおりに兄さんあにさんに向っむかって働きかけるはたらきかける世の中よのなかを想像そうぞうして見るみると、それは今いまの世の中よのなかより遥はるかに進んすすんだものでなければなりません。
したがって兄さんあにさんは美的びてきにも智さとし的まとにも乃至ないし倫理的りんりてきにも自分じぶんほど進んすすんでいない世の中よのなかを忌むいむのです。
だからただのわがままとは違うちがうでしょう。
椅子いすを失っうしなって不安ふあんになったマラルメまらるめの窮屈きゅうくつではありますまい。
しかし苦しいくるしいのはあるいはそれ以上いじょうかも知れしれません。
私わたくしはどうかしてその苦みにがみから兄さんあにさんを救い出しすくいだしたいと念じねんじているのです。
兄さんあにさんも自分じぶんでその苦しみくるしみに堪えこらえ切れきれないで、水みずに溺れおぼれかかった人ひとのように、ひたすら藻掻いもがいているのです。
私わたくしには心こころのなかのその争いあらそいがよく見えみえます。
しかし天賦てんぷの能力のうりょくと教養きょうようの工夫くふうとでようやく鋭くするどくなった兄さんあにさんの眼めを、ただ落ちつきおちつきを与えるあたえる目的もくてきのために、再びふたたび昧まいくしなければならないという事ことが、人生じんせいの上うえにおいてどんな意義いぎになるでしょうか。
よし意義いぎがあるにしたところで、人間にんげんとしてできうる仕事しごとでしょうか。
私わたくしはよく知っしっていました。
考えかんがえて考えかんがえて考えかんがえ抜いぬいた兄さんあにさんの頭あたまには、血ちと涙なみだで書かかかれた宗教しゅうきょうの二に字じが、最後さいごの手段しゅだんとして、躍りおどり叫んさけんでいる事ことを知っしっていました。
三十九さんじゅうきゅう
「死ぬしぬか、気きが違うちがうか、それでなければ宗教しゅうきょうに入るはいるか。僕ぼくの前途ぜんとにはこの三さんつのものしかない」 兄さんあにさんははたしてこう云いいい出しだしました。
その時じ兄さんあにさんの顔かおは、むしろ絶望ぜつぼうの谷たにに赴くおもむく人ひとのように見えみえました。
「しかし宗教しゅうきょうにはどうも這入れはいれそうもない。死ぬしぬのも未練みれんに食いとめくいとめられそうだ。なればまあ気違きちがいだな。しかし未来みらいの僕ぼくはさておいて、現在げんざいの僕ぼくは君きみ正気せいきなんだろうかな。もうすでにどうかなっているんじゃないかしら。僕ぼくは怖くこわくてたまらない」 兄さんあにさんは立ったって縁側えんがわへ出でました。
そこから見えるみえる海うみを手摺てすりに倚っよってしばらく眺めながめていました。
それから室むろの前まえを二三にさん度ど行っいったり来きたりした後あと、また元もとの所ところへ帰っかえって来きました。
「椅子いすぐらい失っうしなって心こころの平和へいわを乱さみだされるマラルメまらるめは幸いさいわいなものだ。僕ぼくはもうたいていなものを失っうしなっている。わずかに自己じこの所有しょゆうとして残っのこっているこの肉体にくたいさえ、(この手てや足あしさえ、)遠慮えんりょなく僕ぼくを裏切るうらぎるくらいだから」 兄さんあにさんのこの言葉ことばは、好いよい加減かげんな形容けいようではないのです。
昔むかしから内省ないせいの力ちからに勝っかっていた兄さんあにさんは、あまり考えかんがえた結果けっかとして、今いまはこの力ちからの威圧いあつに苦しみくるしみ出しだしているのです。
兄さんあにさんは自分じぶんの心こころがどんな状態じょうたいにあろうとも、一応いちおうそれを振り返っふりかえって吟味ぎんみした上うえでないと、けっして前まえへ進めすすめなくなっています。
だから兄さんあにさんの命いのちの流れながれは、刹那せつな刹那せつなにぽつぽつと中断ちゅうだんされるのです。
食事しょくじ中なか一いち分ぶんごとに電話でんわ口くちへ呼び出さよびだされるのと同じおなじ事ことで、苦しいくるしいに違いありません。
しかし中断ちゅうだんするのも兄さんあにさんの心こころなら、中断ちゅうだんされるのも兄さんあにさんの心こころですから、兄さんあにさんはつまるところ二につの心こころに支配しはいされていて、その二につの心こころが嫁よめと姑しゅうとめのように朝あさから晩ばんまで責めせめたり、責めせめられたりしているために、寸時すんじの安心あんしんも得とくられないのです。
私わたくしは兄さんあにさんの話はなしを聞いきいて、始めはじめて何なんも考えかんがえていない人ひとの顔かおが一番いちばん気高いけだかいと云っいった兄さんあにさんの心こころを理解りかいする事ことができました。
兄さんあにさんがこの判断はんだんに到着とうちゃくしたのは、全くまったく考えかんがえた御蔭みかげです。
しかし考えかんがえた御蔭みかげでこの境界きょうかいには這入れはいれないのです。
兄さんあにさんは幸福こうふくになりたいと思っおもって、ただ幸福こうふくの研究けんきゅうばかりしたのです。
ところがいくら研究けんきゅうを積んつんでも、幸福こうふくは依然いぜんとして対岸たいがんにあったのです。
私わたくしはとうとう兄さんあにさんの前まえに神かみという言葉ことばを持ち出しもちだしました。
そうして意外いがいにも突然とつぜん兄さんあにさんから頭あたまを打たうたれました。
しかしこれは小田原おだわらで起っおこった最後さいごの幕まくです。
頭あたまを打たうたれる前まえにまだ一節いっせつありますから、まずそれから御ご報知ほうちしようと思いおもいます。
しかし前まえにも申しもうした通りとおり、あなたと私わたくしとはまるで専門せんもんが違いちがいますので、私わたくしの筆ふでにする事ことが、時じによると変へんに物もの識しきめいた余計よけいな云いいい草くさのように、あなたの眼めに映るうつるかも知れしれません。
それであなたに関係かんけいのない片仮名かたかななどを入れるいれる時じは、なおさら躊躇ちゅうちょしがちになりますが、これでも必要ひつようと認めみとめない限りかぎり、なるべくそんな性質せいしつの文字もじは、省いはぶいているのですから、あなたもそのつもりで虚心きょしんに読んよんで下さいください。
少しすこしでもあなたの心こころに軽薄けいはくという疑念ぎねんが起るおこるようでは、せっかく書いかいて上げあげたものが、前後ぜんごを通じつうじて、何なんの役やくにも立たたたなくなる恐れおそれがありますから。
私わたくしがまだ学校がっこうにいた時分じぶん、モハメッドもはめっどについて伝えつたえられた下したのような物語ものがたりを、何なんかの書物しょもつで読んよんだ事ことがあります。
モハメッドもはめっどは向うむこうに見えるみえる大きなおおきな山やまを、自分じぶんの足元あしもとへ呼び寄せよびよせて見せるみせるというのだそうです。
それを見みたいものは何月なんがつ何日なんにちを期しきしてどこへ集まれあつまれというのだそうです。
四十よんじゅう
期日きじつになって幾多いくたの群衆ぐんしゅうが彼かれの周囲しゅういを取巻いとりまいた時じ、モハメッドもはめっどは約束やくそく通りとおり大きなおおきな声こえを出しだして、向うむこうの山やまにこっちへ来いこいと命令めいれいしました。
ところが山やまは少しすこしも動きうごき出しだしません。
モハメッドもはめっどは澄ましすましたもので、また同じおなじ号令ごうれいをかけました。
それでも山やまは依然いぜんとしてじっとしていました。
モハメッドもはめっどはとうとう三さん度ど号令ごうれいを繰返さくりかえさなければならなくなりました。
しかし三さん度ど云っいっても、動くうごく気色けしきの見えみえない山やまを眺めながめた時じ、彼かれは群衆ぐんしゅうに向っむかって云いいいました。
――「約束やくそく通りとおり自分じぶんは山やまを呼び寄せよびよせた。しかし山やまの方ほうでは来きたくないようである。山やまが来きてくれない以上いじょうは、自分じぶんが行くいくよりほかに仕方しかたがあるまい」。
彼かれはそう云っいって、すたすた山やまの方ほうへ歩いあるいて行っいったそうです。
この話はなしを読んよんだ当時とうじの私わたくしはまだ若うわこうございました。
私わたくしはいい滑稽こっけいの材料ざいりょうを得とくたつもりで、それを方々かたがたへ持っもって廻りまわりました。
するとそのうちに一人ひとりの先輩せんぱいがありました。
みんなが笑うわらうのに、その先輩せんぱいだけは「ああ結構けっこうな話はなしだ。宗教しゅうきょうの本義ほんぎはそこにある。それで尽しつくしている」と云いいいました。
私わたくしは解らわからぬながらも、その言葉ことばに耳みみを傾けかたむけました。
私わたくしが小田原おだわらで兄さんあにさんに同じおなじ話はなしを繰返しくりかえしたのは、それから何なん年ねん目めになりますか、話はなしは同じおなじ話はなしでも、もう滑稽こっけいのためではなかったのです。
「なぜ山やまの方ほうへ歩いあるいて行かいかない」 私わたくしが兄さんあにさんにこう云っいっても、兄さんあにさんは黙っだまっています。
私わたくしは兄さんあにさんに私わたくしの主意しゅいが徹してっしないのを恐れおそれて、つけ足しつけたしました。
「君きみは山やまを呼び寄せるよびよせる男おとこだ。呼び寄せよびよせて来きないと怒るおこる男おとこだ。地団太じだんだを踏んふんで口惜しくやしがる男おとこだ。そうして山やまを悪くわるく批判ひはんする事ことだけを考えるかんがえる男おとこだ。なぜ山やまの方ほうへ歩いあるいて行かいかない」「もし向うむこうがこっちへ来るくるべき義務ぎむがあったらどうだ」と兄さんあにさんが云いいいます。
「向うむこうに義務ぎむがあろうとあるまいと、こっちに必要ひつようがあればこっちで行くいくだけの事ことだ」と私わたくしが答えこたえます。
「義務ぎむのないところに必要ひつようのあるはずがない」と兄さんあにさんが主張しゅちょうします。
「じゃ幸福こうふくのために行くいくさ。必要ひつようのために行きいきたくないなら」と私わたくしがまた答えこたえます。
兄さんあにさんはこれでまた黙りだまりました。
私わたくしのいう意味いみはよく兄さんあにさんに解っわかっているのです。
けれども是非ぜひ、善悪ぜんあく、美醜びしゅうの区別くべつにおいて、自分じぶんの今日きょうまでに養いやしない上げあげた高いたかい標準ひょうじゅんを、生活せいかつの中心ちゅうしんとしなければ生きいきていられない兄さんあにさんは、さらりとそれを擲っなぐって、幸福こうふくを求めるもとめる気きになれないのです。
むしろそれにぶら下がりぶらさがりながら、幸福こうふくを得ようえようと焦燥しょうそうるのです。
そうしてその矛盾むじゅんも兄さんあにさんにはよく呑み込めのみこめているのです。
「自分じぶんを生活せいかつの心棒しんぼうと思わおもわないで、綺麗きれいに投げ出しなげだしたら、もっと楽らくになれるよ」と私わたくしがまた兄さんあにさんに云いいいました。
「じゃ何なんを心棒しんぼうにして生きいきて行くいくんだ」と兄さんあにさんが聞きききました。
「神かみさ」と私わたくしが答えこたえました。
「神かみとは何なんだ」と兄さんあにさんがまた聞きききました。
私わたくしはここでちょっと自白じはくしなければなりません。
私わたくしと兄さんあにさんとこう問答もんどうをしているところを御ご読みよみになるあなたには、私わたくしがさも宗教家しゅうきょうからしく映ずるえいずるかも知れしれませんが、――私わたくしがどうかして兄さんあにさんを信仰しんこうの道みちに引き入れようひきいれようと力めりきめているように見えるみえるかも知れしれませんが、実じつを云ういうと、私わたくしは耶蘇やそにもモハメッドもはめっどにも縁えんのない、平凡へいぼんなただの人間にんげんに過ぎすぎないのです。
宗教しゅうきょうというものをそれほど必要ひつようとも思わおもわないで、漫然まんぜんと育っそだった自然しぜんの野人やじんなのです。
話はなしがとかくそちらへ向くむくのは、全くまったく相手あいてに兄さんあにさんという烈しいはげしい煩悶はんもん家いえを控えひかえているためだったのです。
四十一よんじゅういち
私わたくしが兄さんあにさんにやられた原因げんいんも全くまったくそこにあったのです。
事実じじつ私わたくしは神かみというものを知らしらない癖くせに、神かみという言葉ことばを口くちにしました。
兄さんあにさんから反問はんもんされた時じに、それは天てんとか命いのちとかいう意味いみと同じおなじものだと漠然ばくぜん答えこたえておいたら、まだよかったかも知れしれません。
ところが前後ぜんごの行きがかりいきがかり上うえ、私わたくしにはそんな説明せつめいの余裕よゆうがなくなりました。
その時じの問答もんどうはたしか下したのような順序じゅんじょで進行しんこうしたかと思いおもいます。
私わたくし「世の中よのなかの事ことが自分じぶんの思うおもうようにばかりならない以上いじょう、そこに自分じぶん以外いがいの意志いしが働いはたらいているという事実じじつを認めみとめなくてはなるまい」「認めみとめている」私わたくし「そうしてその意志いしは君きみのよりも遥はるかに偉大いだいじゃないか」「偉大いだいかも知れしれない、僕ぼくが負けるまけるんだから。けれども大概たいがいは僕ぼくのよりも不善ふぜんで不美ふみで不ふ真しんだ。僕ぼくは彼かれらに負かさまかされる訳わけがないのに負かさまかされる。だから腹はらが立つたつのだ」私わたくし「それは御ご互たがいに弱いよわい人間にんげん同志どうしの競合きょうごうを云ういうんだろう。僕ぼくのはそうじゃない、もっと大きなおおきなものを指すさすのだ」「そんな瞹眛なものがどこにある」私わたくし「なければ君きみを救うすくう事ことができないだけの話はなしだ」「じゃしばらくあると仮定かていして……」私わたくし「万事ばんじそっちへ委任いにんしてしまうのさ。何なん分ぶん宜しくよろしく御ご頼みたのみ申しもうしますって。君きみ、俥くるまに乗っのったら、落おちことさないように車夫しゃふが引いひいてくれるだろうと安心あんしんして、俥くるまの上うえで寝るねる事ことはできないか」「僕ぼくは車夫しゃふほど信用しんようできる神かみを知らしらないのだ。君きみだってそうだろう。君きみのいう事ことは、全くまったく僕ぼくのために拵えこしらえた説教せっきょうで、君きみ自身じしんに実行じっこうする経典きょうてんじゃないのだろう」私わたくし「そうじゃない」「じゃ君きみは全くまったく我われを投げ出しなげだしているね」私わたくし「まあそうだ」「死のうしのうが生きよういきようが、神かみの方ほうで好いよいように取計とりはからいってくれると思っおもって安心あんしんしているね」私わたくし「まあそうだ」 私わたくしは兄さんあにさんからこう詰つめ寄せよせられた時じ、だんだん危きしくなって来るくるような気きがしました。
けれども前後ぜんごの勢いいきおいが自分じぶんを支配しはいしている最中さいちゅうなので、またどうする訳わけにも行きいきません。
すると兄さんあにさんが突然とつぜん手てを挙げあげて、私わたくしの横面よこつらをぴしゃりと打ちうちました。
私わたくしは御承知ごしょうちの通りとおりよほど神経しんけいの鈍くにぶくできた性質せいしつです。
御蔭みかげで今日きょうまで余りあまり人ひとと争っあらそった事こともなく、また人ひとを怒らしいからした試みも知らしらずに過ぎすぎました。
私わたくしの鈍いにぶいせいでもあったでしょうが、子供こどもの時じですら親おやに打たうたれた覚えおぼえはありません。
成人せいじんしては無論むろんの事ことです。
生れうまれて始めてはじめて手てを顔かおに加えくわえられた私わたくしはその時じわれ知らしらずむっとしました。
「何なんをするんだ」「それ見ろみろ」 私わたくしにはこの「それ見ろみろ」が解らわからなかったのです。
「乱暴らんぼうじゃないか」と私わたくしが云いいいました。
「それ見ろみろ。少しすこしも神かみに信頼しんらいしていないじゃないか。やっぱり怒るおこるじゃないか。ちょっとした事ことで気分きぶんの平均へいきんを失ううしなうじゃないか。落ちつきおちつきが顛覆てんぷくするじゃないか」 私わたくしは何なんとも答えこたえませんでした。
また何なんとも答えこたえられませんでした。
そのうちに兄さんあにさんはつと座ざを立ちたちました。
私わたくしの耳みみにはどんどん階子段はしごだんを馳はせけ下りくだりて行くいく兄さんあにさんの足音あしおとだけが残りのこりました。
四十二よんじゅうに
私わたくしは下女げじょを呼んよんで伴ともの御客ごきゃくさんはどうしたと聞いきいて見みました。
「今しがたいましがた表ひょうへ御ご出でになりました。おおかた浜はまでしょう」 下女げじょの返事へんじが私わたくしの想像そうぞうと一致いっちしたので、私わたくしはそれ以上いじょうの掛かかり念ねんを省いはぶいて、ごろりとそこに横よこになりました。
すると衣桁いこうの端はしにかかっている兄さんあにさんの夏なつ帽子ぼうしがすぐ眼めに着きつきました。
兄さんあにさんはこの暑いあついのに帽子ぼうしも被らかぶらずにどこかへ飛び出しとびだして行っいったのです。
あなたのように、兄さんあにさんの一挙一動いっきょいちどうを心配しんぱいする人ひとから見みたら、仰向けあおむけに寝そべっねそべったその時じの私わたくしの姿すがたは、少しすこし呑気のんき過ぎすぎたかも知れしれません。
これは固よりもとより私わたくしの鈍いにぶい神経しんけいの仕業しわざに違いないのです。
けれどもただ鈍いにぶいだけで説明せつめいする以外いがいに、もう少しすこし御ご参考さんこうになる点てんも交っかっているようですから、それをちょっと申上げもうしあげます。
私わたくしは兄さんあにさんの頭あたまを信じしんじていました。
私わたくしよりも鋭敏えいびんな兄さんあにさんの理解力りかいりょくに尊敬そんけいを払っはらっていました。
兄さんあにさんは時々ときどき普通ふつうの人ひとに解らわからないような事ことを出し抜けだしぬけに云いいいます。
それが知らしらないものの耳みみや、教育きょういくの乏しいとぼしい男おとこの耳みみには、どこかに破目はめの入っはいった鐘かねの音おととして、変へんに響くひびくでしょうけれども、よく兄さんあにさんを心得こころえた私わたくしには、かえって習慣しゅうかん的まとな言説げんせつよりはありがたかったのです。
私わたくしは平生へいぜいからそこに兄さんあにさんの特色とくしょくを認めみとめていました。
だから心配しんぱいの必要ひつようはないと、あれほど強くつよくあなたに断言だんげんして憚らはばからなかったのです。
それでいっしょに旅たびに出でました。
旅たびへ出でてからの兄さんあにさんは今までいままで私わたくしが叙述じょじゅつして来きた通りとおりですが、私わたくしはこの旅行先りょこうさきの兄さんあにさんのために、少しすこしずつ故この考えかんがえを訂正ていせいしなければならないようになって来きたのです。
私わたくしは兄さんあにさんの頭あたまが、私わたくしより判然はんぜんと整っととのっている事ことについて、今いまでも少しすこしの疑いうたがいを挟きょうさむ余地よちはないと思いおもいます。
しかし人間にんげんとしての今いまの兄さんあにさんは、故こに較べるくらべると、どこか乱れみだれているようです。
そうしてその乱れるみだれる原因げんいんを考えかんがえて見るみると、判然はんぜんと整っととのった彼かれの頭あたまの働きはたらきそのものから来きているのです。
私わたくしから云えいえば、整っととのった頭あたまには敬意けいいを表しあらわしたいし、また乱れみだれた心こころには疑いうたがいをおきたいのですが、兄さんあにさんから見れみれば、整っととのった頭あたま、取りとりも直さなおさず乱れみだれた心こころなのです。
私わたくしはそれで迷いまよいます。
頭あたまは確かくである、しかし気きはことによると少しすこし変へんかも知れしれない。
信用しんようはできる、しかし信用しんようはできない。
こう云っいったらあなたはそれを満足まんぞくな報道ほうどうとして受け取らうけとられるでしょうか。
それよりほかに云いいいようのない私わたくしは、自分自身じぶんじしんですでに困っこまってしまったのです。
私わたくしは梯子段はしごだんをどんどん馳はせけ下りくだりて行っいった兄さんあにさんをそのままにして、ごろりと横よこになりました。
私わたくしはそれほど安心あんしんしていたのです。
帽子ぼうしも被らかぶらずに出でて行っいったくらいだから、すぐ帰るかえるにきまっていると考えかんがえたのです。
しかし兄さんあにさんは予想よそう通りとおりそう手軽くてがるくは戻りもどりませんでした。
すると私わたくしもついに大の字だいのじになっていられなくなりました。
私わたくしはしまいに明らかあきらかな不安ふあんを抱いいだいて起ち上りたちあがりました。
浜はまへ出るでると、日ひはいつか雲くもに隠れかくれていました。
薄うすどんよりと曇り掛けくもりかけた空そらと、その下したにある磯いそと海うみが、同じおなじ灰色はいいろを浴びあびて、物憂くものうく見えるみえる中なかを、妙みょうに生温いなまぬりい風かぜが磯臭くいそくさく吹いふいて来きました。
私わたくしはその灰色はいいろを彩どるいろどる一いち点てんとして、向うむこうの波打際なみうちさいに蹲踞んしゃがんでいる兄さんあにさんの姿すがたを、白くしろく認めみとめました。
私わたくしは黙っだまってその方角ほうがくへ歩いあるいて行きいきました。
私わたくしは後あとから声こえをかけた時じ、兄さんあにさんはすぐ立ち上ったちのぼって「先刻せんこくは失敬しっけいした」と云いいいました。
兄さんあにさんは目的もくてきもなくまたとめどもなくそこいらを歩いあるいたあげく、しまいに疲れつかれたなりで疲れつかれた場所ばしょに蹲踞んしゃがんでしまったのだそうです。
「山やまに行こういこう。もうここは厭いやになった。山やまに行こういこう」 兄さんあにさんは今いまにも山やまへ行きいきたい風かぜでした。
四十三よんじゅうさん
我々われわれはその晩ばんとうとう山やまへ行くいく事ことになりました。
山やまと云っいっても小田原おだわらからすぐ行かいかれる所ところは箱根はこねのほかにありません。
私わたくしはこの通俗つうぞくな温泉場おんせんじょうへ、最ももっとも通俗つうぞくでない兄さんあにさんを連れ込んつれこんだのです。
兄さんあにさんは始めはじめから、きっと騒々しいそうぞうしいに違いないと云っいっていました。
それでも山やまだから二三にさん日ひは我慢がまんできるだろうと云ういうのです。
「我慢がまんしに温泉場おんせんじょうへ行くいくなんてもったいない話はなしだ」 これもその時じ兄さんあにさんの口くちから出でた自嘲じちょうの言葉ことばでした。
はたして兄さんあにさんは着いついた晩ばんからして、やかましい隣室りんしつの客きゃくを我慢がまんしなければならなくなりました。
この客きゃくは東京とうきょうのものか横浜よこはまのものか解りわかりませんが、何なんでも言葉ことばの使いつかいようから判断はんだんすると、商人しょうにんとか請負師うけおいしとか仲買なかがいとかいう部ぶに属するぞくする種類しゅるいの人間にんげんらしく思わおもわれました。
時々ときどき不調和ふちょうわに大きなおおきな声こえを出しだします。
傍若ぼうじゃく無人むじんに騒ぎさわぎます。
そういう事ことにあまり頓着とんちゃくのない私わたくしさえずいぶん辟易へきえきしました。
御蔭みかげでその晩ばんは兄さんあにさんも私わたくしもちっともむずかしい話はなしをしずに寝ねてしまいました。
つまり隣りとなりの男おとこが我々われわれの思索しさくを破壊はかいするために騒いさわいだ事ことに当るあたるのです。
翌よくる朝あさ私わたくしが兄さんあにさんに向っむかって、「昨夜さくやは寝ねられたか」と聞きききますと、兄さんあにさんは首くびを掉とうって、「寝ねられるどころか。君きみは実じつに羨ましいうらやましい」と答えこたえました。
私わたくしはどうしても寝つかねつかれない兄さんあにさんの耳みみに、さかんな鼾声かんせいを終おわり宵よい聞かきかせたのだそうです。
その日ひは夜明よあけから小雨こさめが降っふっていました。
それが十じゅう時じ頃ころになると本ほん降こうに変りかわりました。
午うま少しすこし過すぎには、多少たしょうの暴ぼう模様もようさえ見えみえて来きました。
すると兄さんあにさんは突然とつぜん立ち上ったちのぼって尻しりを端折りはしょります。
これから山やまの中なかを歩くあるくのだと云いいいます。
凄まじいすさまじい雨あめに打たうたれて、谷たに崖がけの容赦ようしゃなくむやみに運動うんどうするのだと主張しゅちょうします。
御苦労ごくろう千万せんまんだとは思いおもいましたが、兄さんあにさんを思いおもい留らとまらせるよりも、私わたくしが兄さんあにさんに賛成さんせいした方ほうが、手数てすうが省けはぶけますので、つい「よかろう」と云っいって、私わたくしも尻しりを端折りはしょりました。
兄さんあにさんはすぐ呼息こそくの塞るふさがるような風かぜに向っむかって突進とっしんしました。
水みずの音おとだか、空そらの音おとだか、何なんともかとも喩えたとえられない響ひびきの中なかを、地面じめんから跳ね上るはねあがる護謨ごむ球たまのような勢いいきおいで、ぽんぽん飛ぶとぶのです。
そうして血管けっかんの破裂はれつするほど大きなおおきな声こえを出しだして、ただわあっと叫びさけびます。
その勢いいきおいは昨夜さくやの隣室りんしつの客きゃくより何なん層倍そうばい猛烈もうれつだか分りわかりません。
声こえだって彼かれよりも遥はるかに野獣やじゅうらしいのです。
しかもその原始的げんしてきな叫びさけびは、口くちを出るでるや否いなや、すぐ風かぜに攫っさらって行かいかれます。
それをまた雨あめが追いかけおいかけて砕きくだき尽しつくします。
兄さんあにさんはしばらくして沈黙ちんもくに帰りかえりました。
けれどもまだ歩き廻りあるきまわりました。
呼息こそくが切れきれて仕方なくしかたなくなるまで歩き廻りあるきまわりました。
我々われわれが濡れ鼠ぬれねずみのようになって宿やどへ帰っかえったのは、出でてから一いち時間じかん目めでしたろうか、また二に時間じかん目めにかかりましたろうか。
私わたくしは臍へその底そこまで冷えひえました。
兄さんあにさんは唇くちびるの色いろを変えかえていました。
湯ゆに這入っはいって暖まっあたたまった時じ、兄さんあにさんはしきりに「痛快つうかいだ」と云いいいました。
自然しぜんに敵意てきいがないから、いくら征服せいふくされても痛快つうかいなんでしょう。
私わたくしはただ「御苦労ごくろうな事ことだ」と云っいって、風呂ふろのなかで心持こころもちよく足あしを伸ばしのばしました。
その晩ばんは予期よきに反しはんして、隣となりの室むろがひっそりと静まっしずまっていました。
下女げじょに聞いきいて見るみると、兄さんあにさんを悩ましなやました昨夕さくゆうの客きゃくは、いつの間まにかもう立ったってしまったのでした。
私わたくしが兄さんあにさんから思いがけおもいがけない宗教観しゅうきょうかんを聞かさきかされたのはその宵よいの事ことです。
私わたくしはちょっと驚きおどろきました。
四十四よんじゅうよん
あなたも現代げんだいの青年せいねんだから宗教しゅうきょうという古めかしいふるめかしい言葉ことばに対したいしてあまり同情どうじょうは持っもっていられないでしょう。
私わたくしも小しょうむずかしい事ことはなるべく言わいわずにすましたいのです。
けれども兄さんあにさんを理解りかいするためには、ぜひともそこへ触れふれて来きなければなりません。
あなたには興味きょうみもなかろうし、また意外いがいでもあろうけれども、それを遠慮えんりょする以上いじょう、肝腎かんじんの兄さんあにさんが不可解ふかかいになるだけだから、辛抱しんぼうしてここのところをとばさずに読んよんで下さいください。
辛抱しんぼうさえなされば、あなたにはよく解るわかる事ことなんです。
読んよんでそうして善くよく兄さんあにさんを呑み込んのみこんだ上うえ、御老人ごろうじん方ほうの合点がてんのゆかれるように御ご宅たくへ紹介しょうかいして上げあげて下さいください。
私わたくしは兄さんあにさんについて過度かどの心労しんろうをされる御年寄おとしよりに対したいして実際じっさい御ご気の毒きのどくに思っおもっています。
しかし今いまのところあなたを通しとおしてよりほかに、ありのままの兄さんあにさんを、兄さんあにさんの家庭かていに知らしらせる手段しゅだんはないのだから、あなたも少しすこし真面目まじめになって、聞ききき慣れなれない字面じづらに眼めを御ご注ぎそそぎなさい。
私わたくしは酔興すいきょうでむずかしい事ことを書くかくのではありません。
むずかしい事ことが活きつきた兄さんあにさんの一部分いちぶぶんなのだから仕方しかたがないのです。
二につを引き離すひきはなすと血ちや肉にくからできた兄さんあにさんもまた存在そんざいしなくなるのです。
兄さんあにさんは神かみでも仏ふつでも何なんでも自分じぶん以外いがいに権威けんいのあるものを建立こんりゅうするのが嫌いきらいなのです。
(この建立こんりゅうという言葉ことばも兄さんあにさんの使っつかったままを、私わたくしが踏襲とうしゅうするのです)。
それではニイチェにいちぇのような自我じがを主張しゅちょうするのかというとそうでもないのです。
「神かみは自己じこだ」と兄さんあにさんが云いいいます。
兄さんあにさんがこう強いつよい断案だんあんを下すくだす調子ちょうしを、知らしらない人ひとが蔭かげで聞いきいていると、少しすこし変へんだと思うおもうかも知れしれません。
兄さんあにさんは変へんだと思わおもわれても仕方しかたのないような激しげきした云いいい方ほうをします。
「じゃ自分じぶんが絶対ぜったいだと主張しゅちょうすると同じおなじ事ことじゃないか」と私わたくしが非難ひなんします。
兄さんあにさんは動きうごきません。
「僕ぼくは絶対ぜったいだ」と云いいいます。
こういう問答もんどうを重ねれかさねれば重ねるかさねるほど、兄さんあにさんの調子ちょうしはますます変へんになって来きます。
調子ちょうしばかりではありません、云ういう事こともしだいに尋常じんじょうを外れはずれて来きます。
相手あいてがもし私わたくしのようなものでなかったならば、兄さんあにさんは最後さいごまで行かいかないうちに、純粋じゅんすいな気違きちがいとして早くはやく葬らほうむられ去っさったに違いありません。
しかし私わたくしはそう容易くたやすく彼かれを見棄てるみすてるほどに、兄さんあにさんを軽んじかろんじてはいませんでした。
私わたくしはとうとう兄さんあにさんを底そこまで押しつめおしつめました。
兄さんあにさんの絶対ぜったいというのは、哲学者てつがくしゃの頭あたまから割り出さわりだされた空しいむなしい紙かみの上うえの数字すうじではなかったのです。
自分じぶんでその境地きょうちに入っはいって親しくしたしく経験けいけんする事ことのできる判はん切せつした心理的しんりてきのものだったのです。
兄さんあにさんは純粋じゅんすいに心こころの落ちつきおちつきを得とくた人ひとは、求めもとめないでも自然しぜんにこの境地きょうちに入れるいれるべきだと云いいいます。
一度いちどこの境界きょうかいに入れいれば天地てんちも万有ばんゆうも、すべての対象たいしょうというものがことごとくなくなって、ただ自分じぶんだけが存在そんざいするのだと云いいいます。
そうしてその時じの自分じぶんは有るあるとも無いないとも片かたのつかないものだと云いいいます。
偉大いだいなようなまた微細びさいなようなものだと云いいいます。
何なんとも名なのつけようのないものだと云いいいます。
すなわち絶対ぜったいだと云いいいます。
そうしてその絶対ぜったいを経験けいけんしている人ひとが、俄然がぜんとして半鐘はんしょうの音おとを聞くきくとすると、その半鐘はんしょうの音おとはすなわち自分じぶんだというのです。
言葉ことばを換えかえて同じおなじ意味いみを表わすあらわすと、絶対ぜったい即そく相対そうたいになるのだというのです、したがって自分じぶん以外いがいに物ものを置きおき他ほかを作っつくって、苦しむくるしむ必要ひつようがなくなるし、また苦しめくるしめられる掛かかり念ねんも起らおこらないのだと云ういうのです。
「根本こんぽん義ぎは死んしんでも生きいきても同じおなじ事ことにならなければ、どうしても安心あんしんは得とくられない。すべからく現代げんだいを超越ちょうえつすべしといった才人さいじんはとにかく、僕ぼくは是非ぜひ共生きょうせい死しを超越ちょうえつしなければ駄目だめだと思うおもう」 兄さんあにさんはほとんど歯はを喰いしばるくいしばる勢いきおいでこう言明げんめいしました。
四十五よんじゅうご
私わたくしはこの場合ばあいにも自分じぶんの頭あたまが兄さんあにさんに及ばおよばないという事ことを自白じはくしなければなりません。
私わたくしは人間にんげんとして、はたして兄さんあにさんのいうような境界きょうかいに達せたっせられべきものかをまだ考えかんがえていなかったのです。
明瞭めいりょうな順序じゅんじょで自然しぜんそこに帰着きちゃくして行くいく兄さんあにさんの話はなしを聞いきいた時じ、なるほどそんなものかと思いおもいました。
またそんなものでも無かろうなかろうかとも思いおもいました。
何しろなにしろ私わたくしはとかくの是非ぜひを挟きょうさむだけの資格しかくをもっていない人間にんげんに過ぎすぎませんでした。
私わたくしは黙々もくもくとして熱烈ねつれつな言葉ことばの前まえに坐りすわりました。
すると兄さんあにさんの態度たいどが変りかわりました。
私わたくしの沈黙ちんもくが鋭いするどい兄さんあにさんの鉾先ほこさきを鈍らにぶらせた例れいは、今までいままでにも何なん遍へんかありました。
そうしてそれがことごとく偶然ぐうぜんから来きているのです。
もっとも兄さんあにさんのような聡明そうめいな人ひとに、一種いっしゅの思わくおもわくから黙っだまって見せるみせるという技巧ぎこうを弄しろうしたら、すぐ観かん破はされるにきまっていますから、私わたくしの鈍いにぶいのも時じには一得いっとくになったのでしょう。
「君きみ、僕ぼくを単にたんに口舌くぜつの人ひとと軽蔑けいべつしてくれるな」と云っいった兄さんあにさんは、急きゅうに私わたくしの前まえに手てを突きつきました。
私わたくしは挨拶あいさつに窮しきゅうしました。
「君きみのような重厚じゅうこうな人間にんげんから見みたら僕ぼくはいかにも軽薄けいはくなお喋舌しゃべりに違いない。しかし僕ぼくはこれでも口くちで云ういう事ことを実行じっこうしたがっているんだ。実行じっこうしなければならないと朝晩あさばん考えかんがえ続けつづけに考えかんがえているんだ。実行じっこうしなければ生きいきていられないとまで思いつめおもいつめているんだ」 私わたくしは依然いぜんとして挨拶あいさつに困っこまったままでした。
「君きみ、僕ぼくの考えかんがえを間違っまちがっていると思うおもうか」と兄さんあにさんが聞きききました。
「そうは思わおもわない」と私わたくしが答えこたえました。
「徹底てっていしていないと思うおもうか」と兄さんあにさんがまた聞きききました。
「根本的こんぽんてきのようだ」と私わたくしがまた答えこたえました。
「しかしどうしたらこの研究けんきゅう的まとな僕ぼくが、実行じっこう的まとな僕ぼくに変化へんかできるだろう。どうぞ教えおしえてくれ」と兄さんあにさんが頼むたのむのです。
「僕ぼくにそんな力ちからがあるものか」と、思いおもいも寄らよらない私わたくしは断ることわるのです。
「いやある。君きみは実行じっこう的まとに生れうまれた人ひとだ。だから幸福こうふくなんだ。そう落ちついおちついていられるんだ」と兄さんあにさんが繰り返すくりかえすのです。
兄さんあにさんは真剣しんけんのようでした。
私わたくしはその時じ憮然ぶぜんとして兄さんあにさんに向いむかいました。
「君きみの智慧ちえは遥はるかに僕ぼくに優っゆうっている。僕ぼくにはとても君きみを救うすくう事ことはできない。僕ぼくの力ちからは僕ぼくより鈍いにぶいものになら、あるいは及ぼしおよぼし得るうるかも知れしれない。しかし僕ぼくより聡明そうめいな君きみには全くまったく無効むこうである。要するようするに君きみは瘠せやせて丈たけが長くながく生れうまれた男おとこで、僕ぼくは肥えこえてずんぐり育っそだった人間にんげんなんだ。僕ぼくの真似まねをして肥ろうふとろうと思うおもうなら、君きみは君きみの背丈せたけを縮めるちぢめるよりほかに途とはないんだろう」 兄さんあにさんは眼めからぽろぽろ涙なみだを出しだしました。
「僕ぼくは明かあきらかに絶対ぜったいの境地きょうちを認めみとめている。しかし僕ぼくの世界観せかいかんが明かあきらかになればなるほど、絶対ぜったいは僕ぼくと離れはなれてしまう。要するようするに僕ぼくは図ずを披いひらいて地理ちりを調査ちょうさする人ひとだったのだ。それでいて脚絆きゃはんを着けつけて山河さんがを跋渉ばっしょうする実地じっちの人ひとと、同じおなじ経験けいけんをしようと焦慮しょうりょり抜いぬいているのだ。僕ぼくは迂濶うかつなのだ。僕ぼくは矛盾むじゅんなのだ。しかし迂濶うかつと知りしり矛盾むじゅんと知りしりながら、依然いぜんとしてもがいている。僕ぼくは馬鹿ばかだ。人間にんげんとしての君きみは遥はるかに僕ぼくよりも偉大いだいだ」 兄さんあにさんはまた私わたくしの前まえに手てを突きつきました。
そうしてあたかも謝罪しゃざいでもする時じのように頭あたまを下げさげました。
涙なみだがぽたりぽたりと兄さんあにさんの眼めから落ちおちました。
私わたくしは恐縮きょうしゅくしました。
四十六よんじゅうろく
箱根はこねを出るでる時じ兄さんあにさんは「二に度どとこんな所ところは御免ごめんだ」と云いいいました。
今までいままで通っとおって来きたうちで、兄さんあにさんの気きに入っはいった所ところはまだ一いちカ所かしょもありません。
兄さんあにさんは誰だれとどこへ行っいっても直じか厭いやになる人ひとなのでしょう。
それもそのはずです。
兄さんあにさんには自分じぶんの身み躯むくろや自分じぶんの心こころからしてがすでに気きに入っはいっていないのですから。
兄さんあにさんは自分じぶんの身み躯むくろや心こころが自分じぶんを裏切るうらぎる曲者くせもののように云いいいます。
それが徒爾とじ半分はんぶんの出で放題ほうだいでない事ことは、今日きょうまでいっしょに寝泊りねとまりの日数にっすうを重ねかさねた私わたくしにはよく理解りかいできます。
その私わたくしからありのままの報知ほうちを受けるうけるあなたにもとくと御ご合点がてんが行くいく事ことだろうと思いおもいます。
こういう兄さんあにさんと、私わたくしがよくいっしょに旅たびができると御ご思いおもいになるかも知れしれません。
私わたくしにも考えるかんがえると、それが不思議ふしぎなくらいです。
兄さんあにさんを上うえに述べのべたように頭あたまの中なかへ畳み込んたたみこんだが最後さいご、いかに遅鈍ちどんな私わたくしだって、御ご相手あいてはでき悪いわるい訳わけです。
しかし事実じじつ私わたくしは今いま兄さんあにさんとこうして差向いさしむかいで暮しくらしていながら、さほどに苦痛くつうを感じかんじてはいないのです。
少くすくなくとも傍そばで想像そうぞうするよりはよほど楽らくなのだろうと考えかんがえています。
そうしてそれをなぜだと聞かきかれたら、ちょっと返答へんとうに差支えるさしつかえるのです。
あなたも同じおなじ兄さんあにさんについて同じおなじ経験けいけんをなさりはしませんか。
もし同じおなじ経験けいけんをなさらないならば、骨肉こつにくを分けわけたあなたよりも、他人たにんの私わたくしの方ほうが、兄さんあにさんに親しいしたしい性質せいしつをもって生れうまれて来きたのでしょう。
親しいしたしいというのは、ただ仲なかが好いよいと云ういう意味いみではありません。
和しわして納まるおさまるべき特性とくせいをどこか相互そうごに分担ぶんたんして前まえへ進めるすすめるというつもりなのです。
私わたくしは旅たびへ出でてから絶えたえず兄さんあにさんの気きに障るさわるような事ことを云っいったりしたりしました。
ある時じは頭あたまさえ打たうたれました。
それでも私わたくしはあなたの家庭かていのすべての人ひとの前まえに立ったって、私わたくしはまだ兄さんあにさんから愛想あいそを尽かさつかされていないという事ことを明言めいげんできると思いおもいます。
同時どうじに、一種いっしゅの弱点じゃくてんを持っもったこの兄さんあにさんを、私わたくしは今いまでも衷心ちゅうしんから敬愛けいあいしていると固くかたく信じしんじて疑わうたがわないのであります。
兄さんあにさんは私わたくしのような凡庸ぼんような者ものの前まえに、頭あたまを下げさげて涙なみだを流すながすほどの正しいただしい人ひとです。
それをあえてするほどの勇気ゆうきをもった人ひとです。
それをあえてするのが当然とうぜんだと判断はんだんするだけの識見しきけんを具えそなえた人ひとです。
兄さんあにさんの頭あたまは明かあきらか過ぎすぎて、ややともすると自分じぶんを置き去りおきざりにして先さきへ行きいきたがります。
心こころの他ほかの道具どうぐが彼かれの理智りちと歩調ほちょうを一いちつにして前まえへ進めすすめないところに、兄さんあにさんの苦痛くつうがあるのです。
人格じんかくから云えいえばそこに隙間すきまがあるのです。
成功せいこうから云えいえばそこに破滅はめつが潜んひそんでいるのです。
この不調和ふちょうわを兄さんあにさんのために悲しみかなしみつつある私わたくしは、すべての原因げんいんをあまりに働きはたらき過ぎるすぎる彼かれの理智りちの罪つみに帰しかえしながら、やっぱり、その理智りちに対するたいする敬意けいいを失ううしなう事ことができないのです。
兄さんあにさんをただの気むずかしいきむずかしい人ひと、ただのわがままな人ひととばかり解釈かいしゃくしていては、いつまで経っきょうっても兄さんあにさんに近寄るちかよる機会きかいは来きないかも知れしれません。
したがって少しすこしでも兄さんあにさんの苦痛くつうを柔やわげる縁えんは、永劫えいごうに去っさったものと見みなければなりますまい。
我々われわれは前まえ申しもうした通りとおり箱根はこねを立ちたちました。
そうして直じかにこの紅くれないが谷たにの小別しょうべつ荘しょうに入りいりました。
私わたくしはその前まえちょっと国府津こうづに泊っとまって見るみるつもりで、暗にあんに一人ひとりぎめのプログラムぷろぐらむを立てたてていたのですが、とうとう兄さんあにさんにはそれを云いいい出さださずにしまったのです。
国府津こうづでもまた「二に度どとこんな所ところは御免ごめんだ」と怒らおこられそうでしたから。
その上うえ兄さんあにさんは私わたくしからこの別荘べっそうの話はなしを聞いきいて、しきりにそこへ落ちつきおちつきたがっていたのです。
四十七よんじゅうなな
何になんにでも刺戟しげきされやすい癖くせに、どんな刺戟しげきにも堪えこらえ切れきれないと云っいった風かぜの、今いまの兄さんあにさんには、草庵そうあんめいたこの別荘べっそうが最ももっとも適してきしていたのかも知れしれません。
兄さんあにさんは物静かものしずかな座敷ざしきから、谷たに一いちつ隔てへだてて向うむこうの崖がけの高いたかい松まつを見上げみあげた時じ、「好いよいな」と云っいってそこへ腰こしをおろしました。
「あの松まつも君きみの所有しょゆうだ」 私わたくしは慰めるなぐさめるような句く調ちょうで、わざと兄さんあにさんの口吻こうふんを真似まねて見せみせました。
修善寺しゅぜんじではとんと解らわからなかった「あの百合ゆりは僕ぼくの所有しょゆうだ」とか、「あの山やまも谷たにも僕ぼくの所有しょゆうだ」とか云っいった兄さんあにさんの言葉ことばを想い出しおもいだしたからです。
別荘べっそうには留守番るすばんの爺じいさんが一人ひとりいましたが、これは我々われわれと出で違いに自分じぶんの宅たくへ帰りかえりました。
それでも拭ぬぐえ掃除そうじのためや水みずを汲むくむために朝夕あさゆう一度いちどぐらいずつは必ずかならず来きてくれます。
男おとこ二人ふたりの事ことですから、煮炊にたきは無論むろんできません。
我々われわれは爺じいさんに頼んたのんで近所きんじょの宿屋やどやから三さん度ど三さん度ど食事しょくじを運んはこんで貰うもらう事ことにしました。
夜よるは電灯でんとうの設備せつびがありますから、洋灯ようとうを点すともす手数てすうは要らいらないのです。
こういう訳わけで、朝あさ起きおきてから夜よる寝るねるまでに、我々われわれの是非ぜひやらなければならない事ことは、まあ床ゆかを延べのべて蚊帳かやを釣るつるくらいなものです。
「自炊じすいよりも気楽きらくで閑静かんせいだね」と兄さんあにさんが云いいいます。
実際じっさい今までいままで通っとおって来きた山やまや海うみのうちで、ここが一番いちばん静せいに違いないのです。
兄さんあにさんと差向いさしむかいで黙っだまっていると、風かぜの音おとさえ聞こえきこえない事ことがあります。
多少たしょうやかましいと思うおもうのは珊瑚樹さんごじゅの葉隠れはがくれにぎいぎい軋るきしる隣となりの車井戸くるまいどの響ひびきですが、兄さんあにさんは案外あんがいそれには無頓着むとんちゃくです。
兄さんあにさんはだんだん落ちついおちついて来るくるようです。
私わたくしはもっと早くはやく兄さんあにさんをここへ連れつれて来れこれば好かっよかったと思いおもいました。
庭先にわさきに少しすこしばかりの畠はたけがあって、そこに茄子なすや唐とうもろこしが作っつくってあります。
この茄子なすを※いで食おうくおうかと相談そうだんしましたが、漬物つけものに拵えるこしらえるのが面倒めんどうなので、ついやめにしました。
唐とうもろこしはまだ食べたべられるほど実じつが入りいりません。
勝手口かってぐちの井戸いどの傍そばに、トマトーとまとが植えうえてあります。
それを朝あさ、顔かおを洗うあらうついでに、二人ふたりで食いくいました。
兄さんあにさんは暑いあつい日ひ盛さかんに、この庭にわだか畑はたけだか分らわからない地面じめんの上うえに下りくだりて、じっと蹲踞んしゃがんでいる事ことがあります。
時々ときどきかんなの花はなの香こうを嗅いかいで見みたりします。
かんなに香こうなんかありゃしません。
凋んしぼんだ月見草つきみくさの花片かへんを見つめみつめている事こともあります。
着いついた日ひなどは左隣ひだりどなりの長者ちょうじゃの別荘べっそうの境さかいに生えはえている薄うすの傍そばへ行っいって、長いながい間ま立ったっていました。
私わたくしは座敷ざしきからその様子ようすを眺めながめていましたが、いつまで経っきょうっても兄さんあにさんが動かうごかないので、しまいに縁先えんさきにある草履ぞうりをつっかけて、わざわざ傍そばへ行っいって見みました。
隣となりと我々われわれの住居じゅうきょとの仕切しきりになっているそこは、高さたかさ一間いちけんぐらいの土堤どていで、時節柄じせつがら一面いちめんの薄うすが蔽い被さっおおいかぶさっているのです。
兄さんあにさんは近づいちかづいた私わたくしを顧みかえりみて、下したの方ほうにある薄うすの根ねを指さしゆびさしました。
薄うすの根ねには蟹かにが這っはっていました。
小さなちいさな蟹かにでした。
親指おやゆびの爪つめぐらいの大きさおおきさしかありません。
それが一いち匹ひきではないのです。
しばらく見みているうちに、一いち匹ひきが二に匹ひきになり、二に匹ひきが三さん匹ひきになるのです。
しまいにはあすこにもここにも蒼蠅さばえいほど眼めに着きつき出しだします。
「薄うすの葉はを渡るわたる奴やつがあるよ」 兄さんあにさんはこんな観察かんさつをして、まだ動かうごかずに立ったっています。
私わたくしは兄さんあにさんをそこへ残しのこしてまたもとの席せきへ帰りかえりました。
兄さんあにさんがこういう些細ささいな事ことに気きを取らとられて、ほとんど我われを忘れるわすれるのを見るみる私わたくしは、はなはだ愉快ゆかいです。
これでこそ兄さんあにさんを旅行りょこうに連れ出しつれだした甲斐かいがあると思うおもうくらいです。
その晩ばん私わたくしはその意味いみを兄さんあにさんに話しはなしました。
四十八よんじゅうはち
「先刻せんこく君きみは蟹かにを所有しょゆうしていたじゃないか」 私わたくしが兄さんあにさんに突然とつぜんこう云いいいかけますと、兄さんあにさんは珍らしくめずらしくあははと声こえを立てたてて愉快ゆかいそうに笑いわらいました。
修善寺しゅぜんじ以後いご、私わたくしが時々ときどき所有しょゆうという言葉ことばを、妙みょうな意味いみに使っつかって見せるみせるので、単にたんにそれを滑稽こっけいと解釈かいしゃくしている兄さんあにさんにはおかしく響くひびくのでしょう。
おかしがられるのは、怒らおこられるよりもよっぽどましですが、事実じじつ私わたくしの方ほうではもっと真面目まじめなのでした。
「絶対ぜったいに所有しょゆうしていたのだろう」と私わたくしはすぐ云いいい直しなおしました。
今度こんどは兄さんあにさんも笑いわらいませんでした。
しかしまだ何なんとも答えこたえません。
口くちを開くひらくのはやはり私わたくしの番ばんでした。
「君きみは絶対ぜったい絶対ぜったいと云っいって、この間まむずかしい議論ぎろんをしたが、何なんもそう面倒めんどうな無理むりをして、絶対ぜったいなんかに這入るはいる必要ひつようはないじゃないか。ああいう風かぜに蟹かにに見惚れみとれてさえいれば、少しすこしも苦しくくるしくはあるまいがね。まず絶対ぜったいを意識いしきして、それからその絶対ぜったいが相対そうたいに変るかわる刹那せつなを捕えとらえて、そこに二につの統一とういつを見出すみだすなんて、ずいぶん骨ほねが折れるおれるだろう。第だい一いち人間にんげんにできる事ことか何なんだかそれさえ判然はんぜんしやしない」 兄さんあにさんはまだ私わたくしを遮ろうさえぎろうとはしません。
いつもよりはだいぶ落ちついおちついているようでした。
私わたくしは一歩いちほ先さきへ進みすすみました。
「それより逆ぎゃくに行っいった方ほうが便利べんりじゃないか」「逆ぎゃくとは」 こう聞き返すききかえす兄さんあにさんの眼めには誠まことが輝いかがやいていました。
「つまり蟹かにに見惚れみとれて、自分じぶんを忘れるわすれるのさ。自分じぶんと対象たいしょうとがぴたりと合えあえば、君きみの云ういう通りとおりになるじゃないか」「そうかな」 兄さんあにさんは心こころ元もとなさそうな返事へんじをしました。
「そうかなって、君きみは現にげんに実行じっこうしているじゃないか」「なるほど」 兄さんあにさんのこの言葉ことばはやはり茫然ぼうぜんたるものでした。
私わたくしはこの時じふと自分じぶんが今までいままで余計よけいな事ことを云っいっていたのに気きがつきました。
実じつを云ういうと、私わたくしは絶対ぜったいというものをまるで知らしらないのです。
考えかんがえもしなかったのです。
想像そうぞうもした覚さとしがないのです。
ただ教育きょういくの御蔭みかげでそう云ういう言葉ことばを使うつかう事ことだけを知っしっていたのです。
けれども私わたくしは人間にんげんとして兄さんあにさんよりも落ちついおちついていました。
落ちついおちついているという事ことが兄さんあにさんより偉いえらいという意味いみに聞こえきこえては面目めんぼくないくらいなものですから、私わたくしは兄さんあにさんより普通ふつう一般いっぱんに近いちかい心こころの状態じょうたいをもっていたと云いいい直しなおしましょう。
朋友ほうゆうとして私わたくしの兄さんあにさんに向っむかって働きかけるはたらきかける仕事しごとは、だからただ兄さんあにさんを私わたくしのような人並ひとなみな立場たちばに引き戻すひきもどすだけなのです。
しかしそれを別べつな言葉ことばで云っいって見るみると非凡ひぼんなものを平凡へいぼんにするという馬鹿ばか気きた意味いみにもなって来きます。
もし兄さんあにさんの方ほうで苦痛くつうの訴えうったえがないならば、私わたくしのようなものが、何なんで兄さんあにさんにこんな問答もんどうを仕かけしかけましょう。
兄さんあにさんは正直しょうじきです。
腑ふに落ちおちなければどこまでも問いつめといつめて来きます。
問いつめといつめて来きられれば、私わたくしには解らわからなくなります。
それだけならまだしもですが、こういう批評ひひょう的まとな談話だんわを交換こうかんしていると、せっかく実行じっこう的まとになりかけた兄さんあにさんを、またもとの研究けんきゅう的まと態度たいどに戻しもどしてしまう恐れおそれがあるのです。
私わたくしは何なんより先さきにそれを気遣きづかいました。
私わたくしは天下てんかにありとあらゆる芸術品げいじゅつひん、高山たかやま大河たいが、もしくは美人びじん、何なんでも構わかまわないから、兄さんあにさんの心こころを悉皆しっかい奪いうばい尽しつくして、少しすこしの研究けんきゅう的まと態度たいども萌しきざし得とくないほどなものを、兄さんあにさんに与えあたえたいのです。
そうして約やく一いち年ねんばかり、寸時すんじの間断かんだんなく、その全ぜん勢力せいりょくの支配しはいを受けうけさせたいのです。
兄さんあにさんのいわゆる物ものを所有しょゆうするという言葉ことばは、必竟ひっきょう物ものに所有しょゆうされるという意味いみではありませんか。
だから絶対ぜったいに物ものから所有しょゆうされる事こと、すなわち絶対ぜったいに物ものを所有しょゆうする事ことになるのだろうと思いおもいます。
神かみを信じしんじない兄さんあにさんは、そこに至っていたって始めはじめて世の中よのなかに落ちつけるおちつけるのでしょう。
四十九よんじゅうきゅう
一昨いっさく日ひの晩ばんは二人ふたりで浜はまを散歩さんぽしました。
私たちわたくしたちのいる所ところから海辺うみべまでは約やく三さん丁ていもあります。
細いほそい道みちを通っとおって、いったん街道かいどうへ出でて、またそれを横切らよこぎらなければ海うみの色いろは見えみえないのです。
月つきの出でにはまだ間まがある時刻じこくでした。
波なみは存外ぞんがい暗くくらく動いうごいていました。
眼めがなれるまでは、水みずと磯いそとの境目さかいめが判然はんぜん分らわからないのです。
兄さんあにさんはその中なかを容赦ようしゃなくずんずん歩いあるいて行きいきます。
私わたくしは時々ときどき生温いなまぬりい水みずに足下あしもとを襲わおそわれました。
岸きしへ寄せるよせる波なみの余りあまりが、のし餅のしもちのように平らたいらに拡がっひろがって、思いおもいのほか遠くとおくまで押し上げおしあげて来るくるのです。
私わたくしは後あとから兄さんあにさんに、「下駄げたが濡れぬれやしないか」と聞きききました。
兄さんあにさんは命令めいれいでも下すくだすように、「尻しりを端折れはしょれ」と云いいいました。
兄さんあにさんは先刻せんこくから足あしを汚すよごす覚悟かくごで、尻しりを端折っはしょっていたものと見えみえます。
二三にさん間ま離れはなれた私わたくしにはそれが分らわからないくらい四囲しいが暗いくらいのでした。
けれども時節柄じせつがらなんでしょう、避暑地ひしょちだけあって人ひとに会いあいます。
そうして会うあう人ひとも会うあう人ひとも、必ずかならず男女だんじょ二人ふたり連れんに限らかぎられていました。
彼かれらは申し合せもうしあわせたように、黙っだまって闇やみの中なかを辿ったどって来きます。
だから忽然こつぜん私たちわたくしたちの前まえへ現われるあらわれるまでは、まるで気きがつかないのです。
彼かれらが摺り抜けるすりぬけるように私たちわたくしたちの傍そばを通っとおって行くいく時じ、眼めを上げあげて物色ぶっしょくすると、どれもこれも若いわかい男おとこと若いわかい女おんなばかりです。
私わたくしはこういう一いち対たいに何度なんどか出合いであいました。
私わたくしが兄さんあにさんからお貞おさださんという人ひとの話はなしを聞いきいたのはその時じの事ことでした。
お貞おさださんは近頃ちかごろ大阪おおさかの方ほうへ御ご嫁よめに行っいったんだそうですから、兄さんあにさんはその宵よいに出逢っであった幾いく組くみかの若いわかい男おとこや女おんなから、お貞おさださんの花嫁姿はなよめすがたを連想れんそうでもしたのでしょう。
兄さんあにさんはお貞おさださんを宅たく中なかで一番いちばん慾よくの寡やもめない善良ぜんりょうな人間にんげんだと云ういうのです。
ああ云ういうのが幸福こうふくに生れうまれて来きた人間にんげんだと云っいって羨ましうらやましがるのです。
自分じぶんもああなりたいと云ういうのです。
お貞おさださんを知らしらない私わたくしは、何なんとも評しひょうしようがありませんから、ただそうかそうかと答えこたえておきました。
すると兄さんあにさんが「お貞おさださんは君きみを女おんなにしたようなものだ」と云っいって砂すなの上うえへ立ちどまりたちどまりました。
私わたくしも立ちどまりたちどまりました。
向うむこうの高いたかい所ところに微かかすかな灯火とうかが一いちつ眼めに入りいりました。
昼間ひるま見るみると、その見当けんとうに赤いあかい色いろの建物たてものが樹きの間ま隠いんに眺めながめられますから、この灯火とうかもおおかたその赤いあかい洋館ようかんの主ぬしが点けつけているのでしょう。
濃いこい夜陰やいんの色いろの中なかにたった一いちつかけ離れかけはなれて星ほしのように光っひかりっているのです。
私わたくしの顔かおはその灯火とうかの方ほうを向いむかいていました。
兄さんあにさんはまた浪なみの来るくる海うみをまともに受けうけて立ちたちました。
その時じ二人ふたりの頭あたまの上うえで、ピアノぴあのの音おとが不意ふいに起りおこりました。
そこは砂浜すなはまから一いち間まの高さたかさに、石垣いしがきを規則きそく正しくただしく積み上げつみあげた一いち構かまえで、庭にわから浜はまへじかに通えるかよえるためでしょう、石垣いしがきの端はしには階段かいだんが筋違すじかいに庭先にわさきまで刻み上げきざみあげてありました。
私わたくしはその石段いしだんを上りのぼりました。
庭にわには家いえを洩れるもれる電灯でんとうの光ひかりが、線せんのように落ちおちていました。
その弱いよわい光ひかりで照てらしされていた地面じめんは一体いったいの芝生しばふでした。
花はなもあちこちに咲いさいているようでしたが、これは暗いくらい上うえに広いひろい庭にわなので、判然はんぜんとは分りわかりませんでした。
ピアノぴあのの音おとは正面しょうめんに見えるみえる洋館ようかんの、明るくあかるく照てらしされた一室いっしつから出るでるようでした。
「西洋せいよう人ひとの別荘べっそうだね」「そうだろう」 兄さんあにさんと私わたくしは石段いしだんの一番いちばん上うえの所ところに並んならんで腰こしをかけました。
聞こえきこえないようなまた聞こえるきこえるようなピアノぴあのの音おとが、時々ときどき二人ふたりの耳みみを掠めかすめに来きます。
二人ふたり共とも無言むごんでした。
兄さんあにさんの吸うすう煙草たばこの先さきが時々ときどき赤くあかくなりました。
五十ごじゅう
私わたくしはお貞おさださんのつづきでも出るでる事ことと思っおもって、暗いくらい中なかでそれとなく兄さんあにさんの声こえを待ち受けまちうけていたのですが、兄さんあにさんは煙草たばこに魅せみせられた人ひとのように、時々ときどき紙巻かみまきの先さきを赤くあかくするだけで、なかなか口くちを開きひらきません。
それを石段いしだんの下したへ投げなげて私わたくしの方ほうへ向いむかいた時じは、もう話題わだいがお貞おさださんを離れはなれていました。
私わたくしは少しすこし意外いがいに思いおもいました。
兄さんあにさんの題目だいもくは、お貞おさださんに関係かんけいのないばかりか、ピアノぴあのの音おとにも、広いひろい芝生しばふにも、美しいうつくしい別荘べっそうにも、乃至ないしは避暑ひしょにも旅行りょこうにも、すべて我々われわれの周囲しゅういと現在げんざいとは全くまったく交渉こうしょうを絶ったった昔むかしの坊ぼうさんの事ことでした。
坊ぼうさんの名なはたしか香こう厳いわおとか云いいいました。
俗ぞくにいう一いちを問えとえば十じゅうを答えこたえ、十じゅうを問えとえば百ひゃくを答えるこたえるといった風かぜの、聡明そうめい霊れい利りに生れうまれついた人ひとなのだそうです。
ところがその聡明そうめい霊れい利りが悟道ごどうの邪魔じゃまになって、いつまで経っきょうっても道みちに入れいれなかったと兄さんあにさんは語りかたりました。
悟さとるを知らしらない私わたくしにもこの意味いみはよく通じつうじます。
自分じぶんの智慧ちえに苦しみくるしみ抜いぬいている兄さんあにさんにはなおさら痛切つうせつに解っわかっているでしょう。
兄さんあにさんは「全くまったく多さわ知多ちた解かいが煩はんをなしたのだ」ととくに注意ちゅういしたくらいです。
数すう年ねんの間ま百ひゃく丈たけ禅師ぜんじとかいう和尚おしょうさんについて参禅さんぜんしたこの坊ぼうさんはついに何なんの得るうるところもないうちに師しに死なしなれてしまったのです。
それで今度こんどは※山やまという人ひとの許もとに行きいきました。
※山やまは御前ごぜんのような意い解かい識しき想そうをふり舞わしまわして得意とくいがる男おとこはとても駄目だめだと叱りつけしかりつけたそうです。
父ちちも母ははも生れうまれない先さきの姿すがたになって出でて来いこいと云っいったそうです。
坊ぼうさんは寮舎りょうしゃに帰っかえって、平生へいぜい読み破っよみやぶった書物しょもつ上うえの知識ちしきを残らのこらず点検てんけんしたあげく、ああああ画がに描いえがいた餅もちはやはり腹はらの足あしにならなかったと嘆息たんそくしたと云いいいます。
そこで今までいままで集めあつめた書物しょもつをすっかり焼き棄てやきすててしまったのです。
「もう諦めあきらめた。これからはただ粥かゆを啜っすすって生きいきて行こういこう」 こう云っいった彼かれは、それ以後いご禅ぜんのぜの字じも考えかんがえなくなったのです。
善ぜんも投げなげ悪わるも投げなげ、父母ふぼの生れうまれない先さきの姿すがたも投げなげ、いっさいを放下しほうかし尽しつくしてしまったのです。
それからある閑寂かんじゃくな所ところを選んえらんで小さなちいさな庵いおを建てるたてる気きになりました。
彼かれはそこにある草くさを芟りました。
そこにある株かぶを掘り起しほりおこしました。
地ならしじならしをするために、そこにある石いしを取っとって除けよけました。
するとその石いしの一いちつが竹藪たけやぶにあたって戞然と鳴りなりました。
彼かれはこの朗かほがらかな響ひびきを聞いきいて、はっと悟っさとったそうです。
そうして一撃いちげきに所ところ知ちを亡うなうと云っいって喜んよろこんだといいます。
「どうかして香こう厳いわおになりたい」と兄さんあにさんが云いいいます。
兄さんあにさんの意味いみはあなたにもよく解るわかるでしょう。
いっさいの重荷おもにを卸しおろして楽らくになりたいのです。
兄さんあにさんはその重荷おもにを預かっあずかって貰うもらう神かみをもっていないのです。
だから掃溜はきだめか何なんかへ棄てすててしまいたいと云ういうのです。
兄さんあにさんは聡明そうめいな点てんにおいてよくこの香こう厳いわおという坊ぼうさんに似にています。
だからなおのこと香こう厳いわおが羨ましいうらやましいのでしょう。
兄さんあにさんの話はなしは西洋せいよう人ひとの別荘べっそうや、ハイカラはいからな楽器がっきとは、全くまったく縁えんの遠いとおいものでした。
なぜ兄さんあにさんが暗いくらい石段いしだんの上うえで、磯いその香こうを嗅ぎかぎながら、突然とつぜんこんな話はなしをし出しだしたか、それは私わたくしには解りわかりません。
兄さんあにさんの話はなしが済んすんだ頃ころはピアノぴあのの音おとももう聞こえきこえませんでした。
潮しおに近いちかいためか、夜露よつゆのせいか、浴衣ゆかたが湿っぽくしめっぽくなっていました。
私わたくしは兄さんあにさんを促しうながしてまたもとの道みちへ引き返しひきかえしました。
往来おうらいへ出でた時じ、私わたくしは行きつけゆきつけの菓子屋かしやへ寄っよって饅頭まんじゅうを買いかいました。
それを食いくいながら暗いくらい中なかを黙っだまって宅たくまで帰っかえって来きました。
留守るすを頼んたのんでおいた爺じいさんの所ところの子供こどもは、蚊かに喰わくわれるのも構わかまわずぐうぐう寝ねていました。
私わたくしは饅頭まんじゅうの余りあまりをやって、すぐ子供こどもを帰しかえしてやりました。
五十一ごじゅういち
昨日きのうの朝あさ食事しょくじをした時じ、飯櫃いいびつを置いおいた位地いちの都合つごうから、私わたくしが兄さんあにさんの茶碗ちゃわんを受けとっうけとって、一いち膳ぜん目めの御飯ごはんをよそってやりますと、兄さんあにさんはまたお貞おさださんの名なを私わたくしの耳みみに訴えうったえました。
お貞おさださんがまだ嫁よめに行かいかないうちは、ちょうど今いま私わたくしがしたように、始終しじゅう兄さんあにさんのお給仕きゅうじをしたものだそうですね。
昨夜さくやは性格せいかくの点てんからお貞おさださんに比較ひかくされ、今朝けさはまたお給仕きゅうじの具合ぐあいで同じおなじお貞おさださんにたとえられた私わたくしは、つい兄さんあにさんに向っむかって質問しつもんを掛けかけて見るみる気きになりました。
「君きみはそのお貞おさださんとかいう人ひとと、こうしていっしょに住んすんでいたら幸福こうふくになれると思うおもうのか」 兄さんあにさんは黙っだまって箸はしを口くちへ持っもって行きいきました。
私わたくしは兄さんあにさんの態度たいどから推しおして、おおかた返事へんじをするのが厭いやなんだろうと考えかんがえたので、それぎり後あとを推しおしませんでした。
すると兄さんあにさんの答こたえが、御飯ごはんを二口ふたくち三さん口くち嚥み下しのみくだしたあとで、不意ふいに出でて来きました。
「僕ぼくはお貞おさださんが幸福こうふくに生れうまれた人ひとだと云っいった。けれども僕ぼくがお貞おさださんのために幸福こうふくになれるとは云やいやしない」 兄さんあにさんの言葉ことばはいかにも論理的ろんりてきに終始しゅうしを貫いつらぬいて真直まっすぐに見えみえます。
けれども暗いくらい奥おくには矛盾むじゅんがすでに漂よっただよっています。
兄さんあにさんは何になんにも拘泥こうでいしていない自然しぜんの顔かおをみると感謝かんしゃしたくなるほど嬉しいうれしいと私わたくしに明言めいげんした事ことがあるのです。
それは自分じぶんが幸福こうふくに生れうまれた以上いじょう、他ほかを幸福こうふくにする事こともできると云ういうのと同じおなじ意味いみではありませんか。
私わたくしは兄さんあにさんの顔かおを見みてにやにやと笑いわらいました。
兄さんあにさんはそうなるとただではすまされない男おとこです。
すぐ食いついくいついて来きます。
「いや本当ほんとうにそうなのだ。疑ぐらうたぐられては困るこまる。実際じっさい僕ぼくの云っいった事ことは云っいった事ことで、云わいわない事ことは云わいわない事ことなんだから」 私わたくしは兄さんあにさんに逆らいさからいたくはありませんでした。
けれどもこれほど頭あたまの明かあきらかな兄さんあにさんが、自分じぶんの平生へいぜいから軽蔑けいべつしている言葉ことばの上うえの論理ろんりを弄んもてあそんで、平気へいきでいるのは少しすこしおかしいと思いおもいました。
それで私わたくしの腹はらにあった兄さんあにさんの矛盾むじゅんを遠慮えんりょなく話しはなして聞かきかせました。
兄さんあにさんはまた無言むごんで飯めしを二に口くちほど頬張りほおばりました。
兄さんあにさんの茶碗ちゃわんはその時空じくうになりましたが、飯櫃いいびつは依然いぜんとして兄さんあにさんの手ての届かとどけかない私わたくしの傍そばにありました。
私わたくしはもう一遍いちぺん給仕きゅうじをする考えかんがえで、兄さんあにさんの鼻はなの先さきへ手てを出しだしたのです。
ところが今度こんどは兄さんあにさんが応じおうじません。
こっちへ寄こしよこしてくれと云いいいます。
私わたくしは飯櫃いいびつを向うむこうへ押しおしてやりました。
兄さんあにさんは自分じぶんでしゃもじを取っとって、飯めしをてこ盛さかんにもり上げもりあげました。
それからその茶碗ちゃわんを膳ぜんの上うえに置いおいたまま、箸はしも執らとらずに私わたくしに問いかけるといかけるのです。
「君きみは結婚けっこん前まえの女おんなと、結婚後けっこんごの女おんなと同じおなじ女おんなだと思っおもっているのか」 こうなると私わたくしにはおいそれと返事へんじができなくなります。
平生へいぜいそんな事ことを考えかんがえて見みないからでもありましょうが。
今度こんどは私わたくしの方ほうが飯めしを二口ふたくち三口さんこう立て続けたてつづけに頬張っほおばって、兄さんあにさんの説明せつめいを待ちまちました。
「嫁よめに行くいく前まえのお貞おさださんと、嫁よめに行っいったあとのお貞おさださんとはまるで違っちがっている。今いまのお貞おさださんはもう夫おっとのためにスポイルすぽいるされてしまっている」「いったいどんな人ひとのところへ嫁よめに行っいったのかね」と私わたくしが途中とちゅうで聞きききました。
「どんな人ひとのところへ行こういこうと、嫁よめに行けいけば、女おんなは夫おっとのために邪じゃになるのだ。そういう僕ぼくがすでに僕ぼくの妻つまをどのくらい悪くわるくしたか分らわからない。自分じぶんが悪くわるくした妻つまから、幸福こうふくを求めるもとめるのは押おうが強きょう過ぎるすぎるじゃないか。幸福こうふくは嫁よめに行っいって天真てんしんを損わそこなわれた女おんなからは要求ようきゅうできるものじゃないよ」 兄さんあにさんはそういうや否いなや、茶碗ちゃわんを取り上げとりあげて、むしゃむしゃてこ盛さかんの飯めしを平らげたいらげました。
五十二ごじゅうに
私わたくしは旅行りょこうに出でてから今日きょうに至るいたるまでの兄さんあにさんを、これでできるだけ委しくくわしく書いかいたつもりです。
東京とうきょうを立ったったのはつい昨日きのうのようですが、指ゆびを折るおるともう十じゅう日ひあまりになります。
私わたくしの音信おんしんをあてにして待っまっておられるあなたや御年寄おとしよりには、この十じゅう日ひが少しすこし長なが過ぎすぎたかも知れしれません。
私わたくしもそれは察しさっしています。
しかしこの手紙てがみの冒頭ぼうとうに御ご断りことわりしたような事情じじょうのために、ここへ来きて落ちつくおちつくまでは、ほとんど筆ふでを執るとる余裕よゆうがなかったので、やむをえず遅れおくれました。
その代りかわり過去かこ十じゅう日間かかんのうち、この手紙てがみに洩れもれた兄さんあにさんは一日いちにちもありません。
私わたくしは念ねんを入れいれてその日ひその日ひの兄さんあにさんをことごとくこの一封いっぷうのうちに書き込めかきこめました。
それが私わたくしの申訳もうしわけです。
同時どうじに私わたくしの誇りほこりです。
私わたくしは当初とうしょの予期よき以上いじょうに、私わたくしの義務ぎむを果しはてし得とくたという自信じしんのもとに、この手紙てがみを書きかき終るおわるのですから。
私わたくしの費やしついやした時間じかんは、時計とけいの針はりで仕事しごとの分量ぶんりょうを計算けいさんして見みない努力どりょくだから、数字すうじとしては申し上げもうしあげられませんが、ずいぶんの骨折こっせつには違いありませんでした。
私わたくしは生れうまれて始めてはじめてこんな長いながい手紙てがみを書きかきました。
無論むろん一気いっきには書けかけません、一いち日ひにも書けかけません。
ひまの見つかりみつかり次第しだい机つくえに向っむかって書きかきかけたあとを書きかき続けつづけて行っいったのです。
しかしそれは何なんでもありません。
もし私わたくしの見みた兄さんあにさんと、私わたくしの理解りかいした兄さんあにさんがこの一封いっぷうのうちに動いうごいているならば、私わたくしは今いまより数すう層倍そうばいの手数てすうと労力ろうりょくを費やしついやしても厭わいとわないつもりです。
私わたくしは私わたくしの親愛しんあいするあなたの兄さんあにさんのために、この手紙てがみを書きかきます。
それから同じくおなじく兄さんあにさんを親愛しんあいするあなたのためにこの手紙てがみを書きかきます。
最後さいごには慈愛じあいに充ちみちた御年寄おとしより、あなたと兄さんあにさんの御ご父さんちちさんや御ご母さんははさんのためにもこの手紙てがみをかきます。
私わたくしの見みた兄さんあにさんはおそらくあなた方ほうの見みた兄さんあにさんと違っちがっているでしょう。
私わたくしの理解りかいする兄さんあにさんもまたあなた方ほうの理解りかいする兄さんあにさんではありますまい。
もしこの手紙てがみがこの努力どりょくに価あたいするならば、その価あたいは全くまったくそこにあると考えかんがえて下さいください。
違っちがった角度かくどから、同じおなじ人ひとを見みて別様べつようの反射はんしゃを受けうけたところにあると思っおもって御ご参考さんこうになさい。
あなた方ほうは兄さんあにさんの将来しょうらいについて、とくに明瞭めいりょうな知識ちしきを得とくたいと御ご望みのぞみになるかも知れしれませんが、予言者よげんしゃでない私わたくしは、未来みらいに喙を挟きょうさむ資格しかくを持っもっておりません。
雲くもが空そらに薄暗くうすぐらく被さっかぶさった時じ、雨あめになる事こともありますし、また雨あめにならずにすむ事こともあります。
ただ雲くもが空そらにある間ま、日の目ひのめの拝まおがまれないのは事実じじつです。
あなた方ほうは兄さんあにさんが傍そばのものを不愉快ふゆかいにすると云っいって、気の毒きのどくな兄さんあにさんに多少たしょう非難ひなんの意味いみを持たもたせているようですが、自分じぶんが幸福こうふくでないものに、他ほかを幸福こうふくにする力ちからがあるはずがありません。
雲くもで包まつつまれている太陽たいように、なぜ暖かいあたたかい光ひかりを与えあたえないかと逼るせまるのは、逼るせまる方ほうが無理むりでしょう。
私わたくしはこうしていっしょにいる間ま、できるだけ兄さんあにさんのためにこの雲くもを払おうはらおうとしています。
あなた方ほうも兄さんあにさんから暖かあたたかな光ひかりを望むのぞむ前まえに、まず兄さんあにさんの頭あたまを取り巻いとりまいている雲くもを散らしちらしてあげたらいいでしょう。
もしそれが散らちらせないなら、家族かぞくのあなた方ほうには悲しいかなしい事ことができるかも知れしれません。
兄さんあにさん自身じしんにとっても悲しいかなしい結果けっかになるでしょう。
こういう私わたくしも悲しゅうかなしゅうございます。
私わたくしは過去かこ十じゅう日間かかんの兄さんあにさんを、書きかきました。
この十じゅう日間かかんの兄さんあにさんが、未来みらいの十じゅう日間かかんにどうなるかが問題もんだいで、その問題もんだいには誰だれも答えこたえられないのです。
よし次つぎの十じゅう日間かかんを私わたくしが受け合ううけあうにしたところで、次つぎの一いちカ月かげつ、次つぎの半年はんとしの兄さんあにさんを誰だれが受け合えうけあえましょう。
私わたくしはただ過去かこ十じゅう日間かかんの兄さんあにさんを忠実ちゅうじつに書いかいただけです。
頭あたまの鋭くするどくない私わたくしが、読み直すよみなおすひまもなくただ書き流しかきながしたものだから、そのうちには定めてさだめて矛盾むじゅんがあるでしょう。
頭あたまの鋭いするどい兄さんあにさんの言行げんこうにも気きのつかないところに矛盾むじゅんがあるかも知れしれません。
けれども私わたくしは断言だんげんします。
兄さんあにさんは真面目まじめです。
けっして私わたくしをごまかそうとしてはいません。
私わたくしも忠実ちゅうじつです。
あなたを欺くあざむく気きは毛頭もうとうないのです。
私わたくしがこの手紙てがみを書きかき始めはじめた時じ、兄さんあにさんはぐうぐう寝ねていました。
この手紙てがみを書きかき終るおわる今いまもまたぐうぐう寝ねています。
私わたくしは偶然ぐうぜん兄さんあにさんの寝ねている時じに書き出しかきだして、偶然ぐうぜん兄さんあにさんの寝ねている時じに書きかき終るおわる私わたくしを妙みょうに考えかんがえます。
兄さんあにさんがこの眠ねむりから永久えいきゅう覚めさめなかったらさぞ幸福こうふくだろうという気きがどこかでします。
同時どうじにもしこの眠ねむりから永久えいきゅう覚めさめなかったらさぞ悲しいかなしいだろうという気きもどこかでします」
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