行人

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十

第 30 章
お重おしげは明らかあきらかに嫂ねーを嫌っいやっていた。
これは学究的がっきゅうてきに孤独こどくな兄あにに同情どうじょうが強いつよいためと誰だれにも肯ずかれた。
「御ご母さんははさんでもいなくなったらどうなさるでしょう。本当ほんとうに御ご気の毒きのどくね」 すべてを隠すかくす事ことを知らしらない彼女かのじょはかつて自分じぶんにこう云っいった。
これは固よりもとより頬ほおぺたを真白まっしろにして自分じぶんが彼女かのじょと喧嘩けんかをしない遠いとおい前まえの事ことであった。
自分じぶんはその時じ彼女かのじょを相手あいてにしなかった。
ただ「兄さんあにさん見みたいに訳わけの解っわかった人ひとが、家庭かてい間まの関係かんけいで、御前ごぜんなどに心配しんぱいして貰うもらう必要ひつようが出でて来るくるものか、黙っだまって見みていらっしゃい。御ご父さんちちさんも御ご母さんははさんもついていらっしゃるんだから」と訓戒くんかいでも与えるあたえるように云っいって聞かきかせた。
自分じぶんはその時分じぶんからお重おしげと嫂ねーとは火ひと水みずのような個性こせいの差異さいから、とうてい円熟えんじゅくに同棲どうせいする事ことは困難こんなんだろうとすでに観察かんさつしていた。
「御ご母さんははさんお重おしげも早くはやく片づけかたづけてしまわないといけませんね」と自分じぶんは母ははに忠告ちゅうこくがましい差さ出口でぐちを利いきいた事ことさえあった。
その折おり母はははなぜとも何なんとも聞き返さききかえさなかったが、さも自分じぶんの意味いみを呑み込んのみこんだらしい眼つきめつきをして、「お前おまえが云っいってくれないでも、御ご父さんちちさんだって妾めかけだって心配しんぱいし抜いぬいているところだよ。お重おしげばかりじゃないやね。御前ごぜんのお嫁よめだって、蔭かげじゃどのくらいみんなに手数てすうをかけて探しさがして貰っもらってるか分りゃわかりゃしない。けれどもこればかりは縁えんだからね……」と云っいって自分じぶんの顔かおをしけじけと見みた。
自分じぶんは母ははの意味いみも何なんも解らわからずに、ただ「はあ」と子供こどもらしく引き下がっひきさがった。
お重おしげは何なんでも直じかむきになる代りかわりに裏表うらおもてのない正直しょうじきな美質びしつを持っもっていたので、母ははよりはむしろ父ちちに愛さあいされていた。
兄あにには無論むろん可愛かわいがられていた。
お貞おさださんの結婚けっこん談だんが出でた時じにも「まずお重おしげから片づけるかたづけるのが順じゅんだろう」と云ういうのが父ちちの意見いけんであった。
兄あにも多少たしょうはそれに同意どういであった。
けれどもせっかく名ざしなざしで申し込まもうしこまれたお貞おさださんのために、沢山たくさんない機会きかいを逃すのがすのはつまり両りょう損そんになるという母ははの意見いけんが実際じっさい上うえにもっともなので、理りに明るいあかるい兄あにはすぐ折れおれてしまった。
兄あにの見地けんちに多少たしょう譲歩じょうほしている父ちちも無事ぶじに納得なっとくした。
けれども黙っだまっていたお重おしげには、それがはなはだしい不愉快ふゆかいを与えあたえたらしかった。
しかし彼女かのじょが今度こんどの結婚けっこん問題もんだいについて万事ばんじ快くこころよくお貞おさださんの相談そうだんに乗るのるのを見みても、彼女かのじょが機先きせんを制せせいせられたお貞おさださんに悪感情あくかんじょうを抱いいだいていないのはたしかな事実じじつであった。
彼女かのじょはただ嫂ねーの傍そばにいるのが厭いやらしく見えみえた。
いくら父母ふぼのいる家いえであっても、いくら思いおもい通りとおりの子供こどもらしさを精一杯せいいっぱいに振りふり舞わすまわす事ことができても、この冷れいかな嫂ねーからふんという顔つきかおつきで眺めながめられるのが何なんより辛かっつらかったらしい。
こういう気分きぶんに神経しんけいを焦しょうつかせている時じ、彼女かのじょはふと女おんなの雑誌ざっしか何なんかを借りるかりるために嫂ねーの室むろへ這入っはいった。
そうしてそこで嫂ねーがお貞おさださんのために縫っぬっていた嫁入よめいり仕度したくの着物きものを見みた。
「お重おしげさんこれお貞おさださんのよ。好いよいでしょう。あなたも早くはやく佐野さのさんみたような方ほうの所ところへいらっしゃいよ」と嫂ねーは縫っぬっていた着物きものを裏表うらおもて引繰返しひっくりかえして見せみせた。
その態度たいどがお重おしげには見せびらかしみせびらかしの面めん当とうのように聞えきこえた。
早くはやく嫁よめに行く先ゆくさきをきめて、こんなものでも縫うぬう覚悟かくごでもしろという謎なぞにも取れとれた。
いつまで小しょう姑しゅうとめの地位ちいを利用りようして人ひとを苛いらち虐めるいじめるんだという諷刺ふうしとも解釈かいしゃくされた。
最後さいごに佐野さのさんのような人ひとの所ところへ嫁よめに行けいけと云わいわれたのがもっとも神経しんけいに障っさわった。
彼女かのじょは泣きなきながら父ちちの室むろに訴えうったえに行っいった。
父ちちは面倒めんどうだと思っおもったのだろう、嫂ねーには一言ひとことも聞糺さききたださずに、翌日よくじつお重おしげを連れつれて三越みつこしへ出かけでかけた。
十一じゅういち
それから二三にさん日ひして、父ちちの所ところへ二人ふたりほど客きゃくが来きた。
父ちちは生来せいらい交際こうさい好よしみの上うえに、職業しょくぎょう上うえの必要ひつようから、だいぶ手広くてびろく諸方しょほうへ出入でいりしていた。
公こうの務つとむを退いしりぞいた今日きょうでもその惰性だせいだか影響えいきょうだかで、知合しりあい間まの往来おうらいは絶えるたえる間まもなかった。
もっとも始終しじゅう顔かおを出すだす人ひとに、それほど有名ゆうめいな人ひとも勢力せいりょく家いえも見えみえなかった。
その時じの客きゃくは貴族きぞく院いんの議員ぎいんが一人ひとりと、ある会社かいしゃの監査役かんさやくが一人ひとりとであった。
父ちちはこの二人ふたりと謡うたいの方ほうの仲なか善ぜんと見えみえて、彼かれらが来るくるたびに謡うたいをうたって楽らくんだ。
お重おしげは父ちちの命令めいれいで、少しすこしの間ま鼓つづみの稽古けいこをした覚さとしがあるので、そう云ういう時じにはよく客きゃくの前まえへ呼び出さよびだされて鼓つづみを打っうった。
自分じぶんはその高慢ちきこうまんちきな顔かおをまだ忘れわすれずにいる。
「お重おしげお前おまえの鼓つづみは好いよいが、お前おまえの顔かおはすこぶる不味いまじいね。悪いわるい事ことは云わいわないから、嫁よめに行っいった当座とうざはけっして鼓つづみを御ご打ちうちでないよ。いくら御ご亭主ていしゅが謡うたい気狂きちがいでもああ澄まさすまされた日ひにゃ、愛想あいそを尽かさつかされるだけだから」とわざわざ罵しっののしった事ことがある。
すると傍そばに聞いきいていたお貞おさださんが眼めを丸くまるくして、「まあひどい事ことをおっしゃる事こと、ずいぶんね」と云っいったので、自分じぶんも少しすこし言いいい過ぎすぎたかと思っおもった。
けれども烈しいはげしいお重おしげは平生へいぜいに似にず全くまったく自分じぶんの言葉ことばを気きにかけないらしかった。
「兄さんあにさんあれでも顔かおの方ほうはまだ上等じょうとうなのよ。鼓つづみと来きたらそれこそ大変たいへんなの。妾めかけ謡うたいの御客ごきゃくがあるほど厭いやな事ことはないわ」とわざわざ自分じぶんに説明せつめいして聞かきかせた。
お重おしげの顔かおばかりに注意ちゅういしていた自分じぶんは、彼女かのじょの鼓つづみがそれほど不味いまじいとはそれまで気きがつかなかった。
その日ひも客きゃくが来きてから一いち時間じかん半はんほどすると予定よていの通りとおり謡うたいが始まっはじまった。
自分じぶんはやがてまたお重おしげが呼び出さよびだされる事ことと思っおもって、調ちょう戯たわむれ半分はんぶん茶の間ちゃのまの方ほうに出でて行っいった。
お重おしげは一生懸命いっしょうけんめいに会席膳かいせきぜんを拭いぬぐいていた。
「今日きょうはポンポンぽんぽん鳴らさならさないのか」と自分じぶんがことさらに聞くきくと、お重おしげは妙みょうにとぼけた顔かおをして、立ったっている自分じぶんを見上げみあげた。
「だって今いま御ご膳ぜんが出るでるんですもの。忙しいいそがしいからって、断っことわったのよ」 自分じぶんは台所だいどころや茶の間ちゃのまのごたごたした中なかで、ふざけ過ぎすぎて母ははに叱らしかられるのも面白くおもしろくないと思っおもって、また室むろへ取っとって返しかえした。
夕食ゆうしょく後あとちょっと散歩さんぽに出でて帰っかえって来るくると、まだ自分じぶんの室むろに這入らはいらない先さきから母ははに捉まっつかまった。
「二郎じろうちょうど好いよいところへ帰っかえって来きておくれだ。奥おくへ行っいって御ご父さんちちさんの謡うたいを聞いきいていらっしゃい」 自分じぶんは父ちちの謡うたいを聞ききき慣れなれているので、一いち番ばんぐらい聴くきくのはさほど厭いやとも思わおもわなかった。
「何なんをやるんです」と母ははに質問しつもんした。
母ははは自分じぶんとは正反対せいはんたいに謡うたいがまた大嫌いだいきらいだった。
「何なんだか知らしらないがね。早くはやくいらっしゃいよ。皆みなさんが待っまっていらっしゃるんだから」と云っいった。
自分じぶんは委細いさい承知しょうちして奥おくへ通ろうとおろうとした。
すると暗いくらい縁側えんがわの所ところにお重おしげがそっと立ったっていた。
自分じぶんは思わおもわず「おい……」と大きなおおきな声こえを出しだしかけた。
お重おしげは急きゅうに手てを振っふって相図あいずのように自分じぶんの口くちを塞いせいでしまった。
「なぜそんな暗いくらい所ところに一人ひとりで立ったっているんだい」と自分じぶんは彼女かのじょの耳みみへ口くちを付けつけて聞いきいた。
彼女かのじょはすぐ「なぜでも」と答えこたえた。
しかし自分じぶんがその返事へんじに満足まんぞくしないでやはり元もとの所ところに立ったっているのを見みて、「先刻せんこくから、何なん遍へんも出でて来いこい出でて来いこいって催促さいそくするのよ。だから御ご母さんははさんに断っことわって、少しすこし加減かげんが悪いわるい事ことにしてあるのよ」「なぜまた今日きょうに限っかぎって、そんなに遠慮えんりょするんだい」「だって妾めかけ鼓つづみなんか打つうつのはもう厭いやになっちまったんですもの、馬鹿ばからしくって。それにこれからやるのなんかむずかしくってとてもできないんですもの」「感心かんしんにお前おまえみたような女おんなでも謙遜けんそんの道みちは少々しょうしょう心得こころえているから偉いえらいね」と云い放っいいはなったまま、自分じぶんは奥おくへ通っとおった。
十二じゅうに
奥おくには例れいの客きゃくが二人ふたり床ゆかの前まえに坐っすわっていた。
二人ふたりとも品しなの好いよい容貌ようぼうの人ひとで、その薄くうすく禿げはげかかった頭あたまが後あとにかかっている探幽たんゆうの三さん幅はば対たいとよく調和ちょうわした。
彼かれらは二人ふたりとも袴はかまのまま、羽織はおりを脱ぎぬぎ放しはなしにしていた。
三さん人ひとのうちで袴はかまを着けつけていなかったのは父ちちばかりであったが、その父ちちでさえ羽織はおりだけは遠慮えんりょしていた。
自分じぶんは見知りみしり合あわせだから正面しょうめんの客きゃくに挨拶あいさつかたがた、「どうか拝聴はいちょうを……」と頭あたまを下げさげた。
客きゃくはちょっと恐縮きょうしゅくの体からだを装っよそおって、「いやどうも……」と頭あたまを掻くかく真似まねをした。
父ちちは自分じぶんにまたお重おしげの事ことを尋ねたずねたので、「先刻せんこくから少しすこし頭痛ずつうがするそうで、御ご挨拶あいさつに出でられないのを残念ざんねんがっていました」と答えこたえた。
父ちちは客きゃくの方ほうを見みながら、「お重おしげが心持こころもちが悪いわるいなんて、まるで鬼おにの霍乱かくらんだな」と云っいって、今度こんどは自分じぶんに、「先刻せんこく綱つな(母ははの名な)の話はなしでは腹はらが痛いいたいように聞いきいたがそうじゃない頭痛ずつうなのかい」と聞き直しききなおした。
自分じぶんはしまったと思っおもったが「多分たぶん両方りょうほうなんでしょう。胃腸いちょうの熱ねつで頭あたまが痛むいたむ事こともあるようだから。しかし心配しんぱいするほどの病気びょうきじゃないようです。じき癒るなおるでしょう」と答えこたえた。
客きゃくは蒼蠅さばえいほどお重じゅうに同情どうじょうの言葉ことばを注射ちゅうしゃした後あと、「じゃ残念ざんねんだが始めはじめましょうか」と云いいい出しだした。
聴手ききてには、自分じぶんより前まえに兄あに夫婦ふうふが横向よこむきになって、行儀ぎょうぎよく併んならんで坐っすわっていたので、自分じぶんは鹿爪らしくしかつめらしく嫂ねーの次つぎに席せきを取っとった。
「何なんをやるんです」と坐りすわりながら聞いきいたら、この道みちについて何なんの素養そようも趣味しゅみもない嫂ねーは、「何なんでも景清かげきよだそうです」と答えこたえて、それぎり何なんとも云わいわなかった。
客きゃくのうちで赭顔しゃがんの恰腹の好いよい男おとこが仕手してをやる事ことになって、その隣となりの貴族きぞく院いん議員ぎいんが脇わき、父ちちは主人しゅじん役やくで「娘むすめ」と「男おとこ」を端役はやくだと云ういう訳わけか二につ引き受けひきうけた。
多少たしょう謡うたいを聞分けるききわける耳みみを持っもっていた自分じぶんは、最初さいしょからどんな景清かげきよができるかと心配しんぱいした。
兄あには何なんを考えかんがえているのか、はなはだ要領ようりょうを得とくない顔かおをして、凋落ちょうらくしかかった前まえ世紀せいきの肉声にくせいを夢ゆめのように聞いきいていた。
嫂ねーの鼓膜こまくには肝腎かんじんの「松門しょうもん」さえ人間にんげんとしてよりもむしろ獣類じゅうるいの吠として不快ふかいに響いひびいたらしい。
自分じぶんはかねてからこの「景清かげきよ」という謡うたいに興味きょうみを持っもっていた。
何なんだか勇ましいいさましいような惨ましいいたましいような一種いっしゅの気分きぶんが、盲目もうもくの景清かげきよの強いつよい言葉ことば遣けんから、また遥々はるばる父ちちを尋ねたずねに日向ひなたまで下るくだる娘むすめの態度たいどから、涙なみだに化しかして自分じぶんの眼めを輝かかがやかせた場合ばあいが、一二いちに度どあった。
しかしそれは歴れっき乎かとした謡うたい手てが本気ほんきに各自かくじの役やくを引き受けひきうけた場合ばあいで、今いま聞かきかせられているような胡麻ごま節ふしを辿ったどってようやく出来上るできあがる景清かげきよに対したいしてはほとんど同情どうじょうが起らおこらなかった。
やがて景清かげきよの戦いくさ物語ものがたりも済んすんで一いち番ばんの謡うたいも滞りとどこおりなく結末けつまつまで来きた。
自分じぶんはその成せい蹟を何なんと評しひょうして好いよいか解らわからないので、少しすこし不安ふあんになった。
嫂ねーは平生へいぜいの寡言かげんにも似にず「勇しいいさましいものですね」と云っいった。
自分じぶんも「そうですね」と答えこたえておいた。
すると多分たぶん一口ひとくちも開くひらくまいと思っおもった兄あにが、急きゅうに赭顔しゃがんの客きゃくに向っむかって、「さすがに我われも平家へいけなり物語りものがたり申しもうしてとか、始めてはじめてとかいう句くがありましたが、あのさすがに我われも平家へいけなりという言葉ことばが大変たいへん面白うおもしろうございました」と云っいった。
兄あには元来がんらい正直しょうじきな男おとこで、かつ己れおのれの教育きょういく上うえ嘘うそを吐かはかないのを、品性ひんせいの一部分いちぶぶんと心得こころえているくらいの男おとこだから、この批評ひひょうに疑ううたがう余地よちは少しすこしもなかった。
けれども不幸ふこうにして彼かれの批評ひひょうは謡うたいの上手じょうず下手へたでなくって、文章ぶんしょうの巧拙こうせつに属するぞくする話はなしだから、相手あいてにはほとんど手て応おうがなかった。
こう云ういう場合ばあいに馴れなれた父ちちは「いやあすこは非常ひじょうに面白くおもしろく拝聴はいちょうした」と客きゃくの謡いうたいぶりを一応いちおう賞めほめた後あとで、「実じつはあれについて思い出しおもいだしたが、大変たいへん興味きょうみのある話はなしがある。ちょうどあの文句もんくを世話せわに崩しくずして、景清かげきよを女おんなにしたようなものだから、謡うたいよりはよほど艶あでである。しかも事実じじつでね」と云いいい出しだした。
十三じゅうさん
父ちちは交際家こうさいかだけあって、こういう妙みょうな話はなしをたくさん頭あたまの中なかにしまっていた。
そうして客きゃくでもあると、献酬けんしゅうの間まによくそれを臨機応変りんきおうへんに運用うんようした。
多年たねん父ちちの傍そばに寝ね起しおこしている自分じぶんにもこの女おんな景清かげきよの逸話いつわは始めてはじめてであった。
自分じぶんは思わおもわず耳みみを傾けかたむけて父ちちの顔かおを見みた。
「ついこの間まの事ことで、また実際じっさいあった事ことなんだから御ご話はなしをするが、その発端ほったんはずっと古いふるい。古いふるいたって何なんも源平げんぺい時代じだいから説き出すときだすんじゃないからそこは御ご安心あんしんだが、何しろなにしろ今いまから二に十じゅう五ご六ろく年ねん前まえ、ちょうど私わたくしの腰弁こしべん時代じだいとでも云いいいましょうかね……」 父ちちはこういう前置ぜんちをして皆みななを笑わわらわせた後あとで本題ほんだいに這入っはいった。
それは彼かれの友達ともだちと云ういうよりもむしろずっと後輩こうはいに当るあたる男おとこの艶聞えんぶん見みたようなものであった。
もっとも彼かれは遠慮えんりょして名前なまえを云わいわなかった。
自分じぶんは家いえへ出入るでいる人ひとの数々かずかずについて、たいていは名前なまえも顔かおも覚えおぼえていたが、この逸話いつわをもった男おとこだけはいくら考えかんがえてもどんな想像そうぞうも浮かばうかばなかった。
自分じぶんは心こころのうちで父ちちは今いま表ひょう向むかい多分たぶんこの人ひとと交際こうさいしているのではなかろうと疑ぐっうたぐった。
何しろなにしろ事ことはその人ひとの二十にじゅう前後ぜんごに起っおこったので、その時じ当人とうにんは高等学校こうとうがっこうへ這入りはいり立てたてだとか、這入っはいってから二に年ねん目めになるとか、父ちちははなはだ瞹眛な説明せつめいをしていたが、それはどっちにしたって、我々われわれの気きにかかるところではなかった。
「その人ひとは好いよい人間にんげんだ。好いよい人間にんげんにもいろいろあるが、まあ好いよい人間にんげんだ。今いまでもそうだから、廿にじゅう歳としぐらいの時分じぶんは定めてさだめて可愛らしいかわいらしい坊ぼうちゃんだったろう」 父ちちはその男おとこをこう荒っぽくあらっぽく叙述じょじゅつしておいて、その男おとことその家いえの召使めしつかいとがある関係かんけいに陥入っおちいった因果いんがをごく単簡たんかんに物語っものがたりった。
「元来がんらいそいつはね本当ほんとうの坊ぼうちゃんだから、情事じょうじなんて洒落しゃれた経験けいけんはまるでそれまで知らしらなかったのだそうだ。当人とうにんもまた婦人ふじんに慕わしたわれるなんて粋事いきごとは自分じぶんのようなものにとうてい有りあり得とくべからざる奇蹟きせきと思っおもっていたのだそうだ。ところがその奇蹟きせきが突然とつぜん天てんから降っふって来きたので大変たいへん驚ろいおどろいたんですね」 話しかけはなしかけられた客きゃくはむしろ真面目まじめな顔かおをして、「なるほど」と受けうけていたが、自分じぶんはおかしくてたまらなかった。
淋しさびしそうな兄あにの頬ほおにも笑わらいの渦うずが漂よっただよった。
「しかもそれが男おとこの方ほうが消極的しょうきょくてきで、女おんなの方ほうが積極的せっきょくてきなんだからいよいよ妙みょうですよ。私わたくしがそいつに、その女おんなが君きみに覚さとし召めしがあると悟っさとったのはどういう機きだと聞いきいたらね。真面目まじめな顔かおをして、いろいろ云いいいましたが、そのうちで一番いちばん面白いおもしろいと思っおもったせいか、いまだに覚えおぼえているのは、そいつが瓦かわら煎餅せんべいか何なんか食っしょくってるところへ女おんなが来きて、私わたくしにもその御ご煎餅せんべいをちょうだいなと云ういうや否いなや、そいつの食い欠いくいかいた残りのこりの半分はんぶんを引っ手繰っひったくって口くちへ入れいれたという時じなんです」 父ちちの話はなし方ほうは無論むろん滑稽こっけいを主におもにして、大事だいじの真面目まじめな方ほうを背景はいけいに引き込まひきこましてしまうので、聞いきいている客きゃくを始めはじめ我々われわれ三さん人ひともただ笑うわらうだけ笑えわらえばそれで後あとには何なんも残らのこらないような気きがした。
その上客じょうきゃくは笑うわらう術じゅつをどこかで練修れんしゅうして来きたように旨くうまく笑っわらった。
一座いちざのうちで比較的ひかくてき真面目まじめだったのはただ兄あに一人ひとりであった。
「とにかくその結果けっかはどうなりました。めでたく結婚けっこんしたんですか」と冗談じょうだんとも思わおもわれない調子ちょうしで聞いきいていた。
「いやそこをこれから話そうはなそうというのだ。先刻せんこくも云っいった通りとおり『景清かげきよ』の趣おもむきの出でてくるところはこれからさ。
今いま言っいってるところはほんの冒頭ぼうとうだて」と父ちちは得意とくいらしく答えこたえた。
十四じゅうよん
父ちちの話すはなすところによると、その男おとことその女おんなの関係かんけいは、夏なつの夜よるの夢ゆめのようにはかないものであった。
しかし契りちぎりを結んむすんだ時じ、男おとこは女おんなを未来みらいの細君さいくんにすると言明げんめいしたそうである。
もっともこれは女おんなから申し出しもうしだした条件じょうけんでも何なんでもなかったので、ただ男おとこの口くちから勢いいきおいに駆らかられて、おのずと迸しった、誠まことではあるが実行じっこうしにくい感情的かんじょうてきの言葉ことばに過ぎすぎなかったと父ちちはわざわざ説明せつめいした。
「と云ういうのはね、両方りょうほう共ともおない年おないどしでしょう。しかも一方いっぽうは親おやの脛すねを噛ってる前途ぜんと遼遠りょうえんの書生しょせいだし、一方いっぽうは下女げじょ奉公ほうこうでもして暮そうくらそうという貧しいまずしい召使いめしつかいなんだから、どんな堅いかたい約束やくそくをしたって、その約束やくそくの実行じっこうができる長いながい年月としつきの間まには、どんな故障こしょうが起らおこらないとも限らかぎらない。で、女おんなが聞いきいたそうですよ。あなたが学校がっこうを卒業そつぎょうなさると、二に十じゅう五ご六ろくに御成おなりんなさる。すると私わたくしも同じおなじぐらいに老けふけてしまう。それでも御承知ごしょうちですかってね」 父ちちはそこへ来きて、急きゅうに話はなしを途と切らしきらして、膝ひざの下したにあった銀ぎん煙管きせるへ煙草たばこを詰めつめた。
彼かれが薄青いうすあおい煙けむりを一いち時じに鼻はなの穴あなから出しだした時じ、自分じぶんはもどかしさの余りあまり「その人ひとは何なんて答えこたえました」と聞いきいた。
父ちちは吸殻すいがらを手てで叩きたたきながら「二郎じろうがきっと何なんとか聞くきくだろうと思っおもった。二郎じろう面白いおもしろいだろう。世間せけんにはずいぶんいろいろな人ひとがあるもんだよ」と云っいって自分じぶんを見みた。
自分じぶんはただ「へえ」と答えこたえた。
「実じつはわしも聞いきいて見みた、その男おとこに。君きみ何なんて答えこたえたかって。すると坊ぼうちゃんだね、こう云ういうんだ。僕ぼくは自分じぶんの年ねんも先さきの年ねんも知っしっていた。けれども僕ぼくが卒業そつぎょうしたら女おんながいくつになるか、そこまでは考えかんがえていられなかった。いわんや僕ぼくが五十ごじゅうになれば先さきも五十ごじゅうになるなんて遠いとおい未来みらいは全くまったく頭あたまの中なかに浮かんうかんで来きなかったって」「無邪気むじゃきなものですね」と兄あにはむしろ賛嘆さんたんの口ぶりくちぶりを見せみせた。
今までいままで黙っだまっていた客きゃくが急きゅうに兄あにに賛成さんせいして、「全くまったくのところ無邪気むじゃきだ」とか「なるほど若いわかいものになるといかにも一いち図ずですな」とか云っいった。
「ところが一いち週間しゅうかん経つたつか経たへたないうちにそいつが後悔こうかいし始めはじめてね、なに女おんなは平気へいきなんだが、そいつが自分じぶんで恐縮きょうしゅくしてしまったのさ。坊ぼうちゃんだけに意気地いきちのない事ことったら。しかし正直しょうじきものだからとうとう女おんなに対したいしてまともに結婚けっこん破約はやくを申し込んもうしこんで、しかもきまりの悪わるそうな顔かおをして、御免ごめんよとか何なんとか云っいって謝罪しゃざいまったんだってね。そこへ行くいくとおない年おないどしだって先さきは女おんなだもの、『御免ごめんよ』なんて子供こどもらしい言葉ことばを聞けきけば可愛いくかわいくもなるだろうが、また馬鹿馬鹿しくばかばかしくもなるだろうよ」 父ちちは大きなおおきな声こえを出しだして笑っわらった。
御客ごきゃくもその反響はんきょうのごとくに笑っわらった。
兄あにだけはおかしいのだか、苦々しいにがにがしいのだか変へんな顔かおをしていた。
彼かれの心こころにはすべてこう云ういう物語ものがたりが厳粛げんしゅくな人生じんせい問題もんだいとして映るうつるらしかった。
彼かれの人生観じんせいかんから云っいったら父ちちの話しはなしぶりさえあるいは軽薄けいはくに響いひびいたかもしれない。
父ちちの語るかたるところを聞くきくと、その女おんなはしばらくしてすぐ暇ひまを貰っもらってそこを出でてしまったぎり再びふたたび顔かおを見せみせなかったけれども、その男おとこはそれ以来いらい二三にさんカ月かげつの間ま何なんか考え込んかんがえこんだなり魂たましいが一いちつ所ところにこびりついたように動かうごかなかったそうである。
一遍いちぺんその女おんなが近所きんじょへ来きたと云っいって寄っよった時じなどでも、ほかの人ひとの手前てまえだか何なんだかほとんど一口ひとくちも物ものを云わいわなかった。
しかもその時じはちょうど午飯ごはんの時じで、その女おんなが昔むかしの通りとおり御ご給仕きゅうじをしたのだが、男おとこはまるで初対面はつたいめんの者ものにでも逢っあったように口数くちかずを利かりかなかった。
女おんなもそれ以来いらいけっして男おとこの家いえの敷居しきいを跨がまたがなかった。
男おとこはまるでその女おんなの存在そんざいを忘れわすれてしまったように、学校がっこうを出でて家庭かていを作っつくって、二十にじゅう何なん年ねんというつい近頃ちかごろまで女おんなとは何なんらの交渉こうしょうもなく打だ過ぎすぎた。
十五じゅうご
「それだけで済めすめばまあただの逸話いつわさ。けれども運命うんめいというものは恐しいおそろしいもので……」と父ちちがまた語りかたり続けつづけた。
自分じぶんは父ちちが何なんを云いいい出すだすかと思っおもって、彼かれの顔かおから自分じぶんの眼めを離しはなし得とくなかった。
父ちちの物語りものがたりの概要がいようを摘んつんで見るみると、ざっとこうであった。
その男おとこがその女おんなをまるで忘れわすれた二十にじゅう何なん年ねんの後あと、二人ふたりが偶然ぐうぜん運命うんめいの手引てびきで不意ふいに会っかいった。
会っかいったのは東京とうきょうの真中まなかであった。
しかも有ゆう楽座らくざで名人めいじん会かいとか美音びおん会かいとかのあった薄ら寒いうすらさみい宵よいの事ことだそうである。
その時じ男おとこは細君さいくんと女の子おんなのこを連れつれて、土間どまの何なん列れつ目めか知らしらないが、かねて注文ちゅうもんしておいた席せきに並んならんでいた。
すると彼かれらが入場にゅうじょうして五ご分ぶん経つたつか立たたたないのに、今いま云っいった女おんなが他ほかの若いわかい女おんなに手てを引かひかれながら這入っはいって来きた。
彼かれらも電話でんわか何なんかで席せきを予約よやくしておいたと見えみえて、男おとこの隣となりにあるエンゲージドえんげーじどと紙札かみふだを張っちょうった所ところへ案内あんないされたままおとなしく腰こしをかけた。
二人ふたりはこういう奇妙きみょうな所ところで、奇妙きみょうに隣合わせとなりあわせに坐っすわった。
なおさら奇妙きみょうに思わおもわれたのは、女おんなの方ほうが昔むかしと違っちがった表情ひょうじょうのない盲目もうもくになってしまって、ほかにどんな人ひとがいるか全くまったく知らしらずに、ただ舞台ぶたいから出るでる音楽おんがくの響ひびきにばかり耳みみを傾けかたむけているという、男おとこに取っとってはまるで想像そうぞうすらし得とくなかった事実じじつであった。
男おとこは始めはじめ自分じぶんの傍そばに坐るすわる女おんなの顔かおを見みて過去かこ二十にじゅう年ねんの記憶きおくを逆ささかさに振らふられたごとく驚ろいおどろいた。
次つぎに黒いくろい眸ひとみをじっと据えすえて自分じぶんを見みた昔むかしの面影おもかげが、いつの間まにか消えきえていた女おんなの面影おもかげに気きがついて、また愕然がくぜんとして心細いこころぼそい感かんに打たうたれた。
十じゅう時じ過すぎまで一いちつの席せきにほとんど身動きみうごきもせずに坐っすわっていた男おとこは、舞台ぶたいで何なんをやろうが、ほとんど耳みみへは這入らはいらなかった。
ただ女おんなに別れわかれてから今日きょうに至るいたる運命うんめいの暗いくらい糸いとを、いろいろに想像そうぞうするだけであった。
女おんなはまたわが隣となりにいる昔むかしの人ひとを、見みもせず、知りしりもせず、全くまったく意識いしきに上すのぼす暇ひまもなく、ただ自然しぜんに凋落ちょうらくしかかった過去かこの音楽おんがくに、やっとの思いおもいで若いわかい昔むかしを偲ぶしのぶ気色けしきを濃いこい眉まゆの間まに示すしめすに過ぎすぎなかった。
二人ふたりは突然とつぜんとして邂逅かいこうし、突然とつぜんとして別れわかれた。
男おとこは別れわかれた後あともしばしば女おんなの事ことを思い出しおもいだした。
ことに彼女かのじょの盲目もうもくが気きにかかった。
それでどうかして女おんなのいる所ところを突きとめようつきとめようとした。
「馬鹿ばか正直しょうじきなだけに熱心ねっしんな男おとこだもんだから、とうとう成功せいこうした。その筋道すじみちも聞くきくには聞いきいたが、くだくだしくって忘れわすれちまったよ。何なんでも彼かれがその次つぎに有ゆう楽座らくざへ行っいった時じ、案内者あんないしゃを捕まえつかまえて、何なんとかかんとかした上うえに、だいぶ込み入っこみいった手数てすうをかけたんだそうだ」「どこにいたんですその女おんなは」と自分じぶんは是非ぜひ確めたしかめたくなった。
「それは秘密ひみつだ。名前なまえや所ところはいっさい云わいわれない事ことになっている。約束やくそくだからね。それは好いよいが、そいつが私わたくしにその盲目もうもくの女おんなのいる所ところを訪問ほうもんしてくれと頼むたのむんだね。何なんという主意しゅいか解らわからないが、つまりは無む沙汰さた見舞みまいのようなものさ。当人とうにんに云わいわせると、学問がくもんしただけに、鹿爪らしいしかつめらしい理窟りくつを何なんが条じょうも並べるならべるけれども。つまり過去かこと現在げんざいの中間ちゅうかんを結びつけむすびつけて安心あんしんしたいのさ。それにどうして盲目もうもくになったか、それが大変たいへん当人とうにんの神経しんけいを悩ましなやましていたと見えみえてね。と云っいっていまさらその女おんなと新しいあたらしい関係かんけいをつける気きはなし、かつは女房にょうぼう子この手前てまえもあるから、自分じぶんはわざわざ出かけでかけたくないのさ。のみならず彼かれがまた昔むかしその女おんなと別れるわかれる時じ余計よけいな事ことを饒舌にょうぜつっているんです。僕ぼくは少しすこし学問がくもんするつもりだから三さん十じゅう五ご六ろくにならなければ妻帯さいたいしない。でやむをえずこの間このまの約束やくそくは取消とりけしにして貰うもらうんだってね。ところが奴やつ学校がっこうを出るでるとすぐ結婚けっこんしているんだから良心りょうしんの方ほうから云っいっちゃあまり心持こころもちはよくないのだろう。それでとうとう私わたくしが行くいく事ことになった」「まあ馬鹿ばからしい」と嫂ねーが云っいった。
「馬鹿ばからしかったけれどもとうとう行っいったよ」と父ちちが答えこたえた。
客きゃくも自分じぶんも興味きょうみありげに笑いわらい出しだした。
十六じゅうろく
父ちちには人ひとに見みられない一種いっしゅ剽軽ひょうきんなところがあった。
ある者ものは直じかな方ほうだとも云いいい、ある者ものは気きのおけない男おとこだとも評しひょうした。
「親爺おやじは全くまったくあれで自分じぶんの地位ちいを拵えこしらえ上げあげたんだね。実際じっさいのところそれが世の中よのなかなんだろう。本式ほんしきに学問がくもんをしたり真面目まじめに考えかんがえを纏めまとめたりしたって、社会しゃかいではちっとも重宝ちょうほうがらない。ただ軽蔑けいべつされるだけだ」 兄あにはこんな愚痴ぐちとも厭味いやみとも、また諷刺ふうしとも事実じじつとも、片かたのつかない感慨かんがいを、蔭かげながらかつて自分じぶんに洩らしもらした事ことがあった。
自分じぶんは性質せいしつから云ういうと兄あによりもむしろ父ちちに似にていた。
その上年じょうねんが若いわかいので、彼かれのいう意味いみが今いまほど明瞭めいりょうに解らわからなかった。
何しろなにしろ父ちちがその男おとこに頼またのまれて、快よくこころよく訪問ほうもんを引受けひきうけたのも、多分たぶん持っもって生れうまれた物もの数奇すうきから来きたのだろうと自分じぶんは解釈かいしゃくしている。
父ちちはやがてその盲目もうもくの家いえを音信れおとずれた。
行くいく時じに男おとこは土産みやげのしるしだと云っいって、百ひゃく円えん札さつを一いち枚ばい紙かみに包んつつんで水引みずひきをかけたのに、大きなおおきな菓子折かしおりを一いちつ添えそえて父ちちに渡しわたした。
父ちちはそれを受取っうけとって、俥くるまをその女おんなの家いえに駆っかった。
女おんなの家いえは狭かっせまかったけれども小綺麗しょうきれいにかつ住じゅう心地よくここちよくできていた。
縁えんの隅すみに丸くまるく彫りほり抜いぬいた御影みかげの手水鉢ちょうずばちが据えすえてあって、手拭てぬぐい掛かかりには小しょう新らしいあたらしい三越みつこしの手拭てぬぐいさえ揺めいゆらめいていた。
家内かないも小しょう人数にんずうらしく寂然じゃくねんとして音おともしなかった。
父ちちはこの日当りひあたりの好いよいしかし茶ちゃがかった小座敷しょうざしきで、初めてはじめてその盲人もうじんに会っかいった時じ、ちょっと何なんと云っいって好いよいか分らわからなかったそうである。
「おれのようなものが言句げんくに窮するきゅうするなんて馬鹿げばかげた恥はじを話すはなすようだが実際じっさい困っこまったね。何しろなにしろ相手あいてが盲目もうもくなんだからね」 父ちちはわざとこう云っいって皆みななを興きょうがらせた。
彼かれはその場ばでとうとう男おとこの名なを打ち明けうちあけて、例れいの土産ものみやげものを取り出しとりだしつつ女おんなの前まえに置いおいた。
女おんなは眼めが悪いわるいので菓子折かしおりを撫でなでたり擦っすったりして見みた上うえ、「どうも御ご親切しんせつに……」と恭しくうやうやしく礼れいを述べのべたが、その上うえにある紙包かみづつみを手てで取上げるとりあげるや否いなや、少しすこし変へんな顔かおをして「これは?」と念ねんを押すおすように聞いきいた。
父ちちは例れいの気性きしょうだから、呵々かかと笑いわらいながら、「それも御ご土産みやげの一部分いちぶぶんです、どうか一緒いっしょに受取っうけとっておいて下さいください」と云っいった。
すると女おんなが水引みずひきの結び目むすびめを持っもったまま、「もしや金子かねこではございませんか」と問い返しといかえした。
「いえ何なんはなはだ軽少けいしょうで、――しかし○○さんの寸志すんしですからどうぞ御ご納めおさめ下さいください」 父ちちがこう云っいった時じ、女おんなはぱたりとこの紙包かみづつみを畳たたみの上うえに落しおとした。
そうして閉じとじた眸ひとみをきっと父ちちの方ほうへ向けむけて、「私わたくしは今いま寡婦かふでございますが、この間ままで歴れっき乎かとした夫おっとがございました。子供こどもは今いまでも丈夫じょうぶでございます。たといどんな関係かんけいがあったにせよ、他人たにんさまから金子かねこを頂いいただいては、楽らくに今日きょうを過すすごすようにしておいてくれた夫おっとの位牌いはいに対したいしてすみませんから御ご返しかえし致しいたします」と判はん切せつ云っいって涙なみだを落しおとした。
「これには実じつに閉口へいこうしたね」と父ちちは皆みななの顔かおを一いち順じゅん見渡しみわたしたが、その時じに限っかぎって、誰だれも笑うわらうものはなかった。
自分じぶんも腹はらの中なかで、いかな父ちちでもさすがに弱っよわったろうと思っおもった。
「その時じわしは閉口へいこうしながらも、ああ景清かげきよを女おんなにしたらやっぱりこんなものじゃなかろうかと思っおもってね。本当ほんとうは感心かんしんしましたよ。どういう訳わけで景清かげきよを思い出しおもいだしたかと云ういうとね。ただ双方そうほうとも盲目もうもくだからと云ういうばかりじゃない。どうもその女おんなの態度たいどがね……」 父ちちは考えかんがえていた。
父ちちの筋向うすじむこうに坐っすわっていた赭顔しゃがんの客きゃくが、「全くまったく気き込こみが似にているからですね」とさもむずかしい謎なぞでも解くとくように云っいった。
「全くまったく気き込こみです」と父ちちはすぐ承服しょうふくした。
自分じぶんはこれで父ちちの話はなしが結末けつまつに来きたのかと思っおもって、「なるほどそれは面白いおもしろい御ご話はなしです」と全体ぜんたいを批評ひひょうするような調子ちょうしで云っいった。
すると父ちちは「まだ後あとがあるんだ。後あとの方ほうがまだ面白いおもしろい。ことに二郎じろうのような若いわかい者ものが聞くきくと」とつけ加えつけくわえた。
十七じゅうなな
父ちちは意外いがいな女おんなの見識けんしきに、話はなしの腰こしを折らおられて、やむをえず席せきを立とうたとうとした。
すると女おんなは始めはじめて女おんならしい表情ひょうじょうを面めんに湛えたたえて、縋りつくすがりつくように父ちちをとめた。
そうしていつ何日なんにちどこで○○が自分じぶんを見みたのかと聞いきいた。
父ちちは例れいの有ゆう楽座らくざの事ことを包みつつみ蔵さくらさず盲人もうじんに話しはなして聞かきかせた。
「ちょうどあなたの隣となりに腰こしをかけていたんだそうです。あなたの方ほうではまるで知らしらなかったでしょうが、○○は最初さいしょから気きがついていたのです。しかし細君さいくんや娘むすめの手前てまえ、口くちを利くきく事こともでき悪かっわるかったんでしょう。それなり宅たくへ帰っかえったと云っいっていました」 父ちちはその時じ始めはじめて盲目もうもくの涙腺るいせんから流れ出るながれでる涙なみだを見みた。
「失礼しつれいながら眼めを御ご煩いわずらいになったのはよほど以前いぜんの事ことなんですか」と聞いきいた。
「こういう不自由ふじゆうな身体しんたいになってから、もう六ろく年ねんほどにもなりましょうか。夫おっとが亡くなっなくなって一いち年ねん経つたつか経たへたないうちの事ことでございます。生れつきうまれつきの盲目もうもくと違っちがって、当座とうざは大変たいへん不自由ふじゆうを致しいたしました」 父ちちは慰めようなぐさめようもなかった。
彼女かのじょのいわゆる夫おっとというのは何なんでも、請負師うけおいしか何なんかで、存生ぞんじょう中なかにだいぶ金きんを使っつかった代りかわりに、相応そうおうの資産しさんも残しのこして行っいったらしかった。
彼女かのじょはその御蔭みかげで眼めを煩っわずらった今日きょうでも、立派りっぱに独立どくりつして暮しくらして行けるいけるのだろうと父ちちは説明せつめいした。
彼女かのじょは人ひとに誇っほこってしかるべき倅せがれと娘むすめを持っもっていた。
その倅せがれには高等こうとうの教育きょういくこそ施しほどこしてないようだったけれども、何なんでも銀座ぎんざ辺へんのある商会しょうかいへ這入っはいって独立どくりつし得るうるだけの収入しゅうにゅうを得とくているらしかった。
娘むすめの方ほうは下町風したまちかぜの育てそだて方ほうで、唄うたや三味線しゃみせんの稽古けいこを専一せんいつと心得こころえさせるように見えみえた。
すべてを通じつうじて○○とは遠いとおい過去かこに焼きつけやきつけられた一いち点てんの記憶きおく以外いがいに何ものなにものをも共通きょうつうにもっているとは思えおもえなかった。
父ちちが有ゆう楽座らくざの話はなしをした時じに、女おんなは両方りょうほうの眼めをうるませて、「本当ほんとうに盲目もうもくほど気の毒きのどくなものはございませんね」と云っいったのが、痛くいたく父ちちの胸むねには応えこたえたそうである。
「○○さんは今いま何なんをしておいででございますか」と女おんなはまた空中くうちゅうに何物なにものをか想像そうぞうするがごとき眼め遣けんをして父ちちに聞いきいた。
父ちちは残りのこりなく○○が学校がっこうを出でてから以後いごの経歴けいれきを話しはなして聞かきかせた後あと、「今いまじゃなかなか偉くえらくなっていますよ。私わたくし見みたいな老朽ろうきゅうとは違っちがってね」と答えこたえた。
女おんなは父ちちの返事へんじには耳みみも借かりさずに、「定めてさだめてお立派りっぱな奥さんおくさんをお貰いもらいになったでございましょうね」とおとなしやかに聞いきいた。
「ええもう子供こどもが四よん人ひとあります」「一番いちばんお上おかみのはいくつにお成りなりで」「さようさもう十じゅう二に三さんにも成りなりましょうか。可愛らしいかわいらしい女の子おんなのこですよ」 女おんなは黙っだまったなりしきりに指ゆびを折っおって何なんか勘定かんじょうし始めはじめた。
その指ゆびを眺めながめていた父ちちは、急きゅうに恐ろしくおそろしくなった。
そうして腹はらの中なかで余計よけいな事ことを云っいって、もう取り返しとりかえしがつかないと思っおもった。
女おんなはしばらく間まをおいて、ただ「結構けっこうでございます」と一口ひとくち云っいって後あとは淋しくさびしく笑っわらった。
しかしその笑いわらい方ほうが、父ちちには泣かなきかれるよりも怒らおこられるよりも変へんな感じかんじを与えあたえたと云っいった。
父ちちは○○の宿所しゅくしょを明らさまあからさまに告げつげて、「ちと暇ひまな時じに遊びあそびがてら御嬢ごじょうさんでも連れつれて行っいって御覧ごらんなさい。ちょっと好いよい家いえですよ。○○も夜よるならたいてい御ご目めにかかれると云っいっていましたから」と云っいった。
すると女おんなはたちまち眉まゆを曇らしくもらして、「そんな立派りっぱな御ご屋敷やしきへ我々われわれ風情ふぜいがとても御ご出入でいりはできませんが」と云っいったまましばらく考えかんがえていたが、たちまち抑えおさえ切れきれないように真剣しんけんな声こえを出しだして、「御ご出入でいりは致しいたしません。先さき様ようで来いこいとおっしゃってもこっちで御ご遠慮えんりょしなければなりません。しかしただ一いちつ一生いっしょうの御ご願がんに伺っうかがっておきたい事ことがございます。こうして御ご目めにかかれるのももう二に度どとない御ご縁えんだろうと思いおもいますから、どうぞそれだけ聞かしきかして頂いいただいた上うえ心持こころもちよく御ご別れわかれが致しいたしたいと存じぞんじます」と云っいった。
十八じゅうはち
父ちちは年ねんの割わりに度胸どきょうの悪いわるい男おとこなので、女おんなからこう云わいわれた時じは、どんな凄まじいすさまじい文句もんくを並べならべられるかと思っおもって、少すくなからず心配しんぱいしたそうである。
「幸いさいわい相手あいての眼めが見えみえないので、自分じぶんの周章しゅうしょうさ加減かげんを覚らさとられずにすんだ」と彼かれはことさらにつけ加えつけくわえた。
その時女ときおんなはこう云っいったそうである。
「私わたくしは御覧ごらんの通りとおり眼めを煩っわずらって以来いらい、色いろという色いろは皆目かいもく見えみえません。世の中よのなかで一番いちばん明るいあかるい御ご天道てんと様ようさえもう拝むおがむ事ことはできなくなりました。ちょっと表ひょうへ出るでるにも娘むすめの厄介やっかいにならなければ用事ようじは足せたせません。いくら年ねんを取っとっても一人ひとりで不自由ふじゆうなく歩くあるく事ことのできる人間にんげんが幾いく人ひとあるかと思うおもうと、何なんの因果いんがでこんな業病ごうびょうに罹っかかったのかと、つくづく辛いつらい心持こころもちが致しいたします。けれどもこの眼めは潰れつぶれてもさほど苦しいくるしいとは存じぞんじません。ただ両方りょうほうの眼めが満足まんぞくに開いひらいている癖くせに、他ほかの料簡りょうけん方ほうが解らわからないのが一番いちばん苦しゅうくるしゅうございます」 父ちちは「なるほど」と答えこたえた。
「ごもっとも」とも答えこたえた。
けれども女おんなのいう意味いみはいっこう通じつうじなかった。
彼かれにはそういう経験けいけんがまるでなかったと彼かれは明言めいげんした。
女おんなは瞹眛な父ちちの言葉ことばを聞いきいて、「ねえあなたそうではございませんか」と念ねんを押しおした。
「そりゃそんな場合ばあいは無論むろん有るあるでしょう」と父ちちが云っいった。
「有るあるでしょうでは、あなたもわざわざ○○さんに御ご頼またのまれになって、ここまでいらしって下すっくだすった甲斐かいがないではございませんか」と女おんなが云っいった。
父ちちはますます窮しきゅうした。
自分じぶんはこの時じ偶然ぐうぜん兄あにの顔かおを見みた。
そうして彼かれの神経的しんけいてきに緊張きんちょうした眼めの色いろと、少しすこし冷笑れいしょうを洩らしもらしているような嫂ねーの唇くちびるとの対照たいしょうを比較ひかくして、突然とつぜん彼かれらの間まにこの間まから蟠とぐろまっている妙みょうな関係かんけいに気きがついた。
その蟠とぐろまりの中なかに、自分じぶんも引きずりひきずり込まこまれているという、一種いっしゅ厭ういとうべき空気くうきの匂いにおいも容赦ようしゃなく自分じぶんの鼻はなを衝いついた。
自分じぶんは父ちちがなぜ座興ざきょうとは云いいいながら、択りよりに択っよって、こんな話はなしをするのだろうと、ようやく不安ふあんの念ねんが起っおこった。
けれども万事ばんじはすでに遅かっおそかった。
父ちちは知らしらぬ顔かおをして勝手次第かってしだいに話頭わとうを進めすすめて行っいった。
「おれはそれでも解らわからないから、淡泊たんぱくにその女おんなに聞いきいて見みた。せっかく○○に頼またのまれてわざわざここまで来きて、肝心かんじんな要領ようりょうを伺わうかがわないで引き取っひきとっては、あなたに対したいしてはもちろん○○から云っいっても定めしさだめし不本意ふほんいだろうから、どうかあなたの胸むねを存分ぞんぶん私わたくしに打明けうちあけて下さいくださいませんか。それでないと私わたくしも帰っかえってから○○に話はなしがし悪いわるいからって」 その時女ときおんなは始めはじめて思い切っおもいきった決断けつだんの色いろを面めんに見せみせて、「では申し上げもうしあげます。あなたも○○さんの代理だいりにわざわざ尋ねたずねて来きて下さるくださるくらいでいらっしゃるから、定めしさだめし関係かんけいの深いぶかい御方みかたには違いちがいございませんでしょう」という冒頭ぼうとうをおいて、彼女かのじょの腹はらを父ちちに打明けうちあけた。
○○が結婚けっこんの約束やくそくをしながら一いち週間しゅうかん経つたつか経たへたないのに、それを取り消すとりけす気きになったのは、周囲しゅういの事情じじょうから圧迫あっぱくを受けうけてやむをえず断っことわったのか、あるいは別べつに何なんか気きに入らはいらないところでもできて、その気きに入らはいらないところを、結婚けっこんの約束やくそく後あと急きゅうに見つけみつけたため断っことわったのか、その有体ありていの本当ほんとうが聞きききたいのだと云ういうのが、女おんなの何なんより知りしりたいところであった。
女おんなは二十にじゅう年ねん以上いじょう○○の胸むねの底そこに隠れかくれているこの秘密ひみつを掘り出しほりだしたくってたまらなかったのである。
彼女かのじょには天下てんかの人ひとがことごとく持っもっている二につの眼めを失っうしなって、ほとんど他ほかから片輪かたわ扱いあつかいにされるよりも、いったん契っちぎった人ひとの心こころを確実かくじつに手てに握れにぎれない方ほうが遥かはるかに苦痛くつうなのであった。
「御ご父さんちちさんはどういう返事へんじをしておやりでしたか」とその時じ兄あにが突然とつぜん聞いきいた。
その顔かおには普通ふつうの興味きょうみというよりも、異状いじょうの同情どうじょうが籠っこもっているらしかった。
「おれも仕方しかたがないから、そりゃ大丈夫だいじょうぶ、僕ぼくが受け合ううけあう。本人ほんにんに軽薄けいはくなところはちっともないと答えこたえた」と父ちちは好いよい加減かげんな答えこたえをかえって自慢じまんらしく兄あにに話しはなした。
十九じゅうきゅう
「女おんなはそんな事ことで満足まんぞくしたんですか」と兄あにが聞いきいた。
自分じぶんから見るみると、兄あにのこの問もんには冒すおかすべからざる強味つよみが籠っこもっていた。
それが一種いっしゅの念力ねんりきのように自分じぶんには響いひびいた。
父ちちは気きがついたのか、気きがつかなかったのか、平気へいきでこんな答こたえをした。
「始はじめは満足まんぞくしかねた様子ようすだった。もちろんこっちの云ういう事ことがそらそれほど根ねのある訳わけでもないんだからね。本当ほんとうを云えいえば、先刻せんこくお前おまえ達とおるに話しはなした通りとおり男おとこの方ほうはまるで坊ぼうちゃんなんで、前後ぜんごの分別ぶんべつも何なんもないんだから、真面目まじめな挨拶あいさつはとてもできないのさ。けれどもそいつがいったん女おんなと関係かんけいした後あとで止せよせば好かっよかったと後悔こうかいしたのは、どうも事実じじつに違いなかろうよ」 兄あには苦々しいにがにがしい顔かおをして父ちちを見みていた。
父ちちは何なんという意味いみか、両手りょうてで長いながい頬ほおを二に度どほど撫でなでた。
「この席せきでこんな御ご話はなしをするのは少しすこし憚りはばかりがあるが」と兄あにが云っいった。
自分じぶんはどんな議論ぎろんが彼かれの口くちから出るでるか、次第しだいによっては途中とちゅうからその鉾先ほこさきを、一座いちざの迷惑めいわくにならない方角ほうがくへ向むかい易えようかえようと思っおもって聞いきいていた。
すると彼かれはこう続けつづけた。
「男おとこは情慾じょうよくを満足まんぞくさせるまでは、女おんなよりも烈しいはげしい愛あいを相手あいてに捧げるささげるが、いったん事ことが成就じょうじゅするとその愛あいがだんだん下り坂くだりざかになるに反しはんして、女おんなの方ほうは関係かんけいがつくとそれからその男おとこをますます慕うしたうようになる。これが進化論しんかろんから見みても、世間せけんの事実じじつから見みても、実際じっさいじゃなかろうかと思うおもうのです。それでその男おとこもこの原則げんそくに支配しはいされて後あとから女おんなに気きがなくなった結果けっか結婚けっこんを断っことわったんじゃないでしょうか」「妙みょうな御ご話はなしね。妾女しょうじょだからそんなむずかしい理窟りくつは知らしらないけれども、始めはじめて伺っうかがったわ。ずいぶん面白いおもしろい事ことがあるのね」 嫂ねーがこう云っいった時じ、自分じぶんは客きゃくに見せみせたくないような厭いやな表情ひょうじょうを兄あにの顔かおに見出しみだしたので、すぐそれをごまかすため何なんか云っいって見ようみようとした。
すると父ちちが自分じぶんより早くはやく口くちを開いひらいた。
「そりゃ学理がくりから云えいえばいろいろ解釈かいしゃくがつくかも知れしれないけれども、まあ何なんだね、実際じっさいはその女おんなが厭いやになったに相違そういないとしたところで、当人とうにん面喰らっめんくらったんだね、まず第だい一いちに。その上うえ小胆しょうたんで無分別むぶんべつで正直しょうじきと来きているから、それほど厭いやでなくっても断りことわりかねないのさ」 父ちちはそう云っいったなり洒然しゃぜんとしていた。
床ゆかの前まえに謡うたい本ほんを置いおいていた一人ひとりの客きゃくが、その時じ父ちちの方ほうを向いむかいてこう云っいった。
「しかし女おんなというものはとにかく執念しゅうねん深いぶかいものですね。二十にじゅう何なん年ねんもその事ことを胸むねの中なかに畳たたみ込んこんでおくんですからね。全くまったくのところあなたは好いよい功徳くどくをなすった。そう云っいって安心あんしんさせてやればその眼めの見えみえない女おんなのためにどのくらい嬉しかっうれしかったか解りゃわかりゃしません」「そこがすべての懸合けんごう事ことの気転きてんですな。万事ばんじそうやれば双方そうほうのためにどのくらい都合つごうが好いよいか知れしれんです」 他ほかの客きゃくが続いつづいてこう云っいった時じ、父ちちは「いやどうも」と頭あたまを掻いかいて「実じつは今いま云っいった通りとおり最初さいしょはね、そのくらいな事ことじゃなかなか疑りうたぐりが解けとけないんで、私わたくしも少々しょうしょう弱らよわらせられました。それをいろいろに光沢こうたくをつけたり、出鱈目でたらめを拵えこしらえたりして、とうとう女おんなを納得なっとくさせちまったんですが、ずいぶん骨ほねが折れおれましたよ」と少しすこし得意気とくいきであった。
やがて客きゃくは謡うたい本ほんを風呂敷ふろしきに包んつつんで露ろに濡れぬれた門もんを潜っもぐって出でた。
皆みなな後あとで世間せけん話はなしをしているなかに、兄あにだけはむずかしい顔かおをして一人ひとり書斎しょさいに入っはいった。
自分じぶんは例れいのごとく冷れいかに重いおもい音おとをさせる上うえ草履ぞうりの音おとを一いちつずつ聞いきいて、最後さいごにどんと締まるしまる扉とびらの響ひびきに耳みみを傾けかたむけた。
二十にじゅう
二三にさん週間しゅうかんはそれなり過ぎすぎた。
そのうち秋あきがだんだん深くふかくなった。
葉鶏頭はけいとうの濃いこい色いろが庭にわを覗くのぞくたびに自分じぶんの眼めに映っうつった。
兄あには俥くるまで学校がっこうへ出でた。
学校がっこうから帰るかえるとたいていは書斎しょさいへ這入っはいって何なんかしていた。
家族かぞくのものでも滅多めったに顔かおを合わすあわす機会きかいはなかった。
用ようがあるとこっちから二に階かいに上っのぼって、わざわざ扉とびらを開けるあけるのが常つねになっていた。
兄あにはいつでも大きなおおきな書物しょもつの上うえに眼めを向けむけていた。
それでなければ何なんか万年筆まんねんひつで細かいこまかい字じを書いかいていた。
一番いちばん我々われわれの眼めについたのは、彼かれの茫然ぼうぜんとして洋よう机つくえの上うえに頬杖つらづえを突いついている時じであった。
彼かれは一心いっしんに何なんか考えかんがえているらしかった。
彼かれは学者がくしゃでかつ思索しさく家いえであるから、黙っだまって考えるかんがえるのは当然とうぜんの事ことのようにも思わおもわれたが、扉とびらを開けあけてその様子ようすを見みた者ものは、いかにも寒いさむい気きがすると云っいって、用ようを済ますすますのを待ちまち兼ねけんねて外そとへ出でた。
最ももっとも関係かんけいの深いぶかい母ははですら、書斎しょさいへ行くいくのをあまりありがたいとは思っおもっていなかったらしい。
「二郎じろう、学者がくしゃってものは皆みななあんな偏屈へんくつなものかね」 この問もんを聞いきいた時じ、自分じぶんは学者がくしゃでないのを不思議ふしぎな幸福こうふくのように感じかんじた。
それでただえへへと笑っわらっていた。
すると母ははは真面目まじめな顔かおをして、「二郎じろう、御前ごぜんがいなくなると、宅たくは淋しいさびしい上うえにも淋しくさびしくなるが、早くはやく好いよい御ご嫁よめさんでも貰っもらって別べつになる工面くめんを御ご為ためよ」と云っいった。
自分じぶんには母ははの言葉ことばの裏うらに、自分じぶんさえ新しいあたらしい家庭かていを作っつくって独立どくりつすれば、兄あにの機嫌きげんが少しすこしはよくなるだろうという意味いみが明らさまあからさまに読まよまれた。
自分じぶんは今いまでも兄あにがそんな妙みょうな事ことを考えかんがえているのだろうかと疑っうたがっても見みた。
しかし自分じぶんもすでに一家いっかを成しなしてしかるべき年輩ねんぱいだし、また小さいちいさい一いち軒のきの竈へっついぐらいは、現在げんざいの収入しゅうにゅうでどうかこうか維持いじして行かいかれる地位ちいなのだから、かねてから、そういう考えかんがえはちらちらと無頓着むとんちゃくな自分じぶんの頭あたまをさえ横切っよこぎったのである。
自分じぶんは母ははに対したいして、「ええ外そとへ出るでる事ことなんか訳わけはありません。明日あすからでも出ろでろとおっしゃれば出でます。しかし嫁よめの方ほうはそうちんころのように、何なんでも構わかまわないから、ただ路みちに落ちおちてさえいれば拾っじゅうって来るくるというような遣けん口くちじゃ僕ぼくには不ふ向むかいですから」と云っいった。
その時じ母ははは、「そりゃ無論むろん……」と答えようこたえようとするのを自分じぶんはわざと遮っさえぎった。
「御ご母さんははさんの前まえですが、兄さんあにさんと姉さんあねさんの間まですね。あれにはいろいろ複雑ふくざつな事情じじょうもあり、また僕ぼくが固かたから少しすこし姉さんあねさんと知りしり合あわせだったので、御ご母さんははさんにも御ご心配しんぱいをかけてすまないようですけれども、大根だいこんをいうとね。兄さんあにさんが学問がくもん以外いがいの事ことに時間じかんを費すついやすのが惜いおしいんで、万事ばんじ人任せひとまかせにしておいて、何事なにごとにも手てを出さださずに華族かぞく然さと澄ましすましていたのが悪いわるいんですよ。いくら研究けんきゅうの時間じかんが大切たいせつだって、学校がっこうの講義こうぎが大事だいじだって、一生いっしょう同じおなじ所ところで同じおなじ生活せいかつをしなくっちゃならない吾がわが妻つまじゃありませんか。兄さんあにさんに云わしいわしたらまた学者がくしゃ相応そうおうの意見いけんもありましょうけれども学者がくしゃ以下いかの我々われわれにはとてもあんな真似まねはできませんからね」 自分じぶんがこんな下らしたらない理窟りくつを云い募っいいつのっているうちに、母ははの眼めにはいつの間まにか涙なみだらしい光ひかりの影かげが、だんだん溜ったまって来きたので、自分じぶんは驚いおどろいてやめてしまった。
自分じぶんは面の皮つらのかわが厚いあついというのか、遠慮えんりょがなさ過ぎるすぎると云ういうのか、それほど宅たくのものが気兼きがねをして、云わいわば敬しけいして遠ざけとおざけているような兄あにの書斎しょさいの扉とびらを他ほかよりもしばしば叩いたたいて話はなしをした。
中なかへ這入っはいった当分とうぶんの感じかんじは、さすがの自分じぶんにも少しすこし応えこたえた。
けれども十じゅう分ぶんぐらい経つたつと彼かれはまるで別人べつじんのように快活かいかつになった。
自分じぶんは苦いにがい兄あにの心機しんきをこう一転いってんさせる自分じぶんの手際てぎわに重きおもきをおいて、あたかも己れおのれの虚栄心きょえいしんを満足まんぞくさせるための手段しゅだんらしい態度たいどをもって、わざわざ彼かれの書斎しょさいへ出入でいりした事ことさえあった。
自白じはくすると、突然とつぜん兄あにから捕まっつかまって危くあやうく死地しちに陥れおちいれられそうになったのも、実じつはこういう得意とくいの瞬間しゅんかんであった。
二十一にじゅういち
その折おり自分じぶんは何なんを話はなしていたか今いまたしかに覚えおぼえていない。
何なんでも兄あにから玉突たまつきの歴史れきしを聞いきいた上うえ、ルイるい十四じゅうよん世よ頃ころの銅版どうはんの玉突たまつき台だいをわざわざ見せみせられたような気きがする。
兄あにの室むろへ這入っはいっては、こんな問題もんだいを種しゅに、彼かれの新しくあたらしく得とくた知識ちしきを、はいはい聞いきいているのが一番いちばん安全あんぜんであった。
もっとも自分じぶんも御ご饒舌にょうぜつだから、兄あにと違っちがった方面ほうめんで、ルネサンスるねさんすとかゴシックごしっくとかいう言葉ことばを心得こころえ顔かおにふり廻すふりまわす事ことも多かっおおかった。
しかしたいていは世間せけん離れはなれのしたこう云ういう談話だんわだけで書斎しょさいを出るでるのが例れいであったが、その折おりは何なんかの拍子ひょうしで兄あにの得意とくいとする遺伝いでんとか進化しんかとかについての学説がくせつが、銅版どうはんの後あとで出でて来きた。
自分じぶんは多分たぶん云ういう事ことがないため、黙っだまって聞いきいていたものと見えるみえる。
その時じ兄あにが「二郎じろうお前おまえはお父さんおちちさんの子こだね」と突然とつぜん云っいった。
自分じぶんはそれがどうしたと云わいわぬばかりの顔かおをして、「そうです」と答えこたえた。
「おれはお前おまえだから話すはなすが、実じつはうちのお父さんおちちさんには、一種いっしゅ妙みょうにおっちょこちょいのところがあるじゃないか」 兄あにから父ちちを評すれひょうすれば正にまさにそうであるという事ことを自分じぶんは以前いぜんから呑込んのみこんでいた。
けれども兄あにに対したいしてこの場合ばあい何なんと挨拶あいさつすべきものか自分じぶんには解らわからなかった。
「そりゃあなたのいう遺伝いでんとか性質せいしつとかいうものじゃおそらくないでしょう。今いまの日本にっぽんの社会しゃかいがあれでなくっちゃ、通さとおさせないから、やむをえないのじゃないですか。世の中よのなかにゃお父さんおちちさんどころかまだまだたまらないおっちょこがありますよ。兄さんあにさんは書斎しょさいと学校がっこうで高尚こうしょうに日ひを暮しくらしているから解らわからないかも知れしれないけれども」「そりゃおれも知っしってる。お前おまえの云ういう通りとおりだ。今いまの日本にっぽんの社会しゃかいは――ことによったら西洋せいようもそうかも知れしれないけれども――皆みなな上滑りうわすべりの御ご上手じょうずものだけが存在そんざいし得るうるように出来上がっできあがっているんだから仕方しかたがない」 兄あにはこう云っいってしばらく沈黙ちんもくの裡りに頭あたまを埋めうめていた。
それから怠たるそうな眼めを上げあげた。
「しかし二郎じろう、お父さんおちちさんのは、お気の毒きのどくだけれども、持っもって生れうまれた性質せいしつなんだよ。どんな社会しゃかいに生きいきていても、ああよりほかに存在そんざいの仕方しかたはお父さんおちちさんに取っとってむずかしいんだね」 自分じぶんはこの学問がくもんをして、高尚こうしょうになり、かつ迂濶うかつになり過ぎすぎた兄あにが、家中かちゅうから変人へんじん扱いあつかいにされるのみならず、親身しんみの親おやからさえも、日ひに日ひに離れはなれて行くいくのを眼前がんぜんに見みて、思わおもわず顔かおを下げさげて自分じぶんの膝頭ひざがしらを見つめみつめた。
「二郎じろうお前おまえもやっぱりお父さんおちちさん流りゅうだよ。少しすこしも摯実しじつの気質きしつがない」と兄あにが云っいった。
自分じぶんは癇癪かんしゃくの不意ふいに起るおこる野蛮やばんな気質きしつを兄あにと同様どうように持っもっていたが、この場合ばあい兄あにの言葉ことばを聞いきいたとき、毫もごうも憤怒ふんどの念ねんが萌さきざさなかった。
「そりゃひどい。僕ぼくはとにかく、お父さんおちちさんまで世間せけんの軽薄けいはくものといっしょに見做すみなすのは。兄さんあにさんは独りぼっちひとりぼっちで書斎しょさいにばかり籠っこもっているから、それでそういう僻んひがんだ観察かんさつばかりなさるんですよ」「じゃ例れいを挙げあげて見せようみせようか」 兄あにの眼めは急きゅうに光ひかりを放っはなった。
自分じぶんは思わおもわず口くちを閉じとじた。
「この間ま謡うたいの客きゃくのあった時じに、盲もう女おんなの話はなしをお父さんおちちさんがしたろう。あのときお父さんおちちさんは何なんとかいう人ひとを立派りっぱに代表だいひょうして行きいきながら、その女おんなが二十にじゅう何なん年ねんも解らわからずに煩悶はんもんしていた事ことを、ただ一口ひとくちにごまかしている。おれはあの時じ、その女おんなのために腹はらの中なかで泣いないた。女おんなは知らしらない女おんなだからそれほど同情どうじょうは起らおこらなかったけれども、実じつをいうとお父さんおちちさんの軽薄けいはくなのに泣いないたのだ。本当ほんとうに情ないなさけないと思っおもった。……」「そう女おんなみたように解釈かいしゃくすれば、何なんだって軽薄けいはくに見えるみえるでしょうけれども……」「そんな事ことを云ういうところが、つまりお父さんおちちさんの悪いわるいところを受け継いうけついでいる証拠しょうこになるだけさ。おれは直じかの事ことをお前おまえに頼んたのんで、その報告ほうこくをいつまでも待っまっていた。ところがお前おまえはいつまでも言葉ことばを左右さゆうに託したくして、空そら恍けとぼけている……」
二十二にじゅうに
「空そら恍けとぼけてると云わいわれちゃちっと可哀そうかわいそうですね。話すはなす機会きかいもなし、また話すはなす必要ひつようがないんですもの」「機会きかいは毎日まいにちある。必要ひつようはお前おまえになくてもおれの方ほうにあるから、わざわざ頼んたのんだのだ」 自分じぶんはその時じぐっと行きつまっいきつまった。
実じつはあの事件じけん以後いご、嫂ねーについて兄あにの前まえへ一人ひとり出でて、真面目まじめに彼女かのじょを論ずるろんずるのがいかにも苦痛くつうだったのである。
自分じぶんは話頭わとうを無理むりに横よこへ向けようむけようとした。
「兄さんあにさんはすでにお父さんおちちさんを信用しんようなさらず。僕ぼくもそのお父さんおちちさんの子こだという訳わけで、信用しんようなさらないようだが、和歌わかの浦うらでおっしゃった事こととはまるで矛盾むじゅんしていますね」「何なんが」と兄あには少しすこし怒気どきを帯びおびて反問はんもんした。
「何なんがって、あの時じ、あなたはおっしゃったじゃありませんか。お前おまえは正直しょうじきなお父さんおちちさんの血ちを受けうけているから、信用しんようができる、だからこんな事ことを打ち明けうちあけて頼むたのむんだって」 自分じぶんがこう云ういうと、今度こんどは兄あにの方ほうがぐっと行きつまっいきつまったような形迹けいせきを見せみせた。
自分じぶんはここだと思っおもって、わざと普通ふつう以上いじょうの力ちからを、言葉ことばの裡りへ籠めこめながらこう云っいった。
「そりゃ御ご約束やくそくした事ことですから、嫂ねーさんについて、あの時じの一部いちぶ始終しじゅうを今いまここで御ご話しはなしてもいっこう差支えさしつかえありません。固よりもとより僕ぼくはあまり下らしたらない事ことだから、機会きかいが来きなければ口くちを開くひらく考えかんがえもなし、また口くちを開いひらいたって、ただ一言ひとことで済んすんでしまう事ことだから、兄さんあにさんが気きにかけない以上いじょう、何なんも云ういう必要ひつようを認めみとめないので、今日きょうまで控えひかえていたんですから。――しかし是非ぜひ何なんとか報告ほうこくをしろと、官命かんめいで出張しゅっちょうした属官ぞっかん流りゅうに逼らせまられれば、仕方しかたがない。今いま即刻そっこくでも僕ぼくの見みた通りとおりをお話しはなします。けれどもあらかじめ断っことわっておきますが、僕ぼくの報告ほうこくから、あなたの予期よきしているような変へんな幻まぼろしはけっして出でて来きませんよ。元々もともとあなたの頭あたまにある幻まぼろしなんで、客観的きゃっかんてきにはどこにも存在そんざいしていないんだから」 兄あには自分じぶんの言葉ことばを聞いきいた時じ、平生へいぜいと違っちがって、顔かおの筋肉きんにくをほとんど一いちつも動かさうごかさなかった。
ただ洋よう卓たくの前まえに肱ひじを突いついたなり、じっとしていた。
眼めさえ伏せふせていたから、自分じぶんには彼かれの表情ひょうじょうがちっとも解らわからなかった。
兄あには理りに明らかあきらかなようで、またその理りにころりと抛げなげられる癖くせがあった。
自分じぶんはただ彼かれの顔色かおいろが少しすこし蒼くあおくなったのを見みて、これは必竟ひっきょう彼かれが自分じぶんの強いつよい言語げんごに叩かたたかれたのだと判断はんだんした。
自分じぶんはそこにあった巻まき莨たばこ入いりから煙草たばこを一いち本ほん取り出しとりだして燐寸まっちの火ひを擦っすった。
そうして自分じぶんの鼻はなから出るでる青いあおい煙けむりと兄あにの顔かおとを等分とうぶんに眺めながめていた。
「二郎じろう」と兄あにがようやく云っいった。
その声こえには力ちからも張ちょうもなかった。
「何なんです」と自分じぶんは答えこたえた。
自分じぶんの声こえはむしろ驕っおごっていた。
「もうおれはお前おまえに直じかの事ことについて何なんも聞かきかないよ」「そうですか。その方ほうが兄さんあにさんのためにも嫂ねーさんのためにも、また御ご父さんちちさんのためにも好いよいでしょう。善良ぜんりょうな夫おっとになって御ご上げあげなさい。そうすれば嫂ねーさんだって善良ぜんりょうな夫人ふじんでさあ」と自分じぶんは嫂ねーを弁護べんごするように、また兄あにを戒めるいましめるように云っいった。
「この馬鹿ばか野郎やろう」と兄あには突然とつぜん大きなおおきな声こえを出しだした。
その声こえはおそらく下したまで聞えきこえたろうが、すぐ傍そばに坐っすわっている自分じぶんには、ほとんど予想外よそうがいの驚きおどろきを心臓しんぞうに打ち込んうちこんだ。
「お前おまえはお父さんおちちさんの子こだけあって、世渡りよわたりはおれより旨いうまいかも知れしれないが、士人しじんの交わりまじわりはできない男おとこだ。なんで今いまになって直じかの事ことをお前おまえの口くちなどから聞こうきこうとするものか。軽薄けいはく児こめ」 自分じぶんの腰こしは思わおもわず坐っすわっている椅子いすからふらりと離れはなれた。
自分じぶんはそのまま扉とびらの方ほうへ歩いあるいて行っいった。
「お父さんおちちさんのような虚偽きょぎな自白じはくを聞いきいた後あと、何なんで貴様きさまの報告ほうこくなんか宛ずつにするものか」 自分じぶんはこういう烈しいはげしい言葉ことばを背中せなかに受けうけつつ扉とびらを閉めしめて、暗いくらい階段かいだんの上うえに出でた。
二十三にじゅうさん
自分じぶんはそれから約やく一いち週間しゅうかんほどというもの、夕食ゆうしょく以外いがいには兄あにと顔かおを合しごうした事ことがなかった。
平生へいぜい食卓しょくたくを賑やかにぎやかにする義務ぎむをもっているとまで、皆みななから思わおもわれていた自分じぶんが、急きゅうに黙っだまってしまったので、テーブルてーぶるは変へんに淋しくさびしくなった。
どこかで鳴くなく※の音おとさえ、併んならんでいる人ひとの耳みみに肌寒はださむの象徴しょうちょうのごとく響いひびいた。
こういう寂寞じゃくまくたる団欒だんらんの中なかに、お貞おさださんは日ごとひごとに近づいちかづいて来るくる我われ結婚けっこんの日限にちげんを考えるかんがえるよりほかに、何なんの天地てんちもないごとくに、盆ぼんを膝ひざの上うえへ載せのせて御ご給仕きゅうじをしていた。
陽気ようきな父ちちは周囲しゅういに頓着とんちゃくなく、己れおのれに特有とくゆうな勝手かってな話はなしばかりした。
しかしその反響はんきょうはいつものようにどこからも起らおこらなかった。
父ちちの方ほうでもまるでそれを予期よきする気色けしきは見えみえなかった。
時々ときどき席せきに列れつったものが、一度いちどに声こえを出しだして笑うわらう種しゅになったのはただ芳江よしえばかりであった。
母ははなどは話はなしが途切れとぎれておのずと不安ふあんになるたびに、「芳江よしえお前おまえは……」とか何なんとか無理むりに問題もんだいを拵えこしらえて、一時いちじを糊塗ことするのを例れいにした。
するとそのわざとらしさが、すぐ兄あにの神経しんけいに触っさわった。
自分じぶんは食卓しょくたくを退いしりぞいて自分じぶんの室むろに帰るかえるたびに、ほっと一息ひといき吐くはくように煙草たばこを呑んのんだ。
「つまらない。一面識いちめんしきのないものが寄っよって会食かいしょくするよりなおつまらない。他ほかの家庭かていもみんなこんな不愉快ふゆかいなものかしら」 自分じぶんは時々ときどきこう考えかんがえて、早くはやく家いえを出でてしまおうと決心けっしんした事こともあった。
あまり食卓しょくたくの空気くうきが冷やかひややかな折おりは、お重おしげが自分じぶんの後あとを恋っこいって、追いかけるおいかけるように、自分じぶんの室むろへ這入っはいって来きた。
彼女かのじょは何になんにも云わいわずにそこで泣きなき出しだしたりした。
ある時じはなぜ兄さんあにさんに早くはやく詫わびまらないのだと詰問きつもんするように自分じぶんを悪わるらしそうに睨めにらめたりした。
自分じぶんは宅たくにいるのがいよいよ厭いやになった。
元来がんらい性急せいきゅうのくせに決断けつだんに乏しいとぼしい自分じぶんだけれども、今度こんどこそは下宿げしゅくなり間借りまがりなりして、当分とうぶん気きを抜こうぬこうと思い定めおもいさだめた。
自分じぶんは三沢みさわの所ところへ相談そうだんに行っいった。
その時じ自分じぶんは彼かれに、「君きみが大阪おおさかなどで、ああ長くながく煩うわずらうから悪いわるいんだ」と云っいった。
彼かれは「君きみがお直じかさんなどの傍そばに長くながくくっついているから悪いわるいんだ」と答えこたえた。
自分じぶんは上方かみがたから帰っかえって以来いらい、彼かれに会うあう機会きかいは何度なんどとなくあったが、嫂ねーについては、いまだかつて一言ひとことも彼かれに告げつげた例れいがなかった。
彼かれもまた自分じぶんの嫂ねーに関しかんしては、いっさい口くちを閉じとじて何事なにごとをも云わいわなかった。
自分じぶんは始めはじめて彼かれの咽喉のどを洩れるもれる嫂ねーの名なを聞いきいた。
またその嫂ねーと自分じぶんとの間まに横わるよこたわる、深くふかくも浅くあさくも取れるとれる相互そうご関係かんけいをあらわした彼かれの言葉ことばを聞いきいた。
そうして驚きおどろきと疑ぎの眼めを三沢みさわの上うえに注いそそいだ。
その中なかに怒どを含んふくんでいると解釈かいしゃくした彼かれは、「怒るおこるなよ」と云っいった。
その後そのあとで「気狂きちがいになった女おんなに、しかも死んしんだ女おんなに惚れほれられたと思っおもって、己惚れうぬぼれているおれの方ほうが、まあ安全あんぜんだろう。その代りかわり心細いこころぼそいには違いない。しかし面倒めんどうは起らおこらないから、いくら惚れほれても、惚れほれられてもいっこう差支えさしつかえない」と云っいった。
自分じぶんは黙っだまっていた。
彼かれは笑いわらいながら「どうだ」と自分じぶんの肩かたを捕まえつかまえて小突いこづいた。
自分じぶんには彼かれの態度たいどが真面目まじめなのか、また冗談じょうだんなのか、少しすこしも解らわからなかった。
真面目まじめにせよ、冗談じょうだんにせよ、自分じぶんは彼かれに向っむかって何事なにごとをも説明せつめいしたり、弁明べんめいしたりする気きは起らおこらなかった。
自分じぶんはそれでも三沢みさわに適当てきとうな宿やどを一二いちに軒のき教わっおそわって、帰りがけかえりがけに、自分じぶんの室むろまで見みて帰っかえった。
家いえへ戻るもどるや否いなや誰だれより先さきに、まずお重おしげを呼んよんで、「兄さんあにさんもお前おまえの忠告ちゅうこくしてくれた通りとおり、いよいよ家いえを出るでる事ことにした」と告げつげた。
お重おしげは案外あんがいなようなまた予期よきしていたような表情ひょうじょうを眉間みけんにあつめて、じっと自分じぶんの顔かおを眺めながめた。
二十四にじゅうよん
兄妹きょうだいとして云えいえば、自分じぶんとお重おしげとは余りあまり仲なかの善いよい方ほうではなかった。
自分じぶんが外そとへ出るでる事ことを、まず第だい一いちに彼女かのじょに話しはなしたのは、愛情あいじょうのためというよりは、むしろ面めん当とうの気分きぶんに打勝たうちかたれていた。
すると見る見るみるみるうちにお重おしげの両方りょうほうの眼めに涙なみだがいっぱい溜ったまって来きた。
「早くはやく出でて上げあげて下さいください。その代りかわり妾めかけもどんな所ところでも構わかまわない、一いち日ひも早くはやくお嫁よめに行きいきますから」と云っいった。
自分じぶんは黙っだまっていた。
「兄さんあにさんはいったん外そとへ出でたら、それなり家いえへ帰らかえらずに、すぐ奥さんおくさんを貰っもらって独立どくりつなさるつもりでしょう」と彼女かのじょがまた聞いきいた。
自分じぶんは彼女かのじょの手前てまえ「もちろんさ」と答えこたえた。
その時じお重おしげは今までいままで持ちもち応えこたえていた涙なみだをぽろりぽろりと膝ひざの上うえに落しおとした。
「何なんだって、そんなに泣くなくんだ」と自分じぶんは急きゅうに優しいやさしい声こえを出しだして聞いきいた。
実際じっさい自分じぶんはこの事件じけんについてお重おしげの眼めから一いち滴しずくの涙なみださえ予期よきしていなかったのである。
「だって妾めかけばかり後あとへ残っのこって……」 自分じぶんに判はん切せつ聞こえきこえたのはただこれだけであった。
その他ほかは彼女かのじょのむやみに引いん泣なき上げるあげる声こえが邪魔じゃまをしてほとんど崩れくずれたまま自分じぶんの鼓膜こまくを打っうった。
自分じぶんは例れいのごとく煙草たばこを呑みのみ始めはじめた。
そうしておとなしく彼女かのじょの泣き止むなきやむのを待っまっていた。
彼女かのじょはやがて袖そでで眼めを拭いぬぐいて立ち上ったちのぼった。
自分じぶんはその後姿うしろすがたを見みたとき、急きゅうに可哀そうかわいそうになった。
「お重おしげ、お前おまえとは好くよく喧嘩けんかばかりしたが、もう今までいままで通りとおり啀み合ういがみあう機会きかいも滅多めったにあるまい。さあ仲直りなかなおりだ。握手あくしゅしよう」 自分じぶんはこう云っいって手てを出しだした。
お重おしげはかえってきまり悪きまりわる気きに躊躇ちゅうちょした。
自分じぶんはこれからだんだんに父ちちや母ははに自分じぶんの外そとへ出るでる決心けっしんを打ち明けうちあけて、彼かれらの許諾きょだくを一々いちいち求めもとめなければならないと思っおもった。
ただ最後さいごに兄あにの所ところへ行っいって、同じおなじ決心けっしんを是非ぜひ共とも繰返すくりかえす必要ひつようがあるので、それだけが苦くになった。
母ははに打ち明けうちあけたのはたしかその明くる日あくるひであった。
母はははこの唐突とうとつな自分じぶんの決心けっしんに驚いおどろいたように、「どうせ出るでるならお嫁よめでもきまってからと思っおもっていたのだが。――まあ仕方しかたがあるまいよ」と云っいった後あと、憮然ぶぜんとして自分じぶんの顔かおを見みた。
自分じぶんはすぐその足あしで、父ちちの居間いまへ行こういこうとした。
母ははは急きゅうに後あとから呼びよび留めとめた。
「二郎じろうたとい、お前おまえが家いえを出でたってね……」 母ははの言葉ことばはそれだけで支えささえてしまった。
自分じぶんは「何なんですか」と聞き返しききかえしたため、元もとの場所ばしょに立ったっていなければならなかった。
「兄さんあにさんにはもう御ご話しはなしかい」と母ははは急きゅうに即かつかぬ事ことを云いいい出しだした。
「いいえ」と自分じぶんは答えこたえた。
「兄さんあにさんにはかえってお前おまえから直下ちょっかに話しはなした方ほうが好いよいかも知れしれないよ。なまじ、御ご父さんちちさんや御ご母さんははさんから取次ぐとりつぐと、かえって感情かんじょうを害するがいするかも知れしれないからね」「ええ僕ぼくもそう思っおもっています。なるたけ綺麗きれいにして出るでるつもりですから」 自分じぶんはこう断っことわって、すぐ父ちちの居間いまに這入っはいった。
父ちちは長いながい手紙てがみを書いかいていた。
「大阪おおさかの岡田おかだからお貞おさだの結婚けっこんについて、この間ままた問い合せといあわせが来きたので、その返事へんじを書こうかこう書こうかこうと思いおもいながら、とうとう今日きょうまで放っはなっておいたから、今日きょうは是非ぜひ一いちつその義務ぎむを果そうはたそうと思っおもって、今いま書いかいているところだ。ついでだからそう云っいっとくが、御前ごぜんの書くかく拝啓はいけいの啓けいの字じは間違っまちがっている。崩すくずすならそこにあるように崩すくずすものだ」 長いながい手紙てがみの一端いっぱしがちょうど自分じぶんの坐っすわった膝ひざの前まえに出でていた。
自分じぶんは啓けいの字じを横よこに見みたが、どこが間違っまちがっているのかまるで解らわからなかった。
自分じぶんは父ちちが筆ふでを動かすうごかす間ま、床ゆかに活けいけた黄菊こうきくだのその後そのあとにある懸物かけものだのを心こころのうちで品評ひんぴょうしていた。
二十五にじゅうご
父ちちは長いながい手紙てがみを裾すその方ほうから巻き返しまきかえしながら、「何なんか用ようかね、また金きんじゃないか。金きんならないよ」と云っいって、封筒ふうとうに上書じょうしょを認めみとめた。
自分じぶんはきわめて簡略かんりゃくに自分じぶんの決意けついを述べのべた上うえ、「永々えい御ご厄介やっかいになりましたが……」というような形式けいしきの言葉ことばをちょっと後あとへ付け加えつけくわえた。
父ちちはただ「うんそうか」と答えこたえた。
やがて切手きってを状袋じょうぶくろの角かくへ貼り付けはりつけて、「ちょっとそのベルべるを押しおしてくれ」と自分じぶんに頼んたのんだ。
自分じぶんは「僕ぼくが出させださせましょう」と云っいって手紙てがみを受け取っうけとった。
父ちちは「お前おまえの下宿げしゅくの番地ばんちを書いかいて、御ご母さんははさんに渡しわたしておきな」と注意ちゅういした。
それから床ゆかの幅はばについていろいろな説明せつめいをした。
自分じぶんはそれだけ聞いきいて父ちちの室むろを出でた。
これで挨拶あいさつの残っのこっているものはいよいよ兄あにと嫂ねーだけになった。
兄あににはこの間まの事件じけん以来いらいほとんど親しいしたしい言葉ことばを換かえわさなかった。
自分じぶんは彼かれに対したいして怒りいかり得るうるほどの勇気ゆうきを持っもっていなかった。
怒りいかり得るうるならば、この間ま罵しらののしられて彼かれの書斎しょさいを出るでるとき、すでに激昂げっこうしていなければならなかった。
自分じぶんは後あとから小さなちいさな石膏せっこう像ぞうの飛んとんでくるぐらいに恐れおそれを抱くいだく人間にんげんではなかった。
けれどもあの時じに限っかぎって、怒るおこるべき勇気ゆうきの源みなもとがすでに枯れかれていたような気きがする。
自分じぶんは室むろに入っはいった幽霊ゆうれいが、ふうとまた室むろを出るでるごとくに力なくちからなく退却たいきゃくした。
その後そのあとも彼かれの書斎しょさいの扉とびらを叩いたたいて、快くこころよく詫わびまるだけの度胸どきょうは、どこからも出でて来きなかった。
かくして自分じぶんは毎日まいにち苦いにがい顔かおをしている彼かれの顔かおを、晩餐ばんさんの食卓しょくたくに見るみるだけであった。
嫂ねーとも自分じぶんは近頃ちかごろ滅多めったに口くちを利かりかなかった。
近頃ちかごろというよりもむしろ大阪おおさかから帰っかえって後あとという方ほうが適当てきとうかも知れしれない。
彼女かのじょは単独たんどくに自分じぶんの箪笥たんすなどを置いおいた小さいちいさい部屋へやの所有主しょゆうしゅであった。
しかしながら彼女かのじょと芳江よしえが二人ふたりぎりそこに遊んあそんでいる事ことは、一いち日ひ中なかで時間じかんにつもるといくらもなかった。
彼女かのじょはたいてい母ははと共ともに裁縫さいほうその他ほかの手伝てつだいをして日ひを暮しくらしていた。
父ちちや母ははに自分じぶんの未来みらいを打ち明けうちあけた明るあかる朝あさ、便所べんじょから風呂場ふろばへ通うかよう縁側えんがわで、自分じぶんはこの嫂ねーにぱたりと出会っであった。
「二郎じろうさん、あなた下宿げしゅくなさるんですってね。宅たくが厭いやなの」と彼女かのじょは突然とつぜん聞いきいた。
彼女かのじょは自分じぶんの云っいった通りとおりを、いつの間まにか母ははから伝えつたえられたらしい言葉ことば遣けんをした。
自分じぶんは何気なんげなく「ええしばらく出るでる事ことにしました」と答えこたえた。
「その方ほうが面倒めんどうでなくって好いよいでしょう」 彼女かのじょは自分じぶんが何なんか云ういうかと思っおもって、じっと自分じぶんの顔かおを見みていた。
しかし自分じぶんは何なんとも云わいわなかった。
「そうして早くはやく奥さんおくさんをお貰いもらいなさい」と彼女かのじょの方ほうからまた云っいった。
自分じぶんはそれでも黙っだまっていた。
「早いはやい方ほうが好いよいわよあなた。妾めかけ探しさがして上げあげましょうか」とまた聞いきいた。
「どうぞ願いねがいます」と自分じぶんは始めはじめて口くちを開いひらいた。
嫂ねーは自分じぶんを見下げみさげたようなまた自分じぶんを調ちょう戯たわむれうような薄笑いうすわらいを薄いうすい唇くちびるの両端りょうたんに見せみせつつ、わざと足音あしおとを高くたかくして、茶の間ちゃのまの方ほうへ去っさった。
自分じぶんは黙っだまって、風呂場ふろばと便所べんじょの境さかいにある三和土たたきの隅すみに寄せ掛けよせかけられた大きなおおきな銅どうの金盥かなだらいを見つめみつめた。
この金盥かなだらいは直径ちょっけい二に尺さし以上いじょうもあって自分じぶんの力ちからで持上げるもちあげるのも困難こんなんなくらい、重くおもくてかつ大きなおおきなものであった。
自分じぶんは子供こどもの時分じぶんからこの金盥かなだらいを見みて、きっと大人おとなの行水ぎょうずいを使うつかうものだとばかり想像そうぞうして、一人ひとり嬉しうれしがっていた。
金盥かなだらいは今いま塵ごみで佗しくわびしく汚れよごれていた。
低いひくい硝子戸がらすと越しこしには、これも自分じぶんの子供こども時代じだいから忘れわすれ得とくない秋海棠しゅうかいどうが、変らかわらぬ年ねんごとの色いろを淋しくさびしく見せみせていた。
自分じぶんはこれらの前まえに立ったって、よく秋あき先さきに玄関げんかん前まえの棗なつめを、兄あにと共ともに叩き落したたきおとして食っしょくった事ことを思い出しおもいだした。
自分じぶんはまだ青年せいねんだけれども、自分じぶんの背後はいごにはすでにこれだけ無邪気むじゃきな過去かこがずっと続いつづいている事ことを発見はっけんした時じ、今昔こんじゃくの比較ひかくが自からみずから胸むねに溢れあふれた。
そうしてこれからこの餓鬼大将がきたいしょうであった兄あにと不愉快ふゆかいな言葉ことばを交換こうかんして、わが家わがやを出でなければならないという変化へんかに想いおもい及んおよんだ。
二十六にじゅうろく
その日ひ自分じぶんが事務所じむしょから帰っかえってお重おしげに「兄さんあにさんは」と聞くきくと、「まだよ」という返事へんじを得とくた。
「今日きょうはどこかへ廻るまわる日ひなのかね」と重ねかさねて尋ねたずねた時じ、お重おしげは「どうだか知らしらないわ。書斎しょさいへ行っいって壁かべに貼りつけはりつけてある時間表じかんひょうを見みて来きて上げあげましょうか」と云っいった。
自分じぶんはただ兄あにが帰っかえったら教えおしえてくれるように頼んたのんで、誰だれにも会わあわずに室むろへ這入っはいった。
洋服ようふくを脱ぎぬぎ替えるかえるのも面倒めんどうなので、そのまま横よこになって寝ねているうち、いつの間まにか本当ほんとうの眠りねむりに落ちおちた。
そうして他人たにんに説明せつめいも何なんもできないような複雑ふくざつに変化へんかする不安ふあんな夢ゆめに襲わおそわれていると、急きゅうにお重おしげから起さおこされた。
「大兄たいけいさんがお帰りかえりよ」 こういう彼女かのじょの言葉ことばが耳みみに這入っはいった時じ、自分じぶんはすぐ起ち上がったちあがった。
けれども意識いしきは朦朧もうろうとして、夢ゆめのつづきを歩いあるいていた。
お重おしげは後あとから「まあ顔かおでも洗っあらっていらっしゃい」と注意ちゅういした。
判然はんぜんしない自分じぶんの意識いしきは、それすらあえてする勇気ゆうきを必要ひつようと感ぜかんぜしめなかった。
自分じぶんはそのまま兄あにの書斎しょさいに這入っはいった。
兄あにもまだ洋服ようふくのままであった。
彼かれは扉とびらの音おとを聞いきいて、急きゅうに入口いりぐちに眼めを転じてんじた。
その光ひかりのうちにはある予期よきを明かあきらかに示ししめしていた。
彼かれが外出がいしゅつして帰るかえると、嫂ねーが芳江よしえを連れつれて、不断ふだんの和服わふくを持っもって上がっあがって来るくるのが、その頃ころの習慣しゅうかんであった。
自分じぶんは母ははが嫂ねーに「こういう風かぜにおしよ」と云いいいつけたのを傍そばにいて聞いきいていた事ことがある。
自分じぶんはぼんやりしながらも、兄あにのこの眼め附ふによって、和服わふくの不断ふだん着きより、嫂ねーと芳江よしえとを彼かれは待ち設けまちもうけていたのだと覚っさとった。
自分じぶんは寝惚けねとぼけた心持こころもちが有っあったればこそ、平気へいきで彼かれの室むろを突然とつぜん開けあけたのだが、彼かれは自分じぶんの姿すがたを敷居しきいの前まえに見みて、少しすこしも怒りいかりの影かげを現さあらわさなかった。
しかしただ黙っだまって自分じぶんの背広姿せびろすがたを打ち守るうちまもるだけで、急きゅうに言葉ことばを出すだす気色けしきはなかった。
「兄さんあにさん、ちょっと御ご話はなしがありますが……」と、自分じぶんはついにこっちから切り出しきりだした。
「こっちへ御ご這入りはいり」 彼かれの言語げんごは落ちついおちついていた。
かつこの間まの事ことについて何なんの介意かいいをも含んふくんでいないらしく自分じぶんの耳みみに響いひびいた。
彼かれは自分じぶんのために、わざわざ一いち脚あしの椅子いすを己れおのれの前まえへ据えすえて、自分じぶんを麾ねいた。
自分じぶんはわざと腰こしをかけずに、椅子いすの背せに手てを載せのせたまま、父ちちや母ははに云っいったとほぼ同様どうようの挨拶あいさつを述べのべた。
兄あには尊敬そんけいすべき学者がくしゃの態度たいどで、それを静かしずかに聞いきいていた。
自分じぶんの単簡たんかんの説明せつめいが終るおわると、彼かれは嬉しくうれしくも悲しくかなしくもない常つねの来客らいきゃくに応接おうせつするような態度たいどで「まあそこへおかけ」と云っいった。
彼かれは黒いくろいモーニングもーにんぐを着きて、あまり好いよい香こうのしない葉巻はまきを燻らしくゆらしていた。
「出るでるなら出るでるさ。お前おまえももう一人前いちにんまえの人間にんげんだから」と云っいってしばらく煙けむりばかり吐いはいていた。
それから「しかしおれがお前おまえを出しだしたように皆みななから思わおもわれては迷惑めいわくだよ」と続けつづけた。
「そんな事ことはありません。ただ自分じぶんの都合つごうで出るでるんですから」と自分じぶんは答えこたえた。
自分じぶんの寝惚けねとぼけた頭あたまはこの時じしだいに冴えさえて来きた。
できるだけ早くはやく兄あにの前まえから退きしりぞきたくなった結果けっか、ふり返っふりかえって室むろの入口いりぐちを見みた。
「直じかも芳江よしえも今いま湯ゆに這入っはいっているようだから、誰だれも上がっあがって来きやしない。そんなにそわそわしないでゆっくり話すはなすが好いよい、電灯でんとうでも点けつけて」 自分じぶんは立ち上がったちあがって、室むろの内うちを明るくあかるくした。
それから、兄あにの吹かしふかしている葉巻はまきを一いち本ほん取っとって火ひを点けつけた。
「一いち本ほん八はち銭せんだ。ずいぶん悪いわるい煙草たばこだろう」と彼かれが云っいった。
二十七にじゅうなな
「いつ出るでるつもりかね」と兄あにがまた聞いきいた。
「今度こんどの土曜どようあたりにしようかと思っおもってます」と自分じぶんは答えこたえた。
「一人ひとり出るでるのかい」と兄あにがまた聞いきいた。
この奇異きいな質問しつもんを受けうけた時じ、自分じぶんはしばらく茫然ぼうぜんとして兄あにの顔かおを打ち守っうちまもっていた。
彼かれがわざとこう云ういう失礼しつれいな皮肉ひにくを云ういうのか、そうでなければ彼かれの頭あたまに少しすこし変調へんちょうを来しきしたのか、どっちだか解らわからないうちは、自分じぶんにもどの見当けんとうへ打っうって出でて好いよいものか、料簡りょうけんが定まらさだまらなかった。
彼かれの言葉ことばは平生へいぜいから皮肉ひにくたくさんに自分じぶんの耳みみを襲っおそった。
しかしそれは彼かれの智力ちりょくが我々われわれよりも鋭敏えいびんに働きはたらき過ぎるすぎる結果けっかで、その他ほかに悪気わるぎのない事ことは、自分じぶんによく呑み込めのみこめていた。
ただこの一言ひとことだけは鼓膜こまくに響いひびいたなり、いつまでもそこでじんじん熱くあつく鳴っなっていた。
兄あには自分じぶんの顔かおを見みて、えへへと笑っわらった。
自分じぶんはその笑いわらいの影かげにさえ歇斯的まと里さと性せいの稲妻いなずまを認めみとめた。
「無論むろん一人ひとりで出るでる気きだろう。誰だれも連れつれて行くいく必要ひつようはないんだから」「もちろんです。ただ一人ひとりになって、少しすこし新しいあたらしい空気くうきを吸いすいたいだけです」「新しいあたらしい空気くうきはおれも吸いすいたい。しかし新しいあたらしい空気くうきを吸わしすわしてくれる所ところは、この広いひろい東京とうきょうに一いちカ所かしょもない」 自分じぶんは半ばなかばこの好んこのんで孤立こりつしている兄あにを憐れんあわれんだ。
そうして半ばなかば彼かれの過敏かびんな神経しんけいを悲しんかなしんだ。
「ちっと旅行りょこうでもなすったらどうです。少しすこしは晴々はればれするかも知れしれません」 自分じぶんがこう云っいった時じ、兄あにはチョッキちょっきの隠いん袋ふくろから時計とけいを出しだした。
「まだ食事しょくじの時間じかんには少しすこし間まがあるね」と云いいいながら、彼かれは再びふたたび椅子いすに腰こしを落ちつけおちつけた。
そうして「おい二郎じろうもうそうたびたび話すはなす機会きかいもなくなるから、飯めしができるまでここで話そうはなそうじゃないか」と自分じぶんの顔かおを見みた。
自分じぶんは「ええ」と答えこたえたが、少しすこしも尻しりは坐らすわらなかった。
その上うえ何なんも話すはなす種しゅがなかった。
すると兄あにが突然とつぜん「お前おまえパオロぱおろとフランチェスカふらんちぇすかの恋こいを知っしってるだろう」と聞いきいた。
自分じぶんは聞いきいたような、聞かきかないような気きがするので、すぐとは返事へんじもできなかった。
兄あにの説明せつめいによると、パオロぱおろと云ういうのはフランチェスカふらんちぇすかの夫おっとの弟おとうとで、その二人ふたりが夫おっとの眼めを忍んしのんで、互たがいに慕いしたい合っあった結果けっか、とうとう夫おっとに見つかっみつかって殺さころされるという悲しいかなしい物語りものがたりで、ダンテだんての神曲しんきょくの中なかとかに書いかいてあるそうであった。
自分じぶんはその憐れあわれな物語ものがたりに対するたいする同情どうじょうよりも、こんな話はなしをことさらにする兄あにの心持こころもちについて、一種いっしゅ厭いやな疑念ぎねんを挟きょうさんだ。
兄あには臭いくさい煙草たばこの煙けむりの間まから、始終しじゅう自分じぶんの顔かおを見つめみつめつつ、十三じゅうさん世紀せいきだか十四じゅうよん世紀せいきだか解らわからない遠いとおい昔むかしの以い太利おおのとしの物語ものがたりをした。
自分じぶんはその間まやっとの事ことで、不愉快ふゆかいの念ねんを抑えおさえていた。
ところが物語ものがたりが一応いちおう済むすむと、彼かれは急きゅうに思いおもいも寄らよらない質問しつもんを自分じぶんに掛けかけた。
「二郎じろう、なぜ肝心かんじんな夫おっとの名なを世間せけんが忘れわすれてパオロぱおろとフランチェスカふらんちぇすかだけ覚えおぼえているのか。その訳わけを知っしってるか」 自分じぶんは仕方しかたがないから「やっぱり三さん勝かち半はん七なな見みたようなものでしょう」と答えこたえた。
兄あには意外いがいな返事へんじにちょっと驚いおどろいたようであったが、「おれはこう解釈かいしゃくする」としまいに云いいい出しだした。
「おれはこう解釈かいしゃくする。人間にんげんの作っつくった夫婦ふうふという関係かんけいよりも、自然しぜんが醸しかもした恋愛れんあいの方ほうが、実際じっさい神聖しんせいだから、それで時じを経るへるに従じゅうがって、狭いせまい社会しゃかいの作っつくった窮屈きゅうくつな道徳どうとくを脱ぎ棄てぬぎすてて、大きなおおきな自然しぜんの法則ほうそくを嘆美たんびする声こえだけが、我々われわれの耳みみを刺戟しげきするように残るのこるのではなかろうか。もっともその当時とうじはみんな道徳どうとくに加勢かせいする。二人ふたりのような関係かんけいを不義ふぎだと云っいって咎めるとがめる。しかしそれはその事情じじょうの起っおこった瞬間しゅんかんを治めるおさめるための道義どうぎに駆らかられた云わいわば通り雨とおりあめのようなもので、あとへ残るのこるのはどうしても青天せいてんと白日はくじつ、すなわちパオロぱおろとフランチェスカふらんちぇすかさ。どうだそうは思わおもわんかね」
二十八にじゅうはち
自分じぶんは年輩ねんぱいから云っいっても性格せいかくから云っいっても、平生へいぜいなら兄あにの説せつに手てを挙げあげて賛成さんせいするはずであった。
けれどもこの場合ばあい、彼かれがなぜわざわざパオロぱおろとフランチェスカふらんちぇすかを問題もんだいにするのか、またなぜ彼かれら二人ふたりが永久えいきゅうに残るのこる理由りゆうを、物々しくものものしく解説かいせつするのか、その主意しゅいが分らわからなかったので、自然しぜんの興味きょうみは全くまったく不快ふかいと不安ふあんの念ねんに打ち消さうちけされてしまった。
自分じぶんは奥歯おくばに物ものの挟まっはさまったような兄あにの説明せつめいを聞いきいて、必竟ひっきょうそれがどうしたのだという気きを起しおこした。
「二郎じろう、だから道徳どうとくに加勢かせいするものは一時いちじの勝利者しょうりしゃには違いないが、永久えいきゅうの敗北はいぼく者ものだ。自然しぜんに従うしたがうものは、一時いちじの敗北はいぼく者ものだけれども永久えいきゅうの勝利者しょうりしゃだ……」 自分じぶんは何なんとも云わいわなかった。
「ところがおれは一時いちじの勝利者しょうりしゃにさえなれない。永久えいきゅうには無論むろん敗北はいぼく者ものだ」 自分じぶんはそれでも返事へんじをしなかった。
「相撲すもうの手てを習っならっても、実際じっさい力ちからのないものは駄目だめだろう。そんな形式けいしきに拘泥こうでいしないでも、実力じつりょくさえたしかに持っもっていればその方ほうがきっと勝つかつ。勝つかつのは当り前あたりまえさ。四十八よんじゅうはち手ては人間にんげんの小刀しょうとう細工さいくだ。膂力りょりょくは自然しぜんの賜物たまものだ。……」 兄あにはこういう風かぜに、影かげを踏んふんで力んりきんでいるような哲学てつがくをしきりに論じろんじた。
そうして彼かれの前まえに坐っすわっている自分じぶんを、気味きみの悪いわるい霧きりで、一面いちめんに鎖しとざしてしまった。
自分じぶんにはこの朦朧もうろうたるものを払い退けるはらいのけるのが、太いふとい麻縄あさなわを噛み切るかみきるよりも苦しかっくるしかった。
「二郎じろう、お前おまえは現在げんざいも未来みらいも永久えいきゅうに、勝利者しょうりしゃとして存在そんざいしようとするつもりだろう」と彼かれは最後さいごに云っいった。
自分じぶんは癇癪かんしゃく持もちだけれども兄あにほど露骨ろこつに突進とっしんはしない性質せいしつであった。
ことさらこの時じは、相手あいてが全然ぜんぜん正気せいきなのか、または少しすこし昂奮こうふんし過ぎすぎた結果けっか、精神せいしんに尋常じんじょうでない一いち種しゅの状態じょうたいを引き起しひきおこしたのか、第一だいいちその方ほうを懸念けねんしなければならなかった。
その上うえ兄あにの精神せいしん状態じょうたいをそこに導いみちびいた原因げんいんとして、どうしても自分じぶんが責任者せきにんしゃと目指さめざされているという事実じじつを、なおさら苛くむごく感じかんじなければならなかった。
自分じぶんはとうとうしまいまで一言ひとことも云わいわずに兄あにの言葉ことばを聞くきくだけ聞いきいていた。
そうしてそれほど疑ぐるうたぐるならいっそ嫂ねーを離別りべつしたら、晴々はればれして好かろうよかろうにと考えかんがえたりした。
ところへその嫂ねーが兄あにの平生へいぜい着きを持っもって、芳江よしえの手てを引いひいて、例れいのごとく階段かいだんを上っのぼって来きた。
扉とびらの敷居しきいに姿すがたを現しあらわした彼女かのじょは、風呂ふろから上りのぼりたてと見えみえて、蒼味あおみの注しさした常つねの頬ほおに、心持こころもちの好いよいほど、薄赤いうすあかい血ちを引き寄せひきよせて、肌理きめの細かいこまかい皮膚ひふに手て触ふれを挑むいどむような柔らかやわらかさを見せみせていた。
彼女かのじょは自分じぶんの顔かおを見みた。
けれども一言ひとことも自分じぶんには云わいわなかった。
「大変たいへん遅くおそくなりました。さぞ御ご窮屈きゅうくつでしたろう。あいにく御ご湯ゆへ這入っはいっていたものだから、すぐ御ご召めしを持っもって来るくる事ことができなくって」 嫂ねーはこう云いいいながら兄あにに挨拶あいさつした。
そうして傍そばに立ったっていた芳江よしえに、「さあお父さんおちちさんに御ご帰りかえり遊ばせあそばせとおっしゃい」と注意ちゅういした。
芳江よしえは母ははの命令めいれい通りとおり「御ご帰りかえり」と頭あたまを下げさげた。
自分じぶんは永らくながらくの間ま、嫂ねーが兄あにに対したいしてこれほど家庭かていの夫人ふじんらしい愛嬌あいきょうを見せみせた例れいを知らしらなかった。
自分じぶんはまたこの愛嬌あいきょうに対したいして柔やわげられた兄あにの気分きぶんが、彼かれの眼めに強くつよく集まっあつまった例れいも知らしらなかった。
兄あには人ひとの手前てまえ極めてきわめて自尊心じそんしんの強いつよい男おとこであった。
けれども、子供こどものうちから兄あにといっしょに育っそだった自分じぶんには、彼かれの脳天のうてんを動きうごきつつある雲くもの往来おうらいがよく解っわかった。
自分じぶんは助け船たすけぶねが不意ふいに来きた嬉しさうれしさを胸むねに蔵しぞうして兄あにの室むろを出でた。
出るでる時じ嫂ねーは一面識いちめんしきもない眼下がんかのものに挨拶あいさつでもするように、ちょっと頭あたまを下げさげて自分じぶんに黙礼もくれいをした。
自分じぶんが彼女かのじょからこんな冷淡れいたんな挨拶あいさつを受けうけたのもまた珍らしいめずらしい例れいであった。
二十九にじゅうきゅう
二三にさん日ひしてから自分じぶんはとうとう家いえを出でた。
父ちちや母ははや兄弟きょうだいの住むすむ、古いふるい歴史れきしをもった家いえを出でた。
出るでる時じはほとんど何事なにごとをも感じかんじなかった。
母ははとお重おしげが別れわかれを惜むおしむように浮かうきかない顔かおをするのが、かえって厭いやであった。
彼かれらは自分じぶんの自由じゆう行動こうどうをわざと妨げるさまたげるように感ぜかんぜられた。
嫂ねーだけは淋しいさびしいながら笑っわらってくれた。
「もう御ご出で掛かかり。では御機嫌ごきげんよう。またちょくちょく遊びあそびにいらっしゃい」 自分じぶんは母ははやお重おしげの曇っくもった顔かおを見みた後あとで、この一口ひとくちの愛嬌あいきょうを聞いきいた時じ、多少たしょうの愉快ゆかいを覚えおぼえた。
自分じぶんは下宿げしゅくへ移っうつってからも有楽町ゆうらくちょうの事務所じむしょへ例れいの通りとおり毎日まいにち通っとおっていた。
自分じぶんをそこへ周旋しゅうせんしてくれたものは、例れいの三沢みさわであった。
事務所じむしょの持主もちぬしは、昔むかし三沢みさわの保証人ほしょうにんをしていた(兄あにの同僚どうりょうの)Hの叔父おじに当るあたる人ひとであった。
この人ひとは永らくながらく外国がいこくにいて、内地ないちでも相応そうおうに経験けいけんを積んつんだ大家おおやであった。
胡麻ごま塩頭しおあたまの中なかへ指ゆびを突っ込んつっこんで、むやみに頭あたま垢あかを掻きかき落すおとす癖くせがあるので、差しさし向むかいの間まに火鉢ひばちでも置くおくと、時々ときどき火ひの中なかから妙みょうな臭においを立てたてさせて、ひどく相手あいてを弱らよわらせる事ことがあった。
「君きみの兄さんあにさんは近来きんらい何なんを研究けんきゅうしているか」などとたびたび自分じぶんに聞いきいた。
自分じぶんは仕方なししかたなしに、「何なんだか一人ひとりで書斎しょさいに籠っこもってやってるようです」と極めてきわめて大体だいたいな答えこたえをするのを例れいのようにしていた。
梧桐ごどうが坊主ぼうずになったある朝あさ、彼かれは突然とつぜん自分じぶんを捕えとらえて、「君きみの兄さんあにさんは近頃ちかごろどうだね」とまた聞いきいた。
こう云ういう彼かれの質問しつもんに慣れなれ切っきっていた自分じぶんも、その時じばかりは余りあまりの不意ふい打だにちょっと返事へんじを忘れわすれた。
「健康けんこうはどうだね」と彼かれはまた聞いきいた。
「健康けんこうはあまり好いよい方ほうじゃないです」と自分じぶんは答えこたえた。
「少しすこし気きをつけないといけないよ。あまり勉強べんきょうばかりしていると」と彼かれは云っいった。
自分じぶんは彼かれの顔かおを打ち守っうちまもって、そこに一種いっしゅの真面目まじめな眉まゆと眼めの光ひかりとを認めみとめた。
自分じぶんは家いえを出でてから、まだ一いち遍へんしか家いえへ行かいかなかった。
その折おりそっと母ははを小蔭こかげに呼んよんで、兄あにの様子ようすを聞いきいて見みたら「近頃ちかごろは少しすこし好いよいようだよ。時々ときどき裏うらへ出でて芳江よしえをブランコぶらんこに載せのせて、押しおしてやったりしているからね。……」 自分じぶんはそれで少しすこしは安心あんしんした。
それぎり宅たくの誰だれとも顔かおを合わせるあわせる機会きかいを拵えこしらえずに今日きょうまで過ぎすぎたのである。
昼ひるの時間じかんに一いち品しな料理りょうりを取寄せとりよせて食っしょくっていると、B先生せんせい(事務所じむしょの持主もちぬし)がまた突然とつぜん「君きみはたしか下宿げしゅくしたんだったね」と聞いきいた。
自分じぶんはただ簡単かんたんに「ええ」と答えこたえておいた。
「なぜ。家いえの方ほうが広くひろくって便利べんりだろうじゃないか。それとも何なんか面倒めんどうな事ことでもあるのかい」 自分じぶんはぐずついてすこぶる曖昧あいまいな挨拶あいさつをした。
その時じ呑み込んのみこんだ麺めん麭の一いち片かたが、いかにも水気みずけがないように、ぱさぱさと感ぜかんぜられた。
「しかし一人ひとりの方ほうがかえって気楽きらくかも知れしれないね。大勢おおぜいごたごたしているよりも。――時じに君きみはまだ独身どくしんだろう、どうだ早くはやく細ほそ君きみでももっちゃ」 自分じぶんはB先生せんせいのこの言葉ことばに対したいしても、平生へいぜいの通りとおり気楽きらくな答こたえができなかった。
先生せんせいは「今日きょうは君きみいやに意気いき銷沈しょうちんしているね」と云っいったぎり話頭わとうを転じてんじて、他ほかのものと愚ぐにもつかない馬鹿ばか話はなしを始めはじめ出しだした。
自分じぶんは自分じぶんの前まえにある茶碗ちゃわんの中なかに立ったっている茶柱ちゃばしらを、何なんかの前まえ徴しるしのごとく見つめみつめたぎり、左右さゆうに起るおこる笑い声わらいごえを聞くきくともなく、また聞かきかぬでもなく、黙然もくぜんと腰こしをかけていた。
そうして心こころの裡りで、自分じぶんこそ近頃ちかごろ神経しんけい過敏症かびんしょうに罹っかかっているのではなかろうかと不愉快ふゆかいな心配しんぱいをした。
自分じぶんは下宿げしゅくにいてあまり孤独こどくなため、こう頭あたまに変調へんちょうを起しおこしたのだと思いついおもいついて、帰っかえったら久しぶりひさしぶりに三沢みさわの所ところへでも話はなしに行こういこうと決心けっしんした。
三十さんじゅう
その晩ばん三沢みさわの二に階かいに案内あんないされた自分じぶんは、気楽きらくそうに胡坐こざをかいた彼かれの姿すがたを見みて羨ましいうらやましい心持こころもちがした。
彼かれの室むろは明るいあかるい電灯でんとうと、暖かいあたたかい火鉢ひばちで、初冬しょとうの寒ささむさから全然ぜんぜん隔離かくりされているように見えみえた。
自分じぶんは彼かれの痼疾こしつが秋風あきかぜの吹き募るふきつのるに従っしたがって、漸々ぜんぜん好いよい方ほうへ向いむかいて来きた事ことを、かねてから彼かれの色いろにも姿すがたにも知っしった。
けれども今いまの自分じぶんと比較ひかくして、彼かれがこうゆったり構えかまえていようとは思えおもえなかった。
高くたかくて暑いあつい空そらを、恐る恐るおそるおそる仰いおっしゃいで暮らしくらした大阪おおさかの病院びょういんを憶い起すおもいおこすと、当時とうじの彼かれと今いまの自分じぶんとは、ほとんど地ちを換えかえたと一般いっぱんであった。
彼かれはつい近頃ちかごろ父ちちを失っうしなった結果けっかとして、当然とうぜん一家いっかの主人しゅじんに成り済ましなりすましていた。
Hさんを通しとおしてB先生せんせいから彼かれを使いつかいたいと申し込まもうしこまれた時じも、彼かれはまず己れおのれを後あとにするという好意こういからか、もしくは贅沢ぜいたくな択たく好みこのみからか、せっかくの位置いちを自分じぶんに譲っゆずってくれた。
自分じぶんは電灯でんとうで照てらしされた彼かれの室むろを見廻しみまわして、その壁かべを隙間すきまなく飾っかざっている風雅ふうがなエッチングえっちんぐや水彩画すいさいがなどについて、しばらく彼かれと話し合っはなしあった。
けれどもどういうものか、芸術げいじゅつ上うえの議論ぎろんは十分じゅうふん経つたつか経たへたないうちに自然しぜんと消えきえてしまった。
すると三沢みさわは突然とつぜん自分じぶんに向っむかって、「時じに君きみの兄さんあにさんだがね」と云いいい出しだした。
自分じぶんはここでもまた兄さんあにさんかと驚いおどろいた。
「兄あにがどうしたって?」「いや別べつにどうしたって事こともないが……」 彼かれはこれだけ云っいってただ自分じぶんの顔かおを眺めながめていた。
自分じぶんは勢いいきおい彼かれの言葉ことばとB先生せんせいの今朝けさの言葉ことばとを胸むねの中なかで結びつけむすびつけなければならなかった。
「そう半分はんぶんでなく、話すはなすなら皆みなな話しはなしてくれないか。兄あにがいったいどうしたと云ういうんだ。今朝けさもB先生せんせいから同じおなじような事ことを聞かきかれて、妙みょうな気きがしているところだ」 三沢みさわは焦しょう烈れつったそうな自分じぶんの顔かおをなお懇こん気きに見つめみつめていたが、やがて「じゃ話そうはなそう」と云っいった。
「B先生せんせいの話はなしも僕ぼくのもやっぱり同じおなじHさんから出でたのだろうと思うおもうがね。Hさんのはまた学生がくせいから出でたのだって云っいったよ。何なんでもね、君きみの兄さんあにさんの講義こうぎは、平生へいぜいから明瞭めいりょうで新しくあたらしくって、大変たいへん学生がくせいに気き受じゅが好いよいんだそうだが、その明瞭めいりょうな講義こうぎ中なかに、やはり明瞭めいりょうではあるが、前後ぜんごとどうしても辻褄つじつまの合わあわない所ところが一二いちに箇所かしょ出でて来るくるんだってね。そうしてそれを学生がくせいが質問しつもんすると、君きみの兄さんあにさんは元来がんらい正直しょうじきな人ひとだから、何なん遍へんも何なん遍へんも繰返しくりかえして、そこを説明せつめいしようとするが、どうしても解らわからないんだそうだ。しまいに手てを額がくへ当てあてて、どうも近来きんらい頭あたまが少しすこし悪いわるいもんだから……とぼんやり硝子窓がらすまどの外そとを眺めながめながら、いつまでも立ったっているんで、学生がくせいも、そんならまたこの次つぎにしましょうと、自分じぶんの方ほうで引き下がっひきさがった事ことが、何なんでも幾いく遍へんもあったと云ういう話はなしさ。Hさんは僕ぼくに今度こんど長野ながの(自分じぶんの姓せい)に逢っあったら、少しすこし注意ちゅういして見るみるが好いよい。ことによると烈しいはげしい神経しんけい衰弱すいじゃくなのかも知れしれないからって云っいったが、僕ぼくもとうとうそれなり忘れわすれてしまって、今いま君きみの顔かおを見るみるまで実じつは思い出せおもいだせなかったのだ」「そりゃいつ頃いつごろの事ことだ」と自分じぶんはせわしなく聞いきいた。
「ちょうど君きみの下宿げしゅくする前後ぜんごの事ことだと思っおもっているが、判然はんぜんした事ことは覚えおぼえていない」「今いまでもそうなのか」 三沢みさわは自分じぶんの思いおもい逼っせまった顔かおを見みて、慰めるなぐさめるように「いやいや」と云っいった。
「いやいやそれはほんに一時的いちじてきの事ことであったらしい。この頃ころでは全然ぜんぜん平生へいぜいと変らかわらなくなったようだと、Hさんが二三にさん日ひ前まえ僕ぼくに話しはなしたから、もう安心あんしんだろう。しかし……」 自分じぶんは家いえを出でた時じに自分じぶんの胸むねに刻み込んきざみこんだ兄あにとの会見かいけんを思わおもわず憶い出しおもいだした。
そうしてその折おりの自分じぶんの疑いうたがいが、あるいは学校がっこうで証明しょうめいされたのではなかろうかと考えかんがえて、非常ひじょうに心細くこころぼそくかつ恐ろしくおそろしく感じかんじた。
三十一さんじゅういち
自分じぶんは力めりきめて兄あにの事ことを忘れようわすれようとした。
するとふと大阪おおさかの病院びょういんで三沢みさわから聞いきいた精神病せいしんびょうの「娘むすめさん」を聯想れんそうし始めはじめた。
「あのお嬢さんおじょうさんの法事ほうじには間に合っまにあったのかね」と聞いきいて見みた。
「間に合っまにあった。間に合っまにあったが、実じつにあの娘むすめさんの親おや達とおるは失敬しっけいな厭いやな奴やつだ」と彼かれは拳骨げんこつでも振り廻しふりまわしそうな勢いいきおいで云っいった。
自分じぶんは驚いおどろいてその理由りゆうを聞いきいた。
彼かれはその日ひ三沢みさわ家いえを代表だいひょうして、築地つきじの本願寺ほんがんじの境内けいだいとかにある菩提所ぼだいしょに参詣さんけいした。
薄暗いうすぐらい本堂ほんどうで長いながい読経どきょうがあった後あと、彼かれも列席れっせき者ものの一人ひとりとして、一抹いちまつの香こうを白いしろい位牌いはいの前まえに焚いたいた。
彼かれの言葉ことばによると、彼かれほどの誠まことをもって、その若くわかく美しいうつくしい女おんなの霊前れいぜんに額ずいぬかずいたものは、彼かれ以外いがいにほとんどあるまいという話はなしであった。
「あいつらはいくら親おやだって親類しんるいだって、ただ静かしずかなお祭りおまつりでもしている気きになって、平気へいきでいやがる。本当ほんとうに涙なみだを落しおとしたのは他人たにんのおれだけだ」 自分じぶんは三沢みさわのこういう憤慨ふんがいを聞いきいて、少しすこし滑稽こっけいを感じかんじたが、表ひょうではただ「なるほど」と肯がった。
すると三沢みさわは「いやそれだけなら何なんも怒りゃおこりゃしない。しかし癪しゃくに障っさわったのはその後そのあとだ」 彼かれは一般いっぱんの例れいに従っしたがって、法要ほうようの済んすんだ後あと、寺てらの近くちかくにある或るある料理屋りょうりやへ招待しょうたいされた。
その食事しょくじ中なかに、彼女かのじょの父ちちに当るあたる人ひとや、母ははに当るあたる女おんなが、彼かれに対したいして談だんをするうちに妙みょうに引っ掛っひっかかって来きた。
何なんの悪意あくいもない彼かれには、最初さいしょいっこうその当とうこすりが通じつうじなかったが、だんだん時間じかんの進むすすむに従っしたがって、彼かれらの本旨ほんしがようやく分っわかって来きた。
「馬鹿ばかにもほどがあるね。露骨ろこつにいえばさ、あの娘むすめさんを不幸ふこうにした原因げんいんは僕ぼくにある。精神病せいしんびょうにしたのも僕ぼくだ、とこうなるんだね。そうして離別りべつになった先さきの亭主ていしゅは、まるで責任せきにんのないように思っおもってるらしいんだから失敬しっけいじゃないか」「どうしてまたそう思うおもうんだろう。そんなはずはないがね。君きみの誤解ごかいじゃないか」と自分じぶんが云っいった。
「誤解ごかい?」と彼かれは大きなおおきな声こえを出しだした。
自分じぶんは仕方なししかたなしに黙っだまった。
彼かれはしきりにその親おや達とおるの愚劣ぐれつな点てんを述べたてのべたててやまなかった。
その女おんなの夫おっととなった男おとこの軽薄けいはくを罵しっののしって措かおかなかった。
しまいにこう云っいった。
「なぜそんなら始めはじめから僕ぼくにやろうと云わいわないんだ。資産しさんや社会的しゃかいてきの地位ちいばかり目め当とうにして……」「いったい君きみは貰いもらいたいと申し込んもうしこんだ事ことでもあるのか」と自分じぶんは途中とちゅうで遮っさえぎった。
「ないさ」と彼かれは答えこたえた。
「僕ぼくがその娘むすめさんに――その娘むすめさんの大きなおおきな潤っうるおった眼めが、僕ぼくの胸むねを絶えたえず往来おうらいするようになったのは、すでに精神病せいしんびょうに罹っかかってからの事ことだもの。僕ぼくに早くはやく帰っかえって来きてくれと頼みたのみ始めはじめてからだもの」 彼かれはこう云っいって、依然いぜんとしてその女おんなの美しいうつくしい大なおおきな眸ひとみを眼めの前まえに描くえがくように見えみえた。
もしその女おんなが今いまでも生きいきていたならどんな困難こんなんを冒しおかしても、愚劣ぐれつな親おや達とおるの手てから、もしくは軽薄けいはくな夫おっとの手てから、永久えいきゅうに彼女かのじょを奪い取っうばいとって、己れおのれの懐ふところで暖めあたためて見せるみせるという強いつよい決心けっしんが、同時どうじに彼かれの固くかたく結んむすんだ口くちの辺へんに現れあらわれた。
自分じぶんの想像そうぞうは、この時じその美しいうつくしい眼めの女おんなよりも、かえって自分じぶんの忘れようわすれようとしていた兄あにの上うえに逆戻りぎゃくもどりをした。
そうしてその女おんなの精神せいしんに祟ったたった恐ろしいおそろしい狂いくるいが耳みみに響けひびけば響くひびくほど、兄あにの頭あたまが気きにかかって来きた。
兄あには和歌山わかやま行こうの汽車きしゃの中なかで、その女おんなはたしかに三沢みさわを思っおもっているに違いないと断言だんげんした。
精神病せいしんびょうで心こころの憚が解けとけたからだとその理由りゆうまでも説明せつめいした。
兄あにはことによると、嫂ねーをそういう精神病せいしんびょうに罹らかからして見みたい、本音ほんねを吐かはかせて見みたい、と思っおもってるかも知れしれない。
そう思っおもっている兄あにの方ほうが、傍そばから見るみると、もうそろそろ神経しんけい衰弱すいじゃくの結果けっか、多少たしょう精神せいしんに狂いくるいを生じしょうじかけて、自分じぶんの方ほうから恐ろしいおそろしい言葉ことばを家いえ中なかに響かひびきかせて狂いくるい廻らまわらないとも限らかぎらない。
自分じぶんは三沢みさわの顔かおなどを見みている暇ひまをもたなかった。
三十二さんじゅうに
自分じぶんはかねて母ははから頼またのまれて、この次つぎもし三沢みさわの所ところへ行っいったら、彼かれにお重おしげを貰うもらう気きがあるか、ないか、それとなく彼かれの様子ようすを探っさぐって来るくるという約束やくそくをした。
しかしその晩ばんはどうしてもそういう元気げんきが出でなかった。
自分じぶんの心持こころもちを了解りょうかいしない彼かれは、かえって自分じぶんに結婚けっこんを勧めすすめてやまなかった。
自分じぶんの頭あたまはまたそれに対したいして気き乗のりのした返事へんじをするほど、穏かおだやかに澄んすんでいなかった。
彼かれは折おりを見みて、ある候補者こうほしゃを自分じぶんに紹介しょうかいすると云っいった。
自分じぶんは生返事なまへんじをして彼かれの家いえを出でた。
外そとは十じゅう文字もじに風かぜが吹いふいていた。
仰ぐあおぐ空そらには星ほしが粉こなのごとくささやかな力ちからを集めあつめて、この風かぜに抵抗ていこうしつつ輝いかがやいた。
自分じぶんは佗しいわびしい胸むねの上うえに両手りょうてを当てあてて下宿げしゅくへ帰っかえった。
そうして冷たいつめたい蒲団ふとんの中なかにすぐ潜り込んもぐりこんだ。
それから二三にさん日ひしても兄あにの事ことがまだ気きにかかったなり、頭あたまがどうしても自分じぶんと調和ちょうわしてくれなかった。
自分じぶんはとうとう番町ばんちょうへ出かけでかけて行っいった。
直接ちょくせつ兄あにに会うあうのが厭いやなので、二に階かいへはとうとう上らのぼらなかったが、母ははを始めはじめ他ほかの者ものには無む沙汰さた見舞みまいの格かくで、何気なんげなく例れいの通りとおりの世間せけん話はなしをした。
兄あにを交えまじえない一家いっかの団欒だんらんはかえって寛いひろいだ暖かいあたたかい感じかんじを自分じぶんに与えあたえた。
自分じぶんは帰り際かえりぎわに、母ははをちょっと次の間つぎのまへ呼んよんで、兄あにの近況きんきょうを聞いきいて見みた。
母はははこの頃このごろ兄あにの神経しんけいがだいぶ落ちついおちついたと云っいって喜んよろこんでいた。
自分じぶんは母ははの一言ひとことでやっと安心あんしんしたようなものの、母ははには気きのつかない特殊とくしゅの点てんに、何なんだか変調へんちょうがありそうで、かえってそれが気がかりきがかりになった。
さればと云っいって、兄あにに会っかいって自分じぶんから彼かれを試験しけんしようという勇気ゆうきは無論むろん起しおこし得とくなかった。
三沢みさわから聞いきいた兄あにの講義こうぎが一時いちじ変へんになった話はなしも母ははには告げつげ得とくなかった。
自分じぶんは何なんも云ういう事ことのないのに、ぼんやり暗いくらい部屋へやの襖ふすまの蔭かげに寒かんそうに立ったっていた。
母ははも自分じぶんに対したいしてそこを動かうごかなかった。
その上うえ彼女かのじょの方ほうから自分じぶんに何なんかいう必要ひつようを認めるみとめるように見えみえた。
「もっともこの間ま少しすこし風邪かぜを引いひいた時じ、妙みょうな囈語を云っいったがね」と云っいった。
「どんな事ことを云いいいました」と自分じぶんは聞いきいた。
母はははそれには答えこたえないで、「なに熱ねつのせいだから、心配しんぱいする事ことはないんだよ」と自分じぶんの問もんを打ち消しうちけした。
「熱ねつがそんなに有っあったんですか」と自分じぶんはさらに別べつの事ことを尋ねたずねた。
「それがね、熱ねつは三十八さんじゅうはち度どか八はち度ど五ご分ぶんぐらいなんだから、そんなはずはないと思っおもって、お医者いしゃに聞いきいて見るみると、神経しんけい衰弱すいじゃくのものは少しすこしの熱ねつでも頭あたまが変へんになるんだってね」 医学いがくの初歩しょほさえ心得こころえない自分じぶんは始めはじめてこの知識ちしきに接しせっして、思わおもわず眉まゆをひそめた。
けれども室むろが暗いくらいので、母ははには自分じぶんの顔かおが見えみえなかった。
「でも氷こおりで頭あたまを冷しひやしたら、そのお蔭おかげで熱ねつがすぐ引いひいたんで安心あんしんしたけれど……」 自分じぶんは熱ねつの引かひかない時じの兄あにが、どんな囈語を云っいったか、それがまだ知りしりたいので、薄ら寒いうすらさみい襖ふすまの蔭かげに依然いぜんとして立ったっていた。
次の間つぎのまは電灯でんとうで明るくあかるく照てらしされていた。
父ちちが芳江よしえに何なんか云っいって調ちょう戯たわむれうたびに、みんなの笑うわらう声こえが陽気ようきに聞こえきこえた。
すると突然とつぜんその笑い声わらいごえの間まから、「おい二郎じろう」と父ちちが自分じぶんを呼んよんだ。
「おい二郎じろう、また御ご母さんははさんに小遣こづかいでも強請っねだってるんだろう。お綱つな、お前おまえみたように、そうむやみに二郎じろうの口車くちぐるまに乗っのっちゃいけないよ」と大きなおおきな声こえで云っいった。
「いいえそんな事ことじゃありません」と自分じぶんも大きなおおきな声こえで負けまけずに答えこたえた。
「じゃ何なんだい、そんな暗いくらい所ところで、こそこそ御ご母さんははさんを取っとっ捉まえつかまえて話しはなしているのは。おい早くはやく光ひかりるい所ところへ面めんを出せだせ」 父ちちがこう云っいった時じ、明るいあかるい室むろの方ほうに集まっあつまったものは一度いちどにどっと笑っわらった。
自分じぶんは母ははから聞きききたい事ことも聞かきかずに、父ちちの命令めいれい通りとおり、はいと云っいって、皆みななの前まえへ姿すがたをあらわした。
三十三さんじゅうさん
それからしばらくの間まは、B先生せんせいの顔かおを見みても、三沢みさわの所ところへ遊びあそびに行っいっても、兄あにの話はなしはいっこう話題わだいに上らのぼらなかった。
自分じぶんは少しすこし安心あんしんした。
そうしてなるべく家いえの事ことを忘れようわすれようと試みこころみた。
しかし下宿げしゅくの徒然つれづれに打ち勝たうちかたれるのが何なんより苦しいくるしいので、よく三沢みさわの時間じかんを潰しつぶしにこっちから押し寄せおしよせたり、また引っ張りひっぱり出しだしたりした。
三沢みさわは厭きあきずにいつまでも例れいの精神病せいしんびょうの娘むすめさんの話はなしをした。
自分じぶんはこの異様いようなおのろけを聞くきくたびに、きっと兄あにと嫂ねーの事ことを連想れんそうして自からみずから不快ふかいになった。
それで、時々ときどきまたかという様子ようすを色いろにも言葉ことばにも表わしあらわした。
三沢みさわも負けまけてはいなかった。
「君きみも君きみのおのろけを云えいえば、それで差引さしひき損得そんとくなしじゃないか」などと自分じぶんを冷かしひやかした。
自分じぶんはもうちっとで彼かれと往来おうらいで喧嘩けんかをするところであった。
彼かれにはこういう風かぜに、精神病せいしんびょうの娘むすめさんが、影身かげみに添っそって離れはなれないので、自分じぶんはかねて母ははから頼またのまれたお重おしげの事ことを彼かれに話すはなす余地よちがなかった。
お重おしげの顔かおは誰だれが見みても、まあ十人じゅうにん並なみ以上いじょうだろうと、仲なかの善くよくない自分じぶんにも思えおもえたが、惜いおしい事ことに、この大切たいせつな娘むすめさんとは、まるで顔かおの型かたが違っちがっていた。
自分じぶんの遠慮えんりょに引き換えひきかえて、彼かれは平気へいきで自分じぶんに嫁よめの候補者こうほしゃを推挙すいきょした。
「今度こんどどこかでちょっと見みて見みないか」と勧めすすめた事こともあった。
自分じぶんは始めはじめこそ生返事なまへんじばかりしていたが、しまいは本気ほんきにその女おんなに会おうあおうと思い出しおもいだした。
すると三沢みさわは、まだ機会きかいが来きないから、もう少しすこし、もう少しすこし、と会見かいけんの日ひを順じゅん繰に先さきへ送っおくって行くいくので、自分じぶんはまた気きを腐らしくさらした末すえ、ついにその女おんなの幻まぼろしを離れはなれてしまった。
反対はんたいに、お貞おさださんの方ほうの結婚けっこんはいよいよ事実じじつとなって現るあらわるべく、目前もくぜんに近いちかいて来きた。
お貞おさださんは相応そうおうの年ねんをしている癖くせに、宅たく中なかで一番いちばん初心しょしんな女おんなであった。
これという特色とくしょくはないが、何なんを云っいっても、じき顔かおを赤くあかくするところに変へんな愛嬌あいきょうがあった。
自分じぶんは三沢みさわと夜更よふけに寒いさむい町まちを帰っかえって来きて、下宿げしゅくの冷たいつめたい夜具やぐに潜り込みもぐりこみながら、時々ときどきお貞おさださんの事ことを思い出しおもいだした。
そうして彼女かのじょもこんな冷たいつめたい夜具やぐを引きひき担ぎかつぎながら、今頃いまごろは近いちかい未来みらいに逼るせまる暖かいあたたかい夢ゆめを見みて、誰だれも気きのつかない笑い顔わらいがおを、半ばなかば天鵞絨びろーどの襟えりの裡りに埋めうめているだろうなどと想像そうぞうした。
彼女かのじょの結婚けっこんする二三にさん日ひ前まえに、岡田おかだと佐野さのは、氷こおりを裂くさくような汽車きしゃの中なかから身みを顫わふるわして新橋しんばしの停車場ていしゃじょうに下りくだりた。
彼かれは迎えむかえに出でた自分じぶんの顔かおを見みて、いようという掛声かけごえをした。
それから「相そう変らかわらず二郎じろうさんは呑気のんきだね」と云っいった。
岡田おかだは己れおのれの呑気のんきさ加減かげんを自覚じかくしない男おとこのようにも思わおもわれた。
翌日よくじつ番町ばんちょうへ行っいったら、岡田おかだ一人ひとりのために宅たく中なか騒々しくそうぞうしく賑っにぎわっていた。
兄あにもほかの事ことと違うちがうという意味いみか、別べつに苦いにがい顔かおもせずに、その渦中かちゅうに捲込ままきこまれて黙っだまっていた。
「二郎じろうさん、今いまになって下宿げしゅくするなんて、そんな馬鹿ばかがありますか、家いえが淋しくさびしくなるだけじゃありませんか。ねえお直じかさん」と彼かれは嫂ねーに話しかけはなしかけた。
この時じだけは嫂ねーもさすが変へんな顔かおをして黙っだまっていた。
自分じぶんも何なんとも云いいいようがなかった。
兄あにはかえって冷然れいぜんとすべてに取り合わとりあわない気色けしきを見せみせた。
岡田おかだはすでに酔っよいって何事なにごとにも拘泥こうでいせずへらへら口くちを動かしうごかした。
「もっとも一郎いちろうさんも善くよくないと僕ぼくは思いおもいますよ。そうあなた、書斎しょさいにばかり引っ込んひっこんで勉強べんきょうしていたって、つまらないじゃありませんか。もうあなたぐらい学問がくもんをすれば、どこへ出でたって引けひけを取るとるんじゃないんだからね。しかし二郎じろうさん始めはじめ、お直じかさんや叔母おばさんも好くよくないようですね。一郎いちろうは書斎しょさいよりほかは嫌いきらいだ嫌いきらいだって云っいっときながら、僕ぼくが来きてこう引っ張りひっぱり出せだせば、訳わけなく二に階かいから下りくだりて来きて、僕ぼくと面白おもしろそうに話しはなしてくれるじゃありませんか。そうでしょう一郎いちろうさん」 彼かれはこう云っいって兄あにの方ほうを見みた。
兄あには黙っだまって苦笑いにがわらいをした。
「ねえ叔母おばさん」 母ははも黙っだまっていた。
「ねえお重おしげさん」 彼かれは返事へんじを受けるうけるまで順々じゅんじゅんに聞いきいて廻るまわるらしかった。
お重おしげはすぐ「岡田おかださん、あなたいくら年ねんを取っとっても饒舌にょうぜつる病気びょうきが癒らなおらないのね。騒々しいそうぞうしいわよ」と云っいった。
それで皆みななが笑いわらい出しだしたので、自分じぶんはほっと一いちと息いき吐いはいた。
三十四さんじゅうよん
芳江よしえが「叔父おじさんちょっといらっしゃい」と次の間つぎのまから小さなちいさな手てを出しだして自分じぶんを招いまねいた。
「何なんだい」と立ったって行くいくと彼女かのじょはどこからか、大きなおおきな信玄袋しんげんふくろを引摺りひきずり出しだして、「これお貞おさださんのよ、見せみせたげましょうか」と自慢じまんらしく自分じぶんを見みた。
彼女かのじょは信玄袋しんげんふくろの中なかから天鵞絨びろーどで張っちょうった四角しかくな箱ばこを出しだした。
自分じぶんはその中なかにある真珠しんじゅの指環ゆびわを手てに取っとって、ふんと云いいいながら眺めながめた。
芳江よしえは「これもよ」と云っいって、今度こんどは海老茶えびちゃ色いろのを出しだしたが、これは自分じぶんが洗濯せんたくその他ほかの世話せわになった礼れいに買っかってやった宝石ほうせきなしの単純たんじゅんな金きんの指環ゆびわであった。
彼女かのじょはまた「これもよ」と云っいって、繻珍しちんの紙入かみいれを出しだした。
その紙入かみいれには模様もよう風かぜに描いえがいた菊きくの花はなが金きんで一面いちめんに織り出さおりだされていた。
彼女かのじょはその次つぎに比較的ひかくてき大きくおおきくて細長いほそながい桐きりの箱ばこを出しだした。
これは金きんと赤銅しゃくどうと銀ぎんとで、蔦つたの葉はを綴っつづった金具かなぐの付いついている帯留おびどめであった。
最後さいごに彼女かのじょは櫛くしと笄こうがいを示ししめして、「これ卵たまご甲こうよ。本当ほんとうの鼈甲べっこうじゃないんだって。本当ほんとうの鼈甲べっこうは高こう過ぎるすぎるからおやめにしたんですって」と説明せつめいした。
自分じぶんには卵たまご甲こうという言葉ことばが解らわからなかった。
芳江よしえには無論むろん解らわからなかった。
けれども女の子おんなのこだけあって、「これ一番いちばん安いやすいのよ。四方しほう張ちょうよか安いやすいのよ。玉子たまごの白味しろみで貼り付けるはりつけるんだから」と云っいった。
「玉子たまごの白味しろみでどこをどう貼り付けるはりつけるんだい」と聞くきくと、彼女かのじょは、「そんな事こと知らしらないわ」と取り済ましとりすました口くちの利ききき方ほうをして、さっさと信玄袋しんげんふくろを引き摺っひきずって次の間つぎのまへ行っいってしまった。
自分じぶんは母ははからお貞おさださんの当日とうじつ着るきる着物きものを見せみせて貰っもらった。
薄紫うすむらさきがかった御ご納戸なんどの縮緬ちりめんで、紋もんは蔦つた、裾すその模様もようは竹たけであった。
「これじゃあまり閑静かんせい過ぎすぎやしませんか、年ねんに合わしあわして」と自分じぶんは母ははに聞いきいて見みた。
母ははは「でもねあんまり高くたかくなるから」と答えこたえた。
そうして「これでも御前ごぜん二十五にじゅうご円えんかかったんだよ」とつけ加えつけくわえて、無む知識ちしきな自分じぶんを驚かしおどろかした。
地ちは去年きょねんの春はる京都きょうとの織屋おりやが背負っせおって来きた時じ、白しろのまま三さん反はんばかり用意よういに買っかっておいて、この間ままで箪笥たんすの抽出ちゅうしゅつにしまったなり放っはなってあったのだそうである。
お貞おさださんは一座いちざの席せきへ先刻せんこくから少しすこしも顔かおを出さださなかった。
自分じぶんはおおかたきまりが悪いわるいのだろうと想像そうぞうして、そのきまりの悪いわるいところを、ここで一目いちもく見みたいと思っおもった。
「お貞おさださんはどこにいるんです」と母ははに聞いきいた。
すると兄あにが「ああ忘れわすれた。行くいく前まえにちょっとお貞おさださんに話はなしがあるんだった」と云っいった。
みんな変へんな顔かおをしたうちに、嫂ねーの唇くちびるには著るきるしい冷笑れいしょうの影かげが閃めいひらめいた。
兄あには誰だれにも取合うとりあう気色けしきもなく、「ちょっと失敬しっけい」と岡田おかだに挨拶あいさつして、二に階かいへ上がっあがった。
その足音あしおとが消えるきえると間まもなく、お貞おさださんは自分じぶん達とおるのいる室むろの敷居しきい際さいまで来きて、岡田おかだに叮嚀ていねいな挨拶あいさつをした。
彼女かのじょは「さあどうぞ」と会釈えしゃくする岡田おかだに、「今いまちょっと御ご書斎しょさいまで参らまいらなければなりませんから、いずれのちほど」と答えこたえて立ち上がったちあがった。
彼女かのじょの上気じょうきしたようにほっと赤くあかくなった顔かおを見みた一座いちざのものは、気の毒きのどくなためか何なんだか、強いてしいて引きとめようひきとめようともしなかった。
兄あにの二に階かいへ上がるあがる足音あしおとはそれほど強くつよくはなかったが、いつでも上履うわばきを引いん掛けかけているため、ぴしゃぴしゃする響ひびきが、下したからよく聞こえきこえた。
お貞おさださんのは素足すあしの上うえに、女おんなのつつましやかな気性きしょうをあらわすせいか、まるで聴き取れききとれなかった。
戸とを開けあけて戸とを閉じるとじる音おとさえ、自分じぶんの耳みみには全くまったく這入らはいらなかった。
彼かれら二人ふたりはそこで約やく三十さんじゅう分ぶんばかり何なんか話しはなしていた。
その間ま嫂ねーは平生へいぜいの冷淡れいたんさに引き換えひきかえて、尋常じんじょうのものより機嫌きげんよく話しはなしたり笑っわらったりした。
けれどもその裏うらに不機嫌ふきげんを蔵そうぞうそうとする不自然ふしぜんの努力どりょくが強くつよく潜在せんざいしている事ことが自分じぶんによく解っわかった。
岡田おかだは平気へいきでいた。
自分じぶんは彼女かのじょが兄あにと会見かいけんを終っおわって、自分じぶん達とおるの室むろの横よこを通るとおる時じ、その足音あしおとを聞きつけききつけて、用ようあり気きに不意ふいと廊下ろうかへ出でた。
ばったり出逢っであった彼女かのじょの顔かおは依然いぜんとして恥ずかしはずかしそうに赤くあかく染っそめっていた。
彼女かのじょは眼めを俯せうつぶせて、自分じぶんの傍そばを擦り抜けすりぬけた。
その時じ自分じぶんは彼女かのじょの瞼まぶたに涙なみだの宿っやどった痕迹こんせきをたしかに認めみとめたような気きがした。
けれども書斎しょさいに入っはいった彼女かのじょが兄あにと差向いさしむかいでどんな談話だんわをしたか、それはいまだに知るしる事ことを得とくない。
自分じぶんだけではない、その委細いさいを知っしっているものは、彼かれら二人ふたりより以外いがいに、おそらく天下てんかに一人ひとりもあるまいと思うおもう。
三十五さんじゅうご
自分じぶんは親戚しんせきの片割かたわれとして、お貞おさださんの結婚式けっこんしきに列席れっせきするよう、父母ふぼから命ぜめいぜられていた。
その日ひはちょうど雨あめがしょぼしょぼ降っふって、婚礼こんれいには似合にあいしからぬ佗びしいわびしい天気てんきであった。
いつもより早くはやく起きおきて番町ばんちょうへ行っいって見るみると、お貞おさださんの衣裳いしょうが八はち畳たたみの間まに取り散らしとりちらしてあった。
便所べんじょへ行っいった帰りかえりに風呂場ふろばの口くちを覗いのぞいて見みたら、硝子戸がらすとが半分はんぶん開いひらいて、その中なかにお貞おさださんのお化粧けしょうをしている姿すがたがちらりと見えみえた。
それから「あらそこへ障っさわっちゃ厭いやですよ」という彼女かのじょの声こえが聞こえきこえた。
芳江よしえは面白おもしろ半分はんぶん何なんか悪戯いたずらをすると見えみえた。
自分じぶんも芳江よしえの真似まねをやろうと思っおもったが、場合ばあいが場合ばあいなのでつい遠慮えんりょして茶の間ちゃのまへ戻っもどった。
しばらくしてから、また八はち畳たたみへ出でて見るみると、みんながお召めし換かえをやっていた。
芳江よしえが「あのお貞おさださんは手てへも白粉おしろいを塗ぬりけたのよ」と大勢おおぜいに吹聴ふいちょうしていた。
実じつを云ういうと、お貞おさださんは顔かおよりも手足てあしの方ほうが赤黒かっあかぐろかったのである。
「大変たいへん真白まっしろになったな。亭主ていしゅを欺瞞ぎまんすんだから善くよくない」と父ちちが調ちょう戯たわむれっていた。
「あしたになったら旦那だんな様ようがさぞ驚くおどろくでしょう」と母ははが笑っわらった。
お貞おさださんも下したを向いむかいて苦笑くしょうした。
彼女かのじょは初めてはじめて島田しまだに結っけつった。
それが予期よきできなかった斬新ざんしんの感じかんじを自分じぶんに与えあたえた。
「この髷まげでそんな重いおもいものを差しさしたらさぞ苦しいくるしいでしょうね」と自分じぶんが聞くきくと、母ははは「いくら重くおもくっても、生涯しょうがいに一度いちどはね……」と云っいって、己れおのれの黒紋くろもん付ふと白襟しろえりとの合いあい具合ぐあいをしきりに気きにしていた。
お貞おさださんの帯おびは嫂ねーが後あとへ廻っまわって、ぐっと締めしめてやった。
兄あには例れいの臭いくさい巻煙草まきたばこを吹かしふかしながら広いひろい縁側えんがわをあちらこちらと逍遥しょうようしていた。
彼かれはこの結婚けっこんに、まるで興味きょうみをもたないような、また彼かれ一流いちりゅうの批評ひひょうを心こころの中なかに加えくわえているような、判断はんだんのでき悪いわるい態度たいどをあらわして、時々ときどき我々われわれのいる座敷ざしきを覗いのぞいた。
けれどもちょっと敷居しきい際さいにとまるだけでけっして中なかへは這入らはいらなかった。
「仕度したくはまだか」とも催促さいそくしなかった。
彼かれはフロックふろっくに絹きぬ帽ぼうを被っかぶっていた。
いよいよ出るでる時じに、父ちちは一番いちばん綺麗きれいな俥くるまを択っよって、お貞おさださんを乗せのせてやった。
十一じゅういち時じに式しきがあるはずのところを少しすこし時間じかんが後れおくれたため岡田おかだは太神おおみかみ宮みやの式台しきだいへ出でて、わざわざ我々われわれを待っまっていた。
皆みなながどやどやと一度いちどに控ひかえ所ところに這入るはいると、そこにはお婿むこさんがただ一人ひとり質しつに取らとられた置物おきもののように椅子いすへ腰こしをかけていた。
やがて立ち上がったちあがって、一人一人ひとりひとりに挨拶あいさつをするうちに、自分じぶんは控ひかえ所ところにある洋よう卓たくやら、絨氈やら、白木しろきの格かく天井てんじょうやらを眺めながめた。
突き当りつきあたりには御簾みすが下りくだりていて、中なかには何なんか在るあるらしい気色けしきだけれども、奥おくの全くまったく暗いくらいため何物なにものをも髣髴ほうふつする事ことができなかった。
その前まえには鶴つると浪なみを一いち面めんに描いえがいためでたい一いち双そうの金屏風きんびょうふうが立て廻したてまわしてあった。
縁えん女おんなと仲人なこうどの奥さんおくさんが先さき、それから婿むこと仲人なこうどの夫おっと、その次つぎへ親類しんるいがつづくという順じゅんを、袴はかま羽織はおりの男おとこが出でて来きて教えおしえてくれたが、肝腎かんじんの仲人なこうどたるべき岡田おかだはお兼けんさんを連れつれて来きなかったので、「じゃはなはだ御ご迷惑めいわくだけど、一郎いちろうさんとお直じかさんに引き受けひきうけていただきましょうか、この場ば限りかぎり」と岡田おかだが父ちちに相談そうだんした。
父ちちは簡単かんたんに「好かろうよかろうよ」と答えこたえた。
嫂ねーは例れいのごとく「どうでも」と云っいった。
兄あにも「どうでも」と云っいったが、後あとから、「しかし僕ぼくらのような夫婦ふうふが媒妁ばいしゃく人ひとになっちゃ、少しすこし御両人ごりょうにんのために悪いわるいだろう」と付け足しつけたした。
「悪いわるいなんて――僕ぼくがするより名誉めいよでさあね。ねえ二郎じろうさん」と岡田おかだが例れいのごとく軽いかるい調子ちょうしで云っいった。
兄あには何なんやらその理由りゆうを述べのべたいらしい気色けしきを見せみせたが、すぐ考え直しかんがえなおしたと見えみえて、「じゃ生れうまれて初めてはじめての大役たいやくを引き受けひきうけて見るみるかな。しかし何になんにも知らしらないんだから」と云ういうと、「何なん向うむこうで何なんもかも教えおしえてくれるから世話せわはない。お前おまえ達とおるは何なんもしないで済むすむようにちゃんと拵えこしらえてあるんだ」と父ちちが説明せつめいした。
三十六さんじゅうろく
反橋そりはしを渡るわたる所ところで、先さきの人ひとが何なんかに支えささえて一同いちどうちょっととまった機会きかいを利用りようして、自分じぶんはそっと岡田おかだのフロックふろっくの尻しりを引張っひっぱった。
「岡田おかださんは実じつに呑気のんきだね」と云っいった。
「なぜです」 彼かれは自らみずから媒妁ばいしゃく人ひとをもって任じにんじながら、その細君さいくんを連れつれて来きない不注意ふちゅういに少しすこしも気きがついていないらしかった。
自分じぶんから呑気のんきの訳わけを聞いきいた時じ、彼かれは苦笑くしょうして頭あたまを掻きかきながら、「実じつは伴れつれて来ようこようと思っおもったんですがね、まあどうかなるだろうと思っおもって……」と答えこたえた。
反橋そりはしを降りふりて奥おくへ這入ろうはいろうという入口いりぐちの所ところで、花嫁はなよめは一面いちめんに張り詰めはりつめられた鏡かがみの前まえへ坐っすわって、黒塗くろぬりの盥たらいの中なかで手てを洗っあらっていた。
自分じぶんは後あとから背せ延のべをして、お貞おさださんの姿すがたを見みた時じ、なるほどこれで列れつが後れるおくれるんだなと思うおもうと同時どうじに吹き出しふきだしたくなった。
せっかく丹精たんせいして塗り立てぬりたてた彼女かのじょの手ても、この神聖しんせいな一いち杓ひしゃくの水みずで、無残むざんに元もとのごとく赤黒くあかぐろくされてしまったのである。
神殿しんでんの左右さゆうには別室べっしつがあった。
その右みぎの方ほうへ兄あにが佐野さのさんを伴れつれて這入っはいった。
その左ひだりの方ほうへ嫂ねーがお貞おさださんを伴れつれて這入っはいった。
それが左右さゆうから出でて来きて着座ちゃくざするのを見るみると、兄あに夫婦ふうふは真面目まじめな顔かおをして向い合せむかいあわせに坐っすわっていた。
花嫁はなよめ花婿はなむこも無論むろんの事こと、謹んつつしんだ姿すがたで相対そうたいしていた。
式しき壇だんを正面しょうめんに、後あとの方ほうにずらりと並んならんだ父ちちだの母ははだの自分じぶん達とおるは、この二に様ようの意味いみをもった夫婦ふうふと、絵の具えのぐで塗り潰しぬりつぶした綺麗きれいな太鼓たいこと、何物なにものを中なかに蔵しぞうしているか分らわからない、御簾みすを静粛せいしゅくに眺めながめた。
兄あには腹はらのなかで何なんを考えかんがえているか、よそ目よそめから見るみると、尋常じんじょうと変るかわるところは少しすこしもなかった。
嫂ねーは元もとより取り繕っとりつくろった様子ようすもなく、自然しぜんそのままに取り済ましとりすましていた。
彼かれらはすでに過去かこ何なん年ねんかの間まに、夫婦ふうふという社会的しゃかいてきに大切たいせつな経験けいけんを彼かれらなりに甞めて来きた、古いふるい夫婦ふうふであった。
そうして彼かれらの甞めた経験けいけんは、人生じんせいの歴史れきしの一部分いちぶぶんとして、彼かれらに取っとっては再びふたたびしがたい貴いとうといものであったかも知れしれない。
けれどもどっちから云っいっても、蜜みつに似にた甘いあまいものではなかったらしい。
この苦いにがい経験けいけんを有するゆうする古ふる夫婦ふうふが、己れおのれ達とおるのあまり幸福こうふくでなかった運命うんめいの割前わりまえを、若いわかい男おとこと若いわかい女おんなの頭あたまの上うえに割りわりつけて、また新しいあたらしい不ふ仕合しあいな夫婦ふうふを作るつくるつもりなのかしらん。
兄あには学者がくしゃであった。
かつ感情かんじょう家いえであった。
その蒼白いあおじろい額がくの中なかにあるいはこのくらいな事ことを考えかんがえていたかも知れしれない。
あるいはそれ以上いじょうに深いぶかい事ことを考えかんがえていたかも知れしれない。
あるいはすべての結婚けっこんなるものを自らみずから呪詛ずそしながら、新郎しんろうと新婦しんぷの手てを握らにぎらせなければならない仲人なこうどの喜劇きげきと悲劇ひげきとを同時どうじに感じかんじつつ坐っすわっていたかも知れしれない。
とにかく兄あには真面目まじめに坐っすわっていた。
嫂ねーも、佐野さのさんも、お貞おさださんも、真面目まじめに坐っすわっていた。
そのうち式しきが始まっはじまった。
巫女みこの一人ひとりが、途中とちゅうから腹痛ふくつうで引き返しひきかえしたというので介添かいぞえがその代りかわりを勤めつとめた。
自分じぶんの隣となりに坐っすわっていたお重おしげが「大兄たいけいさんの時じより淋しいさびしいのね」と私語しごいた。
その時じは簫しょうや太鼓たいこを入れいれて、巫女みこの左右さゆうに入れいれ交うかう姿すがたも蝶ちょうのように翩々へんぺんと華麗かれいに見えみえた。
「御前ごぜんの嫁よめに行くいく時じは、あの時じぐらい賑かにぎやかにしてやるよ」と自分じぶんはお重おしげに云っいった。
お重おしげは笑っわらっていた。
式しきが済んすんでみんなが控ひかえ所ところへ帰っかえった時じ、お貞おさださんは我々われわれが立ったっているのに、わざわざ絨氈の上うえに手てを突いついて、今までいままで厄介やっかいになった礼れいを丁寧ていねいに述べのべた。
彼女かのじょの眼めには淋しさびしそうな涙なみだがいっぱい溜ったまっていた。
新しん夫婦ふうふと岡田おかだは昼ひるの汽車きしゃで、すぐ大阪おおさかへ向けむけて立ったった。
自分じぶんは雨あめのプラットフォームぷらっとふぉーむの上うえで、二三にさん日ひ箱根はこねあたりで逗留とうりゅうするはずのお貞おさださんを見送っみおくった後あと、父ちちや兄あにに別れわかれて独りひとり自分じぶんの下宿げしゅくへ帰っかえった。
そうして途々と自分じぶんにも当然とうぜん番ばんの廻っまわってくるべき結婚けっこん問題もんだいを人生じんせいにおける不幸ふこうの謎なぞのごとく考えかんがえた。
三十七さんじゅうなな
お貞おさださんが攫わさらわれて行くいくように消えきえてしまった後あとの宅たくは、相そう変らかわらずの空気くうきで包まつつまれていた。
自分じぶんの見みたところでは、お貞おさださんが宅たく中なかで一番いちばんの呑気のんきものらしかった。
彼女かのじょは永年えいねん世話せわになった自分じぶんの家いえに、朝夕あさゆう箒ほうきを執っとったり、洗いあらい洒ぎそそぎをしたりして、下女げじょだか仲働なかばたらきだか分らわからない地位ちいに甘んじあまんじた十じゅう年ねんの後あと、別べつに不平ふへいな顔かおもせず佐野さのといっしょに雨あめの汽車きしゃで東京とうきょうを離れはなれてしまった。
彼女かのじょの腹はらの中なかも日常にちじょう彼女かのじょの繰り返しくりかえしつつ慣れなれ抜いぬいた仕事しごとのごとく明瞭めいりょうでかつ器械きかい的まとなものであったらしい。
一家いっか団欒だんらんの時季じきとも見るみるべき例れいの晩餐ばんさんの食卓しょくたくが、一時いちじ重苦しいおもくるしい灰色はいいろの空気くうきで鎖ささされた折おりでさえ、お貞おさださんだけはその中なかに坐っすわって、平生へいぜいと何なんの変りかわりもなく、給仕きゅうじの盆ぼんを膝ひざの上うえに載せのせたまま平気へいきで控えひかえていた。
結婚けっこん当日とうじつの少しすこし前まえ、兄あにから書斎しょさいへ呼ばよばれて出でて来きた時じ、彼女かのじょの顔かおを染めそめた色いろと、彼女かのじょの瞼まぶたに充ちみちた涙なみだが、彼女かのじょの未来みらいのために、何なんを語っごっていたか知らしらないが、彼女かのじょの気質きしつから云えいえば、それがために長いながい影響えいきょうを受けよううけようとも思えおもえなかった。
お貞おさださんが去るさると共ともに冬ふゆも去っさった。
去っさったと云ういうよりも、まず大したたいした事件じけんも起らおこらずに済んすんだと評するひょうする方ほうが適当てきとうかも知れしれない。
斑らまだらな雪ゆき、枯枝かれえだを揺ぶるゆさぶる風かぜ、手水鉢ちょうずばちを鎖ざすとざす氷こおり、いずれも例年れいねんの面影おもかげを規則きそく正しくただしく自分じぶんの眼めに映しうつした後あと、消えきえては去りさり消えきえては去っさった。
自然しぜんの寒いさむい課程かていがこう繰返さくりかえされている間ま、番町ばんちょうの家いえはじっとして動かうごかずにいた。
その家いえの中なかにいる人ひとと人ひととの関係かんけいもどうかこうか今までいままで通りとおり持ちもち応えこたえた。
自分じぶんの地位ちいにも無論むろん変化へんかはなかった。
ただお重おしげが遊びあそび半分はんぶん時々ときどき苦情くじょうを訴えうったえに来きた。
彼女かのじょは来るくるたびに「お貞おさださんはどうしているでしょうね」と聞いきいた。
「どうしているでしょうって、――お前おまえの所ところへ何なんとも云っいって来きないのか」「来るくる事ことは来るくるわ」 聞いきいて見るみると、結婚後けっこんごのお貞おさださんについて、彼女かのじょは自分じぶんより遥はるかに豊富ほうふな知識ちしきをもっていた。
自分じぶんはまた彼女かのじょが来るくるたびに、兄あにの事ことを聞くきくのを忘れわすれなかった。
「兄さんあにさんはどうだい」「どうだいって、あなたこそ悪いわるいわ。家いえへ来きても兄さんあにさんに逢わあわずに帰るかえるんだから」「わざわざ避けるさけるんじゃない。行っいってもいつでも留守るすなんだから仕方しかたがない」「嘘うそをおっしゃい。この間ま来きた時じも書斎しょさいへ這入らはいらずに逃げにげた癖くせに」 お重おしげは自分じぶんより正直しょうじきなだけに真赤まっかになった。
自分じぶんはあの事件じけん以後いごどうかして兄あにと故この通りとおり親しいしたしい関係かんけいになりたいと心こころでは希望きぼうしていたが、実際じっさいはそれと反対はんたいで、何なんだか近寄りちかより悪いわるい気きがするので、全くまったくお重おしげの云ういうごとく、宅たくへ行っいって彼かれに挨拶あいさつする機会きかいがあっても、なるべく会わあわずに帰るかえる事ことが多かっおおかった。
お重おしげにやり込めやりこめられると、自分じぶんは無言むごんの降こう意いを表するひょうするごとくにあははと笑っわらったり、わざと短いみじかい口髭くちひげを撫でなでたり、時じによると例れいの通りとおり煙草たばこに火ひを点けつけて瞹眛な煙けむりを吐いはいたりした。
そうかと思うおもうとかえってお重おしげの方ほうから突然とつぜん「大兄たいけいさんもずいぶん変人へんじんね。あたし今いまになって全くまったくあなたが喧嘩けんかして出でたのも無理むりはないと思うおもうわ」などと云っいった。
お重おしげから藪やぶから棒ぼうにこう驚かさおどろかされると、自分じぶんは腹はらの底そこで自分じぶんの味方みかたが一人ひとり殖えふえたような気きがして嬉しかっうれしかった。
けれども表ひょう向むかい彼女かのじょの意見いけんに相槌あいづちを打つうつほどの稚気ちきもなかった。
叱りつけるしかりつけるほどの衒気げんきもなかった。
ただ彼女かのじょが帰っかえった後あとで、たちまち今までいままでの考えかんがえが逆ぎゃくまになって、兄あにの精神せいしん状態じょうたいが周囲しゅういに及ぼすおよぼす影響えいきょうなどがしきりに苦くになった。
だんだん生物せいぶつから孤立こりつして、書物しょもつの中なかに引き摺りひきずり込まこまれて行くいくように見えるみえる彼かれを平生へいぜいよりも一倍いちばい気の毒きのどくに思うおもう事こともあった。
三十八さんじゅうはち
母ははも一二いちに遍へん来きた。
最初さいしょ来きた時じは大変たいへん機嫌きげんが好かっよかった。
隣となりの座敷ざしきにいる法学ほうがく士しはどこへ出でて何なんを勤めつとめているのだなどと、自分じぶんにも判然はんぜん解らわからないような事ことを、さも大事だいじらしく聞いきいたりした。
その時じ彼女かのじょは宅たくの近況きんきょうについて何になんにも語らかたらずに、「この頃このごろは方々かたがたで風邪かぜが流行るはやるから気きをおつけ。お父さんおちちさんも二三にさん日ひ前まえから咽喉のどが痛いいたいって、湿布しっぷをしてお出ででだよ」と注意ちゅういして去っさった。
自分じぶんは彼女かのじょの去っさった後あと、兄あに夫婦ふうふの事ことを思い出すおもいだす暇ひまさえなかった。
彼かれらの存在そんざいを忘れわすれた自分じぶんは、快よいこころよい風呂ふろに入っはいって、旨いうまい夕飯ゆうはんを食っしょくった。
次つぎに訪ねたずねてくれた時じの母ははの調子ちょうしは、前まえに較べるくらべると少しすこし変っかわっていた。
彼女かのじょは大阪おおさか以後いご、ことに自分じぶんが下宿げしゅくして以後いご、自分じぶんの前まえでわざと嫂ねーの批評ひひょうを回避かいひするような風かぜを見せみせた。
自分じぶんも母ははの前まえでは気きが咎めるとがめるというのか、必要ひつようのない限りかぎり、嫂ねーの名なを憚っはばかって、なるべく口くちへ出さださなかった。
ところがこの注意ちゅうい深いぶかい母ははがその折おり卒然そつぜんと自分じぶんに向っむかって、「二郎じろう、ここだけの話はなしだが、いったいお直じかの気き立たては好いよいのかね悪いわるいのかね」と聞いきいた。
はたして何なんか始まっはじまったのだと心得こころえた自分じぶんは冷れいりとした。
下宿げしゅく後あとの自分じぶんは、兄あにについても嫂ねーについても不謹慎ふきんしんな言葉ことばを無責任むせきにんに放つはなつ勇気ゆうきは全くまったくなかったので、母ははは自分じぶんから何なん一いちつ満足まんぞくな材料ざいりょうを得とくずして去っさった。
自分じぶんの方ほうでも、なぜ彼女かのじょがこの気味きみの悪いわるい質問しつもんを自分じぶんに突然とつぜんとかけたかついに要領ようりょうを得とくずに母ははを逸しいっした。
「何なんかまた心配しんぱいになるような事ことでもできたのですか」と聞いきいても、彼女かのじょは「なに別べつにこれと云っいって変っかわった事ことはないんだがね……」と答えるこたえるだけで、後あとは自分じぶんの顔かおを打だ守るまもるに過ぎすぎなかった。
自分じぶんは彼女かのじょが帰っかえった後あと、しきりにこの質問しつもんに拘泥こうでいし始めはじめた。
けれども前後ぜんごの事情じじょうだの母ははの態度たいどだのを綜合そうごうして考えかんがえて見みて、どうしても新しいあたらしい事件じけんが、わが家庭かていのうちに起っおこったとは受取れうけとれないと判断はんだんした。
母ははもあまり心配しんぱいし過ぎすぎて、とうとう嫂ねーが解らわからなくなったのだ。
自分じぶんは最後さいごにこう解釈かいしゃくして、恐ろしいおそろしい夢ゆめに捉えとらえられたような気持きもちを抱いいだいた。
お重おしげも来き、母ははも来るくる中なかに、嫂ねーだけは、ついに一度いちども自分じぶんの室むろの火鉢ひばちに手てを翳さかざさなかった。
彼女かのじょがわざと遠慮えんりょして自分じぶんを尋ねたずねない主意しゅいは、自分じぶんにも好くよく呑み込めのみこめていた。
自分じぶんが番町ばんちょうへ行っいったとき、彼女かのじょは「二郎じろうさんの下宿げしゅくは高等こうとう下宿げしゅくなんですってね。お室むろに立派りっぱな床ゆかがあって、庭にわに好いよい梅うめが植えうえてあるって云ういう話はなしじゃありませんか」と聞いきいた。
しかし「今度こんど拝見はいけんに行きいきますよ」とは云わいわなかった。
自分じぶんも「見みにいらっしゃい」とは云いいいかねた。
もっとも彼女かのじょの口くちに上っのぼった梅うめは、どこかの畠はたけから引っこ抜いひっこぬいて来きて、そのままそこへ植えうえたとしか思わおもわれない無意味むいみなものであった。
嫂ねーが来きないのとは異様いようの意味いみで、また同様どうようの意味いみで、兄あにの顔かおはけっして自分じぶんの室むろの裡りに見出さみだしされなかった。
父ちちも来きなかった。
三沢みさわは時々ときどき来きた。
自分じぶんはある機会きかいを利用りようして、それとなく彼かれにお重おしげを貰うもらう意いがあるかないかを探っさぐって見みた。
「そうだね。あのお嬢さんおじょうさんももう年頃としごろだから、そろそろどこかへ片づけるかたづける必要ひつようが逼っせまって来るくるだろうね。早くはやく好いよい所ところを見つけみつけて嬉しうれしがらせてやりたまえ」 彼かれはただこう云っいっただけで、取り合うとりあう気色けしきもなかった。
自分じぶんはそれぎり断念だんねんしてしまった。
永いながいようで短いみじかい冬ふゆは、事ことの起りおこりそうで事ことの起らおこらない自分じぶんの前まえに、時雨しぐれ、霜解しもどけ、空っ風からっかぜ……と既定きていの日程にっていを平凡へいぼんに繰り返しくりかえして、かように去っさったのである。
塵労じんろう
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