十
第 30 章
お重は明らかに嫂を嫌っていた。
これは学究的に孤独な兄に同情が強いためと誰にも肯ずかれた。
「御母さんでもいなくなったらどうなさるでしょう。本当に御気の毒ね」 すべてを隠す事を知らない彼女はかつて自分にこう云った。
これは固より頬ぺたを真白にして自分が彼女と喧嘩をしない遠い前の事であった。
自分はその時彼女を相手にしなかった。
ただ「兄さん見たいに訳の解った人が、家庭間の関係で、御前などに心配して貰う必要が出て来るものか、黙って見ていらっしゃい。御父さんも御母さんもついていらっしゃるんだから」と訓戒でも与えるように云って聞かせた。
自分はその時分からお重と嫂とは火と水のような個性の差異から、とうてい円熟に同棲する事は困難だろうとすでに観察していた。
「御母さんお重も早く片づけてしまわないといけませんね」と自分は母に忠告がましい差出口を利いた事さえあった。
その折母はなぜとも何とも聞き返さなかったが、さも自分の意味を呑み込んだらしい眼つきをして、「お前が云ってくれないでも、御父さんだって妾だって心配し抜いているところだよ。お重ばかりじゃないやね。御前のお嫁だって、蔭じゃどのくらいみんなに手数をかけて探して貰ってるか分りゃしない。けれどもこればかりは縁だからね……」と云って自分の顔をしけじけと見た。
自分は母の意味も何も解らずに、ただ「はあ」と子供らしく引き下がった。
お重は何でも直むきになる代りに裏表のない正直な美質を持っていたので、母よりはむしろ父に愛されていた。
兄には無論可愛がられていた。
お貞さんの結婚談が出た時にも「まずお重から片づけるのが順だろう」と云うのが父の意見であった。
兄も多少はそれに同意であった。
けれどもせっかく名ざしで申し込まれたお貞さんのために、沢山ない機会を逃すのはつまり両損になるという母の意見が実際上にもっともなので、理に明るい兄はすぐ折れてしまった。
兄の見地に多少譲歩している父も無事に納得した。
けれども黙っていたお重には、それがはなはだしい不愉快を与えたらしかった。
しかし彼女が今度の結婚問題について万事快くお貞さんの相談に乗るのを見ても、彼女が機先を制せられたお貞さんに悪感情を抱いていないのはたしかな事実であった。
彼女はただ嫂の傍にいるのが厭らしく見えた。
いくら父母のいる家であっても、いくら思い通りの子供らしさを精一杯に振り舞わす事ができても、この冷かな嫂からふんという顔つきで眺められるのが何より辛かったらしい。
こういう気分に神経を焦つかせている時、彼女はふと女の雑誌か何かを借りるために嫂の室へ這入った。
そうしてそこで嫂がお貞さんのために縫っていた嫁入仕度の着物を見た。
「お重さんこれお貞さんのよ。好いでしょう。あなたも早く佐野さんみたような方の所へいらっしゃいよ」と嫂は縫っていた着物を裏表引繰返して見せた。
その態度がお重には見せびらかしの面当のように聞えた。
早く嫁に行く先をきめて、こんなものでも縫う覚悟でもしろという謎にも取れた。
いつまで小姑の地位を利用して人を苛虐めるんだという諷刺とも解釈された。
最後に佐野さんのような人の所へ嫁に行けと云われたのがもっとも神経に障った。
彼女は泣きながら父の室に訴えに行った。
父は面倒だと思ったのだろう、嫂には一言も聞糺さずに、翌日お重を連れて三越へ出かけた。
十一
それから二三日して、父の所へ二人ほど客が来た。
父は生来交際好の上に、職業上の必要から、だいぶ手広く諸方へ出入していた。
公の務を退いた今日でもその惰性だか影響だかで、知合間の往来は絶える間もなかった。
もっとも始終顔を出す人に、それほど有名な人も勢力家も見えなかった。
その時の客は貴族院の議員が一人と、ある会社の監査役が一人とであった。
父はこの二人と謡の方の仲善と見えて、彼らが来るたびに謡をうたって楽んだ。
お重は父の命令で、少しの間鼓の稽古をした覚があるので、そう云う時にはよく客の前へ呼び出されて鼓を打った。
自分はその高慢ちきな顔をまだ忘れずにいる。
「お重お前の鼓は好いが、お前の顔はすこぶる不味いね。悪い事は云わないから、嫁に行った当座はけっして鼓を御打ちでないよ。いくら御亭主が謡気狂でもああ澄まされた日にゃ、愛想を尽かされるだけだから」とわざわざ罵しった事がある。
すると傍に聞いていたお貞さんが眼を丸くして、「まあひどい事をおっしゃる事、ずいぶんね」と云ったので、自分も少し言い過ぎたかと思った。
けれども烈しいお重は平生に似ず全く自分の言葉を気にかけないらしかった。
「兄さんあれでも顔の方はまだ上等なのよ。鼓と来たらそれこそ大変なの。妾謡の御客があるほど厭な事はないわ」とわざわざ自分に説明して聞かせた。
お重の顔ばかりに注意していた自分は、彼女の鼓がそれほど不味いとはそれまで気がつかなかった。
その日も客が来てから一時間半ほどすると予定の通り謡が始まった。
自分はやがてまたお重が呼び出される事と思って、調戯半分茶の間の方に出て行った。
お重は一生懸命に会席膳を拭いていた。
「今日はポンポン鳴らさないのか」と自分がことさらに聞くと、お重は妙にとぼけた顔をして、立っている自分を見上げた。
「だって今御膳が出るんですもの。忙しいからって、断ったのよ」 自分は台所や茶の間のごたごたした中で、ふざけ過ぎて母に叱られるのも面白くないと思って、また室へ取って返した。
夕食後ちょっと散歩に出て帰って来ると、まだ自分の室に這入らない先から母に捉まった。
「二郎ちょうど好いところへ帰って来ておくれだ。奥へ行って御父さんの謡を聞いていらっしゃい」 自分は父の謡を聞き慣れているので、一番ぐらい聴くのはさほど厭とも思わなかった。
「何をやるんです」と母に質問した。
母は自分とは正反対に謡がまた大嫌いだった。
「何だか知らないがね。早くいらっしゃいよ。皆さんが待っていらっしゃるんだから」と云った。
自分は委細承知して奥へ通ろうとした。
すると暗い縁側の所にお重がそっと立っていた。
自分は思わず「おい……」と大きな声を出しかけた。
お重は急に手を振って相図のように自分の口を塞いでしまった。
「なぜそんな暗い所に一人で立っているんだい」と自分は彼女の耳へ口を付けて聞いた。
彼女はすぐ「なぜでも」と答えた。
しかし自分がその返事に満足しないでやはり元の所に立っているのを見て、「先刻から、何遍も出て来い出て来いって催促するのよ。だから御母さんに断って、少し加減が悪い事にしてあるのよ」「なぜまた今日に限って、そんなに遠慮するんだい」「だって妾鼓なんか打つのはもう厭になっちまったんですもの、馬鹿らしくって。それにこれからやるのなんかむずかしくってとてもできないんですもの」「感心にお前みたような女でも謙遜の道は少々心得ているから偉いね」と云い放ったまま、自分は奥へ通った。
十二
奥には例の客が二人床の前に坐っていた。
二人とも品の好い容貌の人で、その薄く禿げかかった頭が後にかかっている探幽の三幅対とよく調和した。
彼らは二人とも袴のまま、羽織を脱ぎ放しにしていた。
三人のうちで袴を着けていなかったのは父ばかりであったが、その父でさえ羽織だけは遠慮していた。
自分は見知り合だから正面の客に挨拶かたがた、「どうか拝聴を……」と頭を下げた。
客はちょっと恐縮の体を装って、「いやどうも……」と頭を掻く真似をした。
父は自分にまたお重の事を尋ねたので、「先刻から少し頭痛がするそうで、御挨拶に出られないのを残念がっていました」と答えた。
父は客の方を見ながら、「お重が心持が悪いなんて、まるで鬼の霍乱だな」と云って、今度は自分に、「先刻綱(母の名)の話では腹が痛いように聞いたがそうじゃない頭痛なのかい」と聞き直した。
自分はしまったと思ったが「多分両方なんでしょう。胃腸の熱で頭が痛む事もあるようだから。しかし心配するほどの病気じゃないようです。じき癒るでしょう」と答えた。
客は蒼蠅いほどお重に同情の言葉を注射した後、「じゃ残念だが始めましょうか」と云い出した。
聴手には、自分より前に兄夫婦が横向になって、行儀よく併んで坐っていたので、自分は鹿爪らしく嫂の次に席を取った。
「何をやるんです」と坐りながら聞いたら、この道について何の素養も趣味もない嫂は、「何でも景清だそうです」と答えて、それぎり何とも云わなかった。
客のうちで赭顔の恰腹の好い男が仕手をやる事になって、その隣の貴族院議員が脇、父は主人役で「娘」と「男」を端役だと云う訳か二つ引き受けた。
多少謡を聞分ける耳を持っていた自分は、最初からどんな景清ができるかと心配した。
兄は何を考えているのか、はなはだ要領を得ない顔をして、凋落しかかった前世紀の肉声を夢のように聞いていた。
嫂の鼓膜には肝腎の「松門」さえ人間としてよりもむしろ獣類の吠として不快に響いたらしい。
自分はかねてからこの「景清」という謡に興味を持っていた。
何だか勇ましいような惨ましいような一種の気分が、盲目の景清の強い言葉遣から、また遥々父を尋ねに日向まで下る娘の態度から、涙に化して自分の眼を輝かせた場合が、一二度あった。
しかしそれは歴乎とした謡手が本気に各自の役を引き受けた場合で、今聞かせられているような胡麻節を辿ってようやく出来上る景清に対してはほとんど同情が起らなかった。
やがて景清の戦物語も済んで一番の謡も滞りなく結末まで来た。
自分はその成蹟を何と評して好いか解らないので、少し不安になった。
嫂は平生の寡言にも似ず「勇しいものですね」と云った。
自分も「そうですね」と答えておいた。
すると多分一口も開くまいと思った兄が、急に赭顔の客に向って、「さすがに我も平家なり物語り申してとか、始めてとかいう句がありましたが、あのさすがに我も平家なりという言葉が大変面白うございました」と云った。
兄は元来正直な男で、かつ己れの教育上嘘を吐かないのを、品性の一部分と心得ているくらいの男だから、この批評に疑う余地は少しもなかった。
けれども不幸にして彼の批評は謡の上手下手でなくって、文章の巧拙に属する話だから、相手にはほとんど手応がなかった。
こう云う場合に馴れた父は「いやあすこは非常に面白く拝聴した」と客の謡いぶりを一応賞めた後で、「実はあれについて思い出したが、大変興味のある話がある。ちょうどあの文句を世話に崩して、景清を女にしたようなものだから、謡よりはよほど艶である。しかも事実でね」と云い出した。
十三
父は交際家だけあって、こういう妙な話をたくさん頭の中にしまっていた。
そうして客でもあると、献酬の間によくそれを臨機応変に運用した。
多年父の傍に寝起している自分にもこの女景清の逸話は始めてであった。
自分は思わず耳を傾けて父の顔を見た。
「ついこの間の事で、また実際あった事なんだから御話をするが、その発端はずっと古い。古いたって何も源平時代から説き出すんじゃないからそこは御安心だが、何しろ今から二十五六年前、ちょうど私の腰弁時代とでも云いましょうかね……」 父はこういう前置をして皆なを笑わせた後で本題に這入った。
それは彼の友達と云うよりもむしろずっと後輩に当る男の艶聞見たようなものであった。
もっとも彼は遠慮して名前を云わなかった。
自分は家へ出入る人の数々について、たいていは名前も顔も覚えていたが、この逸話をもった男だけはいくら考えてもどんな想像も浮かばなかった。
自分は心のうちで父は今表向多分この人と交際しているのではなかろうと疑ぐった。
何しろ事はその人の二十前後に起ったので、その時当人は高等学校へ這入り立てだとか、這入ってから二年目になるとか、父ははなはだ瞹眛な説明をしていたが、それはどっちにしたって、我々の気にかかるところではなかった。
「その人は好い人間だ。好い人間にもいろいろあるが、まあ好い人間だ。今でもそうだから、廿歳ぐらいの時分は定めて可愛らしい坊ちゃんだったろう」 父はその男をこう荒っぽく叙述しておいて、その男とその家の召使とがある関係に陥入った因果をごく単簡に物語った。
「元来そいつはね本当の坊ちゃんだから、情事なんて洒落た経験はまるでそれまで知らなかったのだそうだ。当人もまた婦人に慕われるなんて粋事は自分のようなものにとうてい有り得べからざる奇蹟と思っていたのだそうだ。ところがその奇蹟が突然天から降って来たので大変驚ろいたんですね」 話しかけられた客はむしろ真面目な顔をして、「なるほど」と受けていたが、自分はおかしくてたまらなかった。
淋しそうな兄の頬にも笑の渦が漂よった。
「しかもそれが男の方が消極的で、女の方が積極的なんだからいよいよ妙ですよ。私がそいつに、その女が君に覚召があると悟ったのはどういう機だと聞いたらね。真面目な顔をして、いろいろ云いましたが、そのうちで一番面白いと思ったせいか、いまだに覚えているのは、そいつが瓦煎餅か何か食ってるところへ女が来て、私にもその御煎餅をちょうだいなと云うや否や、そいつの食い欠いた残りの半分を引っ手繰って口へ入れたという時なんです」 父の話方は無論滑稽を主にして、大事の真面目な方を背景に引き込ましてしまうので、聞いている客を始め我々三人もただ笑うだけ笑えばそれで後には何も残らないような気がした。
その上客は笑う術をどこかで練修して来たように旨く笑った。
一座のうちで比較的真面目だったのはただ兄一人であった。
「とにかくその結果はどうなりました。めでたく結婚したんですか」と冗談とも思われない調子で聞いていた。
「いやそこをこれから話そうというのだ。先刻も云った通り『景清』の趣の出てくるところはこれからさ。
今言ってるところはほんの冒頭だて」と父は得意らしく答えた。
十四
父の話すところによると、その男とその女の関係は、夏の夜の夢のようにはかないものであった。
しかし契りを結んだ時、男は女を未来の細君にすると言明したそうである。
もっともこれは女から申し出した条件でも何でもなかったので、ただ男の口から勢いに駆られて、おのずと迸しった、誠ではあるが実行しにくい感情的の言葉に過ぎなかったと父はわざわざ説明した。
「と云うのはね、両方共おない年でしょう。しかも一方は親の脛を噛ってる前途遼遠の書生だし、一方は下女奉公でもして暮そうという貧しい召使いなんだから、どんな堅い約束をしたって、その約束の実行ができる長い年月の間には、どんな故障が起らないとも限らない。で、女が聞いたそうですよ。あなたが学校を卒業なさると、二十五六に御成んなさる。すると私も同じぐらいに老けてしまう。それでも御承知ですかってね」 父はそこへ来て、急に話を途切らして、膝の下にあった銀煙管へ煙草を詰めた。
彼が薄青い煙を一時に鼻の穴から出した時、自分はもどかしさの余り「その人は何て答えました」と聞いた。
父は吸殻を手で叩きながら「二郎がきっと何とか聞くだろうと思った。二郎面白いだろう。世間にはずいぶんいろいろな人があるもんだよ」と云って自分を見た。
自分はただ「へえ」と答えた。
「実はわしも聞いて見た、その男に。君何て答えたかって。すると坊ちゃんだね、こう云うんだ。僕は自分の年も先の年も知っていた。けれども僕が卒業したら女がいくつになるか、そこまでは考えていられなかった。いわんや僕が五十になれば先も五十になるなんて遠い未来は全く頭の中に浮かんで来なかったって」「無邪気なものですね」と兄はむしろ賛嘆の口ぶりを見せた。
今まで黙っていた客が急に兄に賛成して、「全くのところ無邪気だ」とか「なるほど若いものになるといかにも一図ですな」とか云った。
「ところが一週間経つか経たないうちにそいつが後悔し始めてね、なに女は平気なんだが、そいつが自分で恐縮してしまったのさ。坊ちゃんだけに意気地のない事ったら。しかし正直ものだからとうとう女に対してまともに結婚破約を申し込んで、しかもきまりの悪そうな顔をして、御免よとか何とか云って謝罪まったんだってね。そこへ行くとおない年だって先は女だもの、『御免よ』なんて子供らしい言葉を聞けば可愛いくもなるだろうが、また馬鹿馬鹿しくもなるだろうよ」 父は大きな声を出して笑った。
御客もその反響のごとくに笑った。
兄だけはおかしいのだか、苦々しいのだか変な顔をしていた。
彼の心にはすべてこう云う物語が厳粛な人生問題として映るらしかった。
彼の人生観から云ったら父の話しぶりさえあるいは軽薄に響いたかもしれない。
父の語るところを聞くと、その女はしばらくしてすぐ暇を貰ってそこを出てしまったぎり再び顔を見せなかったけれども、その男はそれ以来二三カ月の間何か考え込んだなり魂が一つ所にこびりついたように動かなかったそうである。
一遍その女が近所へ来たと云って寄った時などでも、ほかの人の手前だか何だかほとんど一口も物を云わなかった。
しかもその時はちょうど午飯の時で、その女が昔の通り御給仕をしたのだが、男はまるで初対面の者にでも逢ったように口数を利かなかった。
女もそれ以来けっして男の家の敷居を跨がなかった。
男はまるでその女の存在を忘れてしまったように、学校を出て家庭を作って、二十何年というつい近頃まで女とは何らの交渉もなく打過ぎた。
十五
「それだけで済めばまあただの逸話さ。けれども運命というものは恐しいもので……」と父がまた語り続けた。
自分は父が何を云い出すかと思って、彼の顔から自分の眼を離し得なかった。
父の物語りの概要を摘んで見ると、ざっとこうであった。
その男がその女をまるで忘れた二十何年の後、二人が偶然運命の手引で不意に会った。
会ったのは東京の真中であった。
しかも有楽座で名人会とか美音会とかのあった薄ら寒い宵の事だそうである。
その時男は細君と女の子を連れて、土間の何列目か知らないが、かねて注文しておいた席に並んでいた。
すると彼らが入場して五分経つか立たないのに、今云った女が他の若い女に手を引かれながら這入って来た。
彼らも電話か何かで席を予約しておいたと見えて、男の隣にあるエンゲージドと紙札を張った所へ案内されたままおとなしく腰をかけた。
二人はこういう奇妙な所で、奇妙に隣合わせに坐った。
なおさら奇妙に思われたのは、女の方が昔と違った表情のない盲目になってしまって、ほかにどんな人がいるか全く知らずに、ただ舞台から出る音楽の響にばかり耳を傾けているという、男に取ってはまるで想像すらし得なかった事実であった。
男は始め自分の傍に坐る女の顔を見て過去二十年の記憶を逆さに振られたごとく驚ろいた。
次に黒い眸をじっと据えて自分を見た昔の面影が、いつの間にか消えていた女の面影に気がついて、また愕然として心細い感に打たれた。
十時過まで一つの席にほとんど身動きもせずに坐っていた男は、舞台で何をやろうが、ほとんど耳へは這入らなかった。
ただ女に別れてから今日に至る運命の暗い糸を、いろいろに想像するだけであった。
女はまたわが隣にいる昔の人を、見もせず、知りもせず、全く意識に上す暇もなく、ただ自然に凋落しかかった過去の音楽に、やっとの思いで若い昔を偲ぶ気色を濃い眉の間に示すに過ぎなかった。
二人は突然として邂逅し、突然として別れた。
男は別れた後もしばしば女の事を思い出した。
ことに彼女の盲目が気にかかった。
それでどうかして女のいる所を突きとめようとした。
「馬鹿正直なだけに熱心な男だもんだから、とうとう成功した。その筋道も聞くには聞いたが、くだくだしくって忘れちまったよ。何でも彼がその次に有楽座へ行った時、案内者を捕まえて、何とかかんとかした上に、だいぶ込み入った手数をかけたんだそうだ」「どこにいたんですその女は」と自分は是非確めたくなった。
「それは秘密だ。名前や所はいっさい云われない事になっている。約束だからね。それは好いが、そいつが私にその盲目の女のいる所を訪問してくれと頼むんだね。何という主意か解らないが、つまりは無沙汰見舞のようなものさ。当人に云わせると、学問しただけに、鹿爪らしい理窟を何が条も並べるけれども。つまり過去と現在の中間を結びつけて安心したいのさ。それにどうして盲目になったか、それが大変当人の神経を悩ましていたと見えてね。と云っていまさらその女と新しい関係をつける気はなし、かつは女房子の手前もあるから、自分はわざわざ出かけたくないのさ。のみならず彼がまた昔その女と別れる時余計な事を饒舌っているんです。僕は少し学問するつもりだから三十五六にならなければ妻帯しない。でやむをえずこの間の約束は取消にして貰うんだってね。ところが奴学校を出るとすぐ結婚しているんだから良心の方から云っちゃあまり心持はよくないのだろう。それでとうとう私が行く事になった」「まあ馬鹿らしい」と嫂が云った。
「馬鹿らしかったけれどもとうとう行ったよ」と父が答えた。
客も自分も興味ありげに笑い出した。
十六
父には人に見られない一種剽軽なところがあった。
ある者は直な方だとも云い、ある者は気のおけない男だとも評した。
「親爺は全くあれで自分の地位を拵え上げたんだね。実際のところそれが世の中なんだろう。本式に学問をしたり真面目に考えを纏めたりしたって、社会ではちっとも重宝がらない。ただ軽蔑されるだけだ」 兄はこんな愚痴とも厭味とも、また諷刺とも事実とも、片のつかない感慨を、蔭ながらかつて自分に洩らした事があった。
自分は性質から云うと兄よりもむしろ父に似ていた。
その上年が若いので、彼のいう意味が今ほど明瞭に解らなかった。
何しろ父がその男に頼まれて、快よく訪問を引受けたのも、多分持って生れた物数奇から来たのだろうと自分は解釈している。
父はやがてその盲目の家を音信れた。
行く時に男は土産のしるしだと云って、百円札を一枚紙に包んで水引をかけたのに、大きな菓子折を一つ添えて父に渡した。
父はそれを受取って、俥をその女の家に駆った。
女の家は狭かったけれども小綺麗にかつ住心地よくできていた。
縁の隅に丸く彫り抜いた御影の手水鉢が据えてあって、手拭掛には小新らしい三越の手拭さえ揺めいていた。
家内も小人数らしく寂然として音もしなかった。
父はこの日当りの好いしかし茶がかった小座敷で、初めてその盲人に会った時、ちょっと何と云って好いか分らなかったそうである。
「おれのようなものが言句に窮するなんて馬鹿げた恥を話すようだが実際困ったね。何しろ相手が盲目なんだからね」 父はわざとこう云って皆なを興がらせた。
彼はその場でとうとう男の名を打ち明けて、例の土産ものを取り出しつつ女の前に置いた。
女は眼が悪いので菓子折を撫でたり擦ったりして見た上、「どうも御親切に……」と恭しく礼を述べたが、その上にある紙包を手で取上げるや否や、少し変な顔をして「これは?」と念を押すように聞いた。
父は例の気性だから、呵々と笑いながら、「それも御土産の一部分です、どうか一緒に受取っておいて下さい」と云った。
すると女が水引の結び目を持ったまま、「もしや金子ではございませんか」と問い返した。
「いえ何はなはだ軽少で、――しかし○○さんの寸志ですからどうぞ御納め下さい」 父がこう云った時、女はぱたりとこの紙包を畳の上に落した。
そうして閉じた眸をきっと父の方へ向けて、「私は今寡婦でございますが、この間まで歴乎とした夫がございました。子供は今でも丈夫でございます。たといどんな関係があったにせよ、他人さまから金子を頂いては、楽に今日を過すようにしておいてくれた夫の位牌に対してすみませんから御返し致します」と判切云って涙を落した。
「これには実に閉口したね」と父は皆なの顔を一順見渡したが、その時に限って、誰も笑うものはなかった。
自分も腹の中で、いかな父でもさすがに弱ったろうと思った。
「その時わしは閉口しながらも、ああ景清を女にしたらやっぱりこんなものじゃなかろうかと思ってね。本当は感心しましたよ。どういう訳で景清を思い出したかと云うとね。ただ双方とも盲目だからと云うばかりじゃない。どうもその女の態度がね……」 父は考えていた。
父の筋向うに坐っていた赭顔の客が、「全く気込が似ているからですね」とさもむずかしい謎でも解くように云った。
「全く気込です」と父はすぐ承服した。
自分はこれで父の話が結末に来たのかと思って、「なるほどそれは面白い御話です」と全体を批評するような調子で云った。
すると父は「まだ後があるんだ。後の方がまだ面白い。ことに二郎のような若い者が聞くと」とつけ加えた。
十七
父は意外な女の見識に、話の腰を折られて、やむをえず席を立とうとした。
すると女は始めて女らしい表情を面に湛えて、縋りつくように父をとめた。
そうしていつ何日どこで○○が自分を見たのかと聞いた。
父は例の有楽座の事を包み蔵さず盲人に話して聞かせた。
「ちょうどあなたの隣に腰をかけていたんだそうです。あなたの方ではまるで知らなかったでしょうが、○○は最初から気がついていたのです。しかし細君や娘の手前、口を利く事もでき悪かったんでしょう。それなり宅へ帰ったと云っていました」 父はその時始めて盲目の涙腺から流れ出る涙を見た。
「失礼ながら眼を御煩いになったのはよほど以前の事なんですか」と聞いた。
「こういう不自由な身体になってから、もう六年ほどにもなりましょうか。夫が亡くなって一年経つか経たないうちの事でございます。生れつきの盲目と違って、当座は大変不自由を致しました」 父は慰めようもなかった。
彼女のいわゆる夫というのは何でも、請負師か何かで、存生中にだいぶ金を使った代りに、相応の資産も残して行ったらしかった。
彼女はその御蔭で眼を煩った今日でも、立派に独立して暮して行けるのだろうと父は説明した。
彼女は人に誇ってしかるべき倅と娘を持っていた。
その倅には高等の教育こそ施してないようだったけれども、何でも銀座辺のある商会へ這入って独立し得るだけの収入を得ているらしかった。
娘の方は下町風の育て方で、唄や三味線の稽古を専一と心得させるように見えた。
すべてを通じて○○とは遠い過去に焼きつけられた一点の記憶以外に何ものをも共通にもっているとは思えなかった。
父が有楽座の話をした時に、女は両方の眼をうるませて、「本当に盲目ほど気の毒なものはございませんね」と云ったのが、痛く父の胸には応えたそうである。
「○○さんは今何をしておいででございますか」と女はまた空中に何物をか想像するがごとき眼遣をして父に聞いた。
父は残りなく○○が学校を出てから以後の経歴を話して聞かせた後、「今じゃなかなか偉くなっていますよ。私見たいな老朽とは違ってね」と答えた。
女は父の返事には耳も借さずに、「定めてお立派な奥さんをお貰いになったでございましょうね」とおとなしやかに聞いた。
「ええもう子供が四人あります」「一番お上のはいくつにお成りで」「さようさもう十二三にも成りましょうか。可愛らしい女の子ですよ」 女は黙ったなりしきりに指を折って何か勘定し始めた。
その指を眺めていた父は、急に恐ろしくなった。
そうして腹の中で余計な事を云って、もう取り返しがつかないと思った。
女はしばらく間をおいて、ただ「結構でございます」と一口云って後は淋しく笑った。
しかしその笑い方が、父には泣かれるよりも怒られるよりも変な感じを与えたと云った。
父は○○の宿所を明らさまに告げて、「ちと暇な時に遊びがてら御嬢さんでも連れて行って御覧なさい。ちょっと好い家ですよ。○○も夜ならたいてい御目にかかれると云っていましたから」と云った。
すると女はたちまち眉を曇らして、「そんな立派な御屋敷へ我々風情がとても御出入はできませんが」と云ったまましばらく考えていたが、たちまち抑え切れないように真剣な声を出して、「御出入は致しません。先様で来いとおっしゃってもこっちで御遠慮しなければなりません。しかしただ一つ一生の御願に伺っておきたい事がございます。こうして御目にかかれるのももう二度とない御縁だろうと思いますから、どうぞそれだけ聞かして頂いた上心持よく御別れが致したいと存じます」と云った。
十八
父は年の割に度胸の悪い男なので、女からこう云われた時は、どんな凄まじい文句を並べられるかと思って、少からず心配したそうである。
「幸い相手の眼が見えないので、自分の周章さ加減を覚られずにすんだ」と彼はことさらにつけ加えた。
その時女はこう云ったそうである。
「私は御覧の通り眼を煩って以来、色という色は皆目見えません。世の中で一番明るい御天道様さえもう拝む事はできなくなりました。ちょっと表へ出るにも娘の厄介にならなければ用事は足せません。いくら年を取っても一人で不自由なく歩く事のできる人間が幾人あるかと思うと、何の因果でこんな業病に罹ったのかと、つくづく辛い心持が致します。けれどもこの眼は潰れてもさほど苦しいとは存じません。ただ両方の眼が満足に開いている癖に、他の料簡方が解らないのが一番苦しゅうございます」 父は「なるほど」と答えた。
「ごもっとも」とも答えた。
けれども女のいう意味はいっこう通じなかった。
彼にはそういう経験がまるでなかったと彼は明言した。
女は瞹眛な父の言葉を聞いて、「ねえあなたそうではございませんか」と念を押した。
「そりゃそんな場合は無論有るでしょう」と父が云った。
「有るでしょうでは、あなたもわざわざ○○さんに御頼まれになって、ここまでいらしって下すった甲斐がないではございませんか」と女が云った。
父はますます窮した。
自分はこの時偶然兄の顔を見た。
そうして彼の神経的に緊張した眼の色と、少し冷笑を洩らしているような嫂の唇との対照を比較して、突然彼らの間にこの間から蟠まっている妙な関係に気がついた。
その蟠まりの中に、自分も引きずり込まれているという、一種厭うべき空気の匂いも容赦なく自分の鼻を衝いた。
自分は父がなぜ座興とは云いながら、択りに択って、こんな話をするのだろうと、ようやく不安の念が起った。
けれども万事はすでに遅かった。
父は知らぬ顔をして勝手次第に話頭を進めて行った。
「おれはそれでも解らないから、淡泊にその女に聞いて見た。せっかく○○に頼まれてわざわざここまで来て、肝心な要領を伺わないで引き取っては、あなたに対してはもちろん○○から云っても定めし不本意だろうから、どうかあなたの胸を存分私に打明けて下さいませんか。それでないと私も帰ってから○○に話がし悪いからって」 その時女は始めて思い切った決断の色を面に見せて、「では申し上げます。あなたも○○さんの代理にわざわざ尋ねて来て下さるくらいでいらっしゃるから、定めし関係の深い御方には違いございませんでしょう」という冒頭をおいて、彼女の腹を父に打明けた。
○○が結婚の約束をしながら一週間経つか経たないのに、それを取り消す気になったのは、周囲の事情から圧迫を受けてやむをえず断ったのか、あるいは別に何か気に入らないところでもできて、その気に入らないところを、結婚の約束後急に見つけたため断ったのか、その有体の本当が聞きたいのだと云うのが、女の何より知りたいところであった。
女は二十年以上○○の胸の底に隠れているこの秘密を掘り出したくってたまらなかったのである。
彼女には天下の人がことごとく持っている二つの眼を失って、ほとんど他から片輪扱いにされるよりも、いったん契った人の心を確実に手に握れない方が遥かに苦痛なのであった。
「御父さんはどういう返事をしておやりでしたか」とその時兄が突然聞いた。
その顔には普通の興味というよりも、異状の同情が籠っているらしかった。
「おれも仕方がないから、そりゃ大丈夫、僕が受け合う。本人に軽薄なところはちっともないと答えた」と父は好い加減な答えをかえって自慢らしく兄に話した。
十九
「女はそんな事で満足したんですか」と兄が聞いた。
自分から見ると、兄のこの問には冒すべからざる強味が籠っていた。
それが一種の念力のように自分には響いた。
父は気がついたのか、気がつかなかったのか、平気でこんな答をした。
「始は満足しかねた様子だった。もちろんこっちの云う事がそらそれほど根のある訳でもないんだからね。本当を云えば、先刻お前達に話した通り男の方はまるで坊ちゃんなんで、前後の分別も何もないんだから、真面目な挨拶はとてもできないのさ。けれどもそいつがいったん女と関係した後で止せば好かったと後悔したのは、どうも事実に違なかろうよ」 兄は苦々しい顔をして父を見ていた。
父は何という意味か、両手で長い頬を二度ほど撫でた。
「この席でこんな御話をするのは少し憚りがあるが」と兄が云った。
自分はどんな議論が彼の口から出るか、次第によっては途中からその鉾先を、一座の迷惑にならない方角へ向易えようと思って聞いていた。
すると彼はこう続けた。
「男は情慾を満足させるまでは、女よりも烈しい愛を相手に捧げるが、いったん事が成就するとその愛がだんだん下り坂になるに反して、女の方は関係がつくとそれからその男をますます慕うようになる。これが進化論から見ても、世間の事実から見ても、実際じゃなかろうかと思うのです。それでその男もこの原則に支配されて後から女に気がなくなった結果結婚を断ったんじゃないでしょうか」「妙な御話ね。妾女だからそんなむずかしい理窟は知らないけれども、始めて伺ったわ。ずいぶん面白い事があるのね」 嫂がこう云った時、自分は客に見せたくないような厭な表情を兄の顔に見出したので、すぐそれをごまかすため何か云って見ようとした。
すると父が自分より早く口を開いた。
「そりゃ学理から云えばいろいろ解釈がつくかも知れないけれども、まあ何だね、実際はその女が厭になったに相違ないとしたところで、当人面喰らったんだね、まず第一に。その上小胆で無分別で正直と来ているから、それほど厭でなくっても断りかねないのさ」 父はそう云ったなり洒然としていた。
床の前に謡本を置いていた一人の客が、その時父の方を向いてこう云った。
「しかし女というものはとにかく執念深いものですね。二十何年もその事を胸の中に畳込んでおくんですからね。全くのところあなたは好い功徳をなすった。そう云って安心させてやればその眼の見えない女のためにどのくらい嬉しかったか解りゃしません」「そこがすべての懸合事の気転ですな。万事そうやれば双方のためにどのくらい都合が好いか知れんです」 他の客が続いてこう云った時、父は「いやどうも」と頭を掻いて「実は今云った通り最初はね、そのくらいな事じゃなかなか疑りが解けないんで、私も少々弱らせられました。それをいろいろに光沢をつけたり、出鱈目を拵えたりして、とうとう女を納得させちまったんですが、ずいぶん骨が折れましたよ」と少し得意気であった。
やがて客は謡本を風呂敷に包んで露に濡れた門を潜って出た。
皆な後で世間話をしているなかに、兄だけはむずかしい顔をして一人書斎に入った。
自分は例のごとく冷かに重い音をさせる上草履の音を一つずつ聞いて、最後にどんと締まる扉の響に耳を傾けた。
二十
二三週間はそれなり過ぎた。
そのうち秋がだんだん深くなった。
葉鶏頭の濃い色が庭を覗くたびに自分の眼に映った。
兄は俥で学校へ出た。
学校から帰るとたいていは書斎へ這入って何かしていた。
家族のものでも滅多に顔を合わす機会はなかった。
用があるとこっちから二階に上って、わざわざ扉を開けるのが常になっていた。
兄はいつでも大きな書物の上に眼を向けていた。
それでなければ何か万年筆で細かい字を書いていた。
一番我々の眼についたのは、彼の茫然として洋机の上に頬杖を突いている時であった。
彼は一心に何か考えているらしかった。
彼は学者でかつ思索家であるから、黙って考えるのは当然の事のようにも思われたが、扉を開けてその様子を見た者は、いかにも寒い気がすると云って、用を済ますのを待ち兼ねて外へ出た。
最も関係の深い母ですら、書斎へ行くのをあまりありがたいとは思っていなかったらしい。
「二郎、学者ってものは皆なあんな偏屈なものかね」 この問を聞いた時、自分は学者でないのを不思議な幸福のように感じた。
それでただえへへと笑っていた。
すると母は真面目な顔をして、「二郎、御前がいなくなると、宅は淋しい上にも淋しくなるが、早く好い御嫁さんでも貰って別になる工面を御為よ」と云った。
自分には母の言葉の裏に、自分さえ新しい家庭を作って独立すれば、兄の機嫌が少しはよくなるだろうという意味が明らさまに読まれた。
自分は今でも兄がそんな妙な事を考えているのだろうかと疑っても見た。
しかし自分もすでに一家を成してしかるべき年輩だし、また小さい一軒の竈ぐらいは、現在の収入でどうかこうか維持して行かれる地位なのだから、かねてから、そういう考えはちらちらと無頓着な自分の頭をさえ横切ったのである。
自分は母に対して、「ええ外へ出る事なんか訳はありません。明日からでも出ろとおっしゃれば出ます。しかし嫁の方はそうちんころのように、何でも構わないから、ただ路に落ちてさえいれば拾って来るというような遣口じゃ僕には不向ですから」と云った。
その時母は、「そりゃ無論……」と答えようとするのを自分はわざと遮った。
「御母さんの前ですが、兄さんと姉さんの間ですね。あれにはいろいろ複雑な事情もあり、また僕が固から少し姉さんと知り合だったので、御母さんにも御心配をかけてすまないようですけれども、大根をいうとね。兄さんが学問以外の事に時間を費すのが惜いんで、万事人任せにしておいて、何事にも手を出さずに華族然と澄ましていたのが悪いんですよ。いくら研究の時間が大切だって、学校の講義が大事だって、一生同じ所で同じ生活をしなくっちゃならない吾が妻じゃありませんか。兄さんに云わしたらまた学者相応の意見もありましょうけれども学者以下の我々にはとてもあんな真似はできませんからね」 自分がこんな下らない理窟を云い募っているうちに、母の眼にはいつの間にか涙らしい光の影が、だんだん溜って来たので、自分は驚いてやめてしまった。
自分は面の皮が厚いというのか、遠慮がなさ過ぎると云うのか、それほど宅のものが気兼をして、云わば敬して遠ざけているような兄の書斎の扉を他よりもしばしば叩いて話をした。
中へ這入った当分の感じは、さすがの自分にも少し応えた。
けれども十分ぐらい経つと彼はまるで別人のように快活になった。
自分は苦い兄の心機をこう一転させる自分の手際に重きをおいて、あたかも己れの虚栄心を満足させるための手段らしい態度をもって、わざわざ彼の書斎へ出入した事さえあった。
自白すると、突然兄から捕まって危く死地に陥れられそうになったのも、実はこういう得意の瞬間であった。
二十一
その折自分は何を話ていたか今たしかに覚えていない。
何でも兄から玉突の歴史を聞いた上、ルイ十四世頃の銅版の玉突台をわざわざ見せられたような気がする。
兄の室へ這入っては、こんな問題を種に、彼の新しく得た知識を、はいはい聞いているのが一番安全であった。
もっとも自分も御饒舌だから、兄と違った方面で、ルネサンスとかゴシックとかいう言葉を心得顔にふり廻す事も多かった。
しかしたいていは世間離れのしたこう云う談話だけで書斎を出るのが例であったが、その折は何かの拍子で兄の得意とする遺伝とか進化とかについての学説が、銅版の後で出て来た。
自分は多分云う事がないため、黙って聞いていたものと見える。
その時兄が「二郎お前はお父さんの子だね」と突然云った。
自分はそれがどうしたと云わぬばかりの顔をして、「そうです」と答えた。
「おれはお前だから話すが、実はうちのお父さんには、一種妙におっちょこちょいのところがあるじゃないか」 兄から父を評すれば正にそうであるという事を自分は以前から呑込んでいた。
けれども兄に対してこの場合何と挨拶すべきものか自分には解らなかった。
「そりゃあなたのいう遺伝とか性質とかいうものじゃおそらくないでしょう。今の日本の社会があれでなくっちゃ、通させないから、やむをえないのじゃないですか。世の中にゃお父さんどころかまだまだたまらないおっちょこがありますよ。兄さんは書斎と学校で高尚に日を暮しているから解らないかも知れないけれども」「そりゃおれも知ってる。お前の云う通りだ。今の日本の社会は――ことによったら西洋もそうかも知れないけれども――皆な上滑りの御上手ものだけが存在し得るように出来上がっているんだから仕方がない」 兄はこう云ってしばらく沈黙の裡に頭を埋めていた。
それから怠そうな眼を上げた。
「しかし二郎、お父さんのは、お気の毒だけれども、持って生れた性質なんだよ。どんな社会に生きていても、ああよりほかに存在の仕方はお父さんに取ってむずかしいんだね」 自分はこの学問をして、高尚になり、かつ迂濶になり過ぎた兄が、家中から変人扱いにされるのみならず、親身の親からさえも、日に日に離れて行くのを眼前に見て、思わず顔を下げて自分の膝頭を見つめた。
「二郎お前もやっぱりお父さん流だよ。少しも摯実の気質がない」と兄が云った。
自分は癇癪の不意に起る野蛮な気質を兄と同様に持っていたが、この場合兄の言葉を聞いたとき、毫も憤怒の念が萌さなかった。
「そりゃひどい。僕はとにかく、お父さんまで世間の軽薄ものといっしょに見做すのは。兄さんは独りぼっちで書斎にばかり籠っているから、それでそういう僻んだ観察ばかりなさるんですよ」「じゃ例を挙げて見せようか」 兄の眼は急に光を放った。
自分は思わず口を閉じた。
「この間謡の客のあった時に、盲女の話をお父さんがしたろう。あのときお父さんは何とかいう人を立派に代表して行きながら、その女が二十何年も解らずに煩悶していた事を、ただ一口にごまかしている。おれはあの時、その女のために腹の中で泣いた。女は知らない女だからそれほど同情は起らなかったけれども、実をいうとお父さんの軽薄なのに泣いたのだ。本当に情ないと思った。……」「そう女みたように解釈すれば、何だって軽薄に見えるでしょうけれども……」「そんな事を云うところが、つまりお父さんの悪いところを受け継いでいる証拠になるだけさ。おれは直の事をお前に頼んで、その報告をいつまでも待っていた。ところがお前はいつまでも言葉を左右に託して、空恍けている……」
二十二
「空恍けてると云われちゃちっと可哀そうですね。話す機会もなし、また話す必要がないんですもの」「機会は毎日ある。必要はお前になくてもおれの方にあるから、わざわざ頼んだのだ」 自分はその時ぐっと行きつまった。
実はあの事件以後、嫂について兄の前へ一人出て、真面目に彼女を論ずるのがいかにも苦痛だったのである。
自分は話頭を無理に横へ向けようとした。
「兄さんはすでにお父さんを信用なさらず。僕もそのお父さんの子だという訳で、信用なさらないようだが、和歌の浦でおっしゃった事とはまるで矛盾していますね」「何が」と兄は少し怒気を帯びて反問した。
「何がって、あの時、あなたはおっしゃったじゃありませんか。お前は正直なお父さんの血を受けているから、信用ができる、だからこんな事を打ち明けて頼むんだって」 自分がこう云うと、今度は兄の方がぐっと行きつまったような形迹を見せた。
自分はここだと思って、わざと普通以上の力を、言葉の裡へ籠めながらこう云った。
「そりゃ御約束した事ですから、嫂さんについて、あの時の一部始終を今ここで御話してもいっこう差支えありません。固より僕はあまり下らない事だから、機会が来なければ口を開く考えもなし、また口を開いたって、ただ一言で済んでしまう事だから、兄さんが気にかけない以上、何も云う必要を認めないので、今日まで控えていたんですから。――しかし是非何とか報告をしろと、官命で出張した属官流に逼られれば、仕方がない。今即刻でも僕の見た通りをお話します。けれどもあらかじめ断っておきますが、僕の報告から、あなたの予期しているような変な幻はけっして出て来ませんよ。元々あなたの頭にある幻なんで、客観的にはどこにも存在していないんだから」 兄は自分の言葉を聞いた時、平生と違って、顔の筋肉をほとんど一つも動かさなかった。
ただ洋卓の前に肱を突いたなり、じっとしていた。
眼さえ伏せていたから、自分には彼の表情がちっとも解らなかった。
兄は理に明らかなようで、またその理にころりと抛げられる癖があった。
自分はただ彼の顔色が少し蒼くなったのを見て、これは必竟彼が自分の強い言語に叩かれたのだと判断した。
自分はそこにあった巻莨入から煙草を一本取り出して燐寸の火を擦った。
そうして自分の鼻から出る青い煙と兄の顔とを等分に眺めていた。
「二郎」と兄がようやく云った。
その声には力も張もなかった。
「何です」と自分は答えた。
自分の声はむしろ驕っていた。
「もうおれはお前に直の事について何も聞かないよ」「そうですか。その方が兄さんのためにも嫂さんのためにも、また御父さんのためにも好いでしょう。善良な夫になって御上げなさい。そうすれば嫂さんだって善良な夫人でさあ」と自分は嫂を弁護するように、また兄を戒めるように云った。
「この馬鹿野郎」と兄は突然大きな声を出した。
その声はおそらく下まで聞えたろうが、すぐ傍に坐っている自分には、ほとんど予想外の驚きを心臓に打ち込んだ。
「お前はお父さんの子だけあって、世渡りはおれより旨いかも知れないが、士人の交わりはできない男だ。なんで今になって直の事をお前の口などから聞こうとするものか。軽薄児め」 自分の腰は思わず坐っている椅子からふらりと離れた。
自分はそのまま扉の方へ歩いて行った。
「お父さんのような虚偽な自白を聞いた後、何で貴様の報告なんか宛にするものか」 自分はこういう烈しい言葉を背中に受けつつ扉を閉めて、暗い階段の上に出た。
二十三
自分はそれから約一週間ほどというもの、夕食以外には兄と顔を合した事がなかった。
平生食卓を賑やかにする義務をもっているとまで、皆なから思われていた自分が、急に黙ってしまったので、テーブルは変に淋しくなった。
どこかで鳴く※の音さえ、併んでいる人の耳に肌寒の象徴のごとく響いた。
こういう寂寞たる団欒の中に、お貞さんは日ごとに近づいて来る我結婚の日限を考えるよりほかに、何の天地もないごとくに、盆を膝の上へ載せて御給仕をしていた。
陽気な父は周囲に頓着なく、己れに特有な勝手な話ばかりした。
しかしその反響はいつものようにどこからも起らなかった。
父の方でもまるでそれを予期する気色は見えなかった。
時々席に列ったものが、一度に声を出して笑う種になったのはただ芳江ばかりであった。
母などは話が途切れておのずと不安になるたびに、「芳江お前は……」とか何とか無理に問題を拵えて、一時を糊塗するのを例にした。
するとそのわざとらしさが、すぐ兄の神経に触った。
自分は食卓を退いて自分の室に帰るたびに、ほっと一息吐くように煙草を呑んだ。
「つまらない。一面識のないものが寄って会食するよりなおつまらない。他の家庭もみんなこんな不愉快なものかしら」 自分は時々こう考えて、早く家を出てしまおうと決心した事もあった。
あまり食卓の空気が冷やかな折は、お重が自分の後を恋って、追いかけるように、自分の室へ這入って来た。
彼女は何にも云わずにそこで泣き出したりした。
ある時はなぜ兄さんに早く詫まらないのだと詰問するように自分を悪らしそうに睨めたりした。
自分は宅にいるのがいよいよ厭になった。
元来性急のくせに決断に乏しい自分だけれども、今度こそは下宿なり間借りなりして、当分気を抜こうと思い定めた。
自分は三沢の所へ相談に行った。
その時自分は彼に、「君が大阪などで、ああ長く煩うから悪いんだ」と云った。
彼は「君がお直さんなどの傍に長くくっついているから悪いんだ」と答えた。
自分は上方から帰って以来、彼に会う機会は何度となくあったが、嫂については、いまだかつて一言も彼に告げた例がなかった。
彼もまた自分の嫂に関しては、いっさい口を閉じて何事をも云わなかった。
自分は始めて彼の咽喉を洩れる嫂の名を聞いた。
またその嫂と自分との間に横わる、深くも浅くも取れる相互関係をあらわした彼の言葉を聞いた。
そうして驚きと疑の眼を三沢の上に注いだ。
その中に怒を含んでいると解釈した彼は、「怒るなよ」と云った。
その後で「気狂になった女に、しかも死んだ女に惚れられたと思って、己惚れているおれの方が、まあ安全だろう。その代り心細いには違ない。しかし面倒は起らないから、いくら惚れても、惚れられてもいっこう差支えない」と云った。
自分は黙っていた。
彼は笑いながら「どうだ」と自分の肩を捕まえて小突いた。
自分には彼の態度が真面目なのか、また冗談なのか、少しも解らなかった。
真面目にせよ、冗談にせよ、自分は彼に向って何事をも説明したり、弁明したりする気は起らなかった。
自分はそれでも三沢に適当な宿を一二軒教わって、帰りがけに、自分の室まで見て帰った。
家へ戻るや否や誰より先に、まずお重を呼んで、「兄さんもお前の忠告してくれた通り、いよいよ家を出る事にした」と告げた。
お重は案外なようなまた予期していたような表情を眉間にあつめて、じっと自分の顔を眺めた。
二十四
兄妹として云えば、自分とお重とは余り仲の善い方ではなかった。
自分が外へ出る事を、まず第一に彼女に話したのは、愛情のためというよりは、むしろ面当の気分に打勝たれていた。
すると見る見るうちにお重の両方の眼に涙がいっぱい溜って来た。
「早く出て上げて下さい。その代り妾もどんな所でも構わない、一日も早くお嫁に行きますから」と云った。
自分は黙っていた。
「兄さんはいったん外へ出たら、それなり家へ帰らずに、すぐ奥さんを貰って独立なさるつもりでしょう」と彼女がまた聞いた。
自分は彼女の手前「もちろんさ」と答えた。
その時お重は今まで持ち応えていた涙をぽろりぽろりと膝の上に落した。
「何だって、そんなに泣くんだ」と自分は急に優しい声を出して聞いた。
実際自分はこの事件についてお重の眼から一滴の涙さえ予期していなかったのである。
「だって妾ばかり後へ残って……」 自分に判切聞こえたのはただこれだけであった。
その他は彼女のむやみに引泣上げる声が邪魔をしてほとんど崩れたまま自分の鼓膜を打った。
自分は例のごとく煙草を呑み始めた。
そうしておとなしく彼女の泣き止むのを待っていた。
彼女はやがて袖で眼を拭いて立ち上った。
自分はその後姿を見たとき、急に可哀そうになった。
「お重、お前とは好く喧嘩ばかりしたが、もう今まで通り啀み合う機会も滅多にあるまい。さあ仲直りだ。握手しよう」 自分はこう云って手を出した。
お重はかえってきまり悪気に躊躇した。
自分はこれからだんだんに父や母に自分の外へ出る決心を打ち明けて、彼らの許諾を一々求めなければならないと思った。
ただ最後に兄の所へ行って、同じ決心を是非共繰返す必要があるので、それだけが苦になった。
母に打ち明けたのはたしかその明くる日であった。
母はこの唐突な自分の決心に驚いたように、「どうせ出るならお嫁でもきまってからと思っていたのだが。――まあ仕方があるまいよ」と云った後、憮然として自分の顔を見た。
自分はすぐその足で、父の居間へ行こうとした。
母は急に後から呼び留めた。
「二郎たとい、お前が家を出たってね……」 母の言葉はそれだけで支えてしまった。
自分は「何ですか」と聞き返したため、元の場所に立っていなければならなかった。
「兄さんにはもう御話しかい」と母は急に即かぬ事を云い出した。
「いいえ」と自分は答えた。
「兄さんにはかえってお前から直下に話した方が好いかも知れないよ。なまじ、御父さんや御母さんから取次ぐと、かえって感情を害するかも知れないからね」「ええ僕もそう思っています。なるたけ綺麗にして出るつもりですから」 自分はこう断って、すぐ父の居間に這入った。
父は長い手紙を書いていた。
「大阪の岡田からお貞の結婚について、この間また問い合せが来たので、その返事を書こう書こうと思いながら、とうとう今日まで放っておいたから、今日は是非一つその義務を果そうと思って、今書いているところだ。ついでだからそう云っとくが、御前の書く拝啓の啓の字は間違っている。崩すならそこにあるように崩すものだ」 長い手紙の一端がちょうど自分の坐った膝の前に出ていた。
自分は啓の字を横に見たが、どこが間違っているのかまるで解らなかった。
自分は父が筆を動かす間、床に活けた黄菊だのその後にある懸物だのを心のうちで品評していた。
二十五
父は長い手紙を裾の方から巻き返しながら、「何か用かね、また金じゃないか。金ならないよ」と云って、封筒に上書を認めた。
自分はきわめて簡略に自分の決意を述べた上、「永々御厄介になりましたが……」というような形式の言葉をちょっと後へ付け加えた。
父はただ「うんそうか」と答えた。
やがて切手を状袋の角へ貼り付けて、「ちょっとそのベルを押してくれ」と自分に頼んだ。
自分は「僕が出させましょう」と云って手紙を受け取った。
父は「お前の下宿の番地を書いて、御母さんに渡しておきな」と注意した。
それから床の幅についていろいろな説明をした。
自分はそれだけ聞いて父の室を出た。
これで挨拶の残っているものはいよいよ兄と嫂だけになった。
兄にはこの間の事件以来ほとんど親しい言葉を換わさなかった。
自分は彼に対して怒り得るほどの勇気を持っていなかった。
怒り得るならば、この間罵しられて彼の書斎を出るとき、すでに激昂していなければならなかった。
自分は後から小さな石膏像の飛んでくるぐらいに恐れを抱く人間ではなかった。
けれどもあの時に限って、怒るべき勇気の源がすでに枯れていたような気がする。
自分は室に入った幽霊が、ふうとまた室を出るごとくに力なく退却した。
その後も彼の書斎の扉を叩いて、快く詫まるだけの度胸は、どこからも出て来なかった。
かくして自分は毎日苦い顔をしている彼の顔を、晩餐の食卓に見るだけであった。
嫂とも自分は近頃滅多に口を利かなかった。
近頃というよりもむしろ大阪から帰って後という方が適当かも知れない。
彼女は単独に自分の箪笥などを置いた小さい部屋の所有主であった。
しかしながら彼女と芳江が二人ぎりそこに遊んでいる事は、一日中で時間につもるといくらもなかった。
彼女はたいてい母と共に裁縫その他の手伝をして日を暮していた。
父や母に自分の未来を打ち明けた明る朝、便所から風呂場へ通う縁側で、自分はこの嫂にぱたりと出会った。
「二郎さん、あなた下宿なさるんですってね。宅が厭なの」と彼女は突然聞いた。
彼女は自分の云った通りを、いつの間にか母から伝えられたらしい言葉遣をした。
自分は何気なく「ええしばらく出る事にしました」と答えた。
「その方が面倒でなくって好いでしょう」 彼女は自分が何か云うかと思って、じっと自分の顔を見ていた。
しかし自分は何とも云わなかった。
「そうして早く奥さんをお貰いなさい」と彼女の方からまた云った。
自分はそれでも黙っていた。
「早い方が好いわよあなた。妾探して上げましょうか」とまた聞いた。
「どうぞ願います」と自分は始めて口を開いた。
嫂は自分を見下げたようなまた自分を調戯うような薄笑いを薄い唇の両端に見せつつ、わざと足音を高くして、茶の間の方へ去った。
自分は黙って、風呂場と便所の境にある三和土の隅に寄せ掛けられた大きな銅の金盥を見つめた。
この金盥は直径二尺以上もあって自分の力で持上げるのも困難なくらい、重くてかつ大きなものであった。
自分は子供の時分からこの金盥を見て、きっと大人の行水を使うものだとばかり想像して、一人嬉しがっていた。
金盥は今塵で佗しく汚れていた。
低い硝子戸越しには、これも自分の子供時代から忘れ得ない秋海棠が、変らぬ年ごとの色を淋しく見せていた。
自分はこれらの前に立って、よく秋先に玄関前の棗を、兄と共に叩き落して食った事を思い出した。
自分はまだ青年だけれども、自分の背後にはすでにこれだけ無邪気な過去がずっと続いている事を発見した時、今昔の比較が自から胸に溢れた。
そうしてこれからこの餓鬼大将であった兄と不愉快な言葉を交換して、わが家を出なければならないという変化に想い及んだ。
二十六
その日自分が事務所から帰ってお重に「兄さんは」と聞くと、「まだよ」という返事を得た。
「今日はどこかへ廻る日なのかね」と重ねて尋ねた時、お重は「どうだか知らないわ。書斎へ行って壁に貼りつけてある時間表を見て来て上げましょうか」と云った。
自分はただ兄が帰ったら教えてくれるように頼んで、誰にも会わずに室へ這入った。
洋服を脱ぎ替えるのも面倒なので、そのまま横になって寝ているうち、いつの間にか本当の眠りに落ちた。
そうして他人に説明も何もできないような複雑に変化する不安な夢に襲われていると、急にお重から起された。
「大兄さんがお帰りよ」 こういう彼女の言葉が耳に這入った時、自分はすぐ起ち上がった。
けれども意識は朦朧として、夢のつづきを歩いていた。
お重は後から「まあ顔でも洗っていらっしゃい」と注意した。
判然しない自分の意識は、それすらあえてする勇気を必要と感ぜしめなかった。
自分はそのまま兄の書斎に這入った。
兄もまだ洋服のままであった。
彼は扉の音を聞いて、急に入口に眼を転じた。
その光のうちにはある予期を明かに示していた。
彼が外出して帰ると、嫂が芳江を連れて、不断の和服を持って上がって来るのが、その頃の習慣であった。
自分は母が嫂に「こういう風におしよ」と云いつけたのを傍にいて聞いていた事がある。
自分はぼんやりしながらも、兄のこの眼附によって、和服の不断着より、嫂と芳江とを彼は待ち設けていたのだと覚った。
自分は寝惚けた心持が有ったればこそ、平気で彼の室を突然開けたのだが、彼は自分の姿を敷居の前に見て、少しも怒りの影を現さなかった。
しかしただ黙って自分の背広姿を打ち守るだけで、急に言葉を出す気色はなかった。
「兄さん、ちょっと御話がありますが……」と、自分はついにこっちから切り出した。
「こっちへ御這入り」 彼の言語は落ちついていた。
かつこの間の事について何の介意をも含んでいないらしく自分の耳に響いた。
彼は自分のために、わざわざ一脚の椅子を己れの前へ据えて、自分を麾ねいた。
自分はわざと腰をかけずに、椅子の背に手を載せたまま、父や母に云ったとほぼ同様の挨拶を述べた。
兄は尊敬すべき学者の態度で、それを静かに聞いていた。
自分の単簡の説明が終ると、彼は嬉しくも悲しくもない常の来客に応接するような態度で「まあそこへおかけ」と云った。
彼は黒いモーニングを着て、あまり好い香のしない葉巻を燻らしていた。
「出るなら出るさ。お前ももう一人前の人間だから」と云ってしばらく煙ばかり吐いていた。
それから「しかしおれがお前を出したように皆なから思われては迷惑だよ」と続けた。
「そんな事はありません。ただ自分の都合で出るんですから」と自分は答えた。
自分の寝惚けた頭はこの時しだいに冴えて来た。
できるだけ早く兄の前から退きたくなった結果、ふり返って室の入口を見た。
「直も芳江も今湯に這入っているようだから、誰も上がって来やしない。そんなにそわそわしないでゆっくり話すが好い、電灯でも点けて」 自分は立ち上がって、室の内を明るくした。
それから、兄の吹かしている葉巻を一本取って火を点けた。
「一本八銭だ。ずいぶん悪い煙草だろう」と彼が云った。
二十七
「いつ出るつもりかね」と兄がまた聞いた。
「今度の土曜あたりにしようかと思ってます」と自分は答えた。
「一人出るのかい」と兄がまた聞いた。
この奇異な質問を受けた時、自分はしばらく茫然として兄の顔を打ち守っていた。
彼がわざとこう云う失礼な皮肉を云うのか、そうでなければ彼の頭に少し変調を来したのか、どっちだか解らないうちは、自分にもどの見当へ打って出て好いものか、料簡が定まらなかった。
彼の言葉は平生から皮肉たくさんに自分の耳を襲った。
しかしそれは彼の智力が我々よりも鋭敏に働き過ぎる結果で、その他に悪気のない事は、自分によく呑み込めていた。
ただこの一言だけは鼓膜に響いたなり、いつまでもそこでじんじん熱く鳴っていた。
兄は自分の顔を見て、えへへと笑った。
自分はその笑いの影にさえ歇斯的里性の稲妻を認めた。
「無論一人で出る気だろう。誰も連れて行く必要はないんだから」「もちろんです。ただ一人になって、少し新しい空気を吸いたいだけです」「新しい空気はおれも吸いたい。しかし新しい空気を吸わしてくれる所は、この広い東京に一カ所もない」 自分は半ばこの好んで孤立している兄を憐れんだ。
そうして半ば彼の過敏な神経を悲しんだ。
「ちっと旅行でもなすったらどうです。少しは晴々するかも知れません」 自分がこう云った時、兄はチョッキの隠袋から時計を出した。
「まだ食事の時間には少し間があるね」と云いながら、彼は再び椅子に腰を落ちつけた。
そうして「おい二郎もうそうたびたび話す機会もなくなるから、飯ができるまでここで話そうじゃないか」と自分の顔を見た。
自分は「ええ」と答えたが、少しも尻は坐らなかった。
その上何も話す種がなかった。
すると兄が突然「お前パオロとフランチェスカの恋を知ってるだろう」と聞いた。
自分は聞いたような、聞かないような気がするので、すぐとは返事もできなかった。
兄の説明によると、パオロと云うのはフランチェスカの夫の弟で、その二人が夫の眼を忍んで、互に慕い合った結果、とうとう夫に見つかって殺されるという悲しい物語りで、ダンテの神曲の中とかに書いてあるそうであった。
自分はその憐れな物語に対する同情よりも、こんな話をことさらにする兄の心持について、一種厭な疑念を挟さんだ。
兄は臭い煙草の煙の間から、始終自分の顔を見つめつつ、十三世紀だか十四世紀だか解らない遠い昔の以太利の物語をした。
自分はその間やっとの事で、不愉快の念を抑えていた。
ところが物語が一応済むと、彼は急に思いも寄らない質問を自分に掛けた。
「二郎、なぜ肝心な夫の名を世間が忘れてパオロとフランチェスカだけ覚えているのか。その訳を知ってるか」 自分は仕方がないから「やっぱり三勝半七見たようなものでしょう」と答えた。
兄は意外な返事にちょっと驚いたようであったが、「おれはこう解釈する」としまいに云い出した。
「おれはこう解釈する。人間の作った夫婦という関係よりも、自然が醸した恋愛の方が、実際神聖だから、それで時を経るに従がって、狭い社会の作った窮屈な道徳を脱ぎ棄てて、大きな自然の法則を嘆美する声だけが、我々の耳を刺戟するように残るのではなかろうか。もっともその当時はみんな道徳に加勢する。二人のような関係を不義だと云って咎める。しかしそれはその事情の起った瞬間を治めるための道義に駆られた云わば通り雨のようなもので、あとへ残るのはどうしても青天と白日、すなわちパオロとフランチェスカさ。どうだそうは思わんかね」
二十八
自分は年輩から云っても性格から云っても、平生なら兄の説に手を挙げて賛成するはずであった。
けれどもこの場合、彼がなぜわざわざパオロとフランチェスカを問題にするのか、またなぜ彼ら二人が永久に残る理由を、物々しく解説するのか、その主意が分らなかったので、自然の興味は全く不快と不安の念に打ち消されてしまった。
自分は奥歯に物の挟まったような兄の説明を聞いて、必竟それがどうしたのだという気を起した。
「二郎、だから道徳に加勢するものは一時の勝利者には違ないが、永久の敗北者だ。自然に従うものは、一時の敗北者だけれども永久の勝利者だ……」 自分は何とも云わなかった。
「ところがおれは一時の勝利者にさえなれない。永久には無論敗北者だ」 自分はそれでも返事をしなかった。
「相撲の手を習っても、実際力のないものは駄目だろう。そんな形式に拘泥しないでも、実力さえたしかに持っていればその方がきっと勝つ。勝つのは当り前さ。四十八手は人間の小刀細工だ。膂力は自然の賜物だ。……」 兄はこういう風に、影を踏んで力んでいるような哲学をしきりに論じた。
そうして彼の前に坐っている自分を、気味の悪い霧で、一面に鎖してしまった。
自分にはこの朦朧たるものを払い退けるのが、太い麻縄を噛み切るよりも苦しかった。
「二郎、お前は現在も未来も永久に、勝利者として存在しようとするつもりだろう」と彼は最後に云った。
自分は癇癪持だけれども兄ほど露骨に突進はしない性質であった。
ことさらこの時は、相手が全然正気なのか、または少し昂奮し過ぎた結果、精神に尋常でない一種の状態を引き起したのか、第一その方を懸念しなければならなかった。
その上兄の精神状態をそこに導いた原因として、どうしても自分が責任者と目指されているという事実を、なおさら苛く感じなければならなかった。
自分はとうとうしまいまで一言も云わずに兄の言葉を聞くだけ聞いていた。
そうしてそれほど疑ぐるならいっそ嫂を離別したら、晴々して好かろうにと考えたりした。
ところへその嫂が兄の平生着を持って、芳江の手を引いて、例のごとく階段を上って来た。
扉の敷居に姿を現した彼女は、風呂から上りたてと見えて、蒼味の注した常の頬に、心持の好いほど、薄赤い血を引き寄せて、肌理の細かい皮膚に手触を挑むような柔らかさを見せていた。
彼女は自分の顔を見た。
けれども一言も自分には云わなかった。
「大変遅くなりました。さぞ御窮屈でしたろう。あいにく御湯へ這入っていたものだから、すぐ御召を持って来る事ができなくって」 嫂はこう云いながら兄に挨拶した。
そうして傍に立っていた芳江に、「さあお父さんに御帰り遊ばせとおっしゃい」と注意した。
芳江は母の命令通り「御帰り」と頭を下げた。
自分は永らくの間、嫂が兄に対してこれほど家庭の夫人らしい愛嬌を見せた例を知らなかった。
自分はまたこの愛嬌に対して柔げられた兄の気分が、彼の眼に強く集まった例も知らなかった。
兄は人の手前極めて自尊心の強い男であった。
けれども、子供のうちから兄といっしょに育った自分には、彼の脳天を動きつつある雲の往来がよく解った。
自分は助け船が不意に来た嬉しさを胸に蔵して兄の室を出た。
出る時嫂は一面識もない眼下のものに挨拶でもするように、ちょっと頭を下げて自分に黙礼をした。
自分が彼女からこんな冷淡な挨拶を受けたのもまた珍らしい例であった。
二十九
二三日してから自分はとうとう家を出た。
父や母や兄弟の住む、古い歴史をもった家を出た。
出る時はほとんど何事をも感じなかった。
母とお重が別れを惜むように浮かない顔をするのが、かえって厭であった。
彼らは自分の自由行動をわざと妨げるように感ぜられた。
嫂だけは淋しいながら笑ってくれた。
「もう御出掛。では御機嫌よう。またちょくちょく遊びにいらっしゃい」 自分は母やお重の曇った顔を見た後で、この一口の愛嬌を聞いた時、多少の愉快を覚えた。
自分は下宿へ移ってからも有楽町の事務所へ例の通り毎日通っていた。
自分をそこへ周旋してくれたものは、例の三沢であった。
事務所の持主は、昔三沢の保証人をしていた(兄の同僚の)Hの叔父に当る人であった。
この人は永らく外国にいて、内地でも相応に経験を積んだ大家であった。
胡麻塩頭の中へ指を突っ込んで、むやみに頭垢を掻き落す癖があるので、差し向の間に火鉢でも置くと、時々火の中から妙な臭を立てさせて、ひどく相手を弱らせる事があった。
「君の兄さんは近来何を研究しているか」などとたびたび自分に聞いた。
自分は仕方なしに、「何だか一人で書斎に籠ってやってるようです」と極めて大体な答えをするのを例のようにしていた。
梧桐が坊主になったある朝、彼は突然自分を捕えて、「君の兄さんは近頃どうだね」とまた聞いた。
こう云う彼の質問に慣れ切っていた自分も、その時ばかりは余りの不意打にちょっと返事を忘れた。
「健康はどうだね」と彼はまた聞いた。
「健康はあまり好い方じゃないです」と自分は答えた。
「少し気をつけないといけないよ。あまり勉強ばかりしていると」と彼は云った。
自分は彼の顔を打ち守って、そこに一種の真面目な眉と眼の光とを認めた。
自分は家を出てから、まだ一遍しか家へ行かなかった。
その折そっと母を小蔭に呼んで、兄の様子を聞いて見たら「近頃は少し好いようだよ。時々裏へ出て芳江をブランコに載せて、押してやったりしているからね。……」 自分はそれで少しは安心した。
それぎり宅の誰とも顔を合わせる機会を拵えずに今日まで過ぎたのである。
昼の時間に一品料理を取寄せて食っていると、B先生(事務所の持主)がまた突然「君はたしか下宿したんだったね」と聞いた。
自分はただ簡単に「ええ」と答えておいた。
「なぜ。家の方が広くって便利だろうじゃないか。それとも何か面倒な事でもあるのかい」 自分はぐずついてすこぶる曖昧な挨拶をした。
その時呑み込んだ麺麭の一片が、いかにも水気がないように、ぱさぱさと感ぜられた。
「しかし一人の方がかえって気楽かも知れないね。大勢ごたごたしているよりも。――時に君はまだ独身だろう、どうだ早く細君でももっちゃ」 自分はB先生のこの言葉に対しても、平生の通り気楽な答ができなかった。
先生は「今日は君いやに意気銷沈しているね」と云ったぎり話頭を転じて、他のものと愚にもつかない馬鹿話を始め出した。
自分は自分の前にある茶碗の中に立っている茶柱を、何かの前徴のごとく見つめたぎり、左右に起る笑い声を聞くともなく、また聞かぬでもなく、黙然と腰をかけていた。
そうして心の裡で、自分こそ近頃神経過敏症に罹っているのではなかろうかと不愉快な心配をした。
自分は下宿にいてあまり孤独なため、こう頭に変調を起したのだと思いついて、帰ったら久しぶりに三沢の所へでも話に行こうと決心した。
三十
その晩三沢の二階に案内された自分は、気楽そうに胡坐をかいた彼の姿を見て羨ましい心持がした。
彼の室は明るい電灯と、暖かい火鉢で、初冬の寒さから全然隔離されているように見えた。
自分は彼の痼疾が秋風の吹き募るに従って、漸々好い方へ向いて来た事を、かねてから彼の色にも姿にも知った。
けれども今の自分と比較して、彼がこうゆったり構えていようとは思えなかった。
高くて暑い空を、恐る恐る仰いで暮らした大阪の病院を憶い起すと、当時の彼と今の自分とは、ほとんど地を換えたと一般であった。
彼はつい近頃父を失った結果として、当然一家の主人に成り済ましていた。
Hさんを通してB先生から彼を使いたいと申し込まれた時も、彼はまず己れを後にするという好意からか、もしくは贅沢な択好みからか、せっかくの位置を自分に譲ってくれた。
自分は電灯で照された彼の室を見廻して、その壁を隙間なく飾っている風雅なエッチングや水彩画などについて、しばらく彼と話し合った。
けれどもどういうものか、芸術上の議論は十分経つか経たないうちに自然と消えてしまった。
すると三沢は突然自分に向って、「時に君の兄さんだがね」と云い出した。
自分はここでもまた兄さんかと驚いた。
「兄がどうしたって?」「いや別にどうしたって事もないが……」 彼はこれだけ云ってただ自分の顔を眺めていた。
自分は勢い彼の言葉とB先生の今朝の言葉とを胸の中で結びつけなければならなかった。
「そう半分でなく、話すなら皆な話してくれないか。兄がいったいどうしたと云うんだ。今朝もB先生から同じような事を聞かれて、妙な気がしているところだ」 三沢は焦烈ったそうな自分の顔をなお懇気に見つめていたが、やがて「じゃ話そう」と云った。
「B先生の話も僕のもやっぱり同じHさんから出たのだろうと思うがね。Hさんのはまた学生から出たのだって云ったよ。何でもね、君の兄さんの講義は、平生から明瞭で新しくって、大変学生に気受が好いんだそうだが、その明瞭な講義中に、やはり明瞭ではあるが、前後とどうしても辻褄の合わない所が一二箇所出て来るんだってね。そうしてそれを学生が質問すると、君の兄さんは元来正直な人だから、何遍も何遍も繰返して、そこを説明しようとするが、どうしても解らないんだそうだ。しまいに手を額へ当てて、どうも近来頭が少し悪いもんだから……とぼんやり硝子窓の外を眺めながら、いつまでも立っているんで、学生も、そんならまたこの次にしましょうと、自分の方で引き下がった事が、何でも幾遍もあったと云う話さ。Hさんは僕に今度長野(自分の姓)に逢ったら、少し注意して見るが好い。ことによると烈しい神経衰弱なのかも知れないからって云ったが、僕もとうとうそれなり忘れてしまって、今君の顔を見るまで実は思い出せなかったのだ」「そりゃいつ頃の事だ」と自分はせわしなく聞いた。
「ちょうど君の下宿する前後の事だと思っているが、判然した事は覚えていない」「今でもそうなのか」 三沢は自分の思い逼った顔を見て、慰めるように「いやいや」と云った。
「いやいやそれはほんに一時的の事であったらしい。この頃では全然平生と変らなくなったようだと、Hさんが二三日前僕に話したから、もう安心だろう。しかし……」 自分は家を出た時に自分の胸に刻み込んだ兄との会見を思わず憶い出した。
そうしてその折の自分の疑いが、あるいは学校で証明されたのではなかろうかと考えて、非常に心細くかつ恐ろしく感じた。
三十一
自分は力めて兄の事を忘れようとした。
するとふと大阪の病院で三沢から聞いた精神病の「娘さん」を聯想し始めた。
「あのお嬢さんの法事には間に合ったのかね」と聞いて見た。
「間に合った。間に合ったが、実にあの娘さんの親達は失敬な厭な奴だ」と彼は拳骨でも振り廻しそうな勢いで云った。
自分は驚いてその理由を聞いた。
彼はその日三沢家を代表して、築地の本願寺の境内とかにある菩提所に参詣した。
薄暗い本堂で長い読経があった後、彼も列席者の一人として、一抹の香を白い位牌の前に焚いた。
彼の言葉によると、彼ほどの誠をもって、その若く美しい女の霊前に額ずいたものは、彼以外にほとんどあるまいという話であった。
「あいつらはいくら親だって親類だって、ただ静かなお祭りでもしている気になって、平気でいやがる。本当に涙を落したのは他人のおれだけだ」 自分は三沢のこういう憤慨を聞いて、少し滑稽を感じたが、表ではただ「なるほど」と肯がった。
すると三沢は「いやそれだけなら何も怒りゃしない。しかし癪に障ったのはその後だ」 彼は一般の例に従って、法要の済んだ後、寺の近くにある或る料理屋へ招待された。
その食事中に、彼女の父に当る人や、母に当る女が、彼に対して談をするうちに妙に引っ掛って来た。
何の悪意もない彼には、最初いっこうその当こすりが通じなかったが、だんだん時間の進むに従って、彼らの本旨がようやく分って来た。
「馬鹿にもほどがあるね。露骨にいえばさ、あの娘さんを不幸にした原因は僕にある。精神病にしたのも僕だ、とこうなるんだね。そうして離別になった先の亭主は、まるで責任のないように思ってるらしいんだから失敬じゃないか」「どうしてまたそう思うんだろう。そんなはずはないがね。君の誤解じゃないか」と自分が云った。
「誤解?」と彼は大きな声を出した。
自分は仕方なしに黙った。
彼はしきりにその親達の愚劣な点を述べたててやまなかった。
その女の夫となった男の軽薄を罵しって措かなかった。
しまいにこう云った。
「なぜそんなら始めから僕にやろうと云わないんだ。資産や社会的の地位ばかり目当にして……」「いったい君は貰いたいと申し込んだ事でもあるのか」と自分は途中で遮った。
「ないさ」と彼は答えた。
「僕がその娘さんに――その娘さんの大きな潤った眼が、僕の胸を絶えず往来するようになったのは、すでに精神病に罹ってからの事だもの。僕に早く帰って来てくれと頼み始めてからだもの」 彼はこう云って、依然としてその女の美しい大な眸を眼の前に描くように見えた。
もしその女が今でも生きていたならどんな困難を冒しても、愚劣な親達の手から、もしくは軽薄な夫の手から、永久に彼女を奪い取って、己れの懐で暖めて見せるという強い決心が、同時に彼の固く結んだ口の辺に現れた。
自分の想像は、この時その美しい眼の女よりも、かえって自分の忘れようとしていた兄の上に逆戻りをした。
そうしてその女の精神に祟った恐ろしい狂いが耳に響けば響くほど、兄の頭が気にかかって来た。
兄は和歌山行の汽車の中で、その女はたしかに三沢を思っているに違ないと断言した。
精神病で心の憚が解けたからだとその理由までも説明した。
兄はことによると、嫂をそういう精神病に罹らして見たい、本音を吐かせて見たい、と思ってるかも知れない。
そう思っている兄の方が、傍から見ると、もうそろそろ神経衰弱の結果、多少精神に狂いを生じかけて、自分の方から恐ろしい言葉を家中に響かせて狂い廻らないとも限らない。
自分は三沢の顔などを見ている暇をもたなかった。
三十二
自分はかねて母から頼まれて、この次もし三沢の所へ行ったら、彼にお重を貰う気があるか、ないか、それとなく彼の様子を探って来るという約束をした。
しかしその晩はどうしてもそういう元気が出なかった。
自分の心持を了解しない彼は、かえって自分に結婚を勧めてやまなかった。
自分の頭はまたそれに対して気乗のした返事をするほど、穏かに澄んでいなかった。
彼は折を見て、ある候補者を自分に紹介すると云った。
自分は生返事をして彼の家を出た。
外は十文字に風が吹いていた。
仰ぐ空には星が粉のごとくささやかな力を集めて、この風に抵抗しつつ輝いた。
自分は佗しい胸の上に両手を当てて下宿へ帰った。
そうして冷たい蒲団の中にすぐ潜り込んだ。
それから二三日しても兄の事がまだ気にかかったなり、頭がどうしても自分と調和してくれなかった。
自分はとうとう番町へ出かけて行った。
直接兄に会うのが厭なので、二階へはとうとう上らなかったが、母を始め他の者には無沙汰見舞の格で、何気なく例の通りの世間話をした。
兄を交えない一家の団欒はかえって寛いだ暖かい感じを自分に与えた。
自分は帰り際に、母をちょっと次の間へ呼んで、兄の近況を聞いて見た。
母はこの頃兄の神経がだいぶ落ちついたと云って喜んでいた。
自分は母の一言でやっと安心したようなものの、母には気のつかない特殊の点に、何だか変調がありそうで、かえってそれが気がかりになった。
さればと云って、兄に会って自分から彼を試験しようという勇気は無論起し得なかった。
三沢から聞いた兄の講義が一時変になった話も母には告げ得なかった。
自分は何も云う事のないのに、ぼんやり暗い部屋の襖の蔭に寒そうに立っていた。
母も自分に対してそこを動かなかった。
その上彼女の方から自分に何かいう必要を認めるように見えた。
「もっともこの間少し風邪を引いた時、妙な囈語を云ったがね」と云った。
「どんな事を云いました」と自分は聞いた。
母はそれには答えないで、「なに熱のせいだから、心配する事はないんだよ」と自分の問を打ち消した。
「熱がそんなに有ったんですか」と自分はさらに別の事を尋ねた。
「それがね、熱は三十八度か八度五分ぐらいなんだから、そんなはずはないと思って、お医者に聞いて見ると、神経衰弱のものは少しの熱でも頭が変になるんだってね」 医学の初歩さえ心得ない自分は始めてこの知識に接して、思わず眉をひそめた。
けれども室が暗いので、母には自分の顔が見えなかった。
「でも氷で頭を冷したら、そのお蔭で熱がすぐ引いたんで安心したけれど……」 自分は熱の引かない時の兄が、どんな囈語を云ったか、それがまだ知りたいので、薄ら寒い襖の蔭に依然として立っていた。
次の間は電灯で明るく照されていた。
父が芳江に何か云って調戯うたびに、みんなの笑う声が陽気に聞こえた。
すると突然その笑い声の間から、「おい二郎」と父が自分を呼んだ。
「おい二郎、また御母さんに小遣でも強請ってるんだろう。お綱、お前みたように、そうむやみに二郎の口車に乗っちゃいけないよ」と大きな声で云った。
「いいえそんな事じゃありません」と自分も大きな声で負けずに答えた。
「じゃ何だい、そんな暗い所で、こそこそ御母さんを取っ捉まえて話しているのは。おい早く光るい所へ面を出せ」 父がこう云った時、明るい室の方に集まったものは一度にどっと笑った。
自分は母から聞きたい事も聞かずに、父の命令通り、はいと云って、皆なの前へ姿をあらわした。
三十三
それからしばらくの間は、B先生の顔を見ても、三沢の所へ遊びに行っても、兄の話はいっこう話題に上らなかった。
自分は少し安心した。
そうしてなるべく家の事を忘れようと試みた。
しかし下宿の徒然に打ち勝たれるのが何より苦しいので、よく三沢の時間を潰しにこっちから押し寄せたり、また引っ張り出したりした。
三沢は厭きずにいつまでも例の精神病の娘さんの話をした。
自分はこの異様なおのろけを聞くたびに、きっと兄と嫂の事を連想して自から不快になった。
それで、時々またかという様子を色にも言葉にも表わした。
三沢も負けてはいなかった。
「君も君のおのろけを云えば、それで差引損得なしじゃないか」などと自分を冷かした。
自分はもうちっとで彼と往来で喧嘩をするところであった。
彼にはこういう風に、精神病の娘さんが、影身に添って離れないので、自分はかねて母から頼まれたお重の事を彼に話す余地がなかった。
お重の顔は誰が見ても、まあ十人並以上だろうと、仲の善くない自分にも思えたが、惜い事に、この大切な娘さんとは、まるで顔の型が違っていた。
自分の遠慮に引き換えて、彼は平気で自分に嫁の候補者を推挙した。
「今度どこかでちょっと見て見ないか」と勧めた事もあった。
自分は始めこそ生返事ばかりしていたが、しまいは本気にその女に会おうと思い出した。
すると三沢は、まだ機会が来ないから、もう少し、もう少し、と会見の日を順繰に先へ送って行くので、自分はまた気を腐らした末、ついにその女の幻を離れてしまった。
反対に、お貞さんの方の結婚はいよいよ事実となって現るべく、目前に近いて来た。
お貞さんは相応の年をしている癖に、宅中で一番初心な女であった。
これという特色はないが、何を云っても、じき顔を赤くするところに変な愛嬌があった。
自分は三沢と夜更に寒い町を帰って来て、下宿の冷たい夜具に潜り込みながら、時々お貞さんの事を思い出した。
そうして彼女もこんな冷たい夜具を引き担ぎながら、今頃は近い未来に逼る暖かい夢を見て、誰も気のつかない笑い顔を、半ば天鵞絨の襟の裡に埋めているだろうなどと想像した。
彼女の結婚する二三日前に、岡田と佐野は、氷を裂くような汽車の中から身を顫わして新橋の停車場に下りた。
彼は迎えに出た自分の顔を見て、いようという掛声をした。
それから「相変らず二郎さんは呑気だね」と云った。
岡田は己れの呑気さ加減を自覚しない男のようにも思われた。
翌日番町へ行ったら、岡田一人のために宅中騒々しく賑っていた。
兄もほかの事と違うという意味か、別に苦い顔もせずに、その渦中に捲込まれて黙っていた。
「二郎さん、今になって下宿するなんて、そんな馬鹿がありますか、家が淋しくなるだけじゃありませんか。ねえお直さん」と彼は嫂に話しかけた。
この時だけは嫂もさすが変な顔をして黙っていた。
自分も何とも云いようがなかった。
兄はかえって冷然とすべてに取り合わない気色を見せた。
岡田はすでに酔って何事にも拘泥せずへらへら口を動かした。
「もっとも一郎さんも善くないと僕は思いますよ。そうあなた、書斎にばかり引っ込んで勉強していたって、つまらないじゃありませんか。もうあなたぐらい学問をすれば、どこへ出たって引けを取るんじゃないんだからね。しかし二郎さん始め、お直さんや叔母さんも好くないようですね。一郎は書斎よりほかは嫌いだ嫌いだって云っときながら、僕が来てこう引っ張り出せば、訳なく二階から下りて来て、僕と面白そうに話してくれるじゃありませんか。そうでしょう一郎さん」 彼はこう云って兄の方を見た。
兄は黙って苦笑いをした。
「ねえ叔母さん」 母も黙っていた。
「ねえお重さん」 彼は返事を受けるまで順々に聞いて廻るらしかった。
お重はすぐ「岡田さん、あなたいくら年を取っても饒舌る病気が癒らないのね。騒々しいわよ」と云った。
それで皆なが笑い出したので、自分はほっと一と息吐いた。
三十四
芳江が「叔父さんちょっといらっしゃい」と次の間から小さな手を出して自分を招いた。
「何だい」と立って行くと彼女はどこからか、大きな信玄袋を引摺り出して、「これお貞さんのよ、見せたげましょうか」と自慢らしく自分を見た。
彼女は信玄袋の中から天鵞絨で張った四角な箱を出した。
自分はその中にある真珠の指環を手に取って、ふんと云いながら眺めた。
芳江は「これもよ」と云って、今度は海老茶色のを出したが、これは自分が洗濯その他の世話になった礼に買ってやった宝石なしの単純な金の指環であった。
彼女はまた「これもよ」と云って、繻珍の紙入を出した。
その紙入には模様風に描いた菊の花が金で一面に織り出されていた。
彼女はその次に比較的大きくて細長い桐の箱を出した。
これは金と赤銅と銀とで、蔦の葉を綴った金具の付いている帯留であった。
最後に彼女は櫛と笄を示して、「これ卵甲よ。本当の鼈甲じゃないんだって。本当の鼈甲は高過ぎるからおやめにしたんですって」と説明した。
自分には卵甲という言葉が解らなかった。
芳江には無論解らなかった。
けれども女の子だけあって、「これ一番安いのよ。四方張よか安いのよ。玉子の白味で貼り付けるんだから」と云った。
「玉子の白味でどこをどう貼り付けるんだい」と聞くと、彼女は、「そんな事知らないわ」と取り済ました口の利き方をして、さっさと信玄袋を引き摺って次の間へ行ってしまった。
自分は母からお貞さんの当日着る着物を見せて貰った。
薄紫がかった御納戸の縮緬で、紋は蔦、裾の模様は竹であった。
「これじゃあまり閑静過ぎやしませんか、年に合わして」と自分は母に聞いて見た。
母は「でもねあんまり高くなるから」と答えた。
そうして「これでも御前二十五円かかったんだよ」とつけ加えて、無知識な自分を驚かした。
地は去年の春京都の織屋が背負って来た時、白のまま三反ばかり用意に買っておいて、この間まで箪笥の抽出にしまったなり放ってあったのだそうである。
お貞さんは一座の席へ先刻から少しも顔を出さなかった。
自分はおおかたきまりが悪いのだろうと想像して、そのきまりの悪いところを、ここで一目見たいと思った。
「お貞さんはどこにいるんです」と母に聞いた。
すると兄が「ああ忘れた。行く前にちょっとお貞さんに話があるんだった」と云った。
みんな変な顔をしたうちに、嫂の唇には著るしい冷笑の影が閃めいた。
兄は誰にも取合う気色もなく、「ちょっと失敬」と岡田に挨拶して、二階へ上がった。
その足音が消えると間もなく、お貞さんは自分達のいる室の敷居際まで来て、岡田に叮嚀な挨拶をした。
彼女は「さあどうぞ」と会釈する岡田に、「今ちょっと御書斎まで参らなければなりませんから、いずれのちほど」と答えて立ち上がった。
彼女の上気したようにほっと赤くなった顔を見た一座のものは、気の毒なためか何だか、強いて引きとめようともしなかった。
兄の二階へ上がる足音はそれほど強くはなかったが、いつでも上履を引掛けているため、ぴしゃぴしゃする響が、下からよく聞こえた。
お貞さんのは素足の上に、女のつつましやかな気性をあらわすせいか、まるで聴き取れなかった。
戸を開けて戸を閉じる音さえ、自分の耳には全く這入らなかった。
彼ら二人はそこで約三十分ばかり何か話していた。
その間嫂は平生の冷淡さに引き換えて、尋常のものより機嫌よく話したり笑ったりした。
けれどもその裏に不機嫌を蔵そうとする不自然の努力が強く潜在している事が自分によく解った。
岡田は平気でいた。
自分は彼女が兄と会見を終って、自分達の室の横を通る時、その足音を聞きつけて、用あり気に不意と廊下へ出た。
ばったり出逢った彼女の顔は依然として恥ずかしそうに赤く染っていた。
彼女は眼を俯せて、自分の傍を擦り抜けた。
その時自分は彼女の瞼に涙の宿った痕迹をたしかに認めたような気がした。
けれども書斎に入った彼女が兄と差向いでどんな談話をしたか、それはいまだに知る事を得ない。
自分だけではない、その委細を知っているものは、彼ら二人より以外に、おそらく天下に一人もあるまいと思う。
三十五
自分は親戚の片割として、お貞さんの結婚式に列席するよう、父母から命ぜられていた。
その日はちょうど雨がしょぼしょぼ降って、婚礼には似合しからぬ佗びしい天気であった。
いつもより早く起きて番町へ行って見ると、お貞さんの衣裳が八畳の間に取り散らしてあった。
便所へ行った帰りに風呂場の口を覗いて見たら、硝子戸が半分開いて、その中にお貞さんのお化粧をしている姿がちらりと見えた。
それから「あらそこへ障っちゃ厭ですよ」という彼女の声が聞こえた。
芳江は面白半分何か悪戯をすると見えた。
自分も芳江の真似をやろうと思ったが、場合が場合なのでつい遠慮して茶の間へ戻った。
しばらくしてから、また八畳へ出て見ると、みんながお召換をやっていた。
芳江が「あのお貞さんは手へも白粉を塗けたのよ」と大勢に吹聴していた。
実を云うと、お貞さんは顔よりも手足の方が赤黒かったのである。
「大変真白になったな。亭主を欺瞞すんだから善くない」と父が調戯っていた。
「あしたになったら旦那様がさぞ驚くでしょう」と母が笑った。
お貞さんも下を向いて苦笑した。
彼女は初めて島田に結った。
それが予期できなかった斬新の感じを自分に与えた。
「この髷でそんな重いものを差したらさぞ苦しいでしょうね」と自分が聞くと、母は「いくら重くっても、生涯に一度はね……」と云って、己れの黒紋付と白襟との合い具合をしきりに気にしていた。
お貞さんの帯は嫂が後へ廻って、ぐっと締めてやった。
兄は例の臭い巻煙草を吹かしながら広い縁側をあちらこちらと逍遥していた。
彼はこの結婚に、まるで興味をもたないような、また彼一流の批評を心の中に加えているような、判断のでき悪い態度をあらわして、時々我々のいる座敷を覗いた。
けれどもちょっと敷居際にとまるだけでけっして中へは這入らなかった。
「仕度はまだか」とも催促しなかった。
彼はフロックに絹帽を被っていた。
いよいよ出る時に、父は一番綺麗な俥を択って、お貞さんを乗せてやった。
十一時に式があるはずのところを少し時間が後れたため岡田は太神宮の式台へ出て、わざわざ我々を待っていた。
皆ながどやどやと一度に控所に這入ると、そこにはお婿さんがただ一人質に取られた置物のように椅子へ腰をかけていた。
やがて立ち上がって、一人一人に挨拶をするうちに、自分は控所にある洋卓やら、絨氈やら、白木の格天井やらを眺めた。
突き当りには御簾が下りていて、中には何か在るらしい気色だけれども、奥の全く暗いため何物をも髣髴する事ができなかった。
その前には鶴と浪を一面に描いためでたい一双の金屏風が立て廻してあった。
縁女と仲人の奥さんが先、それから婿と仲人の夫、その次へ親類がつづくという順を、袴羽織の男が出て来て教えてくれたが、肝腎の仲人たるべき岡田はお兼さんを連れて来なかったので、「じゃはなはだ御迷惑だけど、一郎さんとお直さんに引き受けていただきましょうか、この場限り」と岡田が父に相談した。
父は簡単に「好かろうよ」と答えた。
嫂は例のごとく「どうでも」と云った。
兄も「どうでも」と云ったが、後から、「しかし僕らのような夫婦が媒妁人になっちゃ、少し御両人のために悪いだろう」と付け足した。
「悪いなんて――僕がするより名誉でさあね。ねえ二郎さん」と岡田が例のごとく軽い調子で云った。
兄は何やらその理由を述べたいらしい気色を見せたが、すぐ考え直したと見えて、「じゃ生れて初めての大役を引き受けて見るかな。しかし何にも知らないんだから」と云うと、「何向うで何もかも教えてくれるから世話はない。お前達は何もしないで済むようにちゃんと拵えてあるんだ」と父が説明した。
三十六
反橋を渡る所で、先の人が何かに支えて一同ちょっととまった機会を利用して、自分はそっと岡田のフロックの尻を引張った。
「岡田さんは実に呑気だね」と云った。
「なぜです」 彼は自ら媒妁人をもって任じながら、その細君を連れて来ない不注意に少しも気がついていないらしかった。
自分から呑気の訳を聞いた時、彼は苦笑して頭を掻きながら、「実は伴れて来ようと思ったんですがね、まあどうかなるだろうと思って……」と答えた。
反橋を降りて奥へ這入ろうという入口の所で、花嫁は一面に張り詰められた鏡の前へ坐って、黒塗の盥の中で手を洗っていた。
自分は後から背延をして、お貞さんの姿を見た時、なるほどこれで列が後れるんだなと思うと同時に吹き出したくなった。
せっかく丹精して塗り立てた彼女の手も、この神聖な一杓の水で、無残に元のごとく赤黒くされてしまったのである。
神殿の左右には別室があった。
その右の方へ兄が佐野さんを伴れて這入った。
その左の方へ嫂がお貞さんを伴れて這入った。
それが左右から出て来て着座するのを見ると、兄夫婦は真面目な顔をして向い合せに坐っていた。
花嫁花婿も無論の事、謹んだ姿で相対していた。
式壇を正面に、後の方にずらりと並んだ父だの母だの自分達は、この二様の意味をもった夫婦と、絵の具で塗り潰した綺麗な太鼓と、何物を中に蔵しているか分らない、御簾を静粛に眺めた。
兄は腹のなかで何を考えているか、よそ目から見ると、尋常と変るところは少しもなかった。
嫂は元より取り繕った様子もなく、自然そのままに取り済ましていた。
彼らはすでに過去何年かの間に、夫婦という社会的に大切な経験を彼らなりに甞めて来た、古い夫婦であった。
そうして彼らの甞めた経験は、人生の歴史の一部分として、彼らに取っては再びしがたい貴いものであったかも知れない。
けれどもどっちから云っても、蜜に似た甘いものではなかったらしい。
この苦い経験を有する古夫婦が、己れ達のあまり幸福でなかった運命の割前を、若い男と若い女の頭の上に割りつけて、また新しい不仕合な夫婦を作るつもりなのかしらん。
兄は学者であった。
かつ感情家であった。
その蒼白い額の中にあるいはこのくらいな事を考えていたかも知れない。
あるいはそれ以上に深い事を考えていたかも知れない。
あるいはすべての結婚なるものを自ら呪詛しながら、新郎と新婦の手を握らせなければならない仲人の喜劇と悲劇とを同時に感じつつ坐っていたかも知れない。
とにかく兄は真面目に坐っていた。
嫂も、佐野さんも、お貞さんも、真面目に坐っていた。
そのうち式が始まった。
巫女の一人が、途中から腹痛で引き返したというので介添がその代りを勤めた。
自分の隣に坐っていたお重が「大兄さんの時より淋しいのね」と私語いた。
その時は簫や太鼓を入れて、巫女の左右に入れ交う姿も蝶のように翩々と華麗に見えた。
「御前の嫁に行く時は、あの時ぐらい賑かにしてやるよ」と自分はお重に云った。
お重は笑っていた。
式が済んでみんなが控所へ帰った時、お貞さんは我々が立っているのに、わざわざ絨氈の上に手を突いて、今まで厄介になった礼を丁寧に述べた。
彼女の眼には淋しそうな涙がいっぱい溜っていた。
新夫婦と岡田は昼の汽車で、すぐ大阪へ向けて立った。
自分は雨のプラットフォームの上で、二三日箱根あたりで逗留するはずのお貞さんを見送った後、父や兄に別れて独り自分の下宿へ帰った。
そうして途々自分にも当然番の廻ってくるべき結婚問題を人生における不幸の謎のごとく考えた。
三十七
お貞さんが攫われて行くように消えてしまった後の宅は、相変らずの空気で包まれていた。
自分の見たところでは、お貞さんが宅中で一番の呑気ものらしかった。
彼女は永年世話になった自分の家に、朝夕箒を執ったり、洗い洒ぎをしたりして、下女だか仲働だか分らない地位に甘んじた十年の後、別に不平な顔もせず佐野といっしょに雨の汽車で東京を離れてしまった。
彼女の腹の中も日常彼女の繰り返しつつ慣れ抜いた仕事のごとく明瞭でかつ器械的なものであったらしい。
一家団欒の時季とも見るべき例の晩餐の食卓が、一時重苦しい灰色の空気で鎖された折でさえ、お貞さんだけはその中に坐って、平生と何の変りもなく、給仕の盆を膝の上に載せたまま平気で控えていた。
結婚当日の少し前、兄から書斎へ呼ばれて出て来た時、彼女の顔を染めた色と、彼女の瞼に充ちた涙が、彼女の未来のために、何を語っていたか知らないが、彼女の気質から云えば、それがために長い影響を受けようとも思えなかった。
お貞さんが去ると共に冬も去った。
去ったと云うよりも、まず大した事件も起らずに済んだと評する方が適当かも知れない。
斑らな雪、枯枝を揺ぶる風、手水鉢を鎖ざす氷、いずれも例年の面影を規則正しく自分の眼に映した後、消えては去り消えては去った。
自然の寒い課程がこう繰返されている間、番町の家はじっとして動かずにいた。
その家の中にいる人と人との関係もどうかこうか今まで通り持ち応えた。
自分の地位にも無論変化はなかった。
ただお重が遊び半分時々苦情を訴えに来た。
彼女は来るたびに「お貞さんはどうしているでしょうね」と聞いた。
「どうしているでしょうって、――お前の所へ何とも云って来ないのか」「来る事は来るわ」 聞いて見ると、結婚後のお貞さんについて、彼女は自分より遥に豊富な知識をもっていた。
自分はまた彼女が来るたびに、兄の事を聞くのを忘れなかった。
「兄さんはどうだい」「どうだいって、あなたこそ悪いわ。家へ来ても兄さんに逢わずに帰るんだから」「わざわざ避けるんじゃない。行ってもいつでも留守なんだから仕方がない」「嘘をおっしゃい。この間来た時も書斎へ這入らずに逃げた癖に」 お重は自分より正直なだけに真赤になった。
自分はあの事件以後どうかして兄と故の通り親しい関係になりたいと心では希望していたが、実際はそれと反対で、何だか近寄り悪い気がするので、全くお重の云うごとく、宅へ行って彼に挨拶する機会があっても、なるべく会わずに帰る事が多かった。
お重にやり込められると、自分は無言の降意を表するごとくにあははと笑ったり、わざと短い口髭を撫でたり、時によると例の通り煙草に火を点けて瞹眛な煙を吐いたりした。
そうかと思うとかえってお重の方から突然「大兄さんもずいぶん変人ね。あたし今になって全くあなたが喧嘩して出たのも無理はないと思うわ」などと云った。
お重から藪から棒にこう驚かされると、自分は腹の底で自分の味方が一人殖えたような気がして嬉しかった。
けれども表向彼女の意見に相槌を打つほどの稚気もなかった。
叱りつけるほどの衒気もなかった。
ただ彼女が帰った後で、たちまち今までの考えが逆まになって、兄の精神状態が周囲に及ぼす影響などがしきりに苦になった。
だんだん生物から孤立して、書物の中に引き摺り込まれて行くように見える彼を平生よりも一倍気の毒に思う事もあった。
三十八
母も一二遍来た。
最初来た時は大変機嫌が好かった。
隣の座敷にいる法学士はどこへ出て何を勤めているのだなどと、自分にも判然解らないような事を、さも大事らしく聞いたりした。
その時彼女は宅の近況について何にも語らずに、「この頃は方々で風邪が流行るから気をおつけ。お父さんも二三日前から咽喉が痛いって、湿布をしてお出でだよ」と注意して去った。
自分は彼女の去った後、兄夫婦の事を思い出す暇さえなかった。
彼らの存在を忘れた自分は、快よい風呂に入って、旨い夕飯を食った。
次に訪ねてくれた時の母の調子は、前に較べると少し変っていた。
彼女は大阪以後、ことに自分が下宿して以後、自分の前でわざと嫂の批評を回避するような風を見せた。
自分も母の前では気が咎めるというのか、必要のない限り、嫂の名を憚って、なるべく口へ出さなかった。
ところがこの注意深い母がその折卒然と自分に向って、「二郎、ここだけの話だが、いったいお直の気立は好いのかね悪いのかね」と聞いた。
はたして何か始まったのだと心得た自分は冷りとした。
下宿後の自分は、兄についても嫂についても不謹慎な言葉を無責任に放つ勇気は全くなかったので、母は自分から何一つ満足な材料を得ずして去った。
自分の方でも、なぜ彼女がこの気味の悪い質問を自分に突然とかけたかついに要領を得ずに母を逸した。
「何かまた心配になるような事でもできたのですか」と聞いても、彼女は「なに別にこれと云って変った事はないんだがね……」と答えるだけで、後は自分の顔を打守るに過ぎなかった。
自分は彼女が帰った後、しきりにこの質問に拘泥し始めた。
けれども前後の事情だの母の態度だのを綜合して考えて見て、どうしても新しい事件が、わが家庭のうちに起ったとは受取れないと判断した。
母もあまり心配し過ぎて、とうとう嫂が解らなくなったのだ。
自分は最後にこう解釈して、恐ろしい夢に捉えられたような気持を抱いた。
お重も来、母も来る中に、嫂だけは、ついに一度も自分の室の火鉢に手を翳さなかった。
彼女がわざと遠慮して自分を尋ねない主意は、自分にも好く呑み込めていた。
自分が番町へ行ったとき、彼女は「二郎さんの下宿は高等下宿なんですってね。お室に立派な床があって、庭に好い梅が植えてあるって云う話じゃありませんか」と聞いた。
しかし「今度拝見に行きますよ」とは云わなかった。
自分も「見にいらっしゃい」とは云いかねた。
もっとも彼女の口に上った梅は、どこかの畠から引っこ抜いて来て、そのままそこへ植えたとしか思われない無意味なものであった。
嫂が来ないのとは異様の意味で、また同様の意味で、兄の顔はけっして自分の室の裡に見出されなかった。
父も来なかった。
三沢は時々来た。
自分はある機会を利用して、それとなく彼にお重を貰う意があるかないかを探って見た。
「そうだね。あのお嬢さんももう年頃だから、そろそろどこかへ片づける必要が逼って来るだろうね。早く好い所を見つけて嬉しがらせてやりたまえ」 彼はただこう云っただけで、取り合う気色もなかった。
自分はそれぎり断念してしまった。
永いようで短い冬は、事の起りそうで事の起らない自分の前に、時雨、霜解、空っ風……と既定の日程を平凡に繰り返して、かように去ったのである。
塵労