八
第 18 章
彼は小川町まで来た時、ちょっと電車を下りても須永の門口まで行って、友の口から事実を確かめて見たいくらいに思ったが、単純な好奇心以外にそんな立ち入った詮議をすべき理由をどこにも見出し得ないので、我慢してすぐ三田線に移った。
けれども真直に神田橋を抜けて丸の内を疾駆する際にも、自分は今須永の従妹の家に向って走りつつあるのだという心持は忘れなかった。
彼は勧業銀行の辺で下りるはずのところを、つい桜田本郷町まで乗り越して驚ろいてまた暗い方へ引き返した。
淋しい夜であったが尋ねる目的の家はすぐ知れた。
丸い瓦斯に田口と書いた門の中を覗いて見ると、思ったより奥深そうな構であった。
けれども実際は砂利を敷いた路が往来から筋違に玄関を隠しているのと、正面を遮ぎる植込がこんもり黒ずんで立っているのとで、幾分か厳めしい景気を夜陰に添えたまでで、門内に這入ったところでは見付ほど手広な住居でもなかった。
玄関には西洋擬いの硝子戸が二枚閉ててあったが、頼むといっても、電鈴を押しても、取次がなかなか出て来ないので、敬太郎はやむを得ずしばらくその傍に立って内の様子を窺がっていた。
すると、どこからかようやく足音が聞こえ出して、眼の前の擦硝子がぱっと明るくなった。
それから庭下駄で三和土を踏む音が二足三足したと思うと、玄関の扉が片方開いた。
敬太郎はこの際取次の風采を想望するほどの物数奇もなく、全く漫然と立っていただけであるが、それでも絣の羽織を着た書生か、双子の綿入を着た下女が、一応御辞儀をして彼の名刺を受取る事とのみ期待していたのに、今戸を半分開けて彼の前に立ったのは、思いも寄らぬ立派な服装をした老紳士であった。
電気の光を背中に受けているので、顔は判然しなかったが、白縮緬の帯だけはすぐ彼の眼に映じた。
その瞬間にすぐこれが田口という須永の叔父さんだろうという感じが敬太郎の頭に働いた。
けれども事が余り意外なので、すぐ挨拶をする余裕も出ず少しはあっけに取られた気味で、ぼんやりしていた。
その上自分をはなはだ若く考えている敬太郎には、四十代だろうが五十代だろうが乃至六十代だろうがほとんど区別のない一様の爺さんに見えるくらい、彼は老人に対して親しみのない男であった。
彼は四十五と五十五を見分けてやるほどの同情心を年長者に対して有たなかったと同時に、そのいずれに向っても慣れないうちは異人種のような無気味を覚えるのが常なので、なおさら迷児ついたのである。
しかし相手は何も気にかからない様子で、「何か用ですか」と聞いた。
丁寧でもなければ軽蔑でもない至って無雑作なその言葉つきが、少し敬太郎の度胸を回復させたので、彼はようやく自分の姓名を名乗ると共に手短かく来意を告げる機会を得た。
すると年嵩な男は思い出したように、「そうそう先刻市蔵(須永の名)から電話で話がありました。しかし今夜御出になるとは思いませんでしたよ」と云った。
そうして君そう早く来たっていけないという様子がその裏に見えたので、敬太郎は精一杯言訳をする必要を感じた。
老人はそれを聞くでもなし聞かぬでもなしといった風に黙って立っていたが、「そんならまたいらっしゃい。四五日うちにちょっと旅行しますが、その前に御目にかかれる暇さえあれば、御目にかかっても宜うござんす」と云った。
敬太郎は篤く礼を述べてまた門を出たが、暗い夜の中で、礼の述べ方がちと馬鹿丁寧過ぎたと思った。
これはずっと後になって、須永の口から敬太郎に知れた話であるが、ここの主人は、この時玄関に近い応接間で、たった一人碁盤に向って、白石と黒石を互違に並べながら考え込んでいたのだそうである。
それは客と一石やった後の引続きとして、是非共ある問題を解決しなければ気がすまなかったからであるが、肝心のところで敬太郎がさも田舎者らしく玄関を騒がせるものだから、まずこの邪魔を追っ払った後でというつもりになって、じれったさの余り自分と取次に出たのだという。
須永にこの顛末を聞かされた時に、敬太郎はますます自分の挨拶が丁寧過ぎたような気がした。