彼岸過迄

34/58

34
宵子よいこうとうと寝入っねいっひとよう半分はんぶん閉じとじくち半分はんぶん開けあけまま千代子ちよこひざうえ支えささえられ
千代子ちよこ平手ひらてその背中せなか二三にさん叩いたたいなん効目ききめなかっ
叔母おばさん大変たいへんから下さいください はは驚ろいおどろいはし茶碗ちゃわん放り出しほうりだしなり足音あしおと立てたて這入っはいっ
どう云いいいながら電灯でんとう真下ましたかおあおぐむかい見るみるくちびるもう薄くうすくむらさきいろ注しさし
くちてのひら当てがっあてがっ呼息こそく通うかようおとなかっ
はは呼吸こきゅう塞っふさがっよう苦しいくるしいこえ出しだし下女げじょ濡手ぬれてぬぐえ持っもっさし
それ宵子よいこがく載せのせみゃくあっ千代子ちよこ聞いきい
千代子ちよこすぐ小さいちいさい手頸てくび握っにぎっみゃくどこあるまるで分らわからなかっ
叔母おばさんどうたら好いよいでしょう蒼いあおいかお泣きなき出しだし
はは茫然ぼうぜんそこ立ったっいる小供こども早くはやく父さんちちさん呼んよんいらっしゃい命じめいじ
小供こどもよんひととも客間きゃくまほうはせけ出しけだし
その足音あしおと廊下ろうかはし止まっとまっ思うおもう松本まつもと不思議ふしぎそうかお
どう云いいいながら蔽い被さるおおいかぶさるよう細君さいくん千代子ちよこうえから宵子よいこ覗き込んのぞきこん一目いちもく見るみるきゅうまゆ寄せよせ
医者いしゃ 医者いしゃ移さうつさ
少しすこし模様もようへんです云っいっすぐ注射ちゅうしゃ
しかしなん効能こうのうなかっ
駄目だめでしょういう苦しくくるしく張りつめはりつめもん固くかたく結ばむすば主人しゅじんくちびる洩れもれ
そう絶望ぜつぼう怖れるおそれる怪しいあやしいひかり充ちみちさんひと一度いちど医者いしゃうえ据えすえられ
かがみ出しだし瞳孔どうこう眺めながめ医者いしゃこの宵子よいこすそ捲っまくっ肛門こうもん
これ仕方しかたありませ瞳孔どうこう肛門こうもん開いひらいしまっますからどう気の毒きのどくです 医者いしゃこう云っいっまたいちつつ注射ちゅうしゃ心臓しんぞう試みこころみ
固よりもとよりそれなん手段しゅだんならなかっ
松本まつもと透き徹るすきとおるようむすめはだはり突き刺さつきさされる自からみずから眉間みけん険しくけわしく
千代子ちよこなみだぽろぽろひざうえ落しおとし
病因びょういんなんでしょうどう不思議ふしぎですただ不思議ふしぎいうよりほか云いいいようないようですどう考えかんがえ医者いしゃくび傾むけかたむけ
辛子からし使わしつかわしたらどうです松本まつもと素人しろうと料簡りょうけん聞いきい
好いよいでしょう医者いしゃすぐ答えこたえそのかお毫もごうも奨励しょうれいいろなかっ
やがて熱いあついたらい汲んくん湯気ゆげ濛々もうもう立つたつ真中まなか辛子からしいちふくろ空けあけ
はは千代子ちよこ黙っだまっ宵子よいこ着物きもの取り除けとりのぞけ
医者いしゃ熱湯ねっとうなか入れいれもう少しすこし注水ちゅうすいましょう余りあまり熱いあつい火傷やけどなさるいけませから注意ちゅうい
医者いしゃ抱き取らだきとら宵子よいこなか五六ごろくぶん浸けつけられ
さんひといき殺しころし柔らかいやわらかい皮膚ひふいろ見つめみつめ
もう好いよいでしょうまり長くながくなる云いいいながら医者いしゃ宵子よいこたらいから出しだし
ははすぐ受取っうけとっタオルたおるていねい拭いぬぐいもと着物きもの着せきせやっぐたぐたなっ宵子よいこ様子ようすちっともまえ変りかわりない少しすこしこのまま寝かしねかしおいやりましょう恨めしうらめしそう松本まつもとかお
松本まつもとそれよかろう答えこたえまままた座敷ざしきほう取っとっ返しかえし来客らいきゃく玄関げんかん送り出しおくりだし
小さいちいさい蒲団ふとん小さいちいさいまくらやがて宵子よいこため戸棚とだなから取り出さとりださ
そのうえつねよる安らかやすらかねむり落ちおちしか思えおもえない宵子よいこ姿すがた眺めながめ千代子ちよこわっ云っいっ突伏しつっぷし
叔母おばさんとんだことましなん千代ちよちゃんわけじゃないからあたし御飯ごはんさしですから叔父おじさん叔母おばさんまことすみませ 千代子ちよこ途切れ途切れとぎれとぎれ言葉ことば先刻せんこく自分じぶん夕飯ゆうはん世話せわ平生へいぜい異ならことならない元気げんき様子ようすなんへんくり返しくりかえし聞かしきかし
松本まつもと腕組うでぐみどうやっぱり不思議ふしぎ云っいっおいせんここ寝かしねかしおく可哀そうかわいそうからあっち座敷ざしき連れつれ行っいっやろう細君さいくん促がしうながし
千代子ちよこ貸しかし
34/58