彼岸過迄

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三

第 3 章
敬太郎けいたろうはこの瘠せやせながら大したたいした病気びょうきにも罹らかからないで、毎日まいにち新橋しんばしの停車場ていしゃじょうへ行くいく男おとこについて、平生へいぜいから一種いっしゅの好奇心こうきしんを有っあっていた。
彼かれはもう三十さんじゅう以上いじょうである。
それでいまだに一人ひとりで下宿げしゅく住居じゅうきょをして停車場ていしゃじょうへ通勤つうきんしている。
しかし停車場ていしゃじょうで何なんの係りかかりをして、どんな事務じむを取扱っとりあつかっているのか、ついぞ当人とうにんに聞いきいた事こともなければ、また向うむこうから話しはなした試みもないので、敬太郎けいたろうには一切いっさいがXである。
たまたま人ひとを送っおくって停車場ていしゃじょうへ行くいく場合ばあいもあるが、そんな時じにはつい混雑こんざつに取り紛れとりまぎれて、停車場ていしゃじょうと森本もりもととをいっしょに考えるかんがえるほどの余裕よゆうも出でず、そうかと云っいって、森本もりもとの方ほうから自己じこの存在そんざいを思い起さおもいおこさせるように、敬太郎けいたろうの眼めにつくべき所ところへ顔かおを出すだす機会きかいも起らおこらなかった。
ただ長いながい間ま同じおなじ下宿げしゅくに立たて籠っこもっているという縁故えんこだか同情どうじょうだかが本ほんで、いつの間まにか挨拶あいさつをしたり世間せけん話はなしをする仲なかになったまでである。
だから敬太郎けいたろうの森本もりもとに対するたいする好奇心こうきしんというのは、現在げんざいの彼かれにあると云ういうよりも、むしろ過去かこの彼かれにあると云っいった方ほうが適当てきとうかも知れしれない。
敬太郎けいたろうはいつか森本もりもとの口くちから、彼かれが歴れっき乎かとした一家いっかの主人公しゅじんこうであった時分じぶんの話はなしを聞いきいた。
彼かれの女房にょうぼうの話はなしも聞いきいた。
二人ふたりの間まにできた子供こどもの死んしんだ話はなしも聞いきいた。
「餓鬼がきが死んしんでくれたんで、まあ助かったすかったようなもんでさあ。山神やまのかみの祟たたりには実際じっさい恐れおそれを作さくしていたんですからね」と云っいった彼かれの言葉ことばを、敬太郎けいたろうはいまだに覚えおぼえている。
その時じしかも山神やまのかみが分らわからなくって、何なんだと聞き返しききかえしたら、山の神やまのかみの漢語かんごじゃありませんかと教えおしえられたおかしさまでまだ記憶きおくに残っのこっている。
それらを思い出しおもいだしても、敬太郎けいたろうから見るみると、すべて森本もりもとの過去かこには一種いっしゅロマンスろまんすの臭においが、箒星ほうきぼしの尻尾しっぽのようにぼうっとおっかぶさって怪しいあやしい光ひかりを放っはなっている。
女おんなについてできたとか切れきれたとかいう逸話いつわ以外いがいに、彼かれはまたさまざまな冒険ぼうけん譚たんの主人公しゅじんこうであった。
まだ海豹かいひょう島しまへ行っいって膃肭臍おっとせいは打っうっていないようであるが、北海道ほっかいどうのどこかで鮭さけを漁っすなどって儲けもうけた事ことはたしかであるらしい。
それから四国しこく辺へんのある山やまから安あん質しつ莫ばく尼にが出るでると触れふれて歩いあるいて、けっして出でなかった事ことも、当人とうにんがそう自白じはくするくらいだから事実じじつに違いない。
しかし最ももっとも奇抜きばつなのは呑口のみぐち会社かいしゃの計画けいかくで、これは酒樽さかだるの呑口のみぐちを作るつくる職人しょくにんが東京とうきょうにごく少ないすくないというところから思いついおもいついたのだそうだが、せっかく大阪おおさかから呼び寄せよびよせた職人しょくにんと衝突しょうとつしたために成立せいりつしなかったと云っいって彼かれはいまだに残念ざんねんがっている。
儲口を離れはなれた普通ふつうの浮世うきよ話はなしになると、彼かれはまた非常ひじょうに豊富ほうふな材料ざいりょうの所有者しょゆうしゃであるという事ことを容易よういに証拠しょうこ立てるたてる。
筑摩ちくま川かわの上流じょうりゅうの何なんとかいう所ところから河かわを隔てへだてて向うむこうの山やまを見るみると、巌いわの上うえに熊くまがごろごろ昼寝ひるねをしているなどはまだ尋常じんじょうの方ほうなので、それが一層いっそう色づいいろづいて来るくると、信州しんしゅう戸隠山とがくしやまの奥の院おくのいんというのは普通ふつうの人ひとの登れのぼれっこない難所なんしょだのに、それを盲目もうもくが天辺てっぺんまで登っのぼったから驚ろいおどろいたなどという。
そこへ御ご参さんをするには、どんなに脚あしの達者たっしゃなものでも途中とちゅうで一いち晩ばん明かさあきらかさなければならないので、森本もりもとも仕方なししかたなしに五ご合あわせ目めあたりで焚火たきびをして夜よるの寒ささむさを凌いしのいでいると、下したから鈴すずの響ひびきが聞えきこえて来きたから、不思議ふしぎに思っおもっているうちに、その鈴すずの音おとがだんだん近くちかくなって、しまいに座頭ざがしらが上っのぼって来きたんだと云ういう。
しかもその座頭ざがしらが森本もりもとに今晩はこんばんはと挨拶あいさつをしてまたすたすた上っのぼって行っいったと云ういうんだから、余りあまり妙みょうだと思っおもってなおよく聞いきいて見るみると、実じつは案内者あんないしゃが一人ひとりついていたのだそうである。
その案内者あんないしゃの腰こしに鈴すずを着けつけて、後あとから来るくる盲者もうしゃがその鈴すずの音おとを頼りたよりに上るのぼる事ことができるようにしてあったのだと説明せつめいされて、やや納得なっとくもできたが、それにしても敬太郎けいたろうには随分ずいぶん意外いがいな話はなしである。
が、それがもう少しすこし高じるこうじると、ほとんど妖怪ようかい談だんに近いちかい妙みょうなものとなって、だらしのない彼かれの口髭くちひげの下したから最ももっとも慇懃いんぎんに発表はっぴょうされる。
彼かれが耶馬渓やばけいを通っとおったついでに、羅漢らかん寺てらへ上っのぼって、日暮ひぐれに一いち本道ほんどうを急いいそいで、杉並すぎなみ木の間このまを下りくだりて来るくると、突然とつぜん一人ひとりの女おんなと擦れ違っすれちがった。
その女おんなは臙脂えんじを塗っぬって白粉おしろいをつけて、婚礼こんれいに行くいく時じの髪かみを結っけつって、裾模様すそもようの振袖ふりそでに厚いあつい帯おびを締めしめて、草くさ履穿のままたった一人ひとりすたすた羅漢らかん寺てらの方ほうへ上っのぼって行っいった。
寺てらに用ようのあるはずはなし、また寺てらの門もんはもう締まっしまっているのに、女おんなは盛装せいそうしたまま暗いくらい所ところをたった一人ひとりで上っのぼって行っいったんだそうである。
――敬太郎けいたろうはこんな話はなしを聞くきくたびにへえーと云っいって、信じしんじられ得とくない意味いみの微笑びしょうを洩らすもらすにかかわらず、やっぱり相当そうとうの興味きょうみと緊張きんちょうとをもって森本もりもとの弁口べんこうを迎えるむかえるのが例れいであった。
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