彼岸過迄

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七

第 37 章
骨ほね上うえには御ご仙せんと須永すながと千代子ちよことそれに平生へいぜい宵子よいこの守まもるをしていた清きよしという下女げじょがついて都合つごう四よん人ひとで行っいった。
柏木かしわぎの停車場ていしゃじょうを下りるおりると二に丁ていぐらいな所ところを、つい気きがつかずに宅たくから車くるまに乗っのって出でたので時間じかんはかえって長くながくかかった。
火葬場かそうじょうの経験けいけんは千代子ちよこに取っとって生れうまれて始めてはじめてであった。
久しくひさしく見みずにいた郊外こうがいの景色けしきも忘れ物わすれものを思い出しおもいだしたように嬉しかっうれしかった。
眼めに入るはいるものは青いあおい麦畠むぎばたけと青いあおい大根だいこん畠はたけと常磐木ときわぎの中なかに赤あかや黄きや褐色かっしょくを雑多ざったに交ぜまぜた森もりの色いろであった。
前まえへ行くいく須永すながは時々ときどき後あとを振り返っふりかえって、穴八幡あなはちまんだの諏訪すわの森もりだのを千代子ちよこに教えおしえた。
車くるまが暗いくらいだらだら坂さかへ来きた時じ、彼かれはまた小高いこだかい杉すぎの木立こだちの中なかにある細長いほそながい塔とうを千代子ちよこのために指しさした。
それには弘法こうぼう大師だいし千五十せんごじゅう年ねん供養塔くようとうと刻んきざんであった。
その下したに熊笹くまざさの生い茂っおいしげった吹井戸ふきいどを控えひかえて、一いち軒のきの茶ちゃ見世みせが橋はしの袂たもとをさも田舎いなか路みちらしく見せみせていた。
折々おりおり坊主ぼうずになりかけた高いたかい樹きの枝えだの上うえから、色いろの変っかわった小さいちいさい葉はが一いちつずつ落ちおちて来きた。
それが空中くうちゅうで非常ひじょうに早くはやくきりきり舞うまう姿すがたが鮮やかあざやかに千代子ちよこの眼めを刺戟しげきした。
それが容易よういに地面じめんの上うえへ落ちおちずに、いつまでも途中とちゅうでひらひらするのも、彼女かのじょには眼め新らしいあたらしい現象げんしょうであった。
火葬場かそうじょうは日当りひあたりの好いよい平地へいちに南みなみを受けうけて建てたてられているので、車くるまを門内もんないに引き入れひきいれた時じ、思っおもったより陽気ようきな影かげが千代子ちよこの胸むねに射ししゃした。
御ご仙せんが事務所じむしょの前まえで、松本まつもとですがと云ういうと、郵便局ゆうびんきょくの受付うけつけ口くちみたような窓まどの中なかに坐っすわっていた男おとこが、鍵かぎは御ご持ちもちでしょうねと聞いきいた。
御ご仙せんは変へんな顔かおをして急きゅうに懐ふところや帯おびの間まを探り出しさぐりだした。
「とんだ事ことをしたよ。鍵かぎを茶の間ちゃのまの用よう箪笥たんすの上うえへ置いおいたなり……」「持っもって来きなかったの。じゃ困るこまるわね。まだ時間じかんがあるから急いいそいで市しさんに取っとって来きて貰うもらうと好いよいわ」 二人ふたりの問答もんどうを後あとの方ほうで冷淡れいたんに聞いきいていた須永すながは、鍵かぎなら僕ぼくが持っもって来きているよと云っいって、冷たいつめたい重いおもいものを袂たもとから出しだして叔母おばに渡しわたした。
御ご仙せんがそれを受付うけつけ口くちへ見せみせている間まに、千代子ちよこは須永すながを窘なめた。
「市しさん、あなた本当ほんとうに悪わるらしい方ほうね。持っもってるなら早くはやく出しだして上げれあげればいいのに。叔母おばさんは宵子よいこさんの事ことで、頭あたまがぼんやりしているから忘れるわすれるんじゃありませんか」 須永すながはただ微笑びしょうして立ったっていた。
「あなたのような不人情ふにんじょうな人ひとはこんな時じにはいっそ来きない方ほうがいいわ。宵子よいこさんが死んしんだって、涙なみだ一いちつ零すこぼすじゃなし」「不人情ふにんじょうなんじゃない。まだ子供こどもを持っもった事ことがないから、親子おやこの情愛じょうあいがよく解らわからないんだよ」「まあ。よく叔母おばさんの前まえでそんな呑気のんきな事ことが云えるいえるのね。じゃあたしなんかどうしたの。いつ子供こども持っもった覚さとしがあって」「あるかどうか僕ぼくは知らしらない。けれども千代ちよちゃんは女おんなだから、おおかた男おとこより美びくしい心こころを持っもってるんだろう」 御ご仙せんは二人ふたりの口論こうろんを聞かきかない人ひとのように、用事ようじを済ますすますとすぐ待合所まちあいしょの方ほうへ歩いあるいて行っいった。
そこへ腰こしをかけてから、立ったっている千代子ちよこを手招きてまねきした。
千代子ちよこはすぐ叔母おばの傍そばへ来きて座ざに着いついた。
須永すながも続いつづいて這入っはいって来きた。
そうして二人ふたりの向側むかいがわにある涼み台すずみだいみたようなものの上うえに腰こしをかけた。
清きよしもおかけと云っいって自分じぶんの席せきを割いさいてやった。
四よん人ひとが茶ちゃを呑んのんで待ち合わしまちあわしている間まに、骨ほね上うえの連中れんちゅうが二三にさん組くみ見えみえた。
最初さいしょのは田舎いなか染みしみた御ご婆ばあさんだけで、これは御ご仙せんと千代子ちよこの服装ふくそうに対したいして遠慮えんりょでもしたらしく口数くちかずを多くおおく利かりかなかった。
次つぎには尻しりを絡げからげた親子おやこ連がつなが来きた。
活溌かっぱつな声こえで、壺つぼを下さいくださいと云っいって、一番いちばん安いやすいのを十六じゅうろく銭せんで買っかって行っいった。
三さん番目ばんめには散髪さんぱつに角帯かくおびを締めしめた男おとことも女おんなとも片かたのつかない盲者もうしゃが、紫むらさきの袴はかまを穿いはいた女の子おんなのこに手てを引かひかれてやって来きた。
そうしてまだ時間じかんはあるだろうねと念ねんを押しおして、袂たもとから出しだした巻煙草まきたばこを吸いすい始めはじめた。
須永すながはこの盲者もうしゃの顔かおを見るみると立ち上ったちのぼってぷいと表ひょうへ出でたぎりなかなか返っかえって来きなかった。
ところへ事務所じむしょのものが御ご仙せんの傍そばへ来きて、用意よういが出来できましたからどうぞと促がしうながしたので、千代子ちよこは須永すながを呼びよびに裏手うらてへ出でた。
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