彼岸過迄

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四

第 24 章
それでも田口たぐちは別段べつだん厭いやな顔かおも見せみせなかった。
落ちついおちついた腕組うでぐみをしまいまで解かとかずに、ただふんとか、なるほどとか、それからとか云ういう繋ぎつなぎの言葉ことばを、時々ときどき敬太郎けいたろうのために投げ込んなげこんでくれるだけであった。
その代りかわり報告ほうこくの結末けつまつが来きても、まだ何なんか予期よきしているように、今までいままでの態度たいどを容易よういに変えかえなかった。
敬太郎けいたろうは仕方なししかたなしに、「それだけです。実際じっさいつまらない結果けっかで御ご気の毒きのどくです」と言訳いいわけをつけ加えつけくわえた。
「いやだいぶ参考さんこうになりました。どうも御苦労ごくろうでした。なかなか骨ほねが折れおれたでしょう」 田口たぐちのこの挨拶あいさつの中なかに、大したたいした感謝かんしゃの意いを含んふくんでいない事ことは無論むろんであったが、自分じぶんが馬鹿ばかに見えみえつつある今いまの敬太郎けいたろうにはこれだけの愛嬌あいきょうが充分じゅうぶん以上いじょうに聞こえきこえた。
彼かれは辛うじてかろうじて恥はじを掻かかかずにすんだという安心あんしんをこの時じようやく得とくた。
同時どうじに垂しで味あじのできた気分きぶんが、すぐ田口たぐちに向いむかいて働らきはたらきかけた。
「いったいあの人ひとは何なんなんですか」「さあ何なんでしょうか。あなたはどう鑑定かんていしました」 敬太郎けいたろうの前まえには黒くろの中折なかおれを被っかぶって、襟えり開かいの広いひろい霜降そうこうの外套がいとうを着きた男おとこの姿すがたがありありと現われあらわれた。
その人ひとの様子ようすといい言葉遣いことばづかいといい歩きいいあるきつきといい、何なんから何なんまで判はん切せつ見えみえたには見えみえたが、田口たぐちに対するたいする返事へんじは一口ひとくちも出でて来きなかった。
「どうも分りわかりません」「じゃ性質せいしつはどんな性質せいしつでしょう」 性質せいしつなら敬太郎けいたろうにもほぼ見当けんとうがついていた。
「穏やかおだやかな人ひとらしく思いおもいました」と観察かんさつの通りとおりを答えこたえた。
「若いわかい女おんなと話しはなしているところを見みて、そう云ういうんじゃありませんか」 こう云っいった時じ、田口たぐちの唇くちびるの角かくに薄うす笑わらいの影かげがちらついているのを認めみとめた敬太郎けいたろうは、何なんか答えようこたえようとした口くちをまた塞いせいでしまった。
「若いわかい女おんなには誰だれでも優しいやさしいものですよ。あなただって満更まんざら経験けいけんのない事ことでもないでしょう。ことにあの男おとこと来きたら、人一倍ひといちばいそうなのかも知れしれないから」と田口たぐちは遠慮えんりょなく笑いわらい出しだした。
けれども笑いわらいながらちゃんと敬太郎けいたろうの上うえに自分じぶんの眼めを注いそそいでいた。
敬太郎けいたろうは傍そばで自分じぶんを見みたらさぞ気きの利かりかない愚物ぐぶつになっているんだろうと考えかんがえながらも、やっぱり苦しいくるしい思いおもいをして田口たぐちと共ともに笑わわらわなければいられなかった。
「じゃ女おんなは何物なにものなんでしょう」 田口たぐちはここで観察かんさつ点てんを急きゅうに男おとこから女おんなへ移しうつした。
そうして今度こんどは自分じぶんの方ほうで敬太郎けいたろうにこういう質問しつもんを掛けかけた。
敬太郎けいたろうはすぐ正直しょうじきに「女おんなの方ほうは男おとこよりもなお分りわかり悪いわるいです」と答えこたえてしまった。
「素人しろうとだか黒人こくじんだか、大体だいたいの区別くべつさえつきませんか」「さよう」と云いいいながら、敬太郎けいたろうはちょっと考かんがえがえて見みた。
革かわの手袋てぶくろだの、白いしろい襟巻えりまきだの、美びくしい笑い顔わらいがおだの、長いながいコートこーとだの、続々ぞくぞく記憶きおくの表面ひょうめんに込み上げこみあげて来きたが、それを綜そう括っくくったところでどこからもこの問もんに応ぜおうぜられるような要領ようりょうは得とくられなかった。
「割合わりあいに地味じみなコートこーとを着きて、革かわの手袋てぶくろを穿めていましたが……」 女おんなの身みに着けつけた品物しなものの中なかで、特にとくに敬太郎けいたろうの注意ちゅういを惹いひいたこの二に点てんも、田口たぐちには何なんの興味きょうみも与えあたえないらしかった。
彼かれはやがて真面目まじめな顔かおをして、「じゃ男おとこと女おんなの関係かんけいについて何なんか御ご意見いけんはありませんか」と聞き出しききだした。
敬太郎けいたろうは先刻せんこく自分じぶんの報告ほうこくが滞りとどこおりなく済んすんだ証拠しょうこに、御苦労ごくろうさまと云ういう謝辞しゃじさえ受けうけた後あとで、こう難問なんもんが続発ぞくはつしようとは毫もごうも思いがけおもいがけなかった。
しかも窮しきゅうしているせいか、それが順じゅんをおってだんだんむずかしい方ほうへ競りせり上っのぼって行くいくように感ぜかんぜられてならなかった。
田口たぐちは敬太郎けいたろうの行きづまっいきづまった様子ようすを見みて、再びふたたび同じおなじ問もんをほかの言葉ことばで説明せつめいしてくれた。
「例えばたとえば夫婦ふうふだとか、兄弟きょうだいだとか、またはただの友達ともだちだとか、情婦じょうふだとかですね。いろいろな関係かんけいがあるうちで何なんだと思いおもいますか」「私わたくしも女おんなを見みた時じに、処女しょじょだろうか細君さいくんだろうかと考えかんがえたんですが……しかしどうも夫婦ふうふじゃないように思いおもいます」「夫婦ふうふでないにしてもですね。肉体にくたい上うえの関係かんけいがあるものと思いおもいますか」
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