彼岸過迄

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七

第 55 章
この会見かいけんは僕ぼくにとって美びくしい経験けいけんの一いちつであった。
双方そうほうで腹蔵ふくぞうなくすべてを打ち明けうちあけ合うあう事ことができたという点てんにおいて、いまだに僕ぼくの貧しいまずしい過去かこを飾っかざっている。
相手あいての市し蔵くらから見みても、あるいは生れうまれて始めてはじめての慰藉いしゃではなかったかと思うおもう。
とにかく彼かれが帰っかえったあとの僕ぼくの頭あたまには、善いよい功徳くどくを施こしこしたという愉快ゆかいな感じかんじが残っのこったのである。
「万事ばんじおれが引き受けひきうけてやるから心配しんぱいしないがいい」 僕ぼくは彼かれを玄関げんかんに送り出しおくりだしながら、最後さいごにこういう言葉ことばを彼かれの背せに暖かくあたたかくかけてやった。
その代りかわり姉あねに会見かいけんの結果けっかを報告ほうこくする時じははなはだまずかった。
已を得とくないから、卒業そつぎょうして頭あたまに暇ひまさえできれば、はっきりどうにか片かたをつけると云っいっているから、それまで待つまつが好かろうよかろう、今いまかれこれ突っつくつっつくのは試験しけんの邪魔じゃまになるだけだからと、姉あねが聞いきいても無理むりのないところで、ひとまず宥めなだめておいた。
僕ぼくは同時どうじに事情じじょうを田口たぐちに話しはなして、なるべく市し蔵くらの卒業そつぎょう前まえに千代子ちよこの縁談えんだんが運ぶはこぶように工夫くふうした。
委細いさいを聞いきいた田口たぐちの口くち振ぶりは平生へいぜいの通りとおり如才じょさいなくかつ無雑むざつ作さくであった。
彼かれは僕ぼくの注意ちゅういがなくっても、その辺へんは心得こころえているつもりだと答えこたえた。
「けれども必竟ひっきょうは本人ほんにんのために嫁入よめいりけるんで、(そう申しもうしちゃ角かくが立つたつが、)姉さんあねさんや市し蔵くらの便宜べんぎのために、千代子ちよこの結婚けっこんを無理むりにくり上げくりあげたり、くり延べのべたりする訳わけにも行かいかないものだから」「ごもっともだ」と僕ぼくは承認しょうにんせざるを得とくなかった。
僕ぼくは元来がんらい田口たぐち家いえと親類しんるい並なみの交際こうさいをしているにはいるが、その実じつ彼かれらの娘むすめの縁談えんだんに、進んすすんで口くちを出しだしたこともなければ、また向うむこうから相談そうだんを受けうけた例れいも有ゆうたないのである。
それで今日きょうまで千代子ちよこにどんな候補者こうほしゃがあったのか、間接かんせつにさえほとんどその噂うわさを耳みみにしなかった。
ただ前の年まえのとし鎌倉かまくらの避暑地ひしょちとかで市し蔵くらが会っかいって、気きを悪くわるくしたという高木たかぎだけは、市蔵いちぞうからも千代子ちよこからも名前なまえを教えおしえられて覚えおぼえていた。
僕ぼくは突然とつぜんながら田口たぐちにその男おとこはどうなったかと尋ねたずねた。
田口たぐちは愛嬌あいきょうらしく笑っわらって、高木たかぎは始めはじめから候補者こうほしゃとして打っうって出でたのではないと告げつげた。
けれども相当そうとうの身分みぶんと教育きょういくがあって独身どくしんの男おとこなら、誰だれでも候補者こうほしゃになり得るうる権利けんりは有っあっているのだから、候補者こうほしゃでないとはけっして断言だんげんできないとも告げつげた。
この曖昧あいまいな男おとこの事ことを僕ぼくはなお委しくくわしく聞いきいて見みて、彼かれが今上きんじょう海うみにいる事ことを確かめたしかめた。
上海しゃんはいにいるけれどもいつ帰るかえるか分らわからないという事ことも確かめたしかめた。
彼かれと千代子ちよことの間柄あいだがらはその後そのあと何なんらの発展はってんも見みないが、信書しんしょの往復おうふくはいまだに絶えたえない、そうしてその信書しんしょはきっと父母ふぼが眼めを通しとおした上うえで本人ほんにんの手てに落つるおつるという条件じょうけんつきの往復おうふくであるという事ことまで確めたしかめた。
僕ぼくは一いちも二にもなく、千代子ちよこには其その男おとこが好いよいじゃないかと云っいった。
田口たぐちはまだどこかに慾よくがあるのか、または別べつに考かんがえを有っあっているのか、そうするつもりだとは明言めいげんしなかった。
高木たかぎのいかなる人物じんぶつかをまるで解しかいしない僕ぼくが、それ以上いじょう勧めるすすめる権利けんりもないから、僕ぼくはついそのままにして引き取っひきとった。
僕ぼくと市し蔵くらはその後そのあと久しくひさしく会わあわなかった。
久しくひさしくと云っいったところでわずか一いちカ月かげつ半はんばかりの時日じじつに過ぎすぎないのだが、僕ぼくには卒業そつぎょう試験しけんを眼めの前まえに控えひかえながら、家庭かてい問題もんだいに屈托くったくしなければならない彼かれの事ことが非常ひじょうに気きにかかった。
僕ぼくはそっと姉あねを訪ねたずねてそれとなく彼かれの近況きんきょうを探っさぐって見みた。
姉あねは平気へいきで、何なんでもだいぶ忙がしいそがしそうだよ、卒業そつぎょうするんだからそのはずさねと云っいって澄ましすましていた。
僕ぼくはそれでも不ふ安心あんしんだったから、ある日ひ一いち時間じかんの夕ゆうを僕ぼくと会食かいしょくするために割かわりかせて、彼かれの家いえの近所きんじょの洋食店ようしょくてんで共ともに晩餐ばんさんを食いくいながら、ひそかに彼かれの様子ようすを窺っうかがった。
彼かれは平生へいぜいの通りとおり落ちついおちついていた。
なに試験しけんなんかどうにかこうにかやっつけまさあと受合っうけあったところに、満更まんざらの虚勢きょせいも見えみえなかった。
大丈夫だいじょうぶかいと念ねんを押しおした時じ、彼かれは急きゅうに情なじょうなそうな顔かおをして、人間にんげんの頭あたまは思っおもったより堅固けんごにできているもんですね、実じつは僕ぼく自身じしんも怖くこわくってたまらないんですが、不思議ふしぎにまだ壊れこわれません、この様子ようすならまだ当分とうぶんは使えるつかえるでしょうと云っいった。
冗談じょうだんらしくもあり、また真面目まじめらしくもあるこの言葉ことばが、妙みょうに憐れあわれ深いぶかい感じかんじを僕ぼくに与えあたえた。
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