十
第 48 章
千代子はその中から僕の描いた画を五六枚出して見せた。
それは赤い椿だの、紫の東菊だの、色変りのダリヤだので、いずれも単純な花卉の写生に過ぎなかったが、要らない所にわざと手を掛けて、時間の浪費を厭わずに、細かく綺麗に塗り上げた手際は、今の僕から見るとほとんど驚ろくべきものであった。
僕はこれほど綿密であった自分の昔に感服した。
「あなたそれを描いて下すった時分は、今よりよっぽど親切だったわね」 千代子は突然こう云った。
僕にはその意味がまるで分らなかった。
画から眼を上げて、彼女の顔を見ると、彼女も黒い大きな瞳を僕の上にじっと据えていた。
僕はどういう訳でそんな事を云うのかと尋ねた。
彼女はそれでも答えずに僕の顔を見つめていた。
やがていつもより小さな声で「でも近頃頼んだって、そんなに精出して描いては下さらないでしょう」と云った。
僕は描くとも描かないとも答えられなかった。
ただ腹の中で、彼女の言葉をもっともだと首肯った。
「それでもよくこんな物を丹念にしまっておくね」「あたし御嫁に行く時も持ってくつもりよ」 僕はこの言葉を聞いて変に悲しくなった。
そうしてその悲しい気分が、すぐ千代子の胸に応えそうなのがなお恐ろしかった。
僕はその刹那すでに涙の溢れそうな黒い大きな眼を自分の前に想像したのである。
「そんな下らないものは持って行かないがいいよ」「いいわ、持って行ったって、あたしのだから」 彼女はこう云いつつ、赤い椿や紫の東菊を重ねて、また文庫の中へしまった。
僕は自分の気分を変えるためわざと彼女にいつごろ嫁に行くつもりかと聞いた。
彼女はもう直に行くのだと答えた。
「しかしまだきまった訳じゃないんだろう」「いいえ、もうきまったの」 彼女は明らかに答えた。
今まで自分の安心を得る最後の手段として、一日も早く彼女の縁談が纏まれば好いがと念じていた僕の心臓は、この答と共にどきんと音のする浪を打った。
そうして毛穴から這い出すような膏汗が、背中と腋の下を不意に襲った。
千代子は文庫を抱いて立ち上った。
障子を開けるとき、上から僕を見下して、「嘘よ」と一口判切云い切ったまま、自分の室の方へ出て行った。
僕は動く考もなく故の席に坐っていた。
僕の胸には忌々しい何物も宿らなかった。
千代子の嫁に行く行かないが、僕にどう影響するかを、この時始めて実際に自覚する事のできた僕は、それを自覚させてくれた彼女の翻弄に対して感謝した。
僕は今まで気がつかずに彼女を愛していたのかも知れなかった。
あるいは彼女が気がつかないうちに僕を愛していたのかも知れなかった。
――僕は自分という正体が、それほど解り悪い怖いものなのだろうかと考えて、しばらく茫然としていた。
するとあちらの方で電話がちりんちりんと鳴った。
千代子が縁伝いに急ぎ足でやって来て、僕にいっしょに電話をかけてくれと頼んだ。
僕にはいっしょにかけるという意味が呑み込めなかったが、すぐ立って彼女と共に電話口へ行った。
「もう呼び出してあるのよ。あたし声が嗄れて、咽喉が痛くって話ができないからあなた代理をしてちょうだい。聞く方はあたしが聞くから」 僕は相手の名前も分らない、また向うの話の通じない電話をかけるべく、前屈みになって用意をした。
千代子はすでに受話器を耳にあてていた。
それを通して彼女の頭へ送られる言葉は、独り彼女が占有するだけなので、僕はただ彼女の小声でいう挨拶を大きくして訳も解らず先方へ取次ぐに過ぎなかった。
それでも始の内は滑稽も構わず暇がかかるのも厭わず平気でやっていたが、しだいに僕の好奇心を挑発するような返事や質問が千代子の口から出て来るので、僕は曲んだまま、おいちょいとそれを御貸と声をかけて左手を真直に千代子の方へ差し伸べた。
千代子は笑いながら否々をして見せた。
僕はさらに姿勢を正しくして、受話器を彼女の手から奪おうとした。
彼女はけっしてそれを離さなかった。
取ろうとする取らせまいとする争が二人の間に起った時、彼女は手早く電話を切った。
そうして大きな声をあげて笑い出した。
――
十一
こういう光景がもし今より一年前に起ったならと僕はその後何遍もくり返しくり返し思った。
そう思うたびに、もう遅過ぎる、時機はすでに去ったと運命から宣告されるような気がした。
今からでもこういう光景を二度三度と重ねる機会は捉まえられるではないかと、同じ運命が暗に僕を唆のかす日もあった。
なるほど二人の情愛を互いに反射させ合うためにのみ眼の光を使う手段を憚からなかったなら、千代子と僕とはその日を基点として出立しても、今頃は人間の利害で割く事のできない愛に陥っていたかも知れない。
ただ僕はそれと反対の方針を取ったのである。
田口夫婦の意向や僕の母の希望は、他人の入智慧同様に意味の少ないものとして、単に彼女と僕を裸にした生れつきだけを比較すると、僕らはとてもいっしょになる見込のないものと僕は平生から信じていた。
これはなぜと聞かれても満足の行くように答弁ができないかも知れない。
僕は人に説明するためにそう信じているのでないから。
僕はかつて文学好のある友達からダヌンチオと一少女の話を聞いた事がある。
ダヌンチオというのは今の以太利で一番有名な小説家だそうだから、僕の友達の主意は無論彼の勢力を僕に紹介するつもりだったのだろうが、僕にはそこへ引合に出された少女の方が彼よりも遥かに興味が多かった。
その話はこうである。
―― ある時ダヌンチオが招待を受けてある会合の席へ出た。
文学者を国家の装飾のようにもてはやす西洋の事だから、ダヌンチオはその席に群がるすべての人から多大の尊敬と愛嬌をもって偉人のごとく取扱かわれた。
彼が満堂の注意を一身に集めて、衆人の間をあちこち徘徊しているうち、どういう機会か自分の手巾を足の下へ落した。
混雑の際と見えて、彼は固より、傍のものもいっこうそれに気がつかずにいた。
するとまだ年の若い美くしい女が一人その手巾を床の上から取り上げて、ダヌンチオの前へ持って来た。
彼女はそれをダヌンチオに渡すつもりで、これはあなたのでしょうと聞いた。
ダヌンチオはありがとうと答えたが、女の美くしい器量に対してちょっと愛嬌が必要になったと見えて、「あなたのにして持っていらっしゃい、進上しますから」とあたかも少女の喜びを予想したような事を云った。
女は一口の答もせず黙ってその手巾を指先でつまんだまま暖炉の傍まで行っていきなりそれを火の中へ投げ込んだ。
ダヌンチオは別にしてその他の席に居合せたものはことごとく微笑を洩らした。
僕はこの話を聞いた時、年の若い茶褐色の髪毛を有った以太利生れの美人を思い浮べるよりも、その代りとしてすぐ千代子の眼と眉を想像した。
そうしてそれがもし千代子でなくって妹の百代子であったなら、たとい腹の中はどうあろうとも、その場は礼を云って快よく手巾を貰い受けたに違いあるまいと思った。
ただ千代子にはそれができないのである。
口の悪い松本の叔父はこの姉妹に渾名をつけて常に大蝦蟆と小蝦蟆と呼んでいる。
二人の口が唇の薄い割に長過ぎるところが銀貨入れの蟇口だと云っては常に二人を笑わせたり怒らせたりする。
これは性質に関係のない顔形の話であるが、同じ叔父が口癖のようにこの姉妹を評して、小蟇はおとなしくって好いが、大蟇は少し猛烈過ぎると云うのを聞くたびに、僕はあの叔父がどう千代子を観察しているのだろうと考えて、必ず彼の眼識に疑を挟さみたくなる。
千代子の言語なり挙動なりが時に猛烈に見えるのは、彼女が女らしくない粗野なところを内に蔵しているからではなくって、余り女らしい優しい感情に前後を忘れて自分を投げかけるからだと僕は固く信じて疑がわないのである。
彼女の有っている善悪是非の分別はほとんど学問や経験と独立している。
ただ直覚的に相手を目当に燃え出すだけである。
それだから相手は時によると稲妻に打たれたような思いをする。
当りの強く烈しく来るのは、彼女の胸から純粋な塊まりが一度に多量に飛んで出るという意味で、刺だの毒だの腐蝕剤だのを吹きかけたり浴びせかけたりするのとはまるで訳が違う。
その証拠にはたといどれほど烈しく怒られても、僕は彼女から清いもので自分の腸を洗われたような気持のした場合が今までに何遍もあった。
気高いものに出会ったという感じさえ稀には起したくらいである。
僕は天下の前にただ一人立って、彼女はあらゆる女のうちでもっとも女らしい女だと弁護したいくらいに思っている。
十二
これほど好く思っている千代子を妻としてどこが不都合なのか。
――実は僕も自分で自分の胸にこう聞いた事がある。
その時理由も何もまだ考えない先に、僕はまず恐ろしくなった。
そうして夫婦としての二人を長く眼前に想像するにたえなかった。
こんな事を母に云ったら定めし驚ろくだろう、同年輩の友達に話してもあるいは通じないかも知れない。
けれども強いて沈黙のなかに記憶を埋める必要もないから、それを自分だけの感想に止めないでここに自白するが、一口に云うと、千代子は恐ろしい事を知らない女なのである。
そうして僕は恐ろしい事だけ知った男なのである。
だからただ釣り合わないばかりでなく、夫婦となればまさに逆にでき上るよりほかに仕方がないのである。
僕は常に考えている。
「純粋な感情ほど美くしいものはない。美くしいものほど強いものはない」と。
強いものが恐れないのは当り前である。
僕がもし千代子を妻にするとしたら、妻の眼から出る強烈な光に堪えられないだろう。
その光は必ずしも怒を示すとは限らない。
情の光でも、愛の光でも、もしくは渇仰の光でも同じ事である。
僕はきっとその光のために射竦められるにきまっている。
それと同程度あるいはより以上の輝くものを、返礼として彼女に与えるには、感情家として僕が余りに貧弱だからである。
僕は芳烈な一樽の清酒を貰っても、それを味わい尽くす資格を持たない下戸として、今日まで世間から教育されて来たのである。
千代子が僕のところへ嫁に来れば必ず残酷な失望を経験しなければならない。
彼女は美くしい天賦の感情を、あるに任せて惜気もなく夫の上に注ぎ込む代りに、それを受け入れる夫が、彼女から精神上の営養を得て、大いに世の中に活躍するのを唯一の報酬として夫から予期するに違いない。
年のいかない、学問の乏しい、見識の狭い点から見ると気の毒と評して然るべき彼女は、頭と腕を挙げて実世間に打ち込んで、肉眼で指す事のできる権力か財力を攫まなくっては男子でないと考えている。
単純な彼女は、たとい僕のところへ嫁に来ても、やはりそう云う働きぶりを僕から要求し、また要求さえすれば僕にできるものとのみ思いつめている。
二人の間に横たわる根本的の不幸はここに存在すると云っても差支ないのである。
僕は今云った通り、妻としての彼女の美くしい感情を、そう多量に受け入れる事のできない至って燻ぶった性質なのだが、よし焼石に水を濺いだ時のように、それをことごとく吸い込んだところで、彼女の望み通りに利用する訳にはとても行かない。
もし純粋な彼女の影響が僕のどこかに表われるとすれば、それはいくら説明しても彼女には全く分らないところに、思いも寄らぬ形となって発現するだけである。
万一彼女の眼にとまっても、彼女はそれをコスメチックで塗り堅めた僕の頭や羽二重の足袋で包んだ僕の足よりもありがたがらないだろう。
要するに彼女から云えば、美くしいものを僕の上に永久浪費して、しだいしだいに結婚の不幸を嘆くに過ぎないのである。
僕は自分と千代子を比較するごとに、必ず恐れない女と恐れる男という言葉をくり返したくなる。
しまいにはそれが自分の作った言葉でなくって、西洋人の小説にそのまま出ているような気を起す。
この間講釈好きの松本の叔父から、詩と哲学の区別を聞かされて以来は、恐れない女と恐れる男というと、たちまち自分に縁の遠い詩と哲学を想い出す。
叔父は素人学問ながらこんな方面に興味を有っているだけに、面白い事をいろいろ話して聞かしたが、僕を捕まえて「御前のような感情家は」と暗に詩人らしく僕を評したのは間違っている。
僕に云わせると、恐れないのが詩人の特色で、恐れるのが哲人の運命である。
僕の思い切った事のできずにぐずぐずしているのは、何より先に結果を考えて取越苦労をするからである。
千代子が風のごとく自由に振舞うのは、先の見えないほど強い感情が一度に胸に湧き出るからである。
彼女は僕の知っている人間のうちで、最も恐れない一人である。
だから恐れる僕を軽蔑するのである。
僕はまた感情という自分の重みでけつまずきそうな彼女を、運命のアイロニーを解せざる詩人として深く憐れむのである。
否時によると彼女のために戦慄するのである。
十三
須永の話の末段は少し敬太郎の理解力を苦しめた。
事実を云えば彼はまた彼なりに詩人とも哲学者とも云い得る男なのかも知れなかった。
しかしそれは傍から彼を見た眼の評する言葉で、敬太郎自身はけっしてどっちとも思っていなかった。
したがって詩とか哲学とかいう文字も、月の世界でなければ役に立たない夢のようなものとして、ほとんど一顧に価しないくらいに見限っていた。
その上彼は理窟が大嫌いであった。
右か左へ自分の身体を動かし得ないただの理窟は、いくら旨くできても彼には用のない贋造紙幣と同じ物であった。
したがって恐れる男とか恐れない女とかいう辻占に似た文句を、黙って聞いているはずはなかったのだが、しっとりと潤った身の上話の続きとして、感想がそこへ流れ込んで来たものだから、敬太郎もよく解らないながら素直に耳を傾むけなければすまなかったのである。
須永もそこに気がついた。
「話が理窟張ってむずかしくなって来たね。あんまり一人で調子に乗って饒舌っているものだから」「いや構わん。大変面白い」「洋杖の効果がありゃしないか」「どうも不思議にあるようだ。ついでにもう少し先まで話す事にしようじゃないか」「もう無いよ」 須永はそう云い切って、静かな水の上に眼を移した。
敬太郎もしばらく黙っていた。
不思議にも今聞かされた須永の詩だか哲学だか分らないものが、形の判然しない雲の峰のように、頭の中に聳えて容易に消えそうにしなかった。
何事も語らないで彼の前に坐っている須永自身も、平生の紋切形を離れた怪しい一種の人物として彼の眼に映じた。
どうしてもまだ話の続きがあるに違ないと思った敬太郎は、今の一番しまいの物語はいつごろの事かと須永に尋ねた。
それは自分の三年生ぐらいの時の出来事だと須永は答えた。
敬太郎は同じ関係が過去一年余りの間にどういう径路を取ってどう進んで、今はどんな解釈がついているかと聞き返した。
須永は苦笑して、まず外へ出てからにしようと云った。
二人は勘定を済まして外へ出た。
須永は先へ立つ敬太郎の得意に振り動かす洋杖の影を見てまた苦笑した。
柴又の帝釈天の境内に来た時、彼らは平凡な堂宇を、義理に拝ませられたような顔をしてすぐ門を出た。
そうして二人共汽車を利用してすぐ東京へ帰ろうという気を起した。
停車場へ来ると、間怠るこい田舎汽車の発車時間にはまだだいぶ間があった。
二人はすぐそこにある茶店に入って休息した。
次の物語はその時敬太郎が前約を楯に須永から聞かして貰ったものである。
―― 僕が大学の三年から四年に移る夏休みの出来事であった。
宅の二階に籠ってこの暑中をどう暮らしたら宜かろうと思案していると、母が下から上って来て、閑になったら鎌倉へちょっと行って来たらどうだと云った。
鎌倉にはその一週間ほど前から田口のものが避暑に行っていた。
元来叔父は余り海辺を好まない性質なので、一家のものは毎年軽井沢の別荘へ行くのを例にしていたのだが、その年は是非海水浴がしたいと云う娘達の希望を容れて、材木座にある、ある人の邸宅を借り入れたのである。
移る前に千代子が暇乞かたがた報知に来て、まだ行っては見ないけれども、山陰の涼しい崖の上に、二段か三段に建てた割合手広な住居だそうだから是非遊びに来いと母に勧めていたのを、僕は傍で聞いていた。
それで僕は母にあなたこそ行って遊んで来たら気保養になってよかろうと忠告した。
母は懐から千代子の手紙を出して見せた。
それには千代子と百代子の連名で、母と僕にいっしょに来るようにと、彼らの女親の命令を伝えるごとく書いてあった。
母が行くとすれば年寄一人を汽車に乗せるのは心配だから、是非共僕がついて行かなければならなかった。
変窟な僕からいうと、そう混雑した所へ二人で押しかけるのは、世話にならないにしても気の毒で厭だった。
けれども母は行きたいような顔をした。
そうしてそれが僕のために行きたいような顔に見えるので僕はますます厭になった。
が、とどのつまりとうとう行く事にした。
こう云っても人には通じないかも知れないが、僕は意地の強い男で、また意地の弱い男なのである。
十四
母は内気な性分なので平生から余り旅行を好まなかった。
昔風に重きをおかなければ承知しない厳格な父の生きている頃は外へもそうたびたびは出られない様子であった。
現に僕は父と母が娯楽の目的をもっていっしょに家を留守にした例を覚えていない。
父が死んで自由が利くようになってからも、そう勝手な時に好きな所へ行く機会は不幸にして僕の母には与えられなかった。
一人で遠くへ行ったり、長く宅を空けたりする便宜を有たない彼女は、母子二人の家庭にこうして幾年を老いたのである。
鎌倉へ行こうと思い立った日、僕は彼女のために一個の鞄を携えて直行の汽車に乗った。
母は車の動き出す時、隣に腰をかけた僕に、汽車も久しぶりだねと笑いながら云った。
そう云われた僕にも実は余り頻繁な経験ではなかった。
新らしい気分に誘われた二人の会話は平生よりは生々していた。
何を話したか自分にもいっこう覚えのない事を、聞いたり聞かれたりして断続に任せているうちに車は目的地に着いた。
あらかじめ通知をしてないので停車場には誰も迎に来ていなかったが、車を雇うとき某さんの別荘と注意したら、車夫はすぐ心得て引き出した。
僕はしばらく見ないうちに、急に新らしい家の多くなった砂道を通りながら、松の間から遠くに見える畠中の黄色い花を美くしく眺めた。
それはちょっと見るとまるで菜種の花と同じ趣を具えた目新らしいものであった。
僕は車の上で、このちらちらする色は何だろうと考え抜いた揚句、突然唐茄子だと気がついたので独りおかしがった。
車が別荘の門に着いた時、戸障子を取り外した座敷の中に動く人の影が往来からよく見えた。
僕はそのうちに白い浴衣を着た男のいるのを見て、多分叔父が昨日あたり東京から来て泊ってるのだろうと思った。
ところが奥にいるものがことごとく僕らを迎えるために玄関へ出て来たのに、その男だけは少しも顔を見せなかった。
もちろん叔父ならそのくらいの事はあるべきはずだと思って、座敷へ通って見ると、そこにも彼の姿は見えなかった。
僕はきょろきょろしているうちに、叔母と母が汽車の中はさぞ暑かったろうとか、見晴しの好い所が手に入って結構だとか、年寄の女だけに口数の多い挨拶のやりとりを始めた。
千代子と百代子は母のために浴衣を勧めたり、脱ぎ捨てた着物を晒干してくれたりした。
僕は下女に風呂場へ案内して貰って、水で顔と頭を洗った。
海岸からはだいぶ道程のある山手だけれども水は存外悪かった。
手拭を絞って金盥の底を見ていると、たちまち砂のような滓が澱んだ。
「これを御使いなさい」という千代子の声が突然後でした。
振り返ると、乾いた白いタオルが肩の所に出ていた。
僕はタオルを受取って立ち上った。
千代子はまた傍にある鏡台の抽出から櫛を出してくれた。
僕が鏡の前に坐って髪を解かしている間、彼女は風呂場の入口の柱に身体を持たして、僕の濡れた頭を眺めていたが、僕が何も云わないので、向うから「悪い水でしょう」と聞いた。
僕は鏡の中を見たなり、どうしてこんな色が着いているのだろうと云った。
水の問答が済んだとき、僕は櫛を鏡台の上に置いて、タオルを肩にかけたまま立ち上った。
千代子は僕より先に柱を離れて座敷の方へ行こうとした。
僕は藪から棒に後から彼女の名を呼んで、叔父はどこにいるかと尋ねた。
彼女は立ち止まって振り返った。
「御父さんは四五日前ちょっといらしったけど、一昨日また用が出来たって東京へ御帰りになったぎりよ」「ここにゃいないのかい」「ええ。なぜ。ことによると今日の夕方吾一さんを連れて、またいらっしゃるかも知れないけども」 千代子は明日もし天気が好ければ皆と魚を漁りに行くはずになっているのだから、田口が都合して今日の夕方までに来てくれなければ困るのだと話した。
そうして僕にも是非いっしょに行けと勧めた。
僕は魚の事よりも先刻見た浴衣がけの男の居所が知りたかった。
十五
「先刻誰だか男の人が一人座敷にいたじゃないか」「あれ高木さんよ。ほら秋子さんの兄さんよ。知ってるでしょう」 僕は知っているともいないとも答えなかった。
しかし腹の中では、この高木と呼ばれる人の何者かをすぐ了解した。
百代子の学校朋輩に高木秋子という女のある事は前から承知していた。
その人の顔も、百代子といっしょに撮った写真で知っていた。
手蹟も絵端書で見た。
一人の兄が亜米利加へ行っているのだとか、今帰って来たばかりだとかいう話もその頃耳にした。
困らない家庭なのだろうから、その人が鎌倉へ遊びに来ているぐらいは怪しむに足らなかった。
よしここに別荘を持っていたところで不思議はなかった。
が、僕はその高木という男の住んでいる家を千代子から聞きたくなった。
「ついこの下よ」と彼女は云ったぎりであった。
「別荘かい」と僕は重ねて聞いた。
「ええ」 二人はそれ以外を語らずに座敷へ帰った。
座敷では母と叔母がまだ海の色がどうだとか、大仏がどっちの見当にあたるとかいうさほどでもない事を、問題らしく聞いたり教えたりしていた。
百代子は千代子に彼らの父がその日の夕方までに来ると云って、わざわざ知らせて来た事を告げた。
二人は明日魚を漁りに行く時の楽みを、今眼の当りに描き出して、すでに手の内に握った人のごとく語り合った。
「高木さんもいらっしゃるんでしょう」「市さんもいらっしゃい」 僕は行かないと答えた。
その理由として、少し宅に用があって、今夜東京へ帰えらなければならないからという説明を加えた。
しかし腹の中ではただでさえこう混雑しているところへ、もし田口が吾一でも連れて来たら、それこそ自分の寝る場所さえ無くなるだろうと心配したのである。
その上僕は姉妹の知っている高木という男に会うのが厭だった。
彼は先刻まで二人と僕の評判をしていたが、僕の来たのを見て、遠慮して裏から帰ったのだと百代子から聞いた時、僕はまず窮屈な思いを逃れて好かったと喜こんだ。
僕はそれほど知らない人を怖がる性分なのである。
僕の帰ると云うのを聞いた二人は、驚ろいたような顔をしてとめにかかった。
ことに千代子は躍起になった。
彼女は僕を捉まえて変人だと云った。
母を一人残してすぐ帰る法はないと云った。
帰ると云っても帰さないと云った。
彼女は自分の妹や弟に対してよりも、僕に対しては遥かに自由な言葉を使い得る特権を有っていた。
僕は平生から彼女が僕に対して振舞うごとく大胆に率直に(ある時は善意ではあるが)威圧的に、他人に向って振舞う事ができたなら、僕のような他に欠点の多いものでも、さぞ愉快に世の中を渡って行かれるだろうと想像して、大いにこの小さな暴君を羨ましがっていた。
「えらい権幕だね」「あなたは親不孝よ」「じゃ叔母さんに聞いて来るから、もし叔母さんが泊って行く方がいいって、おっしゃったら、泊っていらっしゃい。ね」 百代子は仲裁を試みるような口調でこう云いながら、すぐ年寄の話している座敷の方へ立って行った。
僕の母の意向は無論聞くまでもなかった。
したがって百代子の年寄二人から齎らした返事もここに述べるのは蛇足に過ぎない。
要するに僕は千代子の捕虜になったのである。
僕はやがてちょっと町へ出て来るという口実の下に、午後の暑い日を洋傘で遮ぎりながら別荘の附近を順序なく徘徊した。
久しく見ない土地の昔を偲ぶためと云えば云えない事もないが、僕にそんな寂びた心持を嬉しがる風流があったにしたところで、今はそれに耽る落ちつきも余裕も与えられなかった。
僕はただうろうろとそこらの標札を読んで歩いた。
そうして比較的立派な平屋建の門の柱に、高木の二字を認めた時、これだろうと思って、しばらく門前に佇んだ。
それから後は全く何の目的もなしになお緩漫な歩行を約十五分ばかり続けた。
しかしこれは僕が自分の心に、高木の家を見るためにわざわざ表へ出たのではないと申し渡したと同じようなものであった。
僕はさっさと引き返した。
十六
実を云うと、僕はこの高木という男について、ほとんど何も知らなかった。
ただ一遍百代子から彼が適当な配偶を求めつつある由を聞いただけである。
その時百代子が、御姉さんにはどうかしらと、ちょうど相談でもするように僕の顔色を見たのを覚えている。
僕はいつもの通り冷淡な調子で、好いかも知れない、御父さんか御母さんに話して御覧と云ったと記憶する。
それから以後僕の田口の家に足を入れた度数は何遍あるか分らないが、高木の名前は少くとも僕のいる席ではついぞ誰の口にも上らなかったのである。
それほど親しみの薄い、顔さえ見た事のない男の住居に何の興味があって、僕はわざわざ砂の焼ける暑さを冒して外出したのだろう。
僕は今日までその理由を誰にも話さずにいた。
自分自身にもその時にはよく説明ができなかった。
ただ遠くの方にある一種の不安が、僕の身体を動かしに来たという漠たる感じが胸に射したばかりであった。
それが鎌倉で暮らした二日の間に、紛れもないある形を取って発展した結果を見て、僕を散歩に誘い出したのもやはり同じ力に違いないと今から思うのである。
僕が別荘へ帰って一時間経つか経たないうちに、僕の注意した門札と同じ名前の男がたちまち僕の前に現われた。
田口の叔母は、高木さんですと云って叮嚀にその男を僕に紹介した。
彼は見るからに肉の緊った血色の好い青年であった。
年から云うと、あるいは僕より上かも知れないと思ったが、そのきびきびした顔つきを形容するには、是非共青年という文字が必要になったくらい彼は生気に充ちていた。
僕はこの男を始めて見た時、これは自然が反対を比較するために、わざと二人を同じ座敷に並べて見せるのではなかろうかと疑ぐった。
無論その不利益な方面を代表するのが僕なのだから、こう改たまって引き合わされるのが、僕にはただ悪い洒落としか受取られなかった。
二人の容貌がすでに意地の好くない対照を与えた。
しかし様子とか応対ぶりとかになると僕はさらにはなはだしい相違を自覚しない訳に行かなかった。
僕の前にいるものは、母とか叔母とか従妹とか、皆親しみの深い血属ばかりであるのに、それらに取り捲かれている僕が、この高木に比べると、かえってどこからか客にでも来たように見えたくらい、彼は自由に遠慮なく、しかもある程度の品格を落す危険なしに己を取扱かう術を心得ていたのである。
知らない人を怖れる僕に云わせると、この男は生れるや否や交際場裏に棄てられて、そのまま今日まで同じ所で人と成ったのだと評したかった。
彼は十分と経たないうちに、すべての会話を僕の手から奪った。
そうしてそれをことごとく一身に集めてしまった。
その代り僕を除け物にしないための注意を払って、時々僕に一句か二句の言葉を与えた。
それがまた生憎僕には興味の乗らない話題ばかりなので、僕はみんなを相手にする事もできず、高木一人を相手にする訳にも行かなかった。
彼は田口の叔母を親しげに御母さん御母さんと呼んだ。
千代子に対しては、僕と同じように、千代ちゃんという幼馴染に用いる名を、自然に命ぜられたかのごとく使った。
そうして僕に、先ほど御着になった時は、ちょうど千代ちゃんとあなたの御噂をしていたところでしたと云った。
僕は初めて彼の容貌を見た時からすでに羨ましかった。
話をするところを聞いて、すぐ及ばないと思った。
それだけでもこの場合に僕を不愉快にするには充分だったかも知れない。
けれどもだんだん彼を観察しているうちに、彼は自分の得意な点を、劣者の僕に見せつけるような態度で、誇り顔に発揮するのではなかろうかという疑が起った。
その時僕は急に彼を憎み出した。
そうして僕の口を利くべき機会が廻って来てもわざと沈黙を守った。
落ちついた今の気分でその時の事を回顧して見ると、こう解釈したのはあるいは僕の僻みだったかも分らない。
僕はよく人を疑ぐる代りに、疑ぐる自分も同時に疑がわずにはいられない性質だから、結局他に話をする時にもどっちと判然したところが云い悪くなるが、もしそれが本当に僕の僻み根性だとすれば、その裏面にはまだ凝結した形にならない嫉※が潜んでいたのである。
十七
僕は男として嫉※の強い方か弱い方か自分にもよく解らない。
競争者のない一人息子としてむしろ大事に育てられた僕は、少なくとも家庭のうちで嫉※を起す機会を有たなかった。
小学や中学は自分より成績の好い生徒が幸いにしてそう無かったためか、至極太平に通り抜けたように思う。
高等学校から大学へかけては、席次にさほど重きをおかないのが、一般の習慣であった上、年ごとに自分を高く見積る見識というものが加わって来るので、点数の多少は大した苦にならなかった。
これらをほかにして、僕はまだ痛切な恋に落ちた経験がない。
一人の女を二人で争った覚はなおさらない。
自白すると僕は若い女ことに美くしい若い女に対しては、普通以上に精密な注意を払い得る男なのである。
往来を歩いて綺麗な顔と綺麗な着物を見ると、雲間から明らかな日が射した時のように晴やかな心持になる。
会にはその所有者になって見たいと云う考も起る。
しかしその顔とその着物がどうはかなく変化し得るかをすぐ予想して、酔が去って急にぞっとする人のあさましさを覚える。
僕をして執念く美くしい人に附纏わらせないものは、まさにこの酒に棄てられた淋しみの障害に過ぎない。
僕はこの気分に乗り移られるたびに、若い時分が突然老人か坊主に変ったのではあるまいかと思って、非常な不愉快に陥る。
が、あるいはそれがために恋の嫉※というものを知らずにすます事が出来たかも知れない。
僕は普通の人間でありたいという希望を有っているから、嫉※心のないのを自慢にしたくも何ともないけれども、今話したような訳で、眼の当りにこの高木という男を見るまでは、そういう名のつく感情に強く心を奪われた試がなかったのである。
僕はその時高木から受けた名状しがたい不快を明らかに覚えている。
そうして自分の所有でもない、また所有する気もない千代子が源因で、この嫉※心が燃え出したのだと思った時、僕はどうしても僕の嫉※心を抑えつけなければ自分の人格に対して申し訳がないような気がした。
僕は存在の権利を失った嫉※心を抱いて、誰にも見えない腹の中で苦悶し始めた。
幸い千代子と百代子が日が薄くなったから海へ行くと云い出したので、高木が必ず彼らに跟いて行くに違ないと思った僕は、早く跡に一人残りたいと願った。
彼らははたして高木を誘った。
ところが意外にも彼は何とか言訳を拵えて容易に立とうとしなかった。
僕はそれを僕に対する遠慮だろうと推察して、ますます眉を暗くした。
彼らは次に僕を誘った。
僕は固より応じなかった。
高木の面前から一刻も早く逃れる機会は、与えられないでも手を出して奪いたいくらいに思っていたのだが、今の気分では二人と浜辺まで行く努力がすでに厭であった。
母は失望したような顔をして、いっしょに行っておいでなと云った。
僕は黙って遠くの海の上を眺めていた。
姉妹は笑いながら立ち上った。
「相変らず偏窟ねあなたは。まるで腕白小僧見たいだわ」 千代子にこう罵しられた僕は、実際誰の目にも立派な腕白小僧として見えたろう。
僕自身も腕白小僧らしい思いをした。
調子の好い高木は縁側へ出て、二人のために菅笠のように大きな麦藁帽を取ってやって、行っていらっしゃいと挨拶をした。
二人の後姿が別荘の門を出た後で、高木はなおしばらく年寄を相手に話していた。
こうやって避暑に来ていると気楽で好いが、どうして日を送るかが大問題になってかえって苦痛になるなどと、実際活気に充ちた身体を暑さと退屈さに持ち扱かっている風に見えた。
やがて、これから晩まで何をして暮らそうかしらと独言のように云って、不意に思い出したごとく、玉はどうですと僕に聞いた。
幸いにして僕は生れてからまだ玉突という遊戯を試みた事がなかったのですぐ断った。
高木はちょうど好い相手ができたと思ったのに残念だと云いながら帰って行った。
僕は活溌に動く彼の後影を見送って、彼はこれから姉妹のいる浜辺の方へ行くに違いないという気がした。
けれども僕は坐っている席を動かなかった。
十八
高木の去った後、母と叔母はしばらく彼の噂をした。
初対面の人だけに母の印象はことに深かったように見えた。
気のおけない、至って行き届いた人らしいと云って賞めていた。
叔母はまた母の批評を一々実例に照らして確かめる風に見えた。
この時僕は高木について知り得た極めて乏しい知識のほとんど全部を訂正しなければならない事を発見した。
僕が百代子から聞いたのでは、亜米利加帰りという話であった彼は、叔母の語るところによると、そうではなくって全く英吉利で教育された男であった。
叔母は英国流の紳士という言葉を誰かから聞いたと見えて、二三度それを使って、何の心得もない母を驚ろかしたのみか、だからどことなく品の善いところがあるんですよと母に説明して聞かせたりした。
母はただへえと感心するのみであった。
二人がこんな話をしている内、僕はほとんど一口も口を利かなかった。
ただ上部から見て平生の調子と何の変るところもない母が、この際高木と僕を比較して、腹の中でどう思っているだろうと考えると、僕は母に対して気の毒でもありまた恨めしくもあった。
同じ母が、千代子対僕と云う古い関係を一方に置いて、さらに千代子対高木という新らしい関係を一方に想像するなら、はたしてどんな心持になるだろうと思うと、たとい少しの不安でも、避け得られるところをわざと与えるために彼女を連れ出したも同じ事になるので、僕はただでさえ不愉快な上に、年寄にすまないという苦痛をもう一つ重ねた。
前後の模様から推すだけで、実際には事実となって現われて来なかったから何とも云い兼ねるが、叔母はこの場合を利用して、もし縁があったら千代子を高木にやるつもりでいるぐらいの打明話を、僕ら母子に向って、相談とも宣告とも片づかない形式の下に、する気だったかも知れない。
すべてに気がつく癖に、こうなるとかえって僕よりも迂遠い母はどうだか、僕はその場で叔母の口から、僕と千代子と永久に手を別つべき談判の第一節を予期していたのである。
幸か不幸か、叔母がまだ何も云い出さないうちに、姉妹は浜から広い麦藁帽の縁をひらひらさして帰って来た。
僕が僕の占いの的中しなかったのを、母のために喜こんだのは事実である。
同時に同じ出来事が僕を焦躁しがらせたのも嘘ではない。
夕方になって、僕は姉妹と共に東京から来るはずの叔父を停車場に迎えるべく母に命ぜられて家を出た。
彼らは揃の浴衣を着て白い足袋を穿いていた。
それを後から見送った彼らの母の眼に彼らがいかなる誇として映じたろう。
千代子と並んで歩く僕の姿がまた僕の母には画として普通以上にどんなに価が高かったろう。
僕は母を欺むく材料に自然から使われる自分を心苦しく思って、門を出る時振り返って見たら、母も叔母もまだこっちを見ていた。
途中まで来た頃、千代子は思い出したように突然とまって、「あっ高木さんを誘うのを忘れた」と云った。
百代子はすぐ僕の顔を見た。
僕は足の運びを止めたが、口は開かなかった。
「もう好いじゃないの、ここまで来たんだから」と百代子が云った。
「だってあたし先刻誘ってくれって頼まれたのよ」と千代子が云った。
百代子はまた僕の顔を見て逡巡った。
「市さんあなた時計持っていらしって。今何時」 僕は時計を出して百代子に見せた。
「まだ間に合わない事はない。誘って来るなら来ると好い。僕は先へ行って待っているから」「もう遅いわよあなた。高木さん、もしいらっしゃるつもりならきっと一人でもいらしってよ。後から忘れましたって詫まったらそれで好かないの」 姉妹は二三度押問答の末ついに後戻りをしない事にした。
高木は百代子の予言通りまだ汽車の着かないうちに急ぎ足で構内へ這入って来て、姉妹に、どうも非道い、あれほど頼んでおくのにと云った。
それから御母さんはと聞いた。
最後に僕の方を向いて、先ほどはと愛想の好い挨拶をした。
十九
その晩は叔父と従弟を待ち合わした上に、僕ら母子が新たに食卓に加わったので、食事の時間がいつもより、だいぶ後れたばかりでなく、私かに恐れた通りはなはだしい混雑の中に箸と茶椀の動く光景を見せられた。
叔父は笑いながら、市さんまるで火事場のようだろう、しかし会にはこんな騒ぎをして飯を食うのも面白いものだよと云って、間接の言訳をした。
閑静な膳に慣れた母は、この賑やかさの中に実際叔父の言葉通り愉快らしい顔をしていた。
母は内気な癖にこういう陽気な席が好きなのである。
彼女はその時偶然口に上った一塩にした小鰺の焼いたのを美味いと云ってしきりに賞めた。
「漁師に頼んどくといくらでも拵えて来てくれますよ。何なら、帰りに持っていらっしゃいな。姉さんが好きだから上げたいと思ってたんですが、ついついでが無かったもんだから、それにすぐ腐くなるんでね」「わたしもいつか大磯で誂えてわざわざ東京まで持って帰った事があるが、よっぽど気をつけないと途中でね」「腐るの」千代子が聞いた。
「叔母さん興津鯛御嫌。あたしこれよか興津鯛の方が美味いわ」と百代子が云った。
「興津鯛はまた興津鯛で結構ですよ」と母はおとなしい答をした。
こんなくだくだしい会話を、僕がなぜ覚えているかと云うと、僕はその時母の顔に表われた、さも満足らしい気持をよく注意して見ていたからであるが、もう一つは僕が母と同じように一塩の小鰺を好いていたからでもある。
ついでだからここで云う。
僕は自分の嗜好や性質の上において、母に大変よく似たところと、全く違ったところと両方有っている。
これはまだ誰にも話さない秘密だが、実は単に自分の心得として、過去幾年かの間、僕は母と自分とどこがどう違って、どこがどう似ているかの詳しい研究を人知れず重ねたのである。
なぜそんな真似をしたかと母に聞かれては云い兼ねる。
たとい僕が自分に聞き糺して見ても判切云えなかったのだから、理由は話せない。
しかし結果からいうとこうである。
――欠点でも母と共に具えているなら僕は大変嬉しかった。
長所でも母になくって僕だけ有っているとはなはだ不愉快になった。
そのうちで僕の最も気になるのは、僕の顔が父にだけ似て、母とはまるで縁のない眼鼻立にでき上っている事であった。
僕は今でも鏡を見るたびに、器量が落ちても構わないから、もっと母の人相を多量に受け継いでおいたら、母の子らしくってさぞ心持が好いだろうと思う。
食事の後れた如く、寝る時間も順繰に延びてだいぶ遅くなった。
その上急に人数が増えたので、床の位置やら部屋割をきめるだけが叔母に取っての一骨折であった。
男三人はいっしょに固められて、同じ蚊帳に寝た。
叔父は肥った身体を持ち扱かって、団扇をしきりにばたばた云わした。
「市さんどうだい、暑いじゃないか。これじゃ東京の方がよっぽど楽だね」 僕も僕の隣にいる吾一も東京の方が楽だと云った。
それでは何を苦しんでわざわざ鎌倉下りまで出かけて来て、狭い蚊帳へ押し合うように寝るんだか、叔父にも吾一にも僕にも説明のしようがなかった。
「これも一興だ」 疑問は叔父の一句でたちまち納りがついたが、暑さの方はなかなか去らないので誰もすぐは寝つかれなかった。
吾一は若いだけに、明日の魚捕の事を叔父に向ってしきりに質問した。
叔父はまた真面目だか冗談だか、船に乗りさえすれば、魚の方で風を望んで降るような旨い話をして聞かせた。
それがただ自分の伜を相手にするばかりでなく、時々はねえ市さんと、そんな事にまるで冷淡の僕まで聴手にするのだから少し変であった。
しかし僕の方はそれに対して相当な挨拶をする必要があるので、話の済む前には、僕は当然同行者の一人として受答をするようになっていた。
僕は固より行くつもりでも何でもなかったのだから、この変化は僕に取って少し意外の感があった。
気楽そうに見える叔父はそのうち大きな鼾声をかき始めた。
吾一もすやすや寝入った。
ただ僕だけは開いている眼をわざと閉じて、更けるまでいろいろな事を考えた。
二十
翌日眼が覚めると、隣に寝ていた吾一の姿がいつの間にかもう見えなくなっていた。
僕は寝足らない頭を枕の上に着けて、夢とも思索とも名のつかない路を辿りながら、時々別種の人間を偸み見るような好奇心をもって、叔父の寝顔を眺めた。
そうして僕も寝ている時は、傍から見ると、やはりこう苦がない顔をしているのだろうかと考えなどした。
そこへ吾一が這入って来て、市さんどうだろう天気はと相談した。
ちょっと起きて見ろと促がすので、起き上って縁側へ出ると、海の方には一面に柔かい靄の幕がかかって、近い岬の木立さえ常の色には見えなかった。
降ってるのかねと僕は聞いた。
吾一はすぐ庭先へ飛び下りて、空を眺め出したが、少し降ってると答えた。
彼は今日の船遊びの中止を深く気遣うもののごとく、二人の姉まで縁側へ引張出して、しきりにどうだろうどうだろうをくり返した。
しまいに最後の審判者たる彼の父の意見を必要と認めたものか、まだ寝ている叔父をとうとう呼び起した。
叔父は天気などはどうでも好いと云ったような眠たい眼をして、空と海を一応見渡した上、なにこの模様なら今にきっと晴れるよと云った。
吾一はそれで安心したらしかったが、千代子は当にならない無責任な天気予報だから心配だと云って僕の顔を見た。
僕は何とも云えなかった。
叔父は、なに大丈夫大丈夫と受合って風呂場の方へ行った。
食事を済ます頃から霧のような雨が降り出した。
それでも風がないので、海の上は平生よりもかえって穏やかに見えた。
あいにくな天気なので人の好い母はみんなに気の毒がった。
叔母は今にきっと本降になるから今日は止したが好かろうと注意した。
けれども若いものはことごとく行く方を主張した。
叔父はじゃ御婆さんだけ残して、若いものが揃って出かける事にしようと云った。
すると叔母が、では御爺さんはどっちになさるのとわざと叔父に聞いて、みんなを笑わした。
「今日はこれでも若いものの部だよ」 叔父はこの言葉を証拠立てるためだか何だか、さっそく立って浴衣の尻を端折って下へ降りた。
姉弟三人もそのままの姿で縁から降りた。
「御前達も尻を捲るが好い」「厭な事」 僕は山賊のような毛脛を露出しにした叔父と、静御前の笠に似た恰好の麦藁帽を被った女二人と、黒い兵児帯をこま結びにした弟を、縁の上から見下して、全く都離れのした不思議な団体のごとく眺めた。
「市さんがまた何か悪口を云おうと思って見ている」と百代子が薄笑いをしながら僕の顔を見た。
「早く降りていらっしゃい」と千代子が叱るように云った。
「市さんに悪い下駄を貸して上げるが好い」と叔父が注意した。
僕は一も二もなく降りたが、約束のある高木が来ないので、それがまた一つの問題になった。
おおかたこの天気だから見合わしているのだろうと云うのが、みんなの意見なので、僕らがそろそろ歩いて行く間に、吾一が馳足で迎に行って連れて来る事にした。
叔父は例の調子でしきりに僕に話しかけた。
僕も相手になって歩調を合せた。
そのうちに、男の足だものだから、いつの間にか姉妹を乗り越した。
僕は一度振り返って見たが、二人は後れた事にいっこう頓着しない様子で、毫も追いつこうとする努力を示さなかった。
僕にはそれがわざと後から来る高木を待ち合せるためのようにしか取れなかった。
それは誘った人に対する礼儀として、彼らの取るべき当然の所作だったのだろう。
しかしその時の僕にはそう思えなかった。
そう思う余地があっても、そうは感ぜられなかった。
早く来いという合図をしようという考で振り向いた僕は、合図を止めてまた叔父と歩き出した。
そうしてそのまま小坪へ這入る入口の岬の所まで来た。
そこは海へ出張った山の裾を、人の通れるだけの狭い幅に削って、ぐるりと向う側へ廻り込まれるようにした坂道であった。
叔父は一番高い坂の角まで来てとまった。
二十一
彼は突然彼の体格に相応した大きな声を出して姉妹を呼んだ。
自白するが、僕はそれまでに何度も後を振り返って見ようとしたのである。
けれども気が咎めると云うのか、自尊心が許さないと云うのか、振り向こうとするごとに、首が猪のように堅くなって後へ回らなかったのである。
見ると二人の姿はまだ一町ほど下にあった。
そうしてそのすぐ後に高木と吾一が続いていた。
叔父が遠慮のない大きな声を出して、おおいと呼んだ時、姉妹は同時に僕らを見上げたが、千代子はすぐ後にいる高木の方を向いた。
すると高木は被っていた麦藁帽を右の手に取って、僕らを目当にしきりに振って見せた。
けれども四人のうちで声を出して叔父に応じたのはただ吾一だけであった。
彼はまた学校で号令の稽古でもしたものと見えて、海と崖に反響するような答と共に両手を一度に頭の上に差し上げた。
叔父と僕は崖の鼻に立って彼らの近寄るのを待った。
彼らは叔父に呼ばれた後も呼ばれない前と同じ遅い歩調で、何か話しながら上って来た。
僕にはそれが尋常でなくって、大いにふざけているように見えた。
高木は茶色のだぶだぶした外套のようなものを着て時々隠袋へ手を入れた。
この暑いのにまさか外套は着られまいと思って、最初は不思議に眺めていたが、だんだん近くなるに従がって、それが薄い雨除である事に気がついた。
その時叔父が突然、市さんヨットに乗ってそこいらを遊んで歩くのも面白いだろうねと云ったので、僕は急に気がついたように高木から眼を転じて脚の下を見た。
すると磯に近い所に、真白に塗った空船が一艘、静かな波の上に浮いていた。
糠雨とまでも行かない細かいものがなお降りやまないので、海は一面に暈されて、平生なら手に取るように見える向う側の絶壁の樹も岩も、ほとんど一色に眺められた。
そのうち四人はようやく僕らの傍まで来た。
「どうも御待たせ申しまして、実は髭を剃っていたものだから、途中でやめる訳にも行かず……」と高木は叔父の顔を見るや否や云訳をした。
「えらい物を着込んで暑かありませんか」と叔父が聞いた。
「暑くったって脱ぐ訳に行かないのよ。上はハイカラでも下は蛮殻なんだから」と千代子が笑った。
高木は雨外套の下に、直に半袖の薄い襯衣を着て、変な半洋袴から余った脛を丸出しにして、黒足袋に俎下駄を引っかけていた。
彼はこの通りと雨外套の下を僕らに示した上、日本へ帰ると服装が自由で貴女の前でも気兼がなくって好いと云っていた。
一同がぞろぞろ揃って道幅の六尺ばかりな汚苦しい漁村に這入ると、一種不快な臭がみんなの鼻を撲った。
高木は隠袋から白い手巾を出して短かい髭の上を掩った。
叔父は突然そこに立って僕らを見ていた子供に、西の者で南の方から養子に来たものの宅はどこだと奇体な質問を掛けた。
子供は知らないと云った。
僕は千代子に何でそんな妙な聞き方をするのかと尋ねた。
昨夕聞き合せに人をやった家の主人が云うには、名前は忘れたからこれこれの男と云って探して歩けば分ると教えたからだと千代子が話して聞かした時、僕はこの呑気な教え方と、同じく呑気な聞き方を、いかにも余裕なくこせついている自分と比べて見て、妙に羨ましく思った。
「それで分るんでしょうか」と高木が不思議な顔をした。
「分ったらよっぽど奇体だわね」と千代子が笑った。
「何大丈夫分るよ」と叔父が受合った。
吾一は面白半分人の顔さえ見れば、西のもので南の方から養子に来たものの宅はどこだと聞いては、そのたびにみんなを笑わした。
一番しまいに、編笠を被って白い手甲と脚袢を着けた月琴弾の若い女の休んでいる汚ない茶店の婆さんに同じ問をかけたら、婆さんは案外にもすぐそこだと容易く教えてくれたので、みんながまた手を拍って笑った。
それは往来から山手の方へ三級ばかりに仕切られた石段を登り切った小高い所にある小さい藁葺の家であった。
二十二
この細い石段を思い思いの服装をした六人が前後してぞろぞろ登る姿は、傍で見ていたら定めし変なものだったろうと思う。
その上六人のうちで、これから何をするか明瞭した考を有っていたものは誰もないのだからはなはだ気楽である。
肝心の叔父さえただ船に乗る事を知っているだけで、後は網だか釣だか、またどこまで漕いで出るのかいっこう弁別えないらしかった。
百代子の後から足の力で擦り減らされて凹みの多くなった石段を踏んで行く僕はこんな無意味な行動に、己れを委ねて悔いないところを、避暑の趣とでも云うのかと思いつつ上った。
同時にこの無意味な行動のうちに、意味ある劇の大切な一幕が、ある男とある女の間に暗に演ぜられつつあるのでは無かろうかと疑ぐった。
そうしてその一幕の中で、自分の務めなければならない役割がもしあるとすれば、穏かな顔をした運命に、軽く翻弄される役割よりほかにあるまいと考えた。
最後に何事も打算しないでただ無雑作にやって除ける叔父が、人に気のつかないうちに、この幕を完成するとしたら、彼こそ比類のない巧妙な手際を有った作者と云わなければなるまいという気を起した。
僕の頭にこういう影が射した時、すぐ後から跟いて上って来る高木が、これじゃ暑くってたまらない、御免蒙って雨防衣を脱ごうと云い出した。
家は下から見たよりもなお小さくて汚なかった。
戸口に杓子が一つ打ちつけてあって、それに百日風邪吉野平吉一家一同と書いてあるので、主人の名がようやく分った。
それを見つけ出して、みんなに聞こえるように読んだのは、目敬い吾一の手柄であった。
中を覗くと天井も壁もことごとく黒く光っていた。
人間としては婆さんが一人いたぎりである。
その婆さんが、今日は天気がよくないので、おおかたおいでじゃあるまいと云って早く海へ出ましたから、今浜へ下りて呼んできましょうと断わりを述べた。
舟へ乗って出たのかねと叔父が聞くと、婆さんは多分あの船だろうと答えて、手で海の上を指した。
靄はまだ晴れなかったけれども、先刻よりは空がだいぶ明るくなったので、沖の方は比較的判切見える中に、指された船は遠くの向うに小さく横わっていた。
「あれじゃ大変だ」 高木は携えて来た双眼鏡を覗きながらこう云った。
「随分呑気ね、迎いに行くって、どうしてあんな所へ迎に行けるんでしょう」と千代子は笑いながら、高木の手から双眼鏡を受取った。
婆さんは何直ですと答えて、草履を穿いたまま、石段を馳け下りて行った。
叔父は田舎者は気楽だなと笑っていた。
吾一は婆さんの後を追かけた。
百代子はぼんやりして汚ない縁へ腰をおろした。
僕は庭を見廻した。
庭という名のもったいなく聞こえる縁先は五坪にも足りなかった。
隅に無花果が一本あって、腥ぐさい空気の中に、青い葉を少しばかり茂らしていた。
枝にはまだ熟しない実が云訳ほど結って、その一本の股の所に、空の虫籠がかかっていた。
その下には瘠せた鶏が二三羽むやみに爪を立てた地面の中を餓えた嘴でつついていた。
僕はその傍に伏せてある鉄網の鳥籠らしいものを眺めて、その恰好がちょうど仏手柑のごとく不規則に歪んでいるのに一種滑稽な思いをした。
すると叔父が突然、何分臭いねと云い出した。
百代子は、あたしもう御魚なんかどうでも好いから、早く帰りたくなったわと心細そうな声を出した。
この時まで双眼鏡で海の方を見ながら、断えず千代子と話していた高木はすぐ後を振り返った。
「何をしているだろう。ちょっと行って様子を見て来ましょう」 彼はそう云いながら、手に持った雨外套と双眼鏡を置くために後の縁を顧みた。
傍に立った千代子は高木の動かない前に手を出した。
「こっちへ御出しなさい。持ってるから」 そうして高木から二つの品を受け取った時、彼女は改めてまた彼の半袖姿を見て笑いながら、「とうとう蛮殻になったのね」と評した。
高木はただ苦笑しただけで、すぐ浜の方へ下りて行った。
僕はさも運動家らしく発達した彼の肩の肉が、急いで石段を下りるために手を振るごとに動く様を後から無言のまま注意して眺めた。
二十三
船に乗るためにみんなが揃って浜に下り立ったのはそれから約一時間の後であった。
浜には何の祭の前か過か、深く砂の中に埋められた高い幟の棒が二本僕の眼を惹いた。
吾一はどこからか磯へ打ち上げた枯枝を拾って来て、広い砂の上に大きな字と大きな顔をいくつも並べた。
「さあ御乗り」と坊主頭の船頭が云ったので、六人は順序なくごたごたに船縁から這い上った。
偶然の結果千代子と僕は後のものに押されて、仕切りの付いた舳の方に二人膝を突き合せて坐った。
叔父は一番先に、胴の間というのか、真中の広い所に、家長らしく胡坐をかいてしまった。
そうして高木をその日の客として取り扱うつもりか、さあどうぞと案内したので、彼は否応なしに叔父の傍に座を占めた。
百代子と吾一は彼らの次の間と云ったような仕切の中に船頭といっしょに這入った。
「どうですこっちが空いてますからいらっしゃいませんか」と高木はすぐ後の百代子を顧みた。
百代子はありがとうといったきり席を移さなかった。
僕は始めから千代子と一つ薄縁の上に坐るのを快く思わなかった。
僕の高木に対して嫉妬を起した事はすでに明かに自白しておいた。
その嫉妬は程度において昨日も今日も同じだったかも知れないが、それと共に競争心はいまだかつて微塵も僕の胸に萌さなかったのである。
僕も男だからこれから先いつどんな女を的に劇烈な恋に陥らないとも限らない。
しかし僕は断言する。
もしその恋と同じ度合の劇烈な競争をあえてしなければ思う人が手に入らないなら、僕はどんな苦痛と犠牲を忍んでも、超然と手を懐ろにして恋人を見棄ててしまうつもりでいる。
男らしくないとも勇気に乏しいとも、意志が薄弱だとも、他から評したらどうにでも評されるだろう。
けれどもそれほど切ない競争をしなければわがものにできにくいほど、どっちへ動いても好い女なら、それほど切ない競争に価しない女だとしか僕には認められないのである。
僕には自分に靡かない女を無理に抱く喜こびよりは、相手の恋を自由の野に放ってやった時の男らしい気分で、わが失恋の瘡痕を淋しく見つめている方が、どのくらい良心に対して満足が多いか分らないのである。
僕は千代子にこう云った。
――「千代ちゃん行っちゃどうだ。あっちの方が広くって楽なようだから」「なぜ、ここにいちゃ邪魔なの」 千代子はそう云ったまま動こうとしなかった。
僕には高木がいるからあっちへ行けというのだというような説明は、露骨と聞こえるにしろ、厭味と受取られるにしろ、全く口にする勇気は出なかった。
ただ彼女からこう云われた僕の胸に、一種の嬉しさが閃めいたのは、口と腹とどう裏表になっているかを曝露する好い証拠で、自分で自分の薄弱な性情を自覚しない僕には痛い打撃であった。
昨日会った時よりは気のせいか少し控目になったように見える高木は、千代子と僕の間に起ったこの問答を聞きながら知らぬふりをしていた。
船が磯を離れたとき、彼は「好い案排に空模様が直って来ました。これじゃ日がかんかん照るよりかえって結構です。船遊びには持って来いという御天気で」というような事を叔父と話し合ったりした。
叔父は突然大きな声を出して、「船頭、いったい何を捕るんだ」と聞いた。
叔父もその他のものも、この時まで何を捕るんだかいっこう知らずにいたのである。
坊主頭の船頭は、粗末な言葉で、蛸を捕るんだと答えた。
この奇抜な返事には千代子も百代子も驚ろくよりもおかしかったと見えて、たちまち声を出して笑った。
「蛸はどこにいるんだ」と叔父がまた聞いた。
「ここいらにいるんだ」と船頭はまた答えた。
そうして湯屋の留桶を少し深くしたような小判形の桶の底に、硝子を張ったものを水に伏せて、その中に顔を突込むように押し込みながら、海の底を覗き出した。
船頭はこの妙な道具を鏡と称えて、二つ三つ余分に持ち合わせたのを、すぐ僕らに貸してくれた。
第一にそれを利用したのは船頭の傍に座を取った吾一と百代子であった。
二十四
鏡がそれからそれへと順々に回った時、叔父はこりゃ鮮やかだね、何でも見えると非道く感心していた。
叔父は人間社会の事に大抵通じているせいか、万に高を括る癖に、こういう自然界の現象に襲われるとじき驚ろく性質なのである。
自分は千代子から渡された鏡を受け取って、最後に一枚の硝子越に海の底を眺めたが、かねて想像したと少しも異なるところのない極めて平凡な海の底が眼に入っただけである。
そこには小さい岩が多少の凸凹を描いて一面に連なる間に、蒼黒い藻草が限りなく蔓延っていた。
その藻草があたかも生温るい風に嬲られるように、波のうねりで静かにまた永久に細長い茎を前後に揺かした。
「市さん蛸が見えて」「見えない」 僕は顔を上げた。
千代子はまた首を突込んだ。
彼女の被っていたへなへなの麦藁帽子の縁が水に浸って、船頭に操つられる船の勢に逆らうたびに、可憐な波をちょろちょろ起した。
僕はその後に見える彼女の黒い髪と白い頸筋を、その顔よりも美くしく眺めていた。
「千代ちゃんには、目付かったかい」「駄目よ。蛸なんかどこにも泳いでいやしないわ」「よっぽど慣れないとなかなか目付ける訳に行かないんだそうです」 これは高木が千代子のために説明してくれた言葉であった。
彼女は両手で桶を抑えたまま、船縁から乗り出した身体を高木の方へ捻じ曲げて、「道理で見えないのね」といったが、そのまま水に戯れるように、両手で抑えた桶をぶくぶく動かしていた。
百代子が向うの方から御姉さんと呼んだ。
吾一は居所も分らない蛸をむやみに突き廻した。
突くには二間ばかりの細長い女竹の先に一種の穂先を着けた変なものを用いるのである。
船頭は桶を歯で銜えて、片手に棹を使いながら、船の動いて行くうちに、蛸の居所を探しあてるや否や、その長い竹で巧みにぐにゃぐにゃした怪物を突き刺した。
蛸は船頭一人の手で、何疋も船の中に上がったが、いずれも同じくらいな大きさで、これはと驚ろくほどのものはなかった。
始めのうちこそ皆珍らしがって、捕れるたびに騒いで見たが、しまいにはさすが元気な叔父も少し飽きて来たと見えて、「こう蛸ばかり捕っても仕方がないね」と云い出した。
高木は煙草を吹かしながら、舟底にかたまった獲物を眺め始めた。
「千代ちゃん、蛸の泳いでるところを見た事がありますか。ちょっと来て御覧なさい、よっぽど妙ですよ」 高木はこう云って千代子を招いたが、傍に坐っている僕の顔を見た時、「須永さんどうです、蛸が泳いでいますよ」とつけ加えた。
僕は「そうですか。面白いでしょう」と答えたなり直席を立とうともしなかった。
千代子はどれと云いながら高木の傍へ行って新らしい座を占めた。
僕は故の所から彼女にまだ泳いでるかと尋ねた。
「ええ面白いわ、早く来て御覧なさい」 蛸は八本の足を真直に揃えて、細長い身体を一気にすっすっと区切りつつ、水の中を一直線に船板に突き当るまで進んで行くのであった。
中には烏賊のように黒い墨を吐くのも交っていた。
僕は中腰になってちょっとその光景を覗いたなり故の席に戻ったが、千代子はそれぎり高木の傍を離れなかった。
叔父は船頭に向って蛸はもうたくさんだと云った。
船頭は帰るのかと聞いた。
向うの方に大きな竹籃のようなものが二つ三つ浮いていたので、蛸ばかりで淋しいと思った叔父は、船をその一つの側へ漕ぎ寄せさした。
申し合せたように、舟中立ち上って籃の内を覗くと、七八寸もあろうと云う魚が、縦横に狭い水の中を馳け廻っていた。
その或ものは水の色を離れない蒼い光を鱗に帯びて、自分の勢で前後左右に作る波を肉の裏に透すように輝やいた。
「一つ掬って御覧なさい」 高木は大きな掬網の柄を千代子に握らした。
千代子は面白半分それを受取って水の中で動かそうとしたが、動きそうにもしないので、高木は己れの手を添えて二人いっしょに籃の中を覚束なく攪き廻した。
しかし魚は掬えるどころではなかったので、千代子はすぐそれを船頭に返した。
船頭は同じ掬網で叔父の命ずるままに何疋でも水から上へ択り出した。
僕らは危怪な蛸の単調を破るべく、鶏魚、鱸、黒鯛の変化を喜こんでまた岸に上った。
二十五
僕はその晩一人東京へ帰った。
母はみんなに引きとめられて、帰るときには吾一か誰か送って行くという条件の下に、なお二三日鎌倉に留まる事を肯んじた。
僕はなぜ母が彼らの勧めるままに、人を好く落ちついているのだろうと、鋭どく磨がれた自分の神経から推して、悠長過ぎる彼女をはがゆく思った。
高木にはそれから以後ついぞ顔を合せた事がなかった。
千代子と僕に高木を加えて三つ巴を描いた一種の関係が、それぎり発展しないで、そのうちの劣敗者に当る僕が、あたかも運命の先途を予知したごとき態度で、中途から渦巻の外に逃れたのは、この話を聞くものにとって、定めし不本意であろう。
僕自身も幾分か火の手のまだ収まらないうちに、取り急いで纏を撤したような心持がする。
と云うと、僕に始からある目論見があって、わざわざ鎌倉へ出かけたとも取れるが、嫉妬心だけあって競争心を有たない僕にも相応の己惚は陰気な暗い胸のどこかで時々ちらちら陽炎ったのである。
僕は自分の矛盾をよく研究した。
そうして千代子に対する己惚をあくまで積極的に利用し切らせないために、他の思想やら感情やらが、入れ代り立ち替り雑然として吾心を奪いにくる煩らわしさに悩んだのである。
彼女は時によると、天下に只一人の僕を愛しているように見えた。
僕はそれでも進む訳に行かないのである。
しかし未来に眼を塞いで、思い切った態度に出ようかと思案しているうちに、彼女はたちまち僕の手から逃れて、全くの他人と違わない顔になってしまうのが常であった。
僕が鎌倉で暮した二日の間に、こういう潮の満干はすでに二三度あった。
或時は自分の意志でこの変化を支配しつつ、わざと近寄ったり、わざと遠退いたりするのでなかろうかという微かな疑惑をさえ、僕の胸に煙らせた。
そればかりではない。
僕は彼女の言行を、一の意味に解釈し終ったすぐ後から、まるで反対の意味に同じものをまた解釈して、その実どっちが正しいのか分らないいたずらな忌々しさを感じた例も少なくはなかった。
僕はこの二日間に娶るつもりのない女に釣られそうになった。
そうして高木という男がいやしくも眼の前に出没する限りは、厭でもしまいまで釣られて行きそうな心持がした。
僕は高木に対して競争心を有たないと先に断ったが、誤解を防ぐために、もう一度同じ言葉をくり返したい。
もし千代子と高木と僕と三人が巴になって恋か愛か人情かの旋風の中に狂うならば、その時僕を動かす力は高木に勝とうという競争心でない事を僕は断言する。
それは高い塔の上から下を見た時、恐ろしくなると共に、飛び下りなければいられない神経作用と同じ物だと断言する。
結果が高木に対して勝つか負けるかに帰着する上部から云えば、競争と見えるかも知れないが、動力は全く独立した一種の働きである。
しかもその動力は高木がいさえしなければけっして僕を襲って来ないのである。
僕はその二日間に、この怪しい力の閃を物凄く感じた。
そうして強い決心と共にすぐ鎌倉を去った。
僕は強い刺戟に充ちた小説を読むに堪えないほど弱い男である。
強い刺戟に充ちた小説を実行する事はなおさらできない男である。
僕は自分の気分が小説になりかけた刹那に驚ろいて、東京へ引き返したのである。
だから汽車の中の僕は、半分は優者で半分は劣者であった。
比較的乗客の少ない中等列車のうちで、僕は自分と書き出して自分と裂き棄てたようなこの小説の続きをいろいろに想像した。
そこには海があり、月があり、磯があった。
若い男の影と若い女の影があった。
始めは男が激して女が泣いた。
後では女が激して男が宥めた。
ついには二人手を引き合って音のしない砂の上を歩いた。
あるいは額があり、畳があり、涼しい風が吹いた。
二人の若い男がそこで意味のない口論をした。
それがだんだん熱い血を頬に呼び寄せて、ついには二人共自分の人格にかかわるような言葉使いをしなければすまなくなった。
果は立ち上って拳を揮い合った。
あるいは……。
芝居に似た光景は幾幕となく眼の前に描かれた。
僕はそのいずれをも甞め試ろみる機会を失ってかえって自分のために喜んだ。
人は僕を老人みたようだと云って嘲けるだろう。
もし詩に訴えてのみ世の中を渡らないのが老人なら、僕は嘲けられても満足である。
けれどももし詩に涸れて乾びたのが老人なら、僕はこの品評に甘んじたくない。
僕は始終詩を求めてもがいているのである。
二十六
僕は東京へ帰ってからの気分を想像して、あるいは刺戟を眼の前に控えた鎌倉にいるよりもかえって焦躁つきはしまいかと心配した。
そうして相手もなく一人焦躁つく事のはなはだしい苦痛をいたずらに胸の中に描いて見た。
偶然にも結果は他の一方に外れた。
僕は僕の希望した通り、平生に近い落ちつきと冷静と無頓着とを、比較的容易に、淋しいわが二階の上に齎らし帰る事ができた。
僕は新らしい匂のする蚊帳を座敷いっぱいに釣って、軒に鳴る風鈴の音を楽しんで寝た。
宵には町へ出て草花の鉢を抱えながら格子を開ける事もあった。
母がいないので、すべての世話は作という小間使がした。
鎌倉から帰って、始めてわが家の膳に向った時、給仕のために黒い丸盆を膝の上に置いて、僕の前に畏こまった作の姿を見た僕は今更のように彼女と鎌倉にいる姉妹との相違を感じた。
作は固より好い器量の女でも何でもなかった。
けれども僕の前に出て畏こまる事よりほかに何も知っていない彼女の姿が、僕にはいかに慎ましやかにいかに控目に、いかに女として憐れ深く見えたろう。
彼女は恋の何物であるかを考えるさえ、自分の身分ではすでに生意気過ぎると思い定めた様子で、おとなしく坐っていたのである。
僕は珍らしく彼女に優しい言葉を掛けた。
そうして彼女に年はいくつだと聞いた。
彼女は十九だと答えた。
僕はまた突然嫁に行きたくはないかと尋ねた。
彼女は赧い顔をして下を向いたなり、露骨な問をかけた僕を気の毒がらせた。
僕と作とはそれまでほとんど用の口よりほかに利いた事がなかったのである。
僕は鎌倉から新らしい記憶を持って帰った反動として、その時始めて、自分の家に使っている下婢の女らしいところに気がついた。
愛とは固より彼女と僕の間に云い得べき言葉でない。
僕はただ彼女の身の周囲から出る落ちついた、気安い、おとなしやかな空気を愛したのである。
僕が作のために安慰を得たと云っては、自分ながらおかしく聞こえる。
けれども今考えて見てもそれよりほかの源因は全く考えつかないようだから、やっぱり作が――作がというより、その時の作が代表して僕に見せてくれた女性のある方面の性質が、想像の刺戟にすら焦躁立ちたがっていた僕の頭を静めてくれたのだろうと思う。
白状すれば鎌倉の景色は折々眼に浮かんだ。
その景色のうちには無論人間が活動していた。
ただそれが僕の遠くにいる、僕とはとても利害を一にし得ない人間の活動らしく見えたのは幸福であった。
僕は二階に上って書架の整理を始めた。
綺麗好な母が始終気をつけて掃除を怠たらなかったにかかわらず、一々書物を並べ直すとなると、思わぬ埃の色を、目の届かない陰に見つけるので、残らず揃えるまでには、なかなか手間取った。
僕は暑中に似合わしい閑事業として、なるべく時間のかかるように、気が向けば手にした本をいつまでも読み耽ってみようという気楽な方針で蝸牛のごとく進行した。
作は時ならない払塵の音を聞きつけて、梯子段から銀杏返しの頭を出した。
僕は彼女に書架の一部を雑巾で拭いて貰った。
しかしいつまでかかるか分らない仕事の手伝を、済むまでさせるのも気の毒だと思って、すぐ階下へ下げた。
僕は一時間ほど書物を伏せたり立てたりして少し草臥れたから煙草を吹かして休んでいると、作がまた梯子段から顔を出した。
そうして、私でよろしければ何ぞ致しましょうかと尋ねた。
僕は作に何かさせてやりたかった。
不幸にして西洋文字の読めない彼女には手の出せない書物の整理なので、僕は気の毒だけれども、なに好いよと断ってまた下へ追いやった。
作の事をそう一々云う必要もないが、つい前からの関係で、彼女のその時の行動を覚えていたから話したのである。
僕は一本の巻煙草を呑み切った後でまた整理にかかった。
今度は作のためにわれ一人の世界を妨たげられる虞なしに、書架の二段目を一気に片づけた。
その時僕は久しく友達に借りて、つい返すのを忘れていた妙な書物を、偶然棚の後から発見した。
それはむしろ薄い小形の本だったので、ついほかのものの向側へ落ちたなり埃だらけになって、今日まで僕の眼を掠めていたのである。
二十七
僕にこの本を貸してくれたものはある文学好の友達であった。
僕はかつてこの男と小説の話をして、思慮の勝ったものは、万事に考え込むだけで、いっこう華やかな行動を仕切る勇気がないから、小説に書いてもつまらないだろうと云った。
僕の平生からあまり小説を愛読しないのは、僕に小説中の人物になる資格が乏しいので、資格が乏しいのは、考え考えしてぐずつくせいだろうとかねがね思っていたから、僕はついこういう質問がかけて見たくなったのである。
その時彼は机上にあったこの本を指して、ここに書いてある主人公は、非常に目覚しい思慮と、恐ろしく凄まじい思い切った行動を具えていると告げた。
僕はいったいどんな事が書いてあるのかと聞いた。
彼はまあ読んで見ろと云って、その本を取って僕に渡した。
標題にはゲダンケという独乙字が書いてあった。
彼は露西亜物の翻訳だと教えてくれた。
僕は薄い書物を手にしながら、重ねてその梗※を彼に尋ねた。
彼は梗※などはどうでも好いと答えた。
そうして中に書いてある事が嫉妬なのだか、復讐なのだか、深刻な悪戯なのだか、酔興な計略なのだか、真面目な所作なのだか、気狂の推理なのだか、常人の打算なのだか、ほとんど分らないが、何しろ華々しい行動と同じく華々しい思慮が伴なっているから、ともかくも読んで見ろと云った。
僕は書物を借りて帰った。
しかし読む気はしなかった。
僕は読み耽らない癖に、小説家というものをいっさい馬鹿にしていた上に、友達のいうような事にはちっとも心を動かすべき興味を有たなかったからである。
この出来事をすっかり忘れていた僕は、何の気もつかずにそのゲダンケを今棚の後から引き出して厚い塵を払った。
そうして見覚のある例の独乙字の標題に眼をつけると共に、かの文学好の友達と彼のその時の言葉とを思い出した。
すると突然どこから起ったか分らない好奇心に駆られて、すぐその一頁を開いて初めから読み始めた。
中には恐るべき話が書いてあった。
ある女に意のあったある男が、その婦人から相手にされないのみか、かえってわが知り合の人の所へ嫁入られたのを根に、新婚の夫を殺そうと企てた。
ただしただ殺すのではない。
女房が見ている前で殺さなければ面白くない。
しかもその見ている女房が彼を下手人と知っていながら、いつまでも指を銜えて、彼を見ているだけで、それよりほかにどうにも手のつけようのないという複雑な殺し方をしなければ気がすまない。
彼はその手段として一種の方法を案出した。
ある晩餐の席へ招待された好機を利用して、彼は急に劇しい発作に襲われたふりをし始めた。
傍から見るとまるで狂人としか思えない挙動をその場であえてした彼は、同席の一人残らずから、全くの狂人と信じられたのを見すまして、心の内で図に当った策略を祝賀した。
彼は人目に触れやすい社交場裡で、同じ所作をなお二三度くり返した後、発作のために精神に狂の出る危険な人という評判を一般に博し得た。
彼はこの手数のかかった準備の上に、手のつけようのない殺人罪を築き上げるつもりでいたのである。
しばしば起る彼の発作が、華やかな交際の色を暗く損ない出してから、今まで懇意に往来していた誰彼の門戸が、彼に対して急に固く鎖されるようになった。
けれどもそれは彼の苦にするところではなかった。
彼はなお自由に出入のできる一軒の家を持っていた。
それが取りも直さず彼のまさに死の国に蹴落そうとしつつある友とその細君の家だったのである。
彼はある日何気ない顔をして友の住居を敲いた。
そこで世間話に時を移すと見せて、暗に目の前の人に飛びかかる機を窺った。
彼は机の上にあった重い文鎮を取って、突然これで人が殺せるだろうかと尋ねた。
友は固より彼の問を真に受けなかった。
彼は構わずできるだけの力を文鎮に込めて、細君の見ている前で、最愛の夫を打ち殺した。
そうして狂人の名の下に、瘋癲院に送られた。
彼は驚ろくべき思慮と分別と推理の力とをもって、以上の顛末を基礎に、自分のけっして狂人でない訳をひたすら弁解している。
かと思うと、その弁解をまた疑っている。
のみならず、その疑いをまた弁解しようとしている。
彼は必竟正気なのだろうか、狂人なのだろうか、――僕は書物を手にしたまま慄然として恐れた。
二十八
僕の頭は僕の胸を抑えるためにできていた。
行動の結果から見て、はなはだしい悔を遺さない過去を顧みると、これが人間の常体かとも思う。
けれども胸が熱しかけるたびに、厳粛な頭の威力を無理に加えられるのは、普通誰でも経験する通り、はなはだしい苦痛である。
僕は意地張という点において、どっちかというとむしろ陰性の癇癪持だから、発作に心を襲われた人が急に理性のために喰い留められて、劇しい自動車の速力を即時に殺すような苦痛は滅多に甞めた事がない。
それですらある場合には命の心棒を無理に曲げられるとでも云わなければ形容しようのない活力の燃焼を内に感じた。
二つの争いが起るたびに、常に頭の命令に屈従して来た僕は、ある時は僕の頭が強いから屈従させ得るのだと思い、ある時は僕の胸が弱いから屈従するのだとも思ったが、どうしてもこの争いは生活のための争いでありながら、人知れず、わが命を削る争いだという畏怖の念から解脱する事ができなかった。
それだから僕はゲダンケの主人公を見て驚ろいたのである。
親友の命を虫の息のように軽く見る彼は、理と情との間に何らの矛盾をも扞格をも認めなかった。
彼の有する凡ての知力は、ことごとく復讐の燃料となって、残忍な兇行を手際よく仕遂げる方便に供せられながら、毫も悔ゆる事を知らなかった。
彼は周密なる思慮を率いて、満腔の毒血を相手の頭から浴びせかけ得る偉大なる俳優であった。
もしくは尋常以上の頭脳と情熱を兼ねた狂人であった。
僕は平生の自分と比較して、こう顧慮なく一心にふるまえるゲダンケの主人公が大いに羨ましかった。
同時に汗の滴るほど恐ろしかった。
できたらさぞ痛快だろうと思った。
でかした後は定めし堪えがたい良心の拷問に逢うだろうと思った。
けれどももし僕の高木に対する嫉妬がある不可思議の径路を取って、向後今の数十倍に烈しく身を焼くならどうだろうと僕は考えた。
しかし僕はその時の自分を自分で想像する事ができなかった。
始めは人間の元来からの作りが違うんだから、とてもこんな真似はしえまいという見地から、すぐこの問題を棄却しようとした。
次には、僕でも同じ程度の復讐が充分やって除けられるに違いないという気がし出した。
最後には、僕のように平生は頭と胸の争いに悩んでぐずついているものにして始めてこんな猛烈な兇行を、冷静に打算的に、かつ組織的に、逞ましゅうするのだと思い出した。
僕は最後になぜこう思ったのか自分にも分らない。
ただこう思った時急に変な心持に襲われた。
その心持は純然たる恐怖でも不安でも不快でもなく、それらよりは遥かに複雑なものに見えた。
が、纏って心に現われた状態から云えば、ちょうどおとなしい人が酒のために大胆になって、これなら何でもやれるという満足を感じつつ、同時に酔に打ち勝たれた自分は、品性の上において平生の自分より遥に堕落したのだと気がついて、そうして堕落は酒の影響だからどこへどう避けても人間としてとても逃れる事はできないのだと沈痛に諦らめをつけたと同じような変な心持であった。
僕はこの変な心持と共に、千代子の見ている前で、高木の脳天に重い文鎮を骨の底まで打ち込んだ夢を、大きな眼を開きながら見て、驚ろいて立ち上った。
下へ降りるや否や、いきなり風呂場へ行って、水をざあざあ頭へかけた。
茶の間の時計を見ると、もう午過なので、それを好い機会に、そこへ坐わって飯を片づける事にした。
給仕には例の通り作が出た。
僕は二た口三口無言で飯の塊りを頬張ったが、突然彼女に、おい作僕の顔色はどうかあるかいと聞いた。
作は吃驚した眼を大きくして、いいえと答えた。
それで問答が切れると、今度は作の方がどうか遊ばしましたかと尋ねた「いいや、大してどうもしない」「急に御暑うございますから」 僕は黙って二杯の飯を食い終った。
茶を注がして飲みかけた時、僕はまた突然作に、鎌倉などへ行って混雑するより宅にいる方が静で好いねと云った。
作は、でもあちらの方が御涼しゅうございましょうと云った。
僕はいやかえって東京より暑いくらいだ、あんな所にいると気ばかりいらいらしていけないと説明してやった。
作は御隠居さまはまだ当分あちらにおいででございますかと尋ねた。
僕はもう帰るだろうと答えた。
二十九
僕は僕の前に坐っている作の姿を見て、一筆がきの朝貌のような気がした。
ただ貴とい名家の手にならないのが遺憾であるが、心の中はそう云う種類の画と同じく簡略にでき上っているとしか僕には受取れなかった。
作の人柄を画に喩えて何のためになると聞かれるかも知れない。
深い意味もなかろうが、実は彼女の給仕を受けて飯を食う間に、今しがたゲダンケを読んだ自分と、今黒塗の盆を持って畏まっている彼女とを比較して、自分の腹はなぜこうしつこい油絵のように複雑なのだろうと呆れたからである。
白状すると僕は高等教育を受けた証拠として、今日まで自分の頭が他より複雑に働らくのを自慢にしていた。
ところがいつかその働らきに疲れていた。
何の因果でこうまで事を細かに刻まなければ生きて行かれないのかと考えて情なかった。
僕は茶碗を膳の上に置きながら、作の顔を見て尊とい感じを起した。
「作御前でもいろいろ物を考える事があるかね」「私なんぞ別に何も考えるほどの事がございませんから」「考えないかね。それが好いね。考える事がないのが一番だ」「あっても智慧がございませんから、筋道が立ちません。全く駄目でございます」「仕合せだ」 僕は思わずこう云って作を驚ろかした。
作は突然僕から冷かされたとでも思ったろう。
気の毒な事をした。
その夕暮に思いがけない母が出し抜けに鎌倉から帰って来た。
僕はその時日の限りかけた二階の縁に籐椅子を持ち出して、作が跣足で庭先へ水を打つ音を聞いていた。
下へ降りて玄関へ出た時、僕は母を送って来るべきはずの吾一の代りに、千代子が彼女の後に跟いて沓脱から上ったのを見て非常に驚ろいた。
僕は籐椅子の上で千代子の事を全く考えずにいたのである。
考えても彼女と高木とを離す事はできなかったのである。
そうして二人は当分鎌倉の舞台を動き得ないものと信じていたのである。
僕は日に焼けて心持色の黒くなったと思われる母と顔を見合わして挨拶を取り替す前に、まず千代子に向ってどうして来たのだと聞きたかった。
実際僕はその通りの言葉を第一に用いたのである。
「叔母さんを送って来たのよ。なぜ。驚ろいて」「そりゃありがとう」と僕は答えた。
僕の千代子に対する感情は鎌倉へ行く前と、行ってからとでだいぶ違っていた。
行ってからと帰って来てからとでもまただいぶ違っていた。
高木といっしょに束ねられた彼女に対するのと、こう一人に切り離された彼女に対するのとでもまただいぶ違っていた。
彼女は年を取った母を吾一に托するのが不安心だったから、自分で随いて来たのだと云って、作が足を洗っている間に、母の単衣を箪笥から出したり、それを旅行着と着換えさせたりなどして、元の千代子の通り豆やかにふるまった。
僕は母にあれから何か面白い事がありましたかと尋ねた。
母は満足らしい顔をしながら、別にこれという珍らしい事も無かったと答えたが、「でもね久しぶりに好い気保養をしました。御蔭で」と云った。
僕にはそれが傍にいる千代子に対しての礼の言葉と聞こえた。
僕は千代子に今日これからまた鎌倉へ帰るのかと尋ねた。
「泊って行くわ」「どこへ」「そうね。内幸町へ行っても好いけど、あんまり広過ぎて淋しいから。――久しぶりにここへ泊ろうかしら、ねえ叔母さん」 僕には千代子が始めから僕の家に寝るつもりで出て来たように見えた。
自白すれば僕はそこへ坐って十分と経たないうちに、また眼の前にいる彼女の言語動作を一種の立場から観察したり、評価したり、解釈したりしなければならないようになったのである。
僕はそこに気がついた時、非常な不愉快を感じた。
またそういう努力には自分の神経が疲れ切っている事も感じた。
僕は自分が自分に逆らって余儀なくこう心を働かすのか。
あるいは千代子が厭がる僕を無理に強いて動くようにするのか。
どっちにしても僕は腹立たしかった。
「千代ちゃんが来ないでも吾一さんでたくさんだのに」「だってあたし責任があるじゃありませんか。叔母さんを招待したのはあたしでしょう」
三十
「じゃ僕も招待を受けたんだから、送って来て貰えば好かった」「だから他の云う事を聞いて、もっといらっしゃれば好いのに」「いいえあの時にさ。僕の帰った時にさ」「そうするとまるで看護婦みたようね。好いわ看護婦でも、ついて来て上げるわ。なぜそう云わなかったの」「云っても断られそうだったから」「あたしこそ断られそうだったわ、ねえ叔母さん。たまに招待に応じて来ておきながら、厭にむずかしい顔ばかりしているんですもの。本当にあなたは少し病気よ」「だから千代子について来て貰いたかったのだろう」と母が笑いながら云った。
僕は母の帰るつい一時間前まで千代子の来る事を予想し得なかった。
それは今改めてくり返す必要もないが、それと共に僕は母が高木について齎らす報道をほとんど確実な未来として予期していた。
穏やかな母の顔が不安と失望で曇る時の気の毒さも予想していた。
僕は今この予期と全く反対の結果を眼の前に見た。
彼らは二人とも常に変らない親しげな叔母姪であった。
彼らの各自は各自に特有な温か味と清々しさを、いつもの通り互いの上に、また僕の上に、心持よく加えた。
その晩は散歩に出る時間を倹約して、女二人と共に二階に上って涼みながら話をした。
僕は母の命ずるまま軒端に七草を描いた岐阜提灯をかけて、その中に細い蝋燭を点けた。
熱いから電灯を消そうと発議した千代子は、遠慮なく畳の上を暗くした。
風のない月が高く上った。
柱に凭れていた母が鎌倉を思い出すと云った。
電車の音のする所で月を看るのは何だかおかしい気がすると、この間から海辺に馴染んだ千代子が評した。
僕は先刻の籐椅子の上に腰をおろして団扇を使っていた。
作が下から二度ばかり上って来た。
一度は煙草盆の火を入れ更えて、僕の足の下に置いて行った。
二返目には近所から取り寄せた氷菓子を盆に載せて持って来た。
僕はそのたびごと階級制度の厳重な封建の代に生れたように、卑しい召使の位置を生涯の分と心得ているこの作と、どんな人の前へ出ても貴女としてふるまって通るべき気位を具えた千代子とを比較しない訳に行かなかった。
千代子は作が出て来ても、作でないほかの女が出て来たと同じように、なんにも気に留めなかった。
作の方ではいったん起って梯子段の傍まで行って、もう降りようとする間際にきっと振り返って、千代子の後姿を見た。
僕は自分が鎌倉で高木を傍に見て暮した二日間を思い出して、材料がないから何も考えないと明言した作に、千代子というハイカラな有毒の材料が与えられたのを憐れに眺めた。
「高木はどうしたろう」という問が僕の口元までしばしば出た。
けれども単なる消息の興味以外に、何かためにする不純なものが自分を前に押し出すので、その都度卑怯だと遠くで罵られるためか、つい聞くのをいさぎよしとしなくなった。
それに千代子が帰って母だけになりさえすれば、彼の話は遠慮なくできるのだからとも考えた。
しかし実を云うと、僕は千代子の口から直下に高木の事を聞きたかったのである。
そうして彼女が彼をどう思っているか、それを判切胸に畳み込んでおきたかったのである。
これは嫉妬の作用なのだろうか。
もしこの話を聞くものが、嫉妬だというなら、僕には少しも異存がない。
今の料簡で考えて見ても、どうもほかの名はつけ悪いようである。
それなら僕がそれほど千代子に恋していたのだろうか。
問題がそう推移すると、僕も返事に窮するよりほかに仕方がなくなる。
僕は実際彼女に対して、そんなに熱烈な愛を脈搏の上に感じていなかったからである。
すると僕は人より二倍も三倍も嫉妬深い訳になるが、あるいはそうかも知れない。
しかしもっと適当に評したら、おそらく僕本来のわがままが源因なのだろうと思う。
ただ僕は一言それにつけ加えておきたい。
僕から云わせると、すでに鎌倉を去った後なお高木に対しての嫉妬心がこう燃えるなら、それは僕の性情に欠陥があったばかりでなく、千代子自身に重い責任があったのである。
相手が千代子だから、僕の弱点がこれほどに濃く胸を染めたのだと僕は明言して憚らない。
では千代子のどの部分が僕の人格を堕落させるだろうか。
それはとても分らない。
あるいは彼女の親切じゃないかとも考えている。
三十一
千代子の様子はいつもの通り明っ放しなものであった。
彼女はどんな問題が出ても苦もなく口を利いた。
それは必竟腹の中に何も考えていない証拠だとしか取れなかった。
彼女は鎌倉へ行ってから水泳を自習し始めて、今では背の立たない所まで行くのが楽みだと云った。
それを用心深い百代子が剣呑がって、詫まるように悲しい声を出して止めるのが面白いと云った。
その時母は半ば心配で半ば呆れたような顔をして、「何ですね女の癖にそんな軽機な真似をして。これからは後生だから叔母さんに免じて、あぶない悪ふざけは止しておくれよ」と頼んでいた。
千代子はただ笑いながら、大丈夫よと答えただけであったが、ふと縁側の椅子に腰を掛けている僕を顧みて、市さんもそう云う御転婆は嫌でしょうと聞いた。
僕はただ、あんまり好きじゃないと云って、月の光の隈なく落ちる表を眺めていた。
もし僕が自分の品格に対して尊敬を払う事を忘れたなら、「しかし高木さんには気に入るんだろう」という言葉をその後にきっとつけ加えたに違ない。
そこまで引き摺られなかったのは、僕の体面上まだ仕合せであった。
千代子はかくのごとく明けっ放しであった。
けれども夜が更けて、母がもう寝ようと云い出すまで、彼女は高木の事をとうとう一口も話頭に上せなかった。
そこに僕ははなはだしい故意を認めた。
白い紙の上に一点の暗い印気が落ちたような気がした。
鎌倉へ行くまで千代子を天下の女性のうちで、最も純粋な一人と信じていた僕は、鎌倉で暮したわずか二日の間に、始めて彼女の技巧を疑い出したのである。
その疑が今ようやく僕の胸に根をおろそうとした。
「なぜ高木の話をしないのだろう」 僕は寝ながらこう考えて苦しんだ。
同時にこんな問題に睡眠の時間を奪われる愚さを自分でよく承知していた。
だから苦しむのが馬鹿馬鹿しくてなお癇が起った。
僕は例の通り二階に一人寝ていた。
母と千代子は下座敷に蒲団を並べて、一つ蚊帳の中に身を横たえた。
僕はすやすや寝ている千代子を自分のすぐ下に想像して、必竟のつそつ苦しがる僕は負けているのだと考えない訳に行かなくなった。
僕は寝返りを打つ事さえ厭になった。
自分がまだ眠られないという弱味を階下へ響かせるのが、勝利の報知として千代子の胸に伝わるのを恥辱と思ったからである。
僕がこうして同じ問題をいろいろに考えているうちに、同じ問題が僕にはいろいろに見えた。
高木の名前を口へ出さないのは、全く彼女の僕に対する好意に過ぎない。
僕に気を悪くさせまいと思う親切から彼女はわざとそれだけを遠慮したのである。
こう解釈すると鎌倉にいた時の僕は、あれほど単純な彼女をして、僕の前に高木の二字を公けにする勇気を失わしめたほど、不合理に機嫌を悪くふるまったのだろう。
もしそうだとすれば、自分は人の気を悪くするために、人の中へ出る、不愉快な動物である。
宅へ引込んで交際さえしなければそれで宜い。
けれどももし親切を冠らない技巧が彼女の本義なら……。
僕は技巧という二字を細かに割って考えた。
高木を媒鳥に僕を釣るつもりか。
釣るのは、最後の目的もない癖に、ただ僕の彼女に対する愛情を一時的に刺戟して楽しむつもりか。
あるいは僕にある意味で高木のようになれというつもりか。
そうすれば僕を愛しても好いというつもりか。
あるいは高木と僕と戦うところを眺めて面白かったというつもりか。
または高木を僕の眼の前に出して、こういう人がいるのだから、早く思い切れというつもりか。
――僕は技巧の二字をどこまでも割って考えた。
そうして技巧なら戦争だと考えた。
戦争ならどうしても勝負に終るべきだと考えた。
僕は寝つかれないで負けている自分を口惜しく思った。
電灯は蚊帳を釣るとき消してしまったので、室の中に隙間もなく蔓延る暗闇が窒息するほど重苦しく感ぜられた。
僕は眼の見えないところに眼を明けて頭だけ働らかす苦痛に堪えなくなった。
寝返りさえ慎んで我慢していた僕は、急に起って室を明るくした。
ついでに縁側へ出て雨戸を一枚細目に開けた。
月の傾むいた空の下には動く風もなかった。
僕はただ比較的冷かな空気を肌と咽喉に受けただけであった。
三十二
翌日はいつも一人で寝ている時より一時間半も早く眼が覚めた。
すぐ起きて下へ降りると、銀杏返しの上へ白地の手拭を被って、長火鉢の灰を篩っていた作が、おやもう御目覚でと云いながら、すぐ顔を洗う道具を風呂場へ並べてくれた。
僕は帰りに埃だらけの茶の間を爪先で通り抜けて玄関へ出た。
その時ついでに二人の寝ている座敷を蚊帳越しに覗いて見たら、目敏い母も昨日の汽車の疲が出たせいか、まだ静かな眠を貪ぼっていた。
千代子は固より夢の底に埋まっているように正体なく枕の上に首を落していた。
僕は目的もなく表へ出た。
朝の散歩の趣を久しく忘れていた僕には、常に変わらない町の色が、暑さと雑沓とに染めつけられない安息日のごとく穏やかに見えた。
電車の線路が研ぎ澄まされた光を真直に地面の上に伸ばすのも落ちついた感じであった。
けれども僕は散歩がしたくって出たのではなかった。
ただ眼が早く覚め過ぎて、中有に延びた命の断片を、運動で埋めるつもりで歩くのだから、それほどの興味は空にも地にも乃至町にも見出す事ができなかった。
一時間ばかりして僕はむしろ疲れた顔を母からも千代子からも怪しまれに戻って来た。
母はどこへ行ったのと聞いたが、後から、色沢が好くないよ、どうかおしかいと尋ねた。
「昨夕好く寝られなかったんでしょう」 僕は千代子のこの言葉に対して答うべき術を知らなかった。
実を云うと、昂然としてなに好く寝られたよと云いたかったのである。
不幸にして僕はそれほどの技巧家でなかった。
と云って、正直に寝られなかったと自白するには余り自尊心が強過ぎた。
僕はついに何も答えなかった。
三人が同じ食卓で朝飯を済ますや否や、母が昨日涼しいうちにと頼んでおいた髪結が来た。
洗い立の白い胸掛をかけて、敷居越に手を突いた彼女は、御帰りなさいましと親しい挨拶をした。
彼女はこの職業に共通なめでたい口ぶりを有っていた。
それを得意に使って、内気な母に避暑を誇の種に話させる機会を一句ごとに作った。
母は満足らしくも見えたが、そう蝶蝶しくは饒舌り得なかった。
髪結はより効目のある相手として、すぐ年の若い千代子を選んだ。
千代子は固より誰彼の容赦なく一様に気易く応対のできる女だったので、御嬢様と呼びかけられるたびに相当の受答をして話を勢ました。
千代子の泳の噂が出た時、髪結は活溌で宜しゅうございます、近頃の御嬢様方はみんな水泳の稽古をなさいますと誰が聞いても拵えたような御世辞を云った。
妙な事を吹聴するようでおかしいが、実をいうと僕は女の髪を上げるところを見ているのが好きであった。
母が乏しい髪を工面して、どうかこうか髷に結い上げる様子は、いくら上手が纏めるにしても、それほど見栄のある画ではないが、それでも退屈を凌ぐには恰好な慰みであった。
僕は髪結の手の動く間に、自然とでき上って行く小さな母の丸髷を眺めていた。
そうして腹の中で、千代子の髪を日本流に櫛を入れたらさぞみごとだろうと思った。
千代子は色の美くしい、癖のない、長くて多過ぎる髪の所有者だったからである。
この場合いつもの僕なら、千代ちゃんもついでに結って御貰いなときっと勧めるところであった。
しかし今の僕にはそんな親しげな要求を彼女に向って投げかける気が出悪かった。
すると偶然にも千代子の方で、何だかあたしも一つ結って見たくなったと云い出した。
母は御結いよ久しぶりにと誘なった。
髪結は是非御上げ遊ばせな、私始めて御髪を拝見した時から束髪にしていらっしゃるのはもったいないと思っとりましたとさも結いたそうな口ぶりを見せた。
千代子はとうとう鏡台の前に坐った。
「何に結おうかしら」 髪結は島田を勧めた。
母も同じ意見であった。
千代子は長い髪を背中に垂れたまま突然市さんと呼んだ。
「あなた何が好き」「旦那様も島田が好きだときっとおっしゃいますよ」 僕はぎくりとした。
千代子はまるで平気のように見えた。
わざと僕の方をふり返って、「じゃ島田に結って見せたげましょうか」と笑った。
「好いだろう」と答えた僕の声はいかにも鈍に聞こえた。
三十三
僕は千代子の髪のでき上らない先に二階へ上った。
僕のような神経質なものが拘わって来ると、無関係の人の眼にはほとんど小供らしいと思われるような所作をあえてする。
僕は中途で鏡台の傍を離れて、美くしい島田髷をいただく女が男から強奪する嘆賞の租税を免かれたつもりでいた。
その時の僕はそれほどこの女の虚栄心に媚びる好意を有たなかったのである。
僕は自分で自分の事をかれこれ取り繕ろって好く聞えるように話したくない。
しかし僕ごときものでも長火鉢の傍で起るこんな戦術よりはもう少し高尚な問題に頭を使い得るつもりでいる。
ただそこまで引き摺り落された時、僕の弱点としてどうしても脱線する気になれないのである。
僕は自分でそのつまらなさ加減をよく心得ていただけに、それをあえてする僕を自分で憎み自分で鞭うった。
僕は空威張を卑劣と同じく嫌う人間であるから、低くても小さくても、自分らしい自分を話すのを名誉と信じてなるべく隠さない。
けれども、世の中で認めている偉い人とか高い人とかいうものは、ことごとく長火鉢や台所の卑しい人生の葛藤を超越しているのだろうか。
僕はまだ学校を卒業したばかりの経験しか有たない青二才に過ぎないが、僕の知力と想像に訴えて考えたところでは、おそらくそんな偉い人高い人はいつの世にも存在していないのではなかろうか。
僕は松本の叔父を尊敬している。
けれども露骨なことを云えば、あの叔父のようなのは偉く見える人、高く見せる人と評すればそれで足りていると思う。
僕は僕の敬愛する叔父に対しては偽物贋物の名を加える非礼と僻見とを憚かりたい。
が、事実上彼は世俗に拘泥しない顔をして、腹の中で拘泥しているのである。
小事に齷齪しない手を拱ぬいで、頭の奥で齷齪しているのである。
外へ出さないだけが、普通より品が好いと云って僕は讃辞を呈したく思っている。
そうしてその外へ出さないのは財産の御蔭、年齢の御蔭、学問と見識と修養の御蔭である。
が、最後に彼と彼の家庭の調子が程好く取れているからでもあり、彼と社会の関係が逆なようで実は順に行くからでもある。
――話がつい横道へ外れた。
僕は僕のこせこせしたところを余り長く弁護し過ぎたかも知れない。
僕は今いう通り早く二階へ上ってしまった。
二階は日が近いので、階下よりはよほど凌ぎ悪いのだけれども、平生いつけたせいで、僕は一日の大部分をここで暮らす事にしていたのである。
僕はいつもの通り机の前に坐ったなりただ頬杖を突いてぼんやりしていた。
今朝煙草の灰を棄てたマジョリカの灰皿が綺麗に掃除されて僕の肱の前に載せてあったのに気がついて、僕はその中に現わされた二羽の鵞鳥を眺めながら、その灰を空けた作の手を想像に描いた。
すると下から梯子段を踏む音がして誰か上って来た。
僕はその足音を聞くや否や、すぐそれが作でない事を知った。
僕はこうぼんやり屈托しているところを千代子に見られるのを屈辱のように感じた。
同時に傍にあった書物を開けて、先刻から読んでいたふりをするほど器用な機転を用いるのを好まなかった。
「結えたから見てちょうだい」 僕は僕の前にすぐこう云いながら坐る彼女を見た。
「おかしいでしょう。久しく結わないから」「大変美くしくできたよ。これからいつでも島田に結うといい」「二三度壊しちゃ結い、壊しちゃ結いしないといけないのよ。毛が馴染まなくって」 こんな事を聞いたり答えたり三四返しているうちに、僕はいつの間にか昔と同じように美くしい素直な邪気のない千代子を眼の前に見る気がし出した。
僕の心持が何かの調子で和らげられたのか、千代子の僕に対する態度がどこかで角度を改ためたのか、それは判然と云い悪い。
こうだと説明のできる捕どころは両方になかったらしく記憶している。
もしこの気易い状態が一二時間も長く続いたなら、あるいは僕の彼女に対して抱いた変な疑惑を、過去に溯ぼって当初から真直に黒い棒で誤解という名の下に消し去る事ができたかも知れない。
ところが僕はつい不味い事をしたのである。
三十四
それはほかでもない。
しばらく千代子と話しているうちに、彼女が単に頭を見せに上って来たばかりでなく、今日これから鎌倉へ帰るので、そのさようならを云いにちょっと顔を出したのだと云う事を知った時、僕はつい用意の足りない躓ずき方をしたのである。
「早いね。もう帰るのかい」と僕が云った。
「早かないわ、もう一晩泊ったんだから。だけどこんな頭をして帰ると何だかおかしいわね、御嫁にでも行くようで」と千代子が云った。
「まだみんな鎌倉にいるのかい」と僕が聞いた。
「ええ。なぜ」と千代子が聞き返した。
「高木さんも」と僕がまた聞いた。
高木という名前は今まで千代子も口にせず、僕も話頭に上すのをわざと憚かっていたのである。
が、何かの機会で、平生通りの打ち解けた遠慮のない気分が復活したので、その中に引き込まれた矢先、つい何の気もつかずに使ってしまったのである。
僕はふらふらとこの問をかけて彼女の顔を見た時たちまち後悔した。
僕が煮え切らないまた捌けない男として彼女から一種の軽蔑を受けている事は、僕のとうに話した通りで、実を云えば二人の交際はこの黙許を認め合った上の親しみに過ぎなかった。
その代り千代子が常に畏れる点を、幸にして僕はただ一つ有っていた。
それは僕の無口である。
彼女のように万事明けっ放しに腹を見せなければ気のすまない者から云うと、いつでも、しんねりむっつりと構えている僕などの態度は、けっして気に入るはずがないのだが、そこにまた妙な見透かせない心の存在が仄めくので、彼女は昔から僕を全然知り抜く事のできない、したがって軽蔑しながらもどこかに恐ろしいところを有った男として、ある意味の尊敬を払っていたのである。
これは公けにこそ明言しないが、向うでも腹の底で正式に認めるし、僕も冥々のうちに彼女から僕の権利として要求していた事実である。
ところが偶然高木の名前を口にした時、僕はたちまちこの尊敬を永久千代子に奪い返されたような心持がした。
と云うのは、「高木さんも」という僕の問を聞いた千代子の表情が急に変化したのである。
僕はそれを強ちに勝利の表情とは認めたくない。
けれども彼女の眼のうちに、今まで僕がいまだかつて彼女に見出した試しのない、一種の侮蔑が輝やいたのは疑いもない事実であった。
僕は予期しない瞬間に、平手で横面を力任せに打たれた人のごとくにぴたりと止まった。
「あなたそれほど高木さんの事が気になるの」 彼女はこう云って、僕が両手で耳を抑えたいくらいな高笑いをした。
僕はその時鋭どい侮辱を感じた。
けれどもとっさの場合何という返事も出し得なかった。
「あなたは卑怯だ」と彼女が次に云った。
この突然な形容詞にも僕は全く驚ろかされた。
僕は、御前こそ卑怯だ、呼ばないでもの所へわざわざ人を呼びつけて、と云ってやりたかった。
けれども年弱な女に対して、向うと同じ程度の激語を使うのはまだ早過ぎると思って我慢した。
千代子もそれなり黙った。
僕はようやくにして「なぜ」というわずか二字の問をかけた。
すると千代子の濃い眉が動いた。
彼女は、僕自身で僕の卑怯な意味を充分自覚していながら、たまたま他の指摘を受けると、自分の弱点を相手に隠すために、取り繕ろって空っとぼけるものとこの問を解釈したらしい。
「なぜって、あなた自分でよく解ってるじゃありませんか」「解らないから聞かしておくれ」と僕が云った。
僕は階下に母を控えているし、感情に訴える若い女の気質もよく呑み込んだつもりでいたから、できるだけ相手の気を抜いて話を落ちつかせるために、その時の僕としては、ほとんど無理なほどの、低いかつ緩い調子を取ったのであるが、それがかえって千代子の気に入らなかったと見える。
「それが解らなければあなた馬鹿よ」 僕はおそらく平生より蒼い顔をしたろうと思う。
自分ではただ眼を千代子の上にじっと据えた事だけを記憶している。
その時何物も恐れない千代子の眼が、僕の視線と無言のうちに行き合って、両方共しばらくそこに止まっていた事も記憶している。
三十五
「千代ちゃんのような活溌な人から見たら、僕見たいに引込思案なものは無論卑怯なんだろう。僕は思った事をすぐ口へ出したり、またはそのまま所作にあらわしたりする勇気のない、極めて因循な男なんだから。その点で卑怯だと云うなら云われても仕方がないが……」「そんな事を誰が卑怯だと云うもんですか」「しかし軽蔑はしているだろう。僕はちゃんと知ってる」「あなたこそあたしを軽蔑しているじゃありませんか。あたしの方がよっぽどよく知ってるわ」 僕はことさらに彼女のこの言葉を肯定する必要を認めなかったから、わざと返事を控えた。
「あなたはあたしを学問のない、理窟の解らない、取るに足らない女だと思って、腹の中で馬鹿にし切ってるんです」「それは御前が僕をぐずと見縊ってるのと同じ事だよ。僕は御前から卑怯と云われても構わないつもりだが、いやしくも徳義上の意味で卑怯というなら、そりゃ御前の方が間違っている。僕は少なくとも千代ちゃんに関係ある事柄について、道徳上卑怯なふるまいをした覚はないはずだ。ぐずとか煮え切らないとかいうべきところに、卑怯という言葉を使われては、何だか道義的勇気を欠いた――というより、徳義を解しない下劣な人物のように聞えてはなはだ心持が悪いから訂正して貰いたい。それとも今いった意味で、僕が何か千代ちゃんに対してすまない事でもしたのなら遠慮なく話して貰おう」「じゃ卑怯の意味を話して上げます」と云って千代子は泣き出した。
僕はこれまで千代子を自分より強い女と認めていた。
けれども彼女の強さは単に優しい一図から出た女気の凝り塊りとのみ解釈していた。
ところが今僕の前に現われた彼女は、ただ勝気に充ちただけの、世間にありふれた、俗っぽい婦人としか見えなかった。
僕は心を動かすところなく、彼女の涙の間からいかなる説明が出るだろうと待ち設けた。
彼女の唇を洩れるものは、自己の体面を飾る強弁よりほかに何もあるはずがないと、僕は固く信じていたからである。
彼女は濡れた睫毛を二三度繁叩いた。
「あなたはあたしを御転婆の馬鹿だと思って始終冷笑しているんです。あなたはあたしを……愛していないんです。つまりあなたはあたしと結婚なさる気が……」「そりゃ千代ちゃんの方だって……」「まあ御聞きなさい。そんな事は御互だと云うんでしょう。そんならそれで宜うござんす。何も貰って下さいとは云やしません。ただなぜ愛してもいず、細君にもしようと思っていないあたしに対して……」 彼女はここへ来て急に口籠った。
不敏な僕はその後へ何が出て来るのか、まだ覚れなかった。
「御前に対して」と半ば彼女を促がすように問をかけた。
彼女は突然物を衝き破った風に、「なぜ嫉妬なさるんです」と云い切って、前よりは劇しく泣き出した。
僕はさっと血が顔に上る時の熱りを両方の頬に感じた。
彼女はほとんどそれを注意しないかのごとくに見えた。
「あなたは卑怯です、徳義的に卑怯です。あたしが叔母さんとあなたを鎌倉へ招待した料簡さえあなたはすでに疑っていらっしゃる。それがすでに卑怯です。が、それは問題じゃありません。あなたは他の招待に応じておきながら、なぜ平生のように愉快にして下さる事ができないんです。あたしはあなたを招待したために恥を掻いたも同じ事です。あなたはあたしの宅の客に侮辱を与えた結果、あたしにも侮辱を与えています」「侮辱を与えた覚はない」「あります。言葉や仕打はどうでも構わないんです。あなたの態度が侮辱を与えているんです。態度が与えていないでも、あなたの心が与えているんです」「そんな立ち入った批評を受ける義務は僕にないよ」「男は卑怯だから、そう云う下らない挨拶ができるんです。高木さんは紳士だからあなたを容れる雅量がいくらでもあるのに、あなたは高木さんを容れる事がけっしてできない。卑怯だからです」
松本の話