彼岸過迄

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十

第 48 章
千代子ちよこはその中なかから僕ぼくの描いえがいた画がを五六ごろく枚ばい出しだして見せみせた。
それは赤いあかい椿つばきだの、紫むらさきの東菊あずまぎくだの、色変りいろがわりのダリヤだりやだので、いずれも単純たんじゅんな花卉かきの写生しゃせいに過ぎすぎなかったが、要らいらない所ところにわざと手てを掛けかけて、時間じかんの浪費ろうひを厭わいとわずに、細かくこまかく綺麗きれいに塗り上げぬりあげた手際てぎわは、今いまの僕ぼくから見るみるとほとんど驚ろくおどろくべきものであった。
僕ぼくはこれほど綿密めんみつであった自分じぶんの昔むかしに感服かんぷくした。
「あなたそれを描いえがいて下すっくだすった時分じぶんは、今いまよりよっぽど親切しんせつだったわね」 千代子ちよこは突然とつぜんこう云っいった。
僕ぼくにはその意味いみがまるで分らわからなかった。
画がから眼めを上げあげて、彼女かのじょの顔かおを見るみると、彼女かのじょも黒いくろい大きなおおきな瞳ひとみを僕ぼくの上うえにじっと据えすえていた。
僕ぼくはどういう訳わけでそんな事ことを云ういうのかと尋ねたずねた。
彼女かのじょはそれでも答えこたえずに僕ぼくの顔かおを見つめみつめていた。
やがていつもより小さなちいさな声こえで「でも近頃ちかごろ頼んたのんだって、そんなに精出しせいだして描いえがいては下さらくださらないでしょう」と云っいった。
僕ぼくは描くえがくとも描かえがかないとも答えこたえられなかった。
ただ腹はらの中なかで、彼女かのじょの言葉ことばをもっともだと首くび肯っうけがった。
「それでもよくこんな物ものを丹念たんねんにしまっておくね」「あたし御ご嫁よめに行くいく時じも持っもってくつもりよ」 僕ぼくはこの言葉ことばを聞いきいて変へんに悲しくかなしくなった。
そうしてその悲しいかなしい気分きぶんが、すぐ千代子ちよこの胸むねに応えこたえそうなのがなお恐ろしかっおそろしかった。
僕ぼくはその刹那せつなすでに涙なみだの溢れあふれそうな黒いくろい大きなおおきな眼めを自分じぶんの前まえに想像そうぞうしたのである。
「そんな下らしたらないものは持っもって行かいかないがいいよ」「いいわ、持っもって行っいったって、あたしのだから」 彼女かのじょはこう云いいいつつ、赤いあかい椿つばきや紫むらさきの東菊あずまぎくを重ねかさねて、また文庫ぶんこの中なかへしまった。
僕ぼくは自分じぶんの気分きぶんを変えるかえるためわざと彼女かのじょにいつごろ嫁よめに行くいくつもりかと聞いきいた。
彼女かのじょはもう直じかに行くいくのだと答えこたえた。
「しかしまだきまった訳わけじゃないんだろう」「いいえ、もうきまったの」 彼女かのじょは明らかあきらかに答えこたえた。
今までいままで自分じぶんの安心あんしんを得るうる最後さいごの手段しゅだんとして、一いち日ひも早くはやく彼女かのじょの縁談えんだんが纏まれまとまれば好いよいがと念じねんじていた僕ぼくの心臓しんぞうは、この答こたえと共ともにどきんと音おとのする浪なみを打っうった。
そうして毛穴けあなから這い出すはいだすような膏あぶら汗あせが、背中せなかと腋の下わきのしたを不意ふいに襲っおそった。
千代子ちよこは文庫ぶんこを抱いいだいて立ち上ったちのぼった。
障子しょうじを開けるあけるとき、上うえから僕ぼくを見下しみくだして、「嘘うそよ」と一口ひとくち判はん切せつ云い切っいいきったまま、自分じぶんの室むろの方ほうへ出でて行っいった。
僕ぼくは動くうごく考かんがえもなく故この席せきに坐っすわっていた。
僕ぼくの胸むねには忌々しいいまいましい何物なにものも宿らやどらなかった。
千代子ちよこの嫁よめに行くいく行かいかないが、僕ぼくにどう影響えいきょうするかを、この時じ始めはじめて実際じっさいに自覚じかくする事ことのできた僕ぼくは、それを自覚じかくさせてくれた彼女かのじょの翻弄ほんろうに対したいして感謝かんしゃした。
僕ぼくは今までいままで気きがつかずに彼女かのじょを愛しあいしていたのかも知れしれなかった。
あるいは彼女かのじょが気きがつかないうちに僕ぼくを愛しあいしていたのかも知れしれなかった。
――僕ぼくは自分じぶんという正体しょうたいが、それほど解りわかり悪いわるい怖いこわいものなのだろうかと考えかんがえて、しばらく茫然ぼうぜんとしていた。
するとあちらの方ほうで電話でんわがちりんちりんと鳴っなった。
千代子ちよこが縁えん伝いつたいに急ぎ足いそぎあしでやって来きて、僕ぼくにいっしょに電話でんわをかけてくれと頼んたのんだ。
僕ぼくにはいっしょにかけるという意味いみが呑み込めのみこめなかったが、すぐ立ったって彼女かのじょと共ともに電話でんわ口くちへ行っいった。
「もう呼び出しよびだしてあるのよ。あたし声こえが嗄れしゃがれて、咽喉のどが痛くいたくって話はなしができないからあなた代理だいりをしてちょうだい。聞くきく方ほうはあたしが聞くきくから」 僕ぼくは相手あいての名前なまえも分らわからない、また向うむこうの話はなしの通じつうじない電話でんわをかけるべく、前屈みまえかがみになって用意よういをした。
千代子ちよこはすでに受話器じゅわきを耳みみにあてていた。
それを通しとおして彼女かのじょの頭あたまへ送らおくられる言葉ことばは、独りひとり彼女かのじょが占有せんゆうするだけなので、僕ぼくはただ彼女かのじょの小声こごえでいう挨拶あいさつを大きくおおきくして訳わけも解らわからず先方せんぽうへ取次ぐとりつぐに過ぎすぎなかった。
それでも始はじめの内うちは滑稽こっけいも構わかまわず暇ひまがかかるのも厭わいとわず平気へいきでやっていたが、しだいに僕ぼくの好奇心こうきしんを挑発ちょうはつするような返事へんじや質問しつもんが千代子ちよこの口くちから出でて来るくるので、僕ぼくは曲んきょくんだまま、おいちょいとそれを御ご貸かしと声こえをかけて左手ひだりてを真直まっすぐに千代子ちよこの方ほうへ差し伸べさしのべた。
千代子ちよこは笑いわらいながら否々いないなをして見せみせた。
僕ぼくはさらに姿勢しせいを正しくただしくして、受話器じゅわきを彼女かのじょの手てから奪おううばおうとした。
彼女かのじょはけっしてそれを離さはなさなかった。
取ろうとろうとする取らとらせまいとする争そうが二人ふたりの間まに起っおこった時じ、彼女かのじょは手早くてばやく電話でんわを切っきった。
そうして大きなおおきな声こえをあげて笑いわらい出しだした。
――
十一じゅういち
こういう光景こうけいがもし今いまより一いち年ねん前まえに起っおこったならと僕ぼくはその後あと何なん遍へんもくり返しくりかえしくり返しくりかえし思っおもった。
そう思うおもうたびに、もう遅ち過ぎるすぎる、時機じきはすでに去っさったと運命うんめいから宣告せんこくされるような気きがした。
今いまからでもこういう光景こうけいを二に度ど三さん度どと重ねるかさねる機会きかいは捉まえつかまえられるではないかと、同じおなじ運命うんめいが暗にあんに僕ぼくを唆のかす日ひもあった。
なるほど二人ふたりの情愛じょうあいを互いたがいに反射はんしゃさせ合うあうためにのみ眼めの光ひかりを使うつかう手段しゅだんを憚からはばからなかったなら、千代子ちよこと僕ぼくとはその日ひを基点きてんとして出立しゅったつしても、今頃いまごろは人間にんげんの利害りがいで割くさく事ことのできない愛あいに陥っおちいっていたかも知れしれない。
ただ僕ぼくはそれと反対はんたいの方針ほうしんを取っとったのである。
田口たぐち夫婦ふうふの意向いこうや僕ぼくの母ははの希望きぼうは、他人たにんの入いり智慧ちえ同様どうように意味いみの少ないすくないものとして、単にたんに彼女かのじょと僕ぼくを裸はだかにした生れつきうまれつきだけを比較ひかくすると、僕ぼくらはとてもいっしょになる見込みこみのないものと僕ぼくは平生へいぜいから信じしんじていた。
これはなぜと聞かきかれても満足まんぞくの行くいくように答弁とうべんができないかも知れしれない。
僕ぼくは人ひとに説明せつめいするためにそう信じしんじているのでないから。
僕ぼくはかつて文学ぶんがく好よしみのある友達ともだちからダヌンチオだぬんちおと一いち少女しょうじょの話はなしを聞いきいた事ことがある。
ダヌンチオだぬんちおというのは今いまの以い太利おおのとしで一番いちばん有名ゆうめいな小説家しょうせつかだそうだから、僕ぼくの友達ともだちの主意しゅいは無論むろん彼かれの勢力せいりょくを僕ぼくに紹介しょうかいするつもりだったのだろうが、僕ぼくにはそこへ引合ひきあいに出さだされた少女しょうじょの方ほうが彼かれよりも遥かはるかに興味きょうみが多かっおおかった。
その話はなしはこうである。
―― ある時じダヌンチオだぬんちおが招待しょうたいを受けうけてある会合かいごうの席せきへ出でた。
文学者ぶんがくしゃを国家こっかの装飾そうしょくのようにもてはやす西洋せいようの事ことだから、ダヌンチオだぬんちおはその席せきに群がるむらがるすべての人ひとから多大ただいの尊敬そんけいと愛嬌あいきょうをもって偉人いじんのごとく取扱とりあつかいかわれた。
彼かれが満堂まんどうの注意ちゅういを一身いっしんに集めあつめて、衆人しゅうじんの間まをあちこち徘徊はいかいしているうち、どういう機会きかいか自分じぶんの手巾しゅきんを足あしの下したへ落しおとした。
混雑こんざつの際さいと見えみえて、彼かれは固よりもとより、傍そばのものもいっこうそれに気きがつかずにいた。
するとまだ年ねんの若いわかい美びくしい女おんなが一人ひとりその手巾しゅきんを床ゆかの上うえから取り上げとりあげて、ダヌンチオだぬんちおの前まえへ持っもって来きた。
彼女かのじょはそれをダヌンチオだぬんちおに渡すわたすつもりで、これはあなたのでしょうと聞いきいた。
ダヌンチオだぬんちおはありがとうと答えこたえたが、女おんなの美びくしい器量きりょうに対したいしてちょっと愛嬌あいきょうが必要ひつようになったと見えみえて、「あなたのにして持っもっていらっしゃい、進上しんじょうしますから」とあたかも少女しょうじょの喜びよろこびを予想よそうしたような事ことを云っいった。
女おんなは一口ひとくちの答こたえもせず黙っだまってその手巾しゅきんを指先ゆびさきでつまんだまま暖炉だんろの傍そばまで行っいっていきなりそれを火ひの中なかへ投げ込んなげこんだ。
ダヌンチオだぬんちおは別べつにしてその他ほかの席せきに居合せいあわせたものはことごとく微笑びしょうを洩らしもらした。
僕ぼくはこの話はなしを聞いきいた時じ、年ねんの若いわかい茶褐色ちゃかっしょくの髪毛かみのけを有っあった以い太利おおのとし生れうまれの美人びじんを思い浮べるおもいうかべるよりも、その代りかわりとしてすぐ千代子ちよこの眼めと眉まゆを想像そうぞうした。
そうしてそれがもし千代子ちよこでなくって妹いもうとの百代子ひゃくだいしであったなら、たとい腹はらの中なかはどうあろうとも、その場ばは礼れいを云っいって快よくこころよく手巾しゅきんを貰い受けもらいうけたに違いちがいあるまいと思っおもった。
ただ千代子ちよこにはそれができないのである。
口くちの悪いわるい松本まつもとの叔父おじはこの姉妹しまいに渾名あだなをつけて常つねに大おお蝦えび蟆と小蝦こえび蟆と呼んよんでいる。
二人ふたりの口くちが唇くちびるの薄いうすい割わりに長なが過ぎるすぎるところが銀貨ぎんか入れいれの蟇口がまぐちだと云っいっては常つねに二人ふたりを笑わわらわせたり怒らおこらせたりする。
これは性質せいしつに関係かんけいのない顔形かおかたちの話はなしであるが、同じおなじ叔父おじが口癖くちぐせのようにこの姉妹しまいを評しひょうして、小しょう蟇ひきはおとなしくって好いよいが、大おお蟇ひきは少しすこし猛烈もうれつ過ぎるすぎると云ういうのを聞くきくたびに、僕ぼくはあの叔父おじがどう千代子ちよこを観察かんさつしているのだろうと考えかんがえて、必ずかならず彼かれの眼識がんしきに疑ぎを挟きょうさみたくなる。
千代子ちよこの言語げんごなり挙動きょどうなりが時じに猛烈もうれつに見えるみえるのは、彼女かのじょが女おんならしくない粗野そやなところを内うちに蔵しぞうしているからではなくって、余りあまり女おんならしい優しいやさしい感情かんじょうに前後ぜんごを忘れわすれて自分じぶんを投げかけるなげかけるからだと僕ぼくは固くかたく信じしんじて疑がわうたがわないのである。
彼女かのじょの有っあっている善悪ぜんあく是非ぜひの分別ぶんべつはほとんど学問がくもんや経験けいけんと独立どくりつしている。
ただ直覚ちょっかく的まとに相手あいてを目め当にまさに燃えもえ出すだすだけである。
それだから相手あいては時じによると稲妻いなずまに打たうたれたような思いおもいをする。
当りあたりの強くつよく烈しくはげしく来るくるのは、彼女かのじょの胸むねから純粋じゅんすいな塊まりかたまりが一度いちどに多量たりょうに飛んとんで出るでるという意味いみで、刺さしだの毒どくだの腐蝕ふしょく剤ざいだのを吹きかけふきかけたり浴びせかけあびせかけたりするのとはまるで訳わけが違うちがう。
その証拠しょうこにはたといどれほど烈しくはげしく怒らおこられても、僕ぼくは彼女かのじょから清いきよいもので自分じぶんの腸ちょうを洗わあらわれたような気持きもちのした場合ばあいが今までいままでに何なん遍へんもあった。
気高いけだかいものに出会っであったという感じかんじさえ稀まれには起しおこしたくらいである。
僕ぼくは天下てんかの前まえにただ一人ひとり立ったって、彼女かのじょはあらゆる女おんなのうちでもっとも女おんならしい女おんなだと弁護べんごしたいくらいに思っおもっている。
十二じゅうに
これほど好くほどよく思っおもっている千代子ちよこを妻つまとしてどこが不都合ふつごうなのか。
――実じつは僕ぼくも自分じぶんで自分じぶんの胸むねにこう聞いきいた事ことがある。
その時じ理由りゆうも何なんもまだ考えかんがえない先さきに、僕ぼくはまず恐ろしくおそろしくなった。
そうして夫婦ふうふとしての二人ふたりを長くながく眼前がんぜんに想像そうぞうするにたえなかった。
こんな事ことを母ははに云っいったら定めしさだめし驚ろくおどろくだろう、同年輩どうねんぱいの友達ともだちに話しはなしてもあるいは通じつうじないかも知れしれない。
けれども強いてしいて沈黙ちんもくのなかに記憶きおくを埋めるうめる必要ひつようもないから、それを自分じぶんだけの感想かんそうに止めとめないでここに自白じはくするが、一口ひとくちに云ういうと、千代子ちよこは恐ろしいおそろしい事ことを知らしらない女おんななのである。
そうして僕ぼくは恐ろしいおそろしい事ことだけ知っしった男おとこなのである。
だからただ釣り合わつりあわないばかりでなく、夫婦ふうふとなればまさに逆ぎゃくにでき上るできあがるよりほかに仕方しかたがないのである。
僕ぼくは常つねに考えかんがえている。
「純粋じゅんすいな感情かんじょうほど美びくしいものはない。美びくしいものほど強いつよいものはない」と。
強いつよいものが恐れおそれないのは当り前あたりまえである。
僕ぼくがもし千代子ちよこを妻つまにするとしたら、妻つまの眼めから出るでる強烈きょうれつな光ひかりに堪えこらえられないだろう。
その光ひかりは必ずかならずしも怒どを示すしめすとは限らかぎらない。
情じょうの光ひかりでも、愛あいの光ひかりでも、もしくは渇仰かつごうの光ひかりでも同じおなじ事ことである。
僕ぼくはきっとその光ひかりのために射竦めいすくめられるにきまっている。
それと同どう程度ていどあるいはより以上いじょうの輝くかがやくものを、返礼へんれいとして彼女かのじょに与えるあたえるには、感情かんじょう家いえとして僕ぼくが余りあまりに貧弱ひんじゃくだからである。
僕ぼくは芳烈ほうれつな一いち樽そんの清酒せいしゅを貰っもらっても、それを味わいあじわい尽くすつくす資格しかくを持たもたない下戸げことして、今日きょうまで世間せけんから教育きょういくされて来きたのである。
千代子ちよこが僕ぼくのところへ嫁よめに来れこれば必ずかならず残酷ざんこくな失望しつぼうを経験けいけんしなければならない。
彼女かのじょは美びくしい天賦てんぷの感情かんじょうを、あるに任せまかせて惜おし気きもなく夫おっとの上うえに注ぎ込むそそぎこむ代りかわりに、それを受け入れるうけいれる夫おっとが、彼女かのじょから精神上せいしんじょうの営養えいようを得とくて、大いにおおいに世の中よのなかに活躍かつやくするのを唯一ゆいいつの報酬ほうしゅうとして夫おっとから予期よきするに違いちがいない。
年ねんのいかない、学問がくもんの乏しいとぼしい、見識けんしきの狭いせまい点てんから見るみると気の毒きのどくと評しひょうして然るしかるべき彼女かのじょは、頭あたまと腕うでを挙げあげて実じつ世間せけんに打ち込んうちこんで、肉眼にくがんで指すさす事ことのできる権力けんりょくか財力ざいりょくを攫まつかまなくっては男子だんしでないと考えかんがえている。
単純たんじゅんな彼女かのじょは、たとい僕ぼくのところへ嫁よめに来きても、やはりそう云ういう働きはたらきぶりを僕ぼくから要求ようきゅうし、また要求ようきゅうさえすれば僕ぼくにできるものとのみ思いつめおもいつめている。
二人ふたりの間まに横たわるよこたわる根本的こんぽんてきの不幸ふこうはここに存在そんざいすると云っいっても差支さしつかえないのである。
僕ぼくは今いま云っいった通りとおり、妻つまとしての彼女かのじょの美びくしい感情かんじょうを、そう多量たりょうに受け入れるうけいれる事ことのできない至っていたって燻ぶっふすぶった性質せいしつなのだが、よし焼石やけいしに水みずを濺いだ時じのように、それをことごとく吸い込んすいこんだところで、彼女かのじょの望みのぞみ通りとおりに利用りようする訳わけにはとても行かいかない。
もし純粋じゅんすいな彼女かのじょの影響えいきょうが僕ぼくのどこかに表われるあらわれるとすれば、それはいくら説明せつめいしても彼女かのじょには全くまったく分らわからないところに、思いおもいも寄らよらぬ形かたちとなって発現はつげんするだけである。
万一まんいち彼女かのじょの眼めにとまっても、彼女かのじょはそれをコスメチックこすめちっくで塗りぬり堅めかためた僕ぼくの頭あたまや羽二重はぶたえの足袋たびで包んつつんだ僕ぼくの足あしよりもありがたがらないだろう。
要するようするに彼女かのじょから云えいえば、美びくしいものを僕ぼくの上うえに永久えいきゅう浪費ろうひして、しだいしだいに結婚けっこんの不幸ふこうを嘆くなげくに過ぎすぎないのである。
僕ぼくは自分じぶんと千代子ちよこを比較ひかくするごとに、必ずかならず恐れおそれない女おんなと恐れるおそれる男おとこという言葉ことばをくり返しくりかえしたくなる。
しまいにはそれが自分じぶんの作っつくった言葉ことばでなくって、西洋せいよう人ひとの小説しょうせつにそのまま出でているような気きを起すおこす。
この間ま講釈こうしゃく好きすきの松本まつもとの叔父おじから、詩しと哲学てつがくの区別くべつを聞かさきかされて以来いらいは、恐れおそれない女おんなと恐れるおそれる男おとこというと、たちまち自分じぶんに縁えんの遠いとおい詩しと哲学てつがくを想い出すおもいだす。
叔父おじは素人しろうと学問がくもんながらこんな方面ほうめんに興味きょうみを有っあっているだけに、面白いおもしろい事ことをいろいろ話しはなして聞かしきかしたが、僕ぼくを捕まえつかまえて「御前ごぜんのような感情かんじょう家いえは」と暗にあんに詩人しじんらしく僕ぼくを評しひょうしたのは間違っまちがっている。
僕ぼくに云わいわせると、恐れおそれないのが詩人しじんの特色とくしょくで、恐れるおそれるのが哲人てつじんの運命うんめいである。
僕ぼくの思い切っおもいきった事ことのできずにぐずぐずしているのは、何なんより先さきに結果けっかを考えかんがえて取越とりこし苦労くろうをするからである。
千代子ちよこが風かぜのごとく自由じゆうに振舞うふるまうのは、先さきの見えみえないほど強いつよい感情かんじょうが一度いちどに胸むねに湧き出るわきでるからである。
彼女かのじょは僕ぼくの知っしっている人間にんげんのうちで、最ももっとも恐れおそれない一人ひとりである。
だから恐れるおそれる僕ぼくを軽蔑けいべつするのである。
僕ぼくはまた感情かんじょうという自分じぶんの重みおもみでけつまずきそうな彼女かのじょを、運命うんめいのアイロニーあいろにーを解せげせざる詩人しじんとして深くふかく憐れむあわれむのである。
否いな時じによると彼女かのじょのために戦慄せんりつするのである。
十三じゅうさん
須永すながの話はなしの末すえ段だんは少しすこし敬太郎けいたろうの理解力りかいりょくを苦しめくるしめた。
事実じじつを云えいえば彼かれはまた彼かれなりに詩人しじんとも哲学者てつがくしゃとも云いいい得るうる男おとこなのかも知れしれなかった。
しかしそれは傍そばから彼かれを見みた眼めの評するひょうする言葉ことばで、敬太郎けいたろう自身じしんはけっしてどっちとも思っおもっていなかった。
したがって詩しとか哲学てつがくとかいう文字もじも、月つきの世界せかいでなければ役やくに立たたたない夢ゆめのようなものとして、ほとんど一顧いっこに価あたいしないくらいに見限っみかぎっていた。
その上うえ彼かれは理窟りくつが大嫌いだいきらいであった。
右みぎか左ひだりへ自分じぶんの身体しんたいを動かしうごかし得とくないただの理窟りくつは、いくら旨くうまくできても彼かれには用ようのない贋造がんぞう紙幣しへいと同じおなじ物ものであった。
したがって恐れるおそれる男おとことか恐れおそれない女おんなとかいう辻占つじうらに似にた文句もんくを、黙っだまって聞いきいているはずはなかったのだが、しっとりと潤っうるおった身の上みのうえ話はなしの続きつづきとして、感想かんそうがそこへ流れ込んながれこんで来きたものだから、敬太郎けいたろうもよく解らわからないながら素直すなおに耳みみを傾むけかたむけなければすまなかったのである。
須永すながもそこに気きがついた。
「話はなしが理窟りくつ張っちょうってむずかしくなって来きたね。あんまり一人ひとりで調子ちょうしに乗っのって饒舌にょうぜつっているものだから」「いや構わかまわん。大変たいへん面白いおもしろい」「洋杖すてっきの効果こうかがありゃしないか」「どうも不思議ふしぎにあるようだ。ついでにもう少しすこし先さきまで話すはなす事ことにしようじゃないか」「もう無いないよ」 須永すながはそう云い切っいいきって、静かしずかな水みずの上うえに眼めを移しうつした。
敬太郎けいたろうもしばらく黙っだまっていた。
不思議ふしぎにも今いま聞かさきかされた須永すながの詩しだか哲学てつがくだか分らわからないものが、形かたちの判然はんぜんしない雲の峰くものみねのように、頭あたまの中なかに聳えそびえて容易よういに消えきえそうにしなかった。
何事なにごとも語らかたらないで彼かれの前まえに坐っすわっている須永すなが自身じしんも、平生へいぜいの紋切もんきり形かたちを離れはなれた怪しいあやしい一いち種しゅの人物じんぶつとして彼かれの眼めに映じえいじた。
どうしてもまだ話はなしの続きつづきがあるに違いないと思っおもった敬太郎けいたろうは、今いまの一番いちばんしまいの物語ものがたりはいつごろの事ことかと須永すながに尋ねたずねた。
それは自分じぶんの三さん年生ねんせいぐらいの時じの出来事できごとだと須永すながは答えこたえた。
敬太郎けいたろうは同じおなじ関係かんけいが過去かこ一いち年ねん余りあまりの間まにどういう径路けいろを取っとってどう進んすすんで、今いまはどんな解釈かいしゃくがついているかと聞き返しききかえした。
須永すながは苦笑くしょうして、まず外そとへ出でてからにしようと云っいった。
二人ふたりは勘定かんじょうを済ましすまして外そとへ出でた。
須永すながは先さきへ立つたつ敬太郎けいたろうの得意とくいに振り動かすふりうごかす洋杖すてっきの影かげを見みてまた苦笑くしょうした。
柴又しばまたの帝釈天たいしゃくてんの境内けいだいに来きた時じ、彼かれらは平凡へいぼんな堂宇どううを、義理ぎりに拝まおがませられたような顔かおをしてすぐ門もんを出でた。
そうして二人ふたり共とも汽車きしゃを利用りようしてすぐ東京とうきょうへ帰ろうかえろうという気きを起しおこした。
停車場ていしゃじょうへ来るくると、間ま怠るおこたるこい田舎いなか汽車きしゃの発車はっしゃ時間じかんにはまだだいぶ間まがあった。
二人ふたりはすぐそこにある茶店ちゃみせに入っはいって休息きゅうそくした。
次つぎの物語ものがたりはその時じ敬太郎けいたろうが前約ぜんやくを楯たてに須永すながから聞かしきかして貰っもらったものである。
―― 僕ぼくが大学だいがくの三さん年ねんから四よん年ねんに移るうつる夏休みなつやすみの出来事できごとであった。
宅たくの二に階かいに籠っこもってこの暑中しょちゅうをどう暮らしくらしたら宜かろうよかろうと思案しあんしていると、母ははが下したから上っのぼって来きて、閑かんになったら鎌倉かまくらへちょっと行っいって来きたらどうだと云っいった。
鎌倉かまくらにはその一いち週間しゅうかんほど前まえから田口たぐちのものが避暑ひしょに行っいっていた。
元来がんらい叔父おじは余りあまり海辺うみべを好まこのまない性質せいしつなので、一家いっかのものは毎年まいとし軽井沢かるいざわの別荘べっそうへ行くいくのを例れいにしていたのだが、その年ねんは是非ぜひ海水浴かいすいよくがしたいと云ういう娘むすめ達とおるの希望きぼうを容れいれて、材木座ざいもくざにある、ある人ひとの邸宅ていたくを借り入れかりいれたのである。
移るうつる前まえに千代子ちよこが暇乞いとまごいかたがた報知ほうちに来きて、まだ行っいっては見みないけれども、山陰さんいんの涼しいすずしい崖がけの上うえに、二に段だんか三さん段だんに建てたてた割合わりあい手広てびろな住居じゅうきょだそうだから是非ぜひ遊びあそびに来いこいと母ははに勧めすすめていたのを、僕ぼくは傍そばで聞いきいていた。
それで僕ぼくは母ははにあなたこそ行っいって遊んあそんで来きたら気き保養ほようになってよかろうと忠告ちゅうこくした。
母ははは懐ふところから千代子ちよこの手紙てがみを出しだして見せみせた。
それには千代子ちよこと百代子ひゃくだいしの連名れんめいで、母ははと僕ぼくにいっしょに来るくるようにと、彼かれらの女親おんなおやの命令めいれいを伝えるつたえるごとく書いかいてあった。
母ははが行くいくとすれば年寄としより一人ひとりを汽車きしゃに乗せるのせるのは心配しんぱいだから、是非ぜひ共とも僕ぼくがついて行かいかなければならなかった。
変へん窟いわやな僕ぼくからいうと、そう混雑こんざつした所ところへ二人ふたりで押しかけるおしかけるのは、世話せわにならないにしても気の毒きのどくで厭いやだった。
けれども母ははは行きいきたいような顔かおをした。
そうしてそれが僕ぼくのために行きいきたいような顔かおに見えるみえるので僕ぼくはますます厭いやになった。
が、とどのつまりとうとう行くいく事ことにした。
こう云っいっても人ひとには通じつうじないかも知れしれないが、僕ぼくは意地いじの強いつよい男おとこで、また意地いじの弱いよわい男おとこなのである。
十四じゅうよん
母ははは内気うちきな性分しょうぶんなので平生へいぜいから余りあまり旅行りょこうを好まこのまなかった。
昔むかし風かぜに重きおもきをおかなければ承知しょうちしない厳格げんかくな父ちちの生きいきている頃ころは外そとへもそうたびたびは出でられない様子ようすであった。
現にげんに僕ぼくは父ちちと母ははが娯楽ごらくの目的もくてきをもっていっしょに家いえを留守るすにした例れいを覚えおぼえていない。
父ちちが死んしんで自由じゆうが利くきくようになってからも、そう勝手かってな時じに好きすきな所ところへ行くいく機会きかいは不幸ふこうにして僕ぼくの母ははには与えあたえられなかった。
一人ひとりで遠くとおくへ行っいったり、長くながく宅たくを空けあけたりする便宜べんぎを有ゆうたない彼女かのじょは、母子ぼし二人ふたりの家庭かていにこうして幾いく年ねんを老いおいたのである。
鎌倉かまくらへ行こういこうと思い立っおもいたった日ひ、僕ぼくは彼女かのじょのために一いち個この鞄かばんを携えたずさえて直行ちょっこうの汽車きしゃに乗っのった。
母ははは車くるまの動きうごき出すだす時じ、隣となりに腰こしをかけた僕ぼくに、汽車きしゃも久しぶりひさしぶりだねと笑いわらいながら云っいった。
そう云わいわれた僕ぼくにも実じつは余りあまり頻繁ひんぱんな経験けいけんではなかった。
新らしいあたらしい気分きぶんに誘わさそわれた二人ふたりの会話かいわは平生へいぜいよりは生々なまなましていた。
何なんを話しはなしたか自分じぶんにもいっこう覚えおぼえのない事ことを、聞いきいたり聞かきかれたりして断続だんぞくに任せまかせているうちに車くるまは目的地もくてきちに着いついた。
あらかじめ通知つうちをしてないので停車場ていしゃじょうには誰だれも迎むかえに来きていなかったが、車くるまを雇うやとうとき某ぼうさんの別荘べっそうと注意ちゅういしたら、車夫しゃふはすぐ心得こころえて引き出しひきだした。
僕ぼくはしばらく見みないうちに、急きゅうに新らしいあたらしい家いえの多くおおくなった砂道すなみちを通りとおりながら、松まつの間まから遠くとおくに見えるみえる畠中はたけなかの黄色いきいろい花はなを美びくしく眺めながめた。
それはちょっと見るみるとまるで菜種なたねの花はなと同じおなじ趣おもむきを具えそなえた目め新らしいあたらしいものであった。
僕ぼくは車くるまの上うえで、このちらちらする色いろは何なんだろうと考えかんがえ抜いぬいた揚句あげく、突然とつぜん唐茄子とうなすだと気きがついたので独りひとりおかしがった。
車くるまが別荘べっそうの門もんに着いついた時じ、戸障子としょうじを取り外しとりはずした座敷ざしきの中なかに動くうごく人ひとの影かげが往来おうらいからよく見えみえた。
僕ぼくはそのうちに白いしろい浴衣ゆかたを着きた男おとこのいるのを見みて、多分たぶん叔父おじが昨日きのうあたり東京とうきょうから来きて泊っとまってるのだろうと思っおもった。
ところが奥おくにいるものがことごとく僕ぼくらを迎えるむかえるために玄関げんかんへ出でて来きたのに、その男おとこだけは少しすこしも顔かおを見せみせなかった。
もちろん叔父おじならそのくらいの事ことはあるべきはずだと思っおもって、座敷ざしきへ通っとおって見るみると、そこにも彼かれの姿すがたは見えみえなかった。
僕ぼくはきょろきょろしているうちに、叔母おばと母ははが汽車きしゃの中なかはさぞ暑かっあつかったろうとか、見晴しみはらしの好いよい所ところが手てに入っはいって結構けっこうだとか、年寄としよりの女おんなだけに口数くちかずの多いおおい挨拶あいさつのやりとりを始めはじめた。
千代子ちよこと百代子ひゃくだいしは母ははのために浴衣ゆかたを勧めすすめたり、脱ぎ捨てぬぎすてた着物きものを晒さらし干しほしてくれたりした。
僕ぼくは下女げじょに風呂場ふろばへ案内あんないして貰っもらって、水みずで顔かおと頭あたまを洗っあらった。
海岸かいがんからはだいぶ道程どうていのある山手やまてだけれども水みずは存外ぞんがい悪かっわるかった。
手拭てぬぐいを絞っしぼって金盥かなだらいの底そこを見みていると、たちまち砂すなのような滓かすが澱んよどんだ。
「これを御ご使いつかいなさい」という千代子ちよこの声こえが突然とつぜん後あとでした。
振り返るふりかえると、乾いかわいた白いしろいタオルたおるが肩かたの所ところに出でていた。
僕ぼくはタオルたおるを受取っうけとって立ち上ったちのぼった。
千代子ちよこはまた傍そばにある鏡台きょうだいの抽出ちゅうしゅつから櫛くしを出しだしてくれた。
僕ぼくが鏡かがみの前まえに坐っすわって髪かみを解かしとかしている間ま、彼女かのじょは風呂場ふろばの入口いりぐちの柱はしらに身体しんたいを持たしもたして、僕ぼくの濡れぬれた頭あたまを眺めながめていたが、僕ぼくが何なんも云わいわないので、向うむこうから「悪いわるい水みずでしょう」と聞いきいた。
僕ぼくは鏡かがみの中なかを見みたなり、どうしてこんな色いろが着いついているのだろうと云っいった。
水みずの問答もんどうが済んすんだとき、僕ぼくは櫛くしを鏡台きょうだいの上うえに置いおいて、タオルたおるを肩かたにかけたまま立ち上ったちのぼった。
千代子ちよこは僕ぼくより先さきに柱はしらを離れはなれて座敷ざしきの方ほうへ行こういこうとした。
僕ぼくは藪やぶから棒ぼうに後あとから彼女かのじょの名なを呼んよんで、叔父おじはどこにいるかと尋ねたずねた。
彼女かのじょは立ち止まったちどまって振り返っふりかえった。
「御ご父さんちちさんは四五しご日ひ前まえちょっといらしったけど、一昨いっさく日ひまた用ようが出来できたって東京とうきょうへ御ご帰りかえりになったぎりよ」「ここにゃいないのかい」「ええ。なぜ。ことによると今日きょうの夕方ゆうがた吾一ごいちさんを連れつれて、またいらっしゃるかも知れしれないけども」 千代子ちよこは明日あすもし天気てんきが好けれよければ皆みなと魚さかなを漁りすなどりに行くいくはずになっているのだから、田口たぐちが都合つごうして今日きょうの夕方ゆうがたまでに来きてくれなければ困るこまるのだと話しはなした。
そうして僕ぼくにも是非ぜひいっしょに行けいけと勧めすすめた。
僕ぼくは魚さかなの事ことよりも先刻せんこく見みた浴衣がけゆかたがけの男おとこの居所きょしょが知りしりたかった。
十五じゅうご
「先刻せんこく誰だれだか男おとこの人ひとが一人ひとり座敷ざしきにいたじゃないか」「あれ高木たかぎさんよ。ほら秋子あきこさんの兄さんあにさんよ。知っしってるでしょう」 僕ぼくは知っしっているともいないとも答えこたえなかった。
しかし腹はらの中なかでは、この高木たかぎと呼ばよばれる人ひとの何者なにものかをすぐ了解りょうかいした。
百代子ひゃくだいしの学校がっこう朋輩ほうばいに高木たかぎ秋子あきこという女おんなのある事ことは前まえから承知しょうちしていた。
その人ひとの顔かおも、百代子ひゃくだいしといっしょに撮っとった写真しゃしんで知っしっていた。
手蹟しゅせきも絵え端書はしがきで見みた。
一人ひとりの兄あにが亜米利加あめりかへ行っいっているのだとか、今いま帰っかえって来きたばかりだとかいう話はなしもその頃ころ耳みみにした。
困らこまらない家庭かていなのだろうから、その人ひとが鎌倉かまくらへ遊びあそびに来きているぐらいは怪しむあやしむに足らあしらなかった。
よしここに別荘べっそうを持っもっていたところで不思議ふしぎはなかった。
が、僕ぼくはその高木たかぎという男おとこの住んすんでいる家いえを千代子ちよこから聞きききたくなった。
「ついこの下したよ」と彼女かのじょは云っいったぎりであった。
「別荘べっそうかい」と僕ぼくは重ねかさねて聞いきいた。
「ええ」 二人ふたりはそれ以外いがいを語らかたらずに座敷ざしきへ帰っかえった。
座敷ざしきでは母ははと叔母おばがまだ海うみの色いろがどうだとか、大仏だいぶつがどっちの見当けんとうにあたるとかいうさほどでもない事ことを、問題もんだいらしく聞いきいたり教えおしえたりしていた。
百代子ひゃくだいしは千代子ちよこに彼かれらの父ちちがその日ひの夕方ゆうがたまでに来るくると云っいって、わざわざ知らしらせて来きた事ことを告げつげた。
二人ふたりは明日あす魚さかなを漁りすなどりに行くいく時じの楽みたのしみを、今いま眼めの当りあたりに描き出しえがきだして、すでに手の内てのうちに握っにぎった人ひとのごとく語り合っかたりあった。
「高木たかぎさんもいらっしゃるんでしょう」「市しさんもいらっしゃい」 僕ぼくは行かいかないと答えこたえた。
その理由りゆうとして、少しすこし宅たくに用ようがあって、今夜こんや東京とうきょうへ帰えらかえらなければならないからという説明せつめいを加えくわえた。
しかし腹はらの中なかではただでさえこう混雑こんざつしているところへ、もし田口たぐちが吾一ごいちでも連れつれて来きたら、それこそ自分じぶんの寝るねる場所ばしょさえ無くなるなくなるだろうと心配しんぱいしたのである。
その上うえ僕ぼくは姉妹しまいの知っしっている高木たかぎという男おとこに会うあうのが厭いやだった。
彼かれは先刻せんこくまで二人ふたりと僕ぼくの評判ひょうばんをしていたが、僕ぼくの来きたのを見みて、遠慮えんりょして裏うらから帰っかえったのだと百代子ひゃくだいしから聞いきいた時じ、僕ぼくはまず窮屈きゅうくつな思いおもいを逃れのがれて好かっよかったと喜こんよろこんだ。
僕ぼくはそれほど知らしらない人ひとを怖こわがる性分しょうぶんなのである。
僕ぼくの帰るかえると云ういうのを聞いきいた二人ふたりは、驚ろいおどろいたような顔かおをしてとめにかかった。
ことに千代子ちよこは躍起やっきになった。
彼女かのじょは僕ぼくを捉まえつかまえて変人へんじんだと云っいった。
母ははを一人ひとり残しのこしてすぐ帰るかえる法ほうはないと云っいった。
帰るかえると云っいっても帰さきさないと云っいった。
彼女かのじょは自分じぶんの妹いもうとや弟おとうとに対したいしてよりも、僕ぼくに対したいしては遥かはるかに自由じゆうな言葉ことばを使いつかい得るうる特権とっけんを有っあっていた。
僕ぼくは平生へいぜいから彼女かのじょが僕ぼくに対したいして振舞うふるまうごとく大胆だいたんに率直そっちょくに(ある時じは善意ぜんいではあるが)威圧的いあつてきに、他人たにんに向っむかって振舞うふるまう事ことができたなら、僕ぼくのような他ほかに欠点けってんの多いおおいものでも、さぞ愉快ゆかいに世の中よのなかを渡っわたって行かいかれるだろうと想像そうぞうして、大いにおおいにこの小さなちいさな暴君ぼうくんを羨ましうらやましがっていた。
「えらい権幕けんまくだね」「あなたは親不孝おやふこうよ」「じゃ叔母おばさんに聞いきいて来るくるから、もし叔母おばさんが泊っとまって行くいく方ほうがいいって、おっしゃったら、泊っとまっていらっしゃい。ね」 百代子ひゃくだいしは仲裁ちゅうさいを試みるこころみるような口調くちょうでこう云いいいながら、すぐ年寄としよりの話しはなしている座敷ざしきの方ほうへ立ったって行っいった。
僕ぼくの母ははの意向いこうは無論むろん聞くきくまでもなかった。
したがって百代子ひゃくだいしの年寄としより二人ふたりから齎らしもたらした返事へんじもここに述べるのべるのは蛇足だそくに過ぎすぎない。
要するようするに僕ぼくは千代子ちよこの捕虜ほりょになったのである。
僕ぼくはやがてちょっと町まちへ出でて来るくるという口実こうじつの下したに、午後ごごの暑いあつい日ひを洋傘ようがさで遮ぎりさえぎりながら別荘べっそうの附近ふきんを順序じゅんじょなく徘徊はいかいした。
久しくひさしく見みない土地とちの昔むかしを偲ぶしのぶためと云えいえば云えいえない事こともないが、僕ぼくにそんな寂びさびた心持こころもちを嬉しうれしがる風流ふうりゅうがあったにしたところで、今いまはそれに耽るふける落ちつきおちつきも余裕よゆうも与えあたえられなかった。
僕ぼくはただうろうろとそこらの標札ひょうさつを読んよんで歩いあるいた。
そうして比較的ひかくてき立派りっぱな平屋ひらや建けんの門もんの柱はしらに、高木たかぎの二に字じを認めみとめた時じ、これだろうと思っおもって、しばらく門前もんぜんに佇んたたずんだ。
それから後あとは全くまったく何なんの目的もくてきもなしになお緩漫かんまんな歩行ほこうを約やく十五じゅうご分ぶんばかり続けつづけた。
しかしこれは僕ぼくが自分じぶんの心こころに、高木たかぎの家いえを見るみるためにわざわざ表ひょうへ出でたのではないと申し渡しもうしわたしたと同じおなじようなものであった。
僕ぼくはさっさと引き返しひきかえした。
十六じゅうろく
実じつを云ういうと、僕ぼくはこの高木たかぎという男おとこについて、ほとんど何なんも知らしらなかった。
ただ一遍いちぺん百代子ひゃくだいしから彼かれが適当てきとうな配偶はいぐうを求めもとめつつある由ゆを聞いきいただけである。
その時じ百代子ひゃくだいしが、御ご姉さんあねさんにはどうかしらと、ちょうど相談そうだんでもするように僕ぼくの顔色かおいろを見みたのを覚えおぼえている。
僕ぼくはいつもの通りとおり冷淡れいたんな調子ちょうしで、好いよいかも知れしれない、御ご父さんちちさんか御ご母さんははさんに話しはなして御覧ごらんと云っいったと記憶きおくする。
それから以後いご僕ぼくの田口たぐちの家いえに足あしを入れいれた度数どすうは何なん遍へんあるか分らわからないが、高木たかぎの名前なまえは少くすくなくとも僕ぼくのいる席せきではついぞ誰だれの口くちにも上らのぼらなかったのである。
それほど親しみしたしみの薄いうすい、顔かおさえ見みた事ことのない男おとこの住居じゅうきょに何なんの興味きょうみがあって、僕ぼくはわざわざ砂すなの焼けるやける暑さあつさを冒しおかして外出がいしゅつしたのだろう。
僕ぼくは今日きょうまでその理由りゆうを誰だれにも話さはなさずにいた。
自分自身じぶんじしんにもその時じにはよく説明せつめいができなかった。
ただ遠くとおくの方ほうにある一種いっしゅの不安ふあんが、僕ぼくの身体しんたいを動かしうごかしに来きたという漠きよしたる感じかんじが胸むねに射ししゃしたばかりであった。
それが鎌倉かまくらで暮らしくらした二に日ひの間まに、紛れまぎれもないある形かたちを取っとって発展はってんした結果けっかを見みて、僕ぼくを散歩さんぽに誘い出しさそいだしたのもやはり同じおなじ力ちからに違いちがいないと今いまから思うおもうのである。
僕ぼくが別荘べっそうへ帰っかえって一いち時間じかん経つたつか経たへたないうちに、僕ぼくの注意ちゅういした門札もんさつと同じおなじ名前なまえの男おとこがたちまち僕ぼくの前まえに現われあらわれた。
田口たぐちの叔母おばは、高木たかぎさんですと云っいって叮嚀ていねいにその男おとこを僕ぼくに紹介しょうかいした。
彼かれは見るみるからに肉にくの緊きんった血色けっしょくの好いよい青年せいねんであった。
年ねんから云ういうと、あるいは僕ぼくより上うえかも知れしれないと思っおもったが、そのきびきびした顔つきかおつきを形容けいようするには、是非ぜひ共とも青年せいねんという文字もじが必要ひつようになったくらい彼かれは生気せいきに充ちみちていた。
僕ぼくはこの男おとこを始めはじめて見みた時じ、これは自然しぜんが反対はんたいを比較ひかくするために、わざと二人ふたりを同じおなじ座敷ざしきに並べならべて見せるみせるのではなかろうかと疑ぐっうたぐった。
無論むろんその不利益ふりえきな方面ほうめんを代表だいひょうするのが僕ぼくなのだから、こう改あらためたまって引き合わさひきあわされるのが、僕ぼくにはただ悪いわるい洒落しゃれとしか受取らうけとられなかった。
二人ふたりの容貌ようぼうがすでに意地いじの好くよくない対照たいしょうを与えあたえた。
しかし様子ようすとか応対おうたいぶりとかになると僕ぼくはさらにはなはだしい相違そういを自覚じかくしない訳わけに行かいかなかった。
僕ぼくの前まえにいるものは、母ははとか叔母おばとか従妹じゅうまいとか、皆みな親しみしたしみの深いぶかい血ち属ぞくばかりであるのに、それらに取り捲かとりまかれている僕ぼくが、この高木たかぎに比べるくらべると、かえってどこからか客きゃくにでも来きたように見えみえたくらい、彼かれは自由じゆうに遠慮えんりょなく、しかもある程度ていどの品格ひんかくを落すおとす危険きけんなしに己おのれを取扱とりあつかいかう術じゅつを心得こころえていたのである。
知らしらない人ひとを怖れるおそれる僕ぼくに云わいわせると、この男おとこは生れるうまれるや否いなや交際こうさい場裏じょうりに棄てすてられて、そのまま今日きょうまで同じおなじ所ところで人ひとと成っなったのだと評しひょうしたかった。
彼かれは十分じゅうふんと経たへたないうちに、すべての会話かいわを僕ぼくの手てから奪っうばった。
そうしてそれをことごとく一身いっしんに集めあつめてしまった。
その代りかわり僕ぼくを除けよけ物ものにしないための注意ちゅういを払っはらって、時々ときどき僕ぼくに一句いっくか二に句くの言葉ことばを与えあたえた。
それがまた生憎あいにく僕ぼくには興味きょうみの乗らのらない話題わだいばかりなので、僕ぼくはみんなを相手あいてにする事こともできず、高木たかぎ一人ひとりを相手あいてにする訳わけにも行かいかなかった。
彼かれは田口たぐちの叔母おばを親ししたしげに御ご母さんははさん御ご母さんははさんと呼んよんだ。
千代子ちよこに対したいしては、僕ぼくと同じおなじように、千代ちよちゃんという幼馴染おさななじみに用いるもちいる名なを、自然しぜんに命ぜめいぜられたかのごとく使っつかった。
そうして僕ぼくに、先ほどさきほど御ご着きになった時じは、ちょうど千代ちよちゃんとあなたの御ご噂うわさをしていたところでしたと云っいった。
僕ぼくは初めてはじめて彼かれの容貌ようぼうを見みた時じからすでに羨ましかっうらやましかった。
話はなしをするところを聞いきいて、すぐ及ばおよばないと思っおもった。
それだけでもこの場合ばあいに僕ぼくを不愉快ふゆかいにするには充分じゅうぶんだったかも知れしれない。
けれどもだんだん彼かれを観察かんさつしているうちに、彼かれは自分じぶんの得意とくいな点てんを、劣者れっしゃの僕ぼくに見せつけるみせつけるような態度たいどで、誇り顔ほこりがおに発揮はっきするのではなかろうかという疑ぎが起っおこった。
その時じ僕ぼくは急きゅうに彼かれを憎みにくみ出しだした。
そうして僕ぼくの口くちを利くきくべき機会きかいが廻っまわって来きてもわざと沈黙ちんもくを守っまもった。
落ちついおちついた今いまの気分きぶんでその時じの事ことを回顧かいこして見るみると、こう解釈かいしゃくしたのはあるいは僕ぼくの僻みひがみだったかも分らわからない。
僕ぼくはよく人ひとを疑ぐるうたぐる代りかわりに、疑ぐるうたぐる自分じぶんも同時どうじに疑がわうたがわずにはいられない性質せいしつだから、結局けっきょく他ほかに話はなしをする時じにもどっちと判然はんぜんしたところが云いいい悪くわるくなるが、もしそれが本当ほんとうに僕ぼくの僻みひがみ根性こんじょうだとすれば、その裏面りめんにはまだ凝結ぎょうけつした形かたちにならない嫉しつ※が潜んひそんでいたのである。
十七じゅうなな
僕ぼくは男おとことして嫉しつ※の強いつよい方ほうか弱いよわい方ほうか自分じぶんにもよく解らわからない。
競争きょうそう者もののない一人息子ひとりむすことしてむしろ大事だいじに育てそだてられた僕ぼくは、少なくすくなくとも家庭かていのうちで嫉しつ※を起すおこす機会きかいを有ゆうたなかった。
小学しょうがくや中学ちゅうがくは自分じぶんより成績せいせきの好いよい生徒せいとが幸いさいわいにしてそう無かっなかったためか、至極しごく太平たいへいに通り抜けとおりぬけたように思うおもう。
高等学校こうとうがっこうから大学だいがくへかけては、席次せきじにさほど重きおもきをおかないのが、一般いっぱんの習慣しゅうかんであった上うえ、年ねんごとに自分じぶんを高くたかく見積るみつもる見識けんしきというものが加わっくわわって来るくるので、点数てんすうの多少たしょうは大したたいした苦くにならなかった。
これらをほかにして、僕ぼくはまだ痛切つうせつな恋こいに落ちおちた経験けいけんがない。
一人ひとりの女おんなを二人ふたりで争っあらそった覚さとしはなおさらない。
自白じはくすると僕ぼくは若いわかい女おんなことに美びくしい若いわかい女おんなに対したいしては、普通ふつう以上いじょうに精密せいみつな注意ちゅういを払いはらい得るうる男おとこなのである。
往来おうらいを歩いあるいて綺麗きれいな顔かおと綺麗きれいな着物きものを見るみると、雲間くもまから明らかあきらかな日ひが射ししゃした時じのように晴やかはれやかな心持こころもちになる。
会かいにはその所有者しょゆうしゃになって見みたいと云ういう考かんがえも起るおこる。
しかしその顔かおとその着物きものがどうはかなく変化へんかし得るうるかをすぐ予想よそうして、酔よいが去っさって急きゅうにぞっとする人ひとのあさましさを覚えるおぼえる。
僕ぼくをして執念くしゅうねく美びくしい人ひとに附ふ纏わらまつわらせないものは、まさにこの酒さけに棄てすてられた淋しみさびしみの障害しょうがいに過ぎすぎない。
僕ぼくはこの気分きぶんに乗り移らのりうつられるたびに、若いわかい時分じぶんが突然とつぜん老人ろうじんか坊主ぼうずに変っかわったのではあるまいかと思っおもって、非常ひじょうな不愉快ふゆかいに陥るおちいる。
が、あるいはそれがために恋こいの嫉しつ※というものを知らしらずにすます事ことが出来できたかも知れしれない。
僕ぼくは普通ふつうの人間にんげんでありたいという希望きぼうを有っあっているから、嫉しつ※心こころのないのを自慢じまんにしたくも何なんともないけれども、今いま話しはなしたような訳わけで、眼めの当りあたりにこの高木たかぎという男おとこを見るみるまでは、そういう名なのつく感情かんじょうに強くつよく心こころを奪わうばわれた試みがなかったのである。
僕ぼくはその時じ高木たかぎから受けうけた名状めいじょうしがたい不快ふかいを明らかあきらかに覚えおぼえている。
そうして自分じぶんの所有しょゆうでもない、また所有しょゆうする気きもない千代子ちよこが源みなもと因いんで、この嫉しつ※心こころが燃えもえ出しだしたのだと思っおもった時じ、僕ぼくはどうしても僕ぼくの嫉しつ※心こころを抑えつけおさえつけなければ自分じぶんの人格じんかくに対したいして申し訳もうしわけがないような気きがした。
僕ぼくは存在そんざいの権利けんりを失っうしなった嫉しつ※心こころを抱いいだいて、誰だれにも見えみえない腹はらの中なかで苦悶くもんし始めはじめた。
幸いさいわい千代子ちよこと百代子ひゃくだいしが日ひが薄くうすくなったから海うみへ行くいくと云いいい出しだしたので、高木たかぎが必ずかならず彼かれらに跟いて行くいくに違いないと思っおもった僕ぼくは、早くはやく跡あとに一人ひとり残りのこりたいと願っねがった。
彼かれらははたして高木たかぎを誘っさそった。
ところが意外いがいにも彼かれは何なんとか言訳いいわけを拵えこしらえて容易よういに立とうたとうとしなかった。
僕ぼくはそれを僕ぼくに対するたいする遠慮えんりょだろうと推察すいさつして、ますます眉まゆを暗くくらくした。
彼かれらは次つぎに僕ぼくを誘っさそった。
僕ぼくは固よりもとより応じおうじなかった。
高木たかぎの面前めんぜんから一刻いっこくも早くはやく逃れるのがれる機会きかいは、与えあたえられないでも手てを出しだして奪いうばいたいくらいに思っおもっていたのだが、今いまの気分きぶんでは二人ふたりと浜辺はまべまで行くいく努力どりょくがすでに厭いやであった。
母ははは失望しつぼうしたような顔かおをして、いっしょに行っいっておいでなと云っいった。
僕ぼくは黙っだまって遠くとおくの海うみの上うえを眺めながめていた。
姉妹しまいは笑いわらいながら立ち上ったちのぼった。
「相そう変らかわらず偏窟へんくつねあなたは。まるで腕白わんぱく小僧こぞう見みたいだわ」 千代子ちよこにこう罵しらののしられた僕ぼくは、実際じっさい誰だれの目めにも立派りっぱな腕白わんぱく小僧こぞうとして見えみえたろう。
僕ぼく自身じしんも腕白わんぱく小僧こぞうらしい思いおもいをした。
調子ちょうしの好いよい高木たかぎは縁側えんがわへ出でて、二人ふたりのために菅笠すががさのように大きなおおきな麦藁むぎわら帽ぼうを取っとってやって、行っいっていらっしゃいと挨拶あいさつをした。
二人ふたりの後姿うしろすがたが別荘べっそうの門もんを出でた後あとで、高木たかぎはなおしばらく年寄としよりを相手あいてに話しはなしていた。
こうやって避暑ひしょに来きていると気楽きらくで好いよいが、どうして日ひを送るおくるかが大おお問題もんだいになってかえって苦痛くつうになるなどと、実際じっさい活気かっきに充ちみちた身体しんたいを暑さあつさと退屈たいくつさに持ちもち扱こきかっている風かぜに見えみえた。
やがて、これから晩ばんまで何なんをして暮らそうくらそうかしらと独言どくげんのように云っいって、不意ふいに思い出しおもいだしたごとく、玉たまはどうですと僕ぼくに聞いきいた。
幸いさいわいにして僕ぼくは生れうまれてからまだ玉突たまつきという遊戯ゆうぎを試みこころみた事ことがなかったのですぐ断っことわった。
高木たかぎはちょうど好いよい相手あいてができたと思っおもったのに残念ざんねんだと云いいいながら帰っかえって行っいった。
僕ぼくは活溌かっぱつに動くうごく彼かれの後影うしろかげを見送っみおくって、彼かれはこれから姉妹しまいのいる浜辺はまべの方ほうへ行くいくに違いちがいないという気きがした。
けれども僕ぼくは坐っすわっている席せきを動かうごかなかった。
十八じゅうはち
高木たかぎの去っさった後あと、母ははと叔母おばはしばらく彼かれの噂うわさをした。
初対面はつたいめんの人ひとだけに母ははの印象いんしょうはことに深かっぶかかったように見えみえた。
気きのおけない、至っていたって行き届いいきとどいた人ひとらしいと云っいって賞めほめていた。
叔母おばはまた母ははの批評ひひょうを一々いちいち実例じつれいに照らしてらして確かめるたしかめる風かぜに見えみえた。
この時じ僕ぼくは高木たかぎについて知りしり得とくた極めてきわめて乏しいとぼしい知識ちしきのほとんど全部ぜんぶを訂正ていせいしなければならない事ことを発見はっけんした。
僕ぼくが百代子ひゃくだいしから聞いきいたのでは、亜米利加あめりか帰りかえりという話はなしであった彼かれは、叔母おばの語るかたるところによると、そうではなくって全くまったく英吉利いぎりすで教育きょういくされた男おとこであった。
叔母おばは英国えいこく流りゅうの紳士しんしという言葉ことばを誰だれかから聞いきいたと見えみえて、二三にさん度どそれを使っつかって、何なんの心得こころえもない母ははを驚ろかしおどろかしたのみか、だからどことなく品しなの善いよいところがあるんですよと母ははに説明せつめいして聞かきかせたりした。
母はははただへえと感心かんしんするのみであった。
二人ふたりがこんな話はなしをしている内うち、僕ぼくはほとんど一口ひとくちも口くちを利かりかなかった。
ただ上部じょうぶから見みて平生へいぜいの調子ちょうしと何なんの変るかわるところもない母ははが、この際さい高木たかぎと僕ぼくを比較ひかくして、腹はらの中なかでどう思っおもっているだろうと考えるかんがえると、僕ぼくは母ははに対したいして気の毒きのどくでもありまた恨めしくうらめしくもあった。
同じおなじ母ははが、千代子ちよこ対たい僕ぼくと云ういう古いふるい関係かんけいを一方いっぽうに置いおいて、さらに千代子ちよこ対たい高木たかぎという新らしいあたらしい関係かんけいを一方いっぽうに想像そうぞうするなら、はたしてどんな心持こころもちになるだろうと思うおもうと、たとい少しすこしの不安ふあんでも、避けさけ得とくられるところをわざと与えるあたえるために彼女かのじょを連れ出しつれだしたも同じおなじ事ことになるので、僕ぼくはただでさえ不愉快ふゆかいな上うえに、年寄としよりにすまないという苦痛くつうをもう一いちつ重ねかさねた。
前後ぜんごの模様もようから推すおすだけで、実際じっさいには事実じじつとなって現われあらわれて来きなかったから何なんとも云いいい兼ねるかねるが、叔母おばはこの場合ばあいを利用りようして、もし縁えんがあったら千代子ちよこを高木たかぎにやるつもりでいるぐらいの打明だめい話はなしを、僕ぼくら母子ぼしに向っむかって、相談そうだんとも宣告せんこくとも片づかかたづかない形式けいしきの下したに、する気きだったかも知れしれない。
すべてに気きがつく癖くせに、こうなるとかえって僕ぼくよりも迂遠うえんい母はははどうだか、僕ぼくはその場ばで叔母おばの口くちから、僕ぼくと千代子ちよこと永久えいきゅうに手てを別つわかつべき談判だんぱんの第だい一いち節ふしを予期よきしていたのである。
幸みゆきか不幸ふこうか、叔母おばがまだ何なんも云いいい出さださないうちに、姉妹しまいは浜はまから広いひろい麦藁むぎわら帽ぼうの縁えんをひらひらさして帰っかえって来きた。
僕ぼくが僕ぼくの占いうらないの的中てきちゅうしなかったのを、母ははのために喜こんよろこんだのは事実じじつである。
同時どうじに同じおなじ出来事できごとが僕ぼくを焦躁しょうそうしがらせたのも嘘うそではない。
夕方ゆうがたになって、僕ぼくは姉妹しまいと共ともに東京とうきょうから来るくるはずの叔父おじを停車場ていしゃじょうに迎えるむかえるべく母ははに命ぜめいぜられて家いえを出でた。
彼かれらは揃の浴衣ゆかたを着きて白いしろい足袋たびを穿いはいていた。
それを後あとから見送っみおくった彼かれらの母ははの眼めに彼かれらがいかなる誇ほこりとして映じえいじたろう。
千代子ちよこと並んならんで歩くあるく僕ぼくの姿すがたがまた僕ぼくの母ははには画がとして普通ふつう以上いじょうにどんなに価あたいが高かったかかったろう。
僕ぼくは母ははを欺ぎむく材料ざいりょうに自然しぜんから使わつかわれる自分じぶんを心苦しくこころぐるしく思っおもって、門もんを出るでる時じ振り返っふりかえって見みたら、母ははも叔母おばもまだこっちを見みていた。
途中とちゅうまで来きた頃ころ、千代子ちよこは思い出しおもいだしたように突然とつぜんとまって、「あっ高木たかぎさんを誘うさそうのを忘れわすれた」と云っいった。
百代子ひゃくだいしはすぐ僕ぼくの顔かおを見みた。
僕ぼくは足あしの運びはこびを止めとめたが、口くちは開かひらかなかった。
「もう好いよいじゃないの、ここまで来きたんだから」と百代子ひゃくだいしが云っいった。
「だってあたし先刻せんこく誘っさそってくれって頼またのまれたのよ」と千代子ちよこが云っいった。
百代子ひゃくだいしはまた僕ぼくの顔かおを見みて逡巡しゅんじゅんった。
「市しさんあなた時計とけい持っもっていらしって。今いま何時なんじ」 僕ぼくは時計とけいを出しだして百代子ひゃくだいしに見せみせた。
「まだ間に合わまにあわない事ことはない。誘っさそって来るくるなら来るくると好いよい。僕ぼくは先さきへ行っいって待っまっているから」「もう遅いおそいわよあなた。高木たかぎさん、もしいらっしゃるつもりならきっと一人ひとりでもいらしってよ。後あとから忘れわすれましたって詫わびまったらそれで好かよしみかないの」 姉妹しまいは二三にさん度ど押問答おしもんどうの末すえついに後戻りあともどりをしない事ことにした。
高木たかぎは百代子ひゃくだいしの予言よげん通りとおりまだ汽車きしゃの着かきかないうちに急ぎ足いそぎあしで構内こうないへ這入っはいって来きて、姉妹しまいに、どうも非道いひどい、あれほど頼んたのんでおくのにと云っいった。
それから御ご母さんははさんはと聞いきいた。
最後さいごに僕ぼくの方ほうを向いむかいて、先ほどさきほどはと愛想あいその好いよい挨拶あいさつをした。
十九じゅうきゅう
その晩ばんは叔父おじと従弟じゅうていを待ち合わしまちあわした上うえに、僕ぼくら母子ぼしが新たあらたに食卓しょくたくに加わっくわわったので、食事しょくじの時間じかんがいつもより、だいぶ後れおくれたばかりでなく、私かわたくしかに恐れおそれた通りとおりはなはだしい混雑こんざつの中なかに箸はしと茶椀ちゃわんの動くうごく光景こうけいを見せみせられた。
叔父おじは笑いわらいながら、市しさんまるで火事場かじじょうのようだろう、しかし会かいにはこんな騒ぎさわぎをして飯めしを食うくうのも面白いおもしろいものだよと云っいって、間接かんせつの言訳いいわけをした。
閑静かんせいな膳ぜんに慣れなれた母ははは、この賑やかにぎやかさの中なかに実際じっさい叔父おじの言葉ことば通りとおり愉快ゆかいらしい顔かおをしていた。
母ははは内気うちきな癖くせにこういう陽気ようきな席せきが好きすきなのである。
彼女かのじょはその時じ偶然ぐうぜん口くちに上っのぼった一塩ひとしおにした小しょう鰺あじの焼いやいたのを美味いうまいと云っいってしきりに賞めほめた。
「漁師りょうしに頼んたのんどくといくらでも拵えこしらえて来きてくれますよ。何なんなら、帰りかえりに持っもっていらっしゃいな。姉さんあねさんが好きすきだから上げあげたいと思っおもってたんですが、ついついでが無かっなかったもんだから、それにすぐ腐くなるんでね」「わたしもいつか大磯おおいそで誂えあつらえてわざわざ東京とうきょうまで持っもって帰っかえった事ことがあるが、よっぽど気きをつけないと途中とちゅうでね」「腐るくさるの」千代子ちよこが聞いきいた。
「叔母おばさん興津おきつ鯛たい御ご嫌いや。あたしこれよか興津おきつ鯛たいの方ほうが美味いうまいわ」と百代子ひゃくだいしが云っいった。
「興津おきつ鯛たいはまた興津おきつ鯛たいで結構けっこうですよ」と母はははおとなしい答こたえをした。
こんなくだくだしい会話かいわを、僕ぼくがなぜ覚えおぼえているかと云ういうと、僕ぼくはその時じ母ははの顔かおに表われあらわれた、さも満足まんぞくらしい気持きもちをよく注意ちゅういして見みていたからであるが、もう一いちつは僕ぼくが母ははと同じおなじように一塩ひとしおの小しょう鰺あじを好いよいていたからでもある。
ついでだからここで云ういう。
僕ぼくは自分じぶんの嗜好しこうや性質せいしつの上うえにおいて、母ははに大変たいへんよく似にたところと、全くまったく違っちがったところと両方りょうほう有っあっている。
これはまだ誰だれにも話さはなさない秘密ひみつだが、実じつは単にたんに自分じぶんの心得こころえとして、過去かこ幾いく年ねんかの間ま、僕ぼくは母ははと自分じぶんとどこがどう違っちがって、どこがどう似にているかの詳しいくわしい研究けんきゅうを人ひと知れしれず重ねかさねたのである。
なぜそんな真似まねをしたかと母ははに聞かきかれては云いいい兼ねるかねる。
たとい僕ぼくが自分じぶんに聞き糺しききただして見みても判はん切せつ云えいえなかったのだから、理由りゆうは話せはなせない。
しかし結果けっかからいうとこうである。
――欠点けってんでも母ははと共ともに具えそなえているなら僕ぼくは大変たいへん嬉しかっうれしかった。
長所ちょうしょでも母ははになくって僕ぼくだけ有っあっているとはなはだ不愉快ふゆかいになった。
そのうちで僕ぼくの最ももっとも気きになるのは、僕ぼくの顔かおが父ちちにだけ似にて、母ははとはまるで縁えんのない眼鼻めはな立たてにでき上っできあがっている事ことであった。
僕ぼくは今いまでも鏡かがみを見るみるたびに、器量きりょうが落ちおちても構わかまわないから、もっと母ははの人相にんそうを多量たりょうに受け継いうけついでおいたら、母ははの子こらしくってさぞ心持こころもちが好いよいだろうと思うおもう。
食事しょくじの後れおくれた如くごとく、寝るねる時間じかんも順じゅん繰に延びのびてだいぶ遅くおそくなった。
その上うえ急きゅうに人数にんずうが増えふえたので、床ゆかの位置いちやら部屋へや割わりをきめるだけが叔母おばに取っとっての一いち骨折こっせつであった。
男おとこ三さん人ひとはいっしょに固めかためられて、同じおなじ蚊帳かやに寝ねた。
叔父おじは肥っふとった身体しんたいを持ちもち扱こきかって、団扇うちわをしきりにばたばた云わしいわした。
「市しさんどうだい、暑いあついじゃないか。これじゃ東京とうきょうの方ほうがよっぽど楽らくだね」 僕ぼくも僕ぼくの隣となりにいる吾一ごいちも東京とうきょうの方ほうが楽らくだと云っいった。
それでは何なんを苦しんくるしんでわざわざ鎌倉かまくら下りくだりまで出かけでかけて来きて、狭いせまい蚊帳かやへ押し合うおしあうように寝るねるんだか、叔父おじにも吾一ごいちにも僕ぼくにも説明せつめいのしようがなかった。
「これも一興いっきょうだ」 疑問ぎもんは叔父おじの一句いっくでたちまち納りおさまりがついたが、暑さあつさの方ほうはなかなか去らさらないので誰だれもすぐは寝つかねつかれなかった。
吾一ごいちは若いわかいだけに、明日あすの魚さかな捕ほの事ことを叔父おじに向っむかってしきりに質問しつもんした。
叔父おじはまた真面目まじめだか冗談じょうだんだか、船ふねに乗りのりさえすれば、魚さかなの方ほうで風かぜを望んのぞんで降るふるような旨いうまい話はなしをして聞かきかせた。
それがただ自分じぶんの伜せがれを相手あいてにするばかりでなく、時々ときどきはねえ市しさんと、そんな事ことにまるで冷淡れいたんの僕ぼくまで聴手ききてにするのだから少しすこし変へんであった。
しかし僕ぼくの方ほうはそれに対したいして相当そうとうな挨拶あいさつをする必要ひつようがあるので、話はなしの済むすむ前まえには、僕ぼくは当然とうぜん同行者どうこうしゃの一人ひとりとして受じゅ答こたえをするようになっていた。
僕ぼくは固よりもとより行くいくつもりでも何なんでもなかったのだから、この変化へんかは僕ぼくに取っとって少しすこし意外いがいの感かんがあった。
気楽きらくそうに見えるみえる叔父おじはそのうち大きなおおきな鼾声かんせいをかき始めはじめた。
吾一ごいちもすやすや寝入っねいった。
ただ僕ぼくだけは開いひらいている眼めをわざと閉じとじて、更けるふけるまでいろいろな事ことを考えかんがえた。
二十にじゅう
翌日よくじつ眼めが覚めるさめると、隣となりに寝ねていた吾一ごいちの姿すがたがいつの間まにかもう見えみえなくなっていた。
僕ぼくは寝ね足らあしらない頭あたまを枕まくらの上うえに着けつけて、夢ゆめとも思索しさくとも名なのつかない路みちを辿りたどりながら、時々ときどき別種べっしゅの人間にんげんを偸みぬすみ見るみるような好奇心こうきしんをもって、叔父おじの寝顔ねがおを眺めながめた。
そうして僕ぼくも寝ねている時じは、傍そばから見るみると、やはりこう苦くがない顔かおをしているのだろうかと考えかんがえなどした。
そこへ吾一ごいちが這入っはいって来きて、市しさんどうだろう天気てんきはと相談そうだんした。
ちょっと起きおきて見ろみろと促がすうながすので、起き上っおきあがって縁側えんがわへ出るでると、海うみの方ほうには一面いちめんに柔かいやわらかい靄もやの幕まくがかかって、近いちかい岬みさきの木立こだちさえ常つねの色いろには見えみえなかった。
降っふってるのかねと僕ぼくは聞いきいた。
吾一ごいちはすぐ庭先にわさきへ飛び下りとびおりて、空そらを眺めながめ出しだしたが、少しすこし降っふってると答えこたえた。
彼かれは今日きょうの船遊びふなあそびの中止ちゅうしを深くふかく気遣うきづかうもののごとく、二人ふたりの姉あねまで縁側えんがわへ引張ひっぱり出しだして、しきりにどうだろうどうだろうをくり返しくりかえした。
しまいに最後さいごの審判しんぱん者ものたる彼かれの父ちちの意見いけんを必要ひつようと認めみとめたものか、まだ寝ねている叔父おじをとうとう呼び起しよびおこした。
叔父おじは天気てんきなどはどうでも好いよいと云っいったような眠たいねむたい眼めをして、空そらと海うみを一応いちおう見渡しみわたした上うえ、なにこの模様もようなら今いまにきっと晴れるはれるよと云っいった。
吾一ごいちはそれで安心あんしんしたらしかったが、千代子ちよこは当とうにならない無責任むせきにんな天気予報てんきよほうだから心配しんぱいだと云っいって僕ぼくの顔かおを見みた。
僕ぼくは何なんとも云えいえなかった。
叔父おじは、なに大丈夫だいじょうぶ大丈夫だいじょうぶと受合っうけあって風呂場ふろばの方ほうへ行っいった。
食事しょくじを済ますすます頃ころから霧きりのような雨あめが降りふり出しだした。
それでも風かぜがないので、海うみの上うえは平生へいぜいよりもかえって穏やかおだやかに見えみえた。
あいにくな天気てんきなので人ひとの好いよい母はははみんなに気の毒きのどくがった。
叔母おばは今いまにきっと本ほん降こうになるから今日きょうは止しよしたが好かろうよかろうと注意ちゅういした。
けれども若いわかいものはことごとく行くいく方ほうを主張しゅちょうした。
叔父おじはじゃ御ご婆ばあさんだけ残しのこして、若いわかいものが揃っそろって出かけるでかける事ことにしようと云っいった。
すると叔母おばが、では御ご爺じいさんはどっちになさるのとわざと叔父おじに聞いきいて、みんなを笑わしわらわした。
「今日きょうはこれでも若いわかいものの部ぶだよ」 叔父おじはこの言葉ことばを証拠しょうこ立てるたてるためだか何なんだか、さっそく立ったって浴衣ゆかたの尻しりを端折っはしょって下したへ降りふりた。
姉弟してい三さん人ひともそのままの姿すがたで縁えんから降りふりた。
「御前ごぜん達とおるも尻しりを捲るまくるが好いよい」「厭いやな事こと」 僕ぼくは山賊さんぞくのような毛脛けずねを露出ろしゅつしにした叔父おじと、静せい御前ごぜんの笠かさに似にた恰好かっこの麦藁むぎわら帽ぼうを被っかぶった女おんな二人ふたりと、黒いくろい兵児帯へこおびをこま結びこまむすびにした弟おとうとを、縁えんの上うえから見下しみくだして、全くまったく都と離れはなれのした不思議ふしぎな団体だんたいのごとく眺めながめた。
「市しさんがまた何なんか悪口わるぐちを云おういおうと思っおもって見みている」と百代子ひゃくだいしが薄笑いうすわらいをしながら僕ぼくの顔かおを見みた。
「早くはやく降りふりていらっしゃい」と千代子ちよこが叱るしかるように云っいった。
「市しさんに悪いわるい下駄げたを貸しかして上げるあげるが好いよい」と叔父おじが注意ちゅういした。
僕ぼくは一いちも二にもなく降りふりたが、約束やくそくのある高木たかぎが来きないので、それがまた一いちつの問題もんだいになった。
おおかたこの天気てんきだから見合わしみあわしているのだろうと云ういうのが、みんなの意見いけんなので、僕ぼくらがそろそろ歩いあるいて行くいく間まに、吾一ごいちが馳はせ足あしで迎むかえに行っいって連れつれて来るくる事ことにした。
叔父おじは例れいの調子ちょうしでしきりに僕ぼくに話しかけはなしかけた。
僕ぼくも相手あいてになって歩調ほちょうを合せあわせた。
そのうちに、男おとこの足あしだものだから、いつの間まにか姉妹しまいを乗り越しのりこした。
僕ぼくは一度いちど振り返っふりかえって見みたが、二人ふたりは後れおくれた事ことにいっこう頓着とんちゃくしない様子ようすで、毫もごうも追いつこうおいつこうとする努力どりょくを示さしめさなかった。
僕ぼくにはそれがわざと後あとから来るくる高木たかぎを待ち合せるまちあわせるためのようにしか取れとれなかった。
それは誘っさそった人ひとに対するたいする礼儀れいぎとして、彼かれらの取るとるべき当然とうぜんの所作しょさだったのだろう。
しかしその時じの僕ぼくにはそう思えおもえなかった。
そう思うおもう余地よちがあっても、そうは感ぜかんぜられなかった。
早くはやく来いこいという合図あいずをしようという考かんがえで振り向いふりむいた僕ぼくは、合図あいずを止めとめてまた叔父おじと歩きあるき出しだした。
そうしてそのまま小坪こつぼへ這入るはいる入口いりぐちの岬みさきの所ところまで来きた。
そこは海うみへ出張っしゅっちょうった山やまの裾すそを、人ひとの通れるとおれるだけの狭いせまい幅はばに削っけずって、ぐるりと向う側むこうがわへ廻りまわり込まこまれるようにした坂道さかみちであった。
叔父おじは一番いちばん高いたかい坂さかの角かくまで来きてとまった。
二十一にじゅういち
彼かれは突然とつぜん彼かれの体格たいかくに相応そうおうした大きなおおきな声こえを出しだして姉妹しまいを呼んよんだ。
自白じはくするが、僕ぼくはそれまでに何度なんども後あとを振り返っふりかえって見ようみようとしたのである。
けれども気きが咎めるとがめると云ういうのか、自尊心じそんしんが許さゆるさないと云ういうのか、振り向こうふりむこうとするごとに、首くびが猪ちょのように堅くかたくなって後あとへ回らまわらなかったのである。
見るみると二人ふたりの姿すがたはまだ一いち町まちほど下したにあった。
そうしてそのすぐ後あとに高木たかぎと吾一ごいちが続いつづいていた。
叔父おじが遠慮えんりょのない大きなおおきな声こえを出しだして、おおいと呼んよんだ時じ、姉妹しまいは同時どうじに僕ぼくらを見上げみあげたが、千代子ちよこはすぐ後あとにいる高木たかぎの方ほうを向いむかいた。
すると高木たかぎは被っかぶっていた麦藁むぎわら帽ぼうを右みぎの手てに取っとって、僕ぼくらを目め当にまさにしきりに振っふって見せみせた。
けれども四よん人ひとのうちで声こえを出しだして叔父おじに応じおうじたのはただ吾一ごいちだけであった。
彼かれはまた学校がっこうで号令ごうれいの稽古けいこでもしたものと見えみえて、海うみと崖がけに反響はんきょうするような答こたえと共ともに両手りょうてを一度いちどに頭あたまの上うえに差し上げさしあげた。
叔父おじと僕ぼくは崖がけの鼻はなに立ったって彼かれらの近寄るちかよるのを待っまった。
彼かれらは叔父おじに呼ばよばれた後あとも呼ばよばれない前まえと同じおなじ遅いおそい歩調ほちょうで、何なんか話しはなしながら上っのぼって来きた。
僕ぼくにはそれが尋常じんじょうでなくって、大いにおおいにふざけているように見えみえた。
高木たかぎは茶色ちゃいろのだぶだぶした外套がいとうのようなものを着きて時々ときどき隠いん袋ふくろへ手てを入れいれた。
この暑いあついのにまさか外套がいとうは着きられまいと思っおもって、最初さいしょは不思議ふしぎに眺めながめていたが、だんだん近くちかくなるに従じゅうがって、それが薄いうすい雨あめ除じょである事ことに気きがついた。
その時じ叔父おじが突然とつぜん、市しさんヨットよっとに乗っのってそこいらを遊んあそんで歩くあるくのも面白いおもしろいだろうねと云っいったので、僕ぼくは急きゅうに気きがついたように高木たかぎから眼めを転じてんじて脚あしの下したを見みた。
すると磯いそに近いちかい所ところに、真白まっしろに塗っぬった空船からぶねが一いち艘そう、静かしずかな波なみの上うえに浮いういていた。
糠雨ぬかあめとまでも行かいかない細かいこまかいものがなお降りやまふりやまないので、海うみは一面いちめんに暈さぼかされて、平生へいぜいなら手てに取るとるように見えるみえる向う側むこうがわの絶壁ぜっぺきの樹きも岩いわも、ほとんど一色いっしょくに眺めながめられた。
そのうち四よん人ひとはようやく僕ぼくらの傍そばまで来きた。
「どうも御ご待たまたせ申しもうしまして、実じつは髭ひげを剃っそっていたものだから、途中とちゅうでやめる訳わけにも行かいかず……」と高木たかぎは叔父おじの顔かおを見るみるや否いなや云訳をした。
「えらい物ものを着込んきこんで暑しょかありませんか」と叔父おじが聞いきいた。
「暑くあつくったって脱ぐぬぐ訳わけに行かいかないのよ。上うえはハイカラはいからでも下したは蛮ばん殻からなんだから」と千代子ちよこが笑っわらった。
高木たかぎは雨あめ外套がいとうの下したに、直じかに半袖はんそでの薄いうすい襯衣を着きて、変へんな半はん洋よう袴はかまから余っよった脛すねを丸出しまるだしにして、黒くろ足袋たびに俎まないた下駄げたを引っかけひっかけていた。
彼かれはこの通りとおりと雨あめ外套がいとうの下したを僕ぼくらに示ししめした上うえ、日本にっぽんへ帰るかえると服装ふくそうが自由じゆうで貴女きじょの前まえでも気兼きがねがなくって好いよいと云っいっていた。
一同いちどうがぞろぞろ揃っそろって道幅みちはばの六ろく尺さしばかりな汚きたな苦しいくるしい漁村ぎょそんに這入るはいると、一種いっしゅ不快ふかいな臭においがみんなの鼻はなを撲っなぐった。
高木たかぎは隠いん袋ふくろから白いしろい手巾しゅきんを出しだして短かいみじかい髭ひげの上うえを掩っおおった。
叔父おじは突然とつぜんそこに立ったって僕ぼくらを見みていた子供こどもに、西にしの者もので南みなみの方ほうから養子ようしに来きたものの宅たくはどこだと奇体きたいな質問しつもんを掛けかけた。
子供こどもは知らしらないと云っいった。
僕ぼくは千代子ちよこに何なんでそんな妙みょうな聞き方ききかたをするのかと尋ねたずねた。
昨夕さくゆう聞き合せききあわせに人ひとをやった家いえの主人しゅじんが云ういうには、名前なまえは忘れわすれたからこれこれの男おとこと云っいって探しさがして歩けあるけば分るわかると教えおしえたからだと千代子ちよこが話しはなして聞かしきかした時じ、僕ぼくはこの呑気のんきな教えおしえ方ほうと、同じくおなじく呑気のんきな聞き方ききかたを、いかにも余裕よゆうなくこせついている自分じぶんと比べくらべて見みて、妙みょうに羨ましくうらやましく思っおもった。
「それで分るわかるんでしょうか」と高木たかぎが不思議ふしぎな顔かおをした。
「分っわかったらよっぽど奇体きたいだわね」と千代子ちよこが笑っわらった。
「何なん大丈夫だいじょうぶ分るわかるよ」と叔父おじが受合っうけあった。
吾一ごいちは面白おもしろ半分はんぶん人ひとの顔かおさえ見れみれば、西にしのもので南みなみの方ほうから養子ようしに来きたものの宅たくはどこだと聞いきいては、そのたびにみんなを笑わしわらわした。
一番いちばんしまいに、編笠あみがさを被っかぶって白いしろい手甲てっこうと脚あし袢を着けつけた月琴げっきん弾たまの若いわかい女おんなの休んやすんでいる汚ないきたない茶店ちゃみせの婆ばあさんに同じおなじ問もんをかけたら、婆ばあさんは案外あんがいにもすぐそこだと容易くたやすく教えおしえてくれたので、みんながまた手てを拍っうって笑っわらった。
それは往来おうらいから山手やまての方ほうへ三さん級きゅうばかりに仕切らしきられた石段いしだんを登りのぼり切っきった小高いこだかい所ところにある小さいちいさい藁葺わらぶきの家いえであった。
二十二にじゅうに
この細いほそい石段いしだんを思い思いおもいおもいの服装ふくそうをした六ろく人ひとが前後ぜんごしてぞろぞろ登るのぼる姿すがたは、傍そばで見みていたら定めしさだめし変へんなものだったろうと思うおもう。
その上うえ六ろく人ひとのうちで、これから何なんをするか明瞭めいりょうした考かんがえを有っあっていたものは誰だれもないのだからはなはだ気楽きらくである。
肝心かんじんの叔父おじさえただ船ふねに乗るのる事ことを知っしっているだけで、後あとは網あみだか釣つりだか、またどこまで漕いこいで出るでるのかいっこう弁別べんべつえないらしかった。
百代子ひゃくだいしの後あとから足あしの力ちからで擦り減らさすりへらされて凹みへこみの多くおおくなった石段いしだんを踏んふんで行くいく僕ぼくはこんな無意味むいみな行動こうどうに、己れおのれを委ねゆだねて悔いくいないところを、避暑ひしょの趣おもむきとでも云ういうのかと思いおもいつつ上っのぼった。
同時どうじにこの無意味むいみな行動こうどうのうちに、意味いみある劇げきの大切たいせつな一幕ひとまくが、ある男おとことある女おんなの間まに暗にあんに演ぜえんぜられつつあるのでは無かろうなかろうかと疑ぐっうたぐった。
そうしてその一幕ひとまくの中なかで、自分じぶんの務めつとめなければならない役割やくわりがもしあるとすれば、穏かおだやかな顔かおをした運命うんめいに、軽くかるく翻弄ほんろうされる役割やくわりよりほかにあるまいと考えかんがえた。
最後さいごに何事なにごとも打算ださんしないでただ無む雑作ぞうさにやって除けるのける叔父おじが、人ひとに気きのつかないうちに、この幕まくを完成かんせいするとしたら、彼かれこそ比類ひるいのない巧妙こうみょうな手際てぎわを有っあった作者さくしゃと云わいわなければなるまいという気きを起しおこした。
僕ぼくの頭あたまにこういう影かげが射ししゃした時じ、すぐ後あとから跟いて上っのぼって来るくる高木たかぎが、これじゃ暑くあつくってたまらない、御免ごめん蒙っこうむって雨あめ防ぼう衣ころもを脱ごうぬごうと云いいい出しだした。
家いえは下したから見みたよりもなお小さくちいさくて汚なかっきたなかった。
戸口とぐちに杓子しゃくしが一いちつ打ちつけうちつけてあって、それに百日ひゃくにち風邪かぜ吉野よしの平吉ひらよし一家いっか一同いちどうと書いかいてあるので、主人しゅじんの名ながようやく分っわかった。
それを見つけみつけ出しだして、みんなに聞こえるきこえるように読んよんだのは、目め敬いうやまい吾一ごいちの手柄てがらであった。
中なかを覗くのぞくと天井てんじょうも壁かべもことごとく黒くくろく光っひかりっていた。
人間にんげんとしては婆ばあさんが一人ひとりいたぎりである。
その婆ばあさんが、今日きょうは天気てんきがよくないので、おおかたおいでじゃあるまいと云っいって早くはやく海うみへ出でましたから、今浜いまはまへ下りくだりて呼んよんできましょうと断わりことわりを述べのべた。
舟ふねへ乗っのって出でたのかねと叔父おじが聞くきくと、婆ばあさんは多分たぶんあの船ふねだろうと答えこたえて、手てで海うみの上うえを指しさした。
靄もやはまだ晴れはれなかったけれども、先刻せんこくよりは空そらがだいぶ明るくあかるくなったので、沖おきの方ほうは比較的ひかくてき判はん切せつ見えるみえる中なかに、指ささされた船ふねは遠くとおくの向うむこうに小さくちいさく横わっよこたわっていた。
「あれじゃ大変たいへんだ」 高木たかぎは携えたずさえて来きた双眼鏡そうがんきょうを覗きのぞきながらこう云っいった。
「随分ずいぶん呑気のんきね、迎いむかいに行くいくって、どうしてあんな所ところへ迎むかえに行けるいけるんでしょう」と千代子ちよこは笑いわらいながら、高木たかぎの手てから双眼鏡そうがんきょうを受取っうけとった。
婆ばあさんは何なん直じかですと答えこたえて、草履ぞうりを穿いはいたまま、石段いしだんを馳はせけ下りくだりて行っいった。
叔父おじは田舎者いなかものは気楽きらくだなと笑っわらっていた。
吾一ごいちは婆ばあさんの後あとを追かけおいかけた。
百代子ひゃくだいしはぼんやりして汚ないきたない縁えんへ腰こしをおろした。
僕ぼくは庭にわを見廻しみまわした。
庭にわという名なのもったいなく聞こえるきこえる縁先えんさきは五ご坪つぼにも足りたりなかった。
隅すみに無花果いちじくが一いち本ほんあって、腥なまぐさぐさい空気くうきの中なかに、青いあおい葉はを少しすこしばかり茂らしげらしていた。
枝えだにはまだ熟しじゅくしない実じつが云訳ほど結っけつって、その一いち本ほんの股またの所ところに、空そらの虫籠むしかごがかかっていた。
その下したには瘠せやせた鶏にわとりが二三にさん羽はねむやみに爪つめを立てたてた地面じめんの中なかを餓えうえた嘴くちばしでつついていた。
僕ぼくはその傍そばに伏せふせてある鉄網てつもうの鳥籠とりかごらしいものを眺めながめて、その恰好かっこがちょうど仏手ぶしゅ柑かんのごとく不規則ふきそくに歪んゆがんでいるのに一種いっしゅ滑稽こっけいな思いおもいをした。
すると叔父おじが突然とつぜん、何分なんふん臭いくさいねと云いいい出しだした。
百代子ひゃくだいしは、あたしもう御ご魚さかななんかどうでも好いよいから、早くはやく帰りかえりたくなったわと心細こころぼそそうな声こえを出しだした。
この時じまで双眼鏡そうがんきょうで海うみの方ほうを見みながら、断だんえず千代子ちよこと話しはなしていた高木たかぎはすぐ後あとを振り返っふりかえった。
「何なんをしているだろう。ちょっと行っいって様子ようすを見みて来きましょう」 彼かれはそう云いいいながら、手てに持っもった雨あめ外套がいとうと双眼鏡そうがんきょうを置くおくために後あとの縁えんを顧みかえりみた。
傍そばに立ったった千代子ちよこは高木たかぎの動かうごかない前まえに手てを出しだした。
「こっちへ御ご出しだしなさい。持っもってるから」 そうして高木たかぎから二につの品しなを受け取っうけとった時じ、彼女かのじょは改めてあらためてまた彼かれの半袖はんそで姿すがたを見みて笑いわらいながら、「とうとう蛮ばん殻からになったのね」と評しひょうした。
高木たかぎはただ苦笑くしょうしただけで、すぐ浜はまの方ほうへ下りくだりて行っいった。
僕ぼくはさも運動家うんどうからしく発達はったつした彼かれの肩かたの肉にくが、急いいそいで石段いしだんを下りるおりるために手てを振るふるごとに動くうごく様ようを後あとから無言むごんのまま注意ちゅういして眺めながめた。
二十三にじゅうさん
船ふねに乗るのるためにみんなが揃っそろって浜はまに下り立っおりたったのはそれから約やく一いち時間じかんの後あとであった。
浜はまには何なんの祭まつりの前まえか過すぎか、深くふかく砂すなの中なかに埋めうめられた高いたかい幟のぼりの棒ぼうが二に本ほん僕ぼくの眼めを惹いひいた。
吾一ごいちはどこからか磯いそへ打ち上げうちあげた枯枝かれえだを拾っじゅうって来きて、広いひろい砂すなの上うえに大きなおおきな字じと大きなおおきな顔かおをいくつも並べならべた。
「さあ御ご乗りのり」と坊主頭ぼうずあたまの船頭せんどうが云っいったので、六ろく人ひとは順序じゅんじょなくごたごたに船縁ふなべりから這い上っはいのぼった。
偶然ぐうぜんの結果けっか千代子ちよこと僕ぼくは後あとのものに押さおされて、仕切りしきりの付いついた舳へさきの方ほうに二人ふたり膝ひざを突き合せつきあわせて坐っすわった。
叔父おじは一番いちばん先さきに、胴の間どうのまというのか、真中まなかの広いひろい所ところに、家長かちょうらしく胡坐こざをかいてしまった。
そうして高木たかぎをその日ひの客きゃくとして取り扱うとりあつかうつもりか、さあどうぞと案内あんないしたので、彼かれは否応いやおうなしに叔父おじの傍そばに座ざを占めしめた。
百代子ひゃくだいしと吾一ごいちは彼かれらの次の間つぎのまと云っいったような仕切しきりの中なかに船頭せんどうといっしょに這入っはいった。
「どうですこっちが空いむなしいてますからいらっしゃいませんか」と高木たかぎはすぐ後あとの百代子ひゃくだいしを顧みかえりみた。
百代子ひゃくだいしはありがとうといったきり席せきを移さうつさなかった。
僕ぼくは始めはじめから千代子ちよこと一いちつ薄縁うすべりの上うえに坐るすわるのを快くこころよく思わおもわなかった。
僕ぼくの高木たかぎに対したいして嫉妬しっとを起しおこした事ことはすでに明かあきらかに自白じはくしておいた。
その嫉妬しっとは程度ていどにおいて昨日きのうも今日きょうも同じおなじだったかも知れしれないが、それと共ともに競争心きょうそうしんはいまだかつて微塵みじんも僕ぼくの胸むねに萌さきざさなかったのである。
僕ぼくも男おとこだからこれから先さきいつどんな女おんなを的まとに劇烈げきれつな恋こいに陥らおちいらないとも限らかぎらない。
しかし僕ぼくは断言だんげんする。
もしその恋こいと同じおなじ度合どあいの劇烈げきれつな競争きょうそうをあえてしなければ思うおもう人ひとが手てに入らはいらないなら、僕ぼくはどんな苦痛くつうと犠牲ぎせいを忍んしのんでも、超然ちょうぜんと手てを懐ろふところにして恋人こいびとを見棄てみすててしまうつもりでいる。
男おとこらしくないとも勇気ゆうきに乏しいとぼしいとも、意志いしが薄弱はくじゃくだとも、他ほかから評しひょうしたらどうにでも評さひょうされるだろう。
けれどもそれほど切ないせつない競争きょうそうをしなければわがものにできにくいほど、どっちへ動いうごいても好いよい女おんななら、それほど切ないせつない競争きょうそうに価あたいしない女おんなだとしか僕ぼくには認めみとめられないのである。
僕ぼくには自分じぶんに靡かなびきかない女おんなを無理むりに抱くいだく喜こびよろこびよりは、相手あいての恋こいを自由じゆうの野のに放っはなってやった時じの男おとこらしい気分きぶんで、わが失恋しつれんの瘡痕そうこんを淋しくさびしく見つめみつめている方ほうが、どのくらい良心りょうしんに対したいして満足まんぞくが多いおおいか分らわからないのである。
僕ぼくは千代子ちよこにこう云っいった。
――「千代ちよちゃん行っいっちゃどうだ。あっちの方ほうが広くひろくって楽らくなようだから」「なぜ、ここにいちゃ邪魔じゃまなの」 千代子ちよこはそう云っいったまま動こううごこうとしなかった。
僕ぼくには高木たかぎがいるからあっちへ行けいけというのだというような説明せつめいは、露骨ろこつと聞こえるきこえるにしろ、厭味いやみと受取らうけとられるにしろ、全くまったく口くちにする勇気ゆうきは出でなかった。
ただ彼女かのじょからこう云わいわれた僕ぼくの胸むねに、一種いっしゅの嬉しさうれしさが閃めいひらめいたのは、口くちと腹はらとどう裏表うらおもてになっているかを曝露ばくろする好いよい証拠しょうこで、自分じぶんで自分じぶんの薄弱はくじゃくな性情せいじょうを自覚じかくしない僕ぼくには痛いいたい打撃だげきであった。
昨日きのう会っかいった時じよりは気きのせいか少しすこし控ひかえ目めになったように見えるみえる高木たかぎは、千代子ちよこと僕ぼくの間まに起っおこったこの問答もんどうを聞きききながら知らしらぬふりをしていた。
船ふねが磯いそを離れはなれたとき、彼かれは「好いよい案あん排はいに空模様そらもようが直っなおって来きました。これじゃ日ひがかんかん照るてるよりかえって結構けっこうです。船遊びふなあそびには持っもって来いこいという御ご天気てんきで」というような事ことを叔父おじと話し合っはなしあったりした。
叔父おじは突然とつぜん大きなおおきな声こえを出しだして、「船頭せんどう、いったい何なんを捕るとるんだ」と聞いきいた。
叔父おじもその他ほかのものも、この時じまで何なんを捕るとるんだかいっこう知らしらずにいたのである。
坊主頭ぼうずあたまの船頭せんどうは、粗末そまつな言葉ことばで、蛸たこを捕るとるんだと答えこたえた。
この奇抜きばつな返事へんじには千代子ちよこも百代子ひゃくだいしも驚ろくおどろくよりもおかしかったと見えみえて、たちまち声こえを出しだして笑っわらった。
「蛸たこはどこにいるんだ」と叔父おじがまた聞いきいた。
「ここいらにいるんだ」と船頭せんどうはまた答えこたえた。
そうして湯屋ゆやの留桶とめおけを少しすこし深くふかくしたような小判こばん形かたちの桶おけの底そこに、硝子がらすを張っちょうったものを水みずに伏せふせて、その中なかに顔かおを突込むつっこむように押し込みおしこみながら、海うみの底そこを覗きのぞき出しだした。
船頭せんどうはこの妙みょうな道具どうぐを鏡かがみと称えとなえて、二につ三さんつ余分よぶんに持ち合わせもちあわせたのを、すぐ僕ぼくらに貸しかしてくれた。
第だい一いちにそれを利用りようしたのは船頭せんどうの傍そばに座ざを取っとった吾一ごいちと百代子ひゃくだいしであった。
二十四にじゅうよん
鏡かがみがそれからそれへと順々じゅんじゅんに回っまわった時じ、叔父おじはこりゃ鮮やかあざやかだね、何なんでも見えるみえると非道くひどく感心かんしんしていた。
叔父おじは人間にんげん社会しゃかいの事ことに大抵たいてい通じつうじているせいか、万まんに高こうを括るくくる癖くせに、こういう自然界しぜんかいの現象げんしょうに襲わおそわれるとじき驚ろくおどろく性質せいしつなのである。
自分じぶんは千代子ちよこから渡さわたされた鏡かがみを受け取っうけとって、最後さいごに一いち枚ばいの硝子がらす越こしに海うみの底そこを眺めながめたが、かねて想像そうぞうしたと少しすこしも異なることなるところのない極めてきわめて平凡へいぼんな海うみの底そこが眼めに入っはいっただけである。
そこには小さいちいさい岩いわが多少たしょうの凸凹でこぼこを描いえがいて一面いちめんに連なるつらなる間まに、蒼黒いあおぐろい藻草もぐさが限りなくかぎりなく蔓延っまんえんっていた。
その藻草もぐさがあたかも生温なまぬるるい風かぜに嬲らなぶられるように、波なみのうねりで静かしずかにまた永久えいきゅうに細長いほそながい茎くきを前後ぜんごに揺かわななかした。
「市しさん蛸たこが見えみえて」「見えみえない」 僕ぼくは顔かおを上げあげた。
千代子ちよこはまた首くびを突込んつっこんだ。
彼女かのじょの被っかぶっていたへなへなの麦藁帽子むぎわらぼうしの縁えんが水みずに浸っひたって、船頭せんどうに操みさおつられる船ふねの勢いきおいに逆らうさからうたびに、可憐かれんな波なみをちょろちょろ起しおこした。
僕ぼくはその後そのあとに見えるみえる彼女かのじょの黒いくろい髪かみと白いしろい頸筋くびすじを、その顔かおよりも美びくしく眺めながめていた。
「千代ちよちゃんには、目付めつけかったかい」「駄目だめよ。蛸たこなんかどこにも泳いえいいでいやしないわ」「よっぽど慣れなれないとなかなか目め付けるつける訳わけに行かいかないんだそうです」 これは高木たかぎが千代子ちよこのために説明せつめいしてくれた言葉ことばであった。
彼女かのじょは両手りょうてで桶おけを抑えおさえたまま、船縁ふなべりから乗り出しのりだした身体しんたいを高木たかぎの方ほうへ捻じ曲げねじまげて、「道理どうりで見えみえないのね」といったが、そのまま水みずに戯れるたわむれるように、両手りょうてで抑えおさえた桶おけをぶくぶく動かしうごかしていた。
百代子ひゃくだいしが向うむこうの方ほうから御ご姉さんあねさんと呼んよんだ。
吾一ごいちは居所きょしょも分らわからない蛸たこをむやみに突き廻しつきまわした。
突くつくには二に間まばかりの細長いほそながい女竹めだけの先さきに一種いっしゅの穂先ほさきを着けつけた変へんなものを用いるもちいるのである。
船頭せんどうは桶おけを歯はで銜えくわえて、片手かたてに棹さおを使いつかいながら、船ふねの動いうごいて行くいくうちに、蛸たこの居所きょしょを探しあてるさがしあてるや否いなや、その長いながい竹たけで巧みたくみにぐにゃぐにゃした怪物かいぶつを突き刺しつきさした。
蛸たこは船頭せんどう一人ひとりの手てで、何なん疋ひきも船ふねの中なかに上がっあがったが、いずれも同じおなじくらいな大きさおおきさで、これはと驚ろくおどろくほどのものはなかった。
始めはじめのうちこそ皆みな珍らしめずらしがって、捕れるとれるたびに騒いさわいで見みたが、しまいにはさすが元気げんきな叔父おじも少しすこし飽きあきて来きたと見えみえて、「こう蛸たこばかり捕っとっても仕方しかたがないね」と云いいい出しだした。
高木たかぎは煙草たばこを吹かしふかしながら、舟底ふなぞこにかたまった獲物えものを眺めながめ始めはじめた。
「千代ちよちゃん、蛸たこの泳いえいいでるところを見みた事ことがありますか。ちょっと来きて御覧ごらんなさい、よっぽど妙みょうですよ」 高木たかぎはこう云っいって千代子ちよこを招いまねいたが、傍そばに坐っすわっている僕ぼくの顔かおを見みた時じ、「須永すながさんどうです、蛸たこが泳いえいいでいますよ」とつけ加えつけくわえた。
僕ぼくは「そうですか。面白いおもしろいでしょう」と答えこたえたなり直じか席せきを立とうたとうともしなかった。
千代子ちよこはどれと云いいいながら高木たかぎの傍そばへ行っいって新らしいあたらしい座ざを占めしめた。
僕ぼくは故この所ところから彼女かのじょにまだ泳いえいいでるかと尋ねたずねた。
「ええ面白いおもしろいわ、早くはやく来きて御覧ごらんなさい」 蛸たこは八はち本ほんの足あしを真直まっすぐに揃えそろえて、細長いほそながい身体しんたいを一気いっきにすっすっと区切りくぎりつつ、水みずの中なかを一直線いちちょくせんに船板ふないたに突き当るつきあたるまで進んすすんで行くいくのであった。
中なかには烏賊いかのように黒いくろい墨すみを吐くはくのも交っかっていた。
僕ぼくは中腰ちゅうごしになってちょっとその光景こうけいを覗いのぞいたなり故この席せきに戻っもどったが、千代子ちよこはそれぎり高木たかぎの傍そばを離れはなれなかった。
叔父おじは船頭せんどうに向っむかって蛸たこはもうたくさんだと云っいった。
船頭せんどうは帰るかえるのかと聞いきいた。
向うむこうの方ほうに大きなおおきな竹たけ籃のようなものが二につ三さんつ浮いういていたので、蛸たこばかりで淋しいさびしいと思っおもった叔父おじは、船ふねをその一いちつの側がわへ漕ぎ寄せこぎよせさした。
申し合せもうしあわせたように、舟ふね中なか立ち上ったちのぼって籃の内うちを覗くのぞくと、七八しちはち寸すんもあろうと云ういう魚さかなが、縦横じゅうおうに狭いせまい水みずの中なかを馳はせけ廻っまわっていた。
その或あるものは水みずの色いろを離れはなれない蒼いあおい光ひかりを鱗うろこに帯びおびて、自分じぶんの勢いきおいで前後ぜんご左右さゆうに作るつくる波なみを肉にくの裏うらに透すとおすように輝やいかがやいた。
「一いちつ掬っすくって御覧ごらんなさい」 高木たかぎは大きなおおきな掬つか網あみの柄がらを千代子ちよこに握らしにぎらした。
千代子ちよこは面白おもしろ半分はんぶんそれを受取っうけとって水みずの中なかで動かそううごかそうとしたが、動きうごきそうにもしないので、高木たかぎは己れおのれの手てを添えそえて二人ふたりいっしょに籃の中なかを覚束なくおぼつかなく攪き廻しかきまわした。
しかし魚さかなは掬えすくえるどころではなかったので、千代子ちよこはすぐそれを船頭せんどうに返しかえした。
船頭せんどうは同じおなじ掬つか網あみで叔父おじの命ずるめいずるままに何なん疋ひきでも水みずから上うえへ択りより出しだした。
僕ぼくらは危き怪かいな蛸たこの単調たんちょうを破るやぶるべく、鶏にわとり魚さかな、鱸すずき、黒鯛くろだいの変化へんかを喜こんよろこんでまた岸きしに上っのぼった。
二十五にじゅうご
僕ぼくはその晩ばん一人ひとり東京とうきょうへ帰っかえった。
母はははみんなに引きとめひきとめられて、帰るかえるときには吾一ごいちか誰だれか送っおくって行くいくという条件じょうけんの下したに、なお二三にさん日ひ鎌倉かまくらに留まるとまる事ことを肯んじがえんじた。
僕ぼくはなぜ母ははが彼かれらの勧めるすすめるままに、人ひとを好くよく落ちついおちついているのだろうと、鋭どくするどく磨がまがれた自分じぶんの神経しんけいから推しおして、悠長ゆうちょう過ぎるすぎる彼女かのじょをはがゆく思っおもった。
高木たかぎにはそれから以後いごついぞ顔かおを合せあわせた事ことがなかった。
千代子ちよこと僕ぼくに高木たかぎを加えくわえて三つ巴みつどもえを描いえがいた一種いっしゅの関係かんけいが、それぎり発展はってんしないで、そのうちの劣敗れっぱい者ものに当るあたる僕ぼくが、あたかも運命うんめいの先途せんどを予知よちしたごとき態度たいどで、中途ちゅうとから渦巻うずまきの外そとに逃れのがれたのは、この話はなしを聞くきくものにとって、定めしさだめし不本意ふほんいであろう。
僕ぼく自身じしんも幾分いくぶんか火の手ひのてのまだ収まらおさまらないうちに、取り急いとりいそいで纏まといを撤してっしたような心持こころもちがする。
と云ういうと、僕ぼくに始はじめからある目論見もくろみがあって、わざわざ鎌倉かまくらへ出かけでかけたとも取れるとれるが、嫉妬心しっとしんだけあって競争心きょうそうしんを有ゆうたない僕ぼくにも相応そうおうの己おのれ惚ぼけは陰気いんきな暗いくらい胸むねのどこかで時々ときどきちらちら陽炎かげろうったのである。
僕ぼくは自分じぶんの矛盾むじゅんをよく研究けんきゅうした。
そうして千代子ちよこに対するたいする己おのれ惚ぼけをあくまで積極的せっきょくてきに利用りようし切らきらせないために、他ほかの思想しそうやら感情かんじょうやらが、入れ代りいれかわり立ち替りたちかわり雑然ざつぜんとして吾われ心こころを奪いうばいにくる煩はんらわしさに悩んなやんだのである。
彼女かのじょは時じによると、天下てんかに只ただ一人ひとりの僕ぼくを愛しあいしているように見えみえた。
僕ぼくはそれでも進むすすむ訳わけに行かいかないのである。
しかし未来みらいに眼めを塞いせいで、思い切っおもいきった態度たいどに出ようでようかと思案しあんしているうちに、彼女かのじょはたちまち僕ぼくの手てから逃れのがれて、全くまったくの他人たにんと違わちがわない顔かおになってしまうのが常つねであった。
僕ぼくが鎌倉かまくらで暮しくらした二に日ひの間まに、こういう潮しおの満干まんかんはすでに二三にさん度どあった。
或ある時じは自分じぶんの意志いしでこの変化へんかを支配しはいしつつ、わざと近寄っちかよったり、わざと遠退いとおのいたりするのでなかろうかという微かかすかな疑惑ぎわくをさえ、僕ぼくの胸むねに煙らけむらせた。
そればかりではない。
僕ぼくは彼女かのじょの言行げんこうを、一いちの意味いみに解釈かいしゃくし終っししまったすぐ後あとから、まるで反対はんたいの意味いみに同じおなじものをまた解釈かいしゃくして、その実じつどっちが正しいただしいのか分らわからないいたずらな忌々しいまいましさを感じかんじた例れいも少なくすくなくはなかった。
僕ぼくはこの二に日間かかんに娶るめとるつもりのない女おんなに釣らつられそうになった。
そうして高木たかぎという男おとこがいやしくも眼めの前まえに出没しゅつぼつする限りかぎりは、厭いやでもしまいまで釣らつられて行きいきそうな心持こころもちがした。
僕ぼくは高木たかぎに対したいして競争心きょうそうしんを有ゆうたないと先さきに断っことわったが、誤解ごかいを防ぐふせぐために、もう一度いちど同じおなじ言葉ことばをくり返しくりかえしたい。
もし千代子ちよこと高木たかぎと僕ぼくと三さん人ひとが巴ともえになって恋こいか愛あいか人情にんじょうかの旋風せんぷうの中なかに狂うくるうならば、その時じ僕ぼくを動かすうごかす力ちからは高木たかぎに勝とうかとうという競争心きょうそうしんでない事ことを僕ぼくは断言だんげんする。
それは高いたかい塔とうの上うえから下したを見みた時じ、恐ろしくおそろしくなると共ともに、飛び下りとびおりなければいられない神経しんけい作用さようと同じおなじ物ものだと断言だんげんする。
結果けっかが高木たかぎに対したいして勝つかつか負けるまけるかに帰着きちゃくする上部じょうぶから云えいえば、競争きょうそうと見えるみえるかも知れしれないが、動力どうりょくは全くまったく独立どくりつした一種いっしゅの働きはたらきである。
しかもその動力どうりょくは高木たかぎがいさえしなければけっして僕ぼくを襲っおそって来きないのである。
僕ぼくはその二に日間かかんに、この怪しいあやしい力ちからの閃せんを物凄くものすごく感じかんじた。
そうして強いつよい決心けっしんと共ともにすぐ鎌倉かまくらを去っさった。
僕ぼくは強いつよい刺戟しげきに充ちみちた小説しょうせつを読むよむに堪えこらえないほど弱いよわい男おとこである。
強いつよい刺戟しげきに充ちみちた小説しょうせつを実行じっこうする事ことはなおさらできない男おとこである。
僕ぼくは自分じぶんの気分きぶんが小説しょうせつになりかけた刹那せつなに驚ろいおどろいて、東京とうきょうへ引き返しひきかえしたのである。
だから汽車きしゃの中なかの僕ぼくは、半分はんぶんは優ゆう者もので半分はんぶんは劣者れっしゃであった。
比較的ひかくてき乗客じょうきゃくの少ないすくない中等ちゅうとう列車れっしゃのうちで、僕ぼくは自分じぶんと書き出しかきだして自分じぶんと裂きさき棄てすてたようなこの小説しょうせつの続きつづきをいろいろに想像そうぞうした。
そこには海うみがあり、月つきがあり、磯いそがあった。
若いわかい男おとこの影かげと若いわかい女おんなの影かげがあった。
始めはじめは男おとこが激しげきして女おんなが泣いないた。
後あとでは女おんなが激しげきして男おとこが宥めなだめた。
ついには二人ふたり手てを引き合っひきあいって音おとのしない砂すなの上うえを歩いあるいた。
あるいは額がくがあり、畳たたみがあり、涼しいすずしい風かぜが吹いふいた。
二人ふたりの若いわかい男おとこがそこで意味いみのない口論こうろんをした。
それがだんだん熱いあつい血ちを頬ほおに呼び寄せよびよせて、ついには二人ふたり共とも自分じぶんの人格じんかくにかかわるような言葉使いことばづかいをしなければすまなくなった。
果かは立ち上ったちのぼって拳こぶしを揮いふるい合っあった。
あるいは……。
芝居しばいに似にた光景こうけいは幾いく幕まくとなく眼めの前まえに描かえがかれた。
僕ぼくはそのいずれをも甞め試ろみろみる機会きかいを失っうしなってかえって自分じぶんのために喜んよろこんだ。
人ひとは僕ぼくを老人ろうじんみたようだと云っいって嘲けるあざけるだろう。
もし詩しに訴えうったえてのみ世の中よのなかを渡らわたらないのが老人ろうじんなら、僕ぼくは嘲けらあざけられても満足まんぞくである。
けれどももし詩しに涸れかれて乾びからびたのが老人ろうじんなら、僕ぼくはこの品評ひんぴょうに甘んじあまんじたくない。
僕ぼくは始終しじゅう詩しを求めもとめてもがいているのである。
二十六にじゅうろく
僕ぼくは東京とうきょうへ帰っかえってからの気分きぶんを想像そうぞうして、あるいは刺戟しげきを眼めの前まえに控えひかえた鎌倉かまくらにいるよりもかえって焦躁しょうそうつきはしまいかと心配しんぱいした。
そうして相手あいてもなく一人ひとり焦躁しょうそうつく事ことのはなはだしい苦痛くつうをいたずらに胸むねの中なかに描いえがいて見みた。
偶然ぐうぜんにも結果けっかは他ほかの一方いっぽうに外れはずれた。
僕ぼくは僕ぼくの希望きぼうした通りとおり、平生へいぜいに近いちかい落ちつきおちつきと冷静れいせいと無頓着むとんちゃくとを、比較的ひかくてき容易よういに、淋しいさびしいわが二に階かいの上うえに齎らしもたらし帰るかえる事ことができた。
僕ぼくは新らしいあたらしい匂においのする蚊帳かやを座敷ざしきいっぱいに釣っつって、軒のきに鳴るなる風鈴ふうりんの音おとを楽しんたのしんで寝ねた。
宵よいには町まちへ出でて草花くさばなの鉢ばちを抱えかかえながら格子こうしを開けるあける事こともあった。
母ははがいないので、すべての世話せわは作さくという小間使こましがした。
鎌倉かまくらから帰っかえって、始めはじめてわが家わがやの膳ぜんに向っむかった時じ、給仕きゅうじのために黒いくろい丸盆まるぼんを膝ひざの上うえに置いおいて、僕ぼくの前まえに畏かしここまった作さくの姿すがたを見みた僕ぼくは今更いまさらのように彼女かのじょと鎌倉かまくらにいる姉妹しまいとの相違そういを感じかんじた。
作さくは固よりもとより好いよい器量きりょうの女おんなでも何なんでもなかった。
けれども僕ぼくの前まえに出でて畏かしここまる事ことよりほかに何なんも知っしっていない彼女かのじょの姿すがたが、僕ぼくにはいかに慎ましやかつつましやかにいかに控ひかえ目めに、いかに女おんなとして憐れあわれ深くふかく見えみえたろう。
彼女かのじょは恋こいの何物なにものであるかを考えるかんがえるさえ、自分じぶんの身分みぶんではすでに生意気なまいき過ぎるすぎると思い定めおもいさだめた様子ようすで、おとなしく坐っすわっていたのである。
僕ぼくは珍らしくめずらしく彼女かのじょに優しいやさしい言葉ことばを掛けかけた。
そうして彼女かのじょに年ねんはいくつだと聞いきいた。
彼女かのじょは十九じゅうきゅうだと答えこたえた。
僕ぼくはまた突然とつぜん嫁よめに行きいきたくはないかと尋ねたずねた。
彼女かのじょは赧いあかい顔かおをして下したを向いむかいたなり、露骨ろこつな問もんをかけた僕ぼくを気の毒きのどくがらせた。
僕ぼくと作さくとはそれまでほとんど用ようの口くちよりほかに利いきいた事ことがなかったのである。
僕ぼくは鎌倉かまくらから新らしいあたらしい記憶きおくを持っもって帰っかえった反動はんどうとして、その時じ始めはじめて、自分じぶんの家いえに使っつかっている下婢かひの女おんならしいところに気きがついた。
愛あいとは固よりもとより彼女かのじょと僕ぼくの間まに云いいい得とくべき言葉ことばでない。
僕ぼくはただ彼女かのじょの身みの周囲しゅういから出るでる落ちついおちついた、気安いきやしい、おとなしやかな空気くうきを愛しあいしたのである。
僕ぼくが作さくのために安慰あんいを得とくたと云っいっては、自分じぶんながらおかしく聞こえるきこえる。
けれども今いま考えかんがえて見みてもそれよりほかの源みなもと因いんは全くまったく考えつかかんがえつかないようだから、やっぱり作さくが――作さくがというより、その時じの作さくが代表だいひょうして僕ぼくに見せみせてくれた女性じょせいのある方面ほうめんの性質せいしつが、想像そうぞうの刺戟しげきにすら焦躁しょうそう立ちたちたがっていた僕ぼくの頭あたまを静めしずめてくれたのだろうと思うおもう。
白状はくじょうすれば鎌倉かまくらの景色けしきは折々おりおり眼めに浮かんうかんだ。
その景色けしきのうちには無論むろん人間にんげんが活動かつどうしていた。
ただそれが僕ぼくの遠くとおくにいる、僕ぼくとはとても利害りがいを一いちにし得とくない人間にんげんの活動かつどうらしく見えみえたのは幸福こうふくであった。
僕ぼくは二に階かいに上っのぼって書架しょかの整理せいりを始めはじめた。
綺麗きれい好よしみな母ははが始終しじゅう気きをつけて掃除そうじを怠たらおこたらなかったにかかわらず、一々いちいち書物しょもつを並べ直すならべなおすとなると、思わおもわぬ埃ほこりの色いろを、目めの届かとどけかない陰かげに見つけるみつけるので、残らのこらず揃えるそろえるまでには、なかなか手間取ってまどった。
僕ぼくは暑中しょちゅうに似合わしいにあわしい閑かん事業じぎょうとして、なるべく時間じかんのかかるように、気きが向けむけば手てにした本ほんをいつまでも読み耽っよみふけってみようという気楽きらくな方針ほうしんで蝸牛かぎゅうのごとく進行しんこうした。
作さくは時じならない払はらい塵ごみの音おとを聞きつけききつけて、梯子段はしごだんから銀杏返しぎんなんかえしの頭あたまを出しだした。
僕ぼくは彼女かのじょに書架しょかの一部いちぶを雑巾ぞうきんで拭いぬぐいて貰っもらった。
しかしいつまでかかるか分らわからない仕事しごとの手伝てつだいを、済むすむまでさせるのも気の毒きのどくだと思っおもって、すぐ階下かいかへ下げさげた。
僕ぼくは一いち時間じかんほど書物しょもつを伏せふせたり立てたてたりして少しすこし草臥れくたびれたから煙草たばこを吹かしふかして休んやすんでいると、作さくがまた梯子段はしごだんから顔かおを出しだした。
そうして、私わたくしでよろしければ何なんぞ致しいたしましょうかと尋ねたずねた。
僕ぼくは作さくに何なんかさせてやりたかった。
不幸ふこうにして西洋せいよう文字もじの読めよめない彼女かのじょには手ての出せだせない書物しょもつの整理せいりなので、僕ぼくは気の毒きのどくだけれども、なに好いよいよと断っことわってまた下またしたへ追いやっおいやった。
作さくの事ことをそう一々いちいち云ういう必要ひつようもないが、つい前まえからの関係かんけいで、彼女かのじょのその時じの行動こうどうを覚えおぼえていたから話しはなしたのである。
僕ぼくは一いち本ほんの巻煙草まきたばこを呑みのみ切っきった後あとでまた整理せいりにかかった。
今度こんどは作さくのためにわれ一人ひとりの世界せかいを妨ぼうたげられる虞おそれなしに、書架しょかの二に段だん目めを一気いっきに片づけかたづけた。
その時じ僕ぼくは久しくひさしく友達ともだちに借りかりて、つい返すかえすのを忘れわすれていた妙みょうな書物しょもつを、偶然ぐうぜん棚たなの後あとから発見はっけんした。
それはむしろ薄いうすい小形おがたの本ほんだったので、ついほかのものの向側むかいがわへ落ちおちたなり埃ほこりだらけになって、今日きょうまで僕ぼくの眼めを掠めかすめていたのである。
二十七にじゅうなな
僕ぼくにこの本ほんを貸しかしてくれたものはある文学ぶんがく好よしみの友達ともだちであった。
僕ぼくはかつてこの男おとこと小説しょうせつの話はなしをして、思慮しりょの勝っかったものは、万事ばんじに考え込むかんがえこむだけで、いっこう華やかはなやかな行動こうどうを仕切るしきる勇気ゆうきがないから、小説しょうせつに書いかいてもつまらないだろうと云っいった。
僕ぼくの平生へいぜいからあまり小説しょうせつを愛読あいどくしないのは、僕ぼくに小説しょうせつ中なかの人物じんぶつになる資格しかくが乏しいとぼしいので、資格しかくが乏しいとぼしいのは、考えかんがえ考えかんがえしてぐずつくせいだろうとかねがね思っおもっていたから、僕ぼくはついこういう質問しつもんがかけて見みたくなったのである。
その時じ彼かれは机上きじょうにあったこの本ほんを指しさして、ここに書いかいてある主人公しゅじんこうは、非常ひじょうに目覚しいめざましい思慮しりょと、恐ろしくおそろしく凄まじいすさまじい思い切っおもいきった行動こうどうを具えそなえていると告げつげた。
僕ぼくはいったいどんな事ことが書いかいてあるのかと聞いきいた。
彼かれはまあ読んよんで見ろみろと云っいって、その本ほんを取っとって僕ぼくに渡しわたした。
標題ひょうだいにはゲダンケという独どく乙おつ字じが書いかいてあった。
彼かれは露西亜ろしあ物ものの翻訳ほんやくだと教えおしえてくれた。
僕ぼくは薄いうすい書物しょもつを手てにしながら、重ねかさねてその梗※を彼かれに尋ねたずねた。
彼かれは梗※などはどうでも好いよいと答えこたえた。
そうして中なかに書いかいてある事ことが嫉妬しっとなのだか、復讐ふくしゅうなのだか、深刻しんこくな悪戯いたずらなのだか、酔興すいきょうな計略けいりゃくなのだか、真面目まじめな所作しょさなのだか、気狂きちがいの推理すいりなのだか、常人じょうじんの打算ださんなのだか、ほとんど分らわからないが、何しろなにしろ華々しいはなばなしい行動こうどうと同じくおなじく華々しいはなばなしい思慮しりょが伴なっともなっているから、ともかくも読んよんで見ろみろと云っいった。
僕ぼくは書物しょもつを借りかりて帰っかえった。
しかし読むよむ気きはしなかった。
僕ぼくは読み耽らよみふけらない癖くせに、小説家しょうせつかというものをいっさい馬鹿ばかにしていた上うえに、友達ともだちのいうような事ことにはちっとも心こころを動かすうごかすべき興味きょうみを有ゆうたなかったからである。
この出来事できごとをすっかり忘れわすれていた僕ぼくは、何なんの気きもつかずにそのゲダンケを今いま棚たなの後あとから引き出しひきだして厚いあつい塵ごみを払っはらった。
そうして見覚みかくのある例れいの独どく乙おつ字じの標題ひょうだいに眼めをつけると共ともに、かの文学ぶんがく好よしみの友達ともだちと彼かれのその時じの言葉ことばとを思い出しおもいだした。
すると突然とつぜんどこから起っおこったか分らわからない好奇心こうきしんに駆らかられて、すぐその一いち頁ぺーじを開いひらいて初めはじめから読みよみ始めはじめた。
中なかには恐るおそるべき話はなしが書いかいてあった。
ある女おんなに意いのあったある男おとこが、その婦人ふじんから相手あいてにされないのみか、かえってわが知りしり合あわせの人ひとの所ところへ嫁入らよめいられたのを根ねに、新婚しんこんの夫おっとを殺そうころそうと企てくわだてた。
ただしただ殺すころすのではない。
女房にょうぼうが見みている前まえで殺さころさなければ面白くおもしろくない。
しかもその見みている女房にょうぼうが彼かれを下手人げしゅにんと知っしっていながら、いつまでも指ゆびを銜えくわえて、彼かれを見みているだけで、それよりほかにどうにも手てのつけようのないという複雑ふくざつな殺しころし方ほうをしなければ気きがすまない。
彼かれはその手段しゅだんとして一種いっしゅの方法ほうほうを案出あんしゅつした。
ある晩餐ばんさんの席せきへ招待しょうたいされた好機こうきを利用りようして、彼かれは急きゅうに劇しいはげしい発作ほっさに襲わおそわれたふりをし始めはじめた。
傍そばから見るみるとまるで狂人きょうじんとしか思えおもえない挙動きょどうをその場ばであえてした彼かれは、同席どうせきの一人ひとり残らのこらずから、全くまったくの狂人きょうじんと信じしんじられたのを見すましみすまして、心こころの内うちで図ずに当っあたった策略さくりゃくを祝賀しゅくがした。
彼かれは人目ひとめに触れふれやすい社交しゃこう場裡じょうりで、同じおなじ所作しょさをなお二三にさん度どくり返しくりかえした後あと、発作ほっさのために精神せいしんに狂きょうの出るでる危険きけんな人ひとという評判ひょうばんを一般いっぱんに博しはくし得とくた。
彼かれはこの手数てすうのかかった準備じゅんびの上うえに、手てのつけようのない殺人罪さつじんざいを築き上げるきずきあげるつもりでいたのである。
しばしば起るおこる彼かれの発作ほっさが、華やかはなやかな交際こうさいの色いろを暗くくらく損ないそこない出しだしてから、今までいままで懇意こんいに往来おうらいしていた誰彼だれかれの門戸もんこが、彼かれに対したいして急きゅうに固くかたく鎖ささされるようになった。
けれどもそれは彼かれの苦くにするところではなかった。
彼かれはなお自由じゆうに出入でいりのできる一いち軒のきの家いえを持っもっていた。
それが取りとりも直さなおさず彼かれのまさに死しの国くにに蹴落そうけおとそうとしつつある友ともとその細君さいくんの家いえだったのである。
彼かれはある日ひ何気なんげない顔かおをして友ともの住居じゅうきょを敲いたたいた。
そこで世間せけん話はなしに時じを移すうつすと見せみせて、暗にあんに目めの前まえの人ひとに飛びかかるとびかかる機きを窺っうかがった。
彼かれは机つくえの上うえにあった重いおもい文鎮ぶんちんを取っとって、突然とつぜんこれで人ひとが殺せるころせるだろうかと尋ねたずねた。
友ともは固よりもとより彼かれの問もんを真しんに受けうけなかった。
彼かれは構わかまわずできるだけの力ちからを文鎮ぶんちんに込めこめて、細君さいくんの見みている前まえで、最愛さいあいの夫おっとを打ち殺しうちころした。
そうして狂人きょうじんの名なの下したに、瘋癲ふうてん院いんに送らおくられた。
彼かれは驚ろくおどろくべき思慮しりょと分別ぶんべつと推理すいりの力ちからとをもって、以上いじょうの顛末てんまつを基礎きそに、自分じぶんのけっして狂人きょうじんでない訳わけをひたすら弁解べんかいしている。
かと思うおもうと、その弁解べんかいをまた疑っうたがっている。
のみならず、その疑いうたがいをまた弁解べんかいしようとしている。
彼かれは必竟ひっきょう正気せいきなのだろうか、狂人きょうじんなのだろうか、――僕ぼくは書物しょもつを手てにしたまま慄然りつぜんとして恐れおそれた。
二十八にじゅうはち
僕ぼくの頭あたまは僕ぼくの胸むねを抑えるおさえるためにできていた。
行動こうどうの結果けっかから見みて、はなはだしい悔かいを遺さのこさない過去かこを顧みるかえりみると、これが人間にんげんの常体じょうたいかとも思うおもう。
けれども胸むねが熱しねっしかけるたびに、厳粛げんしゅくな頭あたまの威力いりょくを無理むりに加えくわえられるのは、普通ふつう誰だれでも経験けいけんする通りとおり、はなはだしい苦痛くつうである。
僕ぼくは意地いじ張ちょうという点てんにおいて、どっちかというとむしろ陰性いんせいの癇癪かんしゃく持もちだから、発作ほっさに心こころを襲わおそわれた人ひとが急きゅうに理性りせいのために喰いくい留めとめられて、劇しいはげしい自動車じどうしゃの速力そくりょくを即時そくじに殺すころすような苦痛くつうは滅多めったに甞めた事ことがない。
それですらある場合ばあいには命いのちの心棒しんぼうを無理むりに曲げまげられるとでも云わいわなければ形容けいようしようのない活力かつりょくの燃焼ねんしょうを内うちに感じかんじた。
二につの争いあらそいが起るおこるたびに、常つねに頭あたまの命令めいれいに屈従くつじゅうして来きた僕ぼくは、ある時じは僕ぼくの頭あたまが強いつよいから屈従くつじゅうさせ得るうるのだと思いおもい、ある時じは僕ぼくの胸むねが弱いよわいから屈従くつじゅうするのだとも思っおもったが、どうしてもこの争いあらそいは生活せいかつのための争いあらそいでありながら、人ひと知れしれず、わが命いのちを削るけずる争いあらそいだという畏怖いふの念ねんから解脱げだつする事ことができなかった。
それだから僕ぼくはゲダンケの主人公しゅじんこうを見みて驚ろいおどろいたのである。
親友しんゆうの命いのちを虫の息むしのいきのように軽くかるく見るみる彼かれは、理りと情じょうとの間まに何なんらの矛盾むじゅんをも扞格かんかくをも認めみとめなかった。
彼かれの有するゆうする凡てすべての知力ちりょくは、ことごとく復讐ふくしゅうの燃料ねんりょうとなって、残忍ざんにんな兇行きょうこうを手際てぎわよく仕遂げるしとげる方便ほうべんに供せきょうせられながら、毫もごうも悔かいゆる事ことを知らしらなかった。
彼かれは周密しゅうみつなる思慮しりょを率いひきいて、満腔まんこうの毒血どくちを相手あいての頭あたまから浴びせかけあびせかけ得るうる偉大いだいなる俳優はいゆうであった。
もしくは尋常じんじょう以上いじょうの頭脳ずのうと情熱じょうねつを兼ねけんねた狂人きょうじんであった。
僕ぼくは平生へいぜいの自分じぶんと比較ひかくして、こう顧慮こりょなく一いち心こころにふるまえるゲダンケの主人公しゅじんこうが大いにおおいに羨ましかっうらやましかった。
同時どうじに汗あせの滴るしたたるほど恐ろしかっおそろしかった。
できたらさぞ痛快つうかいだろうと思っおもった。
でかした後あとは定めしさだめし堪えこらえがたい良心りょうしんの拷問ごうもんに逢うあうだろうと思っおもった。
けれどももし僕ぼくの高木たかぎに対するたいする嫉妬しっとがある不可思議ふかしぎの径路けいろを取っとって、向後こうご今いまの数十すうじゅう倍ばいに烈しくはげしく身みを焼くやくならどうだろうと僕ぼくは考えかんがえた。
しかし僕ぼくはその時じの自分じぶんを自分じぶんで想像そうぞうする事ことができなかった。
始めはじめは人間にんげんの元もと来きからの作りつくりが違うちがうんだから、とてもこんな真似まねはしえまいという見地けんちから、すぐこの問題もんだいを棄却ききゃくしようとした。
次つぎには、僕ぼくでも同じおなじ程度ていどの復讐ふくしゅうが充分じゅうぶんやって除けよけられるに違いちがいないという気きがし出しだした。
最後さいごには、僕ぼくのように平生へいぜいは頭あたまと胸むねの争いあらそいに悩んなやんでぐずついているものにして始めてはじめてこんな猛烈もうれつな兇行きょうこうを、冷静れいせいに打算的ださんてきに、かつ組織的そしきてきに、逞ましゅうたくましゅうするのだと思い出しおもいだした。
僕ぼくは最後さいごになぜこう思っおもったのか自分じぶんにも分らわからない。
ただこう思っおもった時じ急きゅうに変へんな心持こころもちに襲わおそわれた。
その心持こころもちは純然じゅんぜんたる恐怖きょうふでも不安ふあんでも不快ふかいでもなく、それらよりは遥かはるかに複雑ふくざつなものに見えみえた。
が、纏っまとって心こころに現われあらわれた状態じょうたいから云えいえば、ちょうどおとなしい人ひとが酒さけのために大胆だいたんになって、これなら何なんでもやれるという満足まんぞくを感じかんじつつ、同時どうじに酔よいに打ち勝たうちかたれた自分じぶんは、品性ひんせいの上うえにおいて平生へいぜいの自分じぶんより遥はるかに堕落だらくしたのだと気きがついて、そうして堕落だらくは酒さけの影響えいきょうだからどこへどう避けさけても人間にんげんとしてとても逃れるのがれる事ことはできないのだと沈痛ちんつうに諦たいらめをつけたと同じおなじような変へんな心持こころもちであった。
僕ぼくはこの変へんな心持こころもちと共ともに、千代子ちよこの見みている前まえで、高木たかぎの脳天のうてんに重いおもい文鎮ぶんちんを骨ほねの底そこまで打ち込んうちこんだ夢ゆめを、大きなおおきな眼めを開きひらきながら見みて、驚ろいおどろいて立ち上ったちのぼった。
下したへ降りるおりるや否いなや、いきなり風呂場ふろばへ行っいって、水みずをざあざあ頭あたまへかけた。
茶の間ちゃのまの時計とけいを見るみると、もう午うま過すぎなので、それを好いよい機会きかいに、そこへ坐ざわって飯めしを片づけるかたづける事ことにした。
給仕きゅうじには例れいの通りとおり作さくが出でた。
僕ぼくは二にた口くち三口さんこう無言むごんで飯めしの塊りかたまりを頬張っほおばったが、突然とつぜん彼女かのじょに、おい作さく僕ぼくの顔色かおいろはどうかあるかいと聞いきいた。
作さくは吃驚びっくりした眼めを大きくおおきくして、いいえと答えこたえた。
それで問答もんどうが切れるきれると、今度こんどは作さくの方ほうがどうか遊ばしあそばしましたかと尋ねたずねた「いいや、大してたいしてどうもしない」「急きゅうに御ご暑うあつうございますから」 僕ぼくは黙っだまって二に杯さかずきの飯めしを食いくい終っおわった。
茶ちゃを注がしそそがして飲みかけのみかけた時じ、僕ぼくはまた突然とつぜん作さくに、鎌倉かまくらなどへ行っいって混雑こんざつするより宅たくにいる方ほうが静せいで好いよいねと云っいった。
作さくは、でもあちらの方ほうが御ご涼しゅうすずしゅうございましょうと云っいった。
僕ぼくはいやかえって東京とうきょうより暑いあついくらいだ、あんな所ところにいると気きばかりいらいらしていけないと説明せつめいしてやった。
作さくは御ご隠居いんきょさまはまだ当分とうぶんあちらにおいででございますかと尋ねたずねた。
僕ぼくはもう帰るかえるだろうと答えこたえた。
二十九にじゅうきゅう
僕ぼくは僕ぼくの前まえに坐っすわっている作さくの姿すがたを見みて、一筆いっぴつがきの朝あさ貌かおのような気きがした。
ただ貴たかとい名家めいかの手てにならないのが遺憾いかんであるが、心こころの中なかはそう云ういう種類しゅるいの画がと同じくおなじく簡略かんりゃくにでき上っできあがっているとしか僕ぼくには受取れうけとれなかった。
作さくの人柄ひとがらを画がに喩えたとえて何なんのためになると聞かきかれるかも知れしれない。
深いぶかい意味いみもなかろうが、実じつは彼女かのじょの給仕きゅうじを受けうけて飯めしを食うくう間まに、今しがたいましがたゲダンケを読んよんだ自分じぶんと、今いま黒塗くろぬりの盆ぼんを持っもって畏まっかしこまっている彼女かのじょとを比較ひかくして、自分じぶんの腹はらはなぜこうしつこい油絵あぶらえのように複雑ふくざつなのだろうと呆れあきれたからである。
白状はくじょうすると僕ぼくは高等こうとう教育きょういくを受けうけた証拠しょうことして、今日きょうまで自分じぶんの頭あたまが他ほかより複雑ふくざつに働はたらけらくのを自慢じまんにしていた。
ところがいつかその働らきはたらきに疲れつかれていた。
何なんの因果いんがでこうまで事ことを細かこまかに刻まきざまなければ生きいきて行かいかれないのかと考えかんがえて情なかっなさけなかった。
僕ぼくは茶碗ちゃわんを膳ぜんの上うえに置きおきながら、作さくの顔かおを見みて尊みこととい感じかんじを起しおこした。
「作さく御前ごぜんでもいろいろ物ものを考えるかんがえる事ことがあるかね」「私わたくしなんぞ別べつに何なんも考えるかんがえるほどの事ことがございませんから」「考えかんがえないかね。それが好いよいね。考えるかんがえる事ことがないのが一番いちばんだ」「あっても智慧ちえがございませんから、筋道すじみちが立ちたちません。全くまったく駄目だめでございます」「仕合せしあわせだ」 僕ぼくは思わおもわずこう云っいって作さくを驚ろかしおどろかした。
作さくは突然とつぜん僕ぼくから冷かさひやかされたとでも思っおもったろう。
気の毒きのどくな事ことをした。
その夕暮ゆうぐれに思いがけおもいがけない母ははが出し抜けだしぬけに鎌倉かまくらから帰っかえって来きた。
僕ぼくはその時日じじつの限りかぎりかけた二に階かいの縁えんに籐椅子とういすを持ち出しもちだして、作さくが跣足せんそくで庭先にわさきへ水みずを打つうつ音おとを聞いきいていた。
下したへ降りふりて玄関げんかんへ出でた時じ、僕ぼくは母ははを送っおくって来るくるべきはずの吾一ごいちの代りかわりに、千代子ちよこが彼女かのじょの後あとに跟いて沓脱くつぬぎから上っのぼったのを見みて非常ひじょうに驚ろいおどろいた。
僕ぼくは籐椅子とういすの上うえで千代子ちよこの事ことを全くまったく考えかんがえずにいたのである。
考えかんがえても彼女かのじょと高木たかぎとを離すはなす事ことはできなかったのである。
そうして二人ふたりは当分とうぶん鎌倉かまくらの舞台ぶたいを動きうごき得とくないものと信じしんじていたのである。
僕ぼくは日ひに焼けやけて心持こころもち色いろの黒くくろくなったと思わおもわれる母ははと顔かおを見合わしみあわして挨拶あいさつを取りとり替かえす前まえに、まず千代子ちよこに向っむかってどうして来きたのだと聞きききたかった。
実際じっさい僕ぼくはその通りとおりの言葉ことばを第だい一いちに用いもちいたのである。
「叔母おばさんを送っおくって来きたのよ。なぜ。驚ろいおどろいて」「そりゃありがとう」と僕ぼくは答えこたえた。
僕ぼくの千代子ちよこに対するたいする感情かんじょうは鎌倉かまくらへ行くいく前まえと、行っいってからとでだいぶ違っちがっていた。
行っいってからと帰っかえって来きてからとでもまただいぶ違っちがっていた。
高木たかぎといっしょに束ねたばねられた彼女かのじょに対するたいするのと、こう一人ひとりに切り離さきりはなされた彼女かのじょに対するたいするのとでもまただいぶ違っちがっていた。
彼女かのじょは年ねんを取っとった母ははを吾一ごいちに托するたくするのが不ふ安心あんしんだったから、自分じぶんで随いしたがいて来きたのだと云っいって、作さくが足あしを洗っあらっている間まに、母ははの単衣ひとえを箪笥たんすから出しだしたり、それを旅行りょこう着きと着換えきかえさせたりなどして、元もとの千代子ちよこの通りとおり豆まめやかにふるまった。
僕ぼくは母ははにあれから何なんか面白いおもしろい事ことがありましたかと尋ねたずねた。
母ははは満足まんぞくらしい顔かおをしながら、別べつにこれという珍らしいめずらしい事ことも無かっなかったと答えこたえたが、「でもね久しぶりひさしぶりに好いよい気き保養ほようをしました。御蔭みかげで」と云っいった。
僕ぼくにはそれが傍そばにいる千代子ちよこに対したいしての礼れいの言葉ことばと聞こえきこえた。
僕ぼくは千代子ちよこに今日きょうこれからまた鎌倉かまくらへ帰るかえるのかと尋ねたずねた。
「泊っとまって行くいくわ」「どこへ」「そうね。内幸町うちさいわいちょうへ行っいっても好いよいけど、あんまり広ひろし過ぎすぎて淋しいさびしいから。――久しぶりひさしぶりにここへ泊ろうとまろうかしら、ねえ叔母おばさん」 僕ぼくには千代子ちよこが始めはじめから僕ぼくの家いえに寝るねるつもりで出でて来きたように見えみえた。
自白じはくすれば僕ぼくはそこへ坐っすわって十分じゅうふんと経たへたないうちに、また眼めの前まえにいる彼女かのじょの言語げんご動作どうさを一種いっしゅの立場たちばから観察かんさつしたり、評価ひょうかしたり、解釈かいしゃくしたりしなければならないようになったのである。
僕ぼくはそこに気きがついた時じ、非常ひじょうな不愉快ふゆかいを感じかんじた。
またそういう努力どりょくには自分じぶんの神経しんけいが疲れつかれ切っきっている事ことも感じかんじた。
僕ぼくは自分じぶんが自分じぶんに逆らっさからって余儀よぎなくこう心こころを働かすはたらかすのか。
あるいは千代子ちよこが厭いやがる僕ぼくを無理むりに強いてしいて動くうごくようにするのか。
どっちにしても僕ぼくは腹立たしかっはらだたしかった。
「千代ちよちゃんが来きないでも吾一ごいちさんでたくさんだのに」「だってあたし責任せきにんがあるじゃありませんか。叔母おばさんを招待しょうたいしたのはあたしでしょう」
三十さんじゅう
「じゃ僕ぼくも招待しょうたいを受けうけたんだから、送っおくって来きて貰えもらえば好かっよかった」「だから他ほかの云ういう事ことを聞いきいて、もっといらっしゃれば好いよいのに」「いいえあの時じにさ。僕ぼくの帰っかえった時じにさ」「そうするとまるで看護婦かんごふみたようね。好いよいわ看護婦かんごふでも、ついて来きて上げるあげるわ。なぜそう云わいわなかったの」「云っいっても断らことわられそうだったから」「あたしこそ断らことわられそうだったわ、ねえ叔母おばさん。たまに招待しょうたいに応じおうじて来きておきながら、厭いやにむずかしい顔かおばかりしているんですもの。本当ほんとうにあなたは少しすこし病気びょうきよ」「だから千代子ちよこについて来きて貰いもらいたかったのだろう」と母ははが笑いわらいながら云っいった。
僕ぼくは母ははの帰るかえるつい一いち時間じかん前まえまで千代子ちよこの来るくる事ことを予想よそうし得とくなかった。
それは今いま改めてあらためてくり返すくりかえす必要ひつようもないが、それと共ともに僕ぼくは母ははが高木たかぎについて齎らすもたらす報道ほうどうをほとんど確実かくじつな未来みらいとして予期よきしていた。
穏やかおだやかな母ははの顔かおが不安ふあんと失望しつぼうで曇るくもる時じの気の毒きのどくさも予想よそうしていた。
僕ぼくは今いまこの予期よきと全くまったく反対はんたいの結果けっかを眼めの前まえに見みた。
彼かれらは二人ふたりとも常つねに変らかわらない親ししたしげな叔母おば姪めいであった。
彼かれらの各自かくじは各自かくじに特有とくゆうな温か味あたたかみと清々しすがすがしさを、いつもの通りとおり互いたがいの上うえに、また僕ぼくの上うえに、心持こころもちよく加えくわえた。
その晩ばんは散歩さんぽに出るでる時間じかんを倹約けんやくして、女おんな二人ふたりと共ともに二に階かいに上っのぼって涼みすずみながら話はなしをした。
僕ぼくは母ははの命ずるめいずるまま軒端のきばに七草ななくさを描いえがいた岐阜提灯ぎふちょうちんをかけて、その中なかに細いほそい蝋燭ろうそくを点けつけた。
熱いあついから電灯でんとうを消そうけそうと発議はつぎした千代子ちよこは、遠慮えんりょなく畳たたみの上うえを暗くくらくした。
風かぜのない月つきが高くたかく上っのぼった。
柱はしらに凭れもたれていた母ははが鎌倉かまくらを思い出すおもいだすと云っいった。
電車でんしゃの音おとのする所ところで月つきを看るみるのは何なんだかおかしい気きがすると、この間まから海辺うみべに馴染んなじんだ千代子ちよこが評しひょうした。
僕ぼくは先刻せんこくの籐椅子とういすの上うえに腰こしをおろして団扇うちわを使っつかっていた。
作さくが下したから二に度どばかり上っのぼって来きた。
一度いちどは煙草盆たばこぼんの火ひを入れいれ更さらえて、僕ぼくの足あしの下したに置いおいて行っいった。
二に返かえし目めには近所きんじょから取り寄せとりよせた氷菓子ひょうかしを盆ぼんに載せのせて持っもって来きた。
僕ぼくはそのたびごと階級かいきゅう制度せいどの厳重げんじゅうな封建ほうけんの代だいに生れうまれたように、卑しいいやしい召使めしつかいの位置いちを生涯しょうがいの分ぶんと心得こころえているこの作さくと、どんな人ひとの前まえへ出でても貴女きじょとしてふるまって通るとおるべき気位きぐらいを具えそなえた千代子ちよことを比較ひかくしない訳わけに行かいかなかった。
千代子ちよこは作さくが出でて来きても、作さくでないほかの女おんなが出でて来きたと同じおなじように、なんにも気きに留めとめなかった。
作さくの方ほうではいったん起っおこって梯子段はしごだんの傍そばまで行っいって、もう降りようおりようとする間際まぎわにきっと振り返っふりかえって、千代子ちよこの後姿うしろすがたを見みた。
僕ぼくは自分じぶんが鎌倉かまくらで高木たかぎを傍そばに見みて暮しくらした二に日間かかんを思い出しおもいだして、材料ざいりょうがないから何なんも考えかんがえないと明言めいげんした作さくに、千代子ちよこというハイカラはいからな有毒ゆうどくの材料ざいりょうが与えあたえられたのを憐れあわれに眺めながめた。
「高木たかぎはどうしたろう」という問もんが僕ぼくの口元くちもとまでしばしば出でた。
けれども単なるたんなる消息しょうそくの興味きょうみ以外いがいに、何なんかためにする不純ふじゅんなものが自分じぶんを前まえに押し出すおしだすので、その都度つど卑怯ひきょうだと遠くとおくで罵らののしられるためか、つい聞くきくのをいさぎよしとしなくなった。
それに千代子ちよこが帰っかえって母ははだけになりさえすれば、彼かれの話はなしは遠慮えんりょなくできるのだからとも考えかんがえた。
しかし実じつを云ういうと、僕ぼくは千代子ちよこの口くちから直下ちょっかに高木たかぎの事ことを聞きききたかったのである。
そうして彼女かのじょが彼かれをどう思っおもっているか、それを判はん切せつ胸むねに畳み込んたたみこんでおきたかったのである。
これは嫉妬しっとの作用さようなのだろうか。
もしこの話はなしを聞くきくものが、嫉妬しっとだというなら、僕ぼくには少しすこしも異存いぞんがない。
今いまの料簡りょうけんで考えかんがえて見みても、どうもほかの名なはつけ悪いわるいようである。
それなら僕ぼくがそれほど千代子ちよこに恋こいしていたのだろうか。
問題もんだいがそう推移すいいすると、僕ぼくも返事へんじに窮するきゅうするよりほかに仕方しかたがなくなる。
僕ぼくは実際じっさい彼女かのじょに対したいして、そんなに熱烈ねつれつな愛あいを脈搏みゃくはくの上うえに感じかんじていなかったからである。
すると僕ぼくは人ひとより二に倍ばいも三さん倍ばいも嫉妬しっと深いぶかい訳わけになるが、あるいはそうかも知れしれない。
しかしもっと適当てきとうに評しひょうしたら、おそらく僕ぼく本来ほんらいのわがままが源みなもと因いんなのだろうと思うおもう。
ただ僕ぼくは一言ひとことそれにつけ加えつけくわえておきたい。
僕ぼくから云わいわせると、すでに鎌倉かまくらを去っさった後あとなお高木たかぎに対したいしての嫉妬心しっとしんがこう燃えるもえるなら、それは僕ぼくの性情せいじょうに欠陥けっかんがあったばかりでなく、千代子ちよこ自身じしんに重いおもい責任せきにんがあったのである。
相手あいてが千代子ちよこだから、僕ぼくの弱点じゃくてんがこれほどに濃くこく胸むねを染めそめたのだと僕ぼくは明言めいげんして憚らはばからない。
では千代子ちよこのどの部分ぶぶんが僕ぼくの人格じんかくを堕落だらくさせるだろうか。
それはとても分らわからない。
あるいは彼女かのじょの親切しんせつじゃないかとも考えかんがえている。
三十一さんじゅういち
千代子ちよこの様子ようすはいつもの通りとおり明あきらっ放しっぱなしなものであった。
彼女かのじょはどんな問題もんだいが出でても苦くもなく口くちを利いきいた。
それは必竟ひっきょう腹はらの中なかに何なんも考えかんがえていない証拠しょうこだとしか取れとれなかった。
彼女かのじょは鎌倉かまくらへ行っいってから水泳すいえいを自習じしゅうし始めはじめて、今いまでは背せの立たたたない所ところまで行くいくのが楽みたのしみだと云っいった。
それを用心ようじん深いぶかい百代子ひゃくだいしが剣呑けんのんがって、詫わびまるように悲しいかなしい声こえを出しだして止めるとめるのが面白いおもしろいと云っいった。
その時じ母ははは半ばなかば心配しんぱいで半ばなかば呆れあきれたような顔かおをして、「何なんですね女おんなの癖くせにそんな軽けい機きな真似まねをして。これからは後生こうせいだから叔母おばさんに免じめんじて、あぶない悪ふざけわるふざけは止しよしておくれよ」と頼んたのんでいた。
千代子ちよこはただ笑いわらいながら、大丈夫だいじょうぶよと答えこたえただけであったが、ふと縁側えんがわの椅子いすに腰こしを掛けかけている僕ぼくを顧みかえりみて、市しさんもそう云ういう御転婆おてんばは嫌いやでしょうと聞いきいた。
僕ぼくはただ、あんまり好きすきじゃないと云っいって、月つきの光ひかりの隈なくくまなく落ちるおちる表ひょうを眺めながめていた。
もし僕ぼくが自分じぶんの品格ひんかくに対したいして尊敬そんけいを払うはらう事ことを忘れわすれたなら、「しかし高木たかぎさんには気きに入るはいるんだろう」という言葉ことばをその後そのあとにきっとつけ加えつけくわえたに違いない。
そこまで引き摺らひきずられなかったのは、僕ぼくの体面たいめん上うえまだ仕合せしあわせであった。
千代子ちよこはかくのごとく明けっ放しあけっぱなしであった。
けれども夜よるが更けふけて、母ははがもう寝ようねようと云いいい出すだすまで、彼女かのじょは高木たかぎの事ことをとうとう一口ひとくちも話頭わとうに上せのぼせなかった。
そこに僕ぼくははなはだしい故意こいを認めみとめた。
白いしろい紙かみの上うえに一いち点てんの暗いくらい印しるし気きが落ちおちたような気きがした。
鎌倉かまくらへ行くいくまで千代子ちよこを天下てんかの女性じょせいのうちで、最ももっとも純粋じゅんすいな一人ひとりと信じしんじていた僕ぼくは、鎌倉かまくらで暮しくらしたわずか二に日ひの間まに、始めはじめて彼女かのじょの技巧ぎこうを疑いうたがい出しだしたのである。
その疑ぎが今いまようやく僕ぼくの胸むねに根ねをおろそうとした。
「なぜ高木たかぎの話はなしをしないのだろう」 僕ぼくは寝ねながらこう考えかんがえて苦しんくるしんだ。
同時どうじにこんな問題もんだいに睡眠すいみんの時間じかんを奪わうばわれる愚ぐさを自分じぶんでよく承知しょうちしていた。
だから苦しむくるしむのが馬鹿馬鹿しくばかばかしくてなお癇かんが起っおこった。
僕ぼくは例れいの通りとおり二に階かいに一人ひとり寝ねていた。
母ははと千代子ちよこは下座げざ敷しきに蒲団ふとんを並べならべて、一いちつ蚊帳かやの中なかに身みを横たえよこたえた。
僕ぼくはすやすや寝ねている千代子ちよこを自分じぶんのすぐ下したに想像そうぞうして、必竟ひっきょうのつそつ苦しくるしがる僕ぼくは負けまけているのだと考えかんがえない訳わけに行かいかなくなった。
僕ぼくは寝返りねがえりを打つうつ事ことさえ厭いやになった。
自分じぶんがまだ眠らねむられないという弱味よわみを階下かいかへ響かひびきかせるのが、勝利しょうりの報知ほうちとして千代子ちよこの胸むねに伝わるつたわるのを恥辱ちじょくと思っおもったからである。
僕ぼくがこうして同じおなじ問題もんだいをいろいろに考えかんがえているうちに、同じおなじ問題もんだいが僕ぼくにはいろいろに見えみえた。
高木たかぎの名前なまえを口くちへ出さださないのは、全くまったく彼女かのじょの僕ぼくに対するたいする好意こういに過ぎすぎない。
僕ぼくに気きを悪くわるくさせまいと思うおもう親切しんせつから彼女かのじょはわざとそれだけを遠慮えんりょしたのである。
こう解釈かいしゃくすると鎌倉かまくらにいた時じの僕ぼくは、あれほど単純たんじゅんな彼女かのじょをして、僕ぼくの前まえに高木たかぎの二に字じを公けおおやけにする勇気ゆうきを失わうしなわしめたほど、不合理ふごうりに機嫌きげんを悪くわるくふるまったのだろう。
もしそうだとすれば、自分じぶんは人ひとの気きを悪くわるくするために、人ひとの中なかへ出るでる、不愉快ふゆかいな動物どうぶつである。
宅たくへ引込んひきこんで交際こうさいさえしなければそれで宜いよい。
けれどももし親切しんせつを冠らかぶらない技巧ぎこうが彼女かのじょの本義ほんぎなら……。
僕ぼくは技巧ぎこうという二に字じを細かこまかに割っわりって考えかんがえた。
高木たかぎを媒なかだち鳥とりに僕ぼくを釣るつるつもりか。
釣るつるのは、最後さいごの目的もくてきもない癖くせに、ただ僕ぼくの彼女かのじょに対するたいする愛情あいじょうを一時的いちじてきに刺戟しげきして楽しむたのしむつもりか。
あるいは僕ぼくにある意味いみで高木たかぎのようになれというつもりか。
そうすれば僕ぼくを愛しあいしても好いよいというつもりか。
あるいは高木たかぎと僕ぼくと戦うたたかうところを眺めながめて面白かっおもしろかったというつもりか。
または高木たかぎを僕ぼくの眼めの前まえに出しだして、こういう人ひとがいるのだから、早くはやく思い切れおもいきれというつもりか。
――僕ぼくは技巧ぎこうの二に字じをどこまでも割っわりって考えかんがえた。
そうして技巧ぎこうなら戦争せんそうだと考えかんがえた。
戦争せんそうならどうしても勝負しょうぶに終るおわるべきだと考えかんがえた。
僕ぼくは寝つかねつかれないで負けまけている自分じぶんを口惜しくくやしく思っおもった。
電灯でんとうは蚊帳かやを釣るつるとき消しけしてしまったので、室むろの中なかに隙間すきまもなく蔓延るはびこる暗闇くらやみが窒息ちっそくするほど重苦しくおもくるしく感ぜかんぜられた。
僕ぼくは眼めの見えみえないところに眼めを明けあけて頭あたまだけ働はたらけらかす苦痛くつうに堪えこらえなくなった。
寝返りねがえりさえ慎んつつしんで我慢がまんしていた僕ぼくは、急きゅうに起っおこって室むろを明るくあかるくした。
ついでに縁側えんがわへ出でて雨戸あまどを一いち枚ばい細目さいもくに開けあけた。
月つきの傾けいむいた空そらの下したには動くうごく風かぜもなかった。
僕ぼくはただ比較的ひかくてき冷れいかな空気くうきを肌はだと咽喉のどに受けうけただけであった。
三十二さんじゅうに
翌日よくじつはいつも一人ひとりで寝ねている時じより一いち時間じかん半はんも早くはやく眼めが覚めさめた。
すぐ起きおきて下したへ降りるおりると、銀杏返しぎんなんかえしの上うえへ白地しろじの手拭てぬぐいを被っかぶって、長火鉢ながひばちの灰はいを篩っふるいっていた作さくが、おやもう御ご目覚めざましでと云いいいながら、すぐ顔かおを洗うあらう道具どうぐを風呂場ふろばへ並べならべてくれた。
僕ぼくは帰りかえりに埃ほこりだらけの茶の間ちゃのまを爪先つまさきで通り抜けとおりぬけて玄関げんかんへ出でた。
その時じついでに二人ふたりの寝ねている座敷ざしきを蚊帳かや越しこしに覗いのぞいて見みたら、目敏いめざとい母ははも昨日きのうの汽車きしゃの疲が出でたせいか、まだ静かしずかな眠ねむりを貪どんぼっていた。
千代子ちよこは固よりもとより夢ゆめの底そこに埋まっうまっているように正体しょうたいなく枕まくらの上うえに首くびを落しおとしていた。
僕ぼくは目的もくてきもなく表ひょうへ出でた。
朝あさの散歩さんぽの趣おもむきを久しくひさしく忘れわすれていた僕ぼくには、常つねに変わらかわらない町まちの色いろが、暑さあつさと雑沓ざっとうとに染めそめつけられない安息日あんそくひのごとく穏やかおだやかに見えみえた。
電車でんしゃの線路せんろが研ぎ澄まさとぎすまされた光ひかりを真直まっすぐに地面じめんの上うえに伸ばすのばすのも落ちついおちついた感じかんじであった。
けれども僕ぼくは散歩さんぽがしたくって出でたのではなかった。
ただ眼めが早くはやく覚めさめ過ぎすぎて、中有ちゅううに延びのびた命いのちの断片だんぺんを、運動うんどうで埋めるうめるつもりで歩くあるくのだから、それほどの興味きょうみは空そらにも地ちにも乃至ないし町まちにも見み出すだす事ことができなかった。
一いち時間じかんばかりして僕ぼくはむしろ疲れつかれた顔かおを母ははからも千代子ちよこからも怪しまあやしまれに戻っもどって来きた。
母はははどこへ行っいったのと聞いきいたが、後あとから、色沢しきたくが好くよくないよ、どうかおしかいと尋ねたずねた。
「昨夕さくゆう好くよく寝ねられなかったんでしょう」 僕ぼくは千代子ちよこのこの言葉ことばに対したいして答こたえうべき術じゅつを知らしらなかった。
実じつを云ういうと、昂然こうぜんとしてなに好くよく寝ねられたよと云いいいたかったのである。
不幸ふこうにして僕ぼくはそれほどの技巧家ぎこうかでなかった。
と云っいって、正直しょうじきに寝ねられなかったと自白じはくするには余りあまり自尊心じそんしんが強きょう過ぎすぎた。
僕ぼくはついに何なんも答えこたえなかった。
三さん人ひとが同じおなじ食卓しょくたくで朝飯あさめしを済ますすますや否いなや、母ははが昨日きのう涼しいすずしいうちにと頼んたのんでおいた髪結かみゆいが来きた。
洗いあらい立たての白いしろい胸むね掛かかりをかけて、敷居しきい越こしに手てを突いついた彼女かのじょは、御ご帰りかえりなさいましと親しいしたしい挨拶あいさつをした。
彼女かのじょはこの職業しょくぎょうに共通きょうつうなめでたい口ぶりくちぶりを有っあっていた。
それを得意とくいに使っつかって、内気うちきな母ははに避暑ひしょを誇ほこりの種しゅに話さはなさせる機会きかいを一句いっくごとに作っつくった。
母ははは満足まんぞくらしくも見えみえたが、そう蝶蝶ちょうちょうしくは饒舌にょうぜつり得とくなかった。
髪結かみゆいはより効目ききめのある相手あいてとして、すぐ年ねんの若いわかい千代子ちよこを選んえらんだ。
千代子ちよこは固よりもとより誰彼だれかれの容赦ようしゃなく一様いちように気き易くやすく応対おうたいのできる女おんなだったので、御嬢様ごじょうさまと呼びかけよびかけられるたびに相当そうとうの受じゅ答こたえをして話はなしを勢いきおいました。
千代子ちよこの泳えいの噂うわさが出でた時じ、髪結かみゆいは活溌かっぱつで宜しゅうよろしゅうございます、近頃ちかごろの御嬢様ごじょうさま方ほうはみんな水泳すいえいの稽古けいこをなさいますと誰だれが聞いきいても拵えこしらえたような御世辞ごせじを云っいった。
妙みょうな事ことを吹聴ふいちょうするようでおかしいが、実じつをいうと僕ぼくは女おんなの髪かみを上げるあげるところを見みているのが好きすきであった。
母ははが乏しいとぼしい髪かみを工面くめんして、どうかこうか髷まげに結い上げるゆいあげる様子ようすは、いくら上手じょうずが纏めるまとめるにしても、それほど見栄みえのある画がではないが、それでも退屈たいくつを凌ぐしのぐには恰好かっこな慰みなぐさみであった。
僕ぼくは髪結かみゆいの手ての動くうごく間まに、自然しぜんとでき上っできあがって行くいく小さなちいさな母ははの丸髷まるまげを眺めながめていた。
そうして腹はらの中なかで、千代子ちよこの髪かみを日本にっぽん流りゅうに櫛くしを入れいれたらさぞみごとだろうと思っおもった。
千代子ちよこは色いろの美びくしい、癖くせのない、長くながくて多さわ過ぎるすぎる髪かみの所有者しょゆうしゃだったからである。
この場合ばあいいつもの僕ぼくなら、千代ちよちゃんもついでに結っけつって御ご貰いもらいなときっと勧めるすすめるところであった。
しかし今いまの僕ぼくにはそんな親ししたしげな要求ようきゅうを彼女かのじょに向っむかって投げかけるなげかける気きが出で悪かっわるかった。
すると偶然ぐうぜんにも千代子ちよこの方ほうで、何なんだかあたしも一いちつ結っけつって見みたくなったと云いいい出しだした。
母ははは御ご結けついよ久しぶりひさしぶりにと誘なっいざなった。
髪結かみゆいは是非ぜひ御ご上げあげ遊ばあそばせな、私わたくし始めはじめて御髪おぐしを拝見はいけんした時じから束髪そくはつにしていらっしゃるのはもったいないと思っおもっとりましたとさも結いゆいたそうな口ぶりくちぶりを見せみせた。
千代子ちよこはとうとう鏡台きょうだいの前まえに坐っすわった。
「何なんに結おうゆおうかしら」 髪結かみゆいは島田しまだを勧めすすめた。
母ははも同じおなじ意見いけんであった。
千代子ちよこは長いながい髪かみを背中せなかに垂れたれたまま突然とつぜん市しさんと呼んよんだ。
「あなた何なんが好きすき」「旦那だんな様ようも島田しまだが好きすきだときっとおっしゃいますよ」 僕ぼくはぎくりとした。
千代子ちよこはまるで平気へいきのように見えみえた。
わざと僕ぼくの方ほうをふり返っふりかえって、「じゃ島田しまだに結っけつって見せみせたげましょうか」と笑っわらった。
「好いよいだろう」と答えこたえた僕ぼくの声こえはいかにも鈍なまくらに聞こえきこえた。
三十三さんじゅうさん
僕ぼくは千代子ちよこの髪かみのでき上らできあがらない先さきに二に階かいへ上っのぼった。
僕ぼくのような神経質しんけいしつなものが拘わっかかわって来るくると、無関係むかんけいの人ひとの眼めにはほとんど小供こどもらしいと思わおもわれるような所作しょさをあえてする。
僕ぼくは中途ちゅうとで鏡台きょうだいの傍そばを離れはなれて、美びくしい島田しまだ髷まげをいただく女おんなが男おとこから強奪ごうだつする嘆賞たんしょうの租税そぜいを免かれまぬかれたつもりでいた。
その時じの僕ぼくはそれほどこの女おんなの虚栄心きょえいしんに媚びるこびる好意こういを有ゆうたなかったのである。
僕ぼくは自分じぶんで自分じぶんの事ことをかれこれ取りとり繕つくろいろって好くよく聞えるきこえるように話しはなしたくない。
しかし僕ぼくごときものでも長火鉢ながひばちの傍そばで起るおこるこんな戦術せんじゅつよりはもう少しすこし高尚こうしょうな問題もんだいに頭あたまを使いつかい得るうるつもりでいる。
ただそこまで引き摺りひきずり落さおとされた時じ、僕ぼくの弱点じゃくてんとしてどうしても脱線だっせんする気きになれないのである。
僕ぼくは自分じぶんでそのつまらなさ加減かげんをよく心得こころえていただけに、それをあえてする僕ぼくを自分じぶんで憎みにくみ自分じぶんで鞭むちうった。
僕ぼくは空そら威張いばりを卑劣ひれつと同じくおなじく嫌うきらう人間にんげんであるから、低くひくくても小さくちいさくても、自分じぶんらしい自分じぶんを話すはなすのを名誉めいよと信じしんじてなるべく隠さかくさない。
けれども、世の中よのなかで認めみとめている偉いえらい人ひととか高いたかい人ひととかいうものは、ことごとく長火鉢ながひばちや台所だいどころの卑しいいやしい人生じんせいの葛藤かっとうを超越ちょうえつしているのだろうか。
僕ぼくはまだ学校がっこうを卒業そつぎょうしたばかりの経験けいけんしか有ゆうたない青二才あおにさいに過ぎすぎないが、僕ぼくの知力ちりょくと想像そうぞうに訴えうったえて考えかんがえたところでは、おそらくそんな偉いえらい人ひと高いたかい人ひとはいつの世よにも存在そんざいしていないのではなかろうか。
僕ぼくは松本まつもとの叔父おじを尊敬そんけいしている。
けれども露骨ろこつなことを云えいえば、あの叔父おじのようなのは偉くえらく見えるみえる人ひと、高くたかく見せるみせる人ひとと評すれひょうすればそれで足りたりていると思うおもう。
僕ぼくは僕ぼくの敬愛けいあいする叔父おじに対したいしては偽物にせもの贋物にせものの名なを加えるくわえる非礼ひれいと僻見へきけんとを憚かりはばかりたい。
が、事実上じじつじょう彼かれは世俗せぞくに拘泥こうでいしない顔かおをして、腹はらの中なかで拘泥こうでいしているのである。
小事しょうじに齷齪あくせくしない手てを拱ぬいで、頭あたまの奥おくで齷齪あくせくしているのである。
外そとへ出さださないだけが、普通ふつうより品しなが好いよいと云っいって僕ぼくは讃辞さんじを呈していしたく思っおもっている。
そうしてその外そとへ出さださないのは財産ざいさんの御蔭みかげ、年齢ねんれいの御蔭みかげ、学問がくもんと見識けんしきと修養しゅうようの御蔭みかげである。
が、最後さいごに彼かれと彼かれの家庭かていの調子ちょうしが程好くほどよく取れとれているからでもあり、彼かれと社会しゃかいの関係かんけいが逆ぎゃくなようで実じつは順じゅんに行くいくからでもある。
――話はなしがつい横道おうどうへ外れはずれた。
僕ぼくは僕ぼくのこせこせしたところを余りあまり長くながく弁護べんごし過ぎすぎたかも知れしれない。
僕ぼくは今いまいう通りとおり早くはやく二に階かいへ上っのぼってしまった。
二に階かいは日ひが近いちかいので、階下かいかよりはよほど凌ぎしのぎ悪いわるいのだけれども、平生へいぜいいつけたせいで、僕ぼくは一日いちにちの大部分だいぶぶんをここで暮らすくらす事ことにしていたのである。
僕ぼくはいつもの通りとおり机つくえの前まえに坐っすわったなりただ頬杖つらづえを突いついてぼんやりしていた。
今朝けさ煙草たばこの灰はいを棄てすてたマジョリカまじょりかの灰皿はいざらが綺麗きれいに掃除そうじされて僕ぼくの肱ひじの前まえに載せのせてあったのに気きがついて、僕ぼくはその中なかに現わさあらわされた二に羽はねの鵞鳥がちょうを眺めながめながら、その灰はいを空けあけた作さくの手てを想像そうぞうに描いえがいた。
すると下したから梯子段はしごだんを踏むふむ音おとがして誰だれか上っのぼって来きた。
僕ぼくはその足音あしおとを聞くきくや否いなや、すぐそれが作さくでない事ことを知っしった。
僕ぼくはこうぼんやり屈托くったくしているところを千代子ちよこに見みられるのを屈辱くつじょくのように感じかんじた。
同時どうじに傍そばにあった書物しょもつを開けあけて、先刻せんこくから読んよんでいたふりをするほど器用きような機転きてんを用いるもちいるのを好まこのまなかった。
「結えゆわえたから見みてちょうだい」 僕ぼくは僕ぼくの前まえにすぐこう云いいいながら坐るすわる彼女かのじょを見みた。
「おかしいでしょう。久しくひさしく結わゆわないから」「大変たいへん美びくしくできたよ。これからいつでも島田しまだに結うゆうといい」「二三にさん度ど壊しこわしちゃ結いゆい、壊しこわしちゃ結いゆいしないといけないのよ。毛けが馴染まなじまなくって」 こんな事ことを聞いきいたり答えこたえたり三四さんよん返かえししているうちに、僕ぼくはいつの間まにか昔むかしと同じおなじように美びくしい素直すなおな邪気じゃきのない千代子ちよこを眼めの前まえに見るみる気きがし出しだした。
僕ぼくの心持こころもちが何なんかの調子ちょうしで和らげやわらげられたのか、千代子ちよこの僕ぼくに対するたいする態度たいどがどこかで角度かくどを改あらためためたのか、それは判然はんぜんと云いいい悪いわるい。
こうだと説明せつめいのできる捕ほどころは両方りょうほうになかったらしく記憶きおくしている。
もしこの気き易いやすい状態じょうたいが一二いちに時間じかんも長くながく続いつづいたなら、あるいは僕ぼくの彼女かのじょに対したいして抱いいだいた変へんな疑惑ぎわくを、過去かこに溯そぼって当初とうしょから真直まっすぐに黒いくろい棒ぼうで誤解ごかいという名なの下したに消し去るけしさる事ことができたかも知れしれない。
ところが僕ぼくはつい不味いまじい事ことをしたのである。
三十四さんじゅうよん
それはほかでもない。
しばらく千代子ちよこと話しはなしているうちに、彼女かのじょが単にたんに頭あたまを見せみせに上っのぼって来きたばかりでなく、今日きょうこれから鎌倉かまくらへ帰るかえるので、そのさようならを云いいいにちょっと顔かおを出しだしたのだと云ういう事ことを知っしった時じ、僕ぼくはつい用意よういの足りたりない躓ちずき方ほうをしたのである。
「早いはやいね。もう帰るかえるのかい」と僕ぼくが云っいった。
「早はやかないわ、もう一いち晩ばん泊っとまったんだから。だけどこんな頭あたまをして帰るかえると何なんだかおかしいわね、御ご嫁よめにでも行くいくようで」と千代子ちよこが云っいった。
「まだみんな鎌倉かまくらにいるのかい」と僕ぼくが聞いきいた。
「ええ。なぜ」と千代子ちよこが聞き返しききかえした。
「高木たかぎさんも」と僕ぼくがまた聞いきいた。
高木たかぎという名前なまえは今までいままで千代子ちよこも口くちにせず、僕ぼくも話頭わとうに上すのぼすのをわざと憚かっはばかっていたのである。
が、何なんかの機会きかいで、平生へいぜい通りとおりの打ち解けうちとけた遠慮えんりょのない気分きぶんが復活ふっかつしたので、その中なかに引き込まひきこまれた矢先やさき、つい何なんの気きもつかずに使っつかってしまったのである。
僕ぼくはふらふらとこの問もんをかけて彼女かのじょの顔かおを見みた時じたちまち後悔こうかいした。
僕ぼくが煮えにえ切らきらないまた捌けはけない男おとことして彼女かのじょから一種いっしゅの軽蔑けいべつを受けうけている事ことは、僕ぼくのとうに話しはなした通りとおりで、実じつを云えいえば二人ふたりの交際こうさいはこの黙許もっきょを認め合っみとめあった上うえの親しみしたしみに過ぎすぎなかった。
その代りかわり千代子ちよこが常つねに畏れるおそれる点てんを、幸みゆきにして僕ぼくはただ一いちつ有っあっていた。
それは僕ぼくの無口むくちである。
彼女かのじょのように万事ばんじ明けっ放しあけっぱなしに腹はらを見せみせなければ気きのすまない者ものから云ういうと、いつでも、しんねりむっつりと構えかまえている僕ぼくなどの態度たいどは、けっして気きに入るはいるはずがないのだが、そこにまた妙みょうな見透かせみえすかせない心こころの存在そんざいが仄めくほのめくので、彼女かのじょは昔むかしから僕ぼくを全然ぜんぜん知りしり抜くぬく事ことのできない、したがって軽蔑けいべつしながらもどこかに恐ろしいおそろしいところを有っあった男おとことして、ある意味いみの尊敬そんけいを払っはらっていたのである。
これは公けおおやけにこそ明言めいげんしないが、向うむこうでも腹はらの底そこで正式せいしきに認めるみとめるし、僕ぼくも冥々めいめいのうちに彼女かのじょから僕ぼくの権利けんりとして要求ようきゅうしていた事実じじつである。
ところが偶然ぐうぜん高木たかぎの名前なまえを口くちにした時じ、僕ぼくはたちまちこの尊敬そんけいを永久えいきゅう千代子ちよこに奪い返さうばいかえされたような心持こころもちがした。
と云ういうのは、「高木たかぎさんも」という僕ぼくの問もんを聞いきいた千代子ちよこの表情ひょうじょうが急きゅうに変化へんかしたのである。
僕ぼくはそれを強ちあながちに勝利しょうりの表情ひょうじょうとは認めみとめたくない。
けれども彼女かのじょの眼めのうちに、今までいままで僕ぼくがいまだかつて彼女かのじょに見出しみだした試しためしのない、一種いっしゅの侮蔑ぶべつが輝やいかがやいたのは疑いうたがいもない事実じじつであった。
僕ぼくは予期よきしない瞬間しゅんかんに、平手ひらてで横面よこつらを力任せちからまかせに打たうたれた人ひとのごとくにぴたりと止まっとまった。
「あなたそれほど高木たかぎさんの事ことが気きになるの」 彼女かのじょはこう云っいって、僕ぼくが両手りょうてで耳みみを抑えおさえたいくらいな高笑いたかわらいをした。
僕ぼくはその時じ鋭どいするどい侮辱ぶじょくを感じかんじた。
けれどもとっさの場合ばあい何なんという返事へんじも出しだし得とくなかった。
「あなたは卑怯ひきょうだ」と彼女かのじょが次つぎに云っいった。
この突然とつぜんな形容詞けいようしにも僕ぼくは全くまったく驚ろかさおどろかされた。
僕ぼくは、御前ごぜんこそ卑怯ひきょうだ、呼ばよばないでもの所ところへわざわざ人ひとを呼びつけよびつけて、と云っいってやりたかった。
けれども年弱としよわな女おんなに対したいして、向うむこうと同じおなじ程度ていどの激語げきごを使うつかうのはまだ早はや過ぎるすぎると思っおもって我慢がまんした。
千代子ちよこもそれなり黙っだまった。
僕ぼくはようやくにして「なぜ」というわずか二に字じの問もんをかけた。
すると千代子ちよこの濃いこい眉まゆが動いうごいた。
彼女かのじょは、僕ぼく自身じしんで僕ぼくの卑怯ひきょうな意味いみを充分じゅうぶん自覚じかくしていながら、たまたま他ほかの指摘してきを受けるうけると、自分じぶんの弱点じゃくてんを相手あいてに隠すかくすために、取りとり繕つくろいろって空そらっとぼけるものとこの問もんを解釈かいしゃくしたらしい。
「なぜって、あなた自分じぶんでよく解っわかってるじゃありませんか」「解らわからないから聞かしきかしておくれ」と僕ぼくが云っいった。
僕ぼくは階下かいかに母ははを控えひかえているし、感情かんじょうに訴えるうったえる若いわかい女おんなの気質きしつもよく呑み込んのみこんだつもりでいたから、できるだけ相手あいての気きを抜いぬいて話はなしを落ちつかおちつかせるために、その時じの僕ぼくとしては、ほとんど無理むりなほどの、低いひくいかつ緩いゆりい調子ちょうしを取っとったのであるが、それがかえって千代子ちよこの気きに入らはいらなかったと見えるみえる。
「それが解らわからなければあなた馬鹿ばかよ」 僕ぼくはおそらく平生へいぜいより蒼いあおい顔かおをしたろうと思うおもう。
自分じぶんではただ眼めを千代子ちよこの上うえにじっと据えすえた事ことだけを記憶きおくしている。
その時じ何物なにものも恐れおそれない千代子ちよこの眼めが、僕ぼくの視線しせんと無言むごんのうちに行き合っいきあって、両方りょうほう共ともしばらくそこに止まっとまっていた事ことも記憶きおくしている。
三十五さんじゅうご
「千代ちよちゃんのような活溌かっぱつな人ひとから見みたら、僕ぼく見みたいに引込ひっこめ思案しあんなものは無論むろん卑怯ひきょうなんだろう。僕ぼくは思っおもった事ことをすぐ口くちへ出しだしたり、またはそのまま所作しょさにあらわしたりする勇気ゆうきのない、極めてきわめて因循いんじゅんな男おとこなんだから。その点てんで卑怯ひきょうだと云ういうなら云わいわれても仕方しかたがないが……」「そんな事ことを誰だれが卑怯ひきょうだと云ういうもんですか」「しかし軽蔑けいべつはしているだろう。僕ぼくはちゃんと知っしってる」「あなたこそあたしを軽蔑けいべつしているじゃありませんか。あたしの方ほうがよっぽどよく知っしってるわ」 僕ぼくはことさらに彼女かのじょのこの言葉ことばを肯定こうていする必要ひつようを認めみとめなかったから、わざと返事へんじを控えひかえた。
「あなたはあたしを学問がくもんのない、理窟りくつの解らわからない、取るとるに足らあしらない女おんなだと思っおもって、腹はらの中なかで馬鹿ばかにし切っきってるんです」「それは御前ごぜんが僕ぼくをぐずと見縊っみくびってるのと同じおなじ事ことだよ。僕ぼくは御前ごぜんから卑怯ひきょうと云わいわれても構わかまわないつもりだが、いやしくも徳義とくぎ上うえの意味いみで卑怯ひきょうというなら、そりゃ御前ごぜんの方ほうが間違っまちがっている。僕ぼくは少なくすくなくとも千代ちよちゃんに関係かんけいある事柄ことがらについて、道徳どうとく上うえ卑怯ひきょうなふるまいをした覚さとしはないはずだ。ぐずとか煮えにえ切らきらないとかいうべきところに、卑怯ひきょうという言葉ことばを使わつかわれては、何なんだか道義的どうぎてき勇気ゆうきを欠いかいた――というより、徳義とくぎを解しかいしない下劣げれつな人物じんぶつのように聞えきこえてはなはだ心持こころもちが悪いわるいから訂正ていせいして貰いもらいたい。それとも今いまいった意味いみで、僕ぼくが何なんか千代ちよちゃんに対したいしてすまない事ことでもしたのなら遠慮えんりょなく話しはなして貰おうもらおう」「じゃ卑怯ひきょうの意味いみを話しはなして上げあげます」と云っいって千代子ちよこは泣きなき出しだした。
僕ぼくはこれまで千代子ちよこを自分じぶんより強いつよい女おんなと認めみとめていた。
けれども彼女かのじょの強さつよさは単にたんに優しいやさしい一いち図ずから出でた女気おんなぎの凝りこり塊りかたまりとのみ解釈かいしゃくしていた。
ところが今いま僕ぼくの前まえに現われあらわれた彼女かのじょは、ただ勝気かちきに充ちみちただけの、世間せけんにありふれた、俗ぞくっぽい婦人ふじんとしか見えみえなかった。
僕ぼくは心こころを動かすうごかすところなく、彼女かのじょの涙なみだの間まからいかなる説明せつめいが出るでるだろうと待ち設けまちもうけた。
彼女かのじょの唇くちびるを洩れるもれるものは、自己じこの体面たいめんを飾るかざる強弁きょうべんよりほかに何なんもあるはずがないと、僕ぼくは固くかたく信じしんじていたからである。
彼女かのじょは濡れぬれた睫毛まつげを二三にさん度ど繁しげる叩いたたいた。
「あなたはあたしを御転婆おてんばの馬鹿ばかだと思っおもって始終しじゅう冷笑れいしょうしているんです。あなたはあたしを……愛しあいしていないんです。つまりあなたはあたしと結婚けっこんなさる気きが……」「そりゃ千代ちよちゃんの方ほうだって……」「まあ御ご聞きききなさい。そんな事ことは御ご互たがいだと云ういうんでしょう。そんならそれで宜うようござんす。何なんも貰っもらって下さいくださいとは云やいやしません。ただなぜ愛しあいしてもいず、細君さいくんにもしようと思っおもっていないあたしに対したいして……」 彼女かのじょはここへ来きて急きゅうに口籠っくちごもった。
不敏ふびんな僕ぼくはその後そのあとへ何なんが出でて来るくるのか、まだ覚れさとれなかった。
「御前ごぜんに対したいして」と半ばなかば彼女かのじょを促がすうながすように問もんをかけた。
彼女かのじょは突然とつぜん物ものを衝きつき破っやぶった風かぜに、「なぜ嫉妬しっとなさるんです」と云い切っいいきって、前まえよりは劇しくはげしく泣きなき出しだした。
僕ぼくはさっと血ちが顔かおに上るのぼる時じの熱りいきりを両方りょうほうの頬ほおに感じかんじた。
彼女かのじょはほとんどそれを注意ちゅういしないかのごとくに見えみえた。
「あなたは卑怯ひきょうです、徳義とくぎ的まとに卑怯ひきょうです。あたしが叔母おばさんとあなたを鎌倉かまくらへ招待しょうたいした料簡りょうけんさえあなたはすでに疑っうたがっていらっしゃる。それがすでに卑怯ひきょうです。が、それは問題もんだいじゃありません。あなたは他ほかの招待しょうたいに応じおうじておきながら、なぜ平生へいぜいのように愉快ゆかいにして下さるくださる事ことができないんです。あたしはあなたを招待しょうたいしたために恥はじを掻いかいたも同じおなじ事ことです。あなたはあたしの宅たくの客きゃくに侮辱ぶじょくを与えあたえた結果けっか、あたしにも侮辱ぶじょくを与えあたえています」「侮辱ぶじょくを与えあたえた覚さとしはない」「あります。言葉ことばや仕打しうちはどうでも構わかまわないんです。あなたの態度たいどが侮辱ぶじょくを与えあたえているんです。態度たいどが与えあたえていないでも、あなたの心こころが与えあたえているんです」「そんな立ち入ったちいった批評ひひょうを受けるうける義務ぎむは僕ぼくにないよ」「男おとこは卑怯ひきょうだから、そう云ういう下らしたらない挨拶あいさつができるんです。高木たかぎさんは紳士しんしだからあなたを容れるいれる雅量がりょうがいくらでもあるのに、あなたは高木たかぎさんを容れるいれる事ことがけっしてできない。卑怯ひきょうだからです」
松本まつもとの話はなし
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