彼岸過迄

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千代子ちよこそのなかからぼく描いえがい五六ごろくばい出しだし見せみせ
それ赤いあかい椿つばきむらさき東菊あずまぎく色変りいろがわりダリヤだりやいずれ単純たんじゅん花卉かき写生しゃせい過ぎすぎなかっ要らいらないところわざと掛けかけ時間じかん浪費ろうひ厭わいとわ細かくこまかく綺麗きれい塗り上げぬりあげ手際てぎわいまぼくから見るみるほとんど驚ろくおどろくべきものあっ
ぼくこれほど綿密めんみつあっ自分じぶんむかし感服かんぷく
あなたそれ描いえがい下すっくだすっ時分じぶんいまよりよっぽど親切しんせつだっ 千代子ちよこ突然とつぜんこう云っいっ
ぼくその意味いみまるで分らわからなかっ
から上げあげ彼女かのじょかお見るみる彼女かのじょ黒いくろい大きなおおきなひとみぼくうえじっと据えすえ
ぼくどういうわけそんなこと云ういう尋ねたずね
彼女かのじょそれ答えこたえぼくかお見つめみつめ
やがていつもより小さなちいさなこえ近頃ちかごろ頼んたのんってそんな精出しせいだし描いえがい下さらくださらないでしょう云っいっ
ぼく描くえがく描かえがかない答えこたえられなかっ
ただはらなか彼女かのじょ言葉ことばもっともくび肯っうけがっ
それよくこんなもの丹念たんねんしまっおくあたしよめ行くいく持っもってくつもり ぼくこの言葉ことば聞いきいへん悲しくかなしくなっ
そうその悲しいかなしい気分きぶんすぐ千代子ちよこむね応えこたえそうなお恐ろしかっおそろしかっ
ぼくその刹那せつなすでになみだ溢れあふれそう黒いくろい大きなおおきな自分じぶんまえ想像そうぞうある
そんな下らしたらないもの持っもっ行かいかないいいいい持っもっ行っいったってあたしから 彼女かのじょこう云いいいつつ赤いあかい椿つばきむらさき東菊あずまぎく重ねかさねまた文庫ぶんこなかしまっ
ぼく自分じぶん気分きぶん変えるかえるためわざと彼女かのじょいつごろよめ行くいくつもり聞いきい
彼女かのじょもうじか行くいく答えこたえ
しかしまだきまっわけじゃないだろういいえもうきまっ 彼女かのじょ明らかあきらか答えこたえ
今までいままで自分じぶん安心あんしん得るうる最後さいご手段しゅだんいち早くはやく彼女かのじょ縁談えんだん纏まれまとまれ好いよい念じねんじぼく心臓しんぞうこのこたえともどきんおとするなみ打っうっ
そう毛穴けあなから這い出すはいだすようあぶらあせ背中せなか腋の下わきのした不意ふい襲っおそっ
千代子ちよこ文庫ぶんこ抱いいだい立ち上ったちのぼっ
障子しょうじ開けるあけるときうえからぼく見下しみくだしうそ一口ひとくちはんせつ云い切っいいきっまま自分じぶんむろほう行っいっ
ぼく動くうごくかんがえなくせき坐っすわっ
ぼくむね忌々しいいまいましい何物なにもの宿らやどらなかっ
千代子ちよこよめ行くいく行かいかないぼくどう影響えいきょうするこの始めはじめ実際じっさい自覚じかくすることできぼくそれ自覚じかくくれ彼女かのじょ翻弄ほんろう対したいし感謝かんしゃ
ぼく今までいままでつか彼女かのじょ愛しあいし知れしれなかっ
あるいは彼女かのじょつかないうちぼく愛しあいし知れしれなかっ
ぼく自分じぶんいう正体しょうたいそれほど解りわかり悪いわるい怖いこわいものだろう考えかんがえしばらく茫然ぼうぜん
するあちらほう電話でんわちりんちりん鳴っなっ
千代子ちよこえん伝いつたい急ぎ足いそぎあしやっぼくいっしょ電話でんわかけくれ頼んたのん
ぼくいっしょかけるいう意味いみ呑み込めのみこめなかっすぐ立ったっ彼女かのじょとも電話でんわくち行っいっ
もう呼び出しよびだしあるあたしこえ嗄れしゃがれ咽喉のど痛くいたくってはなしできないからあなた代理だいりちょうだい聞くきくほうあたし聞くきくから ぼく相手あいて名前なまえ分らわからないまた向うむこうはなし通じつうじない電話でんわかけるべく前屈みまえかがみなっ用意ようい
千代子ちよこすでに受話器じゅわきみみあて
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それはじめうち滑稽こっけい構わかまわひまかかる厭わいとわ平気へいきやっしだいぼく好奇心こうきしん挑発ちょうはつするよう返事へんじ質問しつもん千代子ちよこくちから来るくるぼく曲んきょくんままおいちょいとそれかしこえかけ左手ひだりて真直まっすぐ千代子ちよこほう差し伸べさしのべ
千代子ちよこ笑いわらいながら否々いないな見せみせ
ぼくさらに姿勢しせい正しくただしく受話器じゅわき彼女かのじょから奪おううばおう
彼女かのじょけっしてそれ離さはなさなかっ
取ろうとろうする取らとらまいするそう二人ふたり起っおこっ彼女かのじょ手早くてばやく電話でんわ切っきっ
そう大きなおおきなこえあげ笑いわらい出しだし
十一じゅういち
こういう光景こうけいもしいまよりいちねんまえ起っおこっならぼくそのあとなんへんくり返しくりかえしくり返しくりかえし思っおもっ
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ただぼくそれ反対はんたい方針ほうしん取っとっある
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ぼくひと説明せつめいするためそう信じしんじいるないから
ぼくかつて文学ぶんがくよしみある友達ともだちからダヌンチオだぬんちおいち少女しょうじょはなし聞いきいことある
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ただ千代子ちよこそれできないある
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十二じゅうに
これほど好くほどよく思っおもっいる千代子ちよこつまどこ不都合ふつごう
じつぼく自分じぶん自分じぶんむねこう聞いきいことある
その理由りゆうなんまだ考えかんがえないさきぼくまず恐ろしくおそろしくなっ
そう夫婦ふうふ二人ふたり長くながく眼前がんぜん想像そうぞうするたえなかっ
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そうぼく恐ろしいおそろしいことだけ知っしっおとこある
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ぼくつね考えかんがえいる
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十五じゅうご
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手蹟しゅせき端書はしがき
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彼女かのじょぼく捉まえつかまえ変人へんじん云っいっ
はは一人ひとり残しのこしすぐ帰るかえるほうない云っいっ
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松本まつもとはなし
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