二
第 50 章
僕はこういう市蔵を仕立て上げた責任者として親類のものから暗に恨まれているが、僕自身もその点については疚ましいところが大いにあるのだから仕方がない。
僕はつまり性格に応じて人を導く術を心得なかったのである。
ただ自分の好尚を移せるだけ市蔵の上に移せばそれで充分だという無分別から、勝手しだいに若いものの柔らかい精神を動かして来たのが、すべての禍の本になったらしい。
僕がこの過失に気がついたのは今から二三年前である。
しかし気がついた時はもう遅かった。
僕はただなす能力のない手を拱ぬいて、心の中で嘆息しただけであった。
事実を一言でいうと、僕の今やっているような生活は、僕に最も適当なので、市蔵にはけっして向かないのである。
僕は本来から気の移りやすくでき上った、極めて安価な批評をすれば、生れついての浮気ものに過ぎない。
僕の心は絶えず外に向って流れている。
だから外部の刺戟しだいでどうにでもなる。
と云っただけではよく腑に落ちないかも知れないが、市蔵は在来の社会を教育するために生れた男で、僕は通俗な世間から教育されに出た人間なのである。
僕がこのくらい好い年をしながら、まだ大変若いところがあるのに引き更えて、市蔵は高等学校時代からすでに老成していた。
彼は社会を考える種に使うけれども、僕は社会の考えにこっちから乗り移って行くだけである。
そこに彼の長所があり、かねて彼の不幸が潜んでいる。
そこに僕の短所があり、また僕の幸福が宿っている。
僕は茶の湯をやれば静かな心持になり、骨董を捻くれば寂びた心持になる。
そのほか寄席、芝居、相撲、すべてその時々の心持になれる。
その結果あまり眼前の事物に心を奪われ過ぎるので、自然に己なき空疎な感に打たれざるを得ない。
だからこんな超然生活を営んで強いて自我を押し立てようとするのである。
ところが市蔵は自我よりほかに当初から何物を有っていない男である。
彼の欠点を補なう――というより、彼の不幸を切りつめる生活の径路は、ただ内に潜り込まないで外に応ずるよりほかに仕方がないのである。
しかるに彼を幸福にし得るその唯一の策を、僕は間接に彼から奪ってしまった。
親類が恨むのはもっともである。
僕は本人から恨まれないのをまだしもの仕合せと思っているくらいである。
今からたしか一年ぐらい前の話だと思う。
何しろ市蔵がまだ学校を出ない時の話だが、ある日偶然やって来て、ちょっと挨拶をしたぎりすぐどこかへ見えなくなった事がある。
その時僕はある人に頼まれて、書斎で日本の活花の歴史を調べていた。
僕は調べものの方に気を取られて、彼の顔を出した時、やあとただふり返っただけであったが、それでも彼の血色がはなはだ勝れないのを苦にして、仕事の区切がつくや否や彼を探しに書斎を出た。
彼は妻とも仲が善かったので、あるいは茶の間で話でもしている事かと思ったら、そこにも姿は見えなかった。
妻に聞くと子供の部屋だろうというので、縁伝いに戸を開けると、彼は咲子の机の前に坐って、女の雑誌の口絵に出ている、ある美人の写真を眺めていた。
その時彼は僕を顧みて、今こういう美人を発見して、先刻から十分ばかり相対しているところだと告げた。
彼はその顔が眼の前にある間、頭の中の苦痛を忘れて自から愉快になるのだそうである。
僕はさっそくどこの何者の令嬢かと尋ねた。
すると不思議にも彼は写真の下に書いてある女の名前をまだ読まずにいた。
僕は彼を迂闊だと云った。
それほど気に入った顔ならなぜ名前から先に頭に入れないかと尋ねた。
時と場合によれば、細君として申し受ける事も不可能でないと僕は思ったからである。
しかるに彼はまた何の必要があって姓名や住所を記憶するかと云った風の眼使をして僕の注意を怪しんだ。
つまり僕は飽くまでも写真を実物の代表として眺め、彼は写真をただの写真として眺めていたのである。
もし写真の背後に、本当の位置や身分や教育や性情がつけ加わって、紙の上の肖像を活かしにかかったなら、彼はかえって気に入ったその顔まで併せて打ち棄ててしまったかも知れない。
これが市蔵の僕と根本的に違うところである。