彼岸過迄

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一

第 39 章
敬太郎けいたろうは須永すながの門前もんぜんで後姿うしろすがたの女おんなを見みて以来いらい、この二人ふたりを結びつけるむすびつける縁えんの糸いとを常つねに想像そうぞうした。
その糸いとには一種いっしゅ夢ゆめのような匂においがあるので、二人ふたりを眼めの前まえに、須永すながとしまた千代子ちよことして眺めるながめる時じには、かえってどこかへ消えきえてしまう事ことが多かっおおかった。
けれども彼かれらが普通ふつうの人間にんげんとして敬太郎けいたろうの肉眼にくがんに現実げんじつの刺戟しげきを与えあたえない折々おりおりには、失なわうしなわれた糸いとがまた二人ふたりの中なかを離すはなすべからざる因果いんがのごとくに繋いつないだ。
田口たぐちの家いえへ出入でいりするようになってからも、須永すながと千代子ちよこの関係かんけいについては、一口ひとくちでさえ誰だれからも聞いきいた事ことはなし、また二人ふたりの様子ようすを直じかに観察かんさつしても尋常じんじょうの従兄弟いとこ以上いじょうに何物なにものも仄めいほのめいていなかったには違いないが、こういう当初とうしょからの聯想れんそうに支配しはいされて、彼かれの頭あたまのどこかに、二人ふたりを常つねに一いち対たいの男女だんじょとして認めるみとめる傾きかたむきを有っあっていた。
女おんなの連れん添わそわない若いわかい男おとこや、男おとこの手てを組まくまない若いわかい女おんなは、要するようするに敬太郎けいたろうから見れみれば自然しぜんを損なっそこなった片輪かたわに過ぎすぎないので、彼かれが自分じぶんの知るしる彼かれらを頭あたまのうちでかように組み合わせくみあわせたのは、まだ片輪かたわの境遇きょうぐうにまごついている二人ふたりに、自然しぜんが生みつけうみつけた通りとおりの資格しかくを早くはやく与えあたえてやりたいという道みち義心ぎしんの要求ようきゅうから起っおこったのかも知れしれなかった。
それはこむずかしい理窟りくつだから、たといどんな要求ようきゅうから起ろうおころうと敬太郎けいたろうのために弁ずるべんずる必要ひつようはないが、この頃このごろになって偶然ぐうぜん千代子ちよこの結婚けっこん談だんを耳みみにした彼かれが、頭あたまの中なかの世界せかいと、頭あたまの外そとにある社会しゃかいとの矛盾むじゅんに、ちょっと首くびを捻っひねったのは事実じじつに相違そういなかった。
彼かれはその話はなしを書生しょせいの佐伯さえきから聞いきいたのである。
もっとも佐伯さえきのようなものが、まだ事ことの纏まらまとまらない先さきから、奥おくの委しいくわしい話はなしを知ろうしろうはずがなかった。
彼かれはただ漠然ばくぜんとした顔かおの筋肉きんにくをいつもより緊張きんちょうさせて、何なんでもそんな評判ひょうばんですと云ういうだけであった。
千代子ちよこを貰うもらう人ひとの名前なまえも無論むろん分らわからなかったが、身分みぶんの実業家じつぎょうかである事ことはたしかに思わおもわれた。
「千代子ちよこさんは須永すなが君きみの所ところへ行くいくのだとばかり思っおもっていたが、そうじゃないのかね」「そうも行かいかないでしょう」「なぜ」「なぜって聞かきかれると、僕ぼくにも明瞭めいりょうな答こたえはでき悪いわるいんですが、ちょっと考えかんがえて見みてもむずかしそうですね」「そうかね、僕ぼくはまたちょうど好いよい夫婦ふうふだと思っおもってるがね。親類しんるいじゃあるし、年ねんだって五ごつ六ろくつ違いならおかしかなしさ」「知らしらない人ひとから見るみるとちょっとそう見えるみえるでしょうがね。裏面りめんにはいろいろ複雑ふくざつな事情じじょうもあるようですから」 敬太郎けいたろうは佐伯さえきの云わいわゆる「複雑ふくざつな事情じじょう」なるものを根掘りねほり葉掘りはほり聞きききたくなったが、何なんだか自分じぶんを門外漢もんがいかん扱いあつかいにするような彼かれの言葉ことばが癪しゃくに障るさわるのと、たかが玄関番げんかんばんの書生しょせいから家庭かていの内幕うちまくを聞き出しききだしたと云わいわれては自分じぶんの品格ひんかくにかかわるのと、最後さいごには、口くちほど詳しいくわしい事情じじょうを佐伯さえきが知っしっている気遣きづかいがないのとで、それぎりその話はなしはやめにした。
そのおりついでながら奥おくへ行っいって細君さいくんに挨拶あいさつをしてしばらく話しはなしたが、別べつに平生へいぜいと何なんの変るかわる様子ようすもないので、おめでとうございますと云ういう勇気ゆうきも出でなかった。
これは敬太郎けいたろうが須永すながの宅たくで矢来やらいの叔父おじさんの家いえにあった不幸ふこうを千代子ちよこから聞いきいたつい二三にさん日ひ前まえの事ことであった。
その日ひ彼かれが久しぶりひさしぶりに須永すながを訪問ほうもんしたのも、実じつはその結婚けっこん問題もんだいについて須永すながの考えかんがえを確かめるたしかめるつもりであった。
須永すなががどこの何人なんにんと結婚けっこんしようと、千代子ちよこがどこの何人なんにんに片づこうかたづこうと、それは敬太郎けいたろうの関係かんけいするところではなかったが、この二人ふたりの運命うんめいが、それほど容易くたやすく右左みぎひだりへ未練みれんなく離れ離れはなればなれになり得るうるものか、または自分じぶんの想像そうぞうした通りとおり幻まぼろししに似にた糸いとのようなものが、二人ふたりにも見えみえない縁えんとなって、彼かれらを冥々めいめいのうちに繋ぎつなぎ合せあわせているものか。
それともこの夢ゆめで織っおった帯おびとでも形容けいようして然るしかるべきちらちらするものが、ある時じは二人ふたりの眼めに明らかあきらかに見えみえ、ある時じは全ぜんたく切れきれて、彼かれらをばらばらに孤立こりつさせるものか、――そこいらが敬太郎けいたろうには知りしりたかったのである。
固よりもとよりそれは単なるたんなる物もの数奇すうきに過ぎすぎなかった。
彼かれは明らかあきらかにそうだと自覚じかくしていた。
けれども須永すながに対したいしてなら、この物もの数奇すうきを満足まんぞくさせても無礼ぶれいに当らあたらない事ことも自覚じかくしていた。
そればかりかこの物もの数奇すうきを満足まんぞくさせる権利けんりがあるとまで信じしんじていた。
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