彼岸過迄

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九

第 47 章
それから二にカ月かげつばかりの間ま僕ぼくは田口たぐちの家いえへ近寄らちかよらなかった。
母ははさえ心配しんぱいしなければ、それぎり内幸町うちさいわいちょうへは足あしを向けむけずにすましたかも知れしれなかった。
たとい母ははが心配しんぱいするにしても、単にたんに彼女かのじょに対するたいする掛かかり念ねんだけが問題もんだいなら、あるいは僕ぼくの気随きずいをいざという極点きょくてんまで押し通しおしとおしたかも知れしれなかった。
僕ぼくはそんな風かぜに生みつけうみつけられた男おとこなのである。
ところが二にカ月かげつの末すえになって、僕ぼくは突然とつぜん自分じぶんの片意地かたいじを翻がえさひるがえさなければ不利ふりだという事ことに気きがついた。
実じつを云ういうと、僕ぼくと田口たぐちと疎遠そえんになればなるほど、母はははあらゆる機会きかいを求めもとめて、ますます千代子ちよこと接触せっしょくするように力めりきめ出しだしたのである。
そうしていつなんどき僕ぼくの最ももっとも恐れるおそれる直接ちょくせつの談判だんぱんを、千代子ちよこに向っむかって開かひらかないとも限らかぎらないように、漸々ぜんぜん形勢けいせいを切迫せっぱくさせて来きたのである。
僕ぼくは思い切っおもいきって、この危機ききを一いち帳場ちょうば先さきへ繰り越そうくりこそうとした。
そうしてその決心けっしんと共ともにまた田口たぐちの敷居しきいを跨ぎまたぎ出しだした。
彼かれらの僕ぼくを遇するぐうする態度たいどに固よりもとより変りかわりはなかった。
僕ぼくの彼かれらに対するたいする様子ようすもまた二にカ月かげつ前まえの通りとおりであった。
僕ぼくと彼かれらとは故このごとく笑っわらったり、ふざけたり、揚足あげあしの取りとりっくらをしたりした。
要するようするに僕ぼくの田口たぐちで費やしついやした時間じかんは、騒がしいさわがしいくらい陽気ようきであった。
本当ほんとうのところをいうと、僕ぼくには少しすこし陽気ようき過ぎすぎたのである。
したがって腹はらの中なかが常つねに空虚くうきょな努力どりょくに疲れつかれていた。
鋭どいするどい眼めで注意ちゅういしたら、どこかに偽にせの影かげが射ししゃして、本来ほんらいの自分じぶんを醜くみにくく彩っあやっていたろうと思うおもう。
そのうちで自分じぶんの気分きぶんと自分じぶんの言葉ことばが、半紙はんしの裏表うらおもてのようにぴたりと合っあった愉快ゆかいを感じかんじた覚さとしがただ一遍いちぺんある。
それは家例かれいとして年ねんに一度いちどか二に度ど田口たぐちの家族かぞくが揃っそろって遊びあそびに出るでる日ひの出来事できごとであった。
僕ぼくは知らしらずに奥おくへ通っとおって、千代子ちよこ一人ひとりが閑静かんせいに坐っすわっているのを見みて驚ろいおどろいた。
彼女かのじょは風邪かぜを引いひいたと見えみえて、咽喉のどに湿布しっぷをしていた。
常つねにも似にない蒼いあおい顔色かおいろも淋しくさびしく思わおもわれた。
微笑びしょうしながら、「今日きょうはあたし御ご留守るす居いよ」と云っいった時じ、僕ぼくは始めはじめて皆みな出払っではらった事ことに気きがついた。
その日ひ彼女かのじょは病気びょうきのせいかいつもよりしんみり落ちついおちついていた。
僕ぼくの顔かおさえ見るみると、きっと冷かしひやかし文句もんくを並べならべて、どうしても悪口わるぐちの云い合いいいあいを挑まいどまなければやまない彼女かのじょが、一人ぼっちひとりぼっちで妙みょうに沈んしずんでいる姿すがたを見みたとき、僕ぼくはふと可憐かれんな心こころを起しおこした。
それで席せきに着くつくや否いなや、優しいやさしい慰藉いしゃの言葉ことばを口くちから出すだす気きもなく自からみずから出しだした。
すると千代子ちよこは一種いっしゅ変へんな表情ひょうじょうをして、「あなた今日きょうは大変たいへん優しいやさしいわね。奥さんおくさんを貰っもらったらそういう風かぜに優しくやさしくしてあげなくっちゃいけないわね」と云っいった。
遠慮えんりょがなくて親しみしたしみだけ持っもっていた僕ぼくは、今までいままで千代子ちよこに対したいしていくら無愛嬌むあいきょうに振舞っふるまっても差支さしつかえないものと暗にあんに自からみずから許しゆるしていたのだという事ことにこの時じ始めはじめて気きがついた。
そうして千代子ちよこの眼めの中なかにどこか嬉しうれしそうな色いろの微かかすかながら漂ようただようのを認めみとめて、自分じぶんが悪かっわるかったと後悔こうかいした。
二人ふたりはほとんどいっしょに生長せいちょうしたと同じおなじような自分じぶん達とおるの過去かこを振り返っふりかえった。
昔むかしの記憶きおくを語るかたる言葉ことばが互たがいの唇くちびるから当時とうじを蘇生そせいらせる便びんとして洩れもれた。
僕ぼくは千代子ちよこの記憶きおくが、僕ぼくよりも遥かはるかに勝れすぐれて、細かいこまかいところまで鮮やかあざやかに行きいき渡っわたっているのに驚ろいおどろいた。
彼女かのじょは今いまから四よん年ねん前まえ、僕ぼくが玄関げんかんに立ったったまま袴はかまの綻ほころびを彼女かのじょに縫わぬわせた事ことまで覚えおぼえていた。
その時じ彼女かのじょの使っつかったのは木綿もめん糸いとでなくて絹糸けんしであった事ことも知っしっていた。
「あたしあなたの描いえがいてくれた画がをまだ持っもっててよ」 なるほどそう云わいわれて見るみると、千代子ちよこに画がを描いえがいてやった覚さとしがあった。
けれどもそれは彼女かのじょが十じゅう二に三さんの時じの事ことで、自分じぶんが田口たぐちに買っかって貰っもらった絵具えのぐと紙かみを僕ぼくの前まえへ押しつけおしつけて無理矢理むりやりに描かえがかせたものである。
僕ぼくの画道がどうにおける嗜好しこうは、それから以後いご今日きょうに至るいたるまで、ついぞ画筆がひつを握っにぎった試しためしがないのでも分るわかるのだから、赤あかや緑みどりの単純たんじゅんな刺戟しげきが、一通りひととおり彼女かのじょの眼めに映っうつってしまえば、興味きょうみはそこに尽きつきなければならないはずのものであった。
それを保存ほぞんしていると聞いきいた僕ぼくは迷惑めいわくそうに苦笑くしょうせざるを得とくなかった。
「見せみせて上げあげましょうか」 僕ぼくは見みないでもいいと断っことわった。
彼女かのじょは構わかまわず立ち上がったちあがって、自分じぶんの室むろから僕ぼくの画がを納めおさめた手文庫てぶんこを持っもって来きた。
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